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6月26日のおはなし「コロッケとおっぱいによるパラダイムシフト」

 意識が高い人がやってきてぼくに言った。

「ほらほら。またロクでもないことを考えていたんだろう?」
 その通りだったのでぼくは恥じ入った。ぼくは食べもののこととセックスのことを考えていた。眠ることを考えていなかったのは、たまたまさっき起きたばかりで眠たくなかったからだ。
「そんなことじゃこれからの時代を勝ち抜いて行くことはできないぜ」
 意識が高い人は、意識が高い自信に満ちた声できびきびと言った。時代を勝ち抜いて行かなくてもいいのになと、ちらっと思っていたら、意識が高い人はすかさず鋭い声で言った。
「勝ち抜いて行くか、さもなくば惨めな落伍者になるか、二つに一つだ。わかってるよねそれは?」
 ぼくは目を伏せておとなしくうなずいた。そうだった。こないだ教わったんだった。勝ち抜くか、落ちこぼれるか、この社会にはそれしかないんだった。
「ほら、そんなところをいじるんじゃない」
 ぼくは意識が高い人に怒られるとついおちんちんをいじってしまう。いつも叱られる。

 でもぼくは食べもののこととセックスのことを考えるのが好きなんだ。眠ることを考えるのも好きだけど、実は眠ることについて考える機会はあまりない。どうしても眠らせてもらえない時に眠りたいなあと考えることはあるけれど、大抵の場合はそれより前に本当に眠ってしまうから大丈夫だ。

 食べもののことは、しょっちゅう考える。ぼくはいままでに食べた美味しいもののことを思い出すのが大好きだ。小さいころ、外で遊び回って腹ぺこになって帰ってきた時に無我夢中でかき込んだ晩ごはん。下手くそな箸使いでほっぺたにいっぱいご飯粒をつけて、喉を詰まらせそうになって食べたコロッケ、ハムカツ、生姜焼き、親子丼。食べるのが面倒臭くてついまるごと食べてしょっちゅう喉に骨を立てていたアジの開き、カレイの煮物、サバの味噌煮。ごりごり鰹節を削るのを手伝ったみそ汁やお吸い物。それから、初めて連れて行ってもらった洋食屋さんで食べたチキンライス、オムライス、ハンバーグ。親戚がいっぱい集まった時に生まれて初めて連れて行かれてぐるぐる回るテーブルを見てあっけにとられた中華料理店。料理自慢の友達が手早くつくってくれたサンドイッチ。ぼくの誕生日にみんなが集まってつくったり買ったりして持ち寄ってくれたおいしいものの数々。

 食べもののことを考えると、とても幸せな気分になれる。でもぼくが食べもののことを考えてにこにこしているといつも意識が高い人に見つかって叱られてしまうんだ。意識が高い人はそんなことを考えない。いつも自己研鑽のことを考えているそうだ。

 あらゆる瞬間の過ごし方が目指すべき自分の高い目標のために役立つかどうか。自分の高い目標を常に片時も忘れず意識し続けているか。今のこの時間は自分と相手のためになっているか。自分のプレゼンスを高め、相手からはまた会いたいと思ってもらえるようなバリューを提供しているか。社会的な価値を生み出せているかどうか、あるいはいつか社会的な価値を生み出す役に立つかどうか。今朝起きた時に比べて寝る時の自分はより良い状態になっているか。

 これはみんな、意識が高い人に言われてノートに書き取らされたことだ。
「たとえボディガードであっても」意識が高い人はよくぼくに言う。「おれのボディガードを勤める以上は意識を高く持っていてもらいたい」
 そしてぼくにいろいろ教えてくれる。ぼくは意識が高い人の言うことなら間違いないだろうと思うので一所懸命ノートに書き取っている。ぼくは意識が高い人には絶対逆らわない。ここはこういう漢字で書くんだ。プレゼントじゃなくてプレゼンスだなんて怒られながらね。ノートに意識の高そうな言葉がいっぱい並んでいるのはちょっと面白いので怒られても別に気にならない。すごいノートを持っていると思えるのはそう悪い気分じゃないからね。

 でも何が書いてあるのかは読み返してもさっぱりわからない。第一、寝る時には考え事なんかする暇もなくあっという間に眠ってしまうので、朝起きた時に比べて良くなっているか悪くなっているかなんて考えられっこないんだけどな。

 セックスのことを考えるのもとても好きだ。セックスってどうしてあんなに気持がいいんだろう。ぼくはあんまりたくさんセックスしたことがないけど、それでもセックスがとてもドキドキしてムラムラしてヌルヌルしてグニャグニャしてスベスベしてベタベタしてベロベロしてネチャネチャしてグイグイしてビクビクしてゼイゼイしてハアハアして頭も体も溶けてしまいそうに気持いいことはわかる。だからセックスした時のことを思い出して、女の子のおっぱいの手触りや、体のあちこちにキスしたりベロでなめ回したり噛み付いたりした時の味や弾力や、お互いの舌をからめてキスした時の息が止まる感じや、女の子の声や肌の色や汗のかき方がどんどん変わっていく様子や、おちんちんを入れるところに口を押し付けてなめたりした時に女の子の体がどんな風に跳ねるか、思い出すだけでまるでセックスをしているような楽しい気持になれる。

 でもぼくがセックスのことを考えてにこにこしているといつも意識が高い人に見つかってこっぴどくどやされることになるんだ。意識が高い人は個人的な欲望をコントロールして、社会的なニーズのことにフォーカスしなくてはいけないそうだ。フォーカスというのはそのことだけ見つめて考えることだそうだ。そのことだけ見つめて考えるなら、ぼくはおっぱいにだけフォーカスしていた方がいいけどな。

 意識が高い人はぼくみたいな人間を養うために世界中を飛び回って活躍しているらしい。ボディガードはいつもついて回らなければならないけれど、時おり今日はいらないと言われる時もある。そういう時にはぼくはたっぷり食べものやセックスのことを考えることができる。眠くなくても面白い夢のことを考えたりすることもできる。時々ぼくは食べもののことをTwitterに書いたりする。ぼくが食べた美味しいものの思い出を書くととても喜ぶ人たちがいる。もっと詳しく知りたいという人もいるので一所懸命思い出して書く。セックスのことも書いていたけどいろんな人が何度も注意するからやめた。どうして食べもののことは喜んでもらえるのにセックスのことは喜んでもらえないのかな。あんなに気持良くてすごいことなのに。おっぱいの先だけを見つめたり考えたりなめたりフォーカスしたりすることの話ならいつまでだってできるのにな。

 意識が高い人が大きな声を出したのでぼくは焦った。

 ぼくがおっぱいの先にフォーカスしていたいと考えていたことがばれたのかと思ったからだ。でもそうじゃなかった。意識が高い人はずらりと何台も並んだ壁のモニターを見て叫んでいた。モニターにはぐねぐねした線グラフが映し出されていた。それは右下に向かって急激に下がって行くところだった。何でだ! なんでだ! と意識が高い人は叫んでいた。暴落だ! 悪夢だ! 意識が高い人はいつもより声も高くなっていた。バブル崩壊の再来だ! いや違う。世界恐慌の再来だ! あいにくぼくには、何を言っているのかさっぱりわからなかったけど、意識が高い人にとって、とても厭なことが起こったらしいことだけはわかった。

「おまえ何をした?」
 意識が高い人が突然振り向いてぼくを見た。ぼくはどぎまぎして何とか答えようとした。
「お、お、おっぱいの先のことを、ふぉふぉフォーカス」
「どうしておまえの名前が出てくるんだ」
 意識が高い人が一つのモニターに指をつきつけて指し示した。そこには見たこともない画面があって、見たこともない画面なのに、ぼくがTwitterに書いたツイートがいっぱい一杯ずらずらまとめられていた。そしてたくさんの人がそれについて話していた。上の方には《コロッケとおっぱいによるパラダイムシフト》という題名がつけられていた。ぼくはそんな題名をつけたことはない。

「どういう意味だ。おまえが教祖ってどういう意味だ。貨幣経済社会の崩壊と評価経済社会への革命だと? おまえがこの暴落を仕掛けたのか。どうやってだ!」
 答えられないのでついおちんちんをいじってしまった。あわてて意識が高い人の顔を見たけど、意識が高い人は何も言わなかった。
「おしまいだ。何もかもおしまいだ。殺してくれ」
 命令を受けてぼくが立ち上がると意識が高い人が悲鳴を上げた。
「許してくれ許してくれ許してくれ」
 許すようなことは何もないけれど、もちろん意識が高い人がそう言うならそうしよう。ぼくは意識が高い人には絶対に逆らわないのだから。それでぼくは意識が高い人の二つの命令を実行した。

(「意識が高い人」ordered by Benry - 他467人-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。


奥付



コロッケとおっぱいによるパラダイムシフト[SFP0360]


http://p.booklog.jp/book/50764


著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


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運営会社:株式会社paperboy&co.



この本の内容は以上です。


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