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 『また明日電話します』


 家の留守番電話に吹き込まれた男の声はそれだけ言うと唐突に切れた。合成的に作られた機械音声が、録音された日付を淡々と私に告げる。


 ただ、それ一件なら別に気にもならないが、留守電に録音されているのはそれだけではすまなかった。前日の録音にも、その前の日付でも同じ声で『また明日電話します』と繰り返し録音されているのだ。


 吹き込まれている年老いた男の声に聞き覚えはあるような気がする。しかし誰のものなのか、なかなか思いだすことができない。年はとりたくないものだ。最近すっかり物忘れがひどくなってしまった。


 まあいい、これだけ連日電話を掛けてきているのだ、重要な用件ならば今日もそのうち掛かってくるだろう。


 電話と言えばそれよりも重要なことがある。私は留守電のことはひと先ず後回しにして、現在直面している問題に目を向けた。


 今、私の手の中には一枚のメモ用紙がある。そこには電話番号らしい数字が書かれているのだが、それが誰の番号かはわからない。文字はかわいらしい丸文字で、おそらく書いたのは女性であろうとは判断できる。しかし、私ももうあわいロマンスを期待するような歳でもない。間違ってもナンパした女性の電話番号と言うこともあるまい。


大層大事に財布にしまっていたことから、おそらくは重要な意味を持つ番号ではあるのは間違いない。しかし誰の番号かわからないのでは元も子もない。

 

 私はしばし考えて、もっとも確実な方法で相手を探ることにした。つまりは実際に電話をかけてみるのだ。


さっそく家の電話の受話器を手に取るが、私はそこで思いとどまった。


 まてよ、謎の老人から電話がまたかかってくるかもしれない。その際に話し中では毎日かけてくれる相手に申し訳がないではないか。私は家の電話を元に戻すと、鞄から携帯電話を取り出しメモに残された番号をプッシュした。




 携帯を耳に当てる。呼び出し音が繰り返し流れる。


 さて、相手が出たところでどうしようか、こちらから掛けておいて「どちら様ですか?」と言うのもおかしいものだ。先に相手が名乗ってくれればいいのだが……。


そんなことを考えていると、相手が出るより先に家の電話がけたたましいベルを鳴らした。なんてタイミングの悪い。いつもの留守電の相手だろうか?携帯電話の相手はまだ出ない。私がどうするか迷っていると、携帯電話が相手につながった。


「もしもし……」


 どう切り出そうかと迷っていると、受話口からは留守番電話の機械音声が対応した。


「タダイマルシニシテオリマス、ゴヨウケンノアルカタハ……」


 これは予想外の展開だ。相手の声を聞けばもしかしたら何か思い出せるだろうと踏んでいたが、留守番電話ではどうしようもない。ひと先ず今日のところは今かかってきている電話に対応することにして、この番号の相手にはまた明日電話しよう。


「また明日電話します」


 私は留守番電話にそれだけを残すと、あわてて携帯電話を切った。


 すぐに家の電話に出ようとするが、すでにベルは鳴りやんでいた。二兎追うものは一兎も得ずとはこのことだ。私はがっくりと肩を落とす。


 なんだかがっかりしたらおなかがすいてきた。そう言えばもうすぐお昼の時間じゃないか。


「おーい、飯はまだかい?」


 私は台所に立つ娘にお昼を催促した。


「何言ってるの、お爺ちゃん。さっき食べたじゃない。それに私が忘れないように書いてあげたうちの電話番号で遊ぶのはもうやめてよね」

 

END


この本の内容は以上です。


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