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河童と砂金

 家を借りたら、オマケに河童が付いていた。

 そんなモノは要らないと不動産屋に訴えたのだが、彼は愛想笑いでごまかしながら、

 「要らないと言われましても、付いてしまってますからねぇ」

 と、全く取りあってはくれなかった。

 大塚駅から徒歩7分。築35年の木造2DK一戸建てが、共益費込みで4万5千円。板塀で囲まれた敷地内には、二坪ほどの小さな庭まで付いている。日当たりも良いし結構静かだし、築は古いがなかなか住みやすそうである。

 なのにこんな破格な家賃とは、幽霊が出るとか犯罪や自殺があっただとかの、いわゆるワケあり物件というヤツだろう。そう悟ってはいたのだが、よもや河童というオプション付きだとは。

 だが不動産屋によると、向こうも人間をあまり快く思っていないので、こちらが家に居る時はそうそう出てくるものでも無いし、何かを盗むなどの悪さをするような厄介者でも無い。ただ、たまにお互いが油断をしていたりするとバッタリ鉢合わせになる事がある程度で、その時は驚いて大声を上げたりせず、何も見なかったフリをすれば、何の問題も無いらしい。

 実際物件を見に行った時はとても明るく住みやすそうな所で、部屋の隅々まで調べてみたがどこにも河童の姿は無く、棲んでいる気配すらも感じられなかった。

 しかし、本当に河童なんて今の時代に存在するのだろうか。いや、今の時代どころか、あれは架空の妖怪じゃあないだろうか。

 不動産屋は、少し声を潜めて付け加えた。

「実は私、実際に目撃したんですよ。一度だけですがね。で家主に話したところ、借りたい人には一言河童が出るかもと付け加えてくれと言われましてね。さっきも言いましたが善良な河童だそうですし、気にしなければ気になりませんよ。ただホント、たまに見かけたりすることがあるというだけで、その時に驚かないように、河童が居ますよと、始めにご説明しているだけなんです。それ以外何の問題もありませんし、滅多にありませんよ、こんなお得な物件は」

 不動産屋の言葉に乗せられたワケでは無いが、結局俺はその物件を借りることにした。

 4月から社会人で、親から独立しようと思っていた俺は、初めは家賃7万円ぐらいのワンルームマンションなんぞを借りるつもりだったのだが、駅近物件ということで、ついでに出されたその河童付格安物件が妙に引っかかったのである。

 多少、未知の生物に対する恐怖のようなものを感じるが、それよりも好奇心が勝ったのかもしれない。

 河童は本当にいるのだ。

 不安半分、期待半分。といった心境で、俺はその家へと引っ越した。

 


 あれから約四ヶ月。

 俺の期待もよそに、河童は一度も目撃できていない。

 ただたまに、朝起きると、キチンと締めたはずの水道の蛇口が少し開いており、ポタポタと水が漏れていることがある。蛇口が古いからだとか、俺の締め方が悪いだとかなのかもしれないが、俺的には皿が乾いてしまった河童が、水を求めてキッチンの水道を出したのは良いが、水かきのついた河童の手では、上手に蛇口が締められなかったと想像して楽しんでいたりする。

 だがそのうち俺は、河童が居るかもしれないということを全く意識しないようになっていた。

 不動産屋の言う通り、気にしなければどうということも無いようだ。

 

 そんなある日。

 ついにその時が来た。

 うだる程の暑さが続く、真夏の昼下がり。

 会社は三日前から一週間の盆休みに突入しており、俺はエアコンの無いこの家から出ることも無く、だらだらと二階の六畳の部屋で、扇風機に当たりながら漫画雑誌を読んでいた。

 すると突然。

 隣の部屋から、ガラガラドスン!という大きな物音がした。

 俺は驚いて雑誌を投げ捨て、隣の四畳半の部屋へとかけこんだ。

 居た!

 河童だ!

 河童が押入れのフスマと共に、大の字になって倒れている!

 押入れの荷物が少し散乱しているので、ここに棲んでいたのだろうか。十歳児ぐらいの身長に寸胴の体型。少々不気味な顔にくちばしのような口。緑色の肌で、背中には甲羅と、頭にはもちろん皿がある。

 何もかもが、想像していた通りの河童そのまんまだ。

 しかしどうしてこんな真っ昼間に、出てきたりしたのだろう。

ん?それにしてもコイツ、さっきから全く動かないが、まさか死んでいるんじゃあないだろうな。

 俺は恐る恐る近づいてみた。

 眼は閉じていて、口は半開き。微かに腹が動いているので、息はあるようだ。

 「おい。どうしたんだ?」

 思わず俺は、声をかけた。

 河童は俺の声に反応し、うっすら瞳を開けたが、すぐにまた、閉ざしてしまった。

 何だかひどく弱っているようである。

 この猛暑で、夏バテでもしたのか?

 いや待て。確か河童は、皿が乾くと死ぬとか聞いたことがある。

 よく見ると、皿はカサカサしているようだ。

 俺は階段を降り、コップに水を入れて河童の元に戻り、キナリ色の乾いた皿を、ピチャピチャと濡らしてみた。水は見る間に染み込んでいき、持ってきたコップ一杯分を、全て吸収した。

 まだ足りないのか?と思っていると、河童の瞳がゆっくり開かれた。

 「大丈夫か?」


 俺の声に、河童ははっとこちらに顔を向けた。そして勢い良く飛び起き、慌てて押入れの上の段に駆け登ろうとした。だがあまりに焦っているためか、ジタバタあがくだけで、巧く上れないようだ。

 「落ち着けよ。何もしないさ…って言っても、通じないか」

 思わず俺はそう声をかけた。

 すると河童は動きを止め、ゆっくり俺を振りかえった。

 「ホントに何もしません?」

 喋った!しかもかなり流暢で、聞き取りやすい声である。

 「言葉、解るのか?」

 「だってニホンジンですもん。ホントに何もしません?」

 「ああ。誰かに何かされたのか?」

 「捕まえられて、ぐるぐる縛られたことがありました。これはものすごく怖かったです。それに、四角い箱を向けられた時も、とても怖かったです」

 「四角い箱?」

 「はい。それが雷様のようにピカッて光るんです。ものすごくまぶしくて、眼がつぶれるかと思いました。あれは二度と御免です」

 なるほど。カメラのフラッシュだな。

 まあ、普通河童を見つけたら、写真を撮りたくなるだろう。

 河童は俺が安全人物であると感じたようで、胡座をかいて座る俺の前に、チョコンと正座をした。

 「どうも初めまして。河童の久助です」

 何と、礼儀正しい河童だ。俺もつられて、軽く頭を下げた。

 「俺は滝口トモキ。よろしく」

 「こちらこそよろしくお願い致します。あ、お礼が遅れました。皿を湿らせて下さったんですね。ありがとうございます」

 「何であんなになるまで放っておいたんだ?乾くと死んでしまうんだろ?」

 「ええ。でもこの猛暑で…。いつもならこの季節は、庭にプールを作って、昼間はそこで過ごすんですが…。その…」

 河童、いや久助は、少し言いにくそうにチラリと俺の顔色を伺った。

 俺はすぐに、ピンと来た。

 「なる程。俺が三日前から家にずっと居るから、出るに出られなかったんだな」

 「え、ええ。その通りです。昨日の夜に一度皿を濡らしたんですが、何だか今日は物凄く暑くて…、でも出る事が出来なくて、それで脱水症状になっちゃったんです」

 「悪かったな。今日から俺には遠慮せず水道を使えば良いし、プールでもなんでも作って入れば良い」

 「ありがとうございます!良い人ですね、滝口さんって」

 「トモキで良いよ。で、プールを作るって、穴でも掘るのか?」

 「いいえ。大家さんにビニールの丸いプールをもらったんです」

 「大家さん?」

 「ええ。ここの家の持ち主の方です」

 「六十歳ぐらいの、太目の派手なオバチャンか?」


 「派手とかは解かりませんが、とても良い人です」

 俺は、入居の際に挨拶をした大家を思い出した。

 大家は、歳の割に少々派手な出で立ちで、化粧も濃く、外見はどこかキツそうな性格に見えたのだが、そう言えば彼女は俺にこう言った。

 「もし河童ちゃんを見かけても、虐めたりしないで、そっとしておいてあげてね」と。

 外見は少々陰険そうな雰囲気だったのだが、ビニールプールをあげたり、自分の物件に住まわせてやったり、見かけによらず親切な人なのだろう。人を外見で判断してはいけないという見本かもしれない。

 「それで、どうしてここに住むようになったんだ?いつから住んでいるんだ?」

 「ここは元々、私の家があった所なんです。昔はここに川が流れていて、私や他の仲間たちがそれぞれ川淵に家を作って住んでいたんです。でもちょっと旅に出ているうちに、川も家も、何もかも無くなっていて、代わりにこの家が建っていたんです」

 「そりゃあ、お前が帰る場所を間違えたんじゃあないのか?ちょっと旅に出ている間に、家はともかく、川まで無くなるなんてことは、有り得ないさ」

 「いいえ。間違いありません。ココが私の家の場所です。目印とか地図とかは無くても、本能で解かります」

 「しかしなあ…」

 「鮭だって、生まれた川に帰るでしょ?あれと同じですよ」

 「じゃあ、他の仲間はどうしたんだ?」

 「解かりません。恐らく川のある場所へ移ったんでしょう」

 「お前は行かないのか?」

 「ええ。何となくココが気に入ってますんで」

 「脱水症状で死にそうになってもか?」

 久助は苦笑した。

 「今日みたいなことは滅多にありません。だってココに人が住むことは、大家さん以来、あなたで二番目ですから」

 「それは悪かったな」

 「いえ…」

 「で、大家さんはここに住んでいたのか?」

 「ええ。私が四百年ぶりぐらいに旅から帰ってきたら、ココに大家さん一家が住んでいたんです」

 「四百年だってぇ?」

 俺は思わず大きな声を上げた。

 ちょっと旅に出ていたというのは、河童の感覚で、実際は四百年も経っていたのか。それで川が無くなり、家が建ってしまったのも納得がいく。

 「一体、幾つなんだ?お前は」

 「いくつでしたっけ。詳しくは忘れましたが、六百年ぐらいは過ぎたと思いますよ」

 「ろっぴゃくねん…」

 唖然とする俺に構わず、久助は続けた。


 「それで私はこの家の人に直訴したんです。ココは私の家なんですって。そうしたら大家さんは、一枚の紙切れを私に見せて、これは自分がこの家の持ち主だと言う証明だ。お前はこの家が自分のものだということを証明できるかと言ったんです。もちろんそんなモノはありません。私がどうして良いのか判らず消沈していると、大家さんは、家賃…って言うんですか?毎月決まったお金を払うなら屋根裏に住まわせてあげようと言って下さったんです。そのうち大家さんは引越ししてしまったんですが、家賃を払い続けるなら、いつまでも居て良いって言って下さいました」

 それでコイツからの家賃に加えて他人にも貸し、ダブルで設けようという魂胆で、賃貸に出していたというワケか。

 「家賃って…いくらなんだ?」

 「月に三万円です。共益費とやらも込みだそうです」

 あの婆さん、何と三万円も、狭くて暗い屋根裏部屋でふんだくっていたのか。つまり河童から三万円、俺から四万五千円で、合計七万五千円をこのボロ家で儲けているわけだな。

 俺は大家の派手な容姿を思い出しながらそう思った。

 「それでお前は、三万円をどうやって支払っているんだ?」

 「砂金を採って来て、それをそのまま大家さんに渡しています」

 「砂金?川で採ってくるのか?」

 「ええ。我々の一族に伝わる秘密の川があって、そこでは涸れることなく砂金が採れるんです」

 俺は思わず瞳を輝かせた。

 涸れることが無い砂金の採れる川。

 そんなスバラシイ川が存在するなんて。

 そしてその川の場所を、コイツは知っている。

 俺の頭の中には、自分に都合の良い展開が勝手に次々浮かんできた。

 「その川はこの東京都内にあるのか?」

 「それは秘密です。人間には話してはいけない掟ですから」

 まあ、それはそうだろう。そんなものがあると人間が知れば大変なことになる。

 しかしこっそり、俺だけが解かる方法はないものだろうか。

 涸れることが無いのなら、少しぐらい良いんじゃあないか?

 今聞きだすのは無理でも、いつか何とか教えてもらおう。コイツに親切にしておけば、いずれ油断して、ポロリと口を割るかもしれないし。もしかしたら大家もそう考えて、コイツに親切にしてやっているのではないだろうか。

 俺は少し不気味なこの河童が、とても大事な存在に思えてきた。

 

 それ以来、俺と河童の久助は、すっかり打ち解けて仲良くなった。

 久助は俺が居ても構わず出てくるようになったし、たまに冷たい麦茶などを一緒に呑みながら、テレビを見たりするまでになった。

 俺は久助の存在を、会社の同僚や親しい友人にも秘密にしておいた。

 言えば恐らく見せてくれと押しかけてくるに決まっているだろう。そして俺が連れてきたヤツ等が、万一久助を怖がらせたり嫌がることをしたりしたら、俺が久助に嫌われてしまうかもしれない。



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