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0円ハウスに住む新政府総理大臣~無我的生き方の実践例としての坂口恭平
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狙うは“メッシ(滅私)”効果? 後編 

◇対話                  

 

狙うは“メッシ(滅私)”効果? 後編           

610日 新富士駅内の喫茶店にて

 

那智タケシ(ライター)×松本セイゴ(農家)

 

●現象が自分を通過している

 

 松 那智さんが体験されたことは、般若心経に書いていることと同じなんですか?

 那 本当はあの本にね、般若心経のことを思い切り書いてたんですよ。ちょっと読んで読む必要なくなったって。同じだから。結局、五ウンが幻想であるとわかれば、空で、世界だと。これは本当のことが書いてある、と思って。びっくりしたけれど、逆に読まなかった。そのくだりは書いたんですよ。でも、その時に般若心経は間違った経典である、という説が出てきていたんです。

 松 そうなんですか?

 那 要は、菩薩が阿羅漢に教えを説いているのはおかしい、と。上座部仏教の人が言い出した。つまり、悟りを目指して修行中の観在自菩薩が、シャーリープッタという仏陀の弟子の阿羅漢、つまり悟った人に教えを垂れている、という構図が間違っている、と。別に、そんなことは気にならなかったのですが、この手の本を出すということでナーバスになっていた時だったので、全部カットしてしまった。突っ込まれたら面倒だなと思って。だから文章の意味がよくつながっていないところがあるし、薄い本になってしまった。今にして思えば、出すべきでしたね。

 松 仏教では預流果とか一来果とか、段階があるって言いますね。そういう段階はあるんですか?

 那 ぼくは、あると思う。

 松 あるんですか? 那智さんの体験よりも上がある?

 那 理屈としてはあるのはわかる。般若心経は、基本的に「我はない」という預流果の認識によって救われた話だと思う。自分の本もそのライン。でも、その後に自我の残滓がどばーって落ちる体験があって、自我は他我だな、と。これは一つの段階ですよね。

松 そこが少しわかりにくいです。自我は他我というのが。

 那 例えば、仕事で人から文句を言われて、苦しいと。これは自分だけの特別な悩み、苦しみに見えて、実は、これはいろんな所で起きているわけです。世界のゆがみ、ひずみがたまたま自分のところに来た。自分のものでもなんでもない。だから喜びも悲しみも、感情というのは意外と個性はない。深さはあるとしても。世界の至るところで悲劇があり、喜劇があり、悲しみがあり、喜びがある。現象が自分を通過している。自分の肉体を通して。だから自分の経験とか、感情とかというのは、蓄積ではあるけれど、それは「私」ではない。イスラム教徒の両親に生まれた子供はイスラム教徒になるわけだから。条件付けられて。それは実在ではない。

 だから、今、話しながらも認められようと思っているとか、ちょっと今、いい気になっているとか、へらへらしているとか、それに気づいている。それは起こるべくして起こっていることで、実在ではない。起こっては、去っていく。ところが、「起こった」ものを実在だと思うから、みんな自分を特別視したり、えらく感じたりする。単に現象があって、消えていって、後は同じ。等価的。だから自我の起こる様を見てゆくと、崩れていく。自分は特別だ、という意識はまがいもので、屑だな、と。劣等感であれ、優越感であれ、それ自体がアンバランスなもの。見てゆくと、中身がないのがわかる。麻雀を打っていても、「嫌なことをされたから、やっつけてやろう」とか、「どんなずるいことしても勝とう」とか、自我が出てくる。自己中心性がね。ところがそれがあると本当に勝てない。全体の流れが見えなくなるんです。一番良かったのは、麻雀でごまかしが利かないこと。これ(胸の中心)がない時が強いんだもん。流れだけがある状態が強い。自我では勝てないとわかるから。

 松 神秘体験のことが本に書いてありますね。

 那 神秘体験というのはある。おれは道端の石ころで、道の中央にある岩ではなかった。その時にすべてが等しい価値を持った世界にいるとわかる。ぼくと松本さんと、このコーヒーカップと、すべてが。自我はいろんなところにある石と同じ。

 松 モノと同じ。

 那 自我でも、モノでも、すべて同じだな、と。自己中心的な実在というのはない。それに気づいた時に、ぱーっと世界が広がる。ああ、こっちかと。でも、石ころはあっていい。端の方に転がっていれば、それは世界の一部なわけだから。

 松 それを表現しようとした。

 那 ただ、すぐにはしなかった。三年くらい、黙っていた。どう言ってよいかもわからないし。ただ楽になったな、と思っていた。これでずーっと悩んでいたけど、あるだけじゃん、と。ある種の数学的理解。でも、それがゴールっておかしい。分母が入れ替わったとして、そこから肉体を通して何をするべきかという行為の領域になってくる。ぼくはね、たまたま仕事がフリーの編集ライターで、人様の本を書くことが多かったんですよ。ひと月、ふた月で人の本は一冊書いてしまう。でも、人の自己啓発的な本なんて書いていると、自分の体験の方が、情報として伝えるべきものだろうな、と当然のことながら思うわけです。ジレンマが出てくる。だからね、ある時、出版のあてもなく書き始めた。こういう体験をした人、たくさんいるのかもしれないな、とは思ったし、今でもそう思っている。でもね、たまたまぼくは本を書く仕事をしていた。だから書いただけです。役割かもしれないし、特別でもなんでもない。ただ、どうせなら、ろくでもない世の中だし、自己中心性を破壊するようなものを書きたいな、と。ちょっとラディカルな表現にしてね。自我が実在じゃない、ということを知っていれば、本質的に傷つかない。それが救いになる。

 

●コップは実在するか?

 

 松 このコップは実在しないんですか?

 那 (笑)。あると言えばありますよね。

 松 量子力学や超ヒモ理論とか、突き詰めていくと素粒子はただのエネルギーになる。元々何もないところに。

 那 何かが起こる場が在るでしょ。そこに何かが流れ込んでいる。そしていろんな形になったり消えたりする。このコップだって、千年後にはないでしょ。人間の感情も三分後にはなかったりする。永続的なものはないし、関連性の中で、形になっては消える。このコップは人間が意図的に作り出したもの。このコーヒーも意図的に作り出した。場のエネルギーを人間は形にしていって、そしてまた消えていく。結局は、仏教なんですけどね。量子力学も。

 松 量子力学で、Wスリット実験というのがあって、電子を飛ばして、記録紙(スリット)を通り抜けていく。観測していると、粒のような状態になって当たる。観測していないと、波のような状態になって記録される。非常に不思議だな、と。観測するという行為が物質の形態に影響を与える。

 那 結局、見るということ自体が何らかのエネルギーを与えている。見ていない時に月があるかというアインシュタインの話があるけれど、まぁ、それはあるでしょ。

松 ハイデッガーは独我論で、自分が見ている所以外は存在していない、と言いますよね。ああいう系の本は読んでも難しくて理解できないんですけれど。

 那 つまり、認識はないということですよね。

 松 ああ…

 那 ただ、世界は在る。ただこの世界の拡がりを本当の意味で認識できるのは人間しかいないのかもしれない。認識の話になると非常に面倒なんだけれど、「見るものは見られるものである」というクリシュナムルティなんかが言っていることがありますよね。我という単位がないと、ひとしなみに物があるだけになる。世界が在るだけになる。しかし、それを表現するのは非常に難しい。言葉がなくなる。

 松 般若心経も同じようなことを言っていますね。言葉にできない般若の教えって。

 那 ただ思うのは、それは曖昧だから言葉にできないのではなくて、明晰すぎて言葉にできないということなんです。

 松 言い表す言葉がない。

 那 つまり完璧な回答はある。ただその答えを記述する方程式を誰も見出していない。仏陀でさえ見出していないし、そういう風にできているかもしれない。何らかの形で表現している人はいるけれど、これが答えだ、という正確な記述ができないようにできているような気がする。それが科学式であっても、哲学的レトリックであっても、何でもね。

 いろいろ聞かれるんですよ。見ている者は誰なの?とか。でも、それを直接的に答えようとすると、こんな風に饒舌にならざるを得ない。だからいつもは控えている。普通に一人でいれば、何の疑問も惑いもないのに、説明しようとすると曖昧にいろんな言葉を使わなくてはいけなくて、わかってないんじゃないの?となる。

 だから説明うんぬんよりも、それを生きることができるか、より純粋になって、何かを具体的に表現できるかという勝負になると思う。

 松 修行は意味がない?

 那 いや、そんなことはない。ただ、ぼくの場合はいつも強制的なんです。悟りたい、とか修行しようとか、そういうのは一度もない。前向きに何か良きものに向かうのではなくて、どうしようもないからやっているし、楽をしようとすると、なぜかどうしようもない状態に追い込まれてしまう。

 松 心身滑落という体験をされていますね。

 那 痛みの受容で、痛み、自我は自分のものではないとより強烈にわかった。段階の話に戻ると、認識の段階から、自我が多少落ちやすい状態になったってくらいです。節目、節目には強烈な体験がある。これですべてを手に入れた、という全能感さえある。けれども、その強烈さは持続しない。ただ、心身の構造が変わっている。それが少しずつ日常生活に反映されていく。段階はあると思う。ただ、段階を狙って修行するとか、それは興味がない。あまりぼくが何かを言うべきことでもないし。

 松 この間、手を怪我した時に、誰かのために痛みを受け入れようと思ったら楽になったりしました(笑)

 那 そう、タンスの角に足の小指をぶつけた時なんかね、快感だったりね。マゾ(笑)

 松 禅とか、伝統的な修業方法についてはどう思いますか?

 那 伝統的な方法はね、方法論としては優れているに決まっている。公案でも、ヴィパッサナーでも何でもね。基礎訓練にはなるんですよ。個々人の体力をつけるというか。それが自我を破壊する可能性がある。ただ、それだけが目的の時代は終わった、ということです。それぞれが基礎体力をつけながら、社会を変えるために何をしてゆくか。地に足を着いて、直接的に社会にかかわりながら、自我の外にあるものを表現していく時代になると思います。


0円ハウスに住む新政府総理大臣~無我的生き方の実践例としての坂口恭平

◇評論 

 

0円ハウスに住む新政府総理大臣~無我的生き方の実践例としての坂口恭平

 

                      高橋ヒロヤス(弁護士・翻訳家)

 

「僕はやらなくてはいけないことがある。自分という存在が完全に消失した瞬間を、完全に自分の目で見てしまった。見てしまったのだから、動かなくてはいけないのだ。だから、僕は歩きはじめようと思う。

 

とにかく、僕は今すぐにやらなくてはいけないことがある。希望があるということを人々に伝えないといけない。そういう音楽が鳴ったのである。よーいスタート。」

 

――坂口恭平

 

 

当たり前のことだが、無我表現は、「スピリチュアル業界」の専売特許であってはならない。そして「表現活動」とは芸術の分野に限られることではなく、広い意味で人の生き方そのものに関わっている。今回は、そんな「無我的生き方の実践例」として、最近注目を集めている若手の建築家、坂口恭平氏(以下敬称略)について取り上げてみたい。

 

 この5月には、『独立国家のつくりかた』(講談社新書)という本を出し、6月末から、『モバイルハウスのつくりかた』というドキュメンタリー映画も公開され、さまざまなメディアにも登場していて、今まさに脚光を浴びつつある人物である。

 

 建築家とはいっても、坂口は実際にはいわゆる「きちんとした建築」はしたことがない。

 

1978年熊本県生まれ。大学の建築科で学ぶ一方、隅田川の川べりを歩いて、ブルーシートと段ボールでできた「0円ハウス」を訪ね、2004年に日本の路上生活者の住居を収めた写真集『0円ハウス』をリトルモアより刊行する。2006年カナダ、バンクーバー美術館にて初の個展、2007年にはケニアのナイロビで世界会議フォーラムに参加。主な著作に『TOKYO 0円ハウス 0円生活』『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』などがある。

 

 『独立国家のつくりかた』という本は、20113月の東日本大震災と福島原発事故の後、東京を脱出して熊本県に「新政府」をつくり、「初代内閣総理大臣」に就任した坂口が、憲法が生存権を保障しているのに、金を稼がない人間が生きていけない世の中は憲法違反だと捉え、0円で生きていける環境(可能性)を提供するための活動について書かれたものである。

本の帯にある文章を引用する。

 

「匿名化したシステムとは戦わない。何も破壊しない。ただ、歩きかたを変えること。視点を変えること。そして、思考しつづけること。それだけで世界はまったく別の相貌を見せ始める。路上生活のエキスパートたちに教えを請い、歌うように、踊るように、DIYで国をつくった男が語る、いまここにある希望。革命はすでに起きている!」

 

 「新政府総理」としての坂口の精力的な活動は、上記著書のほか、彼自身のHP(「0円ハウス」http://www.0yenhouse.com/house.html)でもツイッターなどを通してリアルタイムで表現されているので、興味のある方はそちらを参照してほしい。

 

僕が坂口に興味を持ったのは、彼の途方もない行動力の源泉に、「無我の衝動」とでも呼ぶべきものがあるのを知ったときだ。

 

 2010年11月18日(木)付けの彼のブログには、次のように書かれている。

 

(引用始め)

 

僕はこの日を一生忘れないだろう。今まで生きてきて、こんな体験、確信を得たことはなかった。とても感じの良い綺麗な中華料理店。だだっ広い空間が広がっているが、お客さんは僕たちだけ。その時点で空間が変容しているということを知覚した。

 

変えなくてはいけないのは、日本という誰かが勝手に決めた境界線によって現れた「国」なのではなく、世界中すべてのことだったことを理解した。

 

今日、朝起きた時に、いつも同じように来る朝を見ながら、その朝が実は毎日違うんだ、毎日新しく生まれ変わっていることを初めて知った。その瞬間に僕が一番好きなアルバム、ボブディランのNEW MORNINGの曲が頭の中でちょうどよい音量で鳴った。そう、今日はまさに新しい朝なのである。ここからすべてがはじまる。

 

そして、僕はやらなくてはいけないことがある。自分という存在が完全に消失した瞬間を、完全に自分の目で見てしまった。見てしまったのだから、動かなくてはいけないのだ。だから、僕は歩きはじめようと思う。

 

とにかく、僕は今すぐにやらなくてはいけないことがある。希望があるということを人々に伝えないといけない。そういう音楽が鳴ったのである。みなさん、御精読ありがとうございました。またjournalで再びお会いしましょう。よーいスタート。

 

(引用おわり)

 

この記述を最後に、彼は「自己実現」ならぬ「社会実現」(その意味は後述)に向けた実践的生活に入る。

 

坂口は、路上生活者がダンボールなどを利用してつくった家を「ゼロ円ハウス」と命名し、都市にあふれる幸(資源)を利用すればゼロ円で暮らせると指摘する。

 

坂口「お金が無ければ歌えばなんとかなるし(註:街頭ライブのこと)、家にあるほとんどの家電や音楽機材などは拾い物。服は弟からのお下がりをもらい、御飯はいつも誰かに御馳走になっていました。そういう時は、おもしろいことをエンターテイメントとして喋らないといけないのですが、それも芸の肥やしになる。ホテルでバイトしている時は、安い賃金だったけど、そのかわりVIPのお客さんと仲良くなり、本を百冊買ってもらったり。お金を使わない方が、人と繋がることも多く、自分のためになると思っていました」

 

学校では一人で新聞を発行し、ファミコンではなくノートに地図を描いてドラクエのようなRPGのゲームをつくったり、サンリオを模倣した文房具商品も自分でつくっていた。

 

坂口「ファミコンで遊んでいる人も実は “何か欠落した感じ”があることをわかっているんです。『もっとおもしろいことがあるはずだけれど、自分ではつくれないからこれで遊ぶ』というような。なんにせよ僕は自分でつくろうとかなり早い段階で思っていましたね。」

 

小学生のとき、学習机に毛布をかぶせて屋根にし、その下に住むという巣作りのおもしろさに目覚め、建築家になることを決めた。

 

坂口「ただ、建築の世界を目指す上で、まずはどこへ行けばいいかわからなかった。クラスメイトはとりあえず東大や京大を目指していたけれど、僕は正直意味が分からなかった。なぜ、そこに行きたいのかと尋ねても、誰も答えられないんです。ただ偏差値だけで選んでいる。その割には、その数値がどうやって計算されたかもわかっていない。わかりもしないものに委ねて進路を決めているのが不思議だった」

 

図書館に通い、いろいろ調べていくうちに、石山修武というユニークな建築家を知り、彼が教えていた早稲田大学理工学部の建築学科を目指す。

 

坂口「高校3年の時点で早稲田大学理工学部の合格率は20%くらいでした。僕は小学校から高校2年まで、テストで苦しむ人の気持ちがわからなかった。既に答えのわかっている問題で100点取れないことが不思議で仕方なかったからです。僕からすれば周囲の子は、100点を取ろうとしていないから取れないとしか思えなかった。でも、高校3年になって、もう答えのある問題に飽きてしまった。まったく勉強しなくなったので成績は急降下していました。

実のところ僕としては大学に合格するかしないかはどうでもよくて、落ちたとしても上京して、キャンパスに忍び込んで石山先生の研究室のドアをとんとんとノックすればいいと思っていました」

 

結局、担任の教師から「早稲田の指定校推薦というのがあって、10年に一度学科指定が違うんだけど、今年はあり得ないことに建築学科が来ちゃったよ」と聞かされ、推薦では1、2年の成績が反映されることになっていて、合格するには充分だった。

 

坂口「僕としては、高校生にぜひ言いたい。大学を選ぶよりも先にまずは、自分のやりたいことに携わっている先人である教授を見つけることが大事だよということ。そのために徹底的に調査する。それしかないと思う。先人が見つかれば、受験で落ちたってかまわないのだから。ただ会いにいけばいい」

 

大学へ入学してすぐに石山教授の部屋を訪ね、挨拶するが、そのときの格好は作務衣を着て、髪はモヒカンで後ろにギターを背負って、限りなく裸足に近かった。怒った先生からは、完全に無視される。

 

坂口「僕は『相手が気に入るようなやり方で怒らせる』ことが好きなんです。僕にいろんなことを教えてくれた先輩たちは、いつもあり得ないことをする奴を無条件に受け入れてくれた。それを経験的に知っていたから、石山先生にも試みてみたわけです。

先生との関係は濃くなりましたが、周囲は東大に落ちたから仕方なく来たというような学生が多かったので、僕とは内的必然性が違い過ぎた。必然性がないのに建築をやっている。つまりは金を稼ぐために勉強しようとしていたから、話して楽しいものではなかったですね」

 

坂口が、路上生活者がダンボールなどでつくった家に関心を抱くようになった理由は、彼らが都市において唯一自力で家や仕事、生活を発明し、つくりだしていたからだという。

 

坂口「普通に都市で暮らしている人たちが『利用価値のないゴミ』と見なすものを自然素材のように扱っていたし、彼らはまるで鳥が小枝で巣をつくるように暮らしていた。お金が極力かからない生き方をしていた。考えてみれば、水も空気もタダで手に入るもので、土地も人がつくりだしたものでなく、自然に与えられたものでしょう?

本来は所有できないものが誰かに管理されていて、それを使うため、買うために働き続けないといけない僕らの暮らしは、ちょっとおかしいのではないか?そう思うようになりました。

建築学科のクラスメイトにそういう話をしたら、『ふざけるな』と言われたけれど、そういう反応をしたのは、そんなことを考えたら自身の仕事も生きて行く意味もなくなるからで、つまりは本質的なことを考えようとしないだけ。そのときは『10年後また話そう』と言い、その後の僕はやりたいことを徹底的にやってきた。そのためか建築学科を卒業した何人かは、最近になって僕の話を聞きに来るようになりました」

 

しかし坂口は、「建築家として名前を売る」というような自己実現のレベルの話にはまるで意味を感じていない。彼の目指すところは、「自己実現」ではなく、「社会実現」である。

では、社会実現と自己実現の違いとは何か。

 

坂口「決定的な違いはありません。違いがないことに気づくことが大事。僕が小学生のとき、建築家になりたいと思ったのは、自己実現のためではなく、ある種の社会性に気づいたからです。

学習机の家をつくったときに感じたのは、いままで自分の住んでいた家とは明らかに違う何か。それは人間が根源的に必要とする空間に触れてしまった瞬間だった。

子供の頃、誰しも秘密基地をつくったりしていましたよね。大人からすればどうということのない路地や店裏が自分だけの空間に見えていた。子供であることはどこかで不安だから、どうにかして自分だけのシェルターをつくらないと生きて行けない。だから子供は何もない運動場に線を描いたりして夢中になって遊んだ。そうやって空間をつくり出したのは、ある種の生きて行くことの危うさを本能的に感じていたからだと思います。僕はそういう怖さをどう回避していくかを小さい頃から考えていた。だから建築家を目指したんじゃないかと思います。

でも、周りを見渡したとき、建物はもう充分過ぎるほどあるから、『建てない建築家にならなければいけない』と考えた。そうなると根源的な意味での住まうこととは何かを問い始めることになり、必然的に家や生活、仕事とは何かを考えざるを得ません。つまりは『ただ生きるとは何か』について見出し、伝える必要があると思った」

 

坂口にとって、これは「建築はまさに社会活動である」という「気づき」であり、この認識により、自分自身を生き直し、考えのレイヤーが変わったという。

 

坂口「僕の家にあるものはほとんど拾ったもので、そういう暮らしをしてきたからなおさら思うのは、ものを買ったり所有するよう強迫された生かされ方は、そもそも違法なんじゃないかと思います。

たとえば、土地を売買することは普通のことと思われていますが、菅直人さんが野党時代に議員立法でつくった土地基本法の第4条にこう記してあります。『土地は、投機的取引の対象とされてはならない』。そうなるといま行われている不動産業は全て違法ではないのでしょうか?」

 

坂口「“多摩川のロビンソン・クルーソー”と僕が呼び、師事している人がいます。あるテレビ番組に僕が出演した際、ロビンソン・クルーソーの家をビートたけしさんとともに訪ねました。番組の制作者は構成台本に、ロビンソン・クルーソーについて『土地を不法占拠している』と書いていた。そこで僕はその人に『不法占拠の根拠となる法を示せ』といったらひとつもあげられない。

深く考えない上に、知らないまま物事を断定するのは罪です。知らないことはどれほど怖いことか。知れば変わります。そして、問題は現実を根源から変えるには、法律をわざわざ変える必要はないということです。というのも、憲法25条には『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』と書いてあるわけですから、本当はホームレスや生活苦から自殺してしまう人が存在していること自体が違法な状態です。こういう事実は高校生にも知って欲しいですね」

 

多摩川のロビンソン・クルーソーたちにインスパイアされて、坂口氏は0円の私塾「零塾」を始めた。これは、教育は無償でなされるべきで、社会を変えようとする人間を生み出すということは、そのこと自体が社会に対して有益であるはず、という考えに基づいている。

 

この活動は、坂口氏にまた新たな気づきをもたらした。

 

坂口「零塾を始めた途端、僕は『自分のことを不幸だと感じている人たち』とたくさん出会いました。これは路上生活者と会う中では、まったくなかった体験です。彼らのうちに『自分のやりたいことをやれない』などと嘆いている人はひとりもいなかった。

仕事をして昼からお酒飲んで好きな音楽を聴いて、俳句を詠む暮らしをしている人に、『あなたは幸福なんですね』といったらその人は『幸福なんじゃなくて生きているだけだよ』と返した。その時、僕はピカーンと来た。つまり『なんで人は生きている理由や意味を探してしまうのか』と思ったわけです。つまり、彼らは『おまえは生きてないんだろう』と言っているわけです。彼らは生きる=幸福だと言っている。生きることの幸福さに気づいている。『生きる意味は何だろう?』と問う人たちは、幸福ではないところから人生が始まっている」

 

坂口が世界的にも注目されるようになったのは、移動式の小さな家「モバイルハウス」の建設がきっかけだ。すべてホームセンターで売っているものでつくっていて、透明の波板でできた屋根と窓からの採光もよく、車輪が4つ付いている。可動式だから、法律上の「不動産」ではない。

 

坂口「モバイルハウスは、「家を持たないといけない」という幻想をぶっ飛ばす試みのひとつです。まず若い子たち、お金のない人たちに向けているので、2万6000円でつくりました。これは住宅ではなく、工作物でしかないから農地にも置けます。

東京でいちばん多い空き地はどこか知っていますか? 市民農園です。これは年間8000円で約10平米が借りられます。借りている人みんながつくった野菜で自給自足しているわけじゃない。だったらそこを開放してもらい、モバイルハウスを建てたい。いまそういう働きかけをしています。モバイルハウスは、コンクリートの基礎もいらないし、軽過ぎるから震度8でも壊れない。年間8000円+26000円で暮らしていけるというわけです」

 

坂口は、家やマンションのローンの返済のために働くという社会通念化した労働観に異を唱える。

 

坂口「誰しも『こういう世の中ならいいな』『本当はいまの暮らしは嫌だ』とか自分の考えをもっていますよね。でも、やりたいことを選ばずに嫌々働いたりしている。徹底的に考えずに『やりたいことをするのは無理だから』という理由で、胸の奥に思いを秘めつつ、人から言われたことをやっている。

僕からすれば、そういう引き裂かれた思いで暮らすなど、狂気の沙汰ですが、これが路上生活者を落伍者と蔑む人の思考回路でもあるわけです。人生の中で立ちすくんだことがないから、自分が当たり前だと思っている外の世界が想像もできない。そういう体験のなさは、いかに野生の思考をしてこなかったかの証明ですよ」

 

坂口「『ホームレスは都市に寄生している』という人も多いけれど、もうちょっと読み込んでくれ、解像度を上げて社会を見てくれと思います。彼らはインターネットにはのらない情報を独自のネットワークで伝え、都市にあふれる資源を利用し、自立して生きている。

彼らを落伍者という人たちは、震災が起きていままでの暮らしが成り立たなくなったとき自活できるのか。自身が死にそうになったとき、誰かが助けてくれるのか。そうではないからこんなにも自殺が多いのでしょう? 年間3万人が死んでいる社会が間違っていないなら、それをまず立証して欲しい。

だから僕はそんなにも労働の好きな人たちに『あなたの労働が本当にただ生きる上で必要なことなのか試させてもらいますよ』という、イタズラとしてモバイルハウスを考えたわけです」

 

ゼロやタダを前提にした坂口氏の活動は、より少ない投資でより多くの利益を求める経済活動とは異質なものといえるだろう。彼にとって報酬(見返り)とは何を意味するのだろうか。

 

坂口「家族や先人たちに贈与を受けたので、僕にはそれへの返礼義務があります。人類学者のクロード・レヴィ=ストロースがいうように、贈与に返礼するのが経済の成り立ちで、だから僕の行いは貨幣経済ではなく、いわば贈与と返礼という態度による経済です。

28歳のとき、生活のために働くことを止め、あらゆる労働から解き放たれ、ただ自分の仕事をすることを選びました。それ以来、飢えずにちゃんと生きています。

また、零塾を始めると宣言した途端、感銘を受けた人が『ぜひ協力したい。何をすればいいか』と支援を打診してきました。そこで僕は自分の作品を買ってもらい、数百万のお金を得ました。

労働している人は自分の時間をもっていません。人に動かされる時間は全部盗まれているということで、そこはミヒャエル・エンデを読んで欲しい。エンデに興味をもてば、彼がシルビオ・ゲゼルという経済学者に影響を受けており、貨幣や土地の問題を考えていたこともわかってくる。徹底して考えるとは何かの気づき直し、生き直しなんです」

 

坂口の「無我的生き方」の本質は、彼自身が次のようにうまく表現している。

 

坂口「自分のためでなく、誰かのために何かをやろうと思った瞬間に、人もお金も必要なものがやって来る。自分のために生きないことを選んだことで、人は人から必要とされ、仕事が生まれる。そこに強いられた労働は一切ありません。これこそが仕事であり、生きるための技術になるのだと思います」

 

坂口恭平の具体的な言動や価値観の意義やその是非については詳しく論じるつもりはないし、それはたいして意味のないことだろう。僕が興味をもつのは、「無我的生き方の実践例」としての坂口恭平の生き方であり、彼にインスパイアされた人たちがそれぞれにオリジナルな「無我的表現」を模索していこうとしているその現状である。

 

坂口や彼の仲間たちの活動を見ていると、無我表現は、徐々に時代を動かそうとしていることを感じる。坂口恭平のような人がどんどん出てくれば、この世界に新たな希望が生まれるかもしれない。

 

 

参考文献:

坂口恭平著『TOKYO 0円ハウス 0円生活』(河出文庫)

同『独立国家のつくりかた』(講談社新書)

 

※今回のコラムは、主に次のインタビュー記事を参考にさせていただきました。

「自分のために生きることを止めたとき、躍動した暮らしが始まる。」(尹雄大氏による坂口恭平氏インタビュー記事)http://www.mammo.tv/interview/archives/no281.html


アラスカ便り―北の果てに暮らす日々― 「夏至」(最終回)

◇エッセイ

 

アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―

 

「夏至」(最終回)

 

 長岡マチカ(文化人類学を学び、現在、アラスカ在住)

 

 他州での熱波被害のニュースを聞きながら、窓の外を見る。銀色の空に雪雲を思い出す。アンカレッジでは肌寒い日が続く今夏。ジャケットを羽織り外に出ると、冷んやりと湿った朝の緑があたりを包んでいる。「雪の白さが視界に入らないこと、それがアラスカの夏の定義よ」そうアラスカに何十年も暮らす友人が笑っていたのを思い出す。屋内に戻ると、「バロー(最北端の町)は雪だって!」と天気予報を聞く子供たちの声。白夜に舞う雪を想う。

 明るさの中で眠りにつくことにも慣れる六月の終わり、夏至を迎える。光へと向かっていた日々は、この日を境に再び暗闇へと進み始める。真夜中過ぎまで日の暮れない短い夏とは打って変り、長い冬には一日の大半を闇の中で暮らすことになる。光と闇のコントラストの中に、アラスカの一年が過ぎていく。夏至と冬至はそんな一年の流れに立ち止まり、くるりと向きを変えるターニングポイントでもある。

 夏至の夜、ネイティブアラスカンの友人と山へ登った。夕飯を食べ終わり、普段ならば眠る準備をしているだろう時間に登り始める。朝方空を覆っていた雲は今は跡形もなく消え、西に傾きかけた太陽を遮るものもない。一年で一番長い日が、暮れ始めている。

 登山口から急な坂が続く。息の乱れを整えながら見上げる先に、友人の背中が見える。少しなだらかな道に出、ようやく追いつき並んだ。友人の涼しげな横顔を見つめる。見渡す限りの平らなツンドラに囲まれたアラスカ南西部に育った彼女が、急な坂をすいすいと登る様子に少し驚きながら。

 「ツンドラの弾力に慣れた足は、どんな坂だって登ることができる」

 いつかそんなことを彼女が言っていた。一歩一歩大地に足を引っ張られるように歩いたツンドラを思い出す。まるで足に錘をくくりつけたように進む私の横で、彼女はスキップをしているかのように軽やかだった。

 「そろそろね、日が沈む」

 彼女の言葉に登ってきた道を振り返る。はるか下にアンカレッジの町が一望できる。いくつもの小さな灯りが瞬くその先に海が見える。海と空との境が、夕焼けのグラディエーションの中に溶けている。その色の重なりをくっきりと切り抜くオレンジ色の太陽が、下方から少しずつ少しずつ欠けていく。あたりは徐々に深い紫に包まれる。

 「暗闇で光を見つめ続けた目は、どれほどの闇に包まれようとも迷うことがない」

 隣で静かに微笑む友人の言葉が、あの長い冬へと向かう背中をすっと押してくれる。  

 ふと見上げると、まだオレンジの残る空のかなたに、北極星が輝いていた。

 

 これまでアラスカ便りを読んでいただきありがとうございました。一年という季節のサイクルを通し、こうしてMUGAに参加できたこと感謝しています。MUGAのこれからの展開、ここアラスカより楽しみにしています! 


編集後記

★編集後記

 

 今日(7/14)は、ウルトラリンパの第三回講座がありました。茨城の山の中?で菊地氏の指導の下、基礎的な技術を5、6人でコツコツ覚えています。それぞれが実験台になるので、痛いことは痛いのですが、身も心もすっきり。日頃の垢が落ちて、自分も含め、みなの顔がすっきりと変わっていくのがわかります。肉体と心は通じているのだな、と強烈に感じるこの頃です。

 試験的に一期生で半年ほど勉強し、卒業という形になった時点で二期組の募集も考えています。月一回のスローペースですが、遠方から来る方のことを考えるとこれくらいでちょうどよいかも。技術を覚えた人たちが各地に散らばり、少しずつ良い輪が広がることを願います。

 今月号で、1年間連載していただいたアラスカのマチカさんの連載が一旦、終わります。5人のお子さんの教育や、新しい仕事、引越しなども重なり、多忙な日々を送られているとのこと。そんな中、アラスカの清涼な風を毎月吹かせていただいたことに唯々感謝です。つくづく自分は良縁に恵まれているなと感じます。一年間、目立たぬ場所に咲いている野花、MUGAを読み続けていただいた読者のみなさまにも感謝です。(那智)


目次

MUGA 第13

「私」ではなく「世界=無我」からの表現を発信する

 

無我表現研究会発行 月刊メルマガ

 

◆目次

 

◇アート

 

・詩

 

『季節の詩』     rita

 

・短編小説

 

「例外者たちの宴1」 鎮魂歌 

那智タケシ

 

 

◇評論

・書評

『スプーン』(森達也著、飛鳥新社、20013)

『オカルト』(森達也著、角川書店、20124月)

                                      高橋ヒロヤス

 

・現代女優試論           

 沢尻エリカ 綾瀬はるか 満島ひかり

 

◇対談

 

根元共鳴×無我表現①  

 

「1未満であることの大切さ」    たまちゃん×那智タケシ



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