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6月18日のおはなし「しかめ面の理由」

「なんですって?」

 豪快に削ぎ落されるシュラスコの肉塊に目を奪われていて聞きそこなった。

「あんたちゃんと聞いてる?」

 姐さんの声がとがり始めた。

「あっすみません」

 おれはすぐさま素早くたちどころに謝った。

「私が悩みを相談してんのよ?」
「ちゃんと聞きます」
「食べもののことばかり考えてるんでしょう」
「姐さんに言われたかないです」
「なんですって?」

 姐さんの声の音量と音域が二段階程上がった。

「あっいえ。なんでもないです」
「お客様、これでよろしかったでしょうか」

 シュラスコを切り分けていた店員が聞いた。姐さんの皿の上には、少々品がないくらい大きな肉片がとぐろを巻くようにして乗っていた。

「ありがとう。また頼むからよろしくね」
「か、かしこまりました」

 店員の目も、心なしか血走って見える。そりゃそうだ。これでもう5回目。すでに4回分のシュラスコが姐さんの胃袋には収まっているのだ。

「あんたは?」
「おれはいいっす」
「変な遠慮しないでよ? 今日はおごりなんだから、ぱあっと食べてよ?」
「いまは大丈夫っす」
「食べ放題なのよ?」
「ほんと大丈夫っす」

 姐さんのペースについて行こうと3切れ目まで進んだのだが、さすがにもう食べ続けられない。

「だからあれも私のせいなのかな」

 話が戻った。姐さんは話もマイペースだ。

「あれって?」
「ほら聞いてない」
「すいません」
「そこの駅前のMACでダブルクォーター・パウンダー・チーズをバリューセットで食べてたら」
「なんですって?」
「だから駅前のMACでダブルクォーター・パウンダー・チーズをバリューセットで食べてたら」
「いつの話です」
「あんた待ってる時よ」
「え。さっきですか」
「さっきよ」
「姐さん、ダブルクォーター・パウンダー・チーズ行っちゃったんすか?」
「行っちゃったわよ。なんで?」
「なんでって。すげーなって」
「なにが?」
「いやだって」

 だって、今日はおれを食べ放題のシュラスコ料理に連れていってくれるという約束をしていたのだ。ダブルクォーター・パウンダー・チーズなんて、ふつうその直前に食べるものじゃないだろう。でも姐さんにはそういう常識は通用しない。

「だって、なによ?」
「おれでも、もてあます時ありますから」
「なにを?」
「なにをって。そのダブル、クォーター、チーズ、えっと……」
「話、続けていい?」
「あっ。どうぞ!」
「ダブルクォーター・パウンダー・チーズをバリューセットで食べてたら電話かかってきて出たのよ」
「はあ」
「メモ取ろうと思ってノート出したらテーブルの上のもんが落ちちゃってさ」
「そりゃどうも」
「空になったコーラのカップがころころ転がって、ポテトの空き箱も2つ3つ落ちちゃうし」
「え」
「グランドキャニオンバーガーの包みとか、最近出たソルトチキンだっけなんだっけかの」
「ちょちょちょ待ってください。なんすかそれは」
「なに?」
「なんで」
「なんで?」
「なんでそんなにいろいろ2つも3つも」
「はっきり言いなさいよ!」
「誰かいたんですか?」答は分かっていたが聞いてみた。心の中でおれはもう悲鳴を上げ始めていた。「誰かが食べたんですか、そのグランドキャニオンとか」
「私が食べたのよ。悪い?」
「悪くないっす」

 胸が悪くなって来た。いま目の前で5皿目のシュラスコを食べ終えようとしている人は、ここに来る前にグランキャニオンとソルトなんとかとダブルクォーターなんとかを食べて来たのだ。

「そしたらその人がいきなり立ち上がってさ」
「その人?」
「隣のお姉さん」
「ああ。隣の席に座ってた人?」
「そうよ。いきなり立つから怒られるのかと思ったらさっさと店から出てっちゃって」
「はあ」
「私のせい?」
「へ?」
「だから、MACで隣のお姉さんが席を立ったのはひょっとして私のせい?」
「姐さんのせいって?」

 おれは驚いた。姐さんが反省している? それも食べ過ぎのことで! 自分が食べ過ぎたからまわりが気持悪い思いをするかも知れない、なんて姐さんが思いつけるとは思わなかった。他のことは本当に完璧で憧れの人と言ってもいいんだが、姐さんは自分が大食いだと言うことに関してだけはなぜか全く理解していないように見えた。少なくとも今までは。

「カップのせいかな」
「カップ?」
「コーラのカップが2つも3つも足に当たったのがいやだったのかな」

 なんだ、そっちか。そんなことを気にしていたのか。ていうかコーラもそんなに飲んだんだ。

「いや、そこまで気にしなくていいと思いますよ」
「ほんと? ならいいんだけどね」

 おれには隣のお姉さんの気持がよくわかる。隣でそんな勢いで食べ続けられたら食欲も失せるし、場合によっては気持悪くなって来る。そうやって食べ続ける様子を見ているとつい同調してしまって、まるで自分が食べ過ぎたみたいな気分になって来るのだ。

 いまのおれがそうだ。

「ありがとうね」
「は。なんすか?」
「マツ」
「はい」

 姐さんは5皿目を綺麗に平らげると、手元のパンで皿を拭って食べ、コーヒーを口に運んだ。

「ううん。なんでもない」それから姐さんは珍しくフォークとナイフを皿の上に並べるとこう言った。「今日はもうこのくらいにしておく」

 あたりまえだろう! と心の中で突っ込んだがおれは笑って答えた。

「はい」
「ありがとうね、マツ」
「いえ」

 なんで感謝されてるのかわからないが、姐さんに感謝されるなら理由なんて何だっていい。嬉しいことだ。おれは神妙な顔をして目を落としてコーヒーをすすった。

「マツには嫌われたくないからね」
「なんすかそれ」
「大食いの女なんていやでしょう?」
「大食いのおん……えっ?」

 おれが目を上げた時にはもう姐さんは伝票を持って立ち上がってレジに向かっていた。いつもなら蕎麦屋でだって店員を呼びつけて席で会計をする人なのに。

「嫌いになる訳ないじゃないすか」

 誰もいない席に向かって返事していると姐さんの声が飛んで来た。

「ほらマツ行くよ。何、しかめ面してんのさ」

 しかめ面をしていた訳じゃない。油断すると頬がゆるんでしまいそうだっただけだ。

(「MACで隣のお姉さんが席を立ったのはひょっとして私のせい?」ordered by @ymaseminowa-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)


新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。


奥付



しかめ面の理由


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著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


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