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登場人物

主な登場人物


甘露(9年生・木の精霊持ち)この物語の主人公
ダイヤ(9年生・火・土・風)甘露の友人
ヒイラギ(11年生・水)クールビューティ
青嵐(11年生・土・火)ヒイラギの秘密の恋人
ツェロ(12年生・風)ヒイラギが好き(?)
白玉(6年生・水)双子
白月(6年生・水)双子
モミジ(7年生・風)ダイヤと仲良し。マゼンダが好き(?)
マゼンダ(7年生・木)モミジのクラスメイト。ダイヤが好き
東雲(9年生・土)甘露のクラスメイト。青嵐が好き(?)

 

寮の同室メンバー

 

甘露・ツェロ・白玉
ダイヤ・ヒイラギ・モミジ
青嵐・白月


1
最終更新日 : 2012-07-08 18:13:10

これまでのお話

 甘露はソラト学園で魔法を学ぶ男の子。木の精霊持ちで、その能力を生かすために田舎から出てきて寮に入っている。クラスメイトのダイヤと仲良しで、いつも一緒だ。
 ある日、白月に頼まれて寮の部屋を代わったが、熱が出て動けなくなってしまう。白月と同室の青嵐に看病され、彼の優しさに気付く甘露。ところが見舞いに来たダイヤが、甘露と青嵐がキスをしていたと勘違いしてしまった。


2
最終更新日 : 2012-07-08 17:46:35

甘露の不調

この世界ではないどこか。
人間と精霊たちが住まう国。
科学と魔法の入り混じった、不思議な世界の物語。

 

 


 それほど遠くない昔、精霊と人間は契約をした。人間が精霊を敬うことを忘れなければ、精霊は人間に力を与えると。それが魔法だ。
 高い山がいくつも連なる山地の中に、ソラト学園はあった。この人里離れた場所で、精霊に選ばれた子供たちが、魔法使いになるための教育を受ける。
 村や街には必ず魔法使いが必要になるため、精霊に選ばれることは名誉なことだった。
そしてソラト学園を卒業し、学園公認の魔法使いになるためには、5人でチームを組まなければならない決まりがある。
 精霊との契約者がたくさん出る集落には、魔法使いのグループが出来る確率も高い。魔法使いの有無は、その集落の繁栄をも左右した。魔法使いたちのいる集落には人が集まりやすく、生活も楽になるので経済が安定するのだ。
 子供たちは大抵、4歳くらいまでに精霊から夢のお告げを受け、契約を結ぶ。
 そうした子供は6歳になるとソラト学園への入学を許されるが、家庭の事情などから、実際に入学するのは10歳くらいからの場合がほとんどだ。
 編入生が多いが、クラスは年齢別に分けられる。1クラスの人数は多くはないが、1年生から12年生までいるので、教室は多い。

 

 


 空はどんよりとグレイだが、暖かい日だ。そよ風が木の葉を揺らし、遠くで鳥がさえずっている。
 ここは見慣れた場所だった。そして、知っている香り。甘い果物のような香りがして、胸いっぱいに吸い込んだ。
「・・・・・・王、まだお目覚めにならないのですか?」
 美しい彼女が悲しそうにそう言うと、気配が揺れた。その圧倒的な存在感に、世界が揺れたのだ。

 

 


 不思議な夢をみた。とても大切な夢を。驚きの感情とともに目覚めた甘露だったが、ベッドから起き上がる頃には、すっかり忘れてしまっていた。
 部屋には誰もいない。甘露は一人きりで起きて、寂しくなった。今まで寮の自室は3人部屋で、いつも誰かがいたのに。
(そうだ、ここは青嵐の部屋なんだ。ソラトに来てから、こんなに静かな朝ってなかったな)
 ソラト学園は魔法使いになるために、素質のある子供たちが全国から集まってくる魔法学園だ。6歳から17、18歳くらいまでの子供たちの、ほぼ全員が寮に住んでいた。一部屋に2、3人の相部屋で、兄弟のように育つ。寮はいつも賑やかで、甘露は今まで寂しい思いをしたことがなかった。
 甘露の部屋はツェロ、白玉との3人部屋だが、白玉には双子の白月がいて、彼らはいつも一緒なので昼間は4人いることになる。その白玉が風邪をひいたのは、数日前のこと。白月が夜も一緒にいて看病したいと言いだし、頼まれて甘露は白月と部屋を替わった。一晩だけのつもりだったのに、甘露も熱が出て、白月のベッドに長居することになってしまったのだ。
 白月の部屋は青嵐との二人部屋なので、来客がなければ静かな部屋だ。そして今朝起きてみると、甘露は一人ぼっちだった。
(青嵐は食堂かな?それとも、もう学校に行ったのかしら?)
 甘露はゆっくりとベッドから出た。そろそろ自室に戻りたかった。この部屋に来るときにはすぐ帰るつもりだったので、何も持って来ていない。汗をかいたので着替えたかった。それに彼は、魔法使いのタマゴとして大切なことを怠っていた。
(まさかこんなに寝込むことになるとは思わなかった。そろそろ精霊とのコンタクトをとらないといけないのに)
 甘露は精霊からもらったアイテムを、部屋に忘れてきてしまったのだ。アイテムがなくても、ある程度のコンタクトは取れるはずだ。ところが何度も試すのだが、一向に精霊に届いている感じがしない。心配になってきた甘露は、無性に自室に戻りたくなっていた。
 とはいえ、お世話になった青嵐に何も言わずに出て行くわけにもいかない。
(そうだ、置き手紙をしよう。かみ、紙、適当な紙がないかな)
 紙を探してキョロキョロすると、白月の机の上にお菓子の包み紙が落ちているのを見つけた。一つ拾い皺を伸ばすと、ペンで短く書きつける。
「青嵐へ。いろいろありがとう。一度、部屋に戻ります。またお礼に伺います。甘露」
 甘露はその手紙を青嵐の机の上に置くと、そっと部屋を出た。
 廊下には意外と人がいた。扉を閉めているときは静かだったのに、開けた途端、話し声や笑い声がこだまし、その騒々しさに耳がわんわんしそうだ。甘露は、もしかしたら青嵐が部屋に結界を張っていたのかもしれないと思った。具合の悪い甘露を心配して結界を張っていたのだろうか。
(それとももしかして、青嵐はいつも結界を張っている?)
 ふと、そんな考えがよぎった。青嵐は用心深いところがあるのかもしれない。一見、大らかに見えるが、実は細かい配慮もしているのだろう。それに比べると甘露などは秘密もないし、寮の中で何も心配などしていないので、結界など張ったことがない。甘露からしてみれば、青嵐の用心深さは少し不思議が気がした。
 そんなことをつらつら考えながら、そっと廊下へ出る。廊下には生徒が行き交っていた。食堂から戻ってくる生徒、これから学校へ行く生徒で、ごったがえしている。甘露は寝間着のままなのが少し恥ずかしかったが、仕方がない。俯き加減で歩いていた。
 自室は近いのだが、体調が優れないと遠く感じた。左右に揺れながら歩いていると、だんだん周りが暗くなっていく。壁を伝い歩きしていたが、意識が遠のいていった。あんなに賑やかだった生徒たちのざわめきが、聞こえなくなっていく。耳にフタをしたように、遠くから聞こえてくるようだった。
(あれ・・・・・・何も見えない)
 最後に見えたのは、驚きに目を丸くする少女、マゼンダ。
 ついには、意識が途切れた。

 一瞬、気を失う。
 気づいたときには、運ばれていた。
(あれ?僕・・・・・・どうしちゃったの?)
 甘露は今、自分がどいういう状況なのか分からなかった。混雑する廊下で皆の注目を浴びていることなど、全く気付いていなかった。

 ベッドに下ろされ、そこが自分の部屋ではないことに気付く。横たわり、落ち付いてきて初めて、そこが青嵐の部屋だと気付いた。また白月のベッドに逆戻りしていたのだ。
「駄目じゃないか。まだ治っていないのに、一人で動いたりして。倒れる寸前!オレが間に合わなかったら、頭を打っているところだったぞ」
 口を少しへの字にする青嵐の顔を見て、自分を運んでくれたのは彼だったのだと分かった。
「ごめんなさい。だって僕、ずっとここにいると迷惑だと思ったし、一度、自分の部屋に戻りたかったんだ。着替えもないし」
 精霊のアイテムのことは言えなかった。少しの間のつもりだったとはいえ、そんな大切な物を持って来なかったことが、少し恥ずかしかったのだ。甘露が申し訳なさそうにしていると、青嵐は、そうかと頷く。
「それは気がつかなくて悪いことをしたな。そうだ、放課後に白月に持ってこさせるよ。元はと言えば、アイツのワガママが原因だからな。勝手に荷物を触っても平気?」
「うん。寝間着を持って来て欲しいな。熱が出て汗をかいたんだ」
「分かった。白月にそう言うよ」
 青嵐は優しい目で頷いた。
「甘露が自室に戻りたい気持ちはよく分かるよ。でも、そうだな。もう一晩、ここにいたら?明日には、きっと良くなっているよ。そんな気がするんだ」
 彼がそう言いながら頬を撫でてくれるので、甘露は顔を赤くした。
「青嵐は、誰にでもそんなに優しいの?」
 甘露は、青嵐の厚意を勘違いしそうだと思った。その瞳は、まるで恋人のように甘く、優しい。ハンサムな彼が愛しい人を見るような目をして微笑むので、つい、目が離せなくなる。
「え?オレは誰にでも優しいわけじゃないよ。そうだな、どうしてだろう?どうして甘露に優しくしたいって思うのかな?」
 青嵐は少し考えるような顔をする。甘露は照れくさくなってきて、顔が火照ってきた。だが返ってきた答えは、少し意外なものだった。
「もしかしたら、精霊のせいかもしれない」
「え?」
 驚く甘露に、青嵐はマジメな顔をする。
「甘露の精霊に、魅かれるのかもしれないな。大切にしなければいけない気にさせるというか。厳かで、仕えたい気持ちだよ」
「つかえる?」
「そう。甘露さま。なんなりとお申しつけください。お姫様ダッコもしてさしあげます」
 青嵐の声が次第に笑いを含んできたので、甘露はからかわれたのだと思った。
「僕をからかったの?おかしなこと言って」
 二人は顔を見合わせて、少し笑う。青嵐が言った。
「いや、茶化して悪かった。でも甘露を大切にしたい気持ちは、本心だよ。それも、ラブだけではないんだ。甘露の精霊は、本当に位が高いのかもしれないな」
「僕にはそんな力は・・・・・・ありません」
 甘露は少し俯いた。入学してからずっと、成績はあまりよろしくない。いや、あまりどころか、ひょっとしたらクラスでも最下位なのではないだろうか。成績イコール精霊のランクではないにしろ、最下位はあり得ない気がした。位の高い精霊なら、青嵐やダイヤのような人につくのではないだろうか。
 考え込んでいると、青嵐にぽんぽんと頭を撫でられた。
「悪いが甘露、オレはそろそろ学校に行くよ。今日は大人しくしていてくれ。後で白月に寄らせるから」
「うん。よろしくお願いします」
 甘露がそう言うと、青嵐はウインクをして出ていった。
 また一人になって、溜息をつく。
(僕、どうしちゃったんだろう。風邪ならそろそろ元気になってもいい頃なのに。こんなにいつまでも体がだるいなんて)
 甘露は、見た目より丈夫なつもりだった。今まで風邪などあまりひいたことがないし、ひいても、すぐに治ってしまう。もしかして、風邪ではないのかもしれない。では、何?そんなことを考えながら、とろとろと浅い眠りにおちる。
 目が覚めると、ベッドの横に双子が座っていた。
「あれ?白月。もうそんな時間?あ、白玉も。元気になったの?」
 甘露は、風邪で寝込んでいるはずの白玉が一緒に来ていることに驚いた。
「うん。起きても大丈夫なくらいには回復したよ。ごめんね、甘露。風邪をうつしちゃったみたいだね」
 白玉が申し訳なさそうな顔をすると、白月が小突いた。
「甘露にうつしたから、早く治ったんだろ。ごめんね、甘露。それで、頼まれた着替えを持ってきたよ」
 そう言って、白月がカバンから服を取り出そうとしている横で、白玉が不思議な質問をする。
「ねえ、甘露。青嵐と何が出来たの?」
「え?」
 甘露は意味が分からず、キョトンとしていた。白玉は、続けて質問する。
「甘露と青嵐が出来たって。何が?」
「は?」
 二人して顔を見合わせていると、白月がベッドの上に寝間着を置きながら、わめいた。
「もうっ!白玉ったら、何を言っているのさ。甘露、今朝、青嵐にお姫様ダッコされたんだって?それを見たマゼンダが大騒ぎさ。甘露と青嵐がデキてるって言うんだ。気にするなよ、甘露。誰も本気にしないさ」
 白月は、少し怒ったような顔をしていた。
 甘露は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「え?な、なに?お姫様ダッコ?マゼンダがなんだって?」
「だ・か・ら、青嵐とつきあってるって」
「マゼンダが?」
「違う、甘露と青嵐が」
 甘露は目を丸くする。
「え?だって、僕は男の子だよ」
 そのセリフを、白月は軽くスルーした。
「知ってるだろ?マゼンダはダイヤのことが好きなんだ。甘露が青嵐と仲良くしている間に、ダイヤを奪い取るつもりなんだ」
「奪う?」
 甘露は二重、三重に驚いた。マゼンダの策略にも驚いたし、自分が青嵐とつきあっていると噂が流れていることにも驚いたし、なにより、白月のマセぶりに驚いた。
 そして、ダイヤのことを思った。
(僕からダイヤを奪う?ダイヤは・・・・・・今まで僕のものだったのかしら?)
 ダイヤは大切な友達だ。でも、甘露のものだったわけではない。マゼンダも白月も、何か思い違いをしているのではないか。
 そして、甘露と青嵐がデキているという噂は、ダイヤの耳にも入っただろう。いつものダイヤなら、驚くか、鼻で笑って終わりだ。でも、今のダイヤは?昨日、甘露と青嵐がキスしていたと勘違いしたばかりではないか。
 甘露は、思わず身震いした。自分の知らないところで、勝手な噂が広がっている。こうして伏せっていては、打ち消すことも出来ない。噂はウソだとダイヤに直接言うことが出来ないことが、一番つらかった。
「ダイヤに会わなきゃ」
 甘露はつぶやいた。彼に会って、青嵐とはなんでもないと、伝えなくてはならない。甘露はそっと体を起こしてみた。よく眠ったお陰か、ずいぶん良くなっている。でもまだ体がだるかった。
「無理しないで、甘露。今は風邪を治すことに専念しないとね」
 双子が口々にそう言いながら、甘露を支える。
 甘露は、その言葉にハッとした。
「それだけど、僕、本当に風邪なのかな?白玉はどんな具合だったの?」
 白玉が口を開きかけたとき、ドアが開いた。
「ただいま」
 話題のカレのご帰還だ。青嵐が部屋に入ってくると、不思議とその場が華やかになる。
「ありがとう、双子ちゃん。頼んだものを持って来てくれたんだね」
 青嵐はベッドの上の着替えをチラリと見て双子をねぎらい、甘露に笑いかける。
「大丈夫?いい子にしてたか?」
 爽やかな笑顔で甘露のオデコに手を当てると、さりげなく熱をみる。それが当たり前みたいな、自然な行動だった。双子は顔を見合わせると、神妙な表情でうなずきあう。
「じゃあ僕たち、そろそろ帰るね。甘露はもう少し寝ていたほうがよさそうだから、ここにいなよ」
 白玉がそう言うと、白月が慌てて言い足す。
「甘露が元気になったら、すぐベッドを返すから」
「うん」
 白月はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、結局そのまま部屋を出ていった。
(どうしよう・・・・・・僕)
 甘露は毛布を握りしめた。青嵐の親切はありがたいが、やはり自室に戻りたい。双子の背中を見送ると、途端に寂しくなってきた。
「青嵐、あの・・・・・・」
「甘露、魔力は?」
「え?」
 何と言おうか迷っていたところを、青嵐の意外な言葉に遮られる。
「これはまだ、はっきりしていないんだが。木の精霊持ちのコの力が、弱くなっているみたいなんだ。甘露の魔力はどうだい?」
 青嵐の真剣な顔に、甘露の心臓がドキリとなった。薄々、魔力が弱くなったと感じていたのだ。体調が悪いからだと思っていたが、気になっていた。だから早く自室に戻り、精霊のアイテムを使いたかったのに。
「この前・・・・・・」
 甘露は唇を震わせる。
「この前、青嵐は僕の精霊を見せてくれたよね」
「ああ」
「あのときみたいに、また呼び出してみて下さい。それで、どうしてなのか聞いてみてもらえませんか?」
「甘露」
 青嵐は軽く眉を寄せた。
「実は今朝、甘露が倒れたときに少しやってみたんだよ。甘露の回復を頼もうと思って。でも、応えてくれなかったんだ」
「え・・・・・・」
 甘露は不安になった。それでは風邪をひいているからとか、体調が悪いからとか、そんな理由ではないということか。
(精霊に見放されている?僕から精霊が離れていってるってこと?)
「甘露、落ち付いて。キミだけじゃないんだ。木の精霊のコは皆、個人差があるにせよ、今朝から急に力が弱くなっているんだ。今、先生たちも原因を究明しようとしている。オレもだ。オレの土の精霊は、位が高いうえにフレンドリーだから、原因が分かれば教えてくれると思う。だから心配しないで」
 そっと頬を撫でられ、甘露は自分が泣いていることに気がついた。
「ありがとう、青嵐」
 青嵐に笑いかけられて、甘露はじんわりと嬉しくなってくる。
(青嵐・・・・・・青嵐は優しい。こんなときなのに今、青嵐を信じたいって思ってる。どうしよう、青嵐のことを好きになってしまいそうだ)
 甘露は優しくされて、涙が止まらなくなってしまった。すると、青嵐がそっと抱きしめてくれる。大きな青嵐にすっぽりと抱きしめられ、甘露は安心して力を抜いた。嬉しくて、でも少し恥ずかしい。
 ふとダイヤのことを思い出した。ヤンチャで、大好きなダイヤのことを。こんなとき彼なら、どうしただろう。彼がそばにいてくれないことが、とても悲しかった。


3
最終更新日 : 2012-07-08 18:19:17

受難

 夕方、青嵐が食堂から運んでくれた食事をとると、体を休める以外、何もすることがなかった。甘露は早く治りたい一心で、すぐに横になる。悩みはいろいろあったが、とにかく元気にならないことには何も出来ない。実際、まだ体がだるくて仕方がなかった。
 青嵐はどこかへ出かけてしまったので、甘露一人でとても静かだ。寂しいときもあったが、だんだんこの状況に慣れてくると、一人が平気になってきた。自分の部屋のようにくつろぎ、まどろむ。ずっと寝てばかりいるので、眠りは浅かった。とろとろと眠り、ふと目が覚める。まだ消灯時間になっていないので、明るいままだ。そんなことを何度か繰り返し、そのうちに本当に眠ってしまった。
 青嵐が帰ってきても、甘露は全く気が付かずに眠っていた。そのうち暗くなり消灯時間を過ぎてから、部屋の扉が開く音で目が覚めた。ちょうど眠りが浅いタイミングだったのだろうか。目が覚めた甘露は、部屋の中が暗くなっていることを不思議に感じた。時間の感覚が曖昧になっている。
(あれ?さっきまで夕方だったのに。どのくらい時間がたったんだろう。今は何時かなあ。あれ?青嵐も帰ってきている。いつの間に?)
 そのうえ誰かが訪ねて来たらしい。青嵐が灯りもつけずに、そっと来客を招き入れた。甘露はまだボンヤリしているし、来客は青嵐に任せることにする。半分眠ったような状態で目をつむったまま、二人がぼそぼそ喋るのを聞くとはなしに、聞いていた。
(何を話しているのかしら?僕が眠っていると思って小さな声で話しているのだろうけど、ヒソヒソ声が逆に気になる)
「セイラン」
 急にハッキリ聞こえて、びっくりする。今まで低く、抑えて喋っていた人が突然、甘く艶を含んだ声で、そうつぶやいたのだ。その色っぽい声に、甘露はドキリとした。
 急に静かになる。
 甘露はその静けさに、物音をたててはいけないと感じた。じっとしていると、甘露はふと、二人が口づけをしているのではないかと気がついた。
(え?もしかして?・・・・・・どうしよう、僕、のぞきをしているの?)
 抱き合う二人の、衣づれの音がする。
「・・・・・・んっ」
 薄暗い部屋に甘い吐息が響き、甘露は眠気がぶっ飛んでしまった。
 ちゅっちゅと合わせるだけだった口づけが、次第に深くなり、探り合うような音がくちゅくちゅと聞こえる。何も見えないだけに、その音ばかりがリアルに分かった。
(え、ええ?相手は誰?)
 甘露は驚きで音を立てそうになるのを、必死でこらえた。
「あ・・・・・・ん」
 色っぽい声を聞いているだけで、おかしな気分になりそうだった。キスの合間に、押し殺したような密やかな声をあげる。その声に誘われるように、せわしなく体をまさぐり、激しいキスをする。二人の息が荒くなり、つられるように甘露の心臓がどきどきと鳴った。
(僕は、こんな情熱的な青嵐を知らなかった。彼女をとっかえひっかえしているけど、誰とも友達みたいだったもの)
 甘露は驚き、そして、青嵐をこんなに夢中にさせる人は誰なのかと思った。
 長い接吻のあと、その人は絞り出すように言った。
「不安なんだ」
 まだ息が荒いので、さっきより声が大きい。甘露は不思議に思った。
(え?なんだか男の人みたいな声だな)
 青嵐はまだ離れがたいのか、その人を抱きしめながら言う。
「やっぱり、いつもと違うか?」
「ああ。精霊が落ち着かないんだ。それにつられて、こっちまで不安になる」
「木の精霊が弱くなったことで、バランスが悪くなったんだ。他の精霊に影響が出ないといいと思っていたのだが。すでに影響を受け始めているのか。・・・・・・ちょっと早くないか?やけに敏感だな。いや、ビンカンなのは嬉しいが」
 バシッと叩く音がする。
(???)
 木の精霊の話だったので、甘露もつい聞き耳をたてていたが、会話の流れについていけず、頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。
「イテテ。木の精霊持ちの力が弱くなっている。一人だけじゃなくて、全員なのだとしたら、厄介だな」
 青嵐はそこで溜息をついた。そして厳かに言い放つ。
「木の精霊王に何かあったんだ」
「まさか」
 鋭い声。甘露もハッとして、身じろぎしそうになった。
(木の精霊王?考えたこともなかった。そんな遠い存在のものに、こんな影響を受けるものなのだろうか?・・・・・・なんだかピンとこないや)
 甘露も授業で、精霊王について習ったことがある。それぞれの精霊、火・土・水・風・木の頂点に立つ、五人の精霊王がいると。だが実際には見たこともなければ、感じることもない。話に聞くだけの、全く未知の存在だった。
「まさかそんなことが・・・・・・伝説の精霊王か。青嵐はそんなものが本当に存在していると思っているの?」
「え?それこそまさか、だな。まさかヒイラギは、精霊王の存在を信じていないのか?」
 青嵐の声は穏やかだったが、甘露は爆弾を落とされたように驚いた。
(え、い、今、何て言った?ヒイラギって言わなかった?ヒイラギって・・・・・・あのヒイラギさん?)
 話の内容ではなく、甘露が驚いたのはそこだった。うっかり声をあげそうになったほどだ。今すぐハネ起きて、確かめたい衝動にかられる。さっきまで青嵐と熱いキスを交わしていた相手が、ヒイラギだというのか?あのいつも沈着冷静で、慇懃無礼なヒイラギ?冷たい視線で相手を射抜く、アイス・ドールと言われているヒイラギ?
(そういえば、この間もこんなことがあったような・・・・・・あれは、そうだ、ダイヤの部屋で、寝起きのヒイラギさんが色っぽいと思ったんだ。ヒイラギさんは、色気を隠しているの?)
 それからの甘露は、ヒイラギのことで頭がいっぱいになり、二人の話を聞いていなかった。もっとも、話といっても、ヒイラギが心細さを訴えるのに、青嵐がキスで慰めるという、内容のないものだったが。ようするに、イチャついていたのだ。
(青嵐はあんなにたくさん彼女がいるのに、男の人も好きなんだ。青嵐は、男の人も愛せる人だったのか。僕だって、青嵐のことが好きなのに・・・・・・)
 甘露は、ふとそんなことを考えて顔を赤くする。
(ぼ、僕は何てことを!そりゃあ、青嵐はステキだけど)
 男の人なのに、という考えで自分の気持ちに気付かないフリをしていた。でもこの二人は、そんなことは考えなかったようだ。
 甘露があれこれと自分の考えに浸っているうちに、二人の話は終わったようだ。ヒイラギが帰るそぶりをみせる。
「急に来て、悪かった。一人じゃないことは知っていたのだが。ところで、この部屋のコが熱を出したと思っていたのだが、どうして甘露が寝ているんだ?」
 ヒイラギの口から自分の名前が出て、甘露はドキリとする。
「いや元々、白玉が熱を出して、白月と甘露が入れ替わったんだ」
「ん?よく分からないが、まあいい。オレは帰る」
 ヒイラギのそっけない口ぶりに、青嵐が揶揄を含んだ声で言う。
「もしかして、それを確かめに来たの?ダイヤにでも頼まれた?」
「まさか。お前に会いに来たんだ」
 ヒイラギがそんなことを言うので、お別れのキスが長くなった。甘露は自分に関係のある話かと思って熱心に聞いていたので、またアテられるハメになる。二人で散々別れを惜しんでから、やっとヒイラギは帰っていった。
 甘露は興奮が冷めず、ずっとドキドキしながら寝たフリを続けていた。恋人を見送った青嵐が静かに扉を閉め、ゆっくりとベッドに近付いてくる。
(寝たふり、寝たふり。平常心、平常心)
 甘露は心の中で、呪文のように唱えながら息を殺す。
「起きているんだろ?甘露」
 気付かれていたことに驚き、甘露はビクリと動いてしまった。
(し、しまったあ)
 焦る甘露に、青嵐は怒るでもなく、のんびりと声をかける。
「ごめんよ、まさかここに来るとは思っていなかったんだ。甘露に熟睡の呪文でもかけておけば良かったな。オレもいろいろ余裕がなかった」
 聞きようによっては赤面もののセリフを言いながら、青嵐が甘露の寝ているベッドに腰掛ける。彼が普通に話しかけてくるので、甘露はついに、跳ね起きた。
 興奮して、顔が赤い。体調不良が吹き飛んでしまったみたいだ。健康優良児のように目を輝かせる甘露の様子に、青嵐は驚いて一瞬、目を丸くしたが、すぐにクスクスと笑いだした。
(こ、この人はあああ!!)
 甘露は言いようのない気持になる。こんなに自分がオロオロしているのに、青嵐のこの余裕はなんだろう。
「ちゃんと説明してください」
 甘露がスネたように言うと、青嵐はニコリと微笑んだ。
「何を?精霊王のこと?」
「それもですけど、ヒイラギさんのことです」
 まったく、精霊王のことなどブッ飛んでいた。甘露にとっては、木の精霊にかかわる大切なことなのに、今、青嵐に言われるまで忘れていた。
(あれ?考えてみたら僕、青嵐の恋人でもなんでもないのに、ヒイラギさんのことで青嵐を責めることなかったな)
 甘露は少しバツが悪くなって下を向いたが、青嵐はそうは思わなかったようだ。
「ヒイラギのことは、大切に思っているんだ」
 誠実な声がして、思わず顔をあげる。
「でも青嵐には、カノジョがたくさんいるよね?その人たちは?それにヒイラギさんは男だよ?青嵐は男の人も好きなの?もしかしてカレシもたくさんいるの?いったい、誰が恋人なの?」
 甘露は矢継ぎ早に質問した。その屈託のない、子供の特権のような質問攻めに、青嵐は苦笑する。
「いや、耳が痛い。困ってしまうな」
 そう言って、しばらく黙っていた。甘露も黙って青嵐を見つめる。薄闇に静寂が広がった。夜は人を素直にさせる。
「たぶん・・・・・・オレはヒイラギのことを愛しているのだと思う。でもオレは、自分で言うのもナンだが、寂しがりやなんだ。ずっと誰かに、そばにいて欲しいんだよ。・・・・・・ヒイラギは、そばにいてくれないんだ」
 そんな告白を聞いて、甘露はしばらく何も言えなかった。どう答えていいかも分からなかった。いつも余裕たっぷりな青嵐が、一人でいることも出来ない寂しがりやだなんて、すぐには信じられない。
(青嵐が寂しがり?あんなにモテモテなのに?寂しいからモテるの?違うな・・・・・・モテるけど寂しい?そんなものなのかなあ?僕にはカノジョがいないから分からないや。それでヒイラギさんのことは?なに?なんだったっけ?)
「僕には、よく分かりません」
 甘露が素直にそう言うと、青嵐は少し悲しそうに微笑んだ。
「そうか。いいんだ。まあ、そういう人間もいるってことさ」
 青嵐の開き直りぶりに甘露が戸惑っていると、青嵐が、あっ、という声をあげる。
「このこと、ヒイラギにはナイショにしてくれよ」
「え?」
「ヒイラギは、オレとつきあってることを秘密にしているんだ」
「は?」
「甘露がここにいると知っていたから、来るのを控えていたみたいなんだけど、今夜はガマン出来なかったみたいだな。さっきは甘露が寝ていると思っていたんだぜ。だからあんなに大胆だったんだ。まあそれで、甘露には迷惑かけたわけだけど。・・・・・・甘露に知られたって分かったら、ヒイラギ、舌噛んで死ぬかも」
「え、ええっ?」
 甘露が目を白黒させると、やっと青嵐はハハハと笑った。

 

 

 

 翌日、ようやく甘露は自室に戻ることが出来た。熱は下がっていたし、それどころか昨日までの辛さが嘘のようにスッキリしている。久しぶりで気持ちの良い朝だ。
 そんな甘露を見て、青嵐はもちろん喜んでくれ、自分の看病のおかげだとまで言った。甘露は心の中で、ショック療法だったんじゃないかと思ったが、青嵐が心をこめて看病をしてくれたことも事実なので、そこはお礼を言っておく。
「じゃあ僕、戻ります。いろいろありがとうございました」
「うん。また遊びに来てくれよ」
 甘露は着替えを入れた小さなカバンを持って、いそいそと懐かしの部屋に帰った。

 

 


「ただいま」
 甘露がドアをそろりと開けると、ツェロと双子がいた。
「あっ!甘露。元気になったの?」
 双子が声を揃えて言う。甘露は照れたように笑った。
「うん。ご心配おかけしました」
 ツェロが近寄って来て、甘露の荷物を持つ。
「寝ていなくても大丈夫?もう少しベッドで横になっていたら?甘露のベッドはシーツを換えておいたし、すぐ休めるよ」
 ツェロの親切に、甘露は感動する。
(僕にはお兄さんがたくさんいるみたいだ)
「ありがとう、ツェロ。でも大丈夫です。昨日はものすごくダルかったのに、今日はウソみたいに元気なんだ。急に元気になったみたい」
 甘露は本当に気分が良くて、ニコニコとした。ただ、あまり食べずにずっと寝てばかりだったので、少しエネルギー不足だ。ちょこんとベッドに腰掛ける。
 ツェロが、人のよい笑顔を向けた。
「今日は学校が休みで良かったな。しっかり治して体力を戻して、授業の準備をしておくといいよ」
「うん。学校かあ、久しぶりだなあ。何をやっていたか忘れてしまったよ」
 それは本心で、甘露は授業のことをすっかり忘れていた。魔法学園という性質上、それぞれの能力、魔力にあった教え方をしているので、あまり不都合はないのだが、一般教養の授業が遅れるのは困る。魔法使いとはいえ、卒業すれば社会に出て人々の依頼を受けることになるのだから、あまり世間知らずというわけにはいかないので、魔法の勉強だけではなく一般教養の授業もあるのだ。甘露が少し憂鬱になっていると、双子がそれぞれアドバイスする。
「ダイヤに聞きに行ったら?どこまで授業が進んでいるか、教えてもらうといいよ」
「そうだよ甘露、ダイヤが心配していたよ。・・・・・・いろいろと」
 白月の意味深なセリフに、甘露は苦笑する。
(何が言いたいのかなあ?この子は何か、誤解をしているのじゃないかしら?)
 反論しようと思ったが、実際、ダイヤにも会いたかった。そういえば、ずっと会っていない気がする。ふと、誤解されたままだったことを思い出し、急に不安になってきた。
(今までダイヤのことを忘れていたなんて、どうかしていた。白月の言うことも一理あるのか・・・・・・白月ったら。どこまで分かって言ってるのかな?)
 結局甘露は、すぐにダイヤに会いに行くことにした。三人に見送られて廊下へ出てから、いろいろなことを思い出す。甘露は青嵐とキスをしていたと、ダイヤに勘違いされたままだった。まずそこから説明しなくてはならない。
(青嵐がふざけて、勘違いさせたままにしとこうって言ったんだ。あのとき、すぐに誤解をといておけばよかった。寝込んでいたから出来なかったんだけど、本当に嫌だったら、なんとか出来たはずなんだ。双子に頼むとか)
 甘露はそんなことを考えた。どうしてそうしなかったのか。
(ひょっとして僕は、あのときから青嵐のことを好きだったのかもしれないな。そのことに気付く前に、失恋しちゃったけど)
 甘露の胸に、いろいろな思いが渦巻く。青嵐の爽やかな笑顔を思い出すだけで、胸がきゅんとした。弟みたいだと、看病したいのだと言ってくれた青嵐。あのとき、彼は甘露のものだった。でも弟は弟でしかなかったのだ。彼は弟にも優しかったけれど、それ以上に恋人には情熱的だった。まるで扱いが違ったのだ。激しいキスを連想させる音や荒い吐息を聞かされて、甘露は顔が真っ赤になったことを思いだす。
(どうしよう。ヒイラギさんってダイヤの同室じゃないか。顔に出ないようにしないと)
 青嵐から、ヒイラギとのことを内緒にしてくれと頼まれたのだ。しかも甘露が二人の秘密を知っていることを、ヒイラギ本人にも内緒にしなければならない。甘露はダイヤの部屋の前まで来て、入るかどうか迷った。入るにしても、心の準備がいる。ウロウロしていると、急にドアが開いた。出てきたのはモミジだ。
「あ」
 甘露は驚いて、ビクッと飛び上がる。まだどんな顔をすればいいのか、何から話せばいいのか、心の準備も何も出来ていなかった。
 だがそんなこととは知らないモミジは、甘露を見ると振り返って叫ぶ。
「ダイヤ、お客さん」
 それだけ言うと、そのまま部屋を出ていった。
「あ・・・・・・。えっと」
 甘露は仕方なく、ダイヤの部屋に入る。ダイヤはベッドに座り、手を開いたり閉じたりしていたが、甘露を見ると、ぱっと顔を輝かせた。
「甘露!元気になったのか?」
 途端に空気が変わった。暖かい太陽の匂いが、甘露を包み込む。ダイヤの瞳は青空のようにキラリとして美しく、甘露の好きな顔だ。甘露は少し安心して、微笑みを浮かべた。しかし部屋のすみで本を読んでいるヒイラギに気付くと、その笑顔もぎこちないものになる。甘露はなんとか平常心を保とうと頑張った。
「うん、急に元気になったんだ。昨日までは苦しかったんだけど、今日は嘘みたいに元気になったんだよ」
「ふうん。ま、ここに来いよ」
 ダイヤが隣りに座るようにと、ベッドの上をぽんぽんと叩く。甘露は緊張して、右手と右足が一緒に出た。ぎこちない歩きを見て、ダイヤがいぶかる。
「本当に元気になったのか?まだ調子が悪いみたいだけど」
「元気だよ。今はちょっと緊張して・・・・・・いや、元気、元気」
 甘露はダイヤの横にちょこんと座ると、何から話そうかと考えた。青嵐とのことを話すつもりだったが、部屋にはヒイラギもいる。困っていると、ダイヤの方から話しかけてきた。
「やっぱり風邪だったのか?先生には診てもらった?」
「いや、ずっと寝ていたんだ。白玉に風邪をもらったと思っていたから、ただ寝ていればいいと思っていたんだけど、本当に風邪だったのかなあ?急に悪くなったり、突然治ったり、ちょっと変だった」
 甘露がそう言うと、ダイヤは腕組みをする。
「そういうときは、ジャスパー先生のところに行けば良かったのに。先生なら原因を教えてくれるよ。先生はカードで、原因と現状と結果を占うんだ。全ての因果関係が未来を創るという研究をされているのさ。オレは甘露に、そう教えたかったんだけど・・・・・・」
 ダイヤはそこまで言って、すっぱいものでも口にしたような顔をした。彼は、青嵐の部屋で見たことを思い出したのだ。甘露はそのことに気付き、慌てた。
「違うんだ、ダイヤ。勘違いだよ。僕と青嵐はなんでもないんだ。兄弟みたいなものさ」
 そう叫んで、ひやりとする。青嵐の名前を出してしまった。そろりとヒイラギを盗み見る。彼は知らん顔で読書を続けていた。
「なんのことだよ?兄弟でも、キスくらいするってことか?青嵐は誰とでもキスするもんな」
 ダイヤの爆弾発言に、甘露は目を見開いた。知らないとはいえ、ヒイラギの前でなんてことを言うのだろう。
「し、しないよ!してないよ!だから勘違いだって言ってるだろ。青嵐は誰ともキスしない、じゃなくて、誰とでもキスするわけではないよ。本当に好きな人とだけだよ」
「へ?なんだよ・・・・・・やけに生々しい弁解だなあ。ま、オレは青嵐のことなんかどうだっていいけどな」
 ダイヤは冷たく言って俯き、自分の手元を見た。気まずい雰囲気だ。甘露はなんとかして誤解をとき、元のダイヤに戻って欲しいと願った。
「ダイヤは誤解しているよ。どうしてそんなに青嵐を目の敵にしているの?彼はいい人だよ。お姉さんばかりだから、弟が欲しかったんだって。それで僕に優しかったんだ」
「それで甘露が弟になったわけ?それにしちゃあ、やけに仲良しだったじゃないか。デキてるとか噂になってたぞ。だからオレのことを、目の敵とか言うんだな」
 甘露は絶句し、激昂した。どうしてダイヤは、こんなに分からずやなんだろう。
「違うよ!目の敵にしているのは、ダイヤの方だろ?青嵐の方は何とも思っていないのに。いや、そうじゃなくて、青嵐には恋人がたくさん、じゃなくて・・・・・・カノジョがたくさんいる・・・・・・それも変か。えっと、友達がたくさんいるだろ?噂なんか信じるなよ!それにヘンだよ、ダイヤ。僕は女の子とつきあうんだ。男の人とつきあったりしないよ」
 言ってから、しまったと思った。これではまるで、青嵐にとってダイヤなんか眼中にないみたいではないか。それにヒイラギのことを隠すつもりだったが、彼を否定したような気がした。言ってしまった言葉は戻らない。甘露は弁解したかったが、言葉がみつからずに沈黙する。
 ダイヤは顔を歪めた。怒りなのか、悲しみなのか。そしてうつむき、もう甘露の方を向いてはくれなかった。押し殺すような声で言う。
「なんだよソレ。甘露、もう帰れよ」
 甘露は、自分が失敗したと分かった。
「え?」
「これから用事があるんだ。それにお前だって、まだ寝ていた方がいいんじゃないか?」
「そうじゃなくてダイヤ・・・・・・ごめんね、ダイヤ・・・・・・こっちを見て」
 ダイヤは顔をあげてくれない。甘露は悲しくなり、途方に暮れた。でももう、どうしようもない。のろのろと部屋を出て行くと、ヒイラギがちらりと甘露を見た。謎めいた顔。彼は何を思っているのだろう。
 甘露は来たときとまるで違う気分で、ダイヤの部屋を後にした。話せば話すほど、ダイヤの心が自分から離れていくのを感じた。何をどう言えば良かったのか。もっと上手く話せなかったのだろうか。甘露は自分を責めながら自室に戻った。
 そこには相変わらず双子がいて、仲良く並んで座っている。彼らは喧嘩をしないのだろうか。仲良しの秘訣でもあるのだろうか。
「おかえり、甘露。早かったね。ダイヤには会えた?」
 白玉がそう言えば、白月も聞いてくる。
「ちゃんと授業内容を聞けた?」
「あ?ああ・・・・・・うん」
「あれ?元気ないね」
 双子がユニゾンで言って、顔を見合わせる。
「ダイヤは用事があるって。何も聞けなかったんだ」
 甘露は悲しくて何も話したくなかった。まだ気持ちの整理もつかず、説明が難しい。どっと疲れた気がして、ベッドに横になった。
「大丈夫?」
「大丈夫・・・・・・じゃないかも」
 甘露は気が滅入っていた。体は元気になったのに、今度は心がダメになった。もう、どうしたらいいのか分からない。甘露の様子に、白月は察したらしい。
「ダイヤと喧嘩したの?謝ったら許してくれるよ。ダイヤ優しいもの」
「うん、そうだね。でも・・・・・・許す?」
 どう言ったら分かってくれるのだろう。何を言っても無駄な気がした。そもそも、どうしてダイヤがあんなに頑ななのか分からない。何が悪かったのか。彼は一体、何が気に入らないのだろう。それにヒイラギだって、冷たいではないか。同じ部屋にいたのに助けてくれなかった。
 甘露は最初は自分を責めていたが、冷静になってくるとダイヤとヒイラギに対する理不尽な怒りがこみあげてきた。
(僕はヒイラギさんの秘密を黙っていてあげたのに。ヒイラギさんは僕に意地悪だ。ダイヤだって、勝手に勘違いして僕のことを信じようともしない。ひどいよ。それに、たとえ僕が本当に青嵐とキスしてたって、そんなのいいじゃないか。ヒイラギさんならともかく、なんでダイヤが怒るんだよ)
 甘露はむしゃくしゃしてきた。がばりと跳ね起きる。
「僕は悪くないぞ!ダイヤなんて、知るもんか!許してなんて、もらわなくていい。僕は悪くないんだからな」
 双子は甘露の変貌ぶりに驚いて、目をぱちくりした。甘露は苦労して笑ってみせる。
「大丈夫。僕は大丈夫だよ。ダイヤがいなくても平気さ。ほら、二人ともそんな顔しないでよ。ね?」
 双子は顔を見合わせる。白玉がおずおずと言った。
「そうなの?甘露はいつもダイヤと一緒だったのに。仲直りした方がいいんじゃないの?」
「いいんだ。僕は一人だって平気だよ。大人になるんだ」
 強がって胸を反らす甘露に、白月が心配する。
「何があったか知らないけど、気をつけた方がいいよ。ダイヤはモテるから、狙ってるコがたくさんいるからね」
「何を言っているのか分からないよ、白月。僕が何を気をつけるのさ。僕よりダイヤの方がモテるってこと?カノジョを取られるって心配してくれてるの?僕にはカノジョなんていないよ?」
 甘露の言葉に、白月は戸惑いの顔を見せる。
「甘露がそれでいいなら、いいんだけど」
 甘露は大きくうなずいた。それで話は終わりとばかりに、ことさら元気な声を出す。
「さあ、僕は学校の準備をするよ。明日は一般教養の授業があるんだ」
 甘露が教科書を開くと、双子はあれこれ言うことを止めた。そしていつものように、二人でヒソヒソ喋ったり、突き合ったりして遊んでいた。


4
最終更新日 : 2012-07-08 18:21:18

占い

 午後になってから、ツェロが戻ってきた。彼は最近外出することが多いので、ツェロより白月の方が、この部屋にいる時間が長いのではと思うほどだ。今日は早い時間にふらりと戻ってきて、甘露に屈託のない笑顔を見せる。
「甘露。戻っていたのか」
「うん」
 甘露は、ツェロにもダイヤのことについて聞かれるのかと憂鬱になる。だがツェロは、そのことについては一切言わなかった。
「ジャスパー先生が甘露に会いたがっているんだ。もし具合が悪くなければ、一緒に行こう」
「ジャスパー先生?」
 その名前は、今朝ダイヤの口から聞いたばかりだ。
(先生が僕に何の用事かしら?ダイヤは先生に占ってもらえって言っていたけど、そのことで呼ばれたの?でも具合が良くなってから呼ばれるのもヘンだし、僕の方から頼むならともかく、先生の方から声をかけられるなんて、不思議だな)
 甘露には理由が分からなかったので、戸惑いながら答える。
「いいけど・・・・・・」
「よし。じゃあ今から行こう」
 明るく言うツェロに、甘露は仕方なくついて行った。

 

 

 

 休みの日のソラト学園は、とても静かだった。授業は休みでもいくつかのサークルは活動しているということだが、甘露は興味がなかったので詳しくは知らない。サークルは表立って活躍するわけでもなく、勧誘活動などもほとんどしていないからだ。学生らしいクラブ活動というよりは、むしろ秘密結社のノリだった。今日もどこかの部屋で、サークル活動が行われているのだろうが、辺りに人の気配はない。広い校舎の、どこか違う場所にあるのだろうか。
 甘露の緊張をよそにツェロはのんびりと廊下を歩いていき、階段を上がって三階の部屋をノックする。
「おはいり」
 男性の硬い声がした。二人が部屋に入ると、年齢不詳の男が待っていた。
「君が甘露?初めて会うな。私がジャスパーだ」
「9年生の甘露です。はじめまして」
 甘露が挨拶すると、ジャスパーは優しく微笑んだ。
「調子が良くないところを呼び出して悪かったね。さあ、二人とも座って」
 ジャスパーは中央の丸いテーブルに着くよう勧め、自分も座った。狭い部屋は雑然としており、壁に沿ってぐるりと本棚が囲んでいる。そこにはたくさんの古い本と、甘露には理解できない不思議なものがゴチャゴチャと詰め込まれていた。
 甘露は向いに座るジャスパーを、まじまじと見つめた。鼻筋の通った美しい顔をしているが、金髪は銀に近い薄い色で老けて見える。肌はつるりとしているが張りがなく、若くはなさそうだ。彼はまるで、年をとることを押しとどめているように神秘的な存在だった。そして目を閉じたり開いたり、上を見たりどこか遠いところを見たりしているので、甘露が呆気にとられていると、突然こちらを凝視したりするので、ぎょっとした。ジャスパーはしばらくそんなことを繰り返していたが、ようやく口を開いた。
「君も知っていると思うが、ここ数日、木の精霊持ちが急に魔力を減退させる事態が起きている。昨日から特にひどい。君は大丈夫かな?」
 甘露はドキッとした。
「あっ。ここ数日寝込んでいたので、いつからだったのか分からないのですが、僕も魔力を感じることが出来なくなっています。僕は体調が悪かったので、そのせいかと思っていました」
「ふむ」
 ジャスパーはためらいがちに、甘露に告げる。
「実は甘露、私の占いでは今回の件、君が関係していると出ているのだよ。たぶん体調不良もそのせいだ」
「ええ?」
 甘露は驚いて声が裏返る。まさかそんなことがあるとは思っていなかった。言葉も出ない甘露に代わり、ツェロが質問する。
「関係って、どういうことです?」
「それがハッキリとは出ないのだ。分かっていることは・・・・・・」
 ジャスパーはそう言って、何もない宙でサッと手を振った。するとたくさんのカードが現れ、円卓の上に散らばった。
「これらのカードを読み解くと、ここより東南の方角から来た者、木の精霊、年若い男性、魔力の強い者。つまり、甘露を示している」
 甘露は慌てて訂正する。
「先生、人違いですよ。僕は魔力が強くはありません。情けない話ですけど・・・・・・クラスではいつもビリです」
 そう叫んで、顔を真っ赤にした。ジャスパーが甘露をなだめるように微笑む。
「いや、君は魔力が強い。まだ誰も気が付いていないだけだ。なぜなら、君自身が気付いていないからね。君には大きな力が眠っている。ただ、力の発露の方法が分かっていないだけだ」
 甘露は意味が飲み込めず、きょとんとしていた。突然そんなことを言われても、まるで実感がない。
(先生は僕をなぐさめるためにそんなことを言っているのかしら?そりゃあ僕たちは魔法使いのタマゴなんだし、誰だって一応、魔力はあるのだから)
 考え込む顔したツェロが、疑問を口にする。
「先生、それで甘露はどうすればいいのでしょうか。今回の件に関係していると分かっても、それがどういうことなのか、どうすれば解決できるのか分かりません」
「そうなのだ。それが問題なのだが」
 ジャスパーはまたサッと手を振る。カードが裏返り、模様になった。その模様は不思議な幾何学模様や渦に変化し、いつまでも定まらずにいた。
「やはり駄目か。肝心なことを占おうとすると、こうなのだ。甘露本人を前にしたら答えが出るかと期待したのだが」
 ジャスパーがもう一度手を振ると、カードが消えた。消える寸前、かすかに花の香りがする。
「まだ原因が分からないうちは、公にするつもりはない。甘露が関係していることは、三人の秘密にしよう」
 ジャスパーが重々しく言う。
「いいね、甘露。ツェロも。誰にも話さないように。それから甘露、何か分かったことがあったら教えてくれ。いつでも来てくれて構わないし、ツェロに伝言してくれてもいい。彼はしょっちゅうここに来ているからね」
「え?ツェロが?」
 甘露は同室のツェロがここに来ていたことを知らなかったので、少し驚いてツェロを見た。ツェロがにこりとしながらうなずく。
「分かりました先生。ツェロに相談します」
「うむ」
 ジャスパーはうなずくと沈黙し、また宙を見るような目つきになった。その様子を見たツェロが、甘露を促す。
「甘露、先生は占いに入られた。僕たちはこのまま帰ろう」
「え?退室のご挨拶をしてないけど」
「いいんだ。長いかもしれないから」
 ツェロは心得ているようだった。そして二人で部屋を出る。
 ツェロと並んで廊下を歩きながら、甘露はジャスパーの言っていた意味について考えた。
「ねえ、ツェロ。さっきの話、どう思った?本当のことかしら?」
「そうだね、唐突だったし、具体的なことは何も分からなかったし。甘露が今回のことに関係があるとしか言われなかったから、信じることは難しいよね。でも」
「でも?」
「ジャスパー先生の占いはよく当たるんだ」
 ツェロの言葉に、甘露は暫し黙り込む。甘露は今まで、クラスでも大人しくて目立たない存在だった。貧しい田舎から出てきた子。それが甘露への評価だ。そんな風に、全く注目されていなかったのに、急に渦中に放り込まれても戸惑ってしまう。解決するもなにも、自分のことだという実感すらないのだ。よく当たる占いと言われても、今回のことはジャスパーが人違いをしているとしか思えない。
「やっぱり僕、ピンとこないや。どうしたらいいのかも分からないし。・・・・・・ねえ、今回の件って、木の精霊持ちの人たち、皆に影響が出ているのかな?うちの生徒だけ?ひょっとして先生たちも?」
 甘露がふと気が付いた疑問を口にすると、ツェロは深刻な声で答えた。
「そうさ。それどころか学校だけの問題じゃないよ。街の魔法使いたちもだって話だ」
「えっ!そんなに大きな問題だったの?それが僕と関係があるだなんて、一体どうすればいいの!」
「しっ!甘露、声が大きい」
 ツェロの注意に、甘露はハッとして口をつぐむ。驚きのあまり大声で叫んでしまった。興奮していて、自分が大きな声で喋っていることに気付かなかったのだ。甘露が黙ると、辺りはシンと静まり返っている。
(誰もいないのに、ツェロは大袈裟だなあ)
 甘露はのんびりとそんなことを考えたが、年長であるツェロに従っておく。ツェロは周りを見回し、声をひそめた。
「こんなところで話す内容じゃなかったな。部屋に帰ってから、結界を張って話そう」
「うん」
「失敗だったな。手遅れになっていなければいいけど」
 ツェロは心配そうにつぶやいたが、そう言われても甘露にはピンときていなかった。
(結界かあ。結界と言えば青嵐。青嵐の秘密・・・・・・今思えば、青嵐が結界を張っていたのって、ヒイラギとのことを隠すためだったのかなあ)
 などと呑気なことを考えていたので、周りが不気味なほど静かであることに、全く気が付いていなかった。
 二人の足音が静かな廊下に響く。世界が息をひそめているようであった。

 

 


 そんなこともあって、甘露には考えることがたくさんあった。だから小さな出来事に構っていられなかった。でも自分にとっては大したことではないと思っていたら、それが他人にとっては重大なことだったりすることもある。大したことではないと放っておいたら、知らないうちにどんどん悪い方へいってしまうのだ。
 ほんのささいな誤解だったのに、いつしか分かってもらえると訂正しないでいたら、そのまま誤解が誤解を呼んでしまう・・・・・・今の甘露が、そんな状態だった。精霊の問題もそうだし、ダイヤとの仲もそうだ。
 甘露にとって、ダイヤは大切な友達だ。今までだって何度か喧嘩をしたし、いつもすぐに仲直りしていた。だから今回だって、ちょっとヘソを曲げたダイヤがすぐに機嫌を直し、仲直り出来ると思っていたのだ。
 翌日、甘露はダイヤに話しかけてみたけれど、冷たい目でにらまれただけだった。仕方なく、甘露はしばらく放っておくことにした。何を言っても聞いてもらえないのだから、少し時間を置いた方がいいと思ったのだ。そのうちにダイヤも頭が冷えるだろう。そうなってから話しかければいいのだ。そう思って甘露は一人で教室に入り、黙って教科書を開いたが、ダイヤと話せないことは思っていたよりツライことだった。
 甘露はずっとダイヤと一緒だったから、他に友達がいないことに気が付いた。人見知りするので、自分から積極的に友達を作ろうとしてこなかったのだ。話しかけるのにも勇気がいった。ダイヤのときは、彼の方から話しかけてきたのだ。二人は気が合ったし、いつもダイヤが甘露を構うので、ずっとくっついていた。だから甘露は今まで、他に友達を作る必要もなかったし、話しかけようとも思わなかった。
 一方、ダイヤは明るい性格で、誰からも好かれている。彼は人見知りなんてしないので、知らない人にもすぐに笑いかけることが出来た。今だって、ダイヤは一人ではない。甘露がこっそりダイヤの方を見ると、彼はふわふわした髪の女の子とお喋りしていた。
(ダイヤはモテモテだな。 僕がいなくても、友達がたくさんいる。・・・・・・もしかしてこれを機に、カノジョを作っちゃうかもしれないな)
 ふとそんなことに気付き、甘露は寂しくなった。胸がズキリと痛くなる。今まで隣りにダイヤがいることが当たり前だったから、彼を失うことなど考えたこともなかった。甘露はチラチラとダイヤを見たが、ダイヤの方は一度も甘露を見ることはなかった。
 最初の授業はアダージオ先生で、先生は定刻通りに来た。
 アダージオの授業は人気がある。自分に力を与えてくれている精霊の得意分野を見つけ出し、その力を借りることによって、どのような活用方法があるのかを考える、実用的な授業だ。生徒たちは卒業した後、魔法使いとして生計を立てていくつもりなので、街の人たちに必要とされる魔法を身につけなければならない。赤ん坊の熱を下げたり、恋に悩む者たちのために占ったり、農家のために雨雲を呼んだりすることだ。
 精霊にも得手不得手がある。簡単に言えば、火の精霊が雨を降らせることは難しいが、水の精霊や風の精霊には易しいということだ。そして水や風の精霊の中でも、どのように目的を達するかは扱う人間によって違ったりもする。雨雲を作るところから始める者もいれば、遠くから雨雲をかき集めてきて雨を降らせる者もいる、といった具合に。
 アダージオは色白でぽっちゃりとした初老の男性で、丸顔に小さな目が印象的だ。土の精霊を持つ彼は、人が良く生徒から慕われている。アダージオは教団に立つと、えへんえへんと咳ばらいをした。
「えー。今日は臭覚が良い人について話そうと思う。あまり魔法とは関係がないと思われがちだが、実は・・・・・・」
「先生」
 アダージオの話を遮って、手を挙げた者がいる。東雲だった。彼女は黒髪が自慢の美人で、土の精霊持ちだ。いつも数人の女の子とグループを作っているので、甘露は一度も話をしたことがなかった。
「先生、申し訳ありませんが、今日は別の話をして下さいませんか?」
 教室がざわつく。東雲の突然の申し出に、アダージオも驚いたようだ。
「どうしたのかね?急に。積極的なことは良いことだが、私にも教える順番というものがある」
「すみません、先生。でもどうしても、気になることがあるのです。精霊の力のことです。私たちは精霊の力が弱くなっては、魔法を使うことが出来ません。そうなっても、魔法で生計を立てていくことが出来ますか?」
 ヒソヒソ喋る声が増える。アダージオはまた何度も咳ばらいをした。
「静かに、静かに。確かに、一時的に精霊の力が弱くなることはある。波があるのだ。でも一度精霊と心を通わせたら、彼らが去っていくことなどない。余程のことでもない限りな。魔力が無くなることなど有り得ないのだから、安心していていい」
「それならいいのですけど、なぜ今、木の精霊持ちの人だけが弱くなっているのですか?先生たちは理由を隠してらっしゃるのでは?理由が分かっているなら、対策を練った方がいいんじゃないですか?」
 東雲は冷静だった。彼女は土の精霊持ちなのだから、今魔力が使えなくて困っているわけではない。それなのにこうして意見するのは、彼女の正義感なのか、木の精霊持ちの友人たちに対する思いやりなのか。引き下がることなく、静かな声でアダージオを追い詰める。彼は困っていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。まだ木だけで、全ての精霊が弱くなったわけではない。必ず力は戻る」
「では、木の精霊が弱くなったことは認めるのですね?なぜ今のうちになんとかしないのです?甘露が原因なのでしょう?」
 教室は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。突然名前を出された甘露は、びっくりして声も出ない。皆が甘露を見た。
「え?あの・・・・・・」
 何を話せばいいのか分からない。それに、アダージオは何も知らないようだった。
「何のことだね?甘露クンと何の関係があるのだ?精霊界のことはまだ分からないことが多い。人間が介入出来るわけがないだろう?それより、お友達のことを名指しで非難することは止めなさい。・・・・・・さあ、授業を続けますよ」
 アダージオがそう言うと、やっと東雲は黙った。不満そうな、納得のいかない顔をしているが、アダージオに何を言っても無駄だということが分かったのだろう。
 しかし甘露は心が休まらなかった。皆がチラチラとこちらを見ているし、時々ヒソヒソと喋っている。東雲の発言が皆に与えた動揺は大きい。
(東雲さんはどうしてあんなことを言ったんだろう。昨日、ジャスパー先生から聞いた話を知っている?でもどうして?先生は、まだ原因が分からないうちは公にするつもりはないと仰っていた。アダージオ先生も知らないみたいだったし。ツェロが話すわけないし、もちろん僕も言っていない。・・・・・・もしかして)
 甘露は理由に思い当たってハッとした。ジャスパーの部屋からの帰りに、ツェロと話していたではないか。あのとき、聞いていた者がいたのだ。廊下がとても静かだったので誰もいないと思っていたが、皆、魔法使いなのだ。甘露は自分のうかつさを後悔した。
(どうしよう。何人くらい聞いていたのかしら。ジャスパー先生が注意して下さっていたのに、僕は事の重大さを分かっていなかった。そうか、先生が心配していたのはこういうことか)
 正しい情報が与えられないまま、甘露に疑いの目が向けられている。まるで甘露一人が悪者みたいだ。皆、不安がっていた。特に木の精霊持ちのコの不安は大きい。情報量が少ないから、甘露に興味が集中するだろう。甘露は、すでに教室に漂う嫌な空気を感じていた。

 

 

 

 休み時間になると、ヒソヒソ声は一層ひどくなった。もうヒソヒソどころの話ではない。中には甘露に直接聞いてくる者もいた。東雲も、数人の女生徒と一緒に甘露のところに来た。
「私はまだ納得していないわよ。あなた、何か知っているんじゃないの?」
「僕は何も知らないよ」
 東雲は整った顔をしているので、笑っていないときには妙な迫力がある。甘露は内心、びくびくしていた。
「そうやって、また青嵐の気を引こうとしているんじゃないでしょうね?」
「えっ?なんのこと?」
 甘露がキョトンとしていると、東雲は疑わしそうに見ていたが、あきらめたのか小さく溜息をついた。
「まあ、いいわ。青嵐のことは許してあげる。でも精霊のことは、何とかしなさいよ」
「何とかって言われても・・・・・・」
 言いがかりとしか思えないセリフに、甘露は弱り切った。
 その日の授業は散々だった。何をやっても上手くいかない。ダイヤも冷たいし、クラスの雰囲気も悪い。なにより甘露を打ちのめしたのは、魔力が全く無くなっていることだ。段々弱くなってきていると思っていたが、今日はついに、魔力が消えた。
(他の人は、魔力が弱まったとしても、無くなるわけではないのに。どうして僕だけ?魔力の無い魔法使いなんて・・・・・・。そうか、僕は普通の人に戻ったんだ)
 やっとのことで一日を終え、逃げるように教室から出た。廊下を歩きながらも、他の生徒たちがこちらを見ている気がしてならない。足早に歩く甘露は、途中でマゼンダに会った。
 マゼンダは二つ年下の女の子で、木の精霊持ちだ。彼女は甘露を見つけると、ずんずんと近寄ってきた。
「今日は一人なの?」
 甘露はビクッとした。やたらと女の子に声をかけられる日だ。マゼンダはダイヤにはよく声をかけるが、甘露に話しかけてきたのは初めてだった。彼女は元気いっぱいで可愛らしい顔をしているが、今は甘露を軽くにらみつけている。
「なんとかしてよ。このままでは、今月の成績はビリよ」
「なんのこと?僕には関係ないよ」
 甘露がやっとそう言うと、マゼンダは頬を膨らませた。
「あなたが原因だって、噂になっているわよ」
「ちょっと、マゼンダ、マゼンダ」
 突然、話に割って入ってきたのは、モミジだ。モミジはマゼンダの腕を軽く引っ張った。
「止めなよ、マゼンダ。ただの噂だろ」
「だから本人に聞いているの。私は心配してあげているのよ」
 マゼンダはモミジにそう言うと、甘露のほうを向いて微笑んだ。
「ね、青嵐さんに頼んだら?彼ならきっとなんとかしてくれるわよ。あなたから頼めば絶対、親身になってくれると思うわ」
(また青嵐か。どうして女の子は青嵐のことを言うのかな)
 甘露は東雲とマゼンダが逆のことを言っていると、すぐには気付かなかった。
 モミジも親切だった。競争みたいに甘露にアドバイスする。
「ダイヤも心配していたよ。ダイヤに相談した?」
 マゼンダがモミジをにらみつける。
「甘露は青嵐さんに相談するのよ。仲良しなんだから」
 甘露は黙っていた。今やっと、マゼンダが何を考えているのか、なんとなく分かってきたのだ。それは楽しい考えではない。本当に甘露の心配をしているのではなく、自分の利害を考えているのだろう。双子の忠告が蘇る。
 モミジはこの状況を理解しているのだろうか。モミジはマゼンダの邪魔をしながら、ダイヤとの仲を修復するように勧めてくれた。でも本当にそこまで分かって言っているのだろうか。もしかして、甘露とダイヤがぎこちなくなっていることも、マゼンダがダイヤを好きなのだということも、知らないのではないか。マゼンダが甘露を罠にかけようとしていることも。
 ふいに、モミジに手を取られる。
「行こう、甘露。帰るところなんだろ?」
 いつもより積極的なモミジが意外だった。
「ちょっと!どこ行くの?」
 憤慨するマゼンダを置き去りにして、二人、手をつないで歩く。甘露はモミジに引きずられるように歩いていたが、ふと立ち止まった。
「待って、モミジ。僕、ちょっと学校に用事を思い出したんだ」
「甘露」
 モミジは少し考えてから、ためらいがちに口を開く。 
「マゼンダを許してあげてね。さっきのマゼンダはなんというか・・・・・・様子が変だったね。僕には何のことだか分からなかったけど、嫌なカンジだと思ったよ」
「そうか、分かっていなかったのか。でも勘はいいね。うん、僕は困っていた。助かったよ、モミジ。ところでモミジも、僕の噂を聞いたの?他の学年にまで広まっているってことか」
 甘露は言いながら、心が重くなってくる。魔法学園の伝達力を侮っていた。それに内容のせいもある。皆が心配している、精霊に関する話なのだ。
「甘露、僕が聞いたのは、甘露のせいで精霊がいなくなるって話だよ。ひどいよね。誰かが甘露をイジメているんだろ?」
 甘露のせいで精霊がいなくなるわけではないが、何か関係があるらしいという話ではあるので、甘露は噂を否定しきれなかった。どう説明すればいいのか悩む。
(僕自身、どういうことか分かっていないのだから、上手く説明できないな。それにどんなに説明したって、また違う噂が流れるだけじゃないかしら。解決していないのだもの)
「モミジ。上手く説明できないけど、これだけは信じて。僕は何もしていないんだ。何も悪いことはしていないんだよ」
「うん。信じてる」
 モミジが一途な瞳でうなずくので、甘露は可愛く思って手を握る。
「ありがとう・・・・・・じゃあ、行くね」
 甘露は少し微笑んでみせてから、モミジと別れ、校舎に引き返す。そして正面玄関の横にある事務室へと向かった。休学を申し出るためだった。


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最終更新日 : 2012-07-08 18:22:53


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