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前回のあらすじ

 安田邸で佑太を待ち受けていたのは、安田一族内での杏子との婚姻の披露宴だった。財閥令嬢の婿として、なぜ自分が選ばれたのか不可解であった佑太は披露宴の後、その疑問を杏子の父の弥一郎にぶつけると、弥一郎の話は明治維新にさかのぼり、その中にはある陰陽師の予言めいた言葉が含まれていた。


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第六回

  「誰だ?」

 「私です、杏子です」

 「ああ、杏子か、お入り」

 弥一郎の声のあと、ドアが開き、杏子が入って来た。

 

 

  

 

 

 「お二人で、何をこそこそとお話になっているのですか?」

「それは、お前の自慢話に決まってるじゃないか」

 「佑太さん、ほんとですか? 悪口だったんじゃないですか? お父様は、なかなかの狸ですから、言うこと鵜呑みにされてはいけませんよ」

 「いや、色々と貴重な話を聞かせていただいたよ」

佑太ははぐらかすように言った。

 「佑太さん、そう言えば、お父様は、あの三匹の蛇の紋章のこと、御存じでしたよ。ねえ、お父様」

 「ん? ああ、ちょっとね……」

弥一郎は杏子の言葉に少し口ごもった。

 「三匹の蛇の紋章のこと、御存知なら、教えていただけませんか」

佑太は弥一郎に頼んだ。

 「お父様、教えてあげて、お願いします」

一瞬戸惑ったあと、弥一郎は口を開いた。

 


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「うーん、まあ、いいだろう、お前たち二人には話しても。実はな、その三匹の蛇のルーツは、幕末にあるのだよ。鳥羽伏見の戦い、上野寛永寺での上野戦争、奥州列藩同盟と新政府軍が戦った東北戦争、いずれも新政府軍が勝った。そして、維新後、旧幕府方についた大名たちも許され、その後、爵位をもらうことになる。だが、家老などの重臣たちへの処分は重く、死罪を受けたものが多かった……主君の命を救ったとはいえ、その処分に対し重臣の親族には不満を持つ者があり、ある旗印の下に集まった。その旗印が三つの蛇だよ。そして、その集まりを三蛇(さんだ)同盟と言った。 蛇は『死と再生』を連想させると言われる。彼らは幕末に一度死に、維新に、ある組織として再生したのだ。そして、新政府に対してテロを仕掛けていった。明治初めから太平洋戦争あたりまでの要人の暗殺、その他にも色々と、表面には出ないが裏で糸を引いていたと言われている。莫大な資金を使ってな」

 

 

 

「莫大な資金を、何故、持っていたのですか? 彼らは」

佑太は訊いた。

 「徳川埋蔵金……今でもときどき話題になるだろう。あれだと言われているよ、彼らの資金源となったのは。不満を持つのは徳川家臣団にも数多くいて、彼らもその同盟に参画したと言われている。徳川埋蔵金もその徳川家臣団によって三蛇同盟に持ち込まれたと聞いているよ。彼らの活動は、太平洋戦争で地下にもぐり、その後、姿が見えなくなった。本部は、江戸時代の大名ゆかりの庭の地下深くにあったと言われているが…戦後は、彼らの消息は聞こえて来ない。だが、消滅したとは聞いていないよ」


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「そうでしたか。徳川埋蔵金を資金源に、結成された三蛇同盟ですか……」

 「で、その三匹の蛇の紋章のこと、どこで知ったんだ? お前たちは」

「実は、坂田の新兄さんが捜査している事件の関係者に、その紋章の入った指輪をした男がいたの。それで、私たちはその捜査に協力するために……」

 「ん? 事件に、三蛇同盟が関係しているというのだな。とすると、今も、三蛇同盟が活動しているということか……」

 弥一郎はそこで眉を寄せた。何か気になることがあるようだ。

 「まっ、いい。それより、婚姻届を用意しているから、署名をしておきなさい。提出は明日、うちの者にさせておくから。それから、今日は、佑太君、うちに泊まって行きなさい。もう、君は杏子の婿だからな、そのつもりで振舞って構わないよ」

 弥一郎の言葉に杏子の顔に恥じらいが浮かんでいた。 佑太は、弥一郎の多少強引な言葉にも動じなかった。弥一郎に聞かされた明治の陰陽師の言葉が佑太に不思議な感動を与え、彼の中に使命感と共に燃え上がるような勇気と力が湧きたっていたからである。彼の中に何かが目覚め始めていた。

 翌朝、佑太が起きた時、隣に寝ていたはずの杏子の姿はすでになかった。壁にかかる時計を見ると、七時を過ぎていた。佑太はベッドから起き上がると、部屋から続くシャワールームでほとばしる湯水を浴び、眠気を覚ました。

 

 

 


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 シャワールームを出ると、目の前の衣類駕籠に真新しい下着とカジュアルウエアの上下が重ねられていた。上にメッセージがある。『お早うございます。若奥様から御指示のありました着替えの衣類でございます。お着替えが済みましたら、ドアを出て真っ直ぐの廊下の突きあたりが朝食のためのお部屋となっておりますので、お越しいただければ幸いでございます。咲江』と記されていた。

 〈若奥様って、誰だ? お義母(かあ)さんじゃないだろうし……〉

 佑太は用意された衣類を着て驚いた。サイズがぴたりと彼の身体に合っていたのだ。

 〈いや、僕のサイズをここまで知ってるのは杏子だけ! 若奥さまは杏子か、そうだ、昨日から杏子は僕の奥様に違いない……〉

 ドアを出るとひんやりとした空気に包まれた。彼は、ゆっくりと渡り廊下を歩いた。廊下の両側には庭が広がっていた。昨夜は暗くて分からなかったのだが、佑太たちが寝た部屋は、大きな庭園に突きだすように建てられた離れになっていた。 突きあたりのドアを開けると、目の前に縦長の食卓が見えた。その席についていたの は、弥一郎夫婦と杏子の三人だった。

  「お早うございます」

佑太は三人に声をかけた。

 「お早う」

「お早うございます」

 弥一郎夫婦は食卓から挨拶を返したが、杏子はすぐに席を立ってきた。

 

 



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