目次
第1章 誘い
第1章の主な登場人物
地図
第1話 ことのはじまり *
第2話 残されたノート 
第3話 旅立ちの日 *
第4話 おくれて話す老人 *
第5話 青い猫 *
第6話 お店番
第7話 リブロールの朝 *
第8話 定期船 *
第9話 印刷機
第10話 島便り +
第11話 なくしもの
第12話 別々の名前 * +
第13話 時間のはじまり *
第14話 跳魚釣り
第15話 海の見えるインキ
第16話 乾かない文字
第17話 きまぐれな友達 *
第18話 豚の素性
第19話 時間のカタチ
第20話 ハトの手紙
第21話 ミドリの海 *
第22話 かすむ目
第23話 水の島 +
第24話 雨の夕暮れ
第25話 針のずれ *
第26話 おいしい水
第27話 雨上がり
第28話 小さな楽団
第29話 窓の記憶 +
第30話 食堂の夜 +
第31話 水玉の光 +
第32話 飛行船
第33話 レンズの掃除 *
第34話 名前の由来
第35話 留守
第36話 並ばない頁 * +
第37話 火炎
第38話 新しい朝 +
第39話 楽しいお湯
第40話 残された印
第41話 望郷 *
第42話 呼び声 *
第43話 旅立ちのとき
第44話 手紙
第2章 彷徨
第1章のあらすじ
第2章の登場人物
第1話 反転する海
第2話 遥か天空
第3話 水の悪意
第4話 イルカの歓迎
第5話 旧世界への入港
第6話 新しく古い港
第7話 ウテラス様式のドーム
第8話 サーカス小屋.
第9話 ホテルの夕食
第10話 望郷 *
第11話 同じ川
第12話 守られた村
第13話 湖面の幻影
第14話 中州の文庫
第15話 消えた男
第16話 雲の塔
第17話 水の革命
第18話 来客
第19話 家族の家
第20話 湖水の道
第21話 出島
第22話 赤い灯台 *
第23話 水に映る顔
第24話 海の使者
第25話 覚醒
第26話 なくしたもの
第27話 うさぎの庭
第28話 もうひとつの扉
第29話 水調べ
第30話 水彩
第31話 見送り
第32話 紋章の透かし
第33話 砂浜のスケッチ
第34話 骨董の日
第35話 花瓶の花
第36話 はぐれた子供たち
第37話 トマト色の兆し
第38話 礎石の力
第39話 離脱
第40話 ノイヤールの緑石
第41話 ロマン
第42話 善と悪
第43話 静寂の時
第44話 光る魚
第45話 罪
第46話 汽水の調査
第47話 黒い六角の紋章
第48話 水上の村
第49話 豊漁の予兆
第3章 螺旋
第2章のあらすじ
第1話 再生する記憶
第2話 メビウスの時
第3話 時間の澱み
第4話 変わらない人たち
第5話 見えない鮫
第6話 薬草
第7話 二度目の下船客たち
第8話 入れ替わり
第9話 時間の層 *
第10話 偶然の地の灯台
第11話 島地鶏の卵料理
第12話 もうひとつの出航
第13話 季節のあいだ
第14話 飛行士
第15話 灯台のローソク
第16話 黒服の試飲
第17話 湖の正夢
第18話 魚拓のドット
第19話 幻の釣り
第20話 夕立
第21話 再会
第22話 赤色の宴 *
第23話 消えなれ
第24話 漂流するヨット
第25話 救護に
第26話 もぐらの話
第27話 おいしい世界 **
第28話 自分の手紙
第29話 夜の散歩
第30話 密漁
第31話 海の穴
第32話 ぬめる水 **
第33話 重なる影
第34話 同じ手帳
第35話 キノコステーキの薬味
第36話 かくされたもの **
第37話 摘み取り
第38話 走る光
第39話 時の流れ
第40話 ふたつの影
第4章 失踪
第3章のあらすじ
第1話 男の性
第2話 探さないこと
第3話 変わらないノート *
第4話 夕食の煮物
第5話 光りもの
第6話 白い朝
第7話 ノートの家
第8話 宿帳の名前
第9話 使者
第10話 悲しい空想
第11話 一切れのパン
第12話 タワーの理由
第13話 晩餐
第14話 召された子供たち
第15話 天気計画
第16話 水の約束
第17話 古地図
第19話 雪かき
第20話 期待
第21話 氷上の舟
第22話 生き写し
第23話 島の話
第24話 花と待ち人
第25話 書庫の入口
第26話 地下迷路
第27話 潜水
第28話 石窟
第29話 知らない言葉
第30話 再会
第31話 夜の時間
第32話 洪水の周期
第33話 共生
第34話 二人だけの話
第35話 昏睡
第36話 夢想
第37話 二匹の猫 
第38話 水の声
第39話 時間の重さ
第40話 増えたページ *
第41話 内なること
第42話 戻り道
第43話 図書目録
第44話 旅の途上の小説
第45話 あたらしい船
第46話 つづく
つづく
奥付
奥付

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第15話 天気計画

 目覚めると土壁の小さな窓から柔らかな光が差し込んでいた。まわりをぐるりと眺め、昨日と同じ場所で目覚めたかどうかを確認する。意識をなくして戻ったときと、朝の目覚めの時がどう違うのかは判然としないので、自分なりの方法として、緑鮫を見たかどうかを思い出してみるのが習慣になってきた。ただし、夢の中で緑鮫を見ていたらということは考えないことにしている。まずはここが灯台でもノイヤール湖でもないことがわかりまずは胸をなでおろした。今日は昨日とつながっている。

 

 廊下に出て中庭に出ると、雪はすっかりやんで、澄み渡る空が広がっている。かすみのように浮かぶ月の姿を見ていると前日の大雪の中で起きた事件が遠い過去のように思えた。すべては、夢だったのだと言ってほしいという思いがこみ上げてきた。タワーを透過して見えているのだろう空を見ていると、ミオ君がタワーにのぼってリアヌシティを大雪の災害から救ってくれたようにも思えてきた。透き通る空を包む光が彼の未来を照らす啓示のようにも感じられ悲しみが和らぐ。そして、金色に輝く太陽の眩い光がミオ君の髪の色と重なった。今日のような天気であっても彼はタワーを登っただろうか。それは昨日でなければならなかったのだろうか。どうしてあんな雪の日にという思いは拭えない。

 

 部屋に戻り寝床を片づけていると、食事を用意をする音が聞こえた。子供たちが歩き回る気配を感じるけれど、話し声は聞こえない。家族の家の朝は静かにはじまっていく。それをいいことに朝寝してしまい、その間にコノンさんたちの一日が始まっていたかと思うと彼女の奉仕の大変さをあらためて感じ頭が下がるばかりだ。中庭ではたくさんの白い下着が干され風に揺れていた。しばらくすると年長の子供が食事の用意ができたことを知らせに来てくれた。

 

 朝の子供たちとの食事はなにごともなかったかのようなにぎやかなもので、コノンさんのふるまいまで別人のように感じられた。子供たちの間ではミオ君はヒーローとなっているようで、タワーの最上部に立つ彼を描いたと思える絵まであった。子供の立ち直りが早いのか、もともと悲しいできごとと感じていないのか、いずれにしても前日との違いを見ていると、年寄りの自分にはとてもできない芸当だと思った。若さの柔軟さには驚くばかりだ。彼らの今を生きる力強さに見習うことは多い。それでもこの子たちの将来を考えたとき、家族の家とリアヌシティの本当の家族との関係についての疑問が消えることはない。いつか彼らはライブラインの壁を越えて本当の家族のもとに戻れるのだろうか。

 

「オルターさん、おはようございます。昨日はありがとうございました。よく眠れましたか」

 

 まるで何もなかったかのようなコノンさんのすがすがしい挨拶。今日の気分を聞くことさえためらわれるような明るさがうれしくもあり、悲しくもある変な気分だ。ヨシュアさんの慰めがよかったのだとしたら悪い話ではなかったのだろうけど、子供の前で無理をしていないことを祈りたくもなる。

 

「個室まで用意していただき、ゆっくり休めました。ヨシュアさんにもお礼を言わないと」

 

「ご心配ないです。ヨシュアさんも夜明け前には出かけて、朝の集まりのほうへ行かれたので」

 

「早いですね」

 

「家族の家の集まりがある日は早いです」

 

 どうやら家族の家はひとつではないということらしい。いったいドーム内にどれぐらいあるのだろうか。曖昧にうなづいている自分が歯がゆい。

 

「そうなんですね。お帰りになったら御礼を言っていたとお伝えください」

 

「お泊りになる方は少ないので、子供たちも喜んでました。こちらこそお礼をいわないと。ありがとうございました」

 

 何の手伝いもできなかったことに後ろめたさを感じていただけに、少し救われたような気分になった。

 

「それにしても昨日が嘘のように晴れ渡りましたね」

 

「オルターさんはご存じないのですね。ドーム内の天気はタワーでコントロールされているので、災害が起きるような悪天候にはならないのです」

 

「ということは、天気は計画的につくられていると……」

 

「そうですね。昨日はたまたまオールドリアのほうも大雪でしたが、ドーム内は天気計画通りですね。私の子供のころからドームの天気はそういうものとされています。そのおかげで豊かな自然もありますし、災害が起きるようなこともないですし」

 

 天気が人工的なものだと言われると、ミオ君の行動と天気の関係は偶然ではなく選ばれた日だったということになる。それともこのドームでは天気まで使って人の感情をコントロールしているという話なのだろうか。今朝から感じていた天気にかかわる感情のすべてが人工的に生まれてきたものだったような、なんとも言えない後味の悪さを感じることになってしまった。

 

「コノンさんもそれでよいと」

 

「昔はこのあたりも水霊の棲む沼地と言われ、洪水などの災害も多かったようですから、それがないことをよいと思っている人は多いですね」

 

「実際、オールドリアヌの自然と遜色ないですね」

 

「私はあとユイローさえあれば……」

 

「なるほど、ユイローはドーム内にはないということですか。それも計画通りなのでしょうか」

 

「ウサギたちにとっては悲しいことかもしれませんけど、巣穴で溺れてしまう心配をしなくてよいですし、ユイローなら私がオールドリアヌに餌集めに行けばよいだけなので」

 

 自然のコントロールで災害がないことと、タワーに子供が消えていくことがなにかの裏表になっているような気がしてちょっと納得しかねる気がしたものの、とても今日のコノンさんに言えるような話でもない。

 

「予定では、このあと5日は晴れて、その後2日が雨ですから、一週間後にはまたユイローを採りにお祖母さんの家に戻ります。オルターさんはそのころまでいらっしゃいますか」

 

「ノートのほうの状況しだいなので、なんとも言えないのですが、あまり長いとスレイトンケープの知人を心配させることになりますし」

 

 話をしながらマリーさんの心配する顔が頭に浮かんだ。あまり長いどころか、今日も帰ってこないと思っているかもしれない。

 

「とりあえず、一度オールドリアヌに戻ってから先のことは考えることにします。ノートも置いたままですし」

 

「そうしてもらえると、お祖母さんも喜ぶと思います。できれば私のことも伝えてください。もう大丈夫なので。ウサギは元気だったと……」

 

 話を周りで聞いていた子供たちが、もう帰るのかと言いながらまとわりついてくる。いつかこの子達もタワーを登る日が来るのかと思うと複雑な気持ちになる。何が問題かわからず、何をすればいいのか、目的もないままノートの謎にこだわっていていいのかさえもわからなくなってくる。リアヌシティがこうなってしまった今、ノート氏の旅はどこに向かっていったというのだろう。


第16話 水の約束

 オールドリアヌへの帰り道は予想した通りで、ドームを出るとすぐに雪が降りだした。乗客は自分を除いて一人もいないから、こんな日に外を歩いている人もいないだろう。この寒さを考えるとノイヤール湖も氷で覆われて、運河も閉ざされてしまったかもしれない。そうなると出歩くこともままならないだろう。雪に深く沈んでいる村の光景が目に浮かぶ。

 

 木々にも雪がかぶるように降り積もっている。ドームの中と外の樹木を比べてみても植生に大きな違いは見られないものの、よくよく見るとドーム外のほうが枯れている枝が目立つような印象も受ける。当然ドーム内は自然を完全に管理しているのだろうから温度や水の管理はもとより農薬や肥料の散布もされているのだろう。見た目だけで判断する限りは必ずしも手付かずの自然のほうがよいということでもないのではないかとも思えてくる。それでも枯れることの意味もあるはずと言いたい気分にもなる。薬効と薬害のどちらに価値があるのかもほんとうのところはわからない。島にいるときにはこんなことは考えもしなかった、リアヌシティに来てからはどうあるのがよいのかという問が常につきまとっている気がする。そんなことを人間に考えられるのだろうか。勝手に良かれと思うだけなら簡単だろうけれど、結局答えを出すのは過ぎ去った時間だけということになりそうな気がする。時間は先の予測はできず過去を教えてくれるだけとしたら、将来のためにどうあるべきかの答えは延々とでないままに繰り返される。あるがままでよかった島のころが遠く懐かしく思われる。

 

 ドームを出てしばらくしたところで、小さな動物が雪の中で立ち往生してうずくまっているのが見えた。彼らはドームには入れず取り残されたということだろうか。巣穴は遠いのだろうかと心配になった。

 

 お祖母さんの家に近づくと窓からあたたかな光が漏れているのが見えた。一歩ずつ雪を踏みしめる足がもどかしい。凍えた手で開けるドアはひどく重く感じられた。雪は膝あたりまで積もっていて、それを除かないとドアも開かないことに気づく。ドアをノックしてしばらくすると下からお湯が流れ出てきてドアを塞いでいた氷がゆっくり溶けて流れた。

 

「おかえり。寒かったかい」

 

 家に入るといつもと同じようにお祖母さんとお祖父さんが待っていてくれた。外に出るような日でないことはわかってはいても、二人がいるのを見るとほっとする。ドームで感じていた緊張感が消えていくのがわかった。室内は薪のストーブに暖められていて、思ったよりは暖かい。薪の爆ぜる音ややかんの湯気の音が静かに流れるのを聞いていると、時間の流れるスピードが緩やかに感じられるから不思議だ。

 

「そいう事情で、昨日はかえって来られませんでした。ご心配おかけしました」

 

 ミオ君の話をするわけにはいかないので、ウサギ逃げた話にしてその場を取り繕った。それでいいのかどうかはわからないけれど、コノンさんが無事なのはまちがいないということで自分を納得させた。

 

「オルターさんからコノンが元気だと聞けただけで、それで、それだけで安心だよ」

 

「祖母さんは自分がなんでも見ていないと気が済まない性分だからな」

 

 お祖父さんは網のほつれを直す手を止めて、眼鏡越しにこちらを見た。

 

「あんた、タワーのあるところなんて何がおきるかわかりゃしないんだから」

 

 お祖母さんの持ち上げたやかんがひゅうううという音をたてた。

 

「なにも起きやしないさ」少し間をおいてお祖父さんがぼそりと言った。

 

「何も起きないんですか」

 

「あんたナ―シュを知ってたな。約束は守るやつだよ」

 

 約束について聞くと、お祖父さんは村とリアルシティの両方の約束だと言った。

 

「悪くはしないさ」と言うと、直し終わった網を壁に掛けた。

 

「どんな約束かは知らないけど、こうして村は変わらずにあるからねえ。水がなくなったわけでもないし」

 

 オールドリアヌを守るためにどういう条件を出して、何を受け入れたのかはわからないけど、オールドリアヌは前とほとんど変わらないのはほんとうなのだろう。リアヌシティのあの状況が目指されたものであれば、オールドリアヌを守りたいナ―シュさんの知るところでもないだろう。

 

「明日は天気は回復するでしょうか」

 

「続くときもあれば、収まるときもあるよ。食べ物の心配はいらないからね」

 

 お婆さんは干しものにするのだと言いながら、野菜の皮むきの準備をはじめている。

 

 カーテンの間に見えている小さな窓のガラスがやかんの湯気で曇っている。暖は取れていても、リアヌシティに比べれば寒さは身体に染みる。南のスレイトンケープともかなりの気温差がありそうだ。

 

「コノンさんは、タワーができてから水害がなくなったと言っていましたが、それも約束だったのでしょうか」

 

「確かにタワーが出来てからは水害はなくなったさ」

 

 お祖母さんの向いた皮は話の調子をとるように、するすると途切れなく伸びていく。

 

「ずっと昔は、増水の後には疫病も流行して、村を逃げ出すものもいたそうだけど、もうそういうことはないよ。湖があふれてね、町の中まで水浸しになることもよくあったのさ。家ごとの舟は必ずあったし、家が流されてボートで暮らす人ものもいたもんだよ」

 

「実際ここは湿原の中の島に暮らしているようなものだから水域の境目なんてあってないようなものだ。タワーが地下水脈から水を吸い上げていることもみんな知っていることだし、水はこれ以上必要ないだろ」

 

 お祖父さんが網を直す手を休めてこちらを見た。

 

「ノイヤール湖は水が湧き出してはいるけど、乾季が長引く年には水位も下がって、場所によっては運河がまれに干上がるようにはなったけどな」

 

 湖が枯れるようなこともあるのかを聞くと、そんなひどいことにはならないということだった。湖底からの湧水の量は多少のことで動じる量ではないと。村人の湖の対する信頼はひとつやふたつのドーム程度で揺らぐものではないようだった。

 

「そうじゃなければ、祖先もここに住み着きはしなかっただろうしねえ。ノイヤールは私らの望むものを与えてくれるさ」

 

 二人も心の底からノイヤール湖を無限の恵みと思っているようだ。この大雪の中ではなおさら湖が枯れるなんて想像はできないというものだろう。

 

「それでも、ロウンさんは運河が止まると困るだろうがね」

 

「止まれば石でも引き上げるだけのことだ」

 

「ロウンさんというのは運河でお仕事を?」はじめて聞く名前だった。

 

「うちの船もたまに見てもらっている。若いのに腕のやつだ。あんたが意識を失ったときにも船を出してくれたよ。覚えてないだろうがな。湖の足になる船をつくりながら運河の管理をしているんだが、気が向けば湖底の石を切り出しているやつだ」

 

「真冬の湖底の石…もしかして六角錐に使う石のことですか」

 

「街のほうではお土産にもなってるらしいよ。湧水だから、冬でも意外に冷たくないのさ」お婆さんの得意げな顔が印象的だった。

 


第17話 古地図

 突然、思い出したようにお爺さんが椅子を立った。しばらくして戻ってくると手にノートと何枚かの紙をもっていた。

 

「祖母さん、それよりこの話をしないとだめだろ」と言うと、お祖母さんもあわてて野菜を片付け、机の上に燭台と数枚の地図が並べられた。

 

「この前見ていた宿帳の間にはさまっていたさ。昔の宿屋を書いたもののようだよ。Hの飾り文字がついているのがわかるかい。お祖父さんが偶然見つけたんだよ。この人もなかなか大したもんだね」

 

「ここ以外にも探しているソダーって人が泊まったかもしれないし、何かの手掛かりになるんじゃないかと思ってな」

 

 漁にしか興味がないと思っていたお祖父さんも少なからず、村の歴史には興味があるのがわかった。男の秘密でちょっとした絆ができたような気もしてうれしくなった。

 

「数百年前の地図となると、水没で失われたものも多いだろうし、偽の地図も多いからな。納屋から出てくるような古地図はあるだけでも多少の価値はあるだろうよ。ここが少し高い場所にあることがこの地図の水没を救ったということだろうな。あんたは運がいい。この地を守るために、正確な地図や本当の地図は表に出すな、作るなといういい伝えがある村だから。オルターさん、こいつはなかなかお目にかかれないものだぞ」

 

 秘密の地下のある地域ならではの風習とも言えるし、小さな村であれば、地図を必要としないというのもわかる気がする。それをみつけて見せてくれたお祖父さんの気持ちがありがたかった。

 

「ナ―シュさんがどれだけの地図を集められたかはわからないが、この地図は表には出されなかった本当の地図であることは間違いないだろうからな」

 

 公書簡で見た地図を思い出しながら、机の上の地図を眺めた。公書簡では時間がほとんどなかったし、村のことを詳しく知る前だったこともあり、特に似たような地図を見た記憶もなかった。手に取って見ると、ノイヤール湖の下流側で川が消えているのだけは別の地図で見た覚えがあった。その先は地下水脈になっていると思って間違いなさそうだ。その水脈からリアヌシティが水を吸い上げているのだろう。地図にはユイローや空虫らしき絵も書き込まれていて、巡礼者にこの土地の風物を知らせようとしたものであることがわかる。お祖父さんのいうように旅人を迎えるたけにつくられたのだろう。

 

「住む人は今とかなり違うでしょうね」

 

 お祖母さんも拡大鏡を手にして小さな文字を懸命に見ている。

 

「ほら、お祖父さん、湖に魚が書かれているよ。これお祖父さんの好きなドットトラウトじゃないかね」

 

「そりゃ、昔からこの地に欠かせないものだからな」

 

「でもあれだね、鮫は書かれてないようだよ」

 

「描かなくてもよいものは描かないだけだ」

 

 お祖父さんがお祖母さんのもっていた拡大鏡を取るようにして、同じあたりを睨むように見た。

 

 雪で漁に出られないとなると、さすがのお祖父さんも手持無沙汰になるのかもしれない。今日はいつになく昔話に興じているようにも見える。雪に閉ざされた中での宝探しは、二人の記憶の糸を解きほぐすように続いた。

 

「この橋からよく湖に飛び込んだもんだ。いい時代だったよ。素潜りをするにもちょうどいいところだった。あのころは空虫の照らす青い光は、それはみごとだったからな」

 

「ほら、オルターさんの持ってきたノートに書かれていた場所はこの虫の絵が描かれているあたりじゃないかね。あそこなら夕日もよく見えただろうし、わたしらの子供のころもよく遊んでいたものさ。水害があっても空虫だけはずっとこの土地といっしょだったのに。いつからかね、いなくなりはじめたのは。コノンの子供のころもまだいたかね」

 

 お祖母さんの話にお祖父さんは答えるわけでもなく、まだ湖のあたりを丹念に確認している。お祖父さんの思い出は湖とともにあるのだろう。

 

「この家がここだとすると、今も残っている新聞社の位置はこのあたりでしょうね。このスプーンの絵は食堂ですか」

 

「祖母さん、これはシナモンか」

 

「そうさ、あんたと出会ったところ。あのころはこの人もいい男でね。シナモンで言い寄られたのが運のつきってわけさ。シナモンにも困ったものだね。ほら、ノートを売っていたハロウさんの雑貨屋がこの羽ペンのところだから、これはシナモンに間違いないね」

 

ノート氏が旅立つときに立ち寄った場所がここだとしたら、また一歩当時に近づけたことになる。そこが二人の出会いの場所だったとするとなんという縁だろう。今はどうなっているのかが気になる。

 

「それよりこれはジノ婆が以前住んでいたところじゃないか」お祖父さんはシナモンの話をそらすように花の絵の描かれた場所を指さした。

 

「花が描かれてるからってかい。それはどうだかね」

 

「ジノ婆さんは今でも花が好きそうですね。冬も近かったのに庭が花でいっぱいでした」

 

「ああ見えて昔は器量のいい娘さんだったというからね。待ち人が帰ってこなくなってから、巫女みたいなことになっちまったさ」

 

「そんな噂話当てになるものか」

 

「女の私にはわかるけどね。女の感というやつだよ。でなけりゃあんなところで一人暮らしなんかしやしないよ」

 

 お祖父さんは聞き流すそぶりをしながら、その場所を指で差して教えてくれた。ジノ婆さんはやはり村にとっては特別な人なのだろう。ジノ婆さんが何をできる人なのかは未だにわからないけれど、この地の歴史に関しては公書館以上の知見があるということなのかもしれない。とにかく秘密は紙にしないというのがこの村の風習ということなのだから、生き証人としてのジノ婆の記憶はきっと何よりも頼れるものなのだろう。

 

 この夜から丸一日雪は降り続けた。ノートと地図を眺めるばかりで前に進むこともできず、スレイトン・ケープに戻る日がさらに遠ざかるばかりだ。船長はまたウォーターランドに行ったかもしれない。待たせているコピやミリルさんのことを思うと、心が痛む。


第19話 雪かき

 雪のやんだ朝は思ったよりも暖かい日差しに包まれた。お祖父さんとお祖母さんの姿はない。外が騒がしいと思ったら、村人総出の雪かき作業になっているようだった。普段はひと気を感じないこの村でも、こういうときにはいろいろな人と会う機会になりオールドリアヌに仲間入りできたようでうれしい。雪かきをはじめて早々に公書館の場所を尋ねた女性にも会った。向こうから公書館はわかったかと声をかけられた。

 

 山積みにされた雪は、馬の引くソリに乗せられて運ばれていく。聞くと湖に返すのだという。雪も雨も湖と同じで、繋がっているものだということらしい。水に対する信仰心のようなものはこの土地ならではで、水神様という言葉も何度か聞こえてきた。水とともに村に生きた人々の長い歴史のつながりを感じるいい機会になった。少し気になることがあるとするなら、雪かきをする人たちにお年寄りが多いこと。この村がとんでもなく長寿の人ばかりというのもここの水と少なからず関係があるとは思うけれど、子供や壮年の少ない雪かきを見ていると、それもまた違和感をぬぐいえない。子供ばかりの家族の家から戻ったばかりなだけに、その違いには驚くばかりだ。長寿と失踪が水を共有する隣同志のところで起きているのだから。

 

 大雪も災害のひとつだと思うと、それに応える村民の姿から怒りや悲しみは見て取れない。これがもし水害だったとしても同じなのだろうと思えてしまう。水が干上がるよりは大雪や洪水のほうがましだとでもいうように、みんな楽しそうに雪の片づけをしている。厳しい自然に寄り添うというのはこういうことなのだろうか。自然に抗うのではなく、うまく受け流しているしなやかさこそがほんとうの強さと言われているようだ。ウォーターランドのような温暖なところにいると、そのありがたさが当たり前をなっていた自分に気づく。雪を片づけた後には何かの花が芽吹いているのが見えた。冬を前に咲く花があることにも驚かされるが、どんな環境でもその土地にあった生き方があることを教えられているような気がした。

 

 しばらくすると、雪かきをしたところから霧が立ち上り、あたりが白いベールに包まれ始めた。まわりの人の姿も霞んでいく。聞くと、霧は運河からも流れてくるが、多くは地下水脈により温められた地面からのものだという。そう言われて、お祖父さんの言っていた湿原という話を思い出した。もしかすると、この村自体が大きな水脈に浮かんでいる浮島のような地形になっているのかもしれない。地下が作れる湿原というのも何か特殊な地形でなければ考えられないことだ。かなりしっかりした岩盤の上に湖ができ、朽ちた草木が体積したのか、岩盤の周囲に湿原ができたのか。湿原という自然の堀を持つ城塞だとしたら、不思議な地形にいろいろな想像が広がっていく。

 

 1時間もすると、村道の大部分が雪の下から現れた。この地の長寿者の力には目を見張るものがある。

 

「オルターさん、ここ、ここ」

 

 少し離れたところから聞きなれた女性の声が聞こえた。ナミナさんだ。

 

「よかったー、やっと会えた」というトラピさんの声も聞こえた。

 

「あー、元気そうだね。公演はうまく終えられましたか」

 

「オルターさんも冷たいよねー、朝一番で来たんだからね」ナミナさんが笑っている。

 

 言われてみるとドームから帰る前にサーカスに立ち寄ることをすっかり忘れていた。二人に申し訳なくて頭が上がらない。

 

「オルターさん、吉報ですよ。ホーラーと話せる人がみつかりました」

 

「え、公書館の番人のですか」

 

「そうですよー。あの偏屈なホーラー」というとナミナさんが笑い出した。

 

「船大工の人が知り合いなんだそうですよ」トラピさんの息がはずんでいる。

 

「それはすごい! 雪かきが終わったら行ってみましょう」

 

「ほんと、ホーラーに友達がいたなんて驚きますよね。今、その場所に行ってきたんですが、不在みたいで。どこかの雪かきで出かけているのかもしれないですね」

 

「これがその人のいる場所です。公書館に近い湖畔ですよ」と言うと、トラピさんがポケットからメモ書きを取り出して渡してくれた。

 

「それでねオルターさん、私たちもこの後サーカスに戻って、そのあとは次の巡業地に移動しないといけないの。そこが終わればまた春が来る前にはウォーターランドに戻るから」

 

「リアヌシティの公演のほうはうまくいきましたか」

 

「まあまあかなあ。なんだか反応にずれを感じて。ライブラインおそるべし。それより、オールドリアヌのサークルがほうがよかったかな。教えてくれたのもそこに来ていた人だよ」

 

「ナミナは、クラウドタワーの人工的な街を毛嫌いしているからどうしようもないしね」

 

「オルターさん、あそこはノートさんとは関係ないよ。ウォーターランドを知っている人が戻るような場所じゃない」

 

 ナミナさんの言うことが、いちいち納得のいく話で困ってしまった。ナミナさんに家族の家を見せたら何と言うのだろうか。コノンさんも村に連れ帰るのが目に見えるようだ。

 

「オルターさん、僕らは急いで戻らないといけないので、ノートの答えが聞けるのを楽しみにしていますよ。そうそう、ぼくらも六角錐もつくりましたからね。願懸けも完璧!」

 

 トラピさんは本当に六角錐をつくってしまったようだ。僕らということはナミナさんもつきあって作ったのだろう。彼らのオールドリアヌに対する思いは自分よりはるかに強いのかもしれない。サークルでの公演で二人を知る人も多いようで、雪かきをする人たちから声をかけられている。また戻ることを約束しながら残念そうに帰って行った。彼らの素直な人柄が芸そのものよりも人気なのだとわかった。

 

 それにしても、こんなうれしい話が聞けることになるとは思いもしなかった。地図の場所に続く道の雪かきもされるようならすぐにでも船大工の人に会いに行きたいところだけれど、不在とのことだったので、もう少し日が高くなってから行くことにした。

 

「オルターさん、祖母さんが朝飯ができてるから帰って来いってよ」

 

 お祖父さんの声が聞こえた。


第20話 期待

 お祖母さんのところに戻ると近所の人が何人か集まってお茶を飲んでいた。雪かきが村人にとってはお祭り行事のように思えてきた。ウォーターランドの火事のときもそうだったけれど、何かが起きた時のご近所さんのつながりは本当に心強いものだ。ライブラインでなくてもよいと思うのは、昔の人間の考えることなのだろうか。

 

 村人たちはお茶をのみながらのおしゃべりが終わるとお祖父さんの渡したドットトラウトの燻製を手に朝ごはんに帰って行った。雪かきの後の朝ごはんもふぃだんよりもおいしいに違いない。

 

「お祖父さん、こんな雪が降ると、ジノ婆も大変ではないですか」

 

「まあ、みんな考えることは同じだから、だれかしらが手伝いに行っていると思うがな」

 

「もしよかったら、見てきましょうか」

 

「今日はドットトラウトも出ないだろうから、湖畔の道の雪かきさえ間に合えばだけどな」

 

「あんた、こんな日にオルターさん行かせちゃだめに決まってるよ」

 

 お祖母さんの了解は得られそうにない。お祖父さんに頼めば、船大工のところまでなら許してもらえるかもしれないと思い作戦を変更することにした。

 

「お祖父さん、この場所わかりますか」

 

「こりゃ、あいつのところじゃないかな。祖母さんそうだろ」

 

「オルターさん、昨日話していたロウンさんだよ」

 

「ロウン……」

 

 公書館を見るためにホーナーさんを説得できる可能性があることを話すと、二人は驚いて顔を見合わせた。

 

「ロウンさんとあのホーナーが知り合いなのかい。こりゃあ驚きだ。ロウンさんのところならあんたが案内してあげればいいよ」

 

 お祖母さんも二人の関係に興味があるのか、出かけるのを認めてくれそうな口ぶりだ。

 

「ちょうど見てもらいところもあったから、今日ならいいぞ」

 

 地図を見ると、自分でも行けそうなところだったけれど、お祖父さんがいっしょならなおさらお祖母さんも反対する話ではない。それに、こんな日なら湖も氷が張って、きっとドットトラウトの群れに出会うこともないから、この前のような失態は避けられる。お祖父さんもそう思っているに違いない。

 

「じゃあ、腹ごしらえして、日が高くなったところで雪中行軍とするか」

 

 外からは鳥たちの元気なさえずりが聞こえている。

 

 それにしても、あのホーラーと仲良くなれるスロウさんという人は、どういう人なのだろうか。船大工ならば職人気質で頑固な人なのかもしれない。堅物同士の相性があったということか。トラピさんとナミナさんが作ってくれた機会を無駄にしないようにと考えると行き当たりばったりで行くことの不安もあったけれど、お祖父さんの知り合いと思うと変な話にはならないはずだ。うまくいかないようであれば、今日はお祖父さんの舟の修理の話だけにしてもよい。

 

「うまくすれば公書館の本にお目にかかれるってことだね、お祖父さん。ちょっとわくわくするね」

 

 ナーシュさんが消えてから閉ざされてきた開かずの扉が開くのだから、これは村にとっても事件なのかもしれないとやっと気づいた。扉の向こうには何が隠されているのだろうか。ノートの全貌がわかるかもしれないと思うと、トラピさんたちもさぞやいっしょに行きたかったことだろう。これはますます失敗は許されない。

 

「しかし、ロウンさんも、冷たいね。そんな話聞いたこともなかったな」

 

「そりゃ、ホーラーとのことだから、話すにしても慎重にもなるだろうさ。ホーラーの機嫌だってあるだろうから。あんたもうまく話したほうがいいよ」

 

 お祖父さんが、責任を押し付けられたとでもいうような顔をした。

 

「まあ、舟のことで行くわけだしな」とこちらを気遣ってくれた。

 

「そうですよ。お祖父さんそうしてください。公書館のことはついでに聞けたらでいいですから。急がずにいきましょう」



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