閉じる


◇スパム・メッセージ

 サハラで青い富士を見た。

 というのが、近藤から受け取った現時点での一番新しい連絡だった。「現時点での一番新しい連絡」などというまわりくどい言い方をするのは、関係者はみんな近藤の生存を信じていたいからで、だから誰かが「近藤から来た最後の連絡によると」などと言ってしまうと、他の誰かがやんわりと「あの一番最近の連絡だよな」と言い直すことになる。時には分別臭い誰かが「最後なんて言葉を使うな」なんて分別臭く押し殺した声で分別臭くたしなめたりもする。

 二見川英吾はそれが少々わずらわしくなっていた。面倒だし、嘘くさい儀式と化していると感じたのだ。だからある日そのことをみんなの見ているボードに書き付けた。誤解を恐れずに、というか嫌われるのを承知で言うと、近藤の連絡について「最後の」とか「一番新しい」とか言うことに神経を使ったり、その言葉づかいで無神経だのなんだの言い合ったりするのはやめにしないか、神経を使ったりエネルギーを注いだりする対象はもっと他のところにあるんじゃないか、と。

 何人かの分別臭いスタッフから憎悪に近い反感を買ったものの、大多数のメンバーは英吾のこの言葉でずいぶん楽になったようだった。すでに3カ月連絡がないのだ。生死について疑念を抱くなというのが不自然だし、ましてやそれを守ることがおまじないめいた規則になっているのは、むしろその方が不謹慎だと言うべき状態だったからだ。もちろんそういうことを思いついても口に出せる人と出せない人がいる。英吾は普段から変わり者だと見なされているから平気で口に出せる。

 そして何よりも、英吾は近藤の連絡が途絶えたとわかってすぐに北アフリカに飛び、隣国で可能な限りの調査をした最初の人間なのだ。日本にいて遠くからああでもないこうでもないと言い募っている人間にとやかく言われる筋合いはない。とはいえ、英吾自身は別に現地に飛んだ人間が偉いとも思わない。日本にいるからできること、日本にいないとできないことをして近藤の消息を探る道だってあるはずで、そのことと現地に赴くことのどちらが優れているというような話ではないはずだ。

 3年前シェラザードが入国し、3カ月前に近藤が消息を絶った「共和国」では、いまなお平穏が続いている。「大佐」が権力の中枢に登り詰めて以来、国内においても隣国との関係においてもこれほど安定した期間は他にない。口さがない欧米のゴシップジャーナリズムは「平和の顔の裏の謀略論」から「大佐死亡説」まで揣摩憶測を繰り広げていた。しかしまもなくその背景に〈ナレーター
〉の活動が示唆されるようになり、結果的に表舞台に出る予定のなかった〈ナレーター〉がさまざまに取りざたされるようになった。 

 曰く「
〈ナレーター〉は紛争地域に介入して紛争を解消するエキスパートだ」 
 曰く「
〈ナレーター〉は日本外務省が生んだ最終兵器だ」 
といった、ことさらに持ち上げるものから、 
 曰く「
〈ナレーター〉は独裁者権力者を籠絡する性的コンパニオンを送り込むらしい」 
 曰く「
〈ナレーター〉は洗脳技術のエキスパートで他国の首脳を日本の傀儡とするらしい」 
などという、誹謗中傷を通り越した妄想のようなものまでまちまちだった。 

 そして、予想された通り、ワイドショーでもネットでも好奇心むき出しの人々が食いつくのは妄想の方であり、これまで黒子に徹してきた
〈ナレーター〉は突然注目を浴び、取材攻勢にさらされることとなった。やむを得ず〈ナレーター〉は公式のオフィスを閉鎖し、完全に存在を消すこととなった。以来、二見川英吾は知人が運営するギャラリーのスタッフとして勤務するようになり、メンバーたちは定期的な連絡以外は互いに接触を避けるようにしていた。

 サハラで青い富士を見た。

 勤務先のギャラリーでiPhoneのショートメッセージに近藤からの連絡が届いた時、だから英吾は混乱した。近藤にしてはあまりに不用意なメッセージで、これでは送信先の仲間がみんな特定されてしまうからだ。けれども数時間後には近藤の周到さに舌を巻くことになる。「サハラで青い富士を見た。」というそのメッセージは、日本語表示が可能な携帯端末のほぼすべてに、つまり1億台を超える端末の全てに届いていたからだ。受け取ったのは、1億台を超える端末だったのだ。送り先の特定など不可能だ。

 大多数の人にとっては全く意味不明なスパムメールであり、同時にあまりの規模の大きさから必ず話題になり、誰にも見逃しようがないものだった。つまりそれは、メンバーの目に必ず、しかも安全な形で触れるように仕組まれた確実この上ないメッセージであり、それだけ重要なメッセージということだ。英吾のその大胆不敵なやり方に感心し、だからこそ英吾は自分にできる最も効果的な方法として現地に飛び、サハラの青い富士について調査したのだ。

 しかし、わざわざ現地に赴いたにもかかわらず、近藤が伝えたかったことを解読できず、その時は無力感とともに帰国せざるをえなかった。英吾は敗北感を味わっていた。
 その映像を見るまでは。
 それはまたしても一つのスパムメールの形をとって届けられた。またしても1億台あまりを対象に発信されたメッセージは、ネットでおなじみのあのフレーズだった。

 ググれカスwww

 英吾は黙ってGoogleに「サハラで青い富士を見た」という言葉を入れて検索をしてみた。するとひとつのページが目を引いた。こうして検索するのはほとんど日課のようになっていたが、このページがヒットするのは初めてだった。それは「サハラの目」と呼ばれる不思議な地形に関する解説ページだった。直径50kmの同心円状の模様を描き、まるで青い目のように見える壮大な地球の芸術作品。リシャット構造と呼ばれるその奇妙な地形はあまりにも規模が大き過ぎて宇宙空間からしか確認できないという。

 ネット上の画像や映像を見ると、それはあたかも地図に描かれた等高線のように見えた。ほぼ綺麗な同心円を描きつつ微妙にゆがみを持つその形は、日本人におなじみの山の等高線にそっくりだった。英吾は唖然としてその映像を眺め、それから苦笑し、ネットで日本地図の富士山の標高地形図を検索して見つけ出し、またサハラの目の画像に戻り、なんども行ったり来たりして確認した。
「ああ」二見川英吾は大きく喘いだ。「これだ。これのことだったんだ」

 このようして、「サハラの目」の上空に浮かぶ人工衛星の一つが「共和国」のコントロール下にあることが判明した。それはソ連時代の人工衛星で、故障し宇宙ゴミ(デブリ)と見なされていたものだった。人工衛星を使って大佐が計画していた宇宙規模のテロは実行直前で阻止された。けれども英吾を何よりも感心させたのは近藤の大胆不敵な語りのやり口だった。テロは阻止された。今度は3年間とらわれ続けているシェラザードと行方不明の近藤を救出する番だ。

(「サハラで青い富士を見た」ordered by ハンサム-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。

奥付



スパム・メッセージ[SFP0358]


http://p.booklog.jp/book/49884


著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/49884

ブクログ本棚へ入れる
http://booklog.jp/item/3/49884



公開中のSudden Fiction Project作品一覧

http://p.booklog.jp/users/hirotakashina



電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.



この本の内容は以上です。


読者登録

hirotakashinaさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について