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確率物語

 高校二年の秋。私はいよいよ復讐に取りかかった。
 
 
 あつしが来た。私の準備は万全だ。あつしがこちらを向いて私に手を振った。私は、あつしの胸に向かって矢を放った。矢は私の今までの練習の答えを出すようにまっすぐあつしの胸に吸い込まれていく。いつものアタリとは別の音がした。人間に刺さるとこんな音なのかと一瞬ゾッとした。あつしは倒れた。誰が見ているかわからないので、私は、さもあわてたように、あつしの元に駆け出した。
 
■■■■■■■
 
 高校二年の春。私はあつしと同じクラスになった。
 
「幽霊の存在ってのは、いるかいないかの二つに一つじゃん。そうなると、幽霊の存在確率は、五〇%なわけよ。もし、朝起きて、降水確率五〇%ってテレビでやってたら、傘の心配するよね。だから、おれは、幽霊の存在は信じる」
 
 あつしは胸を張って演説する。
 
「でも、朝起きて今日が、雨か、そうでないかの二つで考えるんなら、あつしの考えでは、毎日降水確率五〇%で、天気予報の入る余地ないじゃん」
 
と、応戦するわたし。あつし、すかさず、
 
「まあ、まあ、この話は入口でね、実は話したいことは、幽霊なんかじゃなくて、おれとレイコの運命の話。おれが、教室で最もお気に入りの窓際の一番後ろの席を手に入れた途端によ、レイコが、おれの隣の席になる確率についてのことを言おうとしたのよ」
 
 言い忘れてた。わたし、レイコと隣のうるさいのは同じ高校、同じクラスのお調子者のあつし。これからのお話は、あつしと、わたしの間で起こった出来事。
 
「そんでさ、このクラス四〇人いるわけで、おれがこのすばらしい席を手に入れる確率は、四〇分の一なわけ。そしてその隣にレイコがくる確率はおれを引いて三九分の一ということで、この偶然が起こる確率は、この二つの確率のかけ算で、一五六〇分の一すなわち〇・〇六%ちょっと、ということで、とっても、とっても偶然なわけよ。運命の確率って名づけたいくらいなわけよ」
 
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 私の父が交通事故で亡くなったのは、私が小学校に入学する前のこと。直後、母は生きる力をまったく失い、死さえ考えていたと聞いた。その後、なんとか母が悲しみから立ち直り、私を励まし、母の少ない収入でなんとか生計を立て、私を公立高校まで進学させてくれた。私は中卒で母の助けになろうと考えたが母の強い勧めで今の高校に進学することにした。
 
 事故の後、加害者は、私の父を奪ったにもかかわらず、死刑にもならず数年でまるで何もなかったような生活をしていると聞かされた。それに、私と同い年の男の子もいるということも聞いた。私は、加害者が憎くてしょうがなかったが、母は年を追うごとにその話を避けるようになった。思い出したくもないのだろうと思い、私も母の前では話さなくなった。しかし、けっして忘れたわけではなかった。
 
 偶然ではあるが、私の進学先の高校にあの加害者の息子も入学したことが入学早々にわかった。一年の時は、別のクラスだったが、二年になると同じクラスになってしまった。私が母の旧姓に戻っているせいか、気づかれていないようだ。だってこのなれなれしく声をかけてくる、あつしこそが、あの加害者の息子なのだ。
 
 私はそのことを知ると、計画を立てた。アーチェリー部に入った。もちろん、経済的にはきびしいが、進学を決めた時と同じように、母は他の高校生と同じに高校生活を楽しいものにしろと、入部を勧めてくれた。私は、それに甘えることにした。だって、アーチェリーは武器だ。父を無くした苦しみを、あの加害者にも味わわせる可能性を持つ道具だ。私は一年半必死に努力した。そして決行の自信とチャンスが来るのを待った。
 
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 高校二年の秋。いよいよ復讐の自信と決心がついた。
 
 
 アーチェリーの練習場の奥。すなわち的がある裏には体育館裏に抜ける近道がある。けれど、そこはアーチェリー部の活動中は誰も怖がって通らない。
 
 今日、私はあつしを体育館裏に誘った。部の活動のない日だから、あつしはこの道を使うだろう。でも、私は一人練習をしている。抜け道の入口には「通行止」の看板が立てられている。ただ、あつしの通る時だけはなぜか看板がない。しかも、練習している私にも気付かない。私は、いままでの練習の集大成をこの一矢にかける。集中して放たれた矢は、「残念ながら」的を外し、歩いていないはずの通行人に当たる。まったくの不可抗力。事故だ。誰も死んだ高校生と、矢を射た高校生の父親どうしの関係を気付かないはずだ。
 
 
 私は今、過って弓を放ち、友人を刺殺してしまう女子高生を演じている。
 
 近づくと、あつしは仰向けに倒れ、確実に矢は胸に突き刺さっている。この様子では、矢は確実に心臓か悪くても肺に刺さっているはずだ。致命傷という言葉が脳裏をよぎる。
 
 あつしは、そんな自らの状況を知っていないように、こちらを見てあえぎながら話しかけてきた。
 
「お、おれ、おまえに言わなきゃならないことがあるんだ。おれ、入学した時からお前もこの学校に入学したことを知っていた。親父が、死なせた人の娘がおれと同級生だってことをだ。それに、今日呼び出されたのもついに復讐される日が来たって思ってた」
 
「そこまでわかっているなら話は早いわ。わたしは、あなたに死んでほしいの。わたしの父親を私から奪ったあなたのお父さんに同じ苦しみを味わってほしいのよ」
 
 私は、思わず大きな声を出してしまった。
 
「お、お前には、知らされていないが、おれの親父は自分の収入のほとんどをあんたの母親に仕送っていた。おれの母親はみじめったらしいって言って父親から去った。母親の気持ちもわからないでもない。だって、とにかく半端じゃなかった。ほっとくとおれの食い分まで仕送られてたよ。送り過ぎて、電話を止められたり、電気を止められたりしたこともあった。そのうち最初は拒まれていたあんたの父さんの位牌に線香をあげに家にあがることも許されたそうだ。もちろん、あんたには内緒だけれど」
 
 そんなこと私は何も知らなかった。母は、あつしの父親の誠意で生きる力を与えられたに違いない。
 
「じゃあなぜ、殺されるかもしれないのに呼び出されて来たのよ」
 
 私の目から涙があふれた。
 
「おれの運動神経とおまえの弓の腕前をかけ算すりゃ、おれが死ぬ確率は限りなくゼロなんだ。だって……」あつしは、よろめきながら学生服のボタンをはずし、胸から矢の刺さった週刊ジャソプを取り出し、気を失った。
 
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 あつしの怪我はさほど深くなく、事故として処理され、私と学校には警察から厳重注意程度で済んだ。
 
 その後、しばらくして、私は母と一緒にあつしの家に住むことになった。あつしの父親をおとうさんとは呼べないでいる。あつしのことも、兄とも弟とも呼んでいない。
 だって兄弟だと今後の「確率」がゼロになってしまうから。

この本の内容は以上です。


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