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序章

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序章

序 章

 

 とある小さな村での出来事。鏑木 零(かぶらぎれい)は、今年の春に中学二年になったばかり。

まだ、幼さの残る彼は『鬼ヶ村』という小さな村で母親と暮らしている。五年前に祖母が無くなったばかりで今は母と二人きり。父はというと、家庭内で揉め事があり家を出て行った。零が小学生に上がったばかりの事だった。静かな田舎の村で生まれ育ってきた。勿論、娯楽施設だってあるはず等無い。しかし、元々お祖母ちゃん子だった零は昔ながらの遊びだけでも十分に楽しかった。ビー玉、おはじき、けん玉、面子、ベーゴマ、お手玉、数々の古風な遊びでも満足していた。

 だが、いつも遊んでくれていた祖母は、もう居ない。それでも零は、昔ながらの遊びが大好きだ。

周りの友達は当たり前の様に皆がゲームに夢中になっているが零だけは、決して羨ましい等とは思わなかった。いつも零だけは、学校で孤立していた。

ゲームの話題で盛り上がる友達について行く事が出来ないからだ。だが、彼の相手をしてくれる友達も居た。阿蘇 菜々樺(あそななか)幼少からの付き合いで零の幼馴染である。栗色のロングヘアーに綺麗な亜麻色の瞳、少し気の強いところがあり勝負事には常に全力投球するタイプ。しかし、いつも零に勝った事が無い。

  休み時間、二人は机を二つくっ付けると将棋をしていた。基盤の上には、羅列された駒が幾つもある。冷静に考え駒を動かす零に対し、菜々樺は、突進するかの様に駒を一歩ずつ動かす。

作戦が無い様なその行動は、逆に読み辛い。桂馬を敵陣に突進させたかと思うと、飛車角で零を翻弄する。

しかし、彼は動じない。正に静と動の戦いである。だが、ついに万策尽きた菜々樺の動きに疲れが見え始める。そこから一気に零は反撃に移る。零の決め手と成った駒は『歩』菜々樺の隙を見逃す事無く、様子をじっくりと見て上手い具合に隙を衝くと敵陣に入り込み『成金』となり、待った無しに王手を掛けた。 


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序章-2-

「――残念、これで王手だ」

「――あぁ~あ、また負けちゃった……」

「菜々樺は、昔から弱いよな?」

「何言ってるの、零に花を持たせたに決まってるでしょっ!」

「あぁ~、はぃはぃ」

「――むぅ~、馬鹿にして……」

 菜々樺は頬を膨らませると、悔しそうな表情を浮かべ拗ねた。

「――でも、まぁ。良いところまでいってたよ?」

「……ほんとに?」

「あぁ、あそこで飛車駒を取ってなかったら次の手が危なかったかも」

「――よぉーし、次こそ絶対、負かしてやるんだからっ!」

「あれ?花を持たせてくれたんじゃなかったの?」

 軽く笑うと零は意地悪っぽく菜々樺に言う。

「……う、うるさいわね!次は、そんな口聞けない様にしてやるんだから」

 菜々樺は苦し紛れに零へ捨て台詞を残すと教室を出て行った。

零は嘘をついていた。別にあの時、菜々樺がどんな手を使ってきたとしても、あの戦況からでは彼女にあるのは“敗北”だけだったと……その嘘が、菜々樺にとってプラスになればと思い言った零の心遣いである。というより、当の言われた本人にとってみれば慰めにもなっていないだろうが。

 

 零は遊び終わった将棋の盤を片付けていると、そこへ一人の男子生徒が声を掛けてきた。『そんな、爺くさい遊びして楽しいのか?』そんな言葉を面と向かって言われた零は、正直腹が立った。自分が心の底から楽しいと思ってしている遊びを“爺くさい遊び”等と罵倒された事に腹が立つ。

流石に苛立ちを隠せない零もキッと相手を睨めつけると言い返してやる。

「――じゃぁ、お前がしている遊びは餓鬼くさい遊びだっ!」

「なんだとぉ!」

「言わせて貰えば、そんなゲームなんて幼稚な遊び道具だっ!」

「はぁ?」

「そんな物ばかりしているから、頭が可笑しくなるんじゃないのか?」

「……言わせておけば」

 零は何だか、こんな事で口論する事が馬鹿馬鹿しくなってきた。そして、一つ溜息を吐くと『……止めた』と男子生徒から視線を逸らし呟く。相手も軽く舌打ちをすると腑に落ちない様子でその場を去っていった。正直、零は考えていた。今でも、この様な遊びをしているのは可笑しい事なのかと……だが好きでやっている事なのだ、誰かにとやかく言われる筋合いは無い。

そして零は、また片付けの続きを始めた


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序章-3-

 

 暑い……今日は夏日だ、忙しなく鳴き続ける蝉の声を聴きながら、零は帰路に着いていた。帰り道、一緒に帰る菜々樺は零に質問する。

「――ねぇ、零は何であんな強いわけ?」

「昔、嫌って言う程に毎日、相手をさせられたからね……」

「そっか、なるほどね……」

 菜々樺は納得する様に呟く。彼女が納得した訳、零の言っていた相手というのは零の祖父だ。彼はお祖母ちゃん子なのだが、将棋や五目並べといった基盤を使った娯楽は常に祖父の相手だった。そういう頭を使うものは余り好きでは無かったが、やっていくにつれて零もその面白さを感じてしまう。将棋に興味を持ち始めたのは七歳の頃だった。だが、祖父も二年前に他界していた。勿論、幼馴染の菜々樺が納得出来るのも不思議では無い。

「――そういえば、おばさん大丈夫なの?」

「まぁ、大丈夫とも言えないかな……」

「そっか……大変だね」

「……ありがと」

 

 零の母は、鬱病に罹っていた。発症したのは去年の夏、原因は……多分、零自身。別に彼が何かした訳でも無い、切欠は些細な事だった……

 あれは丁度、去年の今頃、夏真っ只中の季節だった。ほんの出来心に過ぎなかった。夏と言えば怪談、怪談と言えば『肝試し』それは幼い気持ちの好奇心というやつだ。『肝試し』をやると言うと思いの外に、学校の連中は面白半分に集まってくる。ざっと、四・五人は居ただろう。零は嫌がる菜々樺を無理やり連れ出すと、零達を含む集まった連中である場所へと向かった。

そこは、村の中で立ち入り禁止とされている場所。

 森の奥に暗闇に紛れ不気味に建つ小さな祠、村中での噂だが、話しに寄ればそこには『鬼が棲む』と言われていた。これは、祖母からも耳に蛸が出来る程に聞かされてきた。大昔から語られた話で、この村には“鬼”と呼ばれる存在が棲みついているという“鬼”と一口に言っても色々いる。角が生えて異形の姿をしている者、心の中に棲まう者。だが、零達の概念からすれば前者の“鬼”が真っ先に思い浮かぶだろう。

 彼等は、安易に考えすぎたのだ。これは『肝試し』そんな、おとぎ話の様な事等ある訳が無いであろうと零と菜々樺は一度、立ち入り禁止の看板の前で足を止める。

直感で感じた、何か不吉な感じがする……

 

 


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序章-4-

 目の前まで来て足が竦む。何故か、寒気がする。二人の理外は一致していた。

(――これ以上、進んでは行けない)しかし、零と菜々樺の気持ち等知る由も無く、同行して来た学校の男子連中は、看板にも目もくれずに、堂々と入って行く。丁度、その時此処に来ている事を嗅ぎ付けた村人達は酷く慌てた様子でこちらへ向かって走ってくる。零と菜々樺は、驚いて逃げる様に走ると思わず、立ち入り禁止看板に気付かず祠の方へと向かってしまう。静かだった、先に入って行った連中は何処に行ったのか……暗闇の中を懐中電灯で辺りを照らしながら、探るようにゆっくりと歩く。すると、ガツッと足が何かに引っ掛かった様な感触がした。

 懐中電灯を下に向け足元を照らしてみると菜々樺は少しばかり沈黙すると絶叫する。

「――きゃゃぁぁぁぁっ!」

「――なっ!なんだよ、これ!?」

「……し、死んでる……の?」

「――そんなの……ぼ、僕が聞きたいよ……」

 その光景を見た零もまた驚き声を上げる。

彼等が見たものは、先程先行していった四・五人の男子連中がまるで、死んだ様に地面に倒れている姿だった。菜々樺は手で顔を覆うと目を伏せ叫ぶ。一方、零は動揺し状況を把握出来ずに居たが、しゃがみ込み男子生徒の胸元に確認する様に手を置く。心臓は動いている、死んではいない。ほっと安心する零だったが直後、禍々しい空気が漂い始める。

零は、直感で感じ思った。(――此処に居ては危険だ……)と、すると後ろから村人の声がすると、十人程の大人達が慌てて何か急ぐ様に、祠へと向かう。その時、零は見た。祠の奥で何か白く不気味に光るものが見えたと。零はまるで、その光にこちらの心が覗き込まれそうな感覚を感じた。そこへ『それ以上、その光を見てはいけない!』と言って目の前に現れたのは、母だった。何の事か解らない零であったが、助けられたという事だけは解った。祠の扉は村の大人達の手により再び閉じられ、再度御払いが施された。

村に着くと、倒れた男子連中の心は完全に喪失していた。そう、生きた屍の様な者になってしまったのだ。

そして、これが母の感情を失った原因にして零の愚かな行為の末路……

――後に聞かされる事となる。

これが『鬼ヶ村』と呼ばれる様になった本当の由来であると……


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神隠し

1.神隠し 

「――母さん。御飯は此処に置いておくから、ちゃんと食べてね?じゃぁ、学校行ってくるから」

「…………」

「――行ってきます……」

 零は布団で横たわる母の側にお盆に載せた朝食を置くと、静かに部屋を出る。母は何も語らない、あの事件から一年。未だに母の感情は戻る気配を見せる事は無い。あの時の男子連中達は、一切学校へ顔を出す事は無かった。精神崩壊してしまった彼等は、“自分という存在”だけを残し生かされている。中には時に暴れだす者も居た、異常な程に……その動きは人間離れをしていてる狂暴さだ。村の大人達は彼等を今、村へ野放しにするのは余りにも危険だと判断し、少年達を牢へと閉じ込めてしまう。しかし、その話を聞いた零は不思議に思う。何故、こんな静かな田舎村に牢屋等という物が存在しているのだと。それは、まるで以前にも似た様な事があり、その対策として、それはそこに存在したのかと……

 大人達は口を揃えて言う『心を喰われてしまえば、何も残りはしない』と……例えるならば、バケツに入った水を全て流してしまえば、その中には一滴も残らず何も入ってはいない只の空っぽな器でしかない。

また、別なモノを入れて満たせばいい。単純に考えるならこんなところだろう。

 少年達は完全に心を喰われてしまったが、母の場合は半分が持っていかれたというところだ。

言語障害は有るものも少しの感情は残っている。

零にとっては、それが唯一の救いである。しかし、あの時に母が現れずに居ればこうなっていたのは自分自身であったのかもしれないと彼は思う。

 

 家先には零の準備を待つ、菜々樺の姿があった。

「――おはよう、零」

「菜々樺、もうちょっと待って」

「早くしなさいよ?出ないと私まで遅刻しちゃうじゃない?」

「――じゃぁ、先に行ってればいいだろ?」

 零は、せっせと仕度をしながら。文句を言う菜々樺に突っかかる。

「何ですって!あ、あんたの為に来てやってるのに」

「――別に来てくれと頼んだ覚えなんてないよ」

「この……減らず口が」

「……はぃはぃ。よし、じゃぁ行くか」

 そう言って零は玄関で靴を履き、立ち上がると菜々樺の肩にポンと手を乗せ、なだめる様に呟く。腑に落ちない菜々樺であったが渋々、零の後を追いかけるようにして付いて歩く。

 


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神隠し -2-

 隣に居た菜々樺が零に問い掛ける。

「そう言えば、こんな事を噂で聞いたんだけど……」

「――噂?」

「うん、例の男子中学生事件覚えているでしょ?」

「……まぁ、出来れば忘れたいけど。それが、どうかした?」

 零が聞き返すと菜々樺は複雑な表情を浮かべると言葉にする。

「彼等が牢に監禁されてるの有名な話……」

「まぁ……ね。申し訳ないとは思ってる……」

「――それがね……消えていたんだって」

「……消えた?」

 零は一旦歩みを止めると菜々樺に疑問の眼差しを向け聞き返す。

「昨日、見回りで行った時には姿が何処にも無かったんだって。全員……」

「――き、昨日?」

「――うん、話では。でもまだ、非公開って形になっているみたいだから」

「何で菜々樺がそんな事を知っているんだ?」

「あれ?言わなかったっけ?私の御父さん、村の役員しているから」

「……そっか」

「でも、あくまで噂だから余り口外しないでね?」

「――あぁ、わかった」

 

 後日、噂は瞬く間に村中に広まっていた。零が口外した訳では無い。

まして、菜々樺が言った訳でも無い。それはある事件を切欠に起きた。

 彼等が姿を晦ましたのは、菜々樺から言われた日から一昨日の事だった。

夜、いつもの様に見回りに来ていた役員は懐中電灯を照らし薄暗い牢を見回る。いつもなら五月蠅い程に叫ぶ声がしたり、檻の柵をガシャガシャと揺らす金属音が木霊していた。心を喰われた少年達は、まるで何者かが憑依したかの様に理性を失った行動をする。そんな日が幾日も続いていた。

 しかし、その日は違った。不気味な程に静かだ、牢屋で暴れている様な五月蠅さすら感じない、廊下には寒気がする程に冷たい空気が周囲を包む。

そして檻の前まで来た時、役員は異変に気付く。中に誰も居ない。脱獄?違う、柵は破られてすらいない、硬い煉瓦で囲われた殺風景な個室、光が差し込むような窓すらない。逃げる所等は何処にも無いのだ。その光景はまるで、最初から誰も居なかった様にすら感じる。

 そして、驚いた役員は事情を別の役員に事の詳細を全て話す。

すると、『――此処で見た事は内密にする』そこで話は纏まった……はずだった。


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神隠し -3-

 

 

 村中に知れ渡った原因。少年達が消えて三日後、第一の事件が起きた。それは突然の出来事だ。学校の友達が、ある日を境に来なくなった。少年達が脱獄した晩の翌日からだ。先生が家に連絡を入れても、家の人すらも分からない。しかも、その友達というのが零に文句をつけて来た、あの時の男子生徒だという。何かの偶然なのだろうか?彼は思う。しかも、最初に消えた少年達は今回、行方不明になった男子生徒と絡みがある学生だった。これも何かの偶然、それとも必然?どちらにせよ、まるで神隠しにでもなった様なこの事件は、あの一年前の興味本位で行った『肝試し』から始まったのは間違いが無いだろう。

 その話が広まってゆくに連れて、零は不安を感じる。何故なら、彼もまた当事者であるのだから。

そして、それを先に言い出したのも零自身だ。

 

「――ねぇ、最近。村の様子がおかしいよね?」

 菜々樺は不安気な表情を浮かべ零に問い掛ける。

「その話は、あまりしない方がいいよ」

「どうして?」

「――どうしてって……何かそんな感じがする」

 学校の休み時間、零と菜々樺はそんな話をしていた。この間の事件以来、何故か明るい話題が出て来ない。話すのは例の噂話ばかりだ。

 零は、この重い空気を変える様に話を切り出す。

「――そうだっ!久し振りに一勝負するか?」

「いいわね、今度は前回の様には行かないわよ?」

「――なんだ。今日は花を持たせてくれないのか?」

 またも零はからかう様に意地悪な言い方をする。

「そう何度もしてあげないわよ、今日は勝たせて貰うからねっ!」

「はぃはぃ、期待してるよ」

「むぅ~……いつも馬鹿にしてぇ」

 二人は将棋盤を机に置くと対局の準備をする。

そして、菜々樺は零を睨みつけるとやる気満々に言い放つ。

「何処からでも掛かって来なさいっ!」

「――さぁ、お手並み拝見と行こうか……」

 

 二人は、この時だけは事件の事を忘れ様と今を楽しもうとしていた……


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噂話

2.噂話

 日を増すごとに、村の中では『噂は本当なのではないのか?』という話が至る所で飛び交っていた。零も、あながち嘘とは思えなかった。勿論、事件の当事者としての感想である。別に“鬼”の存在を認めた訳では無い。そうだとしても、この頻発する奇怪な事件をどう証明すればいいものか。

 この間の男子生徒失踪事件から一週間、あれから何も起こる事は無かった。これ以上、噂が広まり混乱を招くのを恐れた役員は失踪事件に関しては一切触れる事はしないという決断をする。つまり“事件”を“事故”として処理してしまったのである。だが、この話は学校内では毎日の様に語られていた。物珍しい話に面白がって食いつくクラスの男女。学内では、あくまで『噂話』としてでしか取り上げられていないが、その真意を職員に聞いても『そんな話は止めなさい』と言って黙秘する者が殆どである。

 だが、零や菜々樺だけが『噂話』とは、到底思えそうには無かった……

「――零?」

「なに?」

 教室で自分の席に座る零に菜々樺は声を掛ける。

「こんな事を思っているの、私だけなのかもしれないけど……」

「――どうした?」

「何かね……最近、思うんだけど……前より人が減ってる気がしない?」

「……えっ?」

 菜々樺は不安気な面持ちで教室を軽く見渡すと零に問い掛けた。

「……人が?」

「うん、前なんて五月蠅すぎる程に賑やかだったのに。何か、ここの所は教室が凄く静かに感じる……」

「そう……かな?」

「何か、前より人が少ない気がして……」

「――気のせいだよ……」

 菜々樺の疑問には零も気付いていた。まるで、以前程の賑やかさは感じられない。あれ程まで、馬鹿みたいにゲームの話で盛り上がっていた連中も今は例の『噂話』で持ち切りだ。そして、菜々樺の言う通り、日に日に学校の生徒数が減っている様な気がする。学校自体は大きくは無い。教室は三つ、一クラスが十人程度。零達のクラスからは前回の事件……いや、事故で一人が居なくなっていた。菜々樺が言っていた疑問は、このクラスに対してでは無く、学校全体での生徒数に対してだった。自分のクラスなら一人二人減っただけでも直ぐに気付くだろう。しかし、他のクラス等の事等知る訳が無い。菜々樺の話に由れば、隣のクラスでも女子が一人突如失踪してしまっているという。理由は解らない、失踪した事に気付いたのは事故から翌日の事。前の日まで、菜々樺は学校でその子と話をしていたと言う。つまり、失踪したのは学校が終ってから、夜が明ける迄の間。

 彼女にしかり、同クラスで失踪した男子生徒、共にある共通点がある。

それは両者とも事故の前日、または、それ以前に『噂話』をしていた。

だから、どうという事では無いのだが、この繋がりは明らかに偶然過ぎる。

 これは零の推測に過ぎない。しかし、大人達はこの事に対し頑なに口を

閉ざす。それが余計に零の疑問を肥大させていった。

 


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噂話 -2-

 

 帰り道、菜々樺は元気が無かった。無理も無い、最近まで親しく話しをしていた友達が忽然と姿を消してしまったのだから。零は敢えて、何も言わなかった。自分が何か慰めて、菜々樺の気持ちが晴れたとしても失踪した彼女が帰ってくる事は無いだろうと……

すると、俯いたまま菜々樺は呟く様に問い掛けてくる。

「――ねぇ、零?」

「なに?」

「……本当に消えちゃったのかな?」

「……分からない」

「もし、もしね、あの話が……原因だったとしてだよ」

「菜々樺っ!その話は」

 菜々樺は零の前に回り足を止めると、真っ直ぐ零の目を見て言う。

「もしもの話だよっ!それに……」

「――それに?」

「一年前の事件だって……」

「いい加減、忘れろっ!僕だって……思い出したくは無い」

「――そうだよね……ごめん」

 ちょっと言い過ぎたかもしれないと反省する零だが、菜々樺の言いたい事は痛い程に分かる。何故なら、この村がおかしくなってしまった原因は、あの日……『肝試し』の夜に、あの祠を開けてしまったのが全ての始まりだったからだ。祠の扉には再度封印し、御払いだって施した……なのに、悲劇は治まるところが止まる事すらしなかった。零は後悔をしていた。

しかし、事態を収拾するにしても事の原因が未だに判らない。ならば、自分で撒いた種なのなら自分で何とかしなければ……零は思った。

「――悪い、菜々樺。ちょっと、寄り道していくから……先に帰ってて」

「寄り道って、何処行くの?」

「……それは、言えない」

「そう……」

「――じゃぁ、また明日」

 そう言うと、零は菜々樺に背を向け彼女と逆の方角へ歩き出す。すると、後ろから呼び止める様に菜々樺が零に言葉を返した。

「……零」

 菜々樺の声に零は一度足を止め、振り返ると菜々樺は小さく笑い言った。

「――ちゃんと帰って来なさいよ」

「えっ?」

「勝ち逃げなんて許さないんだからねっ!」

「ありがとう……菜々樺」

「――零、約束だからね?」

 零は『わかった』と菜々樺に返事をすると再び背を向け歩みだす。彼の去って行く後姿を菜々樺は寂しそうな面持ちで見つめていた。菜々樺は、薄々気付いていた。零の言う『寄り道』を……だが、聞く事は出来ない。聞いたところで、きっと零は何も語ってはくれないだろう。今、菜々樺に出来る事は、零の帰りを待つ事だけである。

菜々樺は信じている。零は、必ず“約束”を守ってくれるはず……だと

そして、菜々樺の視界からは零の姿は見えなくなった……

 


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噂話 -3-

 

 

 夕暮れ時、日が落ちかけた空は不気味な程に紅く染まっていた。

零は菜々樺と別れると、言葉通り寄り道をしていた。これといって、漠然とした目的地がある訳でも無い。零が自然と足を運んだ場所、そこは二度と来ては行けない場所。目の前にあるのは、古びた立ち入り禁止の看板、そしてあれ以来、誰も入る事の出来ない様に鍵の付いた柵が付けられていた。零は、導かれる様にしてこの場所へ来た。自ら望んで等、来たい筈が無い。

そこで零は感じる。前の様な寒気や禍々しい空気は一切感じない。

柵の隙間から中を覗く零だが、不思議と恐いと感じなかった。

「何もない……」

 ポツリと呟く、何も起きなかった事に零は安心する。彼の寄り道は取り越し苦労だったのだろうか、零は暫くそこに留まってはみたが結局、何も起こる事はしなかった。すっかり日は落ち辺りを暗闇と静寂が包む。

 零の寄り道は何の意味も無かった。そして、彼は家へ帰る事にする。

「――ただいま」

 家に帰った零は一人呟く。『ただいま』と言ったとしても返事は返ってこない。解ってはいるが少し寂しい。家に上がり、真っ先に母の元へ向かう。あれからいままで、零が介護しているからだ。いつもの様に出来上がった食事を持って行き、部屋の障子を開けた時だった。

 そこで零は異変に気付く。

「……あれ?……母さん?」

 そこには母の姿は無かった。目の前には布団だけが残されている。母が消えた?薄ら感情はあるもの、立つ事も歩く事も出来ない母が、此処から動く事等出来るはず筈が無い。零の頭には不吉が過ぎる。

(――まさか、母さんも神隠しに?)だが、そこで零は思い出す。元々、母が植物状態になってしまったのは何故だったか、それは祠の奥を覗いてしまったからだ。


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噂話 -4-

 零は泣いた、悔しくて、哀しくて、寂しくて、彼は泣く。

「……くそぉ……なんで、なんでだよ……」

 泣き崩れる零だったが、またも異変を感じる。次の瞬間、まるで背筋が凍る様な寒気がする。直後、辺りを包む禍々しい空気、これは……あの時と全く同じだ。(――逃げなければ!)零の脳内に危険信号が走る。すると、ガサっと音がした。音は障子の向こうから聴こえる。零は振り向くと、障子には月の明かりに照らされて薄らと影が浮かぶ、良く見ると人影の様だ。零は恐怖した。何故なら、今この家には自分しか居ない。それに影があるのは玄関と全く逆の方角だ。障子の向こうは庭、だが裏からは周る事が出来ない。誰かがそこに行くにしても零の居る部屋の脇を通って行かなければならない。故に、気付かれずに行くのは不可能だ。では、目の前に映る影は誰だ?零は恐る恐る障子に手を掛けると、ほんの少しだけ隙間を開けそぉっと外を覗く。そこには見慣れた女性が立っている。目を凝らし良く見てみると……

立っていたのは、零の母だった。彼は思わず叫び

「――か、母さんっ!?」

「……れ……ぃ」

「母さん?僕が判るの!?」

 零は植物状態になってから、初めて自分の名前を呼んだ母に歓喜した。

 その“喜び”は、ほんの一時……そして、それは”絶望“へと変わる。

「良かった……思い出したんだ……ね……っ!?」

 

 嬉しさの余り障子を開ける零、だが途中まで言いかけた時彼は足が竦む。

視線の先に居た、零の母は母で無かった。もはや“人”なのかすら疑わしい。彼女の瞳は白く不気味に光っていた。人間の目では無い。あの白い光は、あの祠で見た光と同じだ……もはや人かどうかも分からなくなっていた零の母は何かを探す様に何度も呟く。『……れ……ぃ』名前を呼んでいる。

だが、彼女は零に気付いていない。そこで思わず零は自分の口を塞ぐ。

 母は自分の事を探している。違う、あれはもう母では無い……母の姿をした“何か”だ。白く不気味に光を放つ瞳には何が見えているのか。だが、これだけは解る。決して、あの光と目を合わせてはいけない。母の姿をする何かは何度も零の名前を呼びながら段々と彼に近寄ってくる。

 そして、零は恐怖の余り声を上げてしまう


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噂話 -5-

「……く、来るなぁぁっ!」

「……!」

 零の声に彼女はピクリと体を反応させると一度足を止める。そして、顔を伏せながら、ゆらり、ゆらり、と体を揺らし近づいて来る。

(――恐い、助けて、来るな)もはや、零の中で目の前に居る者が実の母だったという認識は当に無くなっていた。逃げなければ、解ってはいても恐怖のせいか体が動かない。足はガクガク震え全く言う事を聞かない。かろうじて、手だけは動いていた。零は唯一動く手で体を浮かせると一歩、また一歩とゆっくり後ろへ下がる。あと少し、あと少しで家の中に入れる。目の前の彼女もゆっくり、またゆっくりと近づく。

(――早く!早くっ!)零は死に物狂いで手を動かした。そして、ようやく体が家に入りきったところで零は急いで障子を閉めた。だが、まだ恐怖は終わらない……

 それでも、声が聴こえる。零の名前を呼ぶ声が彼にはもう呻き声にしか聴こえなかった。零はやっと少し足が動く、そう気付いた時彼は直ぐさま立ち上がり自分の家を逃げるように出ていった……

 

零は走った、とにかく走った。ひたすら逃げるように。零の見た母は、母では無かった。肌で感じる恐怖、あれは何か違う者だ。

これからどうしようか零は考えていた。家を逃げるように出てきた。家に戻る勇気が無い、またあの恐怖を思い出すだけで足が竦んでしまう。

 これからどうしようか……

「――取り敢えず、菜々樺の所にでも行くか……」

帰る場所を失った零が今、頼れるのは菜々樺だけだった。零の疑問は、未だ晴れずにいる。

(――あの白い光は何なんだ?何故、母さんに?)

失踪する人達の行方、忽然として消える人、零は先の事も踏まえ確信する。

「――これは、事故なんかじゃないよ……列記とした事件だ」

 零は恐怖を感じながらも、この謎の正体を知りたいと思った。原点は、絶対にあの祠にあるはず。祠の事を調べれば何かが分かるはずだと……

あくまで零の推測に過ぎないが、いま考えられる答え。零には他にも疑問が残る。何故、大人達は頑なに事件の事を話さないのかと……

「――やってやるよ、絶対に……」

 恐怖と戦いながらも、零は決意するのだった……


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