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Mirage in Blue - 庭そうじ

「バイバーイ!」
学校の門のとこで友だちに手をふって、
ランドセル、カタカタ鳴らして走る帰り道。
「あ、かっわいい!」
途中の道の、知らないお家の玄関先の庭。
赤やピンクや白やいろんな花が咲いてる。
よいっしょ!って、しゃがもうとしたら、
「あっあっあぁぁっ」
ドスン! 背中のランドセルが重くてひっくり返った!
もうっ! ランドセルってキラーイ! 
一年生ならいいけどさあ、もう五年生なのにランドセル
なんてガキっぽいよぉ。
パンパンってお尻についた泥をはらって立ち上がる。
早く帰らなきゃ。寄り道してると叱られるんだもん。
吉田さん、すぐママに言いつけるんだから!
でもなあ、急いで帰ったって吉田さんと二人きりだからつまんな〜い。
でも… 帰ろ。
 
木の塀に囲まれた白い壁の家が私の家。
「ミラちゃんの家ってアメリカのなんでしょ?」
ゆう子ちゃんに聞かれて「うん」って言ったけど、
ほんとはよくわかんない。だって、アメリカなんて行ったことないもん。
ママはいっつもアメリカに行くんだよね。私はい〜っつもお留守番。
つまんな〜い。
「ただいまあ」
ドアを開けると、奥から吉田さんが出てきた。
「ミラちゃん、遅いじゃないの! 今日はバレエの日でしょ! 早くしたくしてちょうだいよ!」
吉田さんが手にレオタード持ってイライラして言った。
「また私が奥様に叱られるんだから」
「今日は先生が東京に行っててお休みだよ。先週そう言ったじゃーん!」
「あら、そうだった?」
もうっ、いっつも私の言うこと忘れるんだからあっ!
「早く手を洗っておやつ食べて宿題してね」
吉田さんはそう言ってバタバタって奥に引っ込んだ。
吉田さんって、いっつもバタバタセカセカしてる。
「そのわりに仕事がのろいのよ!」
ママはいっつもイライラしてそう言ってるよ。

手を洗ってキッチンに行くと、テーブルの上にケーキがポンって置いてある。
「これ、どこのケーキ?」
「ルーブルですよ。奥様が買ってらしたのよ」
「え〜っ、ルーブルのって、お酒いっぱい入っててミラきらいってママに言ったのにぃ」
「そんなこと言われたって、奥様が買ってらしたんだから、私は知りませんよ」
吉田さんはイライラしたみたいにそう言うと、またバタバタって奥の方に行っちゃった。
いいや、ケーキ食べないで、ミルクティーにお砂糖いーっぱい入れて飲むもーん。

ミルクティーのカップ持って、リビングの窓から庭を見た。
あ〜あ、つっまんない庭! 芝生と木ばっか!
もっとさあ、さっきの家みたいにお花とかいっぱい植えればいいのになあ。
ママがきらいなんだよね。お花植えると虫とかチョウチョが来るからって。
なんでだろ? チョウチョかわいいじゃん?って…
あれ? な、なんだろ? 木の下のとこに…
なんか、だれか、いる…!
「よ、吉田さーん、あ、あそこ、だれかいるよ?」
大声で吉田さんを呼ぶと、めんどくさそうに顔だけ出して、窓の方に目をやった。
「ああ、あれは庭掃除の人ですよ」
「庭そうじ?」
窓に顔を近づけてよ〜く見ると、おじいさんみたいな人が木の下にしゃがんで葉っぱを集めてる。
「シルバー人材っていってね、年寄りが暇つぶしにああやって掃除とかするらしいのよ」
「へえ」
「安いんですって。植木屋だとちょっと仕事しただけで何万も取られるからねぇ。
 奥様もしっかりしてるよ」
吉田さんはそう言ってフフンて鼻で笑った。

あんなに年取っても働くんだあ、すごいなあ…って、見てたら、
べつの木のかげから、もう一人出てきた。
でも… おじいさんじゃないよ?
「吉田さん、あの人は?」
私が指差した方を見て、
「あれはあのおじいさんの孫ですってさ。手伝いに 連れてきたみたいよ。
 やっぱり年寄り一人じゃムリなんだろうね。やれやれ、二人分のお茶出さないとならないよ」
吉田さんは顔をしかめてそう言った。

あれ? あのもう一人の方… おとなじゃないよ?
すごい背は高いけど…中学生かなあ?
でも、なんか、すっごい汚れちゃって、てか、なんかあのトレーナー、
衿のとこがデロ〜ンて伸びちゃってて、ひじのとこに穴が開いてる。
それに、すっごい汚い黒のゴム長…!
それに、あのジャージのズボン… 泥だらけでひざのとこにツギしてあって、
でも… どっかで見たことあるんだけど… あっ! あれって、うちの学校のジャージじゃない?
そうだよ! えっ、じゃ、あの子、うちの小学校? 小学生? 

「ミラちゃん」
ビクッとして振り向くと吉田さんがお盆持って立ってた。
「あの人たちにお茶持っててくれない?」
「エ〜、ミラがぁ?」
「私はちょっと手が離せないからさ、お願いね」
吉田さんてさあ、ママがいないと私に用事頼むんだよね。
いいけどさあ。渡されたお盆の上、お茶がふたつとおせんべい。
「吉田さーん、ケーキは出さないの?」
「ルーブルのなんて、もったいない!」
「でも、このおせんべい、ずっと前からあるやつだよ」
「ああいう人たちにはそれでたくさんですよ」
吉田さんは今度は奥の洗濯干し場にバタバタ出てった。

なんでよぉ? いーっぱいあるんだからいいじゃん!
どうせママだって食べないし、私はぜーったい食べないし、結局吉田さんが持って帰って、
あとのは固くなっちゃって捨てちゃうじゃん。
チラッと洗濯干し場の方を見て、テーブルの上の私の分のケーキをお盆に乗せて、
冷蔵庫からルーブルの箱出して、ほらあ、こーんなにあるじゃーん。
もひとつお皿に乗せて、ポーチのドアから庭に出た。

おじいさんと男の子は私に気づかないで仕事続けてる。
「あ、あのぉ!」
かがんでたおじいさんと、枝を束にしてた男の子がこっちを見た。
「お茶ですけどぉ」
「ああ、そりゃどうも、すいませんねえ」
おじいさんがペコペコ頭を下げた。
チラッと男の子を見ると、胸のところに名札…!
あっ、あれって、六年生のだ! 台布が紺色だもん。
私は五年だから緑だけど。思わず顔を見ると、
男の子も前髪の隙間から私のこと見てて、目が合っちゃった!
なんかちょっと恥かしくなって、あわてて家の中に入った。
そっかあ、六年生なのかあ。見たことなかったなあ。
やっぱいっこ上だからかなあ。

リビングの窓からそ〜っと覗くと、おじいさんと六年生は、ポーチのコンクリートのところに座って、
六年生がトレーナーを脱いだ。わっ… トレーナーの下のTシャツ、汗びっしょり!
なんか薄くなって穴が開いてる。
あれって、白…だったのかなあ。まだらにばっちくなってるけど。
どうしてあんなの着てるのかなあ。捨てた方がいいんじゃない? ママならすぐ捨てるよ?
あっ、ケーキ、手でつかんで食べてる! ゴーカイ!
あっ、手についたクリームなめてる! 泥だらけだよ?
なんかさあ、髪の毛、茶っぽくない? チャパツ?
まさかあ! でも、裾のとことかクルンてしてて、
パーマかけてんのかなあ。なわけないよね?
なんか…ちょっと、かっこいいかも? でも、なんか前髪が長すぎて、顔がよくわかんないなあ。
窓にギュ〜ッて顔を近づけた途端、六年生が顔を上げた。
ヤバッ…! パッと窓から離れてカーテンの陰に隠れちゃった。
ヘ、ヘンなヤツとか思われたかなあ。
カーテンの陰から、そ〜っと…
「ミラちゃん、宿題は?」
ドッキーン! あわてて振り向くと吉田さん!
「さっさと宿題やってちょうだいね」
「え、あ、う、うん」
「ミラちゃんが宿題やってないと、私が奥さまに叱られるんだからね!」
もーっ、うっるさいなあ。
ランドセルから宿題のプリントと筆箱出して、リビングのテーブルの上に置いた。
「あらら、ミラちゃん、自分の部屋でやらないと」
「いいの! すぐ終わるから」
だってさ… なんか気になるんだもん、窓の外。
「いいけど、ちゃんとやってくださいよ!」

吉田さんて、ホントにうるさいよねえ。
いっつも「ミラちゃんがちゃんとやらないと、私が奥さまに叱られるんだから!」って言うんだよ。
ママは吉田さんのこと「ちっともまともに仕事できないんだから!」ってイライラして言うし。  
ていうか、ママはいっつもイライラしてる。
あんまり家にいないけどね。ママは美容院をいくつも持ってるから忙しいんだって。
パパも東京に会社があって、社長だから東京にいなきゃダメなんだって。
私が三年生くらいから、ずーっと東京にいる。一ヶ月に一回くらいしか帰ってこない。
だから、パパがいないのが「ふつう」になっちゃった。
な〜んかなあって思うときもあるけど、「仕事だからしかたない」ってパパもママも言うからさ。
でもねえ、家族みんなで旅行に行ったとか友だちが言ってるの聞くといいなあって思っちゃうよ。
「ミラちゃんはしあわせですよ。こんなお金持ちの家に生まれて」って、吉田さんは言うんだよね。
そうかもだけど、やっぱりパパやママともっと一緒にいれたらいいなあって思っちゃう。

「あのぉ、終わりましたぁ」
ポーチからおじいさんの声がした。
「はいはいはい」
吉田さんがバタバタとポーチに走っていった。
吉田さんの後ろからそ〜っと覗くと、吉田さんがおじいさんに茶色の封筒を渡してた。
「こりゃどうもすいませんねえ」
おじいさんがペコペコと頭を下げた。
「ちょっとぉ、あのゴミ袋置いてっちゃうの?」
吉田さんは不満そうな声でおじいさんに言ってる。
「私ひとりじゃあんな大きなの運べないよ」
いっつもあれくらいの運んでるじゃん!
「明日の朝、この子に捨てに来させますんで」
おじいさんは後ろに立ってる六年生を指差した。
「あ、そっ。それならいいわ」
ふうん、明日の朝、また来るんだ。
吉田さんの後ろから六年生の方を見ると、六年生も前髪の間から私の方見たから、
また目が合っちゃって、あわてて吉田さんの背中に隠れちゃった。
「またよろしくお願いします」
おじいさんはペコペコ頭を下げて、吉田さんは「はいはい」なんて言ってドアを閉めた。

「ふう、やれやれ。朝から今までかかるんじゃね、やっぱり年寄りは仕事が遅いね」
「朝から?」
「そうなのよ、奥様が出かけた後から今までかかってるんだからノンキなもんだね」
「あの六年生も朝から来てたの?」
「六年生? ああ、あの子、六年生なの?」
「うん、ミラの学校の名札してたよ」
「へえ、ずいぶん背が高いんだねえ、中学生くらいかと思ってたよ」
「今日学校あったのに、休んだのかなあ」
「さあね」
吉田さんは興味なさそうにそう言って時計を見た。四時五十分。
「ミラちゃん、私、そろそろ帰りまからね」
「うん」
「奥様は遅くなるから先にご飯食べてなさいって。
 冷蔵庫に入れときましたから、チンしてくださいよ」
吉田さんはそう言いながらエプロン外してバタバタと裏口から出ていった。
ホントは吉田さんの仕事は、九時から五時までなんだよね。
でも、ママがいないと五時十分前には帰っちゃう。言いつけないけどさぁ。

誰もいない家の中、宿題のプリントをランドセルに入れて、明日の時間割りの教科書入れて。
あとは、テレビでも見よっかな。
テレビつけて、冷蔵庫開けて、ゲッ! お肉とピーマン炒めたヤツだ。
お肉もピーマンもきらーい。やーめた!
お茶漬け食べよっと! ママが遅く帰るときは、いっつもお茶漬けにしちゃうんだ。
だってキライなものばっかなんだもん。
私は好き嫌いが多いって、いっつもママに叱られる。お肉もお魚も野菜もきらい。
友だちみんなが好きっていうカレーライスもきらい。お肉ゴロンゴロン、
お野菜ゴロンゴロンで、すっごい辛いんだもーん。
お茶漬けがいちばんおいしいからいいの!
サラサラサラ〜で、ごちそうさまあ。

お風呂に入って、髪の毛乾かして、またテレビ見て、
時計を見ると、もう九時だよ?
ママ遅いなあ。この頃いっつも遅いよね。
朝は私が学校行くときにはまだ寝てるから、もうずっと
ママの顔見てないよ。ファ〜…ねむい。寝よっかな。
ベッドの中でトロトロトロン…玄関のドアが開く音も…もう夢の中…。

帰り道

目覚ましの音で…ねむいよぉ… 薄目あけて時計を見ると七時。
あ〜んもう起きなきゃ… ヨッコラショって起き上がって、
フラフラって洗面所に行った。
あ、今日体育がある。やだなあ。体育きら〜い。

キッチンに行ってトースト作って、お砂糖いっぱい入れたミルクティーに浸して食べてると、
窓の外でなんかが動いてる。あっ、あの六年生だ!
そっかあ、ゴミ捨てに来るって言ってたもんね。
なんていう名前なのかなあ。名札、ここからじゃ見えないよね。
昨日とおんなじかっこう。洗濯しなかったの? 
泥だらけのまんまだよ? ゴミ捨てたら着替えるのな?
あっ、こっち向いた! さっと窓から離れて、カーテンのかげから目だけ出して外を見ると、
ゴミ袋抱えて門から出ていく後ろ姿が見えた。
今日、学校で会うかなあ。
どうしよう、廊下とかで会ったら、「こんにちは」とか言った方がいいかなあ。
でも、六年生の教室は二階で五年生は三階だから、きっと会わないかもね、会ったことないし。
あっ! もうこんな時間! 遅刻しちゃう!
あわてて玄関で靴はいて、チラッと階段を見上げた。ママ、まだ寝てるよね。
「いってきまーす」
シーン。いつもだけどね。そっと玄関のドア閉めた。


次は体育の時間。体育館に行くから階段降りて、ちょっとだけ… 
六年生の教室の方を覗いてみたりして。
あれ? なんか… すごい静か。休み時間なのに?
いちばん階段に近い教室覗くと、誰もいない。なんで?
「ミラちゃーん、なにやってんの?」
同じクラスのゆう子ちゃんが走ってきた。
「ゆう子ちゃん、六年生が誰もいないの」
「修学旅行だもん」
「えっ?」
「六年生は昨日から明日まで修学旅行じゃん」
「あっ、そっかあ! 忘れてた」
エッ? アレ? それじゃ、あの六年生、なんでいるの?
「ゆう子ちゃん、修学旅行って、みんな行くよね?」
「あたりまえじゃーん。病気とかじゃなきゃ行くよ」
病気? あの六年生、病気なのかなあ? 元気そうだったけどなあ。
「ミラちゃん、早く行こうよ、叱られちゃうよ」
「あ、うん」
ゆう子ちゃんと一緒に急いで階段駆け下りた。


あーんもうっ! 急がないと塾に遅れちゃうよぉ。
掃除当番、男子がふざけてるから先生に叱られたんだよ! 
やり直しさせられちゃったじゃない! 
男子が悪いのに女子までやらなきゃいけなくなっちゃってさ! 
もう男子ってイヤ! プリプリして走ってたら、
ガツッ! 
「キャッ」
バタッ! ドスン! ザザッ!

頭、まっしろ。目をあけると地面が目の前。
顔を上げると、ランドセルから飛びだした教科書がちらばってる。
や…だあっ、転んじゃった…。
なんとか起き上がると、ズッキーン!
「痛った〜いっ」
あっ、ひざの皮がベロンってめくれてるうっ!
どーしよぉぉ、血がいっぱい出てきちゃったよぉ。
「ヒッ… ヒック…」
な、涙が出てきちゃったあ。やだあぁぁ、もう、
「ヒック… い…痛いよぉ… ヒック」
バ、バカみたい、五年生なのに泣くなんて。でも、痛いんだも〜〜ん。
「フェ〜ン」
「あ、あの、だ、大丈夫?」
エッ? 顔を上げると、
「あっ!」
あの六年生!
「だ、大丈夫?」
心配そうな顔で私を見てた。
「う、うん」
私と目が合うと、六年生はあわてて下向いて、
「あ…」って、散らばってた私の教科書見つけて拾い集めてくれた。
「あ、ありがとう」
「エ… あ… う、うん…」
下向いたままそう言って私の背中のランドセルに入れてくれた。
「た、立てる?」
「う、うん」
立ち上がろうとしたけど、あーっ、まだいっぱい血が出てるうぅっ。
「あ… ひ、ひざ」
六年生が私のひざをそっと触った。
「イタッ!」
「あっ、ご、ごめん」
あわてて手を引っ込めて、困った顔して、それから、
トレーナーの下からTシャツの裾を引っ張り出して、
ビリビリッ! エッ? ウソ! 破いちゃった!
ポッカーンって口あけて見てる私のひざを、細長く切ったTシャツの布でクルクル巻いた。
「あ… あの、えっと、ありがとう」
「あ… う、うん」
「Tシャツ破いちゃって…お母さんに叱られない?」
「え? あ… う、うん、あ、あの、た、立てる?」
「う、うん」
ヨイショッて、立とうとしたら、六年生が腕を引っ張ってくれた。
「あ、ありがとう」
「え… あ…」
六年生はまた困ったみたいに下向いた。
ひざを見ると、白っぽいTシャツ…だった布がジワッて赤くなっていく。
「やだあぁ、血が止まんないよぉぉぉ」
私、また半ベソ。
「あ、あの、お、俺ん家、す、すぐそばだから」
六年生が下向いたまま、
「く、薬、ぬ、塗ってやるよ」
「え?」
ポッカーンってしてると、
「も、持って…やるよ」
六年生が私の背中からランドセルをはずした。
「あ… うん、ありがとう」
「あ、歩ける?」
「う…ん、たぶん」
「す、すぐそこ…だから」
六年生が道路の角の方を指差した。
「あ、あそこ曲がったとこ…だから」
「う、うん」
ピョコタン、ピョコタンって歩いて、
「あっ」って転びそうになったら、六年生があわてて身体をささえてくれた。
「だ、大丈夫?」
「う、うん」
「つ、つかまってろよ」
そう言って右手に私のランドセル持って、左手で私の身体をグイッと抱きかかえるようにした。
なんか…さ、ちょっと恥かしいな。

六年生にピタッてくっついたままピョコタン歩いた。
下向いて、ふと六年生の足元見ると、きったな〜くて、おっきな穴のあいたズック! 
穴から親指出てるよ?
なんか… なんだろ? へんな臭い… 六年生の?
このトレーナーかなあ? そうかも… 昨日あんなに汗かいてたもんね。着替えないのかなあ?
チラッチラッて六年生の顔見て、六年生は下向いたままで、二人で歩いた。


アカチンとビー玉

「こ、ここ」
そう言って六年生が立ち止まった。顔を上げると、
うっ…わぁっ! きっちゃな〜い板の壁に、サビサビのトタン板でツギハギしてあるうっ。
ツギハギのお家ってはじめて見たよぉ。
わっ、屋根もボコボコのサビサビ! なんか、すっごいボロい!

「ちょ、ちょっと、ま、待ってて」
六年生は私から手を離すとボロボロの木の引き戸をガタガタ揺らして、
ガツン!って蹴飛ばして開けた。
「い、いいよ」
「あ、うん」
玄関の横の煤けた表札。桜…井…桜井くんかぁ。 
暗ら〜い玄関に入ると、すぐ横に台所…だよね、ここ。流しとガス台あるもん。
「おじゃましまーす」
「だ、誰もいねえよ」
六年生がズック脱いで上がった。足の裏、真っ黒だよ!
「じっちゃん仕事行ってっから」
私も靴を脱いで上がると、なんか足の裏がジメッとした。
「こ、こっち、座って」
六年生は奥の小さな畳の部屋に私のランドセルを置いた。
ランドセルの横に座ると、今度はお尻がジメッとした。
「あ、あの、あ、脚、出して」
六年生が箱を持ってきて私のそばに座った。
「あ、うん」
グイッてケガした方の脚を前に伸ばすと、六年生がクルクルってさっきの布を取った。
ウッ… 血だらけ…!
思わず顔そむけちゃったよぉ。

六年生が箱の中から茶色の瓶を出して、脱脂綿を瓶の中に突っ込んだ。わっ、真っ赤!
「それ、なあに?」
「ア、赤チン」
「アカチンってなあに?」
「ケ、ケガしたときに、ぬ、塗るやつ」
「マキロンみたいなの?」
「マ、マキロン?」
「ほら、消毒するお薬。シュッシュッて」
「わ、わかんねえ、お、俺ん家、ア、赤チンっきゃねえから」
「ふうん」
六年生は、私のひざに顔を近づけて、真っ赤になった脱脂綿をチョン。
「ヒェ〜ッ!」
「し、しみる?」
私は涙目になりながら「うんうん」ってうなずいた。
「も、もうちょっとだから」
そう言ってそ〜っと脱脂綿でひざにチョンチョン。
「あ、あと、ほ、包帯すっから」
片目を開けてひざを見ると、真っ赤!
「まだ血がついてるう」
「え、あ、こ、これは、赤チンの…」
「赤くなっちゃうの?」
「う、うん」
「一生取れない?」
「と、取れるよ」
ホッ! 一生真っ赤なひざなんて困っちゃうもん。
六年生は、今度は箱から包帯を出して私のひざにクルクルって巻いた。
「で、できたよ」
六年生は包帯のはじっこをキュッて中に差し込んだ。
「わあ、上手!」
パチパチなんて手をたたいたら、
「イタッ」
手のひらを見ると、泥だらけで少し血が滲んでるぅ。
「て、手ぇ、洗った方がいいかもしんねえ」
「うん」
六年生が立ち上がって、私の腕を持ってヨイッショッて立ち上げてくれた。
「ありがとう」
「あ…う、うん」
下向いて、台所の流しに連れてってくれた。
「て、手ぇ、だ、出して」
両手を蛇口の下に出すと、水を出して片方ずつそ〜っと洗ってくれた。
すごーい優しい! お兄ちゃんって、こんなカンジかなあ。
でも、クラスのカナちゃん、お兄ちゃんはイジワルで大キライって言ってたけど。
この六年生はイジワルじゃないよ?って顔見ると、見上げちゃうくらい背が高い。
「すごい身長高いね」
「え、あ、う、うん」
「何センチ?」
「ひゃ、百七十」
「すごーい! 六年生の中でいちばん大きいでしょ?」
「う、うん」
六年生は下向いたままキュッて蛇口を閉めると、
窓のところにかけてあったタオルで私の手を拭いた。
手のひらがすり傷だらけだよぉ。
「て、手も塗った方がいいかもしんねえ」
「でも、手が真っ赤になったら、顔洗ったとき、顔も真っ赤になったりしない?」
「し、しねえよ」
下向いたまま、六年生がちょっとだけクスッと笑った。
また畳にペタンと座って、手のひらに赤チン塗ってもらいながら六年生の胸の名札を見ていた。
「さくら…い… なんていうの?」
「え?」
六年生が顔あげた。目が合うとまた下向いちゃったけど。
「名前、桜井、なに君?」
「ひ、ひとし」
「ヒトシくんっていうの?」
「う、うん」
「どんな字書くの?」
「え… あ、あの、こ、こういう…」
ヒトシくんが畳の上に指で「仁」っていう字を書いてみせた。
「これってジンっても読むよね?
 うちのクラスに仁保くんっているもん。ジンボのジンってこの字だよ」
「う、うん」
「私はミラ、吉崎ミラっていうの。ミラはカタカナ」
「う…うん…知ってる…」
「え?」
「あ、あの、な、なんか、の、飲む?」
ヒトシくんが立ち上がって台所のすみの冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫小さ〜い。うちのなんて天井まであるよ?
それでも足りないってママは言ってるけど。
「吉田さんが整理しないからよ」っていっつも怒ってる。
「こ、これ」
ヒトシくんが私の前に緑のガラス瓶を差し出した。
「わあ、ラムネ!」
「う、うん」
「私、ラムネって飲んだことないの」
「マ、マジ?」
「うん、ママが百パーのジュースじゃないとダメって。一回飲んでみたかったんだあ」
ヒトシくんが渡してくれた瓶を覗くと、
「きれい…!」
中のビー玉がゆっくり動いてる。
「これ、どうやって開けるの?」
ヒトシくんに瓶を渡すと、上についてたフタを押して、ポン! シュワワ〜ッ。
「あ、あ、あ」
ヒトシくんがあわてて手にたれてくる泡をチューッて吸ってから、私に差し出した。
「いただきまーす」
クピッて飲むと、ちょっとシュワッてして甘い!
「おいしい!」
そう言ってヒトシくんを見ると、ヒトシくんの口元も微笑んでた。
クピッて飲むたびにカラカランて中のビー玉が転がる。
「このビー玉って取れないの?」
「と、取れるよ」
「取ったことある?」
「うん、こ、こういうプラスチックのはすぐ取れんだ。
 ガ、ガラスのは割んねえと取れねえけど、店に持ってくと5円返してくれっから」
「お金返してくれるの?」
「う、うん」
「へえ、知らなかったあ」
ヒトシくんは恥ずかしそうに下向いた。
「ヒトシくんは飲まないの?」
「い、一本っきゃ、ね、ねえんだ」
「それじゃ半分こする?」
「えっ?」
ヒトシくんはビックリしたみたいに顔あげた。
「半分こしようよ。私、半分飲むから待っててね」
瓶の半分のとこに指をあてて、クピッて飲んで、あと一センチで、またクピッて飲んで、ちょうど半分!
「はい、ヒトシくんの番!」
「サ、サン…キュ」
ヒトシくんは照れたようにそう言って瓶を受け取ると、クピクピクピッていっきに飲んだ。
カラカラカラ〜ンって、空の瓶の中でビー玉が動いてる。
ヒトシくんは殻の瓶の口をキュッてひねって、中からビー玉を取り出して私に渡した。
「きれい…!」
ぼんやりした光が差し込む窓の方に向けて見ると、薄緑色に透けてみえる。
「宝石みた〜い」
「ビ、ビー玉… も、持ってねえの?」
「うん」
「お、俺のビー玉、み、見してやっか?」
「うん! 見せて見せて!」
ヒトシくんは押し入れの戸を開けて、中から小さな箱を出してフタを開けると私の前に置いた。
「わあ!」
薄緑色のラムネのビー玉や、真ん中に赤や黄色や青い色が入ってる透明のビー玉がいっぱい!
「これ、きれい!」
中に青い色が入ってるビー玉を光に透かしてみた。
「どこで買ったの?」
「ひ、拾った」
「え? どこで?」
「こ、公園とか、ゴミ捨て場のすみっことかに、と、ときどき落ちてんだ」
「へえ! 今度探してみよっかなあ」
「や、やるよ」
「え?」
「す、好きなの、取っていいよ」
「いいの?」
「う、うん、俺、また拾うから」
「ホント? うれしい! ありがとう!」
「あ… う、うん」
ヒトシくんは照れたようにポリポリ頭を掻いた。
「どれにしよっかなあ」
青いのがきれい! 2個あるけど、どっちがいいかなあ。
「ねえ、この青いの、どっちがいいと思う?」
ヒトシくんは2個を右手と左手に持って、窓から入ってくる光にかざした。
「どっちかが…ちょっと傷入ってんだ」

あ…れ…? 鼻までかかった前髪の隙間から見えるヒトシくんの目… 青い?
「ヒトシくん、目が青いよ?」
「エッ」
ギョッとした顔で私を見て、すぐ下向いちゃった。
「ねえ、ちょっとこっち見て」
ヒトシくんは困ったようにもっと下向いたから、
「なんかね、青く見えたの」
そう言って私が下から覗き込むと、ヒトシくんの身体がビクッと動いた。
「あれえ? やっぱり黒いかなあ、でもね、さっきは ホントに青く見えたの」
「こ、こっち、き、傷ついてねえ方」
ヒトシくんは右手に持ってた方のビー玉を私にくれた。
「ありがとう」
短パンのポケットからハンカチ出してビー玉を包んだ。
「大切にするね」
「う、うん」
ヒトシくんの口元がちょっとだけ微笑んだ。
「あっ! 今、何時?」
「え… んっと」
ヒトシくんが畳のすみにあった目覚ましを見た。
「よ、四時半」
「アーーーーッ! 塾があったんだあぁぁっ」
「え?」
「四時からなのぉ。ま〜た吉田さんに叱られちゃうよぉ」
「よ、よしださん?」
「お手伝いさん、昨日いたでしょ? ちょっと太った人」
「あ、あの人、お母さんじゃねえの?」
「やっだあ、ちがうよぉ、お手伝いさんだよぉ。
 うちのママ美容院やってて忙しいから、私が小さい頃からずーっとお手伝いさんがいるの」
ヒトシくんがポカンて口あけて聞いてた。
「ヒトシくんのお母さんも仕事してるの?」
「か、かあちゃん、いねえんだ」
「えっ、し、死んじゃっ…た…の?」
「し、死んでねえと思うけど、で、出てった」
「エーーーッ? いつ?」
「わ、わかんねえ、俺が小っちぇころだって」
「それじゃ、ヒトシくんとお父さんとおじいさんだけ?」
「と、とうちゃんもいねえんだ」
「お父さんも出てっちゃったの?」
「さ、最初っから、いねえんだ」
「最初って??」
「う、生まれたときから」
「どーゆーこと?」
「かあちゃん、結婚してなかったんだって、じっちゃんが言ってた」
「結婚しなくても子どもって生まれるの?」
「わ、わかんねえ…けど」
ヒトシくんが首をひねりながら言った。
「ふうん」
あ、それより早く帰らないと叱られちゃう!
「私、帰るね」
ランドセルしょって立ち上がると、ヒトシくんも一緒に立ち上がった。
「あ〜あ、塾やだなあ。ヒトシくんは塾行ってる?」
「う、ううん」
「いいなあ。私、バレエは好きだけど塾はきら〜い」
「バ、バレーって、バ、バレーボール?」
「ちがうよぉ、踊るバレエだよぉ」
「お、踊る…?」
「うん、火曜日と木曜日がバレエなの。水曜日が塾。
  塾はママが行けっていうから行ってるけどさあ」
私はしゃべりながら玄関にいって靴を履いた。
「それじゃ、ありがとう。んっと、赤チンと包帯と、 ラムネとビー玉」
そう言ってニコって笑ったら、ヒトシくんが照れたみたいに頭をポリポリ掻いた。
「それじゃ、バイバイ」って、玄関の戸、えっ、ちょっ、こ、これっ、あ、開かないっ。
ヒトシくんがサンダル履いて、戸をガツンって蹴飛ばしたら、やっと開いたよ。
「ありがとう。じゃーね」って、玄関出たけど、
「あ… どっちにいけばいいんだろ?」
「お、俺、送ってく」
ヒトシくんが私と一緒に道路に出た。
「遠い?」
「す、すぐだよ、お、俺ん家と、近いんだ」
二人で一緒に歩く道の両側には古い木造の家が並んでる。
「ここ、まっすぐいくと、み、見えるよ」
角を曲がったところで、ヒトシくんが通りを指差した。
「あっ、ホントだ! こんなに近かったんだあ」
「うん」
「知らなかったあ、いっつも表通りしか通ったことなかったもん」
「ほ、ほんとは、俺ん家の方通ると学校近いんだ」
「そうだよね、明日からそうしようっと! ヒトシくんはいつも友だちと学校に行くの?」
「ひ、一人」
「私もなの。つまんないよねえ」
「う、うん」
「あっ! ねえ、一緒に行かない?」
「え?」
「明日、一緒に学校行こうよ」
「マ、マジ?」
「うん! ダメ?」
「ダ、ダメじゃ…ねえよ」
「ワーイ、そしたら明日迎えにいくね」
「う、うん」
ヒトシくんは照れくさそうに頭をボリボリ掻いた。
「えっとね、七時四十分くらいでいい?」
「あっ!」
「どうしたの?」
「お、俺、明日は学校ねえんだ」
「え?」
「み、みんな、りょ、旅行行ってっから…」
「あっ、そっか! 六年生は修学旅行だもんね」
「う、うん」
「なんだあ、そしたら一緒に行けないね」
「う、うん… ご、ごめん」
「どうして修学旅行行かなかったの?」
「え…」
「病気になっちゃったの?」
「か、金… ね、ねえから」
「え?」
「しゅ、修学旅行… 行く…金ねえんだ」
ヒトシくんはそう言って恥ずかしそうに下向いた。
そんなことってあるの? 修学旅行行くお金がないなんて、
お金がないから修学旅行いけないなんて、あるの?
ヒトシくんは下向いたまま歩いてる。
「行きたかった?」
「え…」
「ホントは行きたかった?」
「い…行っても…」
ヒトシくんの口元が少し歪んで、
「べ、べつに、行きたくねえから」
ヒトシくんはそう言って頭をボリボリ掻いた。
前髪がちゃっとだけ上がって、あっ、ウソ、なんかすごい美形っぽくない? 
「キャッ! ウフッ」
「え、あ、な、なに?」
「ヒトシくんてさ、ジャニーズ系って言われない?」
「ヘ…?」
「なんか、かっこいい、ウフッ」
ヒトシくんは真っ赤になって下向いちゃった。
「前髪もっと短くすればいいのに」
ヒトシくんは前髪の間から私の方をチラッと見て、また下向いた。
「うちのクラスの山野くんなんてさ、かっこつけちゃってお兄さんのムースで前髪ツンツンにしてるの。
 でもさあ、ぜーんぜんかっこよくないの、眉毛太っとくて下がってんだもん。こ〜んなカンジ」
指で八の形にして見せたら、ヒトシくんもクスッて笑った。
なんて話してたら、あ〜あ、もう家に着いちゃった。
「今日はありがとう。すっごい楽しかった」
「う、うん、お、俺も」
ヒトシくんは下向いたまま、そう言った。
「それじゃ、またね!」
「う、うん」
バイバイって手をふると、ヒトシくんも恥ずかしそうに手をふった。

ママと夕食

ミラちゃん! どこに行ってたの?」
ドアを開けると、吉田さんがこわ〜い顔して立っていた。
「塾があるってのに帰ってこないで! 奥様に叱られますよ!」
「ごめんなさい」
「学校に電話しても、もう帰ったっていうし!」
「えっ、学校に電話したの?」
「そうですよ! 何かあったら私のせいにされるんですから! 奥様になんて言えばいいのかね!」
「ママに言うの?」
「あたりまえですよ! 塾に行かせなかったって叱られるのは私なんだから!」
「だってケガしたんだもん! ほら!」
私はひざの包帯と手のひらを吉田さんの前に突き出した。
「あら、ほんとだ」
「男子がふざけてそうじするからやり直しさせられたんだよ。だから走って帰ってきたら転んだの」
「もっと気をつけてくださいよ。奥様がいないときにケガなんかしたら私が叱られるんだから」
「わかってるよぉ」
「それじゃ、私は帰りますからね」
「ママは遅いの?」
「今日は何も言ってなかったけどね」
吉田さんはそう言いながらさっさと裏口の方に行っちゃった。
時計を見ると、五時二分前。
いつもより八分遅い。

ママまだかなあ? 七時十分。ギュルル〜って、おなか鳴ってるよぉ。

カチャッて玄関のドアが開く音。
「おかえりなさーい」
ママはちょっと驚いたみたいな顔して、「ただいま」って言うと、キッチンの方に入っていった。
「ママのこと待ってたらおなかすいちゃってギュルギュル鳴ってたよ、アハハ」
ママの後ろをついて、私もキッチンに入った。
「先に食べてればいいでしょ!」
ママがちょっといらついた声で言った。
「だって今日はママ早く帰ってくるって思ったから」
「いいから六時になったらさっさと食べなさい」
「あ… うん」
ママはいらいらした様子で冷蔵庫から吉田さんが作った料理を取り出した。
「またこれなの? あの人、ほんとにレパートリーが少ないんだから! ミラ、これ温めて」
ママが差し出したお皿を受け取ろうと手を出すと、ママが私の手をつかんで手のひらを見た。
「どうしたのよ、これ」
「転んだの」
「五年生にもなって何やってるのよ」
ママがまたイライラしたみたいに言った。
「吉田さんも何してるのかしら、ケガなんかさせて!」
「ち、ちがうの、学校の帰りに走ってて転んだの」
吉田さんのせいになっちゃうと、塾に行かなかったこと、ママに告げ口されちゃうかも…だからね。
「落ち着きがないからそうなるのよ」
「は…い」
「保健室にでも行ったの?」
「ううん、友だちがやってくれたの。すごく上手なんだよ、包帯も巻いてくれたの、ほら」
私は包帯巻いた方の脚を上げて見せた。
ママはチラッと横目で見て、テーブルの上に温めたお皿をドンと置いた。
「食べたらさっさとお風呂に入るのよ」
「うん」

ママと一緒にごはん食べるなんて久しぶり〜♪ 
今日は話したいことい〜っぱいあるしね!
「あのね、包帯巻いてくれた友だちってね」
「しゃべってないで食べなさい」
「あ… うん」
でもぉ… このおかず、きら〜い。
白菜とニンジンとホタテとエビとイカがグチャグチャに煮てあるの。
ママがいるからお茶漬けにできないしなあ。おハシでつっついて食べてるふり。
「食べないの?」
ギクッ…!
「これ、きらいなんだも〜ん」
「ほんとに好き嫌い多いんだから!」
「だ〜ってぇ」
「何作っても食べないから困るって吉田さんが言ってたわよ。
  ルーブルのケーキも食べないんですって?」
「だってルーブルのはお酒が入ってるからキライって言ったじゃ〜ん」
「忙しい中買ってきたのに文句言わないで!」
「は…い…」
ママはイライラして立ち上がると、食べかけをザザッと流しに捨ててお皿を食器洗い機に入れた。
「食べ終わったら、あんたのも入れて回すのよ」
「うん」
ママは疲れたように肩をもみながら二階に上がっていった。
お茶漬けにしちゃおっと!


お風呂から上がって部屋に入った。
机の上の宝石箱をパカッて開けてみた。
ホントはママのお友だちがくれたチョコレートが入ってた缶なの。
バレリーナの絵がついてて、すっごくきれいなんだぁ!
ママは「そんなもの捨てなさい!」って言ったけど、こっそり持ってきちゃった。
これは私の宝物を入れる箱!
って言っても、入ってるのは幼稚園の卒園式でもらったマリア様のペンダントだけだけど。
マリア様が好きなんじゃなくて、この青い色が好きなの。ほら、とってもきれいなんだもん。

この中にヒトシくんからもらったビー玉も入れよう。ウフフ、きれい…!
宝物が一個増えちゃった♪

宝石箱をパタンって閉じて電気を消した。

イジメ

七時に起きて、顔洗って、ミルクティーとトーストの朝ごはん食べて家を飛び出した。

ランドセル、カタカタいわせて裏通りを走る。
ここの角を曲がるとヒトシくんの家…だよね?
「あ… れ?」
ヒトシくんの家の前、ヒトシくんが立ってる…?
「ヒトシくーん!」
手をふりながら走っていくと、ヒトシくんが顔あげた。
「どうしたの? 今日は学校行かないんだよね?」
「う、うん、あ、あの、と、通る…かなって」
「エーッ、わざわざ待っててくれたの?」
「う、うん」
ヒトシくんは照れくさそうに下向いて、ボリボリ頭を掻いた。
やっだあ、やっさしいっ! ムフッ。
「明日は一緒に行けるよね?」
「う、うん」
ヒトシくんは照れくさそうに微笑んだ。
「私、遅刻しちゃうからもう行くね」
「う、うん」
「いってきまーす!」
「あ… い、いってらっしゃい」
「エッ?」
思わずふりむいちゃった。ヒトシくんが驚いた顔した。
「ウフッ、もっかい言って」
「えっ、な、なに?」
「いってらっしゃーいって」
「え、あ、う、うん、い、いって…らっしゃい」
「ウフフ、いってきまーす!」
ルンル〜ン♪ いってきまーすって言って、いってらっしゃいって言ってもらうのってはじめて!
…じゃないけど。塾とバレエ行くとき吉田さんがめんどくさそうに言うけどさぁ。
学校行くときは、はじめてだよぉ。ウフフ♪
ルンルン♪スキップしながら学校に行ったら遅刻しそうになっちゃった!


帰りの会の途中、窓の外でバスが止まる音がした。
チラッと窓を覗くと校庭のまわりにバスがいっぱい!
六年生が帰ってきたんだ! 
ホントはヒトシくんもあれに乗ってたはずなんだよね…なんて思いながら外を見てたら
「吉崎さん、よそみしないの」って先生に叱られちゃったよ。


昨日先生に叱られたから、今日は男子もまじめにそうじした。いっつもそうしてよねっ!
そうじが終わって急いで玄関を出た。今日はバレエの日。
バレエは好きだから、寄り道しないで帰るんだあ♪
校門ぬけて角を曲がると、あれ? なあに? 男子たちがいっぱいいる。
みんなリュック背負ってるから六年生かな? 何してんだろ?
「こじき! なんで来たんだよっ!」
「おまえなんか学校来んな! くせえんだよっ!」
な、なにやってんの? いじめ? や、やだな…。
「くせえくせえ! おまえいなかったからバスん中 くさくなくてサッパリしてたのによ!」
ど、どうしよう、あそこ通らないと表通りも裏通りも行けないのにぃ。
早くどっか行ってくれないかなあ。

「修学旅行行けなかったくせに! みやげだけもらいに来たのかよ! 貧乏人! こじき!」
え?
「こじきこじき! くっせえこじき! 桜井じゃなくて、さ・くさいだ! ギャハハ」
えっ、桜井?
「さ・くさい、さ・くさ~い」
ヒ、ヒトシくんだ! な、なんで? なんで?
「なんだその顔は! 文句あんのか、サ・クサイ!」
一人がそう言ってヒトシくん(だよね)を蹴飛ばした。
ど、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
「いいか、明日も学校来んなよ!」
「永久に来んな! おまえが来るとくさくなんだよ!」
そう言いながら次々と蹴飛ばしたりなぐったりしてる。
ど、どうしよう、助けなきゃ、わ、私が? こ、こわいよぉ、ヒ、ヒトシくんも何でやり返さないのぉ?
みんなヒトシくんより小さいじゃん、やっちゃえばいいのにぃ、どうしよう。あっ、そ、そうだ!
私はサササッと建物の陰に隠れた。
「せ… せ、先生っ! 六年生がいじめてまーす!」
思いっきり大きな声で叫んでから、ピタッと建物の壁に身体をくっつけてジッとした。
バタバタバタッて逃げる足音。   シーン
そっと目だけ出して覗いてみると、誰もいない。
てか、道路にしゃがみこんでるヒトシくんだけ。
ウソ、やっ…たあっ!
「ヒトシくーん!」
ヒトシくんのところに走ると、ヒトシくんはしゃがんだままビックリした顔で私を見上げた。
「ヒトシくん、大丈夫?」
「い、今の…」
「私、私! エヘヘッ」
ヒトシくんはチラッと私を見ると立ち上がった。
「あっ、ヒトシくん、血が出てるよ?」
私はヒトシくんの切れたくちびるに指をあてた。
「痛い?」
「え… う、ううん」
ヒトシくんは下向いて手の甲でくちびるの血をぬぐった。
「いじめるなんてサイテーだよね」
ヒトシくんは泥だらけになった前髪の隙間からチラッと私を見て、また下向いちゃった。
「あれ? これなんだろ?」
ヒトシくんの足元につぶれた箱が落ちていた。
「これ、ヒトシくんの?」
「え… あ… み、みやげ、せ、先生の…」
「先生がおみやげ買ってきたくれたの?」
「う、うん、そ、そんで、取りに… 来いって」
「そうなんだあ」
ヒトシくんはつぶれた箱をかかえて歩き出した。
「あ、待って、私も一緒に帰る」
私は早足でヒトシくんについていった。
服も顔も手も泥だらけになっちゃってるよ。
「こんなことするなんてひどいよね」
ヒトシくんは聞こえてないみたいに下向いたまま歩いてる。
「先生に言った方がいいんじゃない?」
ヒトシくんがチラッとだけ私を見た。
「これっていじめだよ、言った方がいいよ」
ヒトシくんは下向いたまま首をふった。
「こんなにされたんだから言った方がいいよ」
「な、慣れてっから」
「えっ、前にもあるの?」
「う、うん」
「なにそれえっ? やっぱり先生に言おうよ」
「い、言いつけっと、も、もっと、やられっから」
「ウッソーッ! ひっどーい!」
「し、しかたねえよ」
「しかたなくないよぉ! ひどいじゃーん!」
「お、俺、び、貧乏、だから」
「え?」
「く、くせえの、わ、わかってんだ、あ、あんま、風呂入れねえし、ふ、服も、き、汚ねえし」
「なんでそんなことでいじめられなきゃいけないの?」
ヒトシくんは下向いたままボリボリ頭を掻いた。
「だって、ヒトシくん、すっごい優しいじゃん!
 私のこと助けてくれたし、赤チン塗ってくれて、 ラムネ飲ませてくれて、ビー玉くれて、
 今朝だって 待っててくれたしさ! 他の男子なんてイジワルで乱暴で大っきらいだけど、
 ヒトシくんなら友だちになりたいって思うもん」
「えっ」
ヒトシくんが驚いた顔で私を見た。
「ホントだよ? ていうか、もう、友だち、だよね?」
「え、あ、う、うん」
ヒトシくんはバッリバリ頭を掻いた。
ヒトシくんが頭を掻くと前髪が上にあがって顔がハッキリ見えるんだよね。
泥だらけになっちゃって、あちこち血がにじんでるけど、やっぱし、ほら、ジャニーズ系!
ムフフフッ♪なんて喜んでる間にヒトシくんの家の前。
「あ、あの、は、入る?」
「今日はバレエなのぉ、早く帰らないと」
「そ、そっか」
「あっ、ねえねえ、明日の朝、一緒に学校行く?」
「え?」
「明日から、ず〜っと一緒に学校行こうよ」
「う、うん」
泥と血がこびりついたヒトシくんのくちびるが嬉しそうにほころんだ。
「それじゃ明日ね! バイバ〜イ」
ヒトシくんに手をふって家まで走った。


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