閉じる


呼応   神山紗良

 

 

二十三時、ベッドルームで

髪のにおいに身をうずめながら

辞書をめくっていたのだ

一枚、

いちまい。

地平線の日々の追憶と

知らない土地で別れた友の温度とを

人指し指で辿りながら。

隣りには姉が横たわっていた

彼女は、身重なのだった

 

  

深淵の紙幅からわたしは、

意味という意味を汲み取って

秘めた森の土壌を濡らしている。

問いかけは尽きることがない

かつて祖母の部屋の隅に射していた西日よりも

はるかに遠い日の、ことばの上で

新しい対話が開かれた

  

 

呼応する、やさしい声

弓がしなるような

姉の息にのせて、

だれの空から、心から?

そしてもうひとつの宇宙が現れた

その呼びかけの透明さに

わたしはただ、おどろいていた。

  

  

 

 

 

1
最終更新日 : 2014-09-18 11:01:16

スタート・エンド   神山紗良

 

時計が午前四時を打つ頃

港町の繁華街の 道幅がやけに広い

熱をふくんだアスファルトの上

紙屑が 青白く匂っている

電話をくださいね

ここに書かれた番号に もしよければ

もうすぐ朝の光が照らすでしょう

そうしたら繋がらなくなります

  

 

すれちがう人が 何人かいる

みな顔が白かった

空間が 漂っているような

夜が明ける前のこの時間

たとえば

人がいともかんたんに

鳥になったりする

  

 

「おやすみ

夢をみているがいい、そうすれば

肩の先を通りゆく影にも気づかない

だからおやすみ、大きくなるまでね」

女の人が口ずさむ

膝の上で 時の裂け目を繕いながら

子守りをしているのだろう

  

生まれながらにして不自由な私たちの

願いを旋律にのせて

  

そして午前四時に夢から覚める

私の部屋はまだ明るくならない

毛布のなか 右の足が痙攣する

「お前が悪いわけじゃない

でもぬくもりは疾しいから 引き裂いてみよう」と

把捉できない顔が言う

 

意味

が できはじめて

巻き戻すことはできず 私は

昨日より、濃くなって

明日はもっと実体になる

「だからせめて 声 を持ってしまう前に

始まりの終焉を焼き付けよう」

遠い町で柱時計が鳴るかのように

ふくらはぎが既視感のように引き攣っている

  

 

「さようなら

よく熟れた果物のようなあなたの

腹の蜜を飲まないではいられないから

これから

ぼくはもっと 躯になって

空気を吸わずにはいられなくなる

さようなら

もうしばらく海にはもどりません」

  

 

夜が明けて 六時頃

私の部屋の窓の外で

乳白色の凪が 気ままに

押し込んでゆくので

たったいま海原から隆起したばかりの海岸が

赤らんでいる

孕んでいるのかしら

熱っぽい新魚

ぐるり ぐるりと回転しながら

もらったばかりの世界地図の向きをいろいろと試している

  

  

 


2
最終更新日 : 2014-09-18 11:01:54

いねむり   平井容子

 

 

午前と午後のあいだに

庭がある

そのせいで

ひつよう、というなまえの街に

今日、どうしても雨が降らない

 

   

おしつけたいのは冷えた花

どこにでもある

くすんだのを一枝

折っていく

のどがかわいたときの

なまぬるいミルクは

砂のよう

慈悲

ただし痛みをともなう

 

 

(よいいてれ忘) 

 

  

絶対にいや

ら行の空に

月は登らせない

にどと

 

 

似ているひと

ならばさいしょっから

赤い目はひとつで良かった

うらっかえしたアルミホイルで

顔をおおって

ずっと身体をいじられていたいな

  

  


3
最終更新日 : 2014-09-18 11:37:40

旅   峯澤典子

 

 

 

兄妹のように水色の似たふたつの川

 

ローヌとソーヌの母音の響きを 船は下ってゆく

 

航路に寄り添う霧雨と魚の色が

 

薄れかけた記憶のうえに積もり

 

またすぐに消えてゆく

 

つかの間の朝の水面に

 

何度 投げいれただろう

 

夢の化石のようなひと影を

 

そのたびに わたしの足元も揺れて

 

  

 

別れ もう二度と会えないひとも

 

生まれてから一度もめぐり会えないひとも

 

同じ花の匂いに変わる街まで

 

流れてゆくことを

 

旅、と呼ぶのなら

 

 

 

通りすがりに見上げる岸辺の

 

例えば大聖堂や鳥の白さを

 

数えては 忘れるために

 

残りの時間はあればいい

 

 

 

兄妹のように水色の似た 川から川へ

 

行き先を失った時間は運ばれ

 

わたしの記憶も 姿も

 

霧に溶けだす前の

 

誰かの名前も

 

はじめから存在しない

 

 

 

旅人の影のかたちをした雨雲が

 

横切り 消えてゆくのを

 

映す水だけの 永遠

 

 

 

 

 


4
最終更新日 : 2014-09-19 11:18:06

わたしたちは運び屋   文月悠光

どこかの誰か目指して皆ひたと歩き去る新宿駅の空気つめたいホーム

に置き去りのわたし肺も指さきも凍りながら薄笑い吹き荒れる風電車

は銃身のように駆け入ってくるわたしのつま先へ照準を合わせ引き裂

かれるドアなだれこむのは傷まみれのかかと

言葉にならない のではなく

本当は言葉なんかじゃなかったのに

 

電車の壁にもたれ、運ばれゆく身体。

わたしはこの肉体の運び屋なのだ。

あらゆる感情で器を満たし、

しずしずと手足動かしている。

行き場はないけど、

思いが漏れないよう

唇をしきりに結びなおして。

流れる町を車窓に閉ざし、

人はとめどない残像に送り出されていく。

うつむいた拍子にわたしたち、

なだれを打って

溶け合った。

 

車窓から見下ろすと

街はたいらかな肌に横たわっている。

ビルの骨は白々と肌を突き破るだろう。

痛みの光景に目をつむると、

まぶたに押し出されてひかりがこぼれた。

出口はとびらのずっと先にある。

見えないトンネルを抜けるには、

ひかりを殺到させること。

迎える人がいなくても、

わたしは彼方へ足を向ける。

きっと自ら口をひらく。

 

 


5
最終更新日 : 2014-09-19 23:50:00


読者登録

enrai004さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について