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上書き人生

 

窓に花瓶が揺れている。

そして僕の手が人生を重ねていく。

 

夏休み最終日、まだ蒸し暑い外に出て市民プールへと向かう。

勿論友達なんていないので一人で。

自転車を漕ぐ。ペダルの音が耳触りな蝉の音に合わせてゆっくりと。

 

何故かって?

毎年、夏休みはこれと言って思い出がない。

昨晩、寝る前に自分の孤独さと時間の無駄使いに気づき

ふと思い立って、思い出を作りに来たのだ。

 

夏と言えばプールだと思い、近所の市民プールに向かっている。

 

額から汗がだらり、と垂れてくるのを肩で拭っては急な坂道を上る。

よく事故が起こるのか、事故の情報のような看板が立てられている。

8月31日 車 自転車 衝突事故 と書いてある。

ここの坂道を登りきれば、やっとプールだ。

時間にして10分だが、この坂はなかなかきつい。

 

登り切って、プールにつくと足早に料金を支払い、

着替えを済ませた。

 

そしてシャワーにかかり、いざ泳ごうと目の前のプールを見ると

なんと人が一人もいないのだ。

 

思い出を作ろうと、人のにぎわう市民プールにきたと言うのに

あんまりじゃないか!

 

しかし、ここまで来たからには泳いでやろう。

がらがらのプールはやけに広く感じる。

 

プールの中に入る。

自分の目を疑った。

 

プールの中に町が見えるのだ。

こんなことありえるだろうか。

きっと暑さで頭がやられたんだろうと思い、

ゴーグルをはめて潜って見ることにしたのである。

 

すると、やはり町が見える。

息を止めながら、首をかしげた。

 

町の住人は、人の形をしているが水の中でも

苦しくないのだろうか。

 

さらに深くへ潜っていくと、

一人の少女に気づかれた。

 

驚いて声を上げたが水の中で良かった。

聞こえてないようだ。

 

その少女は、綺麗な長い栗色の髪の毛を揺らしていた。

そして、じっとこっちを見ていた。

 

そろそろ息がもたないので一旦引き返すことにしよう。

プールに上がると、人がにぎわう市民プールになっていたのだ。

 

なんだか気味が悪くなり、すぐにシャワーを浴びて

着替えを済ませた。

 

自転車で、急な坂道を下る。

何故だろうか、あの少女を見たときにすごく胸が苦しくなったんだ。

どこかで見たような顔だった。

 

それにしても今日は散々だ。

幻想を見てしまった自分を情けなく思った。

 

なんて考え事をしているうちに、車に轢かれた。

 

気付けば病院である。

こんな散々な1日を過ごすなんて

あまりに運が良すぎる。

 

溜息を付き、親がくるのを待つが

待てども来ない。

 

日が暮れても来なかった。

 

イライラしてカーテンを開けるとプールで会った

あの子がいた。

 

ずっと見つめている。

そして帰っていった。

どこに帰ったかは知らないがどうせあの市民プールだろう。

 

看護婦に言われた通り、今日はここに

泊まることになった。

 

明日は学校なのに弱ったな。

そう思っている間もなく眠りについた。

 

起きてあたりを見渡すと、やはり病院である。

手元にある、ノートを手に取ると自作小説が書いてあった。

実につまらない小説だ。なぜならそれは自身が送ってきたはずの

人生だったからだ。

 

信じがたい現実を次々と納得しざるを得ない。

 

なんたって、あまり変わらないもの!

孤独感と時間の無駄使いに気づいた今

怖いものなんてなかった。

 

「あの少女は今頃、夏休みの思い出日記でも書いているだろうか。」

ノートに震える手で長い長い妄想を綴った小説の最後の文字だ。

 

僕は、人生を上書きした。

体の弱い僕が17年無駄な時間を浪費し、孤独を育てた。

そんな僕の脳が、自作小説が、つまらない人生を妄想し、つまらない幻を見た振りをし、

つまらない恋をした振りをして、つまらない責任転換をしたっていいじゃないか。

 

僕の肉体が生きた夏は蝉は鳴りやまない。

 

 


命と時間

 

幼少期の頃、思ったことがある。

限りがあること。

命と時間。 

今見ているものは一瞬にして別物に変わっていくのだ。

しかし、其れ等は生き続けている。

その時間にそのままで、

私たちは脱皮して生きている。

その抜け殻は動き続けている。

けれど、戻ってはこないし

変わりもしないんだと、思った。

 

そう気づいてはいるものの、上手く時間や命を使いこなせないのが

人間である。

気付かずに過ごした方がよかったのかもしれないと

今は思っている。

 

あの頃、笑っていた私にはもう会えない。

そしてその時に生きている家族や場所にも戻れない。

あの時こうすればよかった、と言う言葉はいつの時にも憑きもの。

 

じゃあ、どうすればいいのか。

 

この答は何時間考えようが、何年考えようが

出てはこない。

 

仕方のないことなのである。

 

何故、これを書いたのかって?

わたしと同じように虚しさを患わせてやりたかったのです。

 

ようするに巻き添えです。

 

一番効果的な回避の仕方は、日記だと思っている。

あの時のあの瞬間は何億といる記憶の中の何人もの自分にあてる日記。

自己満足が一番の薬である。

 

それでは、命と時間を大切に。

 


18歳の誕生日までの話

18になったときに母から買ってもらったケーキを見て

涙がこぼれた。

 

毎年買ってもらうのに、今年だけは少し違う気がしていた。

妹には怪訝そうな顔で見られた。

母は少し涙ぐんでいた。

 

その年に特別何かあるわけでもない誕生日に涙をこぼした理由を

考えたが特になかった。

 

とにかく私は涙を流したのだ。

 

新しく引っ越したアパートの匂い。

今年の四月に親が離婚した。

そして私は心療内科に通いだした。

 

今思えば自分のわざとらしさに笑えてしまう。

 

何故、離婚したのか。

何故、心療内科に通いだしたのか。

 

わたしにとって逃げる為の道だったのだ。

 

思い立ったのは、中学2年の夏。

父親に毎日殴られていた。

拘束された日々に嫌気がさしていた。

妹も母も何も言わずに言いなりになる意味がまったく

解らなくて悩んだ。

 

王様気取りの父親をどうにか痛めつけるために

まず、近所に知らせる為、ひどく殴られることを思いつく。

 

毎日殴られて、蹴られていたので

まあ回数増えるだけなら、どうってことないだろう。

 

実行したが、エスカレートしても近所は気づかなかった。

暴力の内容を書いたってしかたがないので割愛としよう。

とりあえず、暴力のレベルとわたしの叫び声が大きくなるだけだった。

 

母はいつでも謝ればいいといった。

弱くて、優しくて、頑張り屋で、我慢強い、

大好きな母だがその場しのぎをするたび、いつも苛立ちを覚えていた。

 

この時、妹は父親に気に入られると殴られないことと

自分は悪くないと言い聞かせることで、楽になっていたのだと思う。

 

わたしはと言うと、復讐を考えて作戦を実行する日々を送る。

 

毎日のように、離婚したら?と母に言った。

しかし、母は私達がどれだけ理不尽に殴られても

父親を憎めないようだった。

 

この気持ちは痛いほどわかる。

よく、娘は父親に似た人と付き合うだとかいう噂は

あながち間違ってはいないものだ。

 

普段よりも沢山殴られることを、心掛けてから

2年弱、私はだんだん疲れてきた。

家出をしようにも何故かできなかった。

逃げられる気がしなかった。

 

ついには、父親の顔が真っ黒に見えるようになる。

怒鳴られたり、肩から上に手を振りかざされると

震えて動けなくなってしまった。

 

そうして限界の私が考えた最終手段は自己犠牲である。

 

わたしはもう父に愛など求めてはいなかった。

良い父親に酔うために躾と称した暴力と理不尽な説教で

私達を支配してきた。

 

私が私じゃなくなれば、

 

父は、母は、後悔するだろうか。

気付いてくれるだろうか。

 

極力話さないように心掛ける。

笑わない様にする。

何も考えない。

 

これを1年続けたある日、本当に

話せなくなった。

本当に心から笑えなくなった。

 

やった!

これで気づくだろう!

 

しかし、周りに目をやると

わたしを見て憐れんでいた。

 

しまった。

これはもう戻れない。

 

後悔と虚しさの中、

不登校になった。

 

そして念願の離婚。

嬉しかった。

 

私と妹は母に引き取られた。

 

母はクモ膜下にかかり入院したが

退院し今は働いている。

 

妹は卑屈になり、母子家庭のこの家で

どこか父親に似た王様気取りをしている。

 

父親は、最近バスに乗っているとき偶然

見かけたが、あの自信満々な顔や姿勢が

別人のように弱弱しくなっていた。

 

私は、少し元気になり

学校はやめたけれど、フリーターとして生きている。

 

18歳の誕生日までの話。


燃えないゴミ

 

「もういや」

わたしはごみ箱に捨てた。

そしてそれだけでは気が済まなかったので、

ごみ箱も捨てた。

 

「もういや」

わたしは向き合わなきゃいけないものを

分厚い布で隠し、部屋の隅に置いた。

そしてそれだけでは気が済まなかったので、

その布も他の布で隠した。

 

しかし、ごみはたまる一方で

布の面積は広がるばかり。

 

とんでもない量のものに囲まれて生活した。

それでもわたしは見ないふりをした。

 

あるとき、もういやになって部屋を出た。

けれど居場所がなくなって泣きそうになった。

 

でも泣いたって、慰めてくれるものは隠したし捨てた。

もうどうしていいかわからないまま、ぼーっと空を見ている。

 

嫌でも、隠したもの、捨てたものがある部屋が見える。

 

10、9、8、7、6、5、4、3、2、1

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、ごみ箱に入った。


彼岸花とえくぼ

私はバイトが終わったら、始発でアパートへ向かう。

オレンジの世界を電車の窓から眺めながら

派手なメイクを涙で落としながら

何時ものように彼のアパートへ向かう。

 

生まれ変わったら何になろうとか

世界の終わりまでのカウントダウンしたりとか

そんな未来のことを考える。

 

駅からアパートへの道に彼岸花の咲くところがあるので

それを1本千切って持って帰る。

この花がなくなったら逃げるんだと心に誓って。

1本しか持って帰らないくせにね。

まだまだ遠い終わりを、彼が似合うといったこの花を殺しながら

夢見てる。

 

彼が潜むアパートに帰ると

わたしはすぐにシャワーで体をゴシゴシ。

もうね、痛いくらいに。

皮膚が擦れて赤くなってしまうくらいに。

 

落ち着く香りがするバスタオルを抱きかかえる。

ダサい色のワンピース着る。

外はもう白い朝。

 

彼は狸寝入りをしていて

それに飽きたようだ。

にっこり笑うとえくぼができる。

わたしは彼の細い体に抱き着くけど

あんまりにも細いから隙間ができて寂しさが丸見え。

 

それで、また裸にされるからさ、わたしは聞こえないように溜息をついて。

また体洗わなきゃね。

 

それでまた寝る。

言葉はいらない生活。

 

朝起きると彼は遊びに行くし

可愛い女の子を車に乗せてさ。

 

よく彼が歌ってる歌をゆっくり小さく口ずさむ。

瞼を閉じていないと、わたしが消えてしまいそうだから

閉じたまんま。閉じたまんま。

 

それで、また派手なメイクをして

似合わない柄の服着る。

札束を数えるけど、やっぱり彼のえくぼに吸い込まれて

手元には何も残らないよ。

 

私はバイトが終わったら、始発でアパートへ向かう。

 オレンジの世界を電車の窓から眺めながら

派手なメイクを涙で落としながら 何時ものように彼のアパートへ向かう。

 



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