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Grasshouse詩篇

 

 

   釣りをする男

 

地の果ての崖で

魚を釣っている男が いるという

私はコートを着て、地図を手に 崖に行った

残酷に切り立つ崖

ここまで来るに覚悟がいる

遠くに丸い小さな背中が見えた

風のない虚空で 男は崖の尖端に座り 長い釣り糸を垂らしていた

糸は真っ直ぐにぴんと下がり、重心を持つかのよう

下には怖ろしいほどの虚空が 広がっている

 ――何か釣れますか

 男は迷惑そうに

 ――内緒だが、ここでは永遠が釣れるのですよ

 

 籠の中には何もなかった 

ただ、気の遠くなるような紫の虚空が広がっている

いまでも地の果ての崖で

一人の男が、宙に糸を垂らして、永遠とやらを釣ろうとしている

 

 

 

 

 

 

 

 

    ゼーレンブルグの鋏職人

 

鋏職人は旧市街の褐色の石畳で

自分が自分であるために

この世でいったい何をしたらいいのか、とくと考えた

 それには枢機卿を殺すこと

 できれば無知な民衆に、鋏職人としての気概を見せつけること

 

鋏職人はそう思いさだめ、

いそいそと工房に戻って 鋏を研いだ

鏡色の刃に、彼の人生のゆくすえが、細く鋭く尖っていた

神と悪魔の秘密を握ってるかのようにふるまう 

あの忌まわしい枢機卿

いずれ誰かが、殺らねばならぬ。

 神と悪魔を 私物にしてはいけない

 なぜなら、この鋏職人こそが、しんじつの、神なのだから――

 

こうして鋏職人は、秘かに処刑を執行した

 影絵のように、ギザギザに切り刻まれた枢機卿に、アーメン

 切り絵のように、幾何学的に貼り付けられた枢機卿に、アーメン

これがあのおぞましい、「ゼーレンブルグ惨殺事件」のあらましである。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

   日時計のある中央広場

 

自身を半分ずつ無限分割している男の破片が

透明に重なり合って

少しずつずれながら 時を刻んでいる

そこには 薄いプレパラートのような 扇状の影ができる

 

日に倦み飽いた午後

水をのみ

のろのろと回廊をまわる

日時計のある中央広場

戦いの狼煙は 地平線の果てに細くのぼり

今日も便りは届かない

男の破片は 砂に舞い 風になる

日時計は、陽炎のように 光と影とを投げかける

幻の如きその移ろい

日時計は時を計らず永遠の無時間における位置を計る

今日も便りは届かない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     バザール

 

バザールに来てごらん

バサールは楽しいよ

――お嬢さん

そこでは何でも 売り買いが できるんだ

                できるんだ

ついこないだも、

赤頭巾ちゃんや、青頭巾ちゃんを、

       露台に並べて売っていた

 

バザールに来てごらん

バサールは 楽しいよ

あんたがだいじにしているもので

売りたいものは、

何でも お金に、なるんだから

   ……何でもさ。

 

   あんたがいちばん興味のある、あの秘密のごちそうを 

                       用意しといてあげるから。

 

眠るような けだるい夏の午後

両親には内緒で 

こっそりと、

バザールに 来てごらん。

そこでは何でも 売り買いが、できるんだ。

                  できるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラス管の中の詩

 

いまでは廃墟と化した医科大学

黴くさい実験室

透明な試験管の中の緑色の生命は ひそやかに目を覚まし

おずおずと恥ずかしげに思考を始めた

その桃色の微細な舌ビラメのような考えは、

美しい虹色にしみわたり

プリズムを透かす光線のように ひろびろと投影された

以来、世界は、無難にも展開されている

  この世は洞窟――

  出られない

  この世は洞窟

  もがいても、もがいても、騙されるばかり

ガラスはいまだ、割れることがない

いまもなお二本足の実験動物たちが 水母のように白い回廊を彷徨っている

                   

 

          

                          

 

 

 

 

発見者の子供ら、その後

 

子供たちは 村の日向の崖で、異星人の死骸を見つけた

それは悲しく ひからびていた

灰色の大きな昆虫のようでもあり、賢げなヒトの姿のようでもあった

仲間たちは秘密結社を作り、

互いの親指を切り裂いて、血を吸い合い、固く口を閉ざした

その頃は、

人生と世界を 信じていた

       ……信じていた

 

大人になっても、いまだその灰白色の断片を持っている

彼らは、子供机の引き出しの奥に

異星人の死骸の一部を 隠し込んだまま、

恋をして、大人になった

 それがはたして

幸運だったのか 不幸だったのか、わからないままに。

 

あれから時が過ぎ、

ずいぶんとまた、時が過ぎ、

皆、つまらない大人になったものだ。

ただ今夜も、星はほそぼそと 光っている。

幸もなく、不幸もなく、

茫漠たる 銀河の果てに――

 

 

 

 

 

 

 

 

詩人

 

一階の詩作室は 狭すぎる!

できれば 塔の上、最上階の部屋を 要求したい

極度の思考が そこでは結晶するはず。

 落下中に、 

蒼白い閃光を放つような、世界に亀裂を入れるような、

物凄い傑作が、出来るであろう。

 詩人いわく

意識主体が落ちてゆく加速度こそ詩の放つ光芒である

 

 

 

 

 

 

 

 

       朝の散歩者

 

日曜日

淋しい地方都市の外れ

朝の散歩者は、林道で、女の屍体らしきものを見つけた

赤いハイヒールの片方が、草の中にのぞいていた

白い足がでしゃばる 解体されたマネキン

噛み殺された鳥の羽のように、下着類が散乱していた

小さな太陽 傾いて駐車 

なかでは黒っぽげな複数の影が、動いていた

ざわざわと梢が 風に鳴った

ぞわぞわと背筋に 虫が這った

 車内はまだまだ料理中

朝の散歩者と、小心者の愛犬は、 

何事も見なかったかのように、何事も嗅がなかったかのように、

四個の眼球を凍らせながら、いそいそと、ただ前方に進んでいった

 

 

 

 

 

   

 

       石棺

 

石棺の中で眠るのが好きな女がいた

石棺でないと あたし駄目なのと 女はいった

できれば 黒く深い闇のような冷えた石がいいのよ、

その柩の中で 灰になるのよ……

 

       女のアパートに行くと、いつも壁際に座らされて体が冷えた

何年もこのお棺の中で こうやって生まれたり死んだりしているのよ

砂漠の真ん中で、あなたも生きてるという夢を生きればいいのだわ

世界は冷たい石棺なのよ

そんな戯言をいうと また瞼をとじて、

 深く眠るのであった

 

赤い兎の眼のような月……。

月明かりの夜、わたしは溜息をつく。

自分が石棺になるのがいちばんだと諦念し、

そこに腰を下ろし、厳かに横たわり 

細胞をひしひしとと結晶化させて 優しい柩になった

とてもつめたい石の柩に。

いまとなっては、仕方あるまい。

これが私の石棺としての人生の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   時計塔の老人

 

長い、長い、拷問の果てに、

老人がやっと、皺だらけの口を開いた

    「時間の本質を暴くには

     膨大な時間を 浪費しなければならないのです

     そのためには 何生も、何生も、棒にふらなければならない

     ある一瞬、時の始点と終点が、まるごと見える時がくる。

     あたかも、メビウスの環のように

老人は、この世の時間の守衛であった。

 

私達は、ようやく、世界の秘密を知った。

これさえ探れば、もう、用はない。

時計塔の黒い影、匕首を下ろして、老人を殺した。

老人を、殺した。

そして、気の遠くなるような藍色の空を仰ぎ、

深く歓喜し、

ちりぢりばらばら、四方八方に、駆けだした――

 

 

 

 

 

 

 

     さまよえるヨブ

 

ボーボーと法螺貝の鳴る荒れ果てた海の底 

もはや目が見えなくなった旅人

朝から晩まで 海流がざらざらと流れている

無限と思われるほどの砂粒を数えて

盲いた者の垢だらけの衣

この場所は光も差し込みはしないし、生きるにはことに難しい

右に回ると戻ってしまう。

左に行くと地獄行き。

   今日もどこかの海溝で 貴族のお姫様が嬲られる

  亡霊と化した海賊たちの古い葡萄酒が、

  まばゆい下腹にこぼされる

  奴らは羅針盤を打ち壊し、

   夜の商船に火を放った

 

ヨブは船底にイモリのように張りついた 

涙は 海と葡萄酒に混じり合う

「滅びよ、私が生まれた日」

ボーボーと 法螺貝の鳴る 暗い冷たい海の底

皮膚には水蛇のような鱗が生じてしまい、もはや誰も相手にしない

海流がざらざらと 流れている

ざらざらざらざらと 流れている

海藻の身体、螺や珊瑚のこびりつく

ライ病の腐りただれたその姿

冷たい水底を いまださまよえる 襤褸のような水死人

蒼白い燐光に囲まれた大いなる祝福の日まで、残り数万年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    デミウルゴス飼育

 

化け物を飼っちゃ、悪いのかい?

その化け物は、悪い人間、知謀で爛れた脳が、大好きさ

なぜなら淀んだ血には、いい知れぬコクがあるから

生贄の、餌をやるんだ

 

夜半過ぎにもなると

悪と倫理と思考の渦で、きしきしと夜空がひしめく。

あたりの密度が濃くなり 氷たちが自らを磨きあげる

地階に飼われた怪物は、またひとつ、ぽっかりと、

  煙のように 宇宙を吐き出している。

胃袋の中でぐるりと世界が反転する。

グノーシス派のでっちあげた錬金術の怪物だ。

しかしわれわれもまた、創造神になるには、

いちどは堕ちて、呪われたデミウルゴスにならねばならぬ。

魔を極めれば、こらえきれずに光が生まれる。

二極の総合、光のモロク。ここは形而上学的な原子力発電所。

 ふん、またしてもどこかの薄汚い野郎が、政治家になりやがった

虚栄がお前らのおいしい餌で、

いずれは聖餐の七面鳥。

肥えた政治家は、一日おきに、屠殺せよ!

デミウルゴスは、太った生贄を、鋭い牙で噛み砕き、

今夜もまた、ぽっかりと、煙の銀河のリングを吐き出している。

 

 

 

 

 

 

 

     浜辺の歌

 

九十九里浜 終わらない 

仄かに光る 銀いろの浜辺

とぼとぼと投げやりにうつむく少女

足跡だけが残る

日が残る

終わらないものを終わらせる浜辺

朗らかな若人の歌

赤い点滴のにじむベッド

重たい鉛の波に沈む

帽子とか、バックとか、スニーカーとか、そんなもの

 そんなものの記憶が、

 潮に汚れて、浜昼顔の蔓にからまれる

残骸 廃船 水平線、

  はるか沖へと 流れ過ぎ去る泡の群れ

とぼとぼと 投げやりに うつむく少女

九十九里浜 終わらない

どこまでも終わらない 

逆光の波の刃――。

    

 

 

 

 

 

 

 

    幻灯機

 

下北沢の路地裏のアンティーク・ショップで、

大正時代の幻灯機を 見つけた

眠るような夢の連なり、

透明なシャボン玉

しゃかしゃか、しゃかしゃかと 古いフィルムが 回転する

おぼろげな 影がさまよう 昔の街角 

記憶の幽霊どもが 山高帽でお辞儀する

電信柱に 郵便ポスト

ふるえる光と影の幕間から、

遠い遠い 川面桜の生温かい花びらが、 

開きかけたカーテンの向こうに、はらり、はらりと、吹きこぼれる……

 

 

 

 

 

 

 

     春の蛾を食す

 

京都白河の裏小路を曲がったあたりに、

旨い蛾の料理を食べさせる店が あるという

アゲハ蝶料理は聞いたことがあるが、春の蛾とはいまどき珍しい。

京野菜の温室で丹念に育てた春の青蛾を、

まだ生きて、翅を動かしているうちに、食する醍醐味。

馥郁たる白い腹のふくらみに、

ひとすじ、極上のたれをつけて

一啜りに、噛みつぶすのだ。

ふかぶかとした馨しい夜の匂いが満ちてきて、

夢のような味覚のエロティシズムが、口腔内に広がってゆく。

あのとろりとした、濃いミルクのような甘み、罪ぶかい鱗粉。

やや酸味と苦みをまじえた、独特の珍味は、癖になる。

昔から、京の旦那衆や遊び人の道楽の極みは、

最後は、春の蛾を食べつくして、

狂いに狂い、身を持ち崩してゆくことらしい。

女将によると、卵や蛹は、あらかじめ、要予約とのこと。

 

 

   

 

 

 

 

     ツグミ

 

ちいちゃいツグミが 鳴き出した

ちいちゃいツグミが 鳴き出した

いよいよ反乱、革命だ!

 無能でいつも不機嫌な、植民地提督が怒り出す。

 狂気の殲滅作戦に、打って出た

 眼光するどい特高警察が、電信柱に潜んでいる……

 

広場はツグミの死骸で山となり、

血糊は路上を、ペンキの如くに塗り固めた

地の果てに、黒いのろしが、斜めに昇った。

 

ちいちゃいツグミが鳴き出した

ちいちゃいツグミが鳴き出した

いよいよ反乱、革命だ

 

 

 

 

 

 

 

 

   

      風船おじさんの哀しみ

 

風船おじさんは空を漂い、

風を顔にうけながら、過ぎし日を夢想する。

無駄に終わったこの人生

もはや後悔することもなく

空を漂う。

 

逃避者は、地上に戻ることもなく、

借金取りに追われることもなく、

空を漂い、

霧にふれ、

鳥と語らう。

 

ふわりふわりと、斜めに流れ、

涙を垂れ、ちぎれ、

風が吹き、

明るい白日夢のように、

バーナーの炎は、淋しげに光り続ける。

 

風船は日射しに鈍く輝き、永遠に夜は訪れない……。

空は憂いの色にそまり、

途方もない雲のつらなり。

太陽は あかあかと世界を照らし、

だらだらと海上に伸びる赤道帯は、褐色に錆びて、どうやら腐蝕している。

 

風船おじさんは家族を思い、

小さなわびしい庭を夢見る。

高度数千メートルの虚空でめまいがして、

ときどきは気を失い

それでもあらためて、たくましい雲の神殿を眺め見る。

風船おじさんは、その光景を

もはや誰にも伝えることのできないことを嘆き、

ますます壮麗にあたりを囲む

崇高なる白亜の柱廊に、息を飲む。

 

無限の縁をつたってゆく、

明るい葡萄の房のような 風船の群れ。

空のかなたに、

透明な悲しみが、

無数の蜘蛛の糸のように交錯し、舞い、うねる。

それらは、神々の吐いた千の光の糸の戯れ。

瑠璃色の澄んだ空には、

りるりると つややかに光り輝く、

天使らのヴァイオリンの旋律が、響きわたる。

 

 

 

 

(S.Y.1940年- 1992年 消息不明)

「風船おじさん」として知られたピアノ調教師、冒険家。

事業に失敗し、数億円の負債を抱えて倒産。借金苦に陥る。

1992年11月23日に風船26個を付けた飛行船に乗り、

琵琶湖湖畔から太平洋横断をめざしたが数日後、消息は途絶えた。

知人によれば、このイベントによって債権者に借金を返すつもりだったという。

 

 

 

 

 

 


奥付



詩集


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著者 : Grasshouse
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