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噂話 -3-

 

 

 夕暮れ時、日が落ちかけた空は不気味な程に紅く染まっていた。

零は菜々樺と別れると、言葉通り寄り道をしていた。これといって、漠然とした目的地がある訳でも無い。零が自然と足を運んだ場所、そこは二度と来ては行けない場所。目の前にあるのは、古びた立ち入り禁止の看板、そしてあれ以来、誰も入る事の出来ない様に鍵の付いた柵が付けられていた。零は、導かれる様にしてこの場所へ来た。自ら望んで等、来たい筈が無い。

そこで零は感じる。前の様な寒気や禍々しい空気は一切感じない。

柵の隙間から中を覗く零だが、不思議と恐いと感じなかった。

「何もない……」

 ポツリと呟く、何も起きなかった事に零は安心する。彼の寄り道は取り越し苦労だったのだろうか、零は暫くそこに留まってはみたが結局、何も起こる事はしなかった。すっかり日は落ち辺りを暗闇と静寂が包む。

 零の寄り道は何の意味も無かった。そして、彼は家へ帰る事にする。

「――ただいま」

 家に帰った零は一人呟く。『ただいま』と言ったとしても返事は返ってこない。解ってはいるが少し寂しい。家に上がり、真っ先に母の元へ向かう。あれからいままで、零が介護しているからだ。いつもの様に出来上がった食事を持って行き、部屋の障子を開けた時だった。

 そこで零は異変に気付く。

「……あれ?……母さん?」

 そこには母の姿は無かった。目の前には布団だけが残されている。母が消えた?薄ら感情はあるもの、立つ事も歩く事も出来ない母が、此処から動く事等出来るはず筈が無い。零の頭には不吉が過ぎる。

(――まさか、母さんも神隠しに?)だが、そこで零は思い出す。元々、母が植物状態になってしまったのは何故だったか、それは祠の奥を覗いてしまったからだ。


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噂話 -4-

 零は泣いた、悔しくて、哀しくて、寂しくて、彼は泣く。

「……くそぉ……なんで、なんでだよ……」

 泣き崩れる零だったが、またも異変を感じる。次の瞬間、まるで背筋が凍る様な寒気がする。直後、辺りを包む禍々しい空気、これは……あの時と全く同じだ。(――逃げなければ!)零の脳内に危険信号が走る。すると、ガサっと音がした。音は障子の向こうから聴こえる。零は振り向くと、障子には月の明かりに照らされて薄らと影が浮かぶ、良く見ると人影の様だ。零は恐怖した。何故なら、今この家には自分しか居ない。それに影があるのは玄関と全く逆の方角だ。障子の向こうは庭、だが裏からは周る事が出来ない。誰かがそこに行くにしても零の居る部屋の脇を通って行かなければならない。故に、気付かれずに行くのは不可能だ。では、目の前に映る影は誰だ?零は恐る恐る障子に手を掛けると、ほんの少しだけ隙間を開けそぉっと外を覗く。そこには見慣れた女性が立っている。目を凝らし良く見てみると……

立っていたのは、零の母だった。彼は思わず叫び

「――か、母さんっ!?」

「……れ……ぃ」

「母さん?僕が判るの!?」

 零は植物状態になってから、初めて自分の名前を呼んだ母に歓喜した。

 その“喜び”は、ほんの一時……そして、それは”絶望“へと変わる。

「良かった……思い出したんだ……ね……っ!?」

 

 嬉しさの余り障子を開ける零、だが途中まで言いかけた時彼は足が竦む。

視線の先に居た、零の母は母で無かった。もはや“人”なのかすら疑わしい。彼女の瞳は白く不気味に光っていた。人間の目では無い。あの白い光は、あの祠で見た光と同じだ……もはや人かどうかも分からなくなっていた零の母は何かを探す様に何度も呟く。『……れ……ぃ』名前を呼んでいる。

だが、彼女は零に気付いていない。そこで思わず零は自分の口を塞ぐ。

 母は自分の事を探している。違う、あれはもう母では無い……母の姿をした“何か”だ。白く不気味に光を放つ瞳には何が見えているのか。だが、これだけは解る。決して、あの光と目を合わせてはいけない。母の姿をする何かは何度も零の名前を呼びながら段々と彼に近寄ってくる。

 そして、零は恐怖の余り声を上げてしまう


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噂話 -5-

「……く、来るなぁぁっ!」

「……!」

 零の声に彼女はピクリと体を反応させると一度足を止める。そして、顔を伏せながら、ゆらり、ゆらり、と体を揺らし近づいて来る。

(――恐い、助けて、来るな)もはや、零の中で目の前に居る者が実の母だったという認識は当に無くなっていた。逃げなければ、解ってはいても恐怖のせいか体が動かない。足はガクガク震え全く言う事を聞かない。かろうじて、手だけは動いていた。零は唯一動く手で体を浮かせると一歩、また一歩とゆっくり後ろへ下がる。あと少し、あと少しで家の中に入れる。目の前の彼女もゆっくり、またゆっくりと近づく。

(――早く!早くっ!)零は死に物狂いで手を動かした。そして、ようやく体が家に入りきったところで零は急いで障子を閉めた。だが、まだ恐怖は終わらない……

 それでも、声が聴こえる。零の名前を呼ぶ声が彼にはもう呻き声にしか聴こえなかった。零はやっと少し足が動く、そう気付いた時彼は直ぐさま立ち上がり自分の家を逃げるように出ていった……

 

零は走った、とにかく走った。ひたすら逃げるように。零の見た母は、母では無かった。肌で感じる恐怖、あれは何か違う者だ。

これからどうしようか零は考えていた。家を逃げるように出てきた。家に戻る勇気が無い、またあの恐怖を思い出すだけで足が竦んでしまう。

 これからどうしようか……

「――取り敢えず、菜々樺の所にでも行くか……」

帰る場所を失った零が今、頼れるのは菜々樺だけだった。零の疑問は、未だ晴れずにいる。

(――あの白い光は何なんだ?何故、母さんに?)

失踪する人達の行方、忽然として消える人、零は先の事も踏まえ確信する。

「――これは、事故なんかじゃないよ……列記とした事件だ」

 零は恐怖を感じながらも、この謎の正体を知りたいと思った。原点は、絶対にあの祠にあるはず。祠の事を調べれば何かが分かるはずだと……

あくまで零の推測に過ぎないが、いま考えられる答え。零には他にも疑問が残る。何故、大人達は頑なに事件の事を話さないのかと……

「――やってやるよ、絶対に……」

 恐怖と戦いながらも、零は決意するのだった……


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