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「……聞きたい事と言いたい事が、山のようにあるんだけど」

 カスパーとエミリーの姿が見えなくなってから、サリーがそうつぶやいた。

「いいけど。場所は変えようか」
「エド」
「ちゃんと答えるって。コーヒーでも飲もう」
「エド!」

 サリーの腕を引き、強引に警察署から出たエドウィンだったが、足を止めたサリーに仕方なく振り返る。

(そんな顔、してくれるなよ)

 睨もうとしてして、失敗しているサリーの姿に、エドウィンは心の中でつぶやく。
 サリーの青い瞳は涙で少し潤み、それなのに睨んでいるものだから、ひどく痛々しい。
 華奢な体は小さく震え、それでなくても白い顔は、青ざめて夜の闇の中に浮き上がっている。

 エドウィンは迷うことなく、サリーを腕の中に引き込んだ。
 だが、ぎゅっと抱きすくめようとして、サリーの抵抗にあった。

「いや!」

 女性にしては強い力だったが、鍛えている男のエドウィンには簡単にねじ伏せることが出来る程度で。
 エドウィンはサリーの抵抗を物ともせず、しっかりと腕の中に抱きしめた。

「どうして。どうして、こんなことっ」

 がむしゃらにエドウィンの腕を押しのけ、サリーは暴れる。
 エドウィンの胸を、拳で強くたたく。

「私っ、もうっ」

 サリーの目から、ぼろっと涙がこぼれ落ちた。
 エドウィンも驚いたが、サリー自身も驚いた様子だった。
 暴れるのをぴたりとやめると、見開かれた目から涙が次から次へとこぼれ落ちてきた。

 エドウィンはたまらない気持になって、サリーにしっかりと両腕を回し、胸の中に抱きしめる。
 ぎゅうっと抱き込まれたエドウィンの胸の中で、サリーは声を押し殺しながらも、本格的に泣き出していた。



 しばらくしてサリーは泣きやんだが、今度はさっきとは一転して、静かに黙り込んでしまった。
 エドウィンはその様子に内心ひどく動揺しつつも、送っていくよと、サリーを車の助手席に乗せる。

 しばらく、二人とも口をきかず、車内は静まりかえっていた。
 サリーは何を考えているのか、じっと前を見たまま身動きさえしない。
 そしてエドウィンは、そんなサリーの様子を気にしながらも、どう声をかければいいかわからず、彼らしくもなく黙り込んでいた。

「お礼も言っていなかったわ。ごめんなさい。エミリーのことでは、本当にありがとう」

 いつもの完璧なポーカーフェイスを向けられ、エドウィンはかなり落胆した。
 再会してから、サリーはいつも表情豊かで、それは自分が彼女にとって特別な存在になれた証拠のように思えて、嬉しかったから。
 それなのに今、サリーはまた、ぴしゃりと全てを閉ざしてしまったように見えた。

(失敗したかな)

 落胆と動揺を、サリー同様にポーカーフェイスの下へと押し隠し、エドウィンも口を開く。

「協力できたのなら、よかったよ」
「どうしてあそこにいたのか、教えてくれる?」

 頷き、エドウィンは説明を始める。
 犯人が目撃されたと話していたこと。
 エミリーの自宅に入ると、監禁されていたような形跡があったこと。
 監禁されていた部屋に出入りしていたのは、恋人のカスパーだけだったこと。
 エミリーに護衛をつけていたことを知って、サリーは何か言いたそうにしていたが、少し考えて、沈黙を守っていた。

「最初、エミリーは逃げだそうとしているのかと思ったんだ。だが、近所の喫茶店で君と会って、話をしていることがわかって、どうやら違うなと思ってさ」

 しかも、部屋の中には、身分証明書などの貴重品がそのままになっていた。
 そして、逃げるのなら、サリーに会うよりも警察に駆け込むのが自然だ。

「犯人を目撃しているのに、黙っていたことといい、これは犯人を守ろうとしているんだろうなと思った。それに、カスパーがエミリーの後を付けていることも、護衛から聞いていたし。カスパーが外国行きの航空券を手配したことも知ってね」
「大変。警察が見つける前に、なんとかしないと」

 自首する前に、高飛びする予定があったことがわかれば、裁判で不利になる。

「なんとかしておいた。逃げられるのは困るから」

 再び、サリーが何か言いたげにエドウィンを横目で見る。
 きっと、どうして事件に関わるのだと言いたいのだろうが、その議論を今ここで蒸し返すつもりはないようだ。

「エミリーが自首することを希望しているなら、俺にその手助けが出来るかなと思ってさ」
「それで、マジックショーを?」
「そう。車にそれなりの道具が乗っててよかったよ。あと、すぐ近くに宝石店があったのがラッキー。結婚指輪、買えたし。花嫁のベールがどうしても手に入らなくて、宝石店のディスプレーに使ってたレースを、無理言って借りてきた」
「……とても即興のショーだとは思えなかったわ。どうもありがとう」

 丁度、信号で車を止めたところだったので、エドウィンはサリーの頬に手を伸ばし、そっと指先でなでた。

「どういたしまして。でも、君にお礼を言われる理由はないと思う」
「いいえ。私はあの時、エミリーの意志を無視してでも、カスパーを逮捕しようと思っていたもの」

 強張った表情で見上げてくるサリーの顎を少しつまみ、エドウィンは優しく触れるだけのキスをした。

「あの時の君の立場なら、そうするのが最善だったと思うよ」
「でも」
「俺には時間があった。少しだったけど、君とエミリーが話している間、これからのことを考える余裕があった。ロッシュが手伝ってくれたし」

 即席のアシスタントは、自首の付き添いは辞退して、そのまま帰宅している。

「余裕。そう、余裕よね」

 つぶやいて、サリーは今も頬に触れているエドウィンの手をどかすと、前を向いてしまった。

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「私には……なかったわね」

 唇をゆがめ、苦笑をもらすサリーの横顔を、エドウィンはじっと見つめる。

(やっぱり、やりすぎだったな)

 即席ショーの途中、泣きそうなサリーの顔を見つけた時から、エドウィンは自分の行いを反省しだしていた。
 サリーを守ること、彼女のために事件に関与することは、サリーに何を言われても譲れない。
 だが、サリーだって事件解決に向けて頑張っていたというのに、その頑張りを無視するかのように、彼女の目の前で勝手に事件を終わらせてしまったのは、少々、やりすぎだった。

 サリーを事件の外に追いやって、自分だけで解決してしまいたいというのは本音だけど、それをサリーがどう思うかなんて、わかりきっている。
 それに、サリーは守られているだけで満足してくれるような女性ではないし、とても有能な女性だ。
 こんなことをしたら、彼女のプライドを傷つけるなんて、わかりきっていたことだったのに。

 それでも、頑張りすぎてしまったのは、一日も早く、サリーに認めて欲しかったから。
 側にいること、一緒に事件に関わっても許されること、そして、彼女を守る存在だということを。

(頑張りすぎて、嫌われたら、本末転倒もいいとこだ)

「俺の部屋で、コーヒーでも飲んでいかない?」
「悪いけど、早く休みたいの」

 決死の思いで口にした誘いも、呆気なく辞退されて。
 エドウィンは、彼には珍しく、背中に黒雲を背負いながら、黙々と運転を続けた。

 

 サリーのアパートの前に車を止めると、サリーは小さく礼を言って、そのまま車を降りようとした。
 勿論、部屋にあがってコーヒーでもなんてお誘いが、あるはずもない。
 エドウィンは、少し迷いつつも、サリーの手をつかんでいた。

「エド、休みたいの」
「わかってる。ごめん。でも、謝りたいんだ、今すぐ」
「謝る?」

 サリーは眉を寄せ、いぶかしげにエドウィンを振り返ってくる。
 彼女の青い瞳を、エドウィンは思いを込めて、じっと見つめる。

 うじうじ迷っているのは、性に合わない。
 それになにより、サリーの場合、明日も会えるかどうかなんてわからないのだ。
 今夜、これからサリーがどこかに消えようと考えていても、全く不思議はないと、エドウィンは思っている。

「今回の事、俺は出過ぎた真似をしたと思っている。悪かった」
「エド?」
「最低でも、事前に君に相談すべきだった。反省してる。ごめん」

 サリーは驚いた顔をしていた。
 それは演技のようには見えなかった。

「私、そんな風には思っていないわ」

 エドウィンの方へと体を向け、サリーはどう説明しようか、言葉をさがしているようだった。

「エミリーの望みどおりで、カスパーにも一番いい結末になって、私、本当にほっとしている。それに、私では出来なかったから。あなた以外の人に、ここまで短時間でカスパーの気持ちを変えることなんて出来なかったと思う。あなたは本当に魔法使いよ。とても感謝しているわ。出過ぎた真似だなんて、思っていない」

 話しながら、何に思いついたのか、サリーはふと眉を寄せる。

「事件に積極的に関わってくるということで、出過ぎた真似だっていうのは……それは、否定はできないけど」
「けど?」
「仕方ないわよね。あなたに会っておいて、事件には関わるなって言う私の方が、中途半端だったのよ」
「中途半端?」

 サリーは小首を傾げ、口元に疲れたような笑みをうかべた。

「あなたにこれからも会うか、それとももう会わないか。私はどちらかを選ばなければならないのよ」

 全てを受け入れるか、それとも完全に拒絶するか。
 サリーがそんな事を考えていたなんて、今まで思いもしなくて、エドウィンはぞっとした。

「い、今すぐに決めることはないじゃないか! 俺は時間がほしいと言ったし、信頼関係はゆっくりつくっていくものだろ。これからは、俺も事件にどう関わるか、もっとよく考えるよ。君の望むとおりにするし」
「………」
「サリー。まさか」

 もう、会わないつもりじゃと、言いかけて、エドウィンは口を閉ざした。
 そう言って、頷かれてしまった時には、自分がどういう行動に出るのかわからない。

 それでも、急に態度を硬化させているサリーからは、どう考えても、これからも会うという選択肢を選ぼうとしているようには見えない。
 ようやく、自分に向かって開かれ始めていたサリーの心が、目の前で音を立てて閉ざされたような気がして、エドウィンは恐ろしかった。

 気が付けば、サリーの両肩をつかみ、抱き寄せながら、唇を重ねていた。
 抵抗はほんの少しだけ。すぐに、サリーは従順にエドウィンの唇と舌を受け入れてくれる。
 抱きしめれば、キスをすれば、サリーに受け入れられている自分を実感できて、エドウィンは少し自信を持てる。
 もしかしたら、愛されているのかもしれないとさえ、思えた。
 だからこそ、サリーは自分を凶運に巻き込みたくなくて、逃げ回っているのではないかと思っていたのに。

(もう会わないって、どうして)

 事件に関わっても大丈夫、頼りになるんだぞというところを見せたかったのに。
 それなのに、どうしてもう会わないという結論になるのか。
 そこまできっぱり拒絶されてしまったら、これからどうすればいいのか。

 唇をはなしても、サリーは胸の中にくったりと寄りかかってくることはなく、そっとエドウィンの胸を押して、体をはなしてしまった。
 頬は薔薇色に染まっていたけれど、サリーはエドウィンの視線から逃げるように、顔を背けていた。

「サリー」

 そんな拒絶を見ていたくなくて、エドウィンはまたサリーへと腕をのばす。

「待って」

 だが、サリーのしっかりとした声での拒絶に、触れることは出来なくなった。

「待って、エド。お願い。時間を頂戴」
「時間?」
「お願いだから。一人にして。ちゃんと、結論だすから」

 そこまで言われて、エドウィンも手を出せなかった。
 迷って戸惑ったすきに、サリーは車を降りて、アパートへと走り出してしまっていた。
 すぐに追いかけようとしたが、一人にしてという言葉と、エドウィンを拒絶している後ろ姿に、エドウィンは深く息をついた。

「……時間やったら、消えていなくなるくせに」

 つぶやいて、でもどうしようも出来なくて、手出しできなくて。
 エドウィンは目を閉ざし、ずりずりとシートに深く身を沈めた。

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 翌日。

 エドウィンは、昼前に、サリーの働いている旅行代理店に行ってみた。
 店は臨時休業の張り紙をして、閉まっていた。
 タイミングよく、裏口から出てきた関係者らしき女性を捕まえて話を聞いてみると、営業の一人と事務員が二人も急に辞職し、店を営業することが出来ないということだった。
 どうやら、カスパーが殺人犯人だということがわかり、その対応にも追われている様子だった。

(やっぱり、辞めてたか)

 がっくりと肩を落としながら、エドウィンはサリーのアパートにも行ってみた。
 すると、驚いたことに、サリーはまだアパートを引き払っていなかった。
 前回の発砲事件の時は、もぬけの空だったというのにだ。

 しばし迷ったが、誘惑には抗しきれず、エドウィンはサリーの部屋の鍵をあけて、中に入ってしまった。
 サリーの部屋に入るのは、これが初めてだ。
 だが、サリーの許可もなく、部屋の中を見てまわる気にはなれず、玄関扉に背をあてたまま、遠慮がちに部屋の中を見回す。

 きちんと片づいているが、生活感のある部屋。
 日当たりのいい出窓に置いてある鉢植えの花と、家族写真が入っているらしいフォトスタンド以外には、余計なものは一切ない。
 なんだかサリーらしいなと、エドウィンは小さく微笑んでいた。

「引き払っていないということは、ここに帰ってくるってことだよな。一人で考えたいって言っていたし。結論がでれば、帰ってくるってことだよな」

 完全に姿を消してしまった前回とは違う。
 サリーの言っていた時間がどれほどのものかはわからないが、その時間を待っていたら、サリーはまた姿を見せてくれる。

「そう思ってもいいよな」

 それぐらいは、サリーの中で自分の存在が大きいと思いたい。
 でないと、とってもじゃないが、悲しすぎて、情けなくて、立ち直れないかもしれない。

 エドウィンは、頭をかかえてしゃがみ込み、しばし深く落ち込んでいた。
 だが、すっくと立ち上がると、ぐぐっと拳を固め、気合い入れた顔でサリーを部屋を出ていく。

 勿論、このまま指をくわえてサリーが帰ってくるのを待つつもりなど、エドウィンにはない。
 まずは、この部屋にサリーが帰ってきたらすぐにわかるように、センサー設置してやるっと、エドウィンは走り出した。

この本の内容は以上です。


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