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注記) 記号をつけた節は試し読み可です        【2012.04.12版】

1章 解脱
     解脱とは何か                     1,328文字 
     解脱の位置づけ                   1,015文字 

2章 解脱の真相
     解脱の瞬間に起こること               3,599文字
     解脱知見 ~ なぜ解脱したと分かるのか    2,041文字
     解脱の後に起こること                  473文字
     解脱後の人生                      934文字

3章 解脱の理解
     現象論としての解脱の理解              834文字 
     想定される解脱の体                 4,643文字
     解脱が起こる根拠                  1,530文字
     解脱要因                      1,906文字 
     解脱の因縁                      1,863文字 
     解脱と懺悔                      1,061文字
     衆生はなぜ容易に解脱しないのか        1,205文字 

4章 円かなやすらぎを求める人に向けて
     正しい理解にもとづく解脱              1,565文字
     なかなか解脱が起きない人に向けて         715文字

付録
     三つの解脱                        771文字 
     親近(しんごん)                     865文字
     三種の明智                        881文字
     実例 SRKWブッダの場合(心解脱)       1,352文字
     実例 SRKWブッダの場合(慧解脱)       4,252文字
     実例 涼風尊者(身解脱:阿羅漢果)       2,697文字
     諸仏の誓願                      1,775文字
     苦のありかと苦の滅尽                1,198文字
     解脱の事例 ~ 釈尊当時および慧能ブッダ    360文字

涼風通信のパスワード

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『覚りの境地』 』 『 『感興句』 』 『 『観』 』 『 『功徳』 』 『 『一円の公案』 』 『 『信仰』 』 『 『仏道の真実』 』 『 覚りの境地(2019改訂版) 』 を購入した方は 1,000円(税込)
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[更新履歴]

 2012年02月15日  第1版完成。発刊。
 2012年02月16日  3章に一節を追加した。 「解脱と懺悔」
 2012年02月17日  3章に一節を追加した。 「解脱の因縁」
 2012年02月19日  付録-「実例 涼風尊者(身解脱:阿羅漢果)」を拡充した。
 2012年02月22日  「衆生はなぜ容易に解脱しないのか」を試し読み可とした。 
 2012年04月12日  全体的に文章を拡充した。 

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はじめに

 仏教を多少なりとも知っている人であれば、解脱という言葉を耳にしたことがあるであろう。そのような人は、解脱は、ほぼ覚りと同義に用いられていることも理解しているかも知れない。しかしながら、覚りが境地を示す言葉であるのに対して、解脱は心的現象を表す言葉であり、それぞれの意味合いには少なからぬ違いがある。

 ところで、私は覚りに興味がある人々と話す中で、あるいは仏教の書籍を読んだ中において、この人は解脱して覚りを得たいと願っているに違いないと思える人が、実は解脱の真相をほとんど知らないことに気づいた。このような人たちは、解脱の真相を知らないのに、それでも解脱して覚りを得たいと願っているのである。そして、そのことそれ自体は決しておかしなことではない。解脱は、本当に素晴らしいできごとだからである。

 さて、解脱の真相を知ろうにも、仏典には解脱そのものについての記述が少ないこともあって、その本質を理解することは極めて難しいであろう。解脱のありさまを想像するにしても、覚りが何となくイメージしやすいものであるのに対して──もちろん、覚りと解脱は同じことの違う側面なのであるから、解脱が分からないということは覚りが分からないこととほとんど同義なのであるが──、解脱は何が何からどう解脱するのかというようにそもそも分かりにくいのは確かである。

 現実に解脱を生じた人でない限り、その具体的なイメージを描くことはとてもできまい。そして、そのような曖昧な理解しか無いのでは、仮に解脱したいと思ったとしても何をどうしてよいかさっぱり分からないに違いない。

 また、解脱は一種恐ろしい一面があると、誤って流布されているきらいもある。これは解脱の真相が明らかでないことに由来するものだと推定されるが、解脱がもし何らかの恐怖を伴う現象であるとすれば、そもそも解脱しようとする気持ち自体がくじけてしまうのは確かだろう。そして、このように解脱についての知識が余りにも貧弱な状況では、人々が解脱を目指すことに二の足を踏むのも無理もない話である。

 さて、事実を言えば、解脱は決して恐ろしいものではない。解脱は、何の恐怖もなく、何の痛みもなく、何の危険もなく、もちろん苦悩もなく訪れるものだからである。覚ったあとで振り返っても、解脱の瞬間は、この世の最上の瞬間であると断言できるものだからである。

 しかし、そうは言っても、解脱の真相が詳らかでなければ、やはりそのことを人々(衆生)が信じるのは難しいであろう。もちろん、信仰篤き人は、解脱の真相など知らなくても、道を歩む揺るぎなき決心を為し、まっすぐに歩んで、円かなやすらぎ(=ニルヴァーナ)に到達するに違いないのであるが、通常の修行者には難しいかも知れない。一般の人ならば、なおさらである。

 これらのことを鑑み、ここに解脱の真相とその真実を明らかにしようと思ったのが、著作の動機となった。こころある人は、本書を読んで、解脱の真実とその真相を理解してほしい。その正しい理解が、解脱にまつわる根拠のない恐怖心を取り除き、修行に正しく奮励することを後押しするだろう。そうであってこそ、闇雲に覚りを求めることがなくなり、円かなやすらぎ(=ニルヴァーナ)に向かってまっすぐに道を歩むことができるにちがいないからである。


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