閉じる


<<最初から読む

8 / 14ページ

英語ができるようになるまで

現在、状況や内容にもよるが、1対1ならば英語で研究の話をできるぐらいの英語力はついた。
社会人ドクターを始めるまでは無理だった。
それまではTOEICを何度も受けた。
大体いつも600点前後をふらふらするようなレベル。
でもなかなかまともな会話はできなかった。

社会人ドクターになってからは、ドクターならば国際会議に一度は出たい、それに研究費で海外に行けるなら、授業料のもとをとれるかもしれない、このように思うようになった。
香港で行われる国際会議に論文を出すことにした。
はっきり言って論文を書くのに慣れているわけでもなく、国際会議への論文提出は無謀ではあった。
しかし、香港旅行という人参を目の前にぶらさげてひたすら論文作成をした。
やっとの思いで日本語6ページを書いたが、ここからが本番。
全日本語を英訳しなければならない。
最初は一文に下手をすると30分程度かかってしまう。
100文はあるだろうから、このペースだと絶対に終わらない、、
泣きそうになりながらもやり続けたら、だんだんとある法則に気づいた。
法則というほど大げさではない、英語をやるには超基礎の基礎、主語と動詞を見つけることである。
一文の英訳に30分かかっていたときにはあまり気づかなかったが、とにかくこの主語、動詞をみつけようとすると、その後の英訳が進むのである。
6ページ、100文の英訳をやる中で、自然と思考回路が主語動詞、主語動詞、という風に変わってきた。

やっとの思いで完成させて、無事に学会発表を行ってきたところ、学会での質疑はたどたどしいながらも沈黙になることはなかった。
そればかりか、ホテルのフロントとのやりとり、レストランでのやりとりなどに対するストレスが、以前より格段に小さくなっていた。
今までTOEICの対策本とかで勉強してきたのはなんだったのか、と思った。

振り返ってみると、本田直之さんの著書「レバレッジ英語勉強法」にもあるとおり、ある狭い範囲、今回の例でいえば論文を仕上げることに集中して勉強したのがよかった。
勉強というよりもとにかく仕上げるしかない状況に身を置いたのがよかった。
締め切りのプレッシャーとともに、強制的に一日に何時間も英語に触れた。
そのことがよかったのだと思う。

英語を話せる、話せない、と、これもついゼロイチ思考で考えてしまう。
しかし実際には、これの間にもいろいろある。
私も英語のニュースはたぶん聞き取れないだろうが、自分の研究についてゆっくりと1対1でしゃべる、ということはある程度できる。
つまり、英語ができるようになるには、ある程度限定された状況で練習し続けるのがよいだろう。

とりあえずはそれぐらいのレベルになれたこと、社会人ドクターをやってよかったと思った一つである。


締切効果を利用した研究の強制執行

社会人ドクターをやっていると、よくかけていただける声が、「よくそんな時間あるね。」という言葉。
たしかに。
冷静に考えるとそうかもしれません。
けど、仕事が増えただけと考えることもできる。
つらくても、仕事の締切はたいていはどうにかこうにか守ろうとするもの。
だったら研究も同じようにすればいいのではないか、こう考えた。
そして、一般的によくありそうな考えである、「成果が出たら学会発表」とか、「結果が出たら研究打合せ」という発想をやめた。
かわりに、「学会に出すことを先に宣言する」、「先生と打合せの約束を先にしてしまう」、という発想でいくことにした。

そうすれば、強制的に締切が設けられ、ある意味徹夜してでもやらざるをえない。
締切さえ決まれば、学会に出すには○日までに論文をださなきゃ、論文を書くには△日までには結果を出さなきゃと、スケジュールがある意味自然に決まってくる。
すると毎日睡眠不足である。
それはしかたがない。
逆に言えば、これをこなせば成果が出るのだから。

これを、「成果が出たら学会発表」の発想でいくとどうか。
今月は○○の業務で忙しいから来月からやろう。
来月になると、急きょ○○の業務が入ってきた、忙しい。
妻が体調を崩した。
子供が体調を崩したから治るまでは子供優先で。
昨日は懇親会で飲みすぎて体調が悪い・・
そもそも働きながら勉強するのに無理があるんだ。
やっぱり社会人ドクターなんて無理だったんだ。
いや、卒業を延期すればいいのでは?
もともと3年で卒業というのに無理があるんだ。
そうか、4年で卒業にしよう。
となると今はまだ余裕があるな。

いくらでも言い訳していつまでたっても終わらない。
強制的に締め切りを設けるから、何とかタイムマネジメントをし、家族を含めた体調管理に注意をするのです。
必要なのは、自ら強制的に締め切りを作り出す勇気。
一度設定してしまえば、あとは何とかなります。
その締切に対して成果が中途半端だとしても、設定しないよりは確実に研究は進んでいることでしょう。


才能や頭の良さよりも重要なもの

社会人ドクターに限らず、勉強や研究をするにあたり、悩むことがある。
「自分はそんなに頭よくないし」
「あいつは頭いいからあいつなら簡単にできちゃうんだろうな。」

自分も非常にこう思う。
はっきり言って上には上がいて、自分よりはるかにできると思っている人でもこういうことを言う人がいる。
あんなに頭いいのに、と思うが、よく考えれば優秀で上に行く人ほどどんどんできる人が集まって、必ずそれを越す人がいるものだ。
こう思うことはごく自然なことだろう。

だから問題は、こういう考えが浮かんだ時の対処法、別の考え方である。
「努力に勝る才能なし」
などという言葉があるが、その通りだと思う。

才能はあるけど怠ける人、ヤル気にムラがある人などはたくさんいる。
その欠点によって頭はいいのにそれほど成果の出せない人もまた多いはず。
だから才能や頭の良さだけでは判断できない面もある。

自分は努力し続けることを最近は重要視している。
人生で一番がんばったとき、人によると思うが、ここでは受験勉強を例にしてみよう。
受験勉強のように長期間にわたって努力をし続け、終了後、「もう二度とあんなにがんばりたくない」と思うかもしれない。
しかし、あのような努力を今後数年間、極端に言うと一生やり続けるとどうなるか。
相当な自分レベルアップができるのではないか。

仮に10年後を考えてみれば、前述の才能はあるけどムラのある人と、10年間受験勉強並みの努力をし続ける人がいたら、さすがに後者のほうが勝つだろう。
中学、高校、大学などでは、そのような頭の良さといった、短期的なもので運命が決まる部分はある。
しかしながら社会人になってからの人生は長い。
継続的な努力が求められるだろう。
才能を考えるよりも、いかにしたら努力し続けられるか、こちらを考えたほうがよい。

逆に言えば、努力し続ける自信のない人には、社会人ドクターはあまりおすすめできない。
ただ安心してほしい。
努力し続けるために工夫してきたことも、本書では誰でも実行可能なノウハウとしてお伝えしたい。


初めての国際会議

修士課程時代、自分は国際会議には参加できなかった。
念のため説明しておくと、私がここでいう国際会議とは、色々な国の人が参加する学会である。
通常修士課程では、よっぽど優秀な人でないと国内の学会で発表するのが精いっぱいであり、国際会議はあこがれの的といった感じである(私の主観かもしれないが)。
しかしだからこそ、修士課程で国際会議に出したことがある人を見ると、劣等感を感じたりうらやましくなったりした。
そして、もっと自分も頑張ってやっておくべきだったのかなとの思いが、社会人になって数年経っても残っていた。

社会人ドクターになったとき、とにかく一度は国際会議に出して、この劣等感にけじめをつけようと思った。
しかし英語の論文は、予想通り苦しい。
私が初めて出した国際会議は、12月31日500word以内のアブストラクトの提出、4月1日フルペーパー(A4 6ページの論文)提出であった。

まずこの500wordのアブストの提出だけでも一苦労である。
本当に一つ一つの単語を調べなければならない。
文章も一つ一つ主語、述語を考えなければならない。

そしてフルペーパー。
英語以前に発表するネタを考えて、計算し、図表を作成するのがきつい。
さらにはそれを日本語で説明。
ここまででもヒーヒーなのに、ここからが本番、英訳である。
本当に作業が進まない。
ほぼ間に合わないかと思ったとき、締切が運よく2週間延長になったためになんとか提出できた。

しかし提出してからは楽しみばかり。
7月の香港での開催であったが、はっきり言って旅行気分。
まず参加者に対するおもてなしの姿勢がすごい。
香港だけに、飲茶体制が整っていて、常に好きなだけ飲み食いできる感じ。
焼売とか、コーヒーとか、ケーキとか。
さらにはハーゲンダッツアイスも食い放題。
香港サイコー。

もちろん発表の準備はしっかりしたし、ほかの人たちの発表もしっかりと聞いた。
自分に質疑応答のノルマを課した。
この発表では必ず質問をする、というつもりでのぞめば、集中力も高まるし、質問すべき部分も考えるようになる。
おかげでとりあえずの度胸も付いた。

懇親会は本当に盛り上がって楽しかったし、なんか日本の学会とは全くスケールが違うという感じ。
空き時間で観光も楽しみ、本当に苦労したかいがあったというもの。
そもそも今まで卒業旅行と新婚旅行しか、海外旅行をしたことがなかったのが、研究費で旅行(いや、ほんとは出張なんですけど)できるのがありがたい。
そのうえ英語の勉強にもなるし論文を書いて発表するという経験そのものにもなる。

はっきり言って苦労した分得られるものは非常に、非常に大きい。
これからも出し続けよう!
海外旅行のために(笑)


社会人の強み

修士課程時代、研究は大変だった。
今現在、仕事も大変である。
社会人ドクター?今大変な仕事をやる上に、さらに修士課程時代に大変だった研究をやるの?
苦しみが2倍になるんじゃないの?

やってみた経験から、1倍はまずありえません。
ただ、2倍かというと、そうでもありません。
結論から言うと、3割増し、程度でしょうか。
学生時代は、やはり研究というもの自体が初めてだし、プレゼン力も、文章作成能力など、社会人に劣る部分は多い。
社会に出てから8年後に社会人ドクターの取得を決意したわけですが、学生時代よりは意外に楽に感じたのが、プレゼン、資料作成、文章作成、プログラム作成、等々でした。
そのほかにも、目標に向かって最短距離を走る方法、自己管理能力(すなわち時間を捻出する力)などなど、あげればきりがありません。
やはり社会に出てきつい状況で成果を出す訓練は、研究にも通用するということが経験としてわかりました。

よく考えてみれば、学生時代は論文等の締切はあるものの、やはり追い込まれることが少ない。
それに対して社会人は、常に複数の締切に追われ、複数の会議、打合せの準備にも追われている。
毎日が追い込まれ続けながら成果を求められ続けるという訓練は、学生にはないものである。
必然として、能力はどんどん上がっていくようだ。
周りはできるのになぜ自分はこんなにできないんだ、と思うことが仕事をしていると多いが、それは周りに優秀な人が多いからであり、そんな人を見ていると気づかずに自分も成長しているようである。
ある意味学生という過去の経験を再度すると、あの頃ほどの苦労はなく、どうにかこうにか要領よくやっていることに気づいて驚いた。

ただこれは、けっこう楽な生活を送っています、という意味では決してありません。
当然ながらただでさえ仕事で忙しいのだから、もっと追い込まれることは間違いありません。
言いたいのは、2倍ほどつらくはなりませんよ、数年間の社会人経験が、大変さをせいぜい5割増しぐらいに抑えてくれますよ、ということです。



読者登録

mickreeさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について