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この本を見ていただいた方へ

私は社会人博士課程を1年半やった後、会社を辞めて現在純粋な博士課程の学生として学生生活を送っています。
とても充実した毎日です。
この本を書こうと思ったのは、社会人学生をやってみたいがどうしていいかわからない、そんな人に私の経験を役立てたい、と思ったからです。

しかしながら、いざ書いてみようと思うと何を書いてよいかわかりません。
もし、あなたが知りたいことがありましたら、ぜひコメントのページを使って質問をお寄せください。

なお、2012年5月1日現在、ページを増やし続けています。
週1回以上は更新していますので、よかったらブックマークで定期的な確認をお願いします。


家族仲良くする

社会人ドクターにとって、家族の協力は必要不可欠です。
私は現在、妻と、3歳になる息子がいます。
会社は残業や出張も飲み会も多い、いわゆる一般的な会社です(今は退職しましたが)。
残業については、月平均4、50時間という程度です。
出張は、月1~2回、日本国内の一泊出張がメインでした。
ノミニケーション文化の強い会社ですので、週に1~2回は激しい飲み会(次の日二日酔いか寝不足になる程度)がありました。
そんな状況なので、平日の時間の捻出にはかなり限界があり、必然的に土日に勉強をすることになります。
しかし、平日も家にいないのに、土日も家にいないと、当然妻の不満は募っていきます。
そんな状況にもかかわらず、我が家はかなり家族の仲が良いほうだと自負しています。
ポイントは次の2点です。
①夢の共有
②妻を神様だと思う

夢の共有については、結婚前から、月1回の会議を6年以上続けています。
その会議では、共通の友人と遊ぶ予定など、日常の細かい予定の確認もしますが、最重要なのは「ぼくたちは将来にわたってどういう楽しい人生を築き上げようか」というテーマに対する話し合いです。
これがあったから、妻にとっても、私が土日も家にいないことが、単なるつらい日常ではなく、夢へのプロセスと考えられたのでしょう。

②については、わかりにくい表現だと思います。
例えば、雨が降っても地震が起きても、私たちは自然という神様に文句を言うことはないでしょう。黙って耐えます。そして、(人によりますが)一見何の意味もなさそうに見える、お祈りやお供え物をし続けるのです。
すると、ごくたまに神の御加護とも思える運が舞い込みます。
そこには必然性も確実性も関係性もないかもしれませんが、そのように考えることもできるでしょう。

さて、妻はどうでしょうか。
女性は付き合い始めは神様のようなものです。
自分を好きと言ってくれて、それほどの努力をしなくてもいろいろと施してくれます。
しかし、結婚、出産、と過ぎていくと、どんどんとその施しは減っていきます。
(男性から見ると)意味も分からず不機嫌になってしまって、自分を困らせます。
男性はそれを見て、妻は変わってしまったと嘆きます。

しかし、妻を神様とみなすとどうでしょう。
たまの不機嫌は雨のようなもの、それには文句を言わず、黙ってお祈りをし続けましょう。
つまり、ひたすらに手伝いをし続けるのです。
マッサージをしてあげるのもよいでしょう。
すると、ご加護があります。
たまにコーヒーを入れてくれます。
自分の考えを理解してもらえます。

付き合い始めのような、何の努力もしなくても自分を愛してもらえる状況というのはまずありません。
妻に尽くす努力をしましょう。
そうすることで、妻から再び愛をもらえます。
前述した神様にお供え・祈りをささげていればたまにご加護がある、というレベルよりもはるかに高い確率で、妻から愛をもらえます。

社会人ドクターと全然関係ないじゃないかと思われるかもしれません。
しかし、家族の協力、愛なくしては社会人ドクターを継続しようというのは相当に厳しいでしょう。

今からでも遅くはありません。
妻の不機嫌には深呼吸でじっと耐え、靴下を洗濯機に入れるような小さなことをし続けるのです。


社会人ドクターにかかるお金

入学金:22万
半年分の授業料:28万

3年間で卒業する場合
22万+28万×6=190万

190万かかります。
そのほかには、社会人パワーを生かして関連書籍は惜しみなく買っていましたし(10万ぐらい)、
金で時間や集中できる環境が手に入るならば惜しみなく使っていました。

190万はいいとして、そのほかにも金をつぎこむのは、190万払った上に卒業できない、形としては何も残らない、という最悪の事態を避けるためです。

うまくいけば、成果が出て、国際会議に発表に行ければ、旅費分は研究費から出ますので、その旅費だけで半年分の授業料に匹敵する可能性もあります。

学会に行けば旅行ができる(笑)→そのためには論文を何としても書かなければいけない→結果として成果が残り、卒業も一歩近づく

という好循環を生み出すためには惜しみなくお金を使っていました。


社会人ドクターを始めるための決断

ドクターを始めるにあたって、やるかやらないかを決断しなければいけない。
社会人ドクターを始めるにあたっての決断であるが、決断というものはどうも大げさに考えられる傾向にある。
というのは、やるかやらないかのゼロイチ思考に陥ってしまっている人が多い。
本当はこの間に、自分は本当に何をやりたいのかを考える、どういう大学があるか調べる、勉強時間を確保するための日常生活の中での様々な工夫を模索する、などなど、決断する前にやるべきことは山のようにある。

社会人ドクターを始めるか否かに関わらず、人生の大きな決断となると、どうもそれをやるかやらないかに目を奪われて、こうした小さなステップの存在を忘れがちだ。
「やるかどうか考えている」、という表現がよく使われるが、本当に考えているだけでは結局は悩み続けるだけである。
私はここでいう「考える」というのは、上記で述べた小さなステップをこなすことであり、それをこなす中で、本当にその社会人ドクターをやりたいのかどうかがわかってくると考えている。
そのステップをこなす中でわくわくしてくるなら、それは本当にやりたいことであり、面倒くさくなるならば、それは実はやりたいことではない。
なんとなく現状に対する不満が、「社会人ドクターでもやってみようかな」という考えに現れただけである。

「調べながら考える」、この考えをおすすめします。


社会人ドクターになろうと思った理由

自分の性格は繊細であると思っている。
繊細というのは、傷つきやすいということでもある。
人が何とも思わないちょっとしたいやなことを、ずっとくよくよ悩み続ける。
現在著者は33歳であるが、この性格を、27年間本当にいやだと思い続けてきた。
例えば会社で、現場に配属され、6歳下の高校卒の同期に仕事でばかにされる。
耐えられない。屈辱だった。こんなに年下の人にばかにされるなんて。
おれはもっとすごいはず。
そう思い続けて、プライドを守るためだけに、よくわからずに資格にチャレンジしたこともあった。
そうして簿記3級、ビジネス実務法務3級、知的財産検定2級、第2種電気主任技術者、エネルギー管理士などの資格を取り続けた。
多少のプライドは満たされてきたが、まだしっくりこない。
それが大して仕事できることにつながらない。

でもあるとき思った。
自分が傷つかなかったら、こんなに努力しただろうか。
自分は傷つくことによって、それを克服しようと努力をする才能があるのではないか。
27年間いやだと思い続けた自分の性格を、裏返してみると、繊細だからこそ努力できるという才能とみることができるのではないか。
そしてそれを生かせば、一つのことに集中させれば、何かを達成させられるのではないか。

でもそれが何かはやっぱりまだわからなかった。
こうしたもやもやとした思いを抱えていたところ、社会人ドクターの誘いを受けた。
大変そうだからと一度は断ってみた。
しかし、もしかして探し求めていた、自分の力を集中させるべき何かはこれではないかと思い直し、社会人ドクターの入学を決意したのでした。



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