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6月27日「ダンス・マカブル」

 そんな日もある。

 ぽつぽつと降り出した雨はみるみるうちに激しくなり、道はたちまち川のようになり、跳ね返る水しぶきのせいでジーンズの裾からどんどん濡れて腰から下の衣類がべったり重く肌に貼り付いた。四人はあぜ道沿いのバス停の、待合用に建てられたらしい小屋に駆け込んだがその時にはもう全身ずぶ濡れだった。Tシャツが体のラインをくっきり見せているので、男の一人が声を張り上げて女たちに「濡れたTシャツコンテストみたいだ」と言ってからかったが、その声も聞こえないくらい雨は激しかった。

 噂通り、生活のすべてが死に絶えた廃村らしく、その待合小屋も長らく放置された様子で、あちこち手入れの必要があるひどい有様だった。トタン屋根を激しく打ち付ける雨音のせいでほとんど会話もできないまま、じりじりと待っていると三十分ほどしていきなりぱたりと雨が止んだ。直前に声を張り上げてどうやって車の所に戻ろうかと、監督役の芹沢が言いかけている途中だったので、雨音がやんだ途端、芹沢が無駄に大声で怒鳴り散らしているようなおかしな状況になって本人も含めて大笑いになった。笑っているそばから雲が切れ始め、西の空に少し傾き始めた午後の太陽が顔を出し、たちまち眩しいくらいに景色が輝き出した。

「おい。回せ回せ」
 芹沢が怒鳴ると、カメラマンの荻田はあわててビニールでぐるぐるにくるんだカメラを取り出した。急に雨が降ってきたのであわててビニールをかき集めて防水していたのだ。
「こんな絵、めったに撮れるもんじゃないぞ」
 芹沢が大声で叫んでいる。激しい雨に打たれたばかりの田んぼも畑も、そこに生える緑の全てが水滴を身にまといその全てが小さな太陽を抱えて光の粒子を爆発させている。
「うわ、これ露出をどうすりゃいいんだ」
 荻田がうめくと
「いいから回せ。こんなのいつまでも続かないから。とにかく回せ」
と芹沢が言い、荻田も頷きカメラを回し始めた。

 その様子を黙って見ていた茉莉亜が「わたしも出る」と叫ぶや、まだ半分川のような状態の道に飛び出し全力で走り出した。「あ、ずるい!」と言って史香が後を追う。ダンサーの二人は全力でただ駆ける姿もさまになる。芹沢が口笛を吹く。茉莉亜の後を追う史香が「どうすんの、こんな乱れ髪で」と笑いながら叫ぶ。カメラの荻田が「いいねえ、濡れたTシャツコンテスト、いいねえ」と三十分前のネタを持ち出すが今度も誰も聞いていない。芹沢は女二人に向かって声を張り上げる。「走れ走れ! 史香追いつけ! 抱き合え! 脱いじゃえ! 愛し合え! どうせ誰もいない村だ、かまうこたない!」

「マジかよ」
 女二人が実際にTシャツを脱ぎ捨ててお互いに抱き合いキスを始めたのを見て荻田が興奮気味に呻くと、芹沢は「寄らなくていい。ロングで撮れ。風景全部写し込め」と言った。女二人はペニスをかたどった道祖神を見つけ、嬌声を上げながらそれに抱きつき、性行為を模したダンスを踊った。無数の小さな太陽が輝き、風景全体が光につつまれる奇跡のような瞬間は、芹沢の言ったとおり間もなく終わった。長くて五分というところだろうか。けれど映画『ダンス・マカブル』にとっては予定外の貴重なダンスシーンが撮れた。

     *     *     *

 車で持ち込んだ酒と食べものでバーベキューを堪能し、とっぷりと暗くなって焚き火を囲んでのひと時も過ぎると、一行はキャンピングカーとテントの二カ所に別れた。編集作業のある芹沢と茉莉亜がキャンピングカーに入り、テント組の荻田と史香はおやすみの挨拶をしたかと思うと早くも誰はばからず動物的な声を上げ始めた。芹沢と茉莉亜が苦笑して目を見交わしていると、キャンピングカーのドアをノックする者がいる。あられもない声を上げている荻田と史香でないことは確かだ。夜も更けていて近くに人家があるとも思えない。

「誰だ」
 芹沢が言うと、女のように甲高い声で返事があった。口調は男っぽい。
「ガイガーカウンターです」
「ガイガーカウンター?」
 はっきり聞こえたにもかかわらず、芹沢と茉莉亜は二人同時に聞き返した。

「はい。夜分恐れ入りますがひとことご忠告申し上げに参りました」
 茉莉亜はこわばった表情で首を横に振り、変な者と関わりになりたくない意思を示した。芹沢は警戒心と好奇心の間で迷いながらしばらく宙を睨んでいた。外のテントからは相変わらず規則正しく肌を打ち付ける音と、史香が短く漏らす声が聞こえて来る。
「注意って何だ? あんたこの近くに住んでいるのか」

「あはははははははははははははははははははは」
 耳のすぐそばで聞こえるような大きな笑い声がして、仰天した茉莉亜が思わず芹沢の腕をつかみ、その両方に驚いて芹沢も大声をあげてしまった。笑い声はまだしばらく続き、それを聞いてさすがに気がついたのだろう、テントの二人も動きを止めた様子だった。
「あははは、あはは、あは、あは、近くに、住んでいるかですって?」

「誰だ!」
 テントから荻田の怒声がした。それには取り合わず外の声は話し続けた。
「どこにも住んでません。だってガイガーカウンターですよ」
 するとテントの入り口のジッパーを乱暴に開けるシャーっという音がして、怒りを含んだ荻田の声がさらにはっきりと聞こえた。「誰だ。そこで何をしている!」

 チリチリプツプツガリガリガリと奇妙な音がして、テントの方からどさっと音がした。音だけだったが芹沢にはなぜか荻田がやられたとわかった。今のは荻田が崩れ落ちた音に違いない。助けねば! 飛び出そうとして芹沢がキャンピングカーのドアに手をかけるとバチッと大きな破裂音がして火花が散るのが見えた。

「熱ッ!」
 芹沢が思わず右手を押さえてしゃがみ込むのと同時に、テントから史香の悲鳴が長々と聞こえた。「いやあああああああああああああああ」。その声はもはや性的なものではなく、恐怖の叫びだった。けれどその叫び声も不意に止み、次の瞬間、テントの布地に液体が激しくぶちまけられるような、ボトボトボトボトという音がしばらく続いた。

 茉莉亜は声もなく震え上がり、右手を押さえしゃがみこむ芹沢にしがみついていた。その時、ぼん、と音がした。見上げると窓ガラスに荻田と史香の顔が押し付けられていた。「荻田! 史香!」と呼びかけようとして芹沢は言葉をのんだ。二人とも顔色が妙に青白く目を閉じていた。頬を強くガラスに押し付けて、しかも妙な具合に揺れて見えた。そのまま顔がずりずりと窓の上方に押し上げられその理由がわかった。首から下がなかった。う、くあ、はっというような喘ぎを漏らして、茉莉亜が隣で吐いた。

「あぶないですよ~」
 明るい爽やかな声が聞こえた。芹沢は何かを言い返さなければと思ったが何も思いつかなかった。何も考えられなかった。
 ガイガーカウンターと名乗る何者かは、相変わらず女のような高い声で、しかしチリチリプツプツという音をまじえながら話し続けた。
「ここはね。あぶないんです」

「あぶないって、何がだ」
 ようやく芹沢は声を出した。
「ぼくたちはね、調べに来たからわかるんです」
「ぼくたちって、誰だ?」
「何を言ってるんです」あくまでもにこやかに、笑みを含んだ声色でそれは言った。「さんざん危険な所に送り込んだじゃないですか」
「そんなこと、おれたちは」
「人が入れないような所ばかり選んでぼくたちを連れて来たじゃないですか」
 かたわらで小さく茉莉亜がつぶやいた。
「ガイガーカウンター……」
「そう。こんなあぶない所には来ちゃいけないんです、あなた方は。だからご忠告申し上げに参りました」

 突然床が傾いて芹沢と茉莉亜はキャンピングカーの中を前方向に滑り落ち、おかげで二人とも茉莉亜の吐瀉物にまみれた。茉莉亜が更に吐き、据えた匂いに芹沢も吐き気を覚えていると、外からざわめきが上がった。小さな歓声も聞こえた。「こちらはいただいていきますね。ご忠告と引き換えです」音の様子から、キャンピングカーのタイヤをはずして転がして持ち去ろうとしているのだと見当がついた。こいつらの望みは何なんだ? タイヤ泥棒か? 芹沢はまだ荻田と史香が死んだとは信じられず、外の何者かに問いかけた。

「何をした? テントの二人に何をした?」
「送り出しました」
「送り出した」かすかな希望をにじませ茉莉亜が言った。「逃がしてくれるの?」
「ご覧いただいた通りです」
 再び荻田と史香の顔が窓に押し付けられた。茉莉亜の喉の詰まる音がした。
「さあそろそろお二人にも出て行っていただきましょう」
 荻田と史香の顔がさらに強く押し付けられ、押しつぶされ始め、同時にガラスがゆがみだし、次の瞬間天井もボディも扉も床もキャンピングカーの何もかもが内側に向かって爆縮するように押しつぶされ芹沢と茉莉亜ごと巨大なスクラップと化した。

(「ガイガーカウンター」ordered by こあ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。


奥付



ダンス・マカブル[SFP0361]


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著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


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