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 半年程前、彼女は、突然、まるで竜巻のように法曹界に現れた。黒を基調とする法曹界で、一人ピンクのスーツを身にまとい、颯爽と現れ無罪判決を次々ともぎ取っていく女性。
 巨悪を挫き、弱きを助ける。司法不審に怯える人々の味方。彼女の辞書に不可能の文字などない。
 人呼んで、ピンクハリケーン。

「この記事書いた人、頭大丈夫なの?」
 その記事を読んだ率直な感想はそれだった。
「はぁ? なんでだよ、すごいだろうが、リーガルユカナ!」
 その週刊誌の持ち主、青木大和は、不満そうに眉をつり上げた。ほかになにを言えと言うんだ。
「かわいいしさー、美人だしさー、弁護士で頭よくて、弱者の味方でさー」
 白黒でやや不鮮明な写真を見ながらうっとりと彼は言う。
「服装センス壊滅的だけどね」
 この写真では白黒だけど。ピンクで膝丈フレアのスーツを着るなんて、頭おかしいとしか思えない。それも、弁護士なのに!
「なんだよ。おまえ本当かわいげないなあ! あ、あれか。おまえん家の隣の、ひょろっとめがねが負けたからか」
「綾人さんのこと、そんな風に言わないで」
「でもしょうがないだろ、冤罪だったんだから。検察はリーガルユカナの敵だからな」
「裁判はゲームじゃないんだよ」
 敵ってあんた。
「青木くんに、桃園さん。仲がいいのは結構だけど、静かにしてね。帰りの会が終わるまで、もうちょっとなんだから」
 先生の声が飛んでくる。
「はい、すみません、先生」
 大和にのせられて思わず話してしまった。反省。この前のお見合いも失敗したとかで、最近、機嫌悪いのに。
「別にオレ、こいつと仲良くなんかねーし!」
「青木くん」
 バカな大和がそんなことを言うから、先生の機嫌がますます悪くなる。適当に謝っておけば良いのに、要領の悪い奴。
 案の定、大和は帰りの会が終わったあと、居残りを命じられた。この隙に帰ろう。
「あ、ちょっと!」
 ランドセルを背負った私を見て、先生に怒られながらも大和が怒鳴った。
「まだ話は終わってないぞ!」
「先生の話もまだ終わっていません!」
 シカト、シカト。
「同じ名前でも大違いだな、由香奈!」
 大和が怒鳴る。
「青木くん、先生本当に怒るわよっ!」
 正直もう放っておいてくれ、と私、桃園由香奈は思うわけだ。
 あと、先生はそれでまだ本当に怒ってなかったのか。大人って本当、理不尽。
 ランドセルにつけたモモイロインコのキーホルダーが揺れて、笑った気がした。
 リーガルユカナとは大違いだ? それで結構だ。あんなばかげた服装のばかげた存在と一緒にされては困る。
「うんうん、正体ばれないようにして偉いぞ由香奈」
 モモイロインコのキーホルダーがそう言う。正体ばれないようにしている方便じゃなくて、本気でそう思ってるんだよこのバカ鳥が。
 大体、言って誰が信じるのか。
 世間をにぎわすピンクハリケーン、リーガルユカナの正体が、小学五年生の小娘だなんてこと。


 半年程前のことである。
 下校中の私の目の前に、ピンクのやや大きめの鳥が舞い降りて来て、その嘴を開いて、告げた。
「僕と契約して魔女っ子弁護士になってよ」
 なんかそのようなことを言うアニメがあると、綾人さんが言っていた気がする。そして私に、「由香奈ちゃん、絵がかわいくてもこれは由香奈ちゃんにはまだはやい」とか言っていた。アニメを見る綾人さんにもなんだかちょっとがっかりしたのは内緒の話。
 そんなアニメの台詞を覚えさせるなんて。どこから逃げて来た鳥かは知らないが、飼い主よほどそのアニメが好きなんだろうなぁー。
「僕と契約して魔女っ子弁護士になってよ!」
 インコの類なのだろう。鳥は再びそう告げる。鳥って、こんなに流暢に喋れるものなんだー。
 それにしても、どうしたらいいんだろう、これ。やっぱり交番とかに連れて行った方がいいのかな? 落とし物ってことで。確か、ペットは法律上物と同じって綾人さん言っていたし。目の前でぱたぱたしてるけど、捕まえられるかなぁー。
「ちょっと、聞いてる?」
 鳥が言う。
 よく喋るなぁ。名前とか住所とか電話番号とか喋らないかなぁ。
「もしもーし、桃園由香奈さーん、聞いてますかー」
 ももぞのゆかなね、ももぞのゆかな。それが飼い主の名前かしら。
 ……ももぞのゆかな?
「そうそう、桃園由香奈さん!」
 鳥のその嘴は、迷うことなく、私の名前を呼んだ。
 なにこれ。大和のいたずら? 変な鳥に翻弄される私をどっかで見ているの? でもあいつ、たしか鳥が大の苦手だからこんなことしないはずだし。
「急に契約とか言われてもびっくりしちゃうよね!」
 鳥はそう言った。
 いや、びっくりしているのはそれよりも前段階でのことなんだけど。インコって、話した言葉を覚えるだけで、会話って出来ないよ、ね?
「悪徳商法とかじゃないから! 僕はチャーリー。こんなモモイロインコの姿をしているけれども、魔法の国の王子なんだ!」
 長い言葉も噛まずに告げる。
「……魔法の国の王子?」
「うん」
 ばさり、と羽根を震わせて自称王子様が言う。いや、鳥だろ。
「色々聞きたいこともあるし、僕も色々話したいことがあるんだけれども、そろそろこうやって飛んでるのも疲れてきたし、由香奈の家連れて行ってよ! 詳しい契約内容はそこでさ」
「……どこからつっこんだらいいのかわからないんだけれども」
「え、つっこむ所とかないよね? 僕、ぼけてないよ」
「とりあえず、お母さん鳥嫌いだから無理だと思うの、連れて帰るの」
 一番現実に即したことを言ってみると、
「ああ、そういうこと。まあ、任せて」
 チャーリーとやらは、羽根を一度大きく羽ばたかせて、次の瞬間に消えた。目の前からいなくなる。
 私は辺りを見回し、そこにピンクの姿が無いのを確認すると、
「帰ろ」
 家に向かって歩き出した。いなくなったのならば、それでいい。
「ちょっとちょっとちょっと! 桃園由香奈」
 背後から呼び止められる。振り返ってもそこに、桃色の鳥の姿はない。
「ここでーす、こっこここ!」
 ここここ、インコに見せかけて鶏なのか。
「下だよー、下!」
 言われて地面に視線を移すと、さっきの鳥の姿をしたキーホルダーが落ちていた。
「拾って! お願いします! 拾ってください!」
 懇願されるのでそれを拾い上げる。そのまま、裏返したり、下から見たり、色々と観察したが、やはりこれはどこからどう見てもキーホルダーだ。
「ふふん、驚いて声もでないようだね! これが魔法の力だよ!」
 どこから声を出しているのだろう。絵になった鳥は、もちろん嘴を開かない。
「まあ、そういうわけで、とりあえず由香奈の家に連れて行って」
 そうしてそう要求してきた。
 私はしばらく考えてから、ポケットにそのキーホルダーをしまって、帰ることにした。放っておいたらうるさそうだし、ちょっと興味があったのだ.魔法に。

「改めまして」
 キーホルダーのまま、
「僕はチャーリー。魔法の国の王子様さ」
 チャーリーが自己紹介してきた。
「魔法の国の」
「そう。我が魔法の国では、王子が王位を継承するために、人間界である試練を受けなければいけないんだ。それがね、一年間一人の人間と一緒に、弁護士活動の従事すること」
「……うん。よくわからない」
 机の上においたキーホルダーを見下ろす。
「魔法の力で弁護士になってよ! ってこと」
 それで説明した気にならないで欲しい。
 いや、なんとなくはわかる。子どもの頃見た魔法使いもののアニメとかはそうだった。目の前に不思議な生き物が現れて、一緒に試練を乗り越えていくのだ。魔法の力を使って。
 でも、そういうのって、決して弁護士になんかはならなかった。もっと夢のあるものになっていた。
「アイドルになるとか」
 大人になれるとか。
「だって由香奈、魔法の国だよ?」
「それはわかったけど」
「魔法の法は法律の法なんだよ! 弁護士になるのは当たり前じゃないか!」
 魔法の法は法律の法と同じ字だけど、絶対違う、と思う。
「大体、弁護士だって夢のある仕事じゃないか! どれだけ多くの人間界の人々が目指し、そして敗北して言ったことか! 魔法の力ならば一瞬でなれるのに、二年乃至三年間学部よりも高い学費を払いながら、三振しても終わり、五年経っても終わり、合格したって就職難な世界に飛び込むなんて、人間界の法曹志望はなんてギャンブラーでアホーなのかと思うね。魔法の力ならば簡単なのに」
「あなた今、この世の全ての法曹志望者を敵に回したわね」
「大半が不合格なんだ。気にすることはない。合格率を見てみなよ」
「平成二十四年度の合格率が二十五.一パーセントで、去年より少しあがったとか、そんな話はどうでもよくて!」
「小学生なのに、詳しいなー。さっきから言うこと言うことひん曲がってて、クールっぽく装ってて、あれだね。子どもっぽくないとか、可愛げないって言われない?」
「黙れバカ鳥」
 その小学生に弁護士になることを求めているのはどこのどいつだ。
 いつまでも子どもではいられないんだ。
「魔法の法が法律の法で、チャーリーが試験のために人間と組んで弁護士をやらなければいけないのは、まあ、理解した」
 少なくとも、そういうことでいい。
「なんで私なの?」
「ダーツだよ」
「ダーツ?」
「ダーツを投げて決めたんだ。まず、人間界のどこの国刷るか、日本に決まってからはどこの県か、市か、少しずつ範囲を狭めてダーツを投げて決めていったんだ。あとは、この辺りに住む適性者リストに投げて」
 ……そうか、ただの偶然か。なんかこう、前世からの因縁とか、そういう運命的なものがあるのかと思ってしまった。恥ずかしい。口に出さないでよかった。
「適当なんだね」
「そうだよ、適当なんだ。だから、正直小学生にあたったときはがっかりしたね」
「ごめんなさいね」
 小学生で。
「でも、小学生だと話にのせやすいっていうか、騙しやすいっていうか、やりやすいとも言われてたし」
 言葉をオブラートに包んで欲しい。
「まあ、いいかなって。でも、由香奈ひん曲がりだからちょっとなー」
「悪かったわね」
 ひん曲がりで。
「今からでも他の人探したら?」
「ダーツの神様のいうことは絶対だよ」
 ダーツの神様とやら、迷惑な存在だ。
「でも私、法律のことなんてあんまりわからないわよ」
「またまた謙遜しちゃって」
 チャーリーはそこでぽんっとモモイロインコの姿に戻った。
 そしてぱたぱたと羽ばたき、本棚の方に向かう。
「ああ、ほらやっぱり」
 そして本棚を眺めてから、私を見て笑う。
「ここに入ったときから、法律の気配がしていたんだ。法律関係の本、ちゃんと置いてあるじゃないか」
「……小学生向けの、漫画でわかる形式のだけど?」
 あとは三分でわかる民法シリーズとか。それもあんまりわかってないけど。
「でも、興味はあるんだろう?」
 チャーリーが笑った。気がした。モモイロインコの表情なんてわからないけれども。
「ダーツの神様が由香奈のことを選んだのは偶然じゃないね」
「……確かに、私は将来そういう方向に進みたいけれども」
「なら丁度いいね、予行練習で!」
「魔法の力で予行練習をすることをいいことだとは思えないけど。それに、興味があったってわからないものはわからないよ」
「心配しなくていいよ」
 机の上に舞い戻ると、チャーリーが優しく言う。
「全部、魔法がやってくれるから」
 万能過ぎるだろう魔法。
「それにそう、本当の裁判をするわけじゃないんだ。いや、形式的には本当に裁判をしてもらうんだけどね」
「どういうこと?」
「僕たちがやるのは、弁護士として法廷に立ちながら、人間界に蔓延るゴシーンという悪魔を退治することなんだ」
「ゴシーン?」
「ああ、その悪魔は人間界の法廷で好き勝手悪さをする。あいつらが悪さすると、裁判は誤った方に進む。無実の罪で罰せられたりするんだ」
 なるほど、誤審。
「ん? ゴシーンってずっと人間界にいるの?」
「うん」
「じゃあ、ええっと一年だっけ? 一年だけ私達が頑張っても意味ないんじゃないの?」
「いいや、我が魔法の国から派遣されたゴシーンバスターズがいるから平気だよ」
「そんなのいるの……?」
「うん、普段は普通の法曹関係者に紛れているからね。そうとはわからないだろうけれども。裁判官や検察官としてゴシーンを退治しているよ。まあ、主に検察官で起訴前段階で退治してるけどね」
「弁護士ではなく?」
「弁護士として解決するのは王族の試験の時だけなんだ」
 チャーリーがちょっと誇らしげに胸をはった、ような気がする。
「だから仮に僕たちがさぼっていてもゴシーンは退治されることはされるんだけどね。だけど一年の間に」
 チャーリーはそこで嘴を自分の羽根の中に突っ込んだ。しばらくしてから、一枚の小さな紙を羽根の中からひっぱりだす。どこにしまっていたの、これ。
「このスタンプカードを満タンにするのが僕たちの目標なんだ」
 渡されたのは小さな二つ折の紙。開くと、確かにポイントカードのようなものだった。発行日から一年間有効って御丁寧に書いてある。
「ごれ、うまらないとどうなるの?」
「僕は王族から抹消され、そのあとは、うーん、どうなるんだろう」
 首を傾げる。
「大変なことになるかな」
 曖昧だった。
「大変ねー」
 だから私も曖昧に返事をし、そのスタンプカードを見る。よく見ると、何個か置きにスタンプを押す欄に星形のマークがある。
「ね、これは」
 一番最初に現れる、五という数字を指差すと、
「ああ、それはご褒美ポイント」
「ご褒美ポイント?」
「そう、一つ事件を解決するたびにポイントがたまる。その色々と書いてある欄まで溜まると、由香奈、君にご褒美ポイントが与えられるんだ」
「なんかいいことあるの?」
 こんなスタンプカード制の魔法使いなんて見たことがないけれども。
「君のお願いごとを魔法で叶えてあげられるんだ」
「なんでも?」
「なんでもじゃないよ、法律にあることだけ」
「うん、よくわかんない」
「例えばね、」
 とチャーリーは少し考えるような顔をしてから、
「うん、例えば結婚。これについては法律で効力発生について規定があるよね? 民法に」
 小さく頷く。さすがにそれぐらいはわかる。
「だから誰かと結婚したい、というお願いは魔法で叶えられる」
「相手の意思に関係なく?」
「うん。相手の意思が必要だったら、魔法要らないしね」
 まあ、それもそうだ。
「でも、誰かと付き合いたいというお願いは叶えられない」
「規定がないから?」
 そう、とチャーリーが頷いた。
「そうやって法律に規定があるものならば、魔法の効力が及ぶんだ。魔法の法は」
「法律の法だもんね」
「わかってきたじゃないか、由香奈」
 チャーリーが満足そうな顔をする。
 わかってきたというよりも、理解せざるを得ない。
「法律は日本にあるものならなんでもいいの?」
「うん。基本的にはね。憲法でも民法でも地方自治法でも破産法でも臓器の移植に関する法律でも」
「どんな法律がどんな魔法を発動させるのかとかリストとかあるの?」
「ないよ」
 チャーリーが真顔で言い切った。
「それじゃあ、どうするの?」
「法律の声に耳を傾けるのさ。そうすれば、自分に必要な条文が答えてくれるはずだよ」
「……あ、そう」
 なんか、怪しい話になってきたなぁ。あ、もともとか。
「あ、それから法律の中で禁止されていることはできないから」
「例えば?」
「殺人とか」
「なるほど。法律を守らなければいけないんだ」
「そう」
「……っていうことは、結婚はどっちにしろ十六歳になるまでできないってこと?」
 だとしたら、ちょっとがっかり。
「いや。結婚における十六歳っていうのは、要件だから魔法には関係ないよ。要件は基本的に魔法の力で排除されるから」
「相手の意思が関係ないのといっしょってこと?」
「そう」
 うーん、なんか難しくなってきた。駄目って言われていることは駄目で、要件はシカトできるのか。
「……っていうか、由香奈、結婚したいの?」
 チャーリーがぐぐっとその顔を近づけてくる。
「マジで? 誰と? 誰と? やるぅー、このませがきー!」
「うるさいバカ鳥!」
 一喝すると、チャーリーは不満そうにぶわっと一度羽根を膨らませた。
「でも由香奈には悪いけど、結婚は結構大変だよ。えっと、カードに数字が割り振られているでしょう? 最初は五」
「うん」
「これは魔法のレベルを表すんだ。簡単な魔法ならばこの五の部分にきたことで使用できるけれども、大掛かりな魔法はそうはいかない」
「簡単な魔法?」
「うん、そうだなー。例えば、廃棄物の処理及び清掃に関する法律に基づいて部屋の片付けを魔法で行うことができるんだ」
「……なんかみみっちいね」
「うん、みみっちいからこそ、レベル五で使用が可能」
「魔法のレベルが低いってこと?」
「そうそう」
 チャーリーが何度か頷く。
「基本的に一回で終わるものはレベルが低いんだ。だけど、結婚みたいにその状態が継続するものは魔法のレベルが高い。結婚するには八十ぐらいが必要かなぁ」
 先が長過ぎて目眩がする。
「あと、このレベル。五の次が十になっているでしょう? 五の段階でさっきみたいな掃除とかの魔法を使ってもいいんだけど、使わないでとっておくこともできる。そうしたら、十にきたときにはレベル十五までの魔法が使えるようになるんだ」
「……じゃあ、小さな魔法を沢山使っても良いけど、そうすると大きな魔法を使うのは難しくなるってこと?」
 チャーリーが大きく頷く。嬉しそうに。
「由香奈がしっかりしててよかったなぁー、話がさくさく進むやー」
 魔法の国とはなんなのか、とかそういう根本的な疑問を投げかけてないだけだよ。
 だって興味があるから。魔法に。
「チャーリー、とりあえず弁護士になってゴシーンを倒せば、あなたにも私にも良いことがあるのはわかった」
「うんうん」
「で、具体的にどうすればいいの?」
 チャーリーはそうだなーと一度呟き、
「詳しいことは実際にやってもらった方がはやいから明日以降にするつもりなんだけど、変身だけはちょっと今してみよっか」
 変身か。いよいよ魔女っ子っぽい。
 チャーリーは再び自分の羽根に嘴をつっこみ、
「これこれ」
 自分の体と同じぐらいの大きさの天秤を出してきた。
「ちょっとまって、これどこから出して来たの?」
「魔法だよ、由香奈」
 何をバカなことを聞いているんだろう。そんな口調で諭された。魔法、便利すぎるだろ。これはなんの法律でだしてきたんだか。
「さぁ、この天秤を持って。左手で」
 言われた通りに左手でそれを掴む。意外と軽い。
「それをこう、高く掲げて」
 目線の高さにまであげる。
「復唱して。魔法の呪文だよ」
 先ほどまでとは違って、真面目なチャーリーの口調に唾を飲み込む。
 魔法が本当にあるのなら。今ここで、本当に変身できたのならば。そしたら私は、今後何を望もう。
「いいかい?」
「うん」
「リーガル・リーガル・ユースティティア」
「リーガル・リーガル・ユースティティア」
 そうして部屋がぱぁぁっと光に包まれる。天秤が発光している。
「なっ」
「落ち着いて」
 慌てる私の耳元で、そっとチャーリーが囁いた。
 そうだ、これは魔法なのだ。光るぐらいなんだという。
 天秤が発した光は、私の目の前で向日葵の形になる。そうして、その向日葵の形をした光は、私を包み込んだ。眩しくて目を閉じる。
「ユカナ」
 チャーリーに名前を呼ばれて目を開ける。
 なにか、違和感を覚えた。
 視界が、高い?
「鏡、見てご覧」
 言われて姿見の方を見る。
「なに、これ」
 そこには、普段の私とはまったく違う私が居た。
 小学五年生の私じゃない。おかっぱに近い黒い髪は、茶色に染められ、ふわりと巻かれていた。背も伸びている。お母さん達は無責任にかわいいかわいいって言うけど、私は大嫌いだった赤くてまるいほっぺたは、しゅっとしてて上品な桃色になっている。お化粧もしている。……胸も、ある!
「……これ、私?」
「そうだよ」
「……大人に、なってる?」
 ぺたり、と両手を鏡につけて、食い入るように見る。夢にまでみた、大人に!!
「そりゃぁ、子どもは法廷にたてないからねー、さすがに」
 チャーリーの声。
 ……あれ、あのピンクの鳥はどこに消えた。声は、かなり近くからするのに。
「チャーリー?」
「ここだよ、ここ。耳」
 言われて鏡の中、自分の耳辺りを見る。さっきまでのキーホルダーみたいに、ピアスになったチャーリーがそこにはついていた。
「君が変身しているときは、僕はこの姿でいることになるんだ」
「そうなんだ」
「こうしていれば、すぐに由香奈に指示がだせるだろう? それに、君が僕と会話したいときはケータイでも耳にあてればいい」
 そうすれば電話しているだけのように見えるだろう。
「すごいのねー、魔法」
 私はもう、何に驚いていいのかもわからず、そう言葉をかえした。なんというか、これはこういうものだと受け入れるしかないんだと思う。
 大体、細かいことはいい。大人になった自分の姿にうっとりする。
 ああ、大人になった私ってば、思ったより素敵じゃない?
 やわからそうな茶色の髪も、ピンクの唇も。思ったよりセクシー。
 自分の顔にうっとりして、ちょっと鏡から離れて全身を見て。
 全身を見て、そこでようやく気づいた。
「……ちょっとまって、これなに」
 自分の格好に。
 私の格好はどこぞの夫婦もびっくりな程、ピンクだった。ピンクなくせに、服自体はスーツだった。お父さんが着るようなジャケットもピンク。よく見たらご丁寧にバッジがついている。これが弁護士バッジってやつね?
 そしてスカートもピンク。膝丈で、フレアスカートになってる。
 こんな格好の弁護士なんて、ふつういる!?
「なにって、それが魔女っ子弁護士リーガルユカナの正装だよ」
「リーガルユカナってなに!」
 新たな単語でてきたぞ。
「うーん、魔女っ子弁護士としてのコードネーム的なものかな」
「コードネーム!」
 ダサイ。ださ過ぎる。
「大体、それで弁護士としてやっていけるの? そんな渾名みたいなので。本名じゃないとダメじゃないの?」
「それは魔法の力で。弁護士になる魔法のおまけの効果ってところかな」
「迷惑なおまけね」
「だってユカナ。まさか本名でやるわけにはいかないだろう?」
「……そりゃあ、まあ、小学生が弁護士だなんて信じてもらえないだろうけど」
 それじゃあ、私が桃園由香奈だって綾人さんにわかってもらえない。せっかく大人になったのに。
「そうじゃなくて」
 言ってからチャーリーは、あっ、とすっとんきょうな声をあげた。
「何?」
「ごめん言い忘れた。由香奈がリーガルユカナだって他人にばれちゃいけないよ。もしもばれたら」
 そこでチャーリーは一度言葉を切り、重々しく切り出した。
「アケボノインコになっちゃうんだ」
「アケボノインコってなにっ!」
 どんなインコだ! チャーリーみたいな鳥がモモイロインコだっていうのも、さっき知ったのに。
「アケノボインコはオウム目・オウム科に分類される鳥類の一種で、頭部から腹にかけての鮮やかな青色が特徴の鳥だよ。ちなみに体は緑色」
「ウィキペディアからとってきたような説明ありがとう!」
 自棄になってそう叫ぶ。
「っていうか、なんでそんな大事なこと黙ってたのっ」
 正体がばれたら鳥になる!? そんなの絶対嫌だっ。
「忘れてたんだよ、ごめんねー」
「ごめんですんだら法律いらいないでしょう、この魔法の法は法律の法の国の王子!」
 怒鳴ると、チャーリーはもう一度ごめんねーと謝り、
「それにしても由香奈、そうやって怒ると年相応だねぇー。そっちの方がいいんじゃない?」
 少し笑いながら言われて、慌てて黙る。
 そうだ。大人はこんなことで取り乱したりしない。一つ、深呼吸。
「まあ、ばれなければいいのよね」
「うん。大丈夫。過去にバレて鳥になった人は二人しかいないから」
 二人はいるのかよ。
「ちなみにこれ辞退って?」
「無理だよ。そんなことしたらオカメインコになるよ」
 違う鳥になるのか。もうつっこまないぞ。
「……わかった。とりあえずやりましょう」
 私は頷いた。
 鏡を見る。
 大人の私が見返してくる。
 この姿が見られるならば、とりあえず、私は頑張れる。
 以上、これが私、桃園由香奈がピンクハリケーンことリーガルユカナになった顛末。
 そしてリーガルユカナとしてゴシーンを退治してきて思う。魔法は、チート過ぎる。

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