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序章-3-

 

 暑い……今日は夏日だ、忙しなく鳴き続ける蝉の声を聴きながら、零は帰路に着いていた。帰り道、一緒に帰る菜々樺は零に質問する。

「――ねぇ、零は何であんな強いわけ?」

「昔、嫌って言う程に毎日、相手をさせられたからね……」

「そっか、なるほどね……」

 菜々樺は納得する様に呟く。彼女が納得した訳、零の言っていた相手というのは零の祖父だ。彼はお祖母ちゃん子なのだが、将棋や五目並べといった基盤を使った娯楽は常に祖父の相手だった。そういう頭を使うものは余り好きでは無かったが、やっていくにつれて零もその面白さを感じてしまう。将棋に興味を持ち始めたのは七歳の頃だった。だが、祖父も二年前に他界していた。勿論、幼馴染の菜々樺が納得出来るのも不思議では無い。

「――そういえば、おばさん大丈夫なの?」

「まぁ、大丈夫とも言えないかな……」

「そっか……大変だね」

「……ありがと」

 

 零の母は、鬱病に罹っていた。発症したのは去年の夏、原因は……多分、零自身。別に彼が何かした訳でも無い、切欠は些細な事だった……

 あれは丁度、去年の今頃、夏真っ只中の季節だった。ほんの出来心に過ぎなかった。夏と言えば怪談、怪談と言えば『肝試し』それは幼い気持ちの好奇心というやつだ。『肝試し』をやると言うと思いの外に、学校の連中は面白半分に集まってくる。ざっと、四・五人は居ただろう。零は嫌がる菜々樺を無理やり連れ出すと、零達を含む集まった連中である場所へと向かった。

そこは、村の中で立ち入り禁止とされている場所。

 森の奥に暗闇に紛れ不気味に建つ小さな祠、村中での噂だが、話しに寄ればそこには『鬼が棲む』と言われていた。これは、祖母からも耳に蛸が出来る程に聞かされてきた。大昔から語られた話で、この村には“鬼”と呼ばれる存在が棲みついているという“鬼”と一口に言っても色々いる。角が生えて異形の姿をしている者、心の中に棲まう者。だが、零達の概念からすれば前者の“鬼”が真っ先に思い浮かぶだろう。

 彼等は、安易に考えすぎたのだ。これは『肝試し』そんな、おとぎ話の様な事等ある訳が無いであろうと零と菜々樺は一度、立ち入り禁止の看板の前で足を止める。

直感で感じた、何か不吉な感じがする……

 

 


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序章-4-

 目の前まで来て足が竦む。何故か、寒気がする。二人の理外は一致していた。

(――これ以上、進んでは行けない)しかし、零と菜々樺の気持ち等知る由も無く、同行して来た学校の男子連中は、看板にも目もくれずに、堂々と入って行く。丁度、その時此処に来ている事を嗅ぎ付けた村人達は酷く慌てた様子でこちらへ向かって走ってくる。零と菜々樺は、驚いて逃げる様に走ると思わず、立ち入り禁止看板に気付かず祠の方へと向かってしまう。静かだった、先に入って行った連中は何処に行ったのか……暗闇の中を懐中電灯で辺りを照らしながら、探るようにゆっくりと歩く。すると、ガツッと足が何かに引っ掛かった様な感触がした。

 懐中電灯を下に向け足元を照らしてみると菜々樺は少しばかり沈黙すると絶叫する。

「――きゃゃぁぁぁぁっ!」

「――なっ!なんだよ、これ!?」

「……し、死んでる……の?」

「――そんなの……ぼ、僕が聞きたいよ……」

 その光景を見た零もまた驚き声を上げる。

彼等が見たものは、先程先行していった四・五人の男子連中がまるで、死んだ様に地面に倒れている姿だった。菜々樺は手で顔を覆うと目を伏せ叫ぶ。一方、零は動揺し状況を把握出来ずに居たが、しゃがみ込み男子生徒の胸元に確認する様に手を置く。心臓は動いている、死んではいない。ほっと安心する零だったが直後、禍々しい空気が漂い始める。

零は、直感で感じ思った。(――此処に居ては危険だ……)と、すると後ろから村人の声がすると、十人程の大人達が慌てて何か急ぐ様に、祠へと向かう。その時、零は見た。祠の奥で何か白く不気味に光るものが見えたと。零はまるで、その光にこちらの心が覗き込まれそうな感覚を感じた。そこへ『それ以上、その光を見てはいけない!』と言って目の前に現れたのは、母だった。何の事か解らない零であったが、助けられたという事だけは解った。祠の扉は村の大人達の手により再び閉じられ、再度御払いが施された。

村に着くと、倒れた男子連中の心は完全に喪失していた。そう、生きた屍の様な者になってしまったのだ。

そして、これが母の感情を失った原因にして零の愚かな行為の末路……

――後に聞かされる事となる。

これが『鬼ヶ村』と呼ばれる様になった本当の由来であると……


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神隠し

1.神隠し 

「――母さん。御飯は此処に置いておくから、ちゃんと食べてね?じゃぁ、学校行ってくるから」

「…………」

「――行ってきます……」

 零は布団で横たわる母の側にお盆に載せた朝食を置くと、静かに部屋を出る。母は何も語らない、あの事件から一年。未だに母の感情は戻る気配を見せる事は無い。あの時の男子連中達は、一切学校へ顔を出す事は無かった。精神崩壊してしまった彼等は、“自分という存在”だけを残し生かされている。中には時に暴れだす者も居た、異常な程に……その動きは人間離れをしていてる狂暴さだ。村の大人達は彼等を今、村へ野放しにするのは余りにも危険だと判断し、少年達を牢へと閉じ込めてしまう。しかし、その話を聞いた零は不思議に思う。何故、こんな静かな田舎村に牢屋等という物が存在しているのだと。それは、まるで以前にも似た様な事があり、その対策として、それはそこに存在したのかと……

 大人達は口を揃えて言う『心を喰われてしまえば、何も残りはしない』と……例えるならば、バケツに入った水を全て流してしまえば、その中には一滴も残らず何も入ってはいない只の空っぽな器でしかない。

また、別なモノを入れて満たせばいい。単純に考えるならこんなところだろう。

 少年達は完全に心を喰われてしまったが、母の場合は半分が持っていかれたというところだ。

言語障害は有るものも少しの感情は残っている。

零にとっては、それが唯一の救いである。しかし、あの時に母が現れずに居ればこうなっていたのは自分自身であったのかもしれないと彼は思う。

 

 家先には零の準備を待つ、菜々樺の姿があった。

「――おはよう、零」

「菜々樺、もうちょっと待って」

「早くしなさいよ?出ないと私まで遅刻しちゃうじゃない?」

「――じゃぁ、先に行ってればいいだろ?」

 零は、せっせと仕度をしながら。文句を言う菜々樺に突っかかる。

「何ですって!あ、あんたの為に来てやってるのに」

「――別に来てくれと頼んだ覚えなんてないよ」

「この……減らず口が」

「……はぃはぃ。よし、じゃぁ行くか」

 そう言って零は玄関で靴を履き、立ち上がると菜々樺の肩にポンと手を乗せ、なだめる様に呟く。腑に落ちない菜々樺であったが渋々、零の後を追いかけるようにして付いて歩く。

 


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神隠し -2-

 隣に居た菜々樺が零に問い掛ける。

「そう言えば、こんな事を噂で聞いたんだけど……」

「――噂?」

「うん、例の男子中学生事件覚えているでしょ?」

「……まぁ、出来れば忘れたいけど。それが、どうかした?」

 零が聞き返すと菜々樺は複雑な表情を浮かべると言葉にする。

「彼等が牢に監禁されてるの有名な話……」

「まぁ……ね。申し訳ないとは思ってる……」

「――それがね……消えていたんだって」

「……消えた?」

 零は一旦歩みを止めると菜々樺に疑問の眼差しを向け聞き返す。

「昨日、見回りで行った時には姿が何処にも無かったんだって。全員……」

「――き、昨日?」

「――うん、話では。でもまだ、非公開って形になっているみたいだから」

「何で菜々樺がそんな事を知っているんだ?」

「あれ?言わなかったっけ?私の御父さん、村の役員しているから」

「……そっか」

「でも、あくまで噂だから余り口外しないでね?」

「――あぁ、わかった」

 

 後日、噂は瞬く間に村中に広まっていた。零が口外した訳では無い。

まして、菜々樺が言った訳でも無い。それはある事件を切欠に起きた。

 彼等が姿を晦ましたのは、菜々樺から言われた日から一昨日の事だった。

夜、いつもの様に見回りに来ていた役員は懐中電灯を照らし薄暗い牢を見回る。いつもなら五月蠅い程に叫ぶ声がしたり、檻の柵をガシャガシャと揺らす金属音が木霊していた。心を喰われた少年達は、まるで何者かが憑依したかの様に理性を失った行動をする。そんな日が幾日も続いていた。

 しかし、その日は違った。不気味な程に静かだ、牢屋で暴れている様な五月蠅さすら感じない、廊下には寒気がする程に冷たい空気が周囲を包む。

そして檻の前まで来た時、役員は異変に気付く。中に誰も居ない。脱獄?違う、柵は破られてすらいない、硬い煉瓦で囲われた殺風景な個室、光が差し込むような窓すらない。逃げる所等は何処にも無いのだ。その光景はまるで、最初から誰も居なかった様にすら感じる。

 そして、驚いた役員は事情を別の役員に事の詳細を全て話す。

すると、『――此処で見た事は内密にする』そこで話は纏まった……はずだった。


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神隠し -3-

 

 

 村中に知れ渡った原因。少年達が消えて三日後、第一の事件が起きた。それは突然の出来事だ。学校の友達が、ある日を境に来なくなった。少年達が脱獄した晩の翌日からだ。先生が家に連絡を入れても、家の人すらも分からない。しかも、その友達というのが零に文句をつけて来た、あの時の男子生徒だという。何かの偶然なのだろうか?彼は思う。しかも、最初に消えた少年達は今回、行方不明になった男子生徒と絡みがある学生だった。これも何かの偶然、それとも必然?どちらにせよ、まるで神隠しにでもなった様なこの事件は、あの一年前の興味本位で行った『肝試し』から始まったのは間違いが無いだろう。

 その話が広まってゆくに連れて、零は不安を感じる。何故なら、彼もまた当事者であるのだから。

そして、それを先に言い出したのも零自身だ。

 

「――ねぇ、最近。村の様子がおかしいよね?」

 菜々樺は不安気な表情を浮かべ零に問い掛ける。

「その話は、あまりしない方がいいよ」

「どうして?」

「――どうしてって……何かそんな感じがする」

 学校の休み時間、零と菜々樺はそんな話をしていた。この間の事件以来、何故か明るい話題が出て来ない。話すのは例の噂話ばかりだ。

 零は、この重い空気を変える様に話を切り出す。

「――そうだっ!久し振りに一勝負するか?」

「いいわね、今度は前回の様には行かないわよ?」

「――なんだ。今日は花を持たせてくれないのか?」

 またも零はからかう様に意地悪な言い方をする。

「そう何度もしてあげないわよ、今日は勝たせて貰うからねっ!」

「はぃはぃ、期待してるよ」

「むぅ~……いつも馬鹿にしてぇ」

 二人は将棋盤を机に置くと対局の準備をする。

そして、菜々樺は零を睨みつけるとやる気満々に言い放つ。

「何処からでも掛かって来なさいっ!」

「――さぁ、お手並み拝見と行こうか……」

 

 二人は、この時だけは事件の事を忘れ様と今を楽しもうとしていた……



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