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ここまでのあらすじ!

 俺は葉佩九龍。《宝探し屋》です。
 4月に私立天香學園高等学校に編入しました。
 本当の年は30歳過ぎてるんだけれど、以前の探索のときにひょんなことから若返りの《秘宝》を飲み干しちゃって、外見年齢は若返ったんだ。だから高校生として天香で潜入調査をすることになっちゃった。《宝探し屋》にも若いコはいるんだから、そのコらにやらせればいいのにねェ。何で俺なんだか。
 おっと、話がズレちゃった。
 俺はちょっとした特異体質で、遺跡に眠る《秘宝》の声が聞こえるんだ。実は、早くから潜入してた割に9月も半ばになるまで極普通に高校生活を満喫してたのはそのせいでねェ、『機を伺っていた』と言えば、もう少し聞こえもいいのかもしれないねェ。
 さて、その転換期に俺の息子が日本に帰ってきた。ある種の運命だったのかもしれない。《秘宝》のお導きは何にもまして唐突だ。いつもそう。
 俺にはアンリと彩っていう2人の男の子供がいてねェ、アンリは9歳、彩は8歳。上のコは彼女と俺の実子で、下のコは同期の《宝探し屋》の息子だったけれど、《協会》の要請で里子として引き受けた。
 2人は海外にいたんだ。でも、孤児院(ホーム)のある国で内戦が勃発。2人は焼け出されて日本へやってきた。可哀想にねェ……
 帰ってきた子供たちと俺は、《協会》から与えられた新しい家と、寝床である學園の寮を行き来しながら墓を攻略しなきゃならなくなった。
 そこで大事なのが協力者だ。どんな遺跡を攻略するにしても、協力者は絶対的に必要になる。天香學園という果てもない闇の中で皆守甲太郎と八千穂明日香という大事な2人の《バディ》を見つけていた俺は、そりゃあもう遠慮なく、恥も外聞も捨てて2人に頼ることにした。そうしないと、自分も息子たちも路頭に迷っちゃうもの。
 2人の小さな《宝探し屋》、2人の《ハディ》を連れた俺は、遺跡に呼ばれるまま探索を開始。取手鎌治、椎名リカの2人を《生徒会》から救った。
 何とかここまでは順調だけれど、ここから先はどうなることやら。


閑話休題(十月五日)

 六時限目終了後、教室。
「甲太郎ちゃん」
「何だよ」
 その返事は常に喧嘩腰である。
「怒ってる?」
「怒ってない」
 いつも通り、ゆらゆらとアロマを燻らせながら皆守は答える。
「……ん~、ならいいんだけど」
「何か用か」
「うん」
 手元のクロスワードパズルの雑誌をバサバサと床に向けて振りながら――恐らく、間に挟まった消しゴムのカスを落としているのだろう葉佩はニコニコ笑っている。
「今日の『トワイライトファイル』の特番、見る?」
「……見ない」
「あれ? ああいうの嫌い?」
「くだらない」
「そうかァ。……俺は結構好きなんだけどなァ」
「子供に悪影響がありそうだな」
「そうかなァ。……ほら、こういう商売してるでしょ? 不思議な物って結構あるし、まんざら嘘とも言えないことをやってるときもあるし。悪影響はないと……」
「宇宙人なんてこの世にはいないんだよッ」
「……」
 葉佩は二、三度瞬きして不思議そうに皆守を見た。
「特番の内容、知ってるんだねェ?」
「うるさい。CMで流れてたんだ」
「そうだねェ。そういえば、たくさん流してるもんねェ」
「九チャン、皆守クン、ヒナ先生来たよ~」
「はいはい」
「……ッたく……本当にくだらない……」

     ***

 ホームルームの後、葉佩は保健室にアンリと彩を迎えに行った。
「あ、パパ~!」
 飛びつかん勢いでアンリが葉佩に駆け寄る。その手には、プリクラ帳を持っていた。
「見て見て~!」
 よくよく見ると、黒塚のプリクラが貼ってある。
「おや、至人ちゃんからもらってきたのかい?」
「うんッ! 僕がお昼寝してる間に、彩が至人兄ちゃんのところに石持ってって、そのときにプリクラもらったんだって! 僕たちのプリクラも至人兄ちゃんにあげたって! ね、彩ッ」
「……うん」
 彩は頷く。
「そうかい。よかったねェ。じゃ、帰ろうか。後でお話をたくさん聞かせておくれ。昇降口で明日香ちゃんと甲太郎ちゃん、待ってるからね。……今日は寮に泊まろうね」
「うんッ! みんなでテレビ見るんだね?!」
「そ。鎌治ちゃんと甲太郎ちゃんと、至人ちゃんは……たぶん来ないだろうから、五人でテレビ見ようねェ」
 てくてくと近付いてきた彩と、自分に抱きついていたアンリの頭を撫で、葉佩は黙ってこちらを観察していた瑞麗に頭を下げた。
「ルイちゃん、今日はいろいろとご迷惑をおかけしました。明日もよろしく」
「ま、私は大した迷惑はかけられていないが、心配はしたな。……まァ、子供のすることだ。元気な方がいいだろう」
「ありがとね」
「いや、いいさ。……ところで、腕に原因不明の刺し傷を負った生徒が駆け込んできたのだが……本人はどこでその刺し傷を作ったのか覚えていないらしい。気が付いたら地面とチークダンスを踊っていたという」
「……覚えていない……?」
 葉佩の頬から一瞬微笑が消える。
「そう言ってたんだ?」
「ああ」
「……うん。わかった……じゃ、ルイちゃん、また明日」
 いつも通りの微笑みに戻った葉佩は瑞麗に手を振る。アンリと彩も、手を振った。
「バイバ~イ!」
「……さようなら」
「ああ、気を付けて帰れよ」
 充電が終わったらしい《猫スーツ》は再び光学迷彩が発動している。昇降口で待っていた八千穂は一人で戻った来たらしき葉佩の後ろに小さな影が伸びているのに気が付いた。
「あ、見えなくても一緒だね」
「……影だけあるってのも、また妙なもんだな」
 呟いた皆守はアロマに火を点けてぷかり、と煙を漂わせる。
「お待たせしました。さ、帰ろうッ」
「うんッ。……今日は九チャンのお部屋にみんないるんだよね~。いいな~、あたしも混ざりたい~」
「ダメだよ、明日香ちゃん。年頃の女の子が男だらけのむさくるしい場所に来たら。狼の群れの中に子羊を放すようなものです」
「……嫌な表現するな」
 皆守は歩き出した葉佩を斜に睨んだ。
「八千穂に誰が手を出すもんか」
「ヒ、ヒドッ!」
「……ん~、んふふッ。明日香ちゃん可愛いもん、わかんないよ?」
「一番危ないのが葉佩だったら笑えるがなァ」
「え、九チャン?!」
 八千穂の目が葉佩に向く。
「俺は、彼女がいるからね。絶対にありえない」
 八千穂は「そうだよね~」とどこか寂しそうに、葉佩の後ろから付いてくる猫型の影の尻尾がぴるぴると動いているのを見ながら溜息を吐いた。
「まァ、いつかイイヒトが出来るからね、明日香ちゃんにも」
「だといいなァ……」
「ないだろ。殺人スマッシュ打つような女に」
「み~な~か~み~ク~ン~?!」
 突然八千穂に掴まれた二の腕がミシッと嫌な音を立てたような気がして、皆守は「イテッ!」と咄嗟に悲鳴を上げる。
「折れる!」
「やってみる?」
「やめろ、阿呆ッ!」
「おやおや、お止めよ~?」
「甲太郎兄ちゃんと明日香姉ちゃん、仲良しさんだね~」
「……だね……」
 子供の呟きが聞こえたのか聞こえないのか、皆守と八千穂は睨み合ったまま夕暮れに沈む天香學園を歩いていく。
「離せッ! バカ力女!」
「折ってやる~ッ!」
「お止めって言ってるでしょ。……あ、ああ、明日香ちゃん、本当に折れちゃうよ~……ッ!」

     ***

 不愉快そうな皆守甲太郎を横目で見つつ、葉佩は夕食を食べていた。
「どうしたの?」
「別に」
「鎌治兄ちゃん、甲太郎兄ちゃん怖い~……」
「本当にね、どうしたんだろうね……」
 アンリはカレーのスプーンを咥えたままオロオロと皆守を上目遣いに見ている。彩は彩で、皆守の機嫌などお構いなしに、付け合せのサラダに甘めのドレッシングをかけてムシャムシャ食べていた。
「あ、彩、こぼしてるこぼしてる!」
 気付いた葉佩は布巾を彩に手渡す。それを手に取ったのは皆守。
「仕方ねェなァ……」
 機嫌が悪くても、世話を焼かずにはいられない世話焼き魔人・皆守甲太郎。
「う、う~……」
「口に物を詰め込みすぎだ。彩、お前はどうしてたまにそういうことをするんだ?」
「う~……ううー」
「彩ね、ハーブ類が大好きだから……今日のサラダ、美味しいんだと思うんだよねェ」
 ベビーリーフと一把百円で安売りしていたロケット、マスタードリーフ、バジル等のハーブ類が混ざったサラダが、彩の口に合ったらしい。
「う~……う~……」
「彩、落ち着け。まだサラダはある」
「……うん」
 頷くと同時に飲み込んだ彩は、自分の口の周りを拭ってくれた皆守を見上げている。
「ありがとう……お兄ちゃん」
「いや、いい。……少しは落ち着いて食え」
「うん……」
 と、頷いた彩だったが、やはり口にハーブを詰め込んでいる。取手は彩の様子に苦笑しつつ、皆守を見た。
「でも、皆守君。どうしてそんなに眉間に皺を寄せてるんだい……?」
 取手の問いに、皆守はハッキリした回答をしない。「まァ、そういう日もある」と言葉を濁す。
 葉佩はというと、部屋の時計を見てウキウキとテレビのリモコンを手に取った。
「んふふ~。『トワイライトファイル』が始まるねェ」
 ちょうど前番組のスタッフロールが流れている。アンリはテレビを見つめ、食事の手が止まっていた。これはいつものことだ。
「『飯の最中にテレビを見るな』っていつも言ってるだろ。アンリの飯が片付かないんだよ!」
「えェ~……」
「お前の息子を見てみろ。……彩は彩で、止まってるだろ……」
 彩は口の周りをドレッシングだらけにしながら、最近興味が出てきたテレビゲームのCMになるとピタッと食事の手を止めてテレビを凝視する。そのときの顔といったら、目をキラキラさせて「これほしいこれほしい」と訴えかけているようだ。
「彩君、アンリ君、ご飯食べてからじゃないと、皆守君にテレビ消されちゃうよ?」
 取手の言葉に、アンリと彩はせっせと目の前のココナツカレーを食べ始める。それでも、時折手が止まりそうになるが、ハッと我に返って再び口を動かす。アンリは他のことに気を取られなければキチンとよく噛んで普通に食べ終えるのだが、彩はとにかく食べるのが遅かった。一杯終えてから食べ始める父――葉佩も食べるのはそれほど早くない――と大体同じくらいに食べ終える。彩の場合、晩酌をする父のスピードに合わせているうちにこうなってしまった感があった。
「ご馳走様でした」
 アンリはスプーンを置き、ジッとテレビ画面を食い入るように見つめる。
「ウチュージンだって! ウチュージンて何?」
 皆守の膝をポンポンとアンリは叩く。皆守は心底嫌そうな顔をして、
「……あァ? そんなもんはこの世にいない」
 アンリの頭をわしわしと乱暴に撫でつつ呟いた。
「えェ~ッ!? いないの~……?」
「アンリ、宇宙人っていうのはねェ」
 葉佩の暢気な声。
「宇宙のどこかにいる、俺たち人間みたいな人たちのことだよ。どんな姿形かはわかんないけれど、もしかしたら、こうして話したり、一緒にご飯食べたり出来るんだよ~」
 日本酒のビンを傾けてグラスの中に注ぎつつ、睨む皆守に苦笑を返す。
「すごいねッ! すごいすごいッ!」
「アンリ君は、宇宙人に会ってみたいの?」
「会ってみたい……!」
 取手の問いにコクコクと頷きつつも、アンリはテレビに釘付けになっている。
「……ウチュージン……」
 彩は抱えていたサラダボウルをようやく離し、布巾で口の周りを拭うと、「ご馳走様でした」と手を合わせて頭を下げた。そして、アンリのいるテレビが一番よく見える位置に移動し――そこにはアンリの隣に父がいるのだが、父を押しのけて陣取る。
「はいはい。パパは片付けをしますよ。お邪魔様」
 苦笑した葉佩はグラスの酒を一気に呷り、空いた皿を持って席を立つ。
「鎌治ちゃん、甲太郎ちゃん、二人のこと、ちょっと見ててねェ」
「わかったよ。葉佩君」
「……はいはい」
 炊事場で洗ってこようとトレーに皿を載せ、部屋を出ようとした葉佩を彩の声が呼び止めた。
「父……」
「ん?」
「ウチュージン、いる?」
「いると信じれば、いると思うねェ。……彩がいると信じていれば、いつか会えるよ」
 彩は頷いて再びテレビに視線を戻す。
 そんな親子の様子を見ながら、取手は何気なく皆守に尋ねた。
「皆守君、宇宙人嫌いなのかい?」
 ボソッと呟いた言葉に、アンリと彩が反応する。ジッと自分を見上げてくる子供二人の頭を鷲掴みにして、テレビの方に向けさせた。
「ほら、アダムスキー型の古めかしいUFOが飛んでるぞ」
「うわ、ホントだ!」
「アダムスキー型……」
 再び画面に釘付けの子供二人の背後でベッドに寄りかかると、葉佩が床に寝る予定で出してあった毛布を勝手に拝借して、ぐるりと包まる。
「あ~、あったけ~……」
「話、途中なんだけど……UFOには、詳しいのにね」
「アダムスキー型とかは一般常識だろ」
「そうなんだ。ふ~ん……」
「言いたいことがありそうだな」
「別にないよ。ただ、『子供たちの言うことを頭から否定してしまうのはどうかなァ』と思っただけだよ」
「……」
「宇宙人とか、夢があると思うけれどね」
「そうか? 俺にはわからない。……あ~、眠ィ……」
 アロマパイプを咥え直し、皆守は火を点ける。
「だって、葉佩君にしろ、アンリ君も彩君も、《宝探し屋》だよ。僕らからしてみれば、それこそ夢みたいなものを追いかけてるじゃないか。……そう考えると、宇宙人がいてもおかしくはないし、むしろ、宇宙人がいるのが普通みたいな気がしてくるよね」
「さァな」
 皆守は空き缶を手元に引き寄せると、アロマの灰を落とす。
「俺は知らん」
 パタパタと廊下を歩く音がして、ドアが開いた。
「ただいま。洗ってきたよ~。余ったカレーは、クラスのコにお裾分けしてきました」
 葉佩はニコニコ笑いながら部屋の中を見回して、皆守に視線を留めた。
「甲太郎ちゃん」
「何だよ?」
「毛布がラベンダー臭くなるでしょ」
「臭くない。……いい香りだろ? 言い方間違えるなよ」
「今は平安時代じゃないんだから。香を焚き染める必要はありません」
「遠慮すんな」
 葉佩の「いや、遠慮はしてないんだけれどね……」という小さなツッコミを華麗に無視した皆守はテレビを指差す。
「……ほら、次のコーナーに移ったぞ。……異星人に誘拐(アブダクト)される、か……」
「あぶだくとッて何?」
「異星人に連れ去られちゃうんだって」
 取手が答えると、アンリは不安げに取手を見上げ、その後で父を見た。
「ヤだ~……誘拐されちゃうの……?」
「知らない場所……連れて行かれる……?」
「悪いコは連れてかれちゃうんだよ~。んふふッ」
 笑う父に、アンリと彩はお互いの手をギュッと握り合い、ブルブル震えている。
「だから、普段からイイコにしていないとね? 廃屋街に足を踏み入れたり、パパやバディのみんなに心配をかけたりしなければ、誘拐されたりしないから。んふふふふ……」
「イイコになるッ!」
「父、助けて……」
「はいはい。よしよし……」
 そんな親子三人の様子を眺めていた皆守は溜息混じりに呟いた。
「……宇宙人はなまはげか何かか……?」
「あ~……あの子達にとっては、なまはげの方が怖いかもしれないけれどね」
 苦笑する取手に、皆守は再度溜息を吐いてテレビをボ~ッと眺めていた。


八千穂明日香の追跡~人任せにも程がある

 十月六日。
「……朝ご飯……お腹空いた……」
 朝、六時半。彩は父を揺り起こす。
「父、お腹空いた……」
「ん……ん~……」
 アンリはすやすやと夢の中。葉佩は彩に呼ばれて目を開けた。
「あ、おはよ……彩……ど、したの……?」
「お腹空いた……」
「お腹空いたのかい……? え、と朝ご飯は、と……あ!」
 買っていない。いつもの癖であるものだと思い込んでいた。
「あ~……と……少し我慢出来る?」
 頷く彩。葉佩は私服に身を包むと、彩に言った。
「ゲームして待っててね。すぐに、パパ戻ります」
「うん……どこに行く?」
「近所のコンビニ。……チーズケーキ、あったら買ってくるね」
「待ってる。……彩、メロンパン」
「ん。わかった」
 彩の頭を撫でた葉佩は珍しくドアから出た。子供の前で一度窓から飛び降りたが、その後で皆守にこっぴどく叱られたのを教訓にしている。
「……ゲームする……」
 彩はテレビをつけ、本体を起動させた。

     ***

「……んだよ……朝っぱらから……」
 隣室からやたらとハイテンションな歌が聞こえてくる。葉佩の部屋は角部屋。隣には皆守。葉佩の部屋の騒音で迷惑を被るのは皆守一人である。
「うるせェ……ッ!」
 寝起きでいつも以上にぼさぼさの頭のまま、葉佩の部屋のドアノブを回した。開いている。
「……」
 まず見えたのは、テレビの前でゲームのコントローラを握り、BGMに合わせて鼻歌を歌っている彩。そして、大音量のゲームミュージックの中、平然と眠っているアンリ。葉佩の姿はない。
「……彩」
 聞こえていない。
「彩」
 今一度呼ぶと、顔を皆守に向けた。
「……あ、お兄ちゃん……おはよう」
「うるさい。少しボリュームを下げろ」
「……うん……」
 彩は素直にボリュームを下げる。皆守はそんな彩に訊いた。
「親父はどうした?」
「父、お買い物」
「……この時間にか?」
「朝ご飯」
「……そういや……買ってなかった気がするな……それでいないのか」
「うん。お留守番したら、チーズケーキ」
「ホントに好きだな、お前……」
 そうこうしている間に、部屋のドアが開いた。
「ただいま~。……おや甲太郎ちゃん、今日は早――」
 皆守は振り向くと、ギラリと葉佩を睨んで胸倉を掴む。
「イタッ! イタイイタイッ! どうしたの? いきなり……ッ」
「こちとら一日十時間は寝たいんだよッ! それなのに、お前の息子のせいで叩き起こされたんだ!」
「え、えェ~……彩は何もしてない――」
「ゲームの音に起こされたんだよ!」
 葉佩は前に立ちふさがる皆守の影から彩の方を覗き込む。言われてみれば、恐ろしくハイテンションな音楽が流れていた。これは目覚ましになる。
「この歌、彩は大好きで……ひはひほ~……ほっぺひっぱははひへ~」
 皆守に頬を両方に引っ張られた葉佩は手に持っていたコンビニの袋を皆守に見せた。
「ほへ、はへ~はんはっへひははは」
「何だよ、言いたいことはハッキリ言えよ」
 ようやく皆守の手が頬から離れ、葉佩は両手で頬を撫でつつ言う。
「甲太郎ちゃんにも、カレーパン買ってきたから。マンゴーラッシーもあったから、それもつけといたよ~」
「……チャラにしてやる」
「うんッ。ありがとね」
 葉佩は部屋に上がると、ちょうどゲームを終了させた彩に向かってニッコリ微笑む。
「ただいま、彩」
「おかえりなさい……」
 葉佩はギュッと彩を抱きしめると、コンビニ袋の中から牛乳と菓子パン、チーズケーキを取り出した。
 アンリは部屋の中に食べ物の匂いが漂い始めたのを感知したのか、チーズケーキに反応したのか、パチッと目を覚ましてベッドから起き上がるなり、テーブルの上のクリームパンと、アンリ用と思しきチョコレートムースに釘付けになった。
「いただきま~す!」
「『おはよう』が先だ!」
 朝一番から皆守のツッコミが炸裂し、六日は幕を開けた。 

     ***

「ウチュージンとかイセージンとか、ルイ先生はいると思う?」
「……似たような戯言をほざく奴になら心当たりはあるが……」
「ウチュージンと友達なの?!」
「頭の中は異星人並みに理解し難いが、奴は間違いなく地球人だ」
「そうなんだ~……」
「異星人に会いたいのか?」
「うんッ! 会ってみたい!」
「……彩もか?」
「彩も……」
「そうか。……君たちが葉佩のような仕事に就くのなら、人類の《秘宝》に近付くのなら、そのうちに会えるかもしれんな」
「会いたいなァ……」
「会える……」

     ***

 子供たちが瑞麗相手にそんな話をしている頃、教室でも年頃の男子生徒二人が、年頃らしい話をしていた。葉佩は苦笑して頬を掻き、皆守は呆れ果てた目で彼らを見つめている。
「……情けなくなってくるな。なァにが金髪美女なんだか……。宇宙人だの異星人だの、いたとしたって、みんな蛸みたいな姿に決まってるんだ」
「まァ、そう言いなさんなよ。彼らもね、そういう歳なんです」
「……奴らと同い年の俺はどうなるんだ……」
「甲太郎ちゃんは、何だかちょっと違うよねェ……興味ないの? あるの? ん~……わかんないねェ……?」
 首を傾げる葉佩に、皆守は溜息混じりに言う。
「俺は、お前に俺たちくらいの歳があったのかどうなのかを知りたいところだ」
 心底傷ついたような顔をして、葉佩は「えェ……ッ」と悲しそうな声を出した。
「酷い……俺にだって若かりし頃があったのに……。あれは、そう……彼女のために――」
「そういや、八千穂がいないな」
 葉佩の話を聞く気がない皆守は、容赦なく遮って話の腰を折り、葉佩に文句を言わせる隙も与えず教室を見回しながら言葉を続けた。
「あいつは俺に『遅刻をするな』『授業に出ろ』とか言うくせに、自分は遅刻かよ」
「甲太郎ちゃんとは頻度が違うでしょ」
 手の甲で皆守にツッコミを入れる葉佩。そんな二人に声をかけた女子生徒。
「古人曰く……『人の姿は気味が悪くて好感が持てないが、慣れれば大丈夫だろう』」
「月魅ちゃん。おはよう~」
「七瀬ッ」
 小さく「あァ、また長い話が始まるぞ……」と呟いた皆守の声に、葉佩は小さく笑って七瀬の話に耳を傾けることにした。

     ***

 子供たちは手を繋いで校舎の中を探索していた。
 休み時間中は周りを見ても生徒生徒だが、授業時間中は数えるほどしか廊下に生徒はいない。その中の一人に二人は出会っていた。
「そんなものを着て……暑くはないの?」
 艶やかな黒髪が踝まであるような女子生徒の目が二人を見つめている。
「……葉佩さんと同じ気配。……人の目からは見えない仕組みになっているのかしら……」
「……」
「……」
 アンリと彩は自分たちを見つめる女子生徒を見上げる。
「私は白岐幽花。はじめまして……。これから……温室に来る……?」
 子供たちは顔を見合わせた。

     ***

「あ、明日香姉ちゃん、走ってる!」
「……遅刻……」
「珍しいわね……八千穂さんがこんな時間に登校なんて……」
 アンリと彩は、猫スーツを脱いで、白岐の手伝いをしていた。
「このお花、こっちでいいの?」
「ええ。そこに置いておいてね」
 てきぱきと動くアンリに比べ、彩は見たことのない植物が繁栄しているのが物珍しいのか、興味深そうに観察していて仕事にならない。
「……綺麗……」
「温室は暖かいから……ブーゲンビリア、綺麗でしょう……?」
「……ほしい」
「葉佩さんに頼んで買ってもらうといいわ」
「うん。……ブーゲンビリア……覚えた……」
「でも、これからの季節、ブーゲンビリアは難しいかもしれないわ……」
「難しい……?」
「寒いのが苦手なのよ……」
 彩は納得したのだろう頷いて、ようやく鉢を所定の位置に置き、その傍に植えられていた一メートルほどの高さのアカンサスを見つめる。
「大きい……」
「……葉佩さん以上に好奇心が強いのね……」
 小さな微笑を浮かべて彩の様子を眺めていた白岐にアンリは言う。
「パパのこと、知ってるんだね~」
 白岐は頷いた。
「同じクラスだもの」
「そうなんだッ! 幽花姉ちゃんとパパ、同じクラスだったんだ!」
「ええ」
「パパ、カッコイイでしょ?!」
「……どうかしら……」
 アンリの言葉に首を傾げる白岐。
「眠らない羊……決して眠ろうとはしない人……羊の群れの中でただ一人、たった一つのことだけを見つめる人」
「?」
「眠りを妨げる人……呪われた學園に来た人……」
「お姉ちゃん……?」
 彩とアンリは白岐を見つめた。白岐は首を横に振ると腰を屈めてアンリと彩に視線を合わせる。
「……毎日、あなたたちは學園にいるの?」
「うんッ! パパと一緒に来るの! 保健室で遊んだり、学校の中探索したりする!」
「……そう……」
「毎日、楽しい! パパと一緒だし、ルイ先生も、甲太郎兄ちゃんも明日香姉ちゃんも、鎌治兄ちゃん、リカ姉ちゃん、至人兄ちゃんもいるから!」
「……」
「明日からは幽花姉ちゃんもいるもん」
 白岐は困ったような微笑を浮かべて二人の子供を見つめた。
「……そういえば……」
「?」
「あなたたちの名前を、私は知らない……」
 アンリは「そだね~」と頷き、ニッコリ笑った。
「僕、アンリ!」
 彩は俯いて、上目遣いに白岐を見上げる。
「……彩」
「アンリさんに、彩さんね……」
 小さく頷いた白岐は呟くほどの声で訊いた。
「あなたたちは、呪いが恐ろしくはないの……?」
「怖くないよ! パパがいるから!」
「父、強い……」
「……そう」
 白岐は頷くと僅かの間瞑目した。

     ***

「七瀬にバレてんじゃないか? お前の正体……」
「ん~? 別にいいよ~」
 葉佩の頭の中は、すでに宇宙人からまったく関係ない方に進んでいるらしい。バレようが何しようがまるで関係ないと言いたげに鼻歌を歌っている。
「……スフォルツァンドからデクレッシェンドを経由してピアニシモ……」
 机の上を右手の指が動いていく。鍵盤があったらどれだけの音を叩き出すのか皆守は知っている。葉佩の頭の中には何かのピアノ曲が流れているらしい。
「葉佩」
「はいはい? ……ピアノからクレッシェンドを経由して、また、フォルテ……うんうん、この流れだ……。聴こえる聴こえる覚えてる」
「葉佩」
「ん~?」
「お前の頭の中がピアノで溢れてるのは知ってるが、それと同じくらい《宝探し屋》としてのことも頭を占めてるんだろ?」
「そうだねェ」
「変なことを訊くが……何のために《宝探し屋》なんてしてるんだ? お前の腕があれば、ピアニストにだってなれるはずだろ」
「んふふ。……ホント、変なこと訊くねェ? 俺が《宝探し屋》する理由は――」
 訊いた皆守だったが、「あ……」とアロマパイプを咥えた口の端を捻じ曲げた。
「いや、やっぱりいい。お前の答えは知ってるつもりだ」
「何それ。訊いといてそれはないでしょ」
 葉佩は苦笑する。
「じゃ、答え合わせ、してみる?」
「答えは――」
 ダダダダダダダダッ!
 廊下を疾走する足音。その後に続くのは八千穂の声。
「ち~こ~く~し~たァァァァァァァァ――ッ!」
 皆守は盛大な溜息を吐き、葉佩は「素晴らしい肺活量だねェ」と変な感心の仕方をする。
 ガラッ!
 開いたのは、皆守の席の真横のドア。足を机の上に投げ出していた皆守と八千穂の視線が空中衝突したときにはもう遅かった。
「ゥわきゃァァァッ!」
「んなッ?!」
「あァ――ッ! 明日香ちゃん! 甲太郎ちゃん!」
 ガタドガッ!
 三人の声と皆守が椅子から驚異的な速さで退き、八千穂が一人皆守の椅子に蹴躓いて派手にすッ転んだ音が3‐Cの教室内に響き渡る。
「ちょ……ちょっと……明日香ちゃん……大丈夫……?」
 手を差し出した葉佩に皆守は呆れ果てた調子でこう言った。
「阿呆か。机やら椅子がぶっ壊れたとしても、八千穂が怪我するはずないだろ」
「ひ……ヒッド~ッ!」
 差し出された葉佩の手を握り、「九チャン、優しいッ」とニッコリ笑ってから八千穂は皆守に向き直った。
「ちょっと、皆守クン! 酷いよ、その言い草ッ!」
「事実だろ」
 葉佩は首を傾げ、八千穂の首筋辺りに顔を近付ける。
「……おい、オッサン、何してんだ」
「『オッサン』なんて酷い。まだ三十代ですよ……いやね、明日香ちゃんの首のここのところに、赤い何かが……」
「あ、それね、虫刺されだと思うんだ~。昨日までなかったもん」
 八千穂が語る昨晩の出来事に、皆守の顔色が悪くなって保健室に逃げ込んだのはそれからすぐのことである。

     ***

「……ああ、葉佩か」
「こんにちは」
 今日はベッドが随分埋まっている日らしい。あからさまに子供のことを訊くわけにもいかず、
「……『いる』?」
 それだけ訊いた。
「ああ……腹を減らしたお前の友人なら『いる』」
「んふふッ。そっちにも用があるんだよ。ちょっと失礼します」
 葉佩は皆守がいつもゴロゴロしているベッドに近付くと、
「カレーパン、持って来たよ~。でも、ここではあげません」
「……何で?」
 葉佩はH.A.N.Tを取り出して、ピッピッと何かをいじると、そこに現れたマーカーを見て「うん」と頷いた。
「何だか、屋上にいるみたいだね。上行こうよ」
「……わかったよ」
 渋々起きた皆守を連れて瑞麗の方へと戻ると、葉佩はいつも置かせてもらっている子供と自分の昼のお弁当を持って屋上へと向かった。
「明日香ちゃんも呼ばなきゃ」
 階段を上がりながら、メールを打ち、子供らがいると思しき屋上のドアを開けた。
 突き抜けるような青空。秋晴れの空の下、風が心地よい。視界が一瞬白く焼きつくような感覚がたまらない。それすらも、快である。
「……誰もいない? かな?」
「いねェな」
「うん。……彩、アンリ~! ご飯だよ~!」
 呼びかける。
 どこからか、聞きなれた声が近付き、影がコンクリートに落ちている。
「パパ~!」
「父……」
 尻尾が揺れ、手を振っているのか影が動く。
「お待たせしました~! お昼にしようね~。……ほら、甲太郎ちゃんも、パンばっかりじゃなくて、俺のお弁当分けてあげるからバランスよく食べようね」
「……俺まで子供扱いすんな」
 膨れる皆守。バンッ! と屋上のドアが開き、八千穂が顔を出した。
「取手クンと椎名サンゲットしてきた~! みんなでお昼食べよ~!」

     ***

 男子寮――夕方。
「明日香姉ちゃん、誰かに見られてるの?」
「そうみたいだねェ。どうも異星人かもしれないんだよ。心配だねェ。女子寮を覗くなんて……。誘拐なんてされたら……」
「……おい」
「そんなわけで、パパは明日香ちゃんに言われたとおり、夜に見回りをしなきゃならなくなっちゃって」
「……彩も行く」
「僕も僕も~! ウチュージン! イセージン!」
「おいッ」
 イライラと頭を掻く皆守の声に、親子三人が顔を上げた。
 早めの夕食を食べ終え、葉佩はペリエを飲みながら、彩とアンリはマミーズで買ったチーズケーキとチョコレートケーキを食べながら皆守を見る。
「お前ら、夜中に出歩くな。それに、女子寮を好き好んで覗く異星人がいるかッつ~の!」
「わからないよ~?」
 葉佩の目が僅かに細くなる。
「異星人は常に我々人類を誘拐しようと監視しているんだからね……」
 そう言って低く、喉の奥で笑う。皆守の頬がヒクリと引きつった。
「……お前な」
「だってェ」
 普通の調子に声を戻した葉佩は、頬杖をついて皆守を見る。
「明日香ちゃんに逆らえると思う? ……甲太郎ちゃんを見てると、絶対に逆らえないという気がするんだよね。いつだって言い負けてるし」
「お、お前、『超八千穂理論』に敵うと思ってんのか?!」
「勝てないから、こうしてご飯食べて、いつでも出撃出来るように準備を整えてるんだよ? んふふ~」
 H.A.N.Tが鳴った。
「明日香ちゃんからメールだ。『アイアイマム、葉佩九龍、ただいま作戦行動に移ります』と。これでオッケー」
「……はァ……」
「溜息吐いてないで、行くよ、甲太郎ちゃん」
 笑って、がっくりと肩を落としてテーブルに突っ伏す皆守の肩をポンポンと叩く。立ち上がった葉佩は、腕を組むと子供二人を見下ろして言った。
「彩上等兵、アンリ上等兵、これより作戦行動に移る」
「サー! イエッサー!」
 口の周りをクリームだらけにしたままの子供二人は立ち上がるなり葉佩に敬礼し、ティッシュで口の周りを拭ってから猫スーツを着込むと、各々のリュックを背負う。恐らく、パンパンに膨れているところを見ると、彼らの弾丸――お菓子とジュースが入っているに違いない。
「……元気だなァ、おい……ここはいつから軍隊になったんだ……」
 皆守は、もう一つだけ大きな溜息を追加した。

     ***

「寒い」
「だねェ」
「老体には堪えるだろ」
「老体じゃないもの。……葉佩九龍、十八歳で――」
 ズガンッ!  ……ぼてん……
「蹴るぞ?」
「……蹴ってます……!」
 上段蹴りを食らって二メートルほど吹っ飛んだ父の姿に、アンリは毎度のことながら涙目になって「パパ~!」と駆け寄るが、彩はすでに見慣れた光景にサラリとそれを流して女子寮を指差した。
「……いる……」
 女子寮の隅をこそこそと移動する何かの影を視認したとほぼ同時に、皆守の携帯と葉佩のH.A.N.Tが鳴る。メールの中身を確認し、二人は揃って溜息を吐いた。
「……八千穂め」
「行ってみよっか」
「後々うるさいからなァ……。行くぞ、アンリ、彩」
「は~い!」
「……はい」
 右側からぐるりと回る。
「……声がするねェ……」
 女子寮の窓が少しだけ開いている。
 立ち止まった葉佩は、そこから中を覗き込んだ。
「……お風呂場だ。女の子いっぱい。女子寮だものねェ、当たり前か」
「ぶ……ッ!」
 アロマパイプを噴き出しそうになりつつ、皆守は葉佩の肩を掴んで自分の方に向けさせた。
「お前が覗いてどうするよ? えェ?」
「だって、見えちゃったんだもん。いや、でも、うちの奥さんの方が全然綺麗だし、俺にはロリコンの気はないし――」

「問題はそこじゃない」
  アンリと彩は、笑い出したいのをこらえるように、肉球付きの手で口元を押さえている。が、皆守と葉佩には見えていない。
 そこに。
「……いよォ。カレーレンジャーと葉佩ではないか」
 低く抑えた聞き慣れた声。現れたのは境玄道だった。
「こんばんは。境さん」
 葉佩は口元に微笑を浮かべる。
「ここで何を?」
「お前らと同じじゃよ」
 鼻の下を伸ばして笑っている。少々下品な笑い方だ。
「……一括りで俺までまとめんじゃねェよ……」
 皆守のツッコミに、境は「静かにせんか!」と小声で言う。
「見つかるじゃろが! ……煙草の火は消しとけよ?」
「これはアロマだ。クソエロジジイ」
「口の減らないガキじゃの~。まァ、いいわい。儂は別の覗きスポットに行く。……ではの」
 足取り軽く去っていく境を見送り、皆守は溜息を吐いて葉佩の背を押した。
「先に進もうぜ。……とっとと終わらせようや」

     ***

「ハロ~」
 脇道で後ろから声をかけられた葉佩と皆守は、胡乱としか言いようがない派手な服装の男を見つめていた。ピンク色のシャツが、やけにテカテカと闇に光って見える。
 ついつい、と背後から、恐らくアンリと彩が制服の裾を引いている。目の前の怪しい男に恐怖を感じているのか、それとも――好奇心を持って向かっているのか。
「ハロ~」
 葉佩は何とも暢気にそう返す。鴉室は面白いものを見るように片眉を跳ね上げて笑った。
「最近の高校生は随分とフレンドリィなんだな」
「こいつだけだ」
 皆守のツッコミ。
「で、オッサン、こんなところで何してんだ?」
「オッサン?! 俺はまだ二十八歳だ!」
 葉佩がその場にへなへなと膝から崩れ落ちる。
「……俺の方が、上かい……?」
「何だその反応は!」
 葉佩の呟きは聞こえていない。そして、当然のことながら、葉佩の肩にぽすッと置かれた肉球付きの二本の手にも気付いていない。
「こいつのことは気にすんな。……それよりも、そんなことで威張るなよ。俺たちから見れば、充分オッサンなんだからな」
 地団太を踏みそうな勢いで鴉室は眉間に皺を寄せ、フルフルと肩を震わせた。
「これだから、ガキの相手は嫌なんだよ……!」
 大人気なく吐き捨てたが、気を取り直して顔を上げた。
「あ、自己紹介してなかったな。……俺は鴉室洋介。私立探偵だ。この學園のことをいろいろと調査してるわけ。オーケイ?」
「探偵なら、初めからそう言えよ」
 呟いた皆守に「そういう問題じゃないと思うよ~?」と地獄の底から響いてきそうな声で葉佩は呟く。鴉室はそれが聞こえているのかいないのかわからないが、完全に無視した状態で皆守を見た。
「ときに。……君たちはこの學園の生徒かい?」
 パンッとズボンの埃を払い、葉佩は立ち上がるといい笑顔で答える。
「若くて、健全な天香學園生です」
 『若くて』の部分を無駄に強調しつつ、葉佩は微笑む。皆守は溜息を吐いて、腕を組んだ。
「訊きたいことがあるんだけどよ――」
 切り出した鴉室を遮ったのは皆守。
「その前に、オッサン」
「オッサン言うな!」
「……ここは完全な全寮制で、外部から入ることは出来なくなっている。何で探偵がこんなところにいるのか説明してもらおうか?」
 口調はおっとりしているが明らかに詰問している皆守に対して、鴉室はとうとうと探偵としての自分の使命について語り――その後半部分は根も葉もないものだったが、光学迷彩に身を包む子供たちは大興奮でギュウギュウと父と皆守の制服を引っ張って鴉室の話に耳を傾けている。
「……葉佩」
 気持ちよく語っている鴉室を見ながら、皆守は隣に立つ三十代の高校生に訊いた。
「子供の手前、見ず知らずの人間を蹴ってもいいもんかと我慢してたが……蹴ってもいいか?」
「好きにおしよ。……アンリと彩は、すでに特撮ヒーローだと思い込んでいる可能性はあるけれどね……」
「じゃ、お言葉に甘えて。……フン……ッ!」
 目にも留まらぬ速さで、皆守の上段蹴りが鴉室の延髄にクリーンヒットする。倒れ伏し、一瞬動かなかったが、次の瞬間には何事もなかったかのように立ち上がって皆守に食ってかかった。
「イッテ~なァッ! 目上の人間に敬意を払え!」
「不法侵入者に払えるか! 阿呆が! ……このまま警察に突き出すぞ……?」
 至極真面目な皆守の目に、鴉室は「はいはい」と立ち上がると、自分がこの學園にやってきた経緯を二人――と見えない二人に語って聞かせた。

     ***

「わけのわからんオッサンだった……」
「俺のが年上なんて……年上なんて……」
「いい加減現実を見ろよ。いかに自分が若作りかわかっただろうが」
「酷い……酷いよォ……若返っちゃっただけなのに……若作りじゃないし……」
 鴉室が落とした《墓守小屋の鍵》をチャラチャラと弄びながら、皆守は「あ」とポケットの中を漁った。
「そういや、コーヒー買ってあったんだった。お前の分もあるぞ」
 皆守はまずコーヒーを一本ポケットから取り出した。側にいる見えない二つの気配も、父たちが休憩するらしいと見て、ゴソゴソとリュックの中からガソリンを取り出しているらしい。二人とも、PETボトルのミルクティーだ。
 コーヒーと聞いた葉佩の眉間に皺が寄った。
「飲めないよ?」
 苦いものが嫌いな友人に対し、皆守はニヤリと笑う。
「知ってる。半年も付き合ってりゃわかるっての。……お前には、ほらよ」
 パシッと手渡されたものを見て、葉佩の眉間に違う意味の皺が寄った。
「……何これ」
「自販機で売ってた珍しいものを買ってみた」
 缶には『黒胡麻ミルク』と書かれている。
「……これは……すごいね……字面からしてインパクトがあるよ」
「そうだろう。喜ぶと思ったぜ」
 嫌がらせといえばいいのか、子供の悪戯といえばいいのか。とにかく、「してやったり!」という顔をしている皆守を見た葉佩は、眉を八の字にして溜息を吐く。
「……ありがとねェ~」
「どういたしまして」
 プルタブに指を掛け、引こうとしたとき、ガサッ……と何かの音がした。葉佩は子供のいる方に手を伸ばし、二つの手が自分の手を握った感触を確認して、そのまま自分の後ろに回るように引っ張る。
「……何だ?」
「……さァねェ?」
 続いて、奇妙な低い振動音が辺りを包んでいく。アンリと彩が自分にしがみつくのがわかった葉佩は、浮かべていた笑みを消した。
「何だ?! この音はッ!」
「……煙も出てきたみたいだよ~?」
「ゲホッ! ゲホッゲホッ!」
「コホッ! コンコンッ!」
「ゴホッ!」
 小さな咳も聞こえた。葉佩は子供たちに言う。
「手を口と鼻に当てて、出来るだけ煙を吸い込まないように息をしなさい」
「う、うん……」
「……うん」
 頷いた子供たちの形に煙が避けていく。子供の無事を確認した皆守だったが、不意に射した光に目を向けてそのまま固まった。
「葉佩、あれを……!」
「お、おォ~? 何かいるねェ?」
「ウチュージン……!」
「イセージン……」
 宇宙人だか異星人らしきもののシルエットは、切れ切れ棒読みのセリフをこちらに語りかけてくる。体を乗り出しそうなアンリと彩を押し留めつつ、葉佩は驚愕に目を見開く皆守を見た。
「甲太郎ちゃん?」

 いつも覇気のない皆守の目が爛々と輝いている。
「葉佩……この世に異星人は本当にいたんだ……七瀬の言ってたことは、間違いじゃなかった……」
「……甲太郎ちゃん……?」
「俺たちは、歴史的瞬間に立ち会っているんだ!」
「こ……甲太郎ちゃん……」
 葉佩の視線が生温かくなって、口元に半笑いが浮かんでいることにも気付かない皆守は、大興奮の体で光の中に立つ影を見つめている。葉佩としては子供のようにはしゃぐ皆守を見たのは初めてで、「アンリと彩と変わらないねェ……」と、こんなときばかりどこか大人の視線で微笑ましく皆守を眺めている。
『繰リ返ス。ワレワレヲ探シテハナラナイ……ワレワレヲ――』
 バツンッ!
 酷く機械的な音がした。響いていた低い音も消える。
「キャ~ッ! 停電ッ?!」
「そんなに電気使ってないと思うんだけど……」
「誰かブレーカー見てきてよ~!」
 蜂の巣をつついたような騒ぎの女子寮と壁一枚隔てた脇道の葉佩、皆守一行の温度差は凄まじい。
「……」
「……」
「……」
「……」
 目が慣れてきた四人の前に現れたのは、やたらと顔の大きな男子生徒だった。男子生徒は言う。
「ワレワレヲ――」
「……ッ!」
 皆守の手が口を開けていない中身入りの缶コーヒーを思い切りぶん投げる。ゴッ! という鈍い音と同時に、
「おぐォッ!」
 と野太い悲鳴が聞こえた。
「……か、顔の大きな……人がいる……お面? お面?」
「……お化粧……して……」
 違う意味で怯えている子供を「よしよし」と宥めながら、葉佩は肩で息をしながら男子生徒を睨んでいる皆守の横顔を見る。
「か、顔に缶が……!」
「やかましいッ! 驚かせやがってッ! ――」
 照れ隠しなのか、普段あまり聞けないほどの大声で派手に言い争いをし始めた皆守に苦笑し、葉佩は足元にコロコロと戻ってきた缶コーヒーを拾い上げた。
「甲太郎ちゃんたら、異星人とか好きなんじゃない。んふふ~」
 と呟いて、皆守のポケットにコーヒー缶を戻す。そうしている間も、言い争いは続いている。顔の大きな化粧をしている男子生徒――朱堂茂美と接近遭遇した皆守の怒りと苛立ちは凄まじいらしい。
「……甲太郎兄ちゃん、怖いよね……?」
「……怖い……」
 アンリと彩がそう声に出して呟くほど、皆守のイライラは加速しているらしかった。
「じゃあ、お前が女子寮を!」
「そうよ。何故ならアタシはビューティーハンターだから!」
 一瞬間が開いた。
「……はい?」
 朱堂は構わず叫び続ける。
「さァ、アナタたちもアタシを呼びなさい! ビューティーハンターとッ!」
「ビューティーハンター茂美ちゃ~ん」
 葉佩は拍手と共に朱堂を呼ぶ。何とも心のこもっていない間延びしたものだったが、それでもよかったのか、朱堂は口元に手を当てて派手に仰け反りつつ高笑いする。
「転校早々、演劇部のトップスタァになるだけのことはあるわねェッ! 素敵なコ・エ! そして、何と言ってもイ・イ・オ・ト・コ!」
「……んふふふふ。光栄です」
 その口元がどことなく引きつって見えたのは、光の加減か思い込みか、はたまた本当に引きつっていたのか。皆守は「あ~……ッ!」と苛立たしげな唸り声を上げ、朱堂を睨んだ。
「とにかく、だ! とっとと俺たちと一緒に来てもらおうか。どうして女生徒を付けまわすのか、その理由を聞かせてもらう」
「アナタたちにアタシが捕まえられて?」
 そのとき、葉佩の制服の袖を彩が引いた。傍観していた葉佩が周囲の様子に神経を配ると、どうやら女子寮の中から不穏な会話が聞こえてきている。
「外から男の声がする……」
「例の痴漢じゃないの?」
「何か、武器になるものないかな……」
「私、木刀!」
「弓!」
「金属バット!」
 漂う何かの気配に朱堂は「オホホホホ」と笑うと、
「それじゃ、アタシはこの辺で」
「おう、またな――って、そうはいくか阿呆!」
「オ~ホホホホホホホ! アタシに追いつけて? ……シゲミ、ダァァァァッシュッ!」

     ***

「……と、まァ、こんな経緯で……」
 こっそりと尋ねてきた八千穂を部屋に入れ、葉佩はマグカップの中に沈んでいるカモミールティーのティーバッグを取り出しつつ報告する。
「甲太郎ちゃんが追っかけてってくれてるけど……」
「すっごいすっごい早かったんだよ! かけっこ早いんだよ!」
「……でも……お化粧……してた……」
 彩の常識の中に男が化粧をする――というよりも、オカマというジャンルが存在していなかったらしく、かなりの衝撃であったらしい。
「朱堂か~……ん~……B組だよね~……」
 八千穂は出されたオレンジジュースを飲みながら首を傾げる。
「地顔だったんだねェ……何度も見かけてたけど、インパクトある顔だよね。うん。いつ見ても」
 葉佩と八千穂は揃って溜息を吐き、すべて世はこともなし、という顔をしている子供二人を見た。
「……潜る気、満々だね」
「実際、これから潜ることになると思うんだよね」
「へ?」
 H.A.N.Tが告げる。
『メールを着信しました』
「ほら来た」
『受信者:葉佩九龍
送信者:皆守甲太郎』
-----------------------------------
今、墓地にいる。――』
「ね? ……《執行委員》だよ」
 カップの中のカモミールティーを飲み干すと、葉佩は腰を上げた。
「さて、行きますか。早く行かないと、甲太郎ちゃんが怒るよね? んふふふッ」

     ***

「あ」
 その申し出は唐突だった。
「パパ、マミーズの唐揚げ食べたい」
 というわけで、マミーズ。
「いらっしゃいませェ~!」
 舞草奈々子の元気な声が響き渡る。
「こんばんは。……テイクアウトで唐揚げちょうだい」
「はい、わかりましたァ」
 注文を通し、奈々子は葉佩を見た。
「あ、葉佩くん、特撮物とかお好きですかァ?」
「はい? 何突然」
「あ、ごめんなさい。えっと、今度ウチがスポンサーでやる特撮物のポスターなんですけれど――」
「もらう」
「え? お好きなんですか?」
「毎週見てる」
「最近の特撮、凝ってますもんね~。葉佩くんが特撮好きでよかったです~。是非是非、周りの人にも視るように勧めて下さいね~。このポスター、差し上げますゥ~」
「はいはい」
 レジ付近でそんな話をしていた葉佩と舞草の前に、会計を済ませたい男子生徒がやってきた。てきぱきと仕事をこなす舞草の前に立って財布を開いているのは、誰あろう黒塚至人である。食事時でもあの石を抱いているのは大したものだと、変なところで感心する。
 店を出ようとした黒塚が、ポスター片手の葉佩を見た。
「おや? 葉佩君」
「あ、至人ちゃん。こんばんは」
「ふふふふ。こんばんは。……どう? 今日もいろいろと聞こえてるかい? 石たちの声が」
「聞こえてるよ。もちろん」
「素晴らしい。素晴らしいよ! ……石は僕らの友達さ! そして、僕らも友達さ! ……これ、あげる。ふふふふふふふ」
 二つに折りたたまれたメモ。広げると、黒塚のアドレスとプリクラが挟まっていた。
「ありがとねェ」
「どういたしまして。『彼ら』にはあげたけれど、君にはまだたったからね」
「んふふ。そうでした」
「これから、よろしく。ラララ~、石は何でも知っている~」
 上機嫌の黒塚が店を出るのと同時に、テイクアウトの唐揚げが葉佩の手元に届いた――という経緯があった。
「熱いから、フーフーして食べるんだよ?」
「うんッ」
「……うん」
 つけてもらったフォークを持って、なぜか墓地でピクニックしているアンリと彩――と八千穂。
「……遅ェと思ったら……マミーズで唐揚げ買ってやがったのか……」
「仕方ないじゃない。ポスターもらっちゃったから、それを至人ちゃんにお願いしたりしたし……それに、唐揚はアンリがどうしても食べたいって言うんだもん」
 皆守の目が釣り上がっている。
「待たされたこっちの身にもなりやがれ!」
「いひゃいいひゃい、ほっぺは、ひっはははひへ」
 またもや、両の頬を左右に思い切り抓られる葉佩。
「風邪ひいたら、お前のせいだ!」
 手が離れる。葉佩は頬を撫でながら苦笑した。
「ごめんよ~。……土曜日、カレーおごるからねェ。西口のカレー屋さんに行こうねェ~」
「……ッたく……クシュン!」
 一つくしゃみをした皆守に、アンリは言った。
「甲太郎兄ちゃんも、着ぐるみ着たら寒くないよ?」
「……着る?」
 皆守は子供に向かって怒鳴るわけにも行かず、くるり、と父親の方を向いた。
「はい? こ、甲太郎ちゃ――」
「着るか~ッ!」
「んぎゃ~んッ!」
 綺麗な上段蹴りに葉佩が飛んだ。

   ***

「……え~と……?」
「な、ななななんだよ、この振動はッ?!」
「ちょ、ちょっと九チャン! 『え~と』じゃないでしょ?!」
 岩屋道。
 徐々に下がってくる天井を見上げた葉佩は、「困ったねェ」と頭を掻いた。
「パパ~! ドア閉まってるよ~!」
 押しても引いても開かないドア。
「……葉佩、あのレバーは?」
「あ、レバーあるねェ」
「あたし、動かしてみる!」
 とりあえず、先に進めるであろうドアの前へ移動している間にも天井はジリジリと下がってきている。
「ん~……!」
 八千穂は蛇の形のレバーを押し下げる。
「えいッ!」
 パキッ、と何かの音がした。
「あ」
「何だ、その『あ』ってのは……」
 皆守の眉間に皺が寄った。
「おい……八千穂……まさかお前、壊した……?」
「こ、壊してないよ! 普通に下ろしただけだもんッ!」
「じゃあ何で天井が止まらないで下がってくるんだ!?」
「知らないよ~!?」
「こういうのは止まるもんだろうが! バカ力女!」
「うるさ~い! 何もしない皆守クンに言われたくない!」
 カッカとボルテージを高めあう皆守と八千穂の耳に、ボソッとした彩の声が聞こえた。
「……ぺたん……」
 ぺたん。
 やたらと現実的な言葉の響きである。そう。このままでは『ぺたん』に違いない。皆守と八千穂の口喧嘩も止まる衝撃だった。
「んふふ。困った困った」
 暢気な調子で葉佩は笑っている。
「阿呆! 笑ってる場合か?!」
「パパ~、怖いよ~!」
 泣き出したアンリと不安そうにしがみつく彩を両腕に抱え、
「大丈夫だよ。アンリ、彩、大丈夫だよ~。パパが昔行った遺跡はねェ、間違ったことをすると、ギロチンで首と胴が一瞬でサヨナラしちゃうような場所でねェ……」
 いつも通り、のんびりとした口調で葉佩は語る。ただその態勢は、次第に低くなってきているが。
「それに比べたら吊り天井なんて可愛いものだよ~? んふふ」
 そんなことを言っている間に、天井は五人を押し潰さんと下がってきている。
「……這いつくばる状況で、よくそんなことが言えるもんだ」
「九チャン……」
「こういうトラップは可愛いって言ってるでしょ。大丈夫」
 ガチン、と音がした。
 ガラガラガラと音を立てて天井が巻き戻っていく。
「脅しだよね。……あのレバーが壊れるようになっていたのか、壊れたような錯覚を起こさせただけなのか、まァ、助かったからよしということで、先に進みます」
 本当に怖かったのだろう。アンリは葉佩にへばりついて本格的に泣き出し、彩はホッと胸を撫で下ろし、頭を撫でてくれた八千穂にギュッと抱きついた。
「……まったく……何なんだ、この仕掛け……」
「いい性格してるよねェ。ま、でも、大丈夫。この程度なら全然問題ない。ギロチンの方がすごいんだよ~?」
「……何でそんなふうに楽しくギロチンについて語るんだ、お前……」
「ギロチンっていうのは――」
「わかったわかった! アンリが泣き止まなくなるから、その辺で止めとけ!」
「はいはい」
 一旦葉佩は口を閉じるとアンリを泣き止ませ、皆守の隣に並んで小声で続けた。
「……首が落ちた後、ちょっとの間、意識があるらしいよ? 以前ね、『首が落ちた後、意識があるようなら瞬きしてくれ』って死刑囚に頼んだ人がいたらしいんだけど、その死刑囚、瞬きしたんだって~」
「……ギロチン、好きなのか……?」
 嫌なものを見るような目で葉佩を見る皆守。葉佩は首を横に振った。
「ううん。二度と見たくない。思い出して怖くなったから、甲太郎ちゃんに怖いのを分けてあげただけ。それだけ」
「……」
 皆守は溜息を吐いて葉佩を見る。
「分けんでいい、分けんで……」

     ***

 葉佩は子供の手を引いて、淡々と日本神話を語って聞かせている。
「伊邪那岐さんは、奥さんが死んでしまってとても悲しんだ。この間話したよねェ」
「……うん」
「ヒノカグツチのお話だ!」
「そうだね。でね、奥さんを追いかけて黄泉へと下った」
「ヨミって何?」
 アンリの声に葉佩は「ん~」と首を傾げる。
「何て説明したらいいかなァ……人が死んだ後、向かう場所、だね」
 彩は父を見上げた。
「彩の父と母は、そこにいる?」
「いるよ。きっとね」
「じゃあ……」
 彩は続ける。
「彩もヨミに行けば父と母に会える?」
「……」
 言葉に詰まった葉佩を見かねたのか、八千穂は「え~い」と彩を抱き締めると持ち上げた。
「彩チャン、アンチャン、そろそろお菓子食べたくな~い? 下の敵やっつけたから、ここは安全ぽいしね~」
 グルグルと彩を振り回す。彩は黙ってなすがままになっていた。二周したところで、八千穂は彩を下ろし、小さなバッグから「じゃ~ん!」と新発売されたばかりのチーズケーキ味のお菓子を取り出した。
「これ食べよ~! アンチャンにはこっち~!」
 アンリは八千穂の差し出したお菓子を見て目を輝かせた。
「これ好き~!」
 チョコレートコーティングされた円形のケーキである。
「食べる食べる~!」
 お菓子に食いつく子供を傍で見ていた皆守は、悲しそうな顔をして笑っている葉佩を背中から蹴った。
「痛ッ!」
「葉佩、八千穂が菓子であやしてる間に、この部屋の仕掛け解いちまえよ」
「……あ、うん……」
 振り向いて、頭を掻き、部屋の隅の石碑の前へ移動する。後ろからのたくたと皆守がついてきた。
「甲太郎ちゃんも、向こうで休憩してていいよ?」
「俺はいい」
「あ、そうなんだ」
 H.A.N.Tを取り出してその画面を見つめている葉佩の背に、皆守は言った。
「葉佩」
「うん?」
「あからさまに悲しそうな顔をするな。彩は気付くぞ」
「……」
 H.A.N.Tを閉じ、葉佩は頷く。
「わかってるよ」
「わかってない」
「わかってるよ」
「なら、そのシケた面は即刻止めろ」
「わかってるよ」
「俺から見たら、お前は亮太が言うほど酷い親じゃない。彩だってわかってるだろうさ」
「……」
「ほらみろ、わかってねェ」
 皆守は鼻で笑うとアロマに火を点けた。
「彩はしっかりしてる。……でも、子供だ」
「……うん。そう、だね」
「死んだ親のことが気になっても仕方ないだろ。……ほとんど覚えてもいない親よりも、毎日一緒にいるお前の方が、ちゃんとした親だ」
「だといいけどねェ」
 うなだれる葉佩の鼻先に皆守の靴底があった。
「……顔、蹴るぞ」
 葉佩は慌てて皆守の足を向こうへと押しやる。
「やめてよ! 定期公演近いんだから!」
「阿呆が……本気で顔は狙わないっての」
「甲太郎ちゃんたら……」
 口元にニヤッとした笑いを浮かべ、皆守は背を向け先を歩いていく。
 葉佩は大声を出して少し胸のつかえが取れたのに苦笑し、その後を追った。 一心不乱にお菓子を食べている彩と、八千穂と歌を歌い出したアンリの楽しそうな姿が目に入る。
 その向こうで、皆守が一つのレバーの前で首をかしげていた。
「あ、葉佩」
「ん? 何だい?」
「このレバー壊れてんぞ」
「ええ~? ……道具取りに帰らなきゃダメかなァ」
「面倒がらずに井戸までひとっ走り行って来いよ」
「ええ~?! 俺一人で?!」
「俺は、休憩する」
「え~?!」
 ダメ元で子供らの方を見た。
「いってらっしゃ~い」
 とアンリ。
「待ってるね~」
 と八千穂。
 唯一の希望、常識人に近い彩はというと――
「……」
 無言でパタパタと尻尾を振っている。
「……ヒドイよ、ヒドイ……」
 天井を見上げ、葉佩は溜息を一つ。
 ちょいちょい、とアサルトベストが引っ張られた。
「……父、一緒に行く」
「彩~!」
 葉佩は彩を抱き締め、そのままひょいっと軽々抱き上げてニッコリ笑う。
「一緒に行こうね!」
「……うん」
 彩を下ろし、手を繋いで来た道を戻る。
 王の間を出たところで、彩は足を止めて葉佩を見上げると、故郷の言葉でこう言った。
「死んだお父さんお母さんよりも、一緒にいてくれるお父さんと、優しいお母さんの方が大事」
 そして、俯く。
「……ごめんなさい」
 皆守の言っていたことは正しかった。彩は、よく見ている。葉佩が泣きそうな顔をして微笑み、彩の傍に屈んだ。
「謝ることないよ。黄泉に行くって言ったから、そんなのヤだなって思っただけ。それだけなんだよ……」

 髪を撫で、抱き締める。
 ただ、死んだ人間に嫉妬しただけだ。
 けれど、そんなことは彩には言えない。
「パパとママはね、彩がいてくれれば、それ以上に嬉しいことはないよ。謝ることなんて、これっぽっちもない。……彩がパパの子供で嬉しいよ」
 顔を上げて小さく微笑んだ彩を見て、葉佩も笑う。

     ***

 ドアを開けると、闇。
「みぎゃ~んごもごぶべ~!」
 泣き出すアンリの口を手で塞ぎ、皆守は葉佩に言う。
「また暗闇かよッ」
「俺に言われてもねェ」
 声の反響の度合いで、このフロアがかなり広いということはわかる。暗視ゴーグルの電源を入れず、葉佩は銃に弾丸を装填しつつ苦笑交じりに答えた。
「あれ? ねェ、皆守クン。……彩チャンは?」
 八千穂の声に、皆守は「はァ?」と八千穂の方を向いた。
「お前、手、繋いでたんじゃなかったのか?」
「皆守クンと一緒にいたじゃない」
「おい、アンリ。お前と彩、手は繋いでなかったのか?」
「知らないよォ……ヒック……ヒック……」
「ちょ……! 彩いないの?!」
 叫ぶ葉佩の耳元で、H.A.N.Tが冷静に『敵影を確認』と告げた。
「彩ッ?! いたら返事しなさい!」
 化人の蠢く気配と、くぐもった声が聞こえる。遺跡全体に響くような声で、葉佩は呼ぶ。
「彩! どこ!」
 こんな状態では冷静な対処は出来ない。
「は、葉佩ッ!」
 皆守の手が葉佩の腕を掴むより早く、横合いから迫ってきた采女から右側頭部に強い攻撃を食らう。衝撃と自分の血の臭いに我に返り、葉佩は腰に差していたコンバットナイフを抜いた。すぐ傍に采女が立っている。人工的な青白い肌が闇に浮いていた。
「……ッ!」
 ナイフを振り上げ、突き刺す。ズグッ……という肉にナイフが沈み込む感触。一気に引き抜き、横薙ぎに払う。血液の代わりに光が立ち昇るが、葉佩は光の中、更に前進してもう一体の采女も撃破する。
「く、そ……ッ」
 痛みは引かない。傷はすでに塞がっているが、ひどい痛みに膝が笑う。
「……」
 頭を押さえてその場に膝をついていた。
「……父……」
 彩の声。すぐ傍で聞こえた。
「彩……そこにいるのかい?」
「……お話、してた……」
「誰と……?」
「優しい、男の人……」
「……?」
「父……」
「まだ敵がいる。甲太郎ちゃんたちと一緒にいなさい」
「……うん」
 葉佩の背後の八千穂と皆守の声が響いた。
「クソッ! 壌か……!」
「いっくよ~!」
「そんな攻撃が効くか!」
「足止めになればいいよ! 九チャン、急いで!」
 スパン! とテニスボールを打つラケットの音が聞こえる。
「……まったく……情けないねェ……俺は……」
 暗視ゴーグルをつけ、葉佩は彩の手を取る。
「無事でよかった」
「……父……」
「明日香ちゃんと甲太郎ちゃんから、離れちゃダメだよ」
「……うん」
 ジリジリと焼きつくような痛みに神経が悲鳴を上げるが、葉佩は笑った。
「お仕事しなきゃね」
 装填済みのM92FMAYAを両手に、壌の前へ踊り出る。

     ***

 次の部屋に続く扉の前、彩は扉に額をつけて向こう側を探っていた。
「……いる……」
「じゃあ、ごめん、少し、休ませて……」
 ウエットティッシュで血液だけ拭い、葉佩は「はァ」と大きな溜息を吐いた。アンリは普段では決して見ない父の姿に縋りつき、その腕の中で違う泣き方をしていた。
「大丈夫だよ。大丈夫。何ともないよ」
 痛みはようやく引いてきている。薄らと見える皆守と八千穂も、九龍を不安そうに見つめていた。
「本当に平気なのか?」
「九チャン、無理しないで」
「俺は平気だよ。大丈夫」
 彩は父の傍で、黙って俯いた。皆守の手が彩の頭の上にぽふん、と載せられる。
「黙って離れるな」
「……ごめんなさい……」
「親父のこんな姿、見たくないだろう?」
「……うん」
 ふ、と息を呑む音。泣きたいのを我慢しているに違いない彩は、着ぐるみの袖で涙を拭った。
「アンリ、もう、平気だよ」
「……うん……」
「行こう。……茂美ちゃんが待ってるからね」
 皆守はアロマに火を点けて大きな溜息を吐く。
「……待たせとけ、あんなオカマ」
 八千穂はぶんぶんと頭を横に振った。
「待たせちゃダメだよ! 覗きの犯人なんだから!」
「あ、会いたくねェ……」
 呟いた皆守の横に立つと、葉佩は「んふふ」と笑って扉に手をかけた。
「行こう。……進もうよ」

     ***

「オ~ホホホホホホ!」
 朱堂の笑い声が化人創生の間に響き渡る。
 ビコン! と彩とアンリの猫スーツの尻尾が逆立った。葉佩の後ろから恐々と朱堂を覗いている。
「若い男を夢中にさせるアタシ……なんて罪なオカマ!」
「……若くないがなァ……葉佩は……」
 冷え冷えした皆守の声に、朱堂は葉佩を見る。
「アタシには、演劇部のトップスタァが見えるけれど、大和ちゃん並みに年なのかしら?」
「……その後ろにいるちっさいのが見えてないのか」
 イライラとアロマに火を点け、皆守は朱堂を睨む。
「あら、ホント。何か可愛らしいものが――」
「可愛い?! ホント?! 俺の子供だよ~」
 自分の子供が褒められるならば、敵でも何でもいいらしい。葉佩は手放しで朱堂に微笑む。
「んふふ~。ありがとね~。可愛いよね~。アンリも彩も。当然だよ~」
 朱堂は大仰に目を見張る。
「……って子持ち?! 何てこと……ッ?!」
「ツッコミ遅ェよ」
 皆守の凍りそうな声。八千穂のラケットが葉佩の後頭部をコツンとつついた。
「九チャン、遊んでないで、そこの覗き魔やっつけちゃってよ! 女子寮のみんなの前に突き出さなきゃ!」
「あ、そうでした」
 流れるような手つきでハンドガンに弾丸を装填していく葉佩を見ながら、朱堂は「オホホホホ」と笑っている。
「さすがね、葉佩ちゃん……イイ男は何をしてもス・テ・キ!」
 皆守はイライラとアロマの灰を落としながら、「気持ち悪い……気持ち悪い……」と呟いている。
「イセージンじゃないの……?」
「ウチュージン……違う……?」
 顔を見合わせてゴショゴショと話しているアンリと彩に、皆守は言った。
「ありゃ、残念ながら人類だ。……そうは見えないが」
「ムキィ――ッ! アタシは人間よォ――!」
「……お面みたい……」
「……怖い……」
 ますます小さくなって葉佩の後ろに隠れるアンリと彩。
「オ~ホホホホホ、折角のイイ男だけれど、《墓》の存在を知ったからにはアタシは葉佩ちゃん、アナタを処罰しなきゃならないの。アタシは《生徒会執行委員》だから」
「うん、そうだと思ってた」
 タン!
 容赦なく、葉佩のハンドガンが予告なしに火を噴いた。
「痛ェ!」
 男らしい声がする。「ぷふ~ッ!」と葉佩は口を押さえて笑った。
「ん、んふふ。……茂美ちゃん、面白い……」
「あ、あたしもやる~! いっくよ~!」
「ちょ、ちょっと待ちなさ~い! アタシの特殊能力の説明を――!」
「やっちまえ、葉佩、八千穂。俺たちはこっちで菓子でも食ってるわ。隅に行こうぜ。アンリ、彩」
「了解~」
「よ~し!」
「待ってって言ってるじゃない! 痛いッ! イタイイタイッ! いいわよ! もう許してあげないんだから! ――葉佩九龍、アナタのハート、もらいます。……って痛ェ!」
「んふふふふふふふ。俺の心はあの人だけのもの。誰にもやりません」
 重なる単発の銃声。
 なし崩し的に始まった朱堂戦を横目で見ながら、皆守はアンリと彩の手を引いてギャグマンガのような朱堂と葉佩と八千穂のやり取りを眺めている。
「……パパ、楽しそう」
 葉佩は現れた宇萬良の眉間に確実に銃弾を浴びせながら、朱堂も攻撃している。器用なものだった。
「明日香お姉ちゃん……楽しそう……」
 八千穂は徹底的に朱堂に向けてスマッシュを食らわせている。
「弱い者イジメには見えん図だな。何だかんだで、朱堂もやり返して――」

 ダーツが八千穂に向かって飛んでいく。だが、八千穂はその程度でやられる女ではなかった。ギラリと鋭く光る視線はダーツを見据え、ラケットを構え直す。
「リターン食らえ~!」

 インターハイを制した彼女のラケットはダーツを打ち返し、ダーツは朱堂めがけて飛んでいく。
 「あっは~ん!」

 命中した。皆守の目が呆れ果てたような色を宿しているが、朱堂相手にツッコミを入れる気力も湧いてこないらしい。
 「……ま、いいだろう。朱堂にはいい薬だ」
 彩が、す、と朱堂を指差した。
「……来る」
「《黒い砂》か」
 頷く彩。アンリは父の方に駆け寄った。すでに周囲は加賀智に囲まれている。彩を軽々と抱き上げ、皆守は葉佩の隣に並ぶ。
「こっから、本番だ」
「ん。わかってます」
 再び銃弾を装填し、葉佩は「んふふ」と笑った。

     ***

「……」
「……」
「……」
「……」
 葉佩とその息子二人、皆守は、八千穂からコテンパンなまでの暴行を受ける朱堂を眺めていた。
「あまりに一方的なんだけど、これは茂美ちゃんの自業自得だよねェ」
「ああ、その通りだ」
「可哀想だよ……」
「……明日香お姉ちゃん……強い……」
「アンリ、彩。いいですか?」
 葉佩は言う。
「悪いことをすると、ああやって必ず自分の身に返ってきます。……それを因果応報というんだよ。いいかい、よく覚えておいで。……茂美ちゃんみたいになりたくなかったら、悪いことはしちゃダメだよ。お尻叩かれるくらいじゃ済まないのが、現実だからねェ」
「……う、うん……わかった……」
 アンリは残像が残りそうな速さで首を縦に振る。彩は怯えたような目で傍にいた皆守にしがみつく。
「悪いこと、しない……」
「ああ、そうしろそうしろ。八千穂に拳と蹴りでボコにされたくなかったらな」
 ぽふぽふ、と彩の頭を撫で、皆守はアロマに火を点けた。
「アロマが美味いぜ……」
 結局、八千穂の気が済むまでボコボコにされた朱堂は、プリクラと引き換えに女子寮の人々に突き出されることなく済んだ。
「……というか、これだけやられたら二、三日、寝込むだろ」

 皆守の総括がすべてを物語っている。



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