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序章

序 章

 

 とある小さな村での出来事。鏑木 零(かぶらぎれい)は、今年の春に中学二年になったばかり。

まだ、幼さの残る彼は『鬼ヶ村』という小さな村で母親と暮らしている。五年前に祖母が無くなったばかりで今は母と二人きり。父はというと、家庭内で揉め事があり家を出て行った。零が小学生に上がったばかりの事だった。静かな田舎の村で生まれ育ってきた。勿論、娯楽施設だってあるはず等無い。しかし、元々お祖母ちゃん子だった零は昔ながらの遊びだけでも十分に楽しかった。ビー玉、おはじき、けん玉、面子、ベーゴマ、お手玉、数々の古風な遊びでも満足していた。

 だが、いつも遊んでくれていた祖母は、もう居ない。それでも零は、昔ながらの遊びが大好きだ。

周りの友達は当たり前の様に皆がゲームに夢中になっているが零だけは、決して羨ましい等とは思わなかった。いつも零だけは、学校で孤立していた。

ゲームの話題で盛り上がる友達について行く事が出来ないからだ。だが、彼の相手をしてくれる友達も居た。阿蘇 菜々樺(あそななか)幼少からの付き合いで零の幼馴染である。栗色のロングヘアーに綺麗な亜麻色の瞳、少し気の強いところがあり勝負事には常に全力投球するタイプ。しかし、いつも零に勝った事が無い。

  休み時間、二人は机を二つくっ付けると将棋をしていた。基盤の上には、羅列された駒が幾つもある。冷静に考え駒を動かす零に対し、菜々樺は、突進するかの様に駒を一歩ずつ動かす。

作戦が無い様なその行動は、逆に読み辛い。桂馬を敵陣に突進させたかと思うと、飛車角で零を翻弄する。

しかし、彼は動じない。正に静と動の戦いである。だが、ついに万策尽きた菜々樺の動きに疲れが見え始める。そこから一気に零は反撃に移る。零の決め手と成った駒は『歩』菜々樺の隙を見逃す事無く、様子をじっくりと見て上手い具合に隙を衝くと敵陣に入り込み『成金』となり、待った無しに王手を掛けた。 


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序章-2-

「――残念、これで王手だ」

「――あぁ~あ、また負けちゃった……」

「菜々樺は、昔から弱いよな?」

「何言ってるの、零に花を持たせたに決まってるでしょっ!」

「あぁ~、はぃはぃ」

「――むぅ~、馬鹿にして……」

 菜々樺は頬を膨らませると、悔しそうな表情を浮かべ拗ねた。

「――でも、まぁ。良いところまでいってたよ?」

「……ほんとに?」

「あぁ、あそこで飛車駒を取ってなかったら次の手が危なかったかも」

「――よぉーし、次こそ絶対、負かしてやるんだからっ!」

「あれ?花を持たせてくれたんじゃなかったの?」

 軽く笑うと零は意地悪っぽく菜々樺に言う。

「……う、うるさいわね!次は、そんな口聞けない様にしてやるんだから」

 菜々樺は苦し紛れに零へ捨て台詞を残すと教室を出て行った。

零は嘘をついていた。別にあの時、菜々樺がどんな手を使ってきたとしても、あの戦況からでは彼女にあるのは“敗北”だけだったと……その嘘が、菜々樺にとってプラスになればと思い言った零の心遣いである。というより、当の言われた本人にとってみれば慰めにもなっていないだろうが。

 

 零は遊び終わった将棋の盤を片付けていると、そこへ一人の男子生徒が声を掛けてきた。『そんな、爺くさい遊びして楽しいのか?』そんな言葉を面と向かって言われた零は、正直腹が立った。自分が心の底から楽しいと思ってしている遊びを“爺くさい遊び”等と罵倒された事に腹が立つ。

流石に苛立ちを隠せない零もキッと相手を睨めつけると言い返してやる。

「――じゃぁ、お前がしている遊びは餓鬼くさい遊びだっ!」

「なんだとぉ!」

「言わせて貰えば、そんなゲームなんて幼稚な遊び道具だっ!」

「はぁ?」

「そんな物ばかりしているから、頭が可笑しくなるんじゃないのか?」

「……言わせておけば」

 零は何だか、こんな事で口論する事が馬鹿馬鹿しくなってきた。そして、一つ溜息を吐くと『……止めた』と男子生徒から視線を逸らし呟く。相手も軽く舌打ちをすると腑に落ちない様子でその場を去っていった。正直、零は考えていた。今でも、この様な遊びをしているのは可笑しい事なのかと……だが好きでやっている事なのだ、誰かにとやかく言われる筋合いは無い。

そして零は、また片付けの続きを始めた


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序章-3-

 

 暑い……今日は夏日だ、忙しなく鳴き続ける蝉の声を聴きながら、零は帰路に着いていた。帰り道、一緒に帰る菜々樺は零に質問する。

「――ねぇ、零は何であんな強いわけ?」

「昔、嫌って言う程に毎日、相手をさせられたからね……」

「そっか、なるほどね……」

 菜々樺は納得する様に呟く。彼女が納得した訳、零の言っていた相手というのは零の祖父だ。彼はお祖母ちゃん子なのだが、将棋や五目並べといった基盤を使った娯楽は常に祖父の相手だった。そういう頭を使うものは余り好きでは無かったが、やっていくにつれて零もその面白さを感じてしまう。将棋に興味を持ち始めたのは七歳の頃だった。だが、祖父も二年前に他界していた。勿論、幼馴染の菜々樺が納得出来るのも不思議では無い。

「――そういえば、おばさん大丈夫なの?」

「まぁ、大丈夫とも言えないかな……」

「そっか……大変だね」

「……ありがと」

 

 零の母は、鬱病に罹っていた。発症したのは去年の夏、原因は……多分、零自身。別に彼が何かした訳でも無い、切欠は些細な事だった……

 あれは丁度、去年の今頃、夏真っ只中の季節だった。ほんの出来心に過ぎなかった。夏と言えば怪談、怪談と言えば『肝試し』それは幼い気持ちの好奇心というやつだ。『肝試し』をやると言うと思いの外に、学校の連中は面白半分に集まってくる。ざっと、四・五人は居ただろう。零は嫌がる菜々樺を無理やり連れ出すと、零達を含む集まった連中である場所へと向かった。

そこは、村の中で立ち入り禁止とされている場所。

 森の奥に暗闇に紛れ不気味に建つ小さな祠、村中での噂だが、話しに寄ればそこには『鬼が棲む』と言われていた。これは、祖母からも耳に蛸が出来る程に聞かされてきた。大昔から語られた話で、この村には“鬼”と呼ばれる存在が棲みついているという“鬼”と一口に言っても色々いる。角が生えて異形の姿をしている者、心の中に棲まう者。だが、零達の概念からすれば前者の“鬼”が真っ先に思い浮かぶだろう。

 彼等は、安易に考えすぎたのだ。これは『肝試し』そんな、おとぎ話の様な事等ある訳が無いであろうと零と菜々樺は一度、立ち入り禁止の看板の前で足を止める。

直感で感じた、何か不吉な感じがする……

 

 


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序章-4-

 目の前まで来て足が竦む。何故か、寒気がする。二人の理外は一致していた。

(――これ以上、進んでは行けない)しかし、零と菜々樺の気持ち等知る由も無く、同行して来た学校の男子連中は、看板にも目もくれずに、堂々と入って行く。丁度、その時此処に来ている事を嗅ぎ付けた村人達は酷く慌てた様子でこちらへ向かって走ってくる。零と菜々樺は、驚いて逃げる様に走ると思わず、立ち入り禁止看板に気付かず祠の方へと向かってしまう。静かだった、先に入って行った連中は何処に行ったのか……暗闇の中を懐中電灯で辺りを照らしながら、探るようにゆっくりと歩く。すると、ガツッと足が何かに引っ掛かった様な感触がした。

 懐中電灯を下に向け足元を照らしてみると菜々樺は少しばかり沈黙すると絶叫する。

「――きゃゃぁぁぁぁっ!」

「――なっ!なんだよ、これ!?」

「……し、死んでる……の?」

「――そんなの……ぼ、僕が聞きたいよ……」

 その光景を見た零もまた驚き声を上げる。

彼等が見たものは、先程先行していった四・五人の男子連中がまるで、死んだ様に地面に倒れている姿だった。菜々樺は手で顔を覆うと目を伏せ叫ぶ。一方、零は動揺し状況を把握出来ずに居たが、しゃがみ込み男子生徒の胸元に確認する様に手を置く。心臓は動いている、死んではいない。ほっと安心する零だったが直後、禍々しい空気が漂い始める。

零は、直感で感じ思った。(――此処に居ては危険だ……)と、すると後ろから村人の声がすると、十人程の大人達が慌てて何か急ぐ様に、祠へと向かう。その時、零は見た。祠の奥で何か白く不気味に光るものが見えたと。零はまるで、その光にこちらの心が覗き込まれそうな感覚を感じた。そこへ『それ以上、その光を見てはいけない!』と言って目の前に現れたのは、母だった。何の事か解らない零であったが、助けられたという事だけは解った。祠の扉は村の大人達の手により再び閉じられ、再度御払いが施された。

村に着くと、倒れた男子連中の心は完全に喪失していた。そう、生きた屍の様な者になってしまったのだ。

そして、これが母の感情を失った原因にして零の愚かな行為の末路……

――後に聞かされる事となる。

これが『鬼ヶ村』と呼ばれる様になった本当の由来であると……


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神隠し

1.神隠し 

「――母さん。御飯は此処に置いておくから、ちゃんと食べてね?じゃぁ、学校行ってくるから」

「…………」

「――行ってきます……」

 零は布団で横たわる母の側にお盆に載せた朝食を置くと、静かに部屋を出る。母は何も語らない、あの事件から一年。未だに母の感情は戻る気配を見せる事は無い。あの時の男子連中達は、一切学校へ顔を出す事は無かった。精神崩壊してしまった彼等は、“自分という存在”だけを残し生かされている。中には時に暴れだす者も居た、異常な程に……その動きは人間離れをしていてる狂暴さだ。村の大人達は彼等を今、村へ野放しにするのは余りにも危険だと判断し、少年達を牢へと閉じ込めてしまう。しかし、その話を聞いた零は不思議に思う。何故、こんな静かな田舎村に牢屋等という物が存在しているのだと。それは、まるで以前にも似た様な事があり、その対策として、それはそこに存在したのかと……

 大人達は口を揃えて言う『心を喰われてしまえば、何も残りはしない』と……例えるならば、バケツに入った水を全て流してしまえば、その中には一滴も残らず何も入ってはいない只の空っぽな器でしかない。

また、別なモノを入れて満たせばいい。単純に考えるならこんなところだろう。

 少年達は完全に心を喰われてしまったが、母の場合は半分が持っていかれたというところだ。

言語障害は有るものも少しの感情は残っている。

零にとっては、それが唯一の救いである。しかし、あの時に母が現れずに居ればこうなっていたのは自分自身であったのかもしれないと彼は思う。

 

 家先には零の準備を待つ、菜々樺の姿があった。

「――おはよう、零」

「菜々樺、もうちょっと待って」

「早くしなさいよ?出ないと私まで遅刻しちゃうじゃない?」

「――じゃぁ、先に行ってればいいだろ?」

 零は、せっせと仕度をしながら。文句を言う菜々樺に突っかかる。

「何ですって!あ、あんたの為に来てやってるのに」

「――別に来てくれと頼んだ覚えなんてないよ」

「この……減らず口が」

「……はぃはぃ。よし、じゃぁ行くか」

 そう言って零は玄関で靴を履き、立ち上がると菜々樺の肩にポンと手を乗せ、なだめる様に呟く。腑に落ちない菜々樺であったが渋々、零の後を追いかけるようにして付いて歩く。

 



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