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2011.2.1 王祇祭(上座当屋)

黒川能・王祇祭(上座当屋 黒川上地区公民館)2月1日~2日

3度目の王祇祭。

今年もお気に入りの夜行寝台「日本海」で寝ながら行くつもりでいたのに、なにやら北陸は大雪だそうで、昨日も運休、今日も運休という感じで、肝心の日も正午前には運休宣言。

「日本海」が走らないということは、同じ路線の「いなほ」も危ないということで、さて、仙台経由で月山越えか、それとも空路かとちょっと悩んだ末、とりあえず羽田からは飛行機をとってみた。


庄内空港

吹雪きさえしなければ飛行機は大丈夫と聞いていて、天気予報も良好だったのに、一夜明ければ庄内に〈風雪警報〉発令 (゚o゚;)

庄内空港に着陸できない場合は羽田へ引き返しますとさんざん脅されながらもようやく着陸したものの、空港に待てど暮らせどタクシーは来ないし、吹きさらしのタクシー乗り場は寒いし、やっと来たタクシーに乗っても黒川までは遠いし、どうにかこうにか王祇会館にたどり着いたときには、なんだかゴールに倒れ込むアスリートみたいな気分だった。

妙な達成感が邪魔をして、その後の観能はどこかオマケ感覚になってしまった。

予定では早くに鶴岡入りして仮眠と入浴できるはずだったけれども、そんなこんなで体力は到着時点ですでに限界、夜は〈道成寺〉を見届けたところで皆より一足早く休憩所に戻った。

演目は、大地踏/式三番/絵馬/末広/八島/附子/羽衣/釣女/道成寺/こんかい/猩々でしたが、最後の狂言〈こんかい〉と〈猩々〉はパス。

〈大地踏〉
お稚児さんはニコニコと機嫌がよさそうだ。王祇様に向かってジャンプするごとにどんどん王祇様の下へ潜り込んでいってしまうのを、後見のおじいさんにときどきズズズーッと引きずり出されているところがかわいかった。

正面から見ていると、幼子が意味もわからないだろう言葉を朗々と唱えるのがいつも不思議で、かざした扇の裏にはアンチョコでもあるのだろうかと疑いがちだけれども、今回、脇から見ていたら、もちろんそんなものはなくて、子供の記憶力にあらためて驚嘆。

お辞儀をするたびに金の烏帽子がこっつんと床に当たって、これまたかわいかった。

遠藤絆くん(6歳まであと3日)でした。

〈式三番〉
翁面は、舞台前に置いてあった箪笥と厨子にしまってあり、開始前にそこから出して楽屋へ運び込まれていた。その後、この箪笥は撤去される。

翁の面はやや黒っぽく、どこか小動物的で魅力的。

三番叟のおじいさんは、3年前拝見した折には激しい動きに途中で大口が着崩れてしまい、存分に舞いきれず残念だった。

今年はそんな手落ちもなく、気合充実というか、立つのも座るのも大儀そうなお歳なのに、たとえ命を削ってもこれを舞い通す! といった悲壮な覚悟がありありと見て取れて、その気概に心打たれた。やっぱり、舞踊には人生が出る。

黒式尉のこの世ならぬ表情も不思議で、見ていると吸い込まれそう。
今年の王祇祭、二日間を通して、わたしにとっての no.1は、上座当屋の〈三番叟〉だ。

〈絵馬〉
上座の脇能は〈絵馬〉が圧倒的に多い。〈絵馬〉か〈難波〉かどちらかといった感じ。平成になってから、この二曲以外には、〈宮川〉というものが1度、〈老松〉が1度あったきりだ。

〈八島〉
前場のおじいさんがやけに若い(^_^;)。

後場、戦の場面は語りだけでなく、かなり激しくリアルな動きなので驚いた。

〈羽衣〉
この時点ですでに日付は変わり、朝の1:30だけれども、ワキツレには小さな子も並んで出てきた。……はずなのに、ふと気づくとひとりいない(-。-?)

なんでもわたしが一瞬意識を失っている間に、彼は泣き出して抱きかかえられ退場したのだそうだ。

天女の冠がとても美しかった。そして、この舞は、異様に長かった。

何度も意識が飛んで、はっと目覚めるたびにまだシテは舞い続けており、まるで永遠を舞うかのよう。なんとも律儀な天女様である。天に偽りはないのだった。

〈道成寺〉
能力たちは、ものすごく大変そうに鐘を上げる。よろよろ~、バタバタ~、そうして笑いをとる。

去年、下座で緊迫の〈鐘巻〉を見た。それに比べるとだいぶゆるやかな道成寺。

乱拍子の足さばきは、やはり下座の太夫さんのものが独特だったようで、こちらは足をひねるようなことはなかった。とても小幅に足を踏む。

どこかに「赤拍子、紫拍子、黒拍子、白拍子…」という台詞があって、(シテワキの詞章にはないのでアイだと思う)あれは何を言っていたのだろう。気になる。



全体的に今年の上座当屋の観能はとっても楽だった。

寄進者の名前を書いた紙は高いところに貼ってあったので見所からの視界を遮ることがなかった。後方からでも舞台がよく見えた。お手洗も屋内にあって、いちいち靴を履いて雪の舞う屋外に出る必要がない。

今年はたまたま蝋燭の予備がなかったとかで、中入り後は蝋燭温存のため火を消して蝋燭番のお兄さんたちもどこかへ消えてしまったので、やたら見晴らしがよくなり、また、いつものように身体中煤だらけになることもなかった。

それに保存会のメンバーには、お豆腐と御神酒がもれなく配られもした。

3年前初めて来たとき、上座は公民館ではなく当屋さんのご自宅で、もっとぎゅうぎゅう詰めで、倍くらい過酷な環境だった。

でも、人間というのは不思議なもので、楽なら楽なだけありがたいとは思うけれども、やっぱり過酷な思いをしたときのほうが、特殊なお祭りに参加している実感は強かったりもして、あの最初の当屋体験はつくづく貴重だったなと思う。

あの年に初めて聴いた大地踏の男の子の声も、いまだに耳についている。ほんとうに清らかでありがたい声だった。あの声をもう一度聴きたいばかりに通ってきてしまう気もするのだ。もうあの子も大きいのだろうか。



今回、遠方から黒川入りするためには気象条件がとても悪く、王祇会館に申し込んだひともキャンセル続出なのではないかと予想していた。来たくてもなかなか来られない状況だったからだ。

ところが、わたしたちがそれでもなんとかたどり着いたように、どなたもが苦労しつつもどうにか黒川までやってきて、結局、到着が遅れたひとはいたものの、キャンセルはたったの一名だったそうだ。

「よっぽど好きなのだなぁ」と、自分のことは棚に上げて驚くやら呆れるやら…。

2011.2.2 王祇祭(春日神社能舞台)

黒川能王祇祭(山形・春日神社)



二日目、よろよろ起き出して神社前に行ったものの朝尋常は終わったところで、そのまま春日神社に。

まだ早い時間なのに、けっこうたくさんの人がすでに陣取っている。

今日も、〈絵馬〉や〈高砂〉を見るというよりは〈そこにいる〉ことを楽しむような雰囲気でぼんやり観賞。番組は、絵馬/高砂/大地踏/式三番。

どちらもとても長い曲で、ワキツレの小さな男の子が途中退場するのは、トイレ休憩でもあるらしい。神社はとても寒い。床の上は冷たい。小さな男の子が2時間以上もじっと座っていられる条件ではないようだ。

とすると、いちばん年嵩のワキ少年がじっと座り続けているのは、それだけで大変な成長であり、拍手喝采ものといえるのかも。

上座の大地踏の子(釼持颯琉くん)はまだ4歳と幼くて、声は小さいけれども、台詞がおぼつかなくなると、かえって居直って勢い込むようなところがあり、それが可愛らしい。

黒川に生まれた男の子にとっては、ほんとうに一生に一度の晴れ舞台なのだろう、生まれた時点で何年の大地踏をとお願いするのだそうだ。とてもとてもおめでたいことなのだ。

今年初めて行く連れがいたので、何とか〈棚上り尋常〉を見せてあげたかったけれども、電車の時間が決まっておりタクシーも予約してあったので、〈翁〉が終わったところで神社を後にする。

外へ出たとたん、中から若衆の「わーーーーーっ」という叫び声とダンダンダンという足踏みが聞こえてきた。祭は、いよいよクライマックスだ。


日本海の夕陽

奥付



黒川能〈王祇祭〉2011


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著者 : 月扇堂
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