閉じる


<<最初から読む

5 / 11ページ

18

18

公園内ランニングコース・通称『心臓破りの坂』付近  午前二時三十五分

 男と女の影が、手をつないで近づいてくる。まだだ。もっと近くへ。もっと近づいてから。
二人の話し声が聞こえる。二人は恋人同志のようだ。男は金髪で太った奴。女は太股をさらけだしたホットパンツ姿。
 どこで仕掛けるべきか。とりあえずやりすごして、背後からのほうがいいだろう。
 闇の中の植え込みに身体を沈める。
 二人は自分たちを注視している者の存在に気づきもせずに話を続けている。
 影が通りすぎた。
 大介は植え込みから飛び出した。
「動くな」
 二つの影はびくり、と反応し、凍りついたように動かなくなった。
「動かないで。話を聞いてくれ」
 自分が『狩りの標的』であることは変わっていない。
 今、彼らにとっても自分にとっても必要なのは、狩りを中断させること。
 自分たちにとっての『危険な状況』を理解させること。
 そしてこの『危険な状況』を打開する方法を一緒に考え、行動に移すこと。
 まずはこの二人に、事実を理解させること。
「落ちついて聞いてくれ。お前たちの仲間、バスケットウエアの奴と、ジーンズにサマーセーターの女の子。二人がテニスコートの近くのベンチで…殺されてる」
 二人には大介が言っていることが理解できていないようだ。
 デブの金髪がゆっくりとふり返った。
「はあ?ざけんじゃねえよ。くだらねえヨタ飛ばしてたらブッ殺すぞ、てめえ」
「信じねえならいいよ。俺、行くわ。他の奴探して、同じこと言わなきゃなんねえから」
 向きを変えて走り出そうとした大介の背中に少女の罵声が降りかかった。
「カズヤがやられるわけないじゃん。逃げたいからって汚ねえウソついてんじゃないよ」
 大介は二人の目を直視しながら叫んだ。
「落ちついて聞けって言ってるだろうがよ。そもそもよお、おめえらの仲間が殺されたってのがウソだとしても、なんでそんなウソをつくためになんで俺がおめえらを呼びとめるんだよ?考えろバカ」
「俺たちをはめるつもりなんだろ…」
「バカ。ホモは信用できねえか?もういいよ。おめえうぜえよ。勝手に死んでろバカ」
 大介はあきらめてかけだそうとした。
 不意にデブの金髪が駆け寄り、大介の胸をつかんだ。
「バカって言うな」
 大介と少年は数センチの距離でにらみあった。
 大介も必死だ。
 金髪デブは大介の目をじっとみている。やがて、彼の目の力強さに何かを感じたかのように、ポツリとつぶやいた。
「…マジかよ」
 その言葉にはそれまでの勢いはなかった。
「ウソなんかつかねえよ」
「ウソだろ?ウソだって言えよ、ホモ」
「信じねえならいいよ。おめえら二人仲良くどっかの誰かに殺されてろ。おめえらに話すことなんかねえよ」
 大介はデブの胸をつき返した。金髪の少年はよろよろとその場に座りこんだ。
 さっきは威勢のよかった連れの少女も黙りこんでいる。
「お前さあ。この子のこと、大事だと思ってないの?大事に思ってて、守りたいって本気で思ってるんだったら、俺のこと信じろ。もしものときは先に殺されてやるから」
 例えようもないほどの重い空気が三人を包む。
「あんた、カズヤが死んでるとこ、本当に見たのかよ?」
 金髪がぽつりと言った。
 大介はポケットに入れていたくしゃくしゃの学生証を金髪に向かって投げた。
「返してくれた。赤く汚れてるところが彼の血だ…」
 少年は大介の学生証を拾い上げ、じっとそれを見つめている。
「トモヨさんも殺されたの?」
 思い出したように少女がつぶやいた。
「俺が行ったときは、女の子はもう死んでた。男の子とは少しだけ話しできたけど。二人とも裸でやられてたから、服着せるの手伝ってやった。男のほうは少し眠るって言って、そのまま…」
 声を押し殺すように少女が泣きはじめた。『ダチ』が殺されたことが、やっと現実のものとして受け入れられたようだ。
「誰がやったんだよ。あんた犯人見たのか?」
「…見た」
「誰だよ。てか、どんな奴なんだよ…」
「顔までは見てない。身長は百八十以上あったかな。筋肉モリモリでおまえらみたいな骸骨のマスクかぶってた」
 少年も少女も、ふざけて頭にのせていたマスクを取った。じっとそれを見つめている。 蛍光塗料を塗られた白いマスクが、月の光を浴びて崩れたような奇妙な笑い顔を浮かべている。
「あいつだ。ムキムキホモだ。さっき見かけた奴」
「えっ?タクちゃん、さっきの話、ホントだったの?」
 少女が少年にたずねる。
「ああ、俺、本当に見たんだ。『獲物』の…あんたらの服を公園のあっちこっちに隠してるとき。六号トイレのあたりで」
「みんなに連絡とろうよ。とりあえず『狩り』中止して集まろう。ハルユキくんとマサくんに電話しよ」
「何言ってんだ。電話があるんならケーサツが先だろ」
『タクちゃん』と呼ばれた金髪の少年は困惑しきっている。仕方のないことだろう。彼らのグループにはもうリーダーはいない。誰かの指示をうけて兵隊のように動くことはできても、自分の判断で何かをすることに彼らは慣れていない。
「勝手にサツとかよんだらやばくない?あんたのこと信用しないわけじゃないけど。アタシたちまだカズヤさんたちのこと、見たわけじゃないし」
「…じゃあこうしよう。まず、他のメンバーに連絡とって、テニスコートのところに集めてくれ。俺の言うこと信じてない奴は現場でも何でも見ればいい。それからすぐケーサツに連絡して、話したくない奴やヤバイ奴は逃げる。サイアクでも俺が残ってジンモンとかうけてやるから。それならいいだろ?」
 タクがうなずいた。ユカと呼ばれた少女も同意したようである。
 タクがポケットから携帯を取り出して忙しくボタンを押している。
 不安そうに携帯を耳に押しつけるタクの仕草はやはりまだまだ幼い。
 遠く。やがて近く。
 虫が鳴いている。
 タクは携帯のボタンを忙しく操作し、それを耳に押し当てる動作を繰り返している。
「だめだよ。マサもハルユキもつながらねえよ。どうしよう…」
「あのさあ。つながらないの?呼び出してるけど出ないの?どっち?」
 イラつきながら大介がたずねる。
「つながらないんだ。電源切ってるか、圏外か、どっちか…」
「俺、よくわかんねえんだけど。おめえら、『狩り』の最中って、携帯の電源とか切ったりするの?」
「基本的には切らない。エッチのときとかは切るけど」
「二組とも男と女の組み合わせなのか?連絡とれない奴」
「ハルユキはカノジョとだけど。マサはヨシキと組んでる。なあ、どうしたらいいんだよ、俺たち…」
 大介にもよくわからない。どう動けばいいのか。
 そのとき、ギターの弦をひっかくような不快な音がした。
『何だかわからないけど、ヤバイ』
 大介は瞬間、そう感じた。無我夢中で身をすくめながらタクとユカの方向へ飛ぶ。その直後、『ひょん』という音。タクはその音に気づいていない。ユカは不思議な音のほうに顔を向けていた。
 この『場所』に満ちている『死の危険』をより切実に感じていた大介の行動が、結果的に正しかった。
三人はもみくちゃになりながらベンチ脇の植え込みに倒れ込んだ。
ベンチに何かが当たる高い音がした。
「…ってえなあ。何すんだオラ」
 抗議の声をあげようとした少年が息をのみこむ音が聞こえた。大介の肩口から、だらりと血が流れている。彼の肩の肉をえぐった『矢』は、ベンチになげだされていた骸骨マスクの頭を射抜いていた。
大介がタクをつきとばさなかったら、その矢は少年の背中あたりに命中していた。
「奴が狙ってる…」
 植え込みから頭を出さないように周囲をさぐりながら大介はつぶやいた。
「これって弓矢?」
 ユカが震えた声をあげた。
「ボウガン。ハルユキの持ち場に隠してあったやつ…」
 蚊の鳴くような声でタクが言った。
「おめえらホントに飛び道具用意してたのかよ」
「うん」
 罪悪感からだろうか。それとも自分が『狩ろう』としていた相手に命を助けられたからだろうか。その相手に自分と自分が守りたい女性の命を委ねなければならない負い目からだろうか。
「あそこ」
 ユカが指さした。
 ゆらりと影が動いた。ボウガンを持った殺人鬼が立っている。
闇に染まりそうな濃紺のパーカーを頭からすっぽりとかぶった骸骨マスクがじっとこちらの様子をうかがっている。
 大介もタクもユカも。
 さっきまで追い、追われていた三人は、呼吸することすら忘れて、植え込みの影から骸骨マスクをみつめた。
 三人のうち誰かが、少しでも物音をたてたら、『狂人』の矢は、再びこちらに飛んでくる。
 恐ろしいほど長い時間が経ったような気がする。
 すこしも時間など過ぎていないような気もする。
 骸骨マスクがゆらりと動いた。
 何度も何度もこちらを振り向きながら、その影は心臓破りの坂を登りきり、やがて大介たちの視界から消えた。
「タクだったよな、お前の名前」
「ああ」
「あいつが行った道、どこに通じてるかわかるか?」
「えっと…わんぱく公園の手前で二つに別れてて、公園に行くか、ジョギングコース沿いに駐車場のほうに行くか、どっちか。抜け道とかはないはずだけど…」
「この坂を下ったら?」
「テニスコートのところに出る。俺、何度もきたから間違いない」
「『あいつ』は坂の向こうへ行ったよな。俺たちの知らない抜け道なんかないとしたら、『あいつ』と反対方向に走れば安全だよな」
 大介の説明にタクが小さくうなずく。
「展望台で、お前らのリーダーが言ってた。門以外のところから出ようとしたらお仕置きするって。門以外の出口ってどこにあるんだ?」
「俺たちも二カ所しか知らないんだよ。一カ所はゲートの脇。もう一カ所はテニスコートの奥。どっちもフェンスの切れ目があって、そこからフェンス沿いに少し歩くと公園の外にでるんだ…」
 タクが一気に話した。
「…ってことは、テニスコートまで一気に走って、そのまま外に出るってこともできるんだ」
「そのまま逃げちゃうの?マサくんとか、ヨシキくんとか、ハルユキくんとか、放っておくの?」
 ユカが小さく言った。
「あとの奴らは俺が探すから、お前ら二人で先に逃げろ。で、外からケーサツ呼んでくれ。俺、もうヒガイシャだから逃げたりとかしないほうがいいし。これがベストな選択だよ、きっと」
 若い、というよりもまだまだ幼い二人は小さく頷いた。
「走れるだろ?二人とも」
「私は大丈夫。タクちゃんは?」
「遅いけど、がんばる。ユカの近くにいないと、お前のこと守れないし」
「俺は最後を走る。ひょっとしたら『奴』はあっちに移動したふりをして俺たちが動くのを隠れて待ってるのかもしれない。俺が最後を走って楯になってやるから、お前らのうちどっちか、二人ともがベストなんだけど、ここから出て、助けを呼ぶ。いい?」
「あのさ…」
 真剣な表情でタクが言った。
「何?」
「あの、ごめん。水かけたり、追いかけ回したり、財布盗ったりして」
「そういうの、助かってからにしろよ。今は力あわせなきゃ。そうしないと殺される」
「あのさ。あとさ…」
「ん?」
「…いいや。後で言う」
「…じゃあ走るぞ。イチ、ニイ…サン」
 二人の少年と一人の少女は闇の中を走った。


19

19

テニスコート付近 午前二時四十分

 何度も何度も振り返り、歩いては振りむきを繰り返しながらマサは考えていた。
 かなり、やばい。
 このオヤジ、キレてる。
 いつものマサならこんなオヤジにビビルことなんかない。
 ソッコーで膝あたりにケリ入れて、そのままの動きで腹を殴り、上体が折れたら顔面膝蹴り。倒れたら馬乗りパンチ。
 カズヤから教わったこのケンカ殺法で負けたことなどない。
 しかしヨシキが人質にとられている『今』は、どうしようもない。
 こんなとき。カズヤならどうするだろう。
 強攻策か?説得か?脅しか?
 どれもカズヤがやりそうなことのような気がするし、どの方法も選ばないような気もする。
 非常事態が起こったら携帯の電源を切る。それが『狩り』がはじまった頃の約束ごとだった。
 仲間の誰かと連絡がとれなくなったら、カズヤに連絡がまわり、彼の指示で全員がどこかに集結する。
 そしてチームを再編してそこからの事態に備える。
 逆襲するなり、逃げるなり。それはカズヤが判断することになっている。
…はずだった。
非常事態はいつまでも起こらないまま、いつかこの不文律は忘れられた。
今では多少連絡がとれなくなっても『エッチ』しているくらいにしか思われなくなってしまっている。
これまであまりにもうまくいきすぎていた『ゲーム』。そのゲームはちょっとしたことで崩壊するという危ういバランスの上に成立していたことを、マサは今さらのように思い知っていた。
 早く気づいてくれ、カズヤ。
 カズヤ…情けねえけど、今の俺にはどうしようもねえよ。
 マサはもう一度振り返った。
 獣じみた咆哮がオヤジの喉からもれた。
 ヨシキの顔色を見る。
 もとから色白だった彼の顔は、紙のように青白い色をしている。
 鉄パイプで首をしめつけられ、眼球の数センチのところは泥に汚れたオヤジの指がある。
 マサはぶらりと垂れ下がったヨシキの腕を見た。
 どこかで血行が阻害されているのだろうか。その腕は顔色以上に青白く、痛々しい。
 どうしたらいいんだ。

(どうしたらいいんだよ。
 どうしたらこのイジメは終わるんだよ。
 教えてくれよ。父さん、母さん。
 いつになったら皆、口とかきいてくれるようになるんだよ。センセイ。コーチ。
 面白くなんかないよ。ガッコウも、サッカーも。
 サイアクだよ…)
 
あのとき、道を見失っていたマサに何かを教えてくれたカズヤ。
 今、カズヤはいない。
 マサは次第に近づいてくるテニスコート横のフェンスの切れ目をにらみながら、必死に考える。
 カズヤなら。
フェンスが見える植え込みの陰で見張るだろう。
そうでなければ、テニスコートから奥に入り込んだベンチのとこでカノジョと遊んでるか。
どちらにしても、近くにカズヤはいる。
どうにかして自分たちの今の状況を知らせなければ。
マサはゆっくり振り向いた。
 びくん、と小さく震えてホモオヤジの足が止まった。
「なあ。どうするつもりなんだよ。ここ出て…」
 オヤジの表情はいまひとつはっきりしない。
「オッサンさあ、どう考えてもあんた不利だぜ。あんたの勤務先とか住所とか、俺たち全部知ってんだぜ。ただでさえあんたに勝ち目なんかないのにさあ。俺たちの仲間まで人質にとって、ただじゃ済まないぜ。あんた間違いなく破滅だよ。わかってんの?」
 オヤジがくいと顎をつきだした。朧な月あかりにその表情が照らされた。
その唇はひきつったようにめくれ上がっている。
 笑ってる?
 何故?何故?
 なぜ笑える。
「破滅してるさ、とっくに…」
 オヤジが小さな声で言った。
「会社。家。どこにどんな脅しかけても無駄だぜ。ここを出たら、これからの俺の人生、お前らを潰すことだけを考えて生きる。お遊びはもう終わったんだよ。ボクたち」
 みしりと音がした。
 突然、ヨシキがひきつったような大声をあげた。
 ヨシキの左腕は『ありえない方向』にねじ曲がっていた。
「てめえ」
 オヤジはマサの問いに答えるかわりに奇妙な声で笑った。
「こいつを殺してやってもいいぜ。お前の目の前でさ」
「おめえ殺してやる」
「こわいこわい。でもよ、俺が先にお前を殺す。こいつはその後ゆっくりレイプする。こいつとは長いメル友だからさ。ただでは終わらせない。どうだい?殺しあい、してみる?」
 オヤジはへらへらと笑った。
 このオヤジ、完全にイカレてやがる。
 カズヤ…まずいよ。
 どうすればいい?
 近くにいるんだろ?カズヤ。
 オヤジはヨシキを抱えるように抱いたまま、一メートルほどのフェンスの切れ目から外に出た。
もうマサにはこのオヤジを止めることなどできない。
頼みのカズヤも姿を見せない。
マサとヨシキは金網のフェンスに隔てられた。
この一角はテニスクラブの廃材置き場にされているようで、過去の大会の看板や木材などが立てかけられている。
「おいお前。こいつの生命助けて欲しかったら、言うこときけや」
 まるでヤクザ者のような口のききかたでオヤジが言った。
「おめえらみたいなバカどもに追いたてられんのはゴメンだ。そのへんの看板でこの出口ふさげ」
 マサはすぐには動けなかった。
 しかし、彼は必死で考える。
 こうしている間に、カズヤは何かの作戦を立ててくれているはずだ。
 時間を稼がなければならない…
 マサはゆっくりと廃材を動かしはじめた。
 まずは看板。次に木材。
 フェンスで隔てられた向こう側でも、ヨシキが鎖骨を折られた側の右手一本で同じ作業を強制されている。
 ヨシキ。すぐ助けてやるから。
 辛えだろうけど、頑張れ。
 出口はまたたく間に廃材のバリケードで固められた。
「もうそれぐらいでいいぞ。フェンスから離れろ」
 オヤジが作業の終了を告げた。
 マサは指示されるまま、バリケードで封鎖された出口から離れた。
 ヨシキはその場にへたり込んだ。ぶらりと垂れ下がったままのその腕が痛々しい。
 しかしマサにはもうどうすることもできない。
 苦しげに息をついているヨシキの後ろにホモオヤジが立った。
「おい、面白えもの見せてやるぜ。男同士のセックスなんてそうそう見れるもんじゃねえだろ」
 唇をひきつらせながらオヤジが言った。
「やだ。やめろ。やめてくれ…」
 ヨシキがうめくように言った。
 オヤジは彼の抵抗など意に介さないかのように彼に近づいた。
 男の手がヨシキの喉元に伸びる。頸動脈のあたりを押さえつけながらヨシキの顔を自分のほうに向ける。
折られた腕の痛み。破壊された肩の痛み。
すでにヨシキは拷問のような苦痛に耐えている。
しかし男はそれだけでは満足せず、新たな凌辱を加えようとしている。
男の唇がヨシキに近づく。
ヨシキが必死で顔をそむけた。
男が一瞬、不満そうな表情を浮かべた。
男の顔の前にヨシキの耳。
男は口づけをするようにヨシキの耳を口に含んだ。
「止めて…」
 ヨシキの言葉と、かりりという音がオヤジの口許から聞こえるのが同時だった。
 ヨシキの耳がピアスごと、歯で引っ張られる。
 小さく開けられたその穴から、耳が裂けていく。
 絶望的な悲鳴が周囲に響いた。
 それでもオヤジの残虐な行為は止まらない。
 マサはフェンスにしがみついた。
 オヤジはマサの目を見た。
 そして。
 片頬だけで笑うと、ヨシキの耳たぶをさらに強く噛んだ。
 ひときわ大きく、少年は叫んだ。
 辛うじて動く右腕で耳を押さえ、苦痛にのたうちまわっている。
 男が口から何かを吐き出した。それが血にまみれたヨシキの耳の一部であることは、フェンスごしのマサにもわかった。そうあって欲しくはなかったが、それがマサとヨシキをとりまく現実だった。
「あれえ?駄目だよ、ヨシキくん。メールではあんなに燃えたのに。それともまだ中学生だから気持ちよさとかわかってないのかな?」
 充血した男の目がマサに向けられる。
「おい。こいつに抵抗するなって言ってやれ。どっちみち犯されるんだよ、こいつは。どうせなら楽しく遊ぼうぜ。サイテーのレイプ、してやっからさ」
 殺す。絶対に殺す。
 男は次第に殺気だっていくマサの感情をもて遊ぶようにニヤニヤと笑っている。
 男の表情が突然、険しく変わった。
 マサにはそれが何故なのかわからなかった。
 マサは男の視線を追った。
 影が走ってくる。
 自分たちに向かって。
 一つ…二つ…三つ。
 その影が自分に何を伝えようとしているのか、マサはまだ知らなかった。


20

20

通称『テニスコート側出口』 午前二時五十分

 ぶんぶんと。
 頭の中で音がしている。
 えへへ。えへへ。
 笑いがとまらない。
 口の中は、鉄くさい血の味。
 現実らしさが微塵もない空間のなかで、三浦雄二は戯れていた。
 自分のなかの。
 もう一人の自分が勝手に話している。
『こいつに…って言ってやれ。どっちみち…だよ、こいつは…どうせなら…く…ぜ』
 もう一人の自分が楽しみながら言っている。
 その言葉は決して自分の言葉ではないのだけれど。
 普段の自分が使う言葉ではないのだけれど。
 その言葉は、いつか、『かつての自分』が…今よりももっともっと若かったころの自分が使っていた言葉に似ている。
 あの頃の自分は、
 世界というものがまるでわかってはいなくて。
 自分だけが正しく、自分だけがまっすぐで。
 オトナたちは汚くて、オトナたちはいつも間違っていて。
 そう思い込んで生きていた…
尾崎を聞きながら。
 コウコウのころの自分が使っていた『言葉』。
止めようと思えばその『言葉』は止めることができる。
しかし、その『言葉』は自分にとっては心地よかった。
そうなのだ。
この『言葉』は『自分』が忘れかけていた本当の自分の言葉なのだ。
楽しいなあ。
えへへ…えへへ…
え?
何?あれ。
影が走ってくる。
三つ。
三人。女がひとり。男が二人。
雄二は影の方向をじっと見つめた。
こちらに向かって、まっすぐに走ってくる。
雄二の目は、その影のうちの一つに釘付けになった。
なぜあいつがいる?
走る奴らの中に。
なぜあいつが混じっているんだ。
あの『個室』で、俺とむきあい、俺と見つめあい、俺の性器を愛撫し、俺とキスをした…
坊主頭の若い男がいる。
男と走ってきたのは、間違いなく『ホモ狩り』の金髪デブとその連れの女だ。
あいつ、グルだったんだ。
ずきん、と頭の中に血が流れ込む音がした。
ぶんぶんとまた頭の中を駆けめぐる音。
蠅が耳元で戯れるような音。
蜂が顔のすぐ横をかすめ飛ぶような音。
つまりは虫の羽音が、頭の中から聞こえてくる。
『あいつ』。丸刈りの若い男が大声でなにかを怒鳴っている。
『公園に…(ぶうん)人殺しが…仲間が(ぶうん)…殺される…逃げろ(ぶうん)…』
 男の声は頭の中を飛び交う虫の音でよくききとれない。
 別に、聞き取ろうとは思わない。
 どうせ(ヤツラは)俺をだまそうとしているんだ。
 言葉で。理屈で。
 俺を丸め込もうとしているんだ。
 そうはいかないさ。(オレはオトナにはだまされない…そうだろ?オザキ…)
 えへへ…えへへ…
 笑い声が口からこぼれた。
 俺はだまされない。
 勝つのは俺だ。
 殺されるのは俺じゃなくて。
 そうだよ。人殺しは俺なんだよ、きっと。
 だから、殺されるのはキミなんだよ、ヨシキくん。
 大事なメル友の君を失いたくはないけど。
 君は汚いオトナたちの手先だったんだよね。
 オザキだって言ってる。ソツギョウしなくちゃいけないんだ。
 理不尽な支配からね。
 雄二は鉄パイプを握りしめた。
 丸刈りの若い男と、ピアスをはめた背の高い高校生くらいの奴と、金髪のデブが大声で何かわめいている。
 ぶうん。ぶうん。
 虫の羽音が一段と大きくなる。
 雄二は金属の武器を大きく振り上げ、ヨシキの腹あたりをめがけ、
 振りおろした。

   *

 ユカが悲鳴をあげた。
 オヤジの鉄パイプで腹のあたりを殴られた少年は、ぐぼりと血の塊のようなものを口から吐き出した。身体を海老のように丸め、低い声でうめいている。
「どうしてわかんねえんだよ!」
 大介は大声で叫んだ。
「やばいんだよ、俺たち。狙われてるんだよ。ホモもホモ狩りも関係ねえんだよ。みんなして逃げないと皆殺しになるかもしれねえんだよ。どうしてわからねえんだよ」
「マサ、ヤバいよ。バリケード破って助けよう…」
 タクがピアスの青年に声をかける。
「ちょっと待って。何あれ?」
 タクがフェンスに向かって走り出そうとするのを、ユカの声が制止した。
「あん?」
 大介はユカが指さす方向を見つめた。
 男は中学生を殴りつけたままの姿勢で、動かない。
 大介はその『姿勢』に、とてつもない『違和感』を感じた。
「タク。バリケードから離れろ…」
 大介は叫んだ。
 危険を感じる。
 タクは男を見つめたまま動こうとしない。
大介は夢中でタクを引き戻した。
 大介の腕からと流れる血がタクのシャツに飛び散った。
 引き戻されたタクもまた、その視界に飛び込んできた異様な光景に言葉を失っている。
 鉄パイプをつかんだままの男の足が宙に浮いている。
 男はえへらえへらと笑い続けている。
 男の腹からは、鈍く光る棒のようなものが突き出している。
「マジかよ…」
 我に返ったタクがつぶやいて後ずさりした。
 ずぶずぶずぶ、としか形容できないような音がして、男の腹の棒が伸びていく。
 いや、伸びているのではない。
 男の背中から突きたてられた槍のような形状のその棒が、男の身体を突き抜けているのだ。
 男の足が宙に浮いていたのは、刺されたままもち上げられていたからなのだ。
 壊れた人形のような笑い声が止まった。
 消化器官を逆流したのだろうか、夥しい量の血が、その口からあふれ出す。
 男の首ががくりと垂れた。
 それが合図だったかのよう壊れた操り人形が崩れおちた。
 身体を貫かれた男の後ろに立っていた『殺人鬼』の姿が露になった。
 グレーのパーカーをすっぽりとかぶり、髑髏のマスクを被った怪人。
 圧倒的なその威圧感に押され、若者たちは動くことさえできない。
 髑髏マスクは四人を牽制するように睨んだ後、腰にぶらさげていた鞘のようなものから巨大な棒を抜き、フェンス前で苦痛の声をあげ続けている少年に向かって一歩踏み出した。
「ヨシキ…逃げろ」
 タクが叫んだ。
「ヨシキ…」
 ピアスの青年がフェンスに駆け寄った。
「助けて…マサ」
 少年がフェンス越しに言った。
 髑髏マスクが一歩、また一歩と中学生に近づく。
 大介はバリケードに向かって走った。
 タクも少し遅れて走る。
 大介は出口に積み上げられた角材や看板を動かしながらフェンスの向こうを見た。
 髑髏マスクの持っている棒が月の光りをうけてぎらりと光った。
 あれは…牛刀だ。
 やばい。あのピアスの奴、マサって奴も危ない。
 オヤジを槍ごと持ち上げたあの力で刃を横に振れば、金網のフェンスくらい簡単に切り裂くことができる。そうなると、フェンスにへばりついている彼もやられる。
「離れろ。フェンスから離れろ…」
 大介はピアスの男の方向に走りながら叫んだ。
 ピアス男は大介の言葉が耳に入らないのか、その場から動こうとしない。
 大介はピアスの青年の肩あたりをつかみ、力まかせに引っ張った。
 髑髏男が刀を横一文字に振った。
 フェンスの金網は音をたてて破れ、青年がしがみついていたあたりの空気を切り裂いた。
 引き倒されてしりもちをついたピアス青年は、ズタズタに切り裂かれた金網を呆然と見つめている。
「ヨシキ…」
 我に返ってフェンスのほうににじり寄ろうとする青年を、大介は後ろから押さえつけた。
 髑髏の怪人の目が、二人を見て笑った。
 大介はそう感じた。
 マスクの男は中学生のほうに向き直り、ゆっくりとその刀をふりあげた。
「ヨシキ!」
 大介に押さえ込まれたままの青年が叫んだ。
「助けて…マサ」
 フェンスの向こうから聞こえてくる少年の言葉は、刃が空気を引き裂く音にかき消された。
 中学生の下顎から喉元あたりがばっくりと割れた。
悲鳴をあげながら、中学生の手足がバタバタと動く。
 傷口から血が吹き出す。
 髑髏は次に胸あたりに武器を振りおろした。
 少年の身体がびくん、びくんと跳ね上がる。
 そして腹。
 悲鳴が次第に小さくなる。
次に下腹部。
激しく動いていた手足は、今は小刻みに痙攣を繰り返している。
 やがてその小さな身体はぴくりとも動かなくなった。
「ヨ…シ…キ…」
 ピアスの青年が小さくつぶやいた。
 髑髏は満足そうに立ち上がった。
 そして牛刀を腰の鞘におさめ、自分が手を下した二人の男の足首をもった。
 ずる。ずる。
 血の跡を残し、『狩り』の成果を誇示するようにひきずりながら殺人鬼は歩きはじめる。
 ちらり、ちらりと振り返りながら。
 早く自分を追いかけてこいと挑発するように。
 やがてその姿は立ち木の陰に消えた。
 二人の犠牲者の血が空気に混じり、『濃い血の香り』だけが残った。


21

21

テニスコート付近 午前三時

「もうわかっているだろうけど、この公園に『ひとごろし』がいる。奴はお前たちのリーダー、カズヤとカノジョのトモヨを殺した。それからランニングコースの『心臓破りの坂』あたりで俺とタク、ユカをボウガンで襲って、坂の向こう側に姿を消した。俺たちは逆の方向、テニスコート側の出口まで走れば安全だと思い込んだ。しかしそれは罠だったんだ。奴は坂から出口に通じる抜け道を知っていたんだ。先回りした『あいつ』はじっとタイミングを待っていた。それにかかったのが、あのオヤジとヨシキ君だった。ここまでが俺たちが説明できる話だ」
「ダイスケさんに言われてケータイ持ってるメンバーに連絡とってみたんだけど。ゲート側出口を見張っていたはずの二人、ハルユキとアイコちゃんに連絡がとれないんだ。で、サイアクなことに、俺のケータイ、バッテリー切れ」
 ユカが口を開いた。
「ねえ、マサのケータイは?」
 ユカの問いかけに、顔を伏せて黙って聞いていたマサがぽつりと言った。
「俺のも駄目だ。バッテリー切れてる」
「君は持ってないの?」
 大介が少女に声をかけた。
「あ、ダイスケさん。説明してなかったよね。狩りのときって女の子はケータイ持たないようにしてるんだ。もし何かあっても身元とかバレないように…」
 ユカに代わってタクが口を開いた。
 使える携帯はない。重苦しい沈黙が場を支配する。
「公園の中に公衆電話とかないの?誰か知らないかな」
「公衆電話は、テニスコートのクラブハウスの中と、門の向こうの駅前。あと、競技場の中。どこも無理だよ。鍵とかかかってるし…」
 タクが説明する。
「てことは、どっちにしても誰かがここから出ないと、助けを呼ぶことはできないってことか…」
 大介は必死に考えていた。どうすればみんな逃げることができるのか。
「でも、出口の向こうにはさっきのイカレた殺人鬼くんがいる。そうだろ?ホモ…」
 マサが言った。彼だけは大介を『ホモ』と呼ぶ。
 マサと合流したあたりから、タクとユカは『ダイスケさん』と呼びはじめている。
 二人は自分のことを信用してくれている。大介はそう感じていた。それだけに、どうにかして二人を助けてやりたい。それが大介の本心だった。
 マサはチームのナンバー2だったプライドがあるのか、なかなか大介に心を開こうとしない。
 今はまだ無理だろう。
 彼はパートナーとリーダーをほぼ同時に失ったのだから。
「とりあえず、方針を決めなきゃいけない。髑髏の男がどこに隠れているのかわからない今の状況じゃあ、外に出て助けを呼ぶのだってかなり危険なことだ。どっか見通しの良い場所で朝まで待つのもいいかもしれない」
「でも奴、飛び道具持ってるのよ」
「いや、たとえば駐車場の真ん中とかの見通しのいい場所なら安全だと思う。そういう場所だったらボウガンで狙うとしても、姿を見せないと攻撃できないだろうし」
「朝まで公園に隠れてるの?怖いよ…」
「俺が行って助けを呼んできてもいいんだけど。ただ、そうなると君たちの『狩り』のことも警察に説明しなきゃならない」
「そう言ってお前はそのまま逃げるんだろ?お前がホモだってことを知ってる俺たちが皆殺しになったほうが都合いいだろうしな」
「マサくん…」
 大介がマサと口論になる前に、ユカが非難の声をあげた。続けてタクも口を開く。
「そうだよ。言い過ぎだよ、マサ。ダイスケさんはそういう人じゃないよ。俺、さっきも助けてもらったし…」
「お前に惚れてるのかもよ。デブが好みだったりしてな。このホモは…」
「いいかげんにしてよ。マサくん、あんた相当ウザイよ。カッコワルイよ。ダイスケさんはさ、みんなが生き残る方法を真剣に考えてくれてるんじゃない。それを何よ。自分は何も意見と言わないでさ、人の言うことに文句ばっかつけて。あんた、そうとうダサいよ。やっぱあんたにカズヤの代わりは無理だよね」
 キレたユカがマサに怒りをぶちまけた。今度は大介が場をとりなす役割にまわる。
「止めよう。状況が異常だから、みんな気が立ってるんだ。マサくん、俺、実際ホモだから、ホモって言われても仕方ないんだけどさ。たださ、ホモもフツーの奴も、助かりたいって気持ちは同じだよ。犠牲になったヤツラのためにも、生きてここから逃げ出す方法、考えようよ」
 マサは小さくうなずいた。
「とりあえず、ゲート側の出口のほうに行ってみて、あとの二人を探そう」
 リーダーが殺され、目の前で仲間を一人失い。マサはいじけたような態度をとり続けている。チームは明らかに求心力を失いつつある。
 誰かが統率をとらないと。一人ひとりが勝手な行動をとりはじめたら、それこそ『あいつ』の思うつぼだ。
 とりあえず、俺がこいつらをひっぱらないと。
 目の前に屍を突きつけられるのはもうゴメンだ。
 そうだろ?(モリモト…)
 大介と他の者たち(チームの奴ら)との違いは、ヒガイシャたちと過ごした時間の緊密さのただ一点にあるのかもしれない。だから俺だけは冷静でいられる。
 それともう一つ。
 大介は、友人の死を目の当たりにし、そしてそれを乗り越えた。
(モリモト…)
 だから。
 マサや、タクや、ユカよりも強くなれる。いや、強くならなければいけない。
「ちょっと待てよ…ホモ」
 マサが再び口を開いた。
「とりあえず、今ここであんたとやりあうつもりはない。でもさ、俺はあんたを全面的に信用したわけでもない。ホモはやっぱりホモだ。俺たちは今日までホモを追い回してきた。俺たちはホモを人間だなんて思っていない。だから『獲物』として追いかけ回すことができた。俺はホモっていう人種を嫌ってる。憎んでいる。だから…」
「だから?」
 大介はその続きの言葉をじっと待った。
「だから…」
 ふいにマサは言葉を切った。
「もういいや。とりあえず無事にここを出ることが優先だったよな。続きは助かってからだ…」
 マサは立ち上がった。
「俺、あんたのこと嫌いだよ…」
 マサが吐き捨てるように言った。
「俺も好きじゃないね。お前みたいな奴は」
 大介もつぶやいた。
「おい、ホモ。カズヤのところに案内しろ。お前の言葉だけじゃあ信用できねえ…」
「あんた、目の前で仲間殺されてまだそんなこと言ってんの?」
 ユカが非難がましい口調で言う。
「いいよ。それでお前の気がすむんだったら…」
 大介はゆっくりと腰をあげ、マサと同じ目線に立った。
 マサはなぜかすぐに目をそらせた。

  *

 どこだ…どこにある。
『私』は混乱した頭で『それ』を探していた。
 いくらこの国の警察が愚鈍なものであっても…
 いくら私が明日から巧妙にたちまわっても…
『それ』が誰かの手に渡れば、この『事件』の犯人である『私』にたどりつく。
 致命的なミスだ。
 ここまでで五人の人間を殺した。
 明日の朝になれば、ケーサツやマスコミは本気で『殺人鬼』の割り出しに取り組むに違いない。
ここまでの仕事が完璧だっただけに、このワンミスが悔やまれる。
 手がかりを残さぬように、『仕事』のほとんどにヤツラが隠していた武器を使った。
 証拠というものは残りようがない。
 私が用意した唯一の『武器』は、最後に使った牛刀だけだ。
 これは『私』が『今日のため』に用意した。
もちろん、これも、誰が、どんな手段で出所を洗おうとも、私にたどりつくことは不可能だ。
それだけに。
いや、だからこそ。
何としても『それ』を見つけなければならない。
可能性のある場所は二カ所。
アベックをくし刺しにした『テニスコート』のベンチのあたりか、最初に男を殺した『ゲート横』のあたり。
『私』はテニスコートのベンチに向かうことにした。
 それにしても、あのとき。
 殺人を終えた後、坊主刈りの男にいきなり声をかけられたのには驚いた。
 あまりのことに、冷静な対処ができなかった。
 そう、ああいう場合には…
 迷わず殺すべきだったのだろう。
 しかし残念ながら、『あの時』、『私』は飛び道具を持っていなかった。
 だから止むなく、男が『獲物』の悲鳴に気をとられた隙に『身を隠す』しかなかったのだ。
 次は迷わない。
 殺す。
 間違いなく、殺す。
 植え込みが途切れて、アベックを殺してやった場所が目の前に広がった。
『私』の作品、くし刺し男のオブジェは誰かに撤去されたようだ。
 すこし不愉快ではあるが、今はそんなことに気をとられている場合ではない。
『あれ』を探さなければ。
 男を括りつけた鉄柵。
 女にポールをつきたてたベンチ。
 どこにもみつからない。
 ヤツラが『お楽しみ』を始める前、潜んでいた茂みに落としたのだろうか。
『私』はベンチの前を横切り、柵を乗り越えて茂みにもぐりこんだ。
 身体をかがめたそのとき、背後から若い男の声が聞こえた。
 ヤツラが来た。
『私』は腰にさげた牛刀の柄を握り、息を殺して『獲物』が近づくのを待った。

  *

 結局、タクとユカは『現場』までは来なかった。
 やはり『見たくない』のだろう。
二人は途中の植え込みのあたりで見張りをしている。
ただ、大介にしてみれば、タクはともかく、ユカに『その現場』を見せるには抵抗があった。
服を着せ、まともな状態にしたとはいえ、ここはトモヨが全裸でくし刺しにされ、カズヤがケツからポールを突っ込まれて死にかけていた場所なのだから。
正面にベンチが見える。
その奥に、寄り添うように二人が『眠って』いる。
その姿を認めた瞬間、マサは小さく声を漏らした。
 それでも目をそらすことなく、じっと『それ』を見る。
ずいぶん長い間。
あのときの俺みたいに。

不意に大介は、マサの眼差しのもつ『熱っぽさ』のようなものに気づいた。
同性愛者である大介だからこそ、それを感じたのかもしれない。
マサはカズヤを愛していたのではないだろうか。
彼の視線がそれを物語っている。
「あのさ…」
 大介の視線を感じたのだろうか、意を決したようにマサが話しはじめた。
「…俺たちさ、ホモ狩りをすることで、つまり、あんたたちを追い回すことでケッソクしてきたグループなんだよ。わかるよね」
「ああ」
「だからさ、そのグループのメンバーにホモとかいちゃあ、絶対にダメなんだ。たとえ自分がそうであると気がついていても」
 大介には、マサが何を自分に伝えようとしているかが朧に見えてきた。
「俺たちだって胸をはってホモやってるわけじゃないよ」
 大介は答えた。
「そうだろうな」
 マサの返事は驚くほど普通だった。
 重い、沈黙。
大介の口は彼が本当に語りたい言葉とは別に、まるで静寂を恐れるかのように無意味な言葉を紡ぎだしはじめた。
「好きな奴に自分の気持ちとか伝えることとかできないし、エッチとかしてるときだって、フツーの奴なんかに見つからないかとか心配しなくちゃならないし。あと、やっぱ『狩り』とかにも気をつけなきゃなんないし」
 こんなことじゃない。マサに伝えなければならない言葉は。
 大介は大きく深呼吸した。そして、ゆっくりと言った。
「お前、好きだったんだろ?彼のこと」
 マサは答えなかった。
 しかし、その沈黙が答えだった。
「俺、しばらくむこう向いてるから。カズヤにお別れとかしてやれよ。そうしないと、きっとこれから先、お前はずっと今日のことひきずって生きていかなきゃならなくなる」
(俺が、そうだったから)
 あの日。あんなに大好きだったモリモトに、どうしてお別れしてやらなかったんだろう。
 あの桜の木から、どうして降ろしてやることができなかったんだろう。
 そして、どうして『別れの言葉』をかけてやることができなかったのだろう。
 どうして最後のキスができなかったんだろう。
 誰かがそこに来れば、そんな機会など永遠に失われてしまうというのに。
「行ってこいよ」
 躊躇するマサに、大介は言った。
 マサは小さくうなずいて、ベンチに向かって歩きだした。

  *

 二つの影が何ごとか話している。
 恐らく一人は『私』に話しかけてきた坊主頭。こいつはテニスコートの出口のところにもデブといっしょに現れた。もう一人は『殺してあげた』中学生のガキといっしょにいた背の高い奴。
 背の高い影がこちらに向かって近づいてくる。
 もう少しだ。もう少し近くに来い。
 そうすればまず飛び出しざまにスタンガンで気絶させてやる。
 そしてそのまま坊主頭のところまで走り、牛刀の一撃をくれてやる。
 さあ、二人とも。こっちだこっち。
『私』の思惑は裏切られた。
背の高い奴は近づいてくるが、坊主頭はその場から動こうとしない。
 だめじゃないか。こっちに来い。
そんなに遠くちゃ、殺してあげることができないよ。
お前ももう少し近づくんだ。
 背の高い男は、『私』が殺してあげた『獲物』の男の前にかがみこんだ。
 月の光が陰った。
 奴は『死体』何か話しかけた。
 言葉までは聞き取れない。唇の動きも読み取れない。
 そして、男はもう動きもしない茶髪の男の顔に唇を近づけ、
 キスをした。
『死体』と。
 お笑いだね。お前ら、ホモ狩りのグループとかじゃなかったの?
ホモだったんだ。お前も。
『キモチワルイ』ホモさんにはとっととご退場いただこう。
『私』は二人の男を殺すためにここから飛び出すタイミングだけをはかっていた。
 坊主頭はさっきの場所から動かない。
 しかたない。これ以上は待てない。
 行くぞ。サン、ニイ…
 飛び出そうとして踏みしめた『私』の足元で、小枝が折れる甲高い音が響いた。

  *

 茂みの向こうで小枝が踏み折られるような高い音がした。
 マサは顔をあげた。
 音をした方向に目をこらす。
 闇。どこまでも闇。
 夜。どこまでも夜。
 暗がりは少しも動こうとはしない。
 静寂。
 あたりはどこまでも静かだ。
 遠くで虫が鳴いている。
 彼はもう一度、ゆっくりと愛する人に目を落とした。
 もう息さえしてはいないけれど。
 しかし『彼』はまぎれもなく、自分が愛した人だ。
『カズヤ。君がいたから、今、俺はここにいる。今日まで本当にありがとう。そして、さようなら。誰よりもお前のこと、愛してた』
 マサはもう一度、カズヤの口許に唇を押し当てた。
 カズヤは軽く口を閉じている。
 マサがどれだけの思いを込めて口づけをしても、彼はもう反応すらしなかった。
 カズヤの唇は、微かに血の匂いがした。
『カズヤ、カズヤ、カズヤ、カズヤ…』
 声にならない声で、マサは何度も呼びかけた。
 しかし、微かに笑っているように見えるカズヤの表情は全く動かない。
 突然、背後で物音がした。
 二人が歩いてきた小道の方向だった。
 マサより先にダイスケが反応した。
「誰だ?」
 凄味すら感じられる声で、ダイスケが言った。
「あの、ダイスケさん、俺です。タクです…」
 草むらの向こうから、畏まった声が聞こえる。
「今はこっちに来んな。そっから喋ったら聞こえるから。どうしたんだ?」
「誰かがこっちに来ます…」
「誰が?」
「暗くてよくわかんないです。一人です…」
 遠くでダイスケとタクの会話を聞きながら、マサはやっとカズヤの顔から目を離した。
 タクの声が聞こえなければ、永遠に彼の顔を眺めていたかもしれない。
「じゃあな。カズヤ、俺、もう行くわ」
 彼にだけ聞こえるような小さな声で、マサはつぶやいた。
 立ち上がって、ダイスケを振り向く。
「行こうか、ホモ…」
ダイスケさんのことを『ダイスケさん』とは呼べない。少なくとも、今は、まだ。
「もういいのかよ…」
 ダイスケ(さん)が声をかけてくる。
「ああ。いつまでもフニャフニャしてらんないさ。とりあえず、俺はあいつのかわりにチームのメンバーまとめなきゃならない。そうでないと…『あいつ』に笑われちまう」
「笑ったりしないさ」
 マサは強い口調で言った。
「手伝ってくれ。ここから出してやりたいんだ。少なくとも、残ったヤツラだけでも」
 ダイスケ(さん)は返事をするかわりに、軽く顎を動かしてマサに『行け』と言った。
 マサはまっすぐにタクのところに向かって歩いた。
 振り返ることはあえてしなかった。
 それがマサの選んだ『別れ』だった。
 
  *

 あと少しのところでとり逃がした。
 背の高い男に飛び掛かろうとした瞬間、足元で乾いた木が音をたてて折れた。
『私』は反射的に身を隠した。
 男は音を聞いて顔をあげた。
 そして『私』が隠れる草むらをじっと見つめた。
 かなり長い時間、見られていたような気がする。
『私』は物音をたてないように刀の把手を握りしめた。
 汗がひたりと流れ、『私』の手と凶器を濡らした。
 今はだめだ。
 相手が警戒している。
 そんなタイミングで襲っても、致命傷を与えることはできない。
 相手が油断しているときに必殺の一撃を食らわせる。
 それが『狩り』の鉄則だ。
 やがて男は顔を落とした。
 チャンスだ。
 私は再び、武器を持つその手に力をこめた。
 いや、待て。
 これは、演技かもしれない。
 キスをするふりをして、男は周囲の物音に聞き耳をたてているようにも見える。
 進むべきか、退くべきか。
『私』は一瞬、迷った。
 自分の中のもう一人の自分が『待て』と命じた。
 その直後。金髪のデブが茂みの向こうから姿を現した。
 もしも。
 さっきのタイミングで背の高い奴を襲っていたならば。
 坊主頭を殺す前に金髪に見られていただろう。
 そうなれば思わぬ反撃を受けていたかもしれない。
 足元で枯れ木を踏んだのは彼らにではなく、『私』にとっての幸運だったのだ。
 ツキは『私』の側にある。
 そう思うことにした。
 やがて三人の『獲物』は走り出した。
 ヤツラがどこに行こうとしているのかは見当がつく。
ついさっき『私』が二人を殺した場所とは反対側の出口。
 ゲート側の出口だ。
『私』は次の舞台に向かっての移動を開始した。


22

22

テニスコート付近 午前三時二十分

 タクは月明かりに浮かぶ人影に目をこらした。
影が近づく。
 ユカも同じように一点をみつめている。
 鳴りやまない虫の声。
 それだけしか聞こえない。
 影の足だけがゆるゆると動き続けている。
 月が陰り、近づく人影がひときわ黒く染まる。
 ともするとその陰影さえ闇に溶け込んで見えなくなりそうなほどの闇。
 影がゆっくりとタクの前を通りすぎる。
 タクとマサは『獲物』をやりすごしてから飛び出し、退路を絶つ。
 ダイスケさんは『獲物』の正面に立ちふさがる。
 そして、影が『殺人鬼』、ムキムキホモだったら。
 そのまま奴を出口とは逆の方向に追い立て、その隙に脱出する。
 ダイスケさんとマサが作戦を考えた。
 もっとも、考えたのはほとんどダイスケさんだが。
 さすがだよ。ダイスケさん。
 ホモでもなんでもいい。これからはダイスケさんみたいな人とチームを組みたい。
 さっき、ムキムキホモの矢が飛んできたとき。
 ダイスケさんは身体をはって自分とユカを助けてくれた。
 いや、ダイスケさんじゃなくても、カズヤだってそうしてくれたのだろうとは思う。
 それにひきかえ。俺ときたら。
 いつも、いつも。
『チーム』の足をひっぱるだけで、迷惑ばっかかけてる。
 俺は、きっと。
 ホントはカッコイイ人間になりたかったのに、チュウガクに入ってからはイキがってばかりいて。それで、結局、今やってることといえば。ホモ狩りじゃん。
 逆じゃん。ホモ狩りって、結局、弱いものいじめじゃん。
 今、ムキムキホモに追われる『弱い立場』になったけど。
 俺、何もできてねえ。
 怯えて、騒いで、うろたえて、誰かが指示してくれるのを待って。
 けどダイスケさんは違う。俺とは違う。
 優しさも強さも賢さも持ってる。カッコイイよ。実際。
 かなわない。
 かなわないけど、かないはしないんだけど。
 何年後かには、ダイスケさんみたいな奴になりたい。
 ホモだとかゲイだとか、そんなことは関係なくて。
 チョーエツってのかな、こういうの。
 そう、チョーエツしちゃって、憧れる。
 だから。
 だから。
 ダイスケさんとチーム組んで、暴れたい。ホモ狩りとか、そういうせこいことじゃなくて、でかいことしたいんだ。
 そこにユカとかマサとかいたら、最高だけど。
 で、そこにカズヤさんとかいたらもっといいんだけど。
 タクがとりとめもない未来図を夢想している間に、影はダイスケ(さん)が待ち受けるポイントにさしかかった。
 まず、ダイスケさんが飛び出した。
 影はびくりと動いて、慌てて向きを変えて走り出そうとする。
 タクが飛び出した。少し遅れてマサも。
 昨日までのタクなら、マサの背中を見ながら動いただろう。しかし、今は必死になって誰かについていこうとしている。
 その『誰か』がダイスケさんなのかカズヤなのかはわからないけれど。
 三人は『影』をとりかこむように立った。
 突然、影はパニックに陥ったような耳障りな声で叫んだ。そしてその場にへたり込んで泣き叫びはじめた。
「みんな、待って!」
 植え込みの陰で見ていたユカが叫びながら飛び出した。
 ユカの言葉を待つまでもなく、そこにいた全員がその影が『ムキムキホモ』ではないことに気づいていた。
「アイコちゃん」
 マサがつぶやくように言った。
 月を覆う雲が途切れた。
 そこに浮かび上がったのは、『ゲート前出口』をハルユキとともに見張っていたはずの少女が、恐怖に震えながら泣いている姿だった。

  *

「…やっぱ見たこと全部話さないといけないよね。なんか思い出すの怖いんだけど。みんなと別れてから、ハルユキと私、まっすぐ言われた場所の、ゲート前まで行ったの。歩きながら、二人でいろんなこと話したんだ。これまでのことや、これからのことや。私ね、決めてたんだ。ハルユキのこと、大好きだったから、今夜、ハルユキにあげようって。決めてたんだ。
 歩きながら話してて、なんとなく会話がそういう方向になって。二人ともそういう雰囲気になって。でね、えっちする前に身だしなみとか、したかったから、アイコ、お手洗いに行ったの。で、お手洗いから出たら、ハルユキ、もう倒れてた。ネズミ色の服を着た大きな男の人が鉄パイプを持って、ハルユキの顔のところを…何度も何度も。何度も何度も。そのたびにハルユキ、びくん、びくんって魚みたいに跳ねた。そのときは生きてるって思ったの。そのうち起き上がって、ハンゲキとかしてくれるって思ってた。だけど、ハルユキ、起き上がらなかった。トイレのとこからずっと隠れて見てたけど、ハルユキ、起き上がらなかった。
 そのうち、そいつ…ハルユキを殺った奴。ハルユキのマスクかぶって、ボウガンとか持ち出して、他にも武器とかいっぱいポケットなんかに入れて。
 ヤバイって思った。誰も守ってくれないって思った。それに飛び道具まで持ってるんだよ。あいつ。
 私、ハルユキを置いて逃げた。走って逃げた。すぐに行ったらハルユキのこと助けてあげることできたかもしれないのに。
それからあとは、よく覚えてない。
ずっと歩いてたような気がする。立ち止まったら、あいつが後ろから追いかけてきそうで。疲れて、へとへとになって、草むらのところでちょっと休んだんだけど、そしたらやっとフツウに考えることとかできるようになって。みんなを捜そうと思って。でも私、ケータイとか持ってないし。で、テニスコートにカズヤがいるって言ってたの思い出したんだ…」
  *

 ホモ狩りのターゲットだったダイスケ(二十一)。
 チームのナンバー2、背が高くピアスをしている元サッカー選手のマサ(十七)。
 金髪短髪デブのタク(十六)。
 タクの幼なじみでマサの元カノジョ、ユカ(十七)。
 今回初めて『狩り』に参加した、ハルユキのカノジョ、アイコ(十六)。
『生き残って』いるのは四人。
 それに対し、犠牲になったのはカズヤ、トモヨ、ヨシキ、ハルユキの四人に、ホモオヤジこと三浦雄二が加わる。
『ひとごろし』野郎の武器はボウガン、鉄パイプ、牛刀、スタンガン。
 それに『尖らせたポール』なども使っている。
 武器調達係のタクの話によると、ボウガンやスタンガンを隠した場所周辺には他にも、サバイバルナイフなどが隠されているはずだ。
 アイコは泣きながら今夜の出来事を話している。
 しみや傷ひとつない、真っ白な脚。
 引き締まった太股。
 タンクトップの胸元からちらちらと覗く白いブラジャー。
 ボーイッシュなショートヘア。
 ずっと歩き続けていたためだろうか、髪も服も汗でじっとりと濡れている。
 アイコはタクから『支給』されたゴムマスクをにぎりしめながら、長い話を終えた。
 大介はアイコの白い足をじっとみつめている。
「おい、ホモ。どうしたんだ?女に目覚めたのか?」
 マサがからかうような口調で声をかけた。
「あ、いや、そんなじゃないけど…」
 大介は慌ててアイコから目をそらせた。短い間のあと、話しはじめる。
「これでだいたいの状況はわかった。みんなの話を聞きながら考えたんだけど、駐車場で朝までねばるにしろ、テニスコート前かゲート横かどっちかの出口から脱出するにしても武器が必要だ。タク、どこに武器が隠してあるかは君が一番よくわかってる。どこにどれぐらい残っているかわからないけど、隠し場所まで案内してくれないか」
「わかった」
「どのあたりに隠してるんだ?」
 マサがタクに声をかけた。
「ほとんどゲート横にまとめてあるんだけど」
「もう一カ所の出口の様子も見ておかないとな」
 もう一ヶ所の出口。そこまでのルートを思い浮かべながらマサが言う。大介が再び口を開いた。
「くれぐれも言っておくけど、相手は飛び道具を持っている。変な音とか聞いたら、すぐに大声で全員に知らせること。みんな、常に周囲の状況をしっかり見ておくこと。いいね。じゃあ…行こう」
 その声が合図だったようにみんなが立ちあがった。
 ユカが少し遅れて立った。
「タク…ユカちゃん大丈夫か?」
「あ、走ったりとかしたから、脚が痛いみたいだけど」
 大介はユカのむきだしの脚を見た。
 ユカの脚には小さなすり傷や打ち身の跡があちこちについている。
 太股や腕には蚊に刺された跡が何カ所かついている。
 膝頭などは真っ黒で、まるで小学生のオトコノコの足だ。
「走ったせいだけじゃないんだろ?エッチして、走って転げて疲れたってか?少なくとも朝までがんばったら帰れるさ。帰ったら、タクにマッサージでもしてもらえよ」
 マサがユカの耳元で言った。
 微笑んで、ユカが切り返す。
「マサ、ひょっとして、それってヤキモチ?」
「かもな…」
 タクは二人の会話など聞こえないようなそぶりで先を歩きはじめた。
 大介が続く。
 大介は一度だけふりむき、斜め後ろを歩くアイコを見た。
 汗に濡れた白い太股をもう一度見て、彼は先頭を歩きはじめたタクの背中に目を戻した。
 


読者登録

磐田 匠さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について