目次
第1章 誘い
第1章の主な登場人物
地図
第1話 ことのはじまり *
第2話 残されたノート 
第3話 旅立ちの日 *
第4話 おくれて話す老人 *
第5話 青い猫 *
第6話 お店番
第7話 リブロールの朝 *
第8話 定期船 *
第9話 印刷機
第10話 島便り +
第11話 なくしもの
第12話 別々の名前 * +
第13話 時間のはじまり *
第14話 跳魚釣り
第15話 海の見えるインキ
第16話 乾かない文字
第17話 きまぐれな友達 *
第18話 豚の素性
第19話 時間のカタチ
第20話 ハトの手紙
第21話 ミドリの海 *
第22話 かすむ目
第23話 水の島 +
第24話 雨の夕暮れ
第25話 針のずれ *
第26話 おいしい水
第27話 雨上がり
第28話 小さな楽団
第29話 窓の記憶 +
第30話 食堂の夜 +
第31話 水玉の光 +
第32話 飛行船
第33話 レンズの掃除 *
第34話 名前の由来
第35話 留守
第36話 並ばない頁 * +
第37話 火炎
第38話 新しい朝 +
第39話 楽しいお湯
第40話 残された印
第41話 望郷 *
第42話 呼び声 *
第43話 旅立ちのとき
第44話 手紙
第2章 彷徨
第1章のあらすじ
第2章の登場人物
第1話 反転する海
第2話 遥か天空
第3話 水の悪意
第4話 イルカの歓迎
第5話 旧世界への入港
第6話 新しく古い港
第7話 ウテラス様式のドーム
第8話 サーカス小屋.
第9話 ホテルの夕食
第10話 望郷 *
第11話 同じ川
第12話 守られた村
第13話 湖面の幻影
第14話 中州の文庫
第15話 消えた男
第16話 雲の塔
第17話 水の革命
第18話 来客
第19話 家族の家
第20話 湖水の道
第21話 出島
第22話 赤い灯台 *
第23話 水に映る顔
第24話 海の使者
第25話 覚醒
第26話 なくしたもの
第27話 うさぎの庭
第28話 もうひとつの扉
第29話 水調べ
第30話 水彩
第31話 見送り
第32話 紋章の透かし
第33話 砂浜のスケッチ
第34話 骨董の日
第35話 花瓶の花
第36話 はぐれた子供たち
第37話 トマト色の兆し
第38話 礎石の力
第39話 離脱
第40話 ノイヤールの緑石
第41話 ロマン
第42話 善と悪
第43話 静寂の時
第44話 光る魚
第45話 罪
第46話 汽水の調査
第47話 黒い六角の紋章
第48話 水上の村
第49話 豊漁の予兆
第3章 螺旋
第2章のあらすじ
第1話 再生する記憶
第2話 メビウスの時
第3話 時間の澱み
第4話 変わらない人たち
第5話 見えない鮫
第6話 薬草
第7話 二度目の下船客たち
第8話 入れ替わり
第9話 時間の層 *
第10話 偶然の地の灯台
第11話 島地鶏の卵料理
第12話 もうひとつの出航
第13話 季節のあいだ
第14話 飛行士
第15話 灯台のローソク
第16話 黒服の試飲
第17話 湖の正夢
第18話 魚拓のドット
第19話 幻の釣り
第20話 夕立
第21話 再会
第22話 赤色の宴 *
第23話 消えなれ
第24話 漂流するヨット
第25話 救護に
第26話 もぐらの話
第27話 おいしい世界 **
第28話 自分の手紙
第29話 夜の散歩
第30話 密漁
第31話 海の穴
第32話 ぬめる水 **
第33話 重なる影
第34話 同じ手帳
第35話 キノコステーキの薬味
第36話 かくされたもの **
第37話 摘み取り
第38話 走る光
第39話 時の流れ
第40話 ふたつの影
第4章 失踪
第3章のあらすじ
第1話 男の性
第2話 探さないこと
第3話 変わらないノート *
第4話 夕食の煮物
第5話 光りもの
第6話 白い朝
第7話 ノートの家
第8話 宿帳の名前
第9話 使者
第10話 悲しい空想
第11話 一切れのパン
第12話 タワーの理由
第13話 晩餐
第14話 召された子供たち
第15話 天気計画
第16話 水の約束
第17話 古地図
第19話 雪かき
第20話 期待
第21話 氷上の舟
第22話 生き写し
第23話 島の話
第24話 花と待ち人
第25話 書庫の入口
第26話 地下迷路
第27話 潜水
第28話 石窟
第29話 知らない言葉
第30話 再会
第31話 夜の時間
第32話 洪水の周期
第33話 共生
第34話 二人だけの話
第35話 昏睡
第36話 夢想
第37話 二匹の猫 
第38話 水の声
第39話 時間の重さ
第40話 増えたページ *
第41話 内なること
第42話 戻り道
第43話 図書目録
第44話 旅の途上の小説
第45話 あたらしい船
第46話 つづく
つづく
奥付
奥付

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第11話 一切れのパン

 1時間も塔を見上げていただろうか。螺旋の階段が塔の裏側に回り込んだところを最後に彼の姿は見えなくなってしまった。その後にはやり場のない喪失感だけが残った。コノンさんも最後に長いため息をつくとすべてが終わったとでも言うようにうつむいたまま押し黙ってしまった。
 
「きっと彼の思いは届きますよ」慰めになるのかどうかもわからなかったけれど、声をかけずにはいられなかった。
 
「オルターさん、よければ寄っていかれませんか」ヨシュアさんが言った。
 
 このままコノンさんを置いて行くこともできないので、スレイトンケープに戻るのを夕方まで伸ばすことにした。
 
 家族の家は前と同じで、何も変わるところはなかった。ミオ君を書いた絵を探したけれど、彼が居場所にしていたところにはなかった。すばらしい絵でもなかったからどこかに片付けてしまったのだろう。
 もしどこかにあったら、彼のことを忘れないためにも自分に戻していただけないかとコノンさんにお願いすると、「ミオが持って行ったと思います」という答えが返ってきた。迂闊にも涙が出そうになってしまって、咳をしてでごまかした。彼も親友と思っていてくれたのだろうか。あんな絵でも一緒に持って行ってくれたのだと思うとそれが彼の支えになることを祈らずにはいられなかった。
 
「気に入ってくれたのですね」と言うとコノンさんはうなづいて彼が会いたがっていたことを教えてくれた。返す言葉が見つからなくて口をつむいでしまうと、コノンさんの目からまた涙がこぼれ落ちた。
 彼は自分を書いた絵を手にして、ねじれながら天に向かって伸びる塔にたった一人で登っている。その気持ちを支えているものは何だろう。そう思った時に彼の姿が光に包まれていくように感じられた。赤い髪が彼の思いを表すかのように大きくなびいて、帰ってくるから待っていてほしいと言っているように思えた。彼が子供達の未来をきっとみつけてくれるはずだ。その勇気が無駄になることがあってはいけない。
 
 家族の家の子供達はミオ君がいないこと以外に特に変わった様子もなかった。なかったというよりないように振舞っているというのが正しいのだろう。
 
「話さない方がいいのですね」と言うと、ヨシュアさんが目でそうだと言った。そう言われてしまうとここで何をしていればいいのかがわからなくなる。頭の中には彼のことしかないのだから。
 
 気がつくとコノンさんがいつもと変わらない様子で子供達の遊び相手をしていた。彼女も両親に忘れられた子供だったとしたら、この家族の家というのはなんのためにできたのだろうと考えずにはいられなかった。親に忘れられた子供達が一緒に暮らし、年長の子供が下の子供の面倒を見る。でも、その中からは家族の家を出て雲の上まで伸びる塔を目指して登って行く子供が後を絶たない。これはどうみても家族ではないし、家族の代わりにもなっていない。それが一番下層のレイヤーに置かれ、黒服のボルトンの目を避けるように暮らしている。それを主催するヨシュアさんの考えることなど想像もつかない。個人の思いから始めた慈善事業であるなら、彼が目指しているのは何なのだろう。聞けば、親に忘れられた子供を救いたいからというのかもしれない。それは否定もできないし、至極当然の答えだ。ただ、感じるのは何かがおかしいという感覚だけだ。その答えは塔を登る子供達しか知らないのだろう。
 
「あの、コノンさん」
 
 コノンさんは子供の手を取ったままこちらを振り返った。
 
「あの、私があの塔に登って見ましょうか?」
 
 自分でもなんでそんなことを言ったのかわからなかった。コノンさんは少し微笑むとまた子供の相手をはじめた。
 
「オルターさん、やめられたほうがいいです」ヨシュアさんの声が後ろからした。
 
「あ、ヨシュアさん……」
 
 心を落ち着かせてくださいと窘められるように言われた。ヨシュアさんの言うことが正しい。何の準備もしないでいい年をした大人が言うことではないのはわかっている。自分の口から出た言葉とも思えないけれど、それを言わないといたたまれない気持ちであったことは間違いなかった。
 
「そうやってまた一人消えていくことになるのですよ」ヨシュアさんが言葉を続けた。
 
 確かにそうだけれど、それでいいとは思えない。ウォーターランドのみんながいたらどうだろう。ノーキョさんだって、スロウさんだって、もしかするとノルシーさんだって同じことを言うような気がする。どうしてそれを口にして言ってはいけないのか。リアヌシティがどんどん自分の中で霞んでいくように感じる。
 
 奥の部屋に入っていたコノンさんが大きな皿を持って戻ってきた。乗せられていたのは小さく切り分けられたブレドールだった。子供の数に切り分けられたブレドールはオールドリアヌの温もりを子供達と分かち合っているように思えた。
 
「オルターさんもおひとつどうぞ」
 
 何処かで食べたことがあると思いながら2口目を口にしたとき、エモカさんの作った長時間発酵の酵母を使ったパンと同じ味だということに気づいた
 ノートさんが忘れられなかった小麦の焼ける香り、ノーキョさんの料理してくれたパン、お婆さんの持たせてくれたブレドール。どれもやさしさでいっぱいのパンに思えた。
 
 みんなのところを回ったあとの皿には一切れのパンが残った。
 
「コノンさんは食べましたか?」と聞くと、コノンさんは「私はいつでも食べられるので、これはミオにとっておきます」と言って保存用のケースに移し替えはじめた。みんなの祈りはミオ君に届くだろうか。
 
 外に出てあらためて塔を見上げて見たけれど、ミオ君の姿は見えなかった。いつかナーシュさんとミオ君を探して、あの塔に登らなければいけないかもしれないと思った。

第12話 タワーの理由

 足元に目を向けると、リアヌシティでも雪が地面を覆い始めていた。このドームの中での寒波は珍しいことだと言う。まるでミオ君を追うことを拒むかのように降り続く雪をただただ見るばかりだった。タワーの上のほうはやはり気温が低いのだろうか。そんなことさえわからないのに一人でも登るなどと軽はずみなことを言えるわけもない。窓に映る自分の姿を見て着のみ着のままで飛び出してきたことに気づく。この雪ではオールドリアヌに戻ることさえもむずかしいかもしれない。

 

「オルターさん、今夜はここでお休みになりませんか」

 

 気づくと後ろに肩掛けを持ったコノンさんが立っていた。その周りを子供たちが囲んでいる。

 

「いやいや、こんなときにご迷惑をおかけするわけには」

 

「これは私からのお願いですし、子供たちも同じ気持ちだと思ってもらえれば」

 

 コノンさんは返事を待たずに、泊まるのが決まったとでもいうように肩掛けをかけてくれた。手編みのようだった。

 

「これはどなたの?」

 

「お祖父さんに編んでいたものなので、オルターさんに使ってもらえれば、お祖父さんも喜んでくれると思います」

 

「いっしょに遊ぼ、遊ぼ」という声が子供たちから上がった。

 

 こうなるとみんな黙っているわけもなく、あっという間にもみくちゃにされてしまった。お祖母さんたちが心配しないか気になりながらも、気持ちは家族の家で一晩お世話になるほうに傾いていた。便りのないのはよいことと思ってもらおう。

 

 そのあとの時間は、ウサギの餌やりをする子供たちを手伝うことになった、実のない葉だけのこととはいえユイローの覚醒作用は子供たちに悪い影響がないのか心配だった。それでも、新参者がこの土地の習慣にとやかく言うのもはばかれると思い、見よう見まねで作業を手伝った。しばらくうさぎはぎを見ているうちに一匹のうさぎが食事もせずにこちらを見ているのに気づいた。

 

「あのウサギは餌を食べないのですか」

 

「あ、あの子は新鮮なものが好きなので、今日の餌には不満があるのかもしれません。新しいユイローがきたときには仲間を押しのけるようにして食べますから」

 

「あれ、もしかしてウォーターランドに来たのはあの子ですか?」

 

「そうです。あの時のピールです。わかりましたか」

 

「なんだか話しかけてきそうな目が印象的だったので」

 

 この話をはじめるとにぎやかだった子供たちが静かになった。

 

「ピールは、ミオが一番かわいがっていた子なんです」

 

 どうもいけない。気を付けないとここで話すことはミオ君のことを思い出させてしまう。余計な話はしないで、早めに休んだほうがよさそうだ。

 

「オルターさん、お部屋にご案内を」

 

 ヨシュアさんが、あの抑揚のない話し方で声をかけてきた。通された部屋はベッドと水差しがあるだけの場所で、外からの客人用に用意されているものだという。夕食の時間を告げられて、それまではゆっくりおくつろぎくださいと言われた。子供たちも同じような部屋で寝起きしているのか気になったけれど、大きくない家族の家で個室があるとも思えない、そう考えると申しわけない気持ちでいっぱいになった。自分は何をするためにここに来たのだろう。

 

「何か私にできることはないでしょうか」

 

「オルターさんはここにいていただけるだけで結構ですので」

 

 何もしないでよいと言われると、なおさらよそ者扱いされているようで、気がめいってしまう。ミオ君のことを考えるといたたまれないし、ウォーターランドを出て以来これほど無力感を感じたことはない。

 

「タワーに登ることはやはり無謀なことなのでしょうね」

 

「そうですね」

 

 駄目出しをされたような重苦しい気分になった。

 

「あの、ヨシュアさん、タワーの上にはなにがあるとお考えですか。何かわかっていることはないのでしょうか」

 

「この町を守るためのドームの心臓部であることだけは知られていますが、危険も伴う場所なので誰も近づいてはいけないことになっています」

 

 どうしてドームで町を守れるのかの質問はここではあまりにも非常識に思えて、言葉に出来ないまま飲み込んでしまった。

 

「でも、なぜ子供たちはそこに行くのでしょうか」こらえきれず口をついて出てしまった。

 

「私にもわかりません。彼らに聞いても、逆にオルターさんと同じ質問を返されるだけでしょう」

 

 そう言われると、まるで自分が聞き分けのない子供と同じだと言われているように感じた。わからないから登るのだと言われているのかもしれない。誰も戻ってこないのはご存知のとおりですとヨシュアさんの目が言っている。

 

 呼ばれもしないで来たよそ者でしかない自分にできることには限りがある。ウォーターランドを訪ねて来てくれたコノンさんと同じわけにはいかないのだろう。

 

 みんなのためにあるものでも危険なものはたくさんある。暖を取ったり料理に使う火にしても、使い方を間違えればすべてを無に返し生命さえも奪う。タワーの上にあるものは町を滅ぼしかねないもの。それがドーム世界を守っているという。タワーを持たないオールドリアヌは取り残されて滅びる運命にあると本当に言えるのだろうか。ノート氏がこの光景を目にしたなら、どう感じるのだろう。

 

 みんなが悲しみに暮れていないか気になって、食事前に子供たちの部屋に戻ると思いのほか明るいのに驚いた。聞くとタワーを書いた絵を見せてくれた。タワーの先には虹や天使が描かれる。どうやら子供たちにとってはタワーは夢に近いもののようだ。それでも家族の家を守るヨシュアさんやコノンさんは地上にとどまることを良しとしている。何が正しいのか頭が混乱してきた。漆黒の闇夜に夜空を透過し淡くたたずむ巨大なタワーがのしかかるように存在感を放っている。


第13話 晩餐

 その夜は何か特別な日に当たるということで晩餐会が開かれた。ヨシュアさんが神の言葉でも伝えてるいるかのような挨拶をした。知らない言葉がたくさん出てきて、それらが物のことなのか人のことなのか、行動のことなのが、よくわからないままに時間が過ぎた。繰り返された感謝し、祈るという言葉からすると、その対象がなんであれ、親元から離れた子供たちには心の支えになるのかもしれないとも感じた。この境遇を思えば何かしらの支えは必要だろうから悪意のないものであれば良しとすべきなのだろう。悪意を感じることのできないというコノンさんのことも気にはなったけれど、決して何かを扇動するような悪い話には聞こえなかった。お祖母さんも自分も少し心配しすぎなのかもしれない。

 

 食事はとてもつつましやかなものだったけれど、家族の家の誠意を感じさせるようなものだった。子供たちにしても必要で十分なものだろう。主宰者が誰かもわからないままに家族の家の思いやりを感じはじめる自分がいた。子供たちがそれぞれにおしゃべりをしながら楽しい時間を過ごしているのを見ていると安堵感さえ覚えた。

 

「みんなはタワーが好きなの?」

 

「高くて大きいから好き」

 

「君も塔に登ってみたいのかな」

 

「わからない。おじいさんは登りたい?」

 

「いつか登りたいかな」

 

「どうして」

 

「遠くが見えるだろうから」

 

「遠くって何?」

 

「…そうだねえ…見たことのないところかなあ」

 

 子供と話しているうちに、少しずつ彼らの素直な気持ちを垣間見れたような気もしてきた。どうしてもタワーを登らなくてはいけないという義務感や脅迫感のようなものはないようだ。知らないものを見たいという好奇心や冒険心であれば救いもあるというものだ。怪我をするわけでもなく、不満があるわけでもなく、気持ちの赴くままにであるならば。わからないことを理由に悪いことと決めつけることもおかしな話かもしれない。リアヌシティの成り立ちやつながり方は、見当違いの辺境の島から来た者には考え及ばないものかもしれない。それより、遠くって何という問いかけが、逆に自分の見たい遠くがどこなのかを自問自答することになってしまった。

 

「オルターさん、おかわりはいかがですか」

 

「おいしいスープですね。ありがたく頂戴します」

 

 コノンさんは給仕でせわしなく動いている。子供の世話をする姿を見ると、早く悲しみが癒されていくことを願わずにはいられない。

 

 晩餐の後、部屋へ戻る途中にウサギたちのいる庭があったので、夜はどうしているのか気になって覗いてみた。明かりも消されているので最初は小屋に入っているように見えたけれど、よくよくみると耳を立てたうさぎが隅のほうでこちらに目を向けているのが見えた。

 

「君はウォーターランドでお話ができた子だね。ここではお話はしないのかな」

 

ウサギの目が少し輝いたようにみえた。

 

「ミオ君はもう着いたかな」と誰にも言い出せなかった言葉を呟いてみた。耳が少し動いたけれど、当然返事はなかった。

 

「ユイローの食べ過ぎに注意だよ」と気休めに言ってみた。

 

 部屋に戻って休んでいると子供たちの騒いでいる声が離れた部屋のほうから聞こえてきた。耳を澄ませてみると、うさぎのことで何かもめているようだった。ただ、その言い争う声が子供本来の姿のように思えて微笑ましくもあった。エゴラインで感情まで調整コントロールされているリアヌシティでは言葉さえ失われているように感じる一方で、家族の家やサーカスのような昔ながらの場所も少なからず残っている。つくられた自然であっても息を呑むような美しさで広がる。何かがおかしいと思いたいけれど、どこにも破綻の兆しはなく、何事もなく日々の生活が進んでいく世界。これこそがリアヌシティの選んだ道なのだ。


第14話 召された子供たち

 外はまだ雪が降っているのだろうか。作り物の自然であっても心が動かされるのは、自分もリアヌシティに慣らされてきたいうことか。いつもと違う場所に寝付かれず、外の風に当たろうと部屋を出ると、礼拝室の闇の中でひそひそと話す声が聞こえてきた。

 

「お祈りしましょう」

 

 こんな時間に誰がお祈りをするのだろう。良くないと思いながらも気になって聞き耳を立てると、なだめる様な話し声が聞こえてきた。

 

「そうです。彼は天に召されたのです。それは自らが望んだことですから。喜んで受け入れましょう」

 

 どうやら話しているのはヨシュアさんのようだ。相手のほうは声が小さくてだれだかわからない。家族の家というのは少なからず宗教的なところもあるとは感じていたものの、こんな時間にその片鱗を感じることになるとは思わなかった。ヨシュアさん自身の言葉をはじめて聞いたような気もする。

 

「天の主も喜んで迎えられているのだと思いましょう。私たちがそのお手伝いをできているのであれば、善い行いといえるのではないでしょうか」

 

 言っていることは慰めかもしれないけど、ミオ君のことだとしたらあまりにあきらめが良すぎる。召されるという言葉にも違和感を感じざるを得ない。話している相手がコノンさんだとしたら、こんな説教で彼女の気持ちが癒されるのだろうかと思わずにはいられなかった。

 

「78人の子供たちの幸せを祈って…」

 

背筋が寒くなった。78人もの子供たちがタワー上に消えていったということだろうか。もしそうだとしたら、ただごとではない話だ。家族の家というのはここ以外にもあるのだろうか。いったい何人の子供が天に召されているのか、気が動転してめまいがした。ウテラスドームのグランドレイヤーはいったいどうなっているのか。親たちはいったいどこで何をしているのだろう。はじめてリアヌシティの駅に立ったときの無機質な雰囲気やお祖母さんの言っていたコノンさんの疑いを持たず信じやすい性格の話などが走馬灯のように現れては消えた。

 

「あ、オルターさん。こんな時間にどうされましたか」

 

 暗がりの先にいたヨシュアさんから突然声をかけられた。後ろにはうつむくコノンさんの姿が見えた。

 

「いやちょっと、寝付けなくて」

 

「お疲れなんでしょう。何か暖かいものでもいかがですか」

 

「ああ、だいじょうぶです。いつものことなので」

 

 コノンさんは目を伏せたままやりとりを聞いている。暗闇の静けさが重くのしかかってくる。ヨシュアさんは次の言葉を発することなく、こちらの言葉を待っているようだった。

 

「明日はオールドリアヌに戻ろうと思いますので、床につくことにします」

 

「それがよさそうですね。くれぐれもタワーに登るなどというようなことをお考えにならないことです」

 

「でも、子供たちが」思わず口をついて出てしまった

 

 表情ははっきりは見えないものの、コノンさんの頬を涙が伝うのがわかった。またよけいなことを言ってしまった。ヨシュアさんは少しうなずくようなしぐさをしながら何も言わずその場を去った。

 

 コノンさんも、ありがとうございますという言葉を残して静かにその場を離れていった。

 

 ヨシュアさんがほんとうにコノンさんを慰めていただけだとしたら、また余計なことをしてしまったのだろうけど、自分にはこどもが消えていくのを簡単に受け入れることはしない。こんなことになるのがわかっていたら、ミオ君ともう少し話しておけばよかったと思った。現実を受け入れられず、彼が戻るのを一番望んでいるのは自分自身なのかもしれない。


第15話 天気計画

 目覚めると土壁の小さな窓から柔らかな光が差し込んでいた。まわりをぐるりと眺め、昨日と同じ場所で目覚めたかどうかを確認する。意識をなくして戻ったときと、朝の目覚めの時がどう違うのかは判然としないので、自分なりの方法として、緑鮫を見たかどうかを思い出してみるのが習慣になってきた。ただし、夢の中で緑鮫を見ていたらということは考えないことにしている。まずはここが灯台でもノイヤール湖でもないことがわかりまずは胸をなでおろした。今日は昨日とつながっている。

 

 廊下に出て中庭に出ると、雪はすっかりやんで、澄み渡る空が広がっている。かすみのように浮かぶ月の姿を見ていると前日の大雪の中で起きた事件が遠い過去のように思えた。すべては、夢だったのだと言ってほしいという思いがこみ上げてきた。タワーを透過して見えているのだろう空を見ていると、ミオ君がタワーにのぼってリアヌシティを大雪の災害から救ってくれたようにも思えてきた。透き通る空を包む光が彼の未来を照らす啓示のようにも感じられ悲しみが和らぐ。そして、金色に輝く太陽の眩い光がミオ君の髪の色と重なった。今日のような天気であっても彼はタワーを登っただろうか。それは昨日でなければならなかったのだろうか。どうしてあんな雪の日にという思いは拭えない。

 

 部屋に戻り寝床を片づけていると、食事を用意をする音が聞こえた。子供たちが歩き回る気配を感じるけれど、話し声は聞こえない。家族の家の朝は静かにはじまっていく。それをいいことに朝寝してしまい、その間にコノンさんたちの一日が始まっていたかと思うと彼女の奉仕の大変さをあらためて感じ頭が下がるばかりだ。中庭ではたくさんの白い下着が干され風に揺れていた。しばらくすると年長の子供が食事の用意ができたことを知らせに来てくれた。

 

 朝の子供たちとの食事はなにごともなかったかのようなにぎやかなもので、コノンさんのふるまいまで別人のように感じられた。子供たちの間ではミオ君はヒーローとなっているようで、タワーの最上部に立つ彼を描いたと思える絵まであった。子供の立ち直りが早いのか、もともと悲しいできごとと感じていないのか、いずれにしても前日との違いを見ていると、年寄りの自分にはとてもできない芸当だと思った。若さの柔軟さには驚くばかりだ。彼らの今を生きる力強さに見習うことは多い。それでもこの子たちの将来を考えたとき、家族の家とリアヌシティの本当の家族との関係についての疑問が消えることはない。いつか彼らはライブラインの壁を越えて本当の家族のもとに戻れるのだろうか。

 

「オルターさん、おはようございます。昨日はありがとうございました。よく眠れましたか」

 

 まるで何もなかったかのようなコノンさんのすがすがしい挨拶。今日の気分を聞くことさえためらわれるような明るさがうれしくもあり、悲しくもある変な気分だ。ヨシュアさんの慰めがよかったのだとしたら悪い話ではなかったのだろうけど、子供の前で無理をしていないことを祈りたくもなる。

 

「個室まで用意していただき、ゆっくり休めました。ヨシュアさんにもお礼を言わないと」

 

「ご心配ないです。ヨシュアさんも夜明け前には出かけて、朝の集まりのほうへ行かれたので」

 

「早いですね」

 

「家族の家の集まりがある日は早いです」

 

 どうやら家族の家はひとつではないということらしい。いったいドーム内にどれぐらいあるのだろうか。曖昧にうなづいている自分が歯がゆい。

 

「そうなんですね。お帰りになったら御礼を言っていたとお伝えください」

 

「お泊りになる方は少ないので、子供たちも喜んでました。こちらこそお礼をいわないと。ありがとうございました」

 

 何の手伝いもできなかったことに後ろめたさを感じていただけに、少し救われたような気分になった。

 

「それにしても昨日が嘘のように晴れ渡りましたね」

 

「オルターさんはご存じないのですね。ドーム内の天気はタワーでコントロールされているので、災害が起きるような悪天候にはならないのです」

 

「ということは、天気は計画的につくられていると……」

 

「そうですね。昨日はたまたまオールドリアのほうも大雪でしたが、ドーム内は天気計画通りですね。私の子供のころからドームの天気はそういうものとされています。そのおかげで豊かな自然もありますし、災害が起きるようなこともないですし」

 

 天気が人工的なものだと言われると、ミオ君の行動と天気の関係は偶然ではなく選ばれた日だったということになる。それともこのドームでは天気まで使って人の感情をコントロールしているという話なのだろうか。今朝から感じていた天気にかかわる感情のすべてが人工的に生まれてきたものだったような、なんとも言えない後味の悪さを感じることになってしまった。

 

「コノンさんもそれでよいと」

 

「昔はこのあたりも水霊の棲む沼地と言われ、洪水などの災害も多かったようですから、それがないことをよいと思っている人は多いですね」

 

「実際、オールドリアヌの自然と遜色ないですね」

 

「私はあとユイローさえあれば……」

 

「なるほど、ユイローはドーム内にはないということですか。それも計画通りなのでしょうか」

 

「ウサギたちにとっては悲しいことかもしれませんけど、巣穴で溺れてしまう心配をしなくてよいですし、ユイローなら私がオールドリアヌに餌集めに行けばよいだけなので」

 

 自然のコントロールで災害がないことと、タワーに子供が消えていくことがなにかの裏表になっているような気がしてちょっと納得しかねる気がしたものの、とても今日のコノンさんに言えるような話でもない。

 

「予定では、このあと5日は晴れて、その後2日が雨ですから、一週間後にはまたユイローを採りにお祖母さんの家に戻ります。オルターさんはそのころまでいらっしゃいますか」

 

「ノートのほうの状況しだいなので、なんとも言えないのですが、あまり長いとスレイトンケープの知人を心配させることになりますし」

 

 話をしながらマリーさんの心配する顔が頭に浮かんだ。あまり長いどころか、今日も帰ってこないと思っているかもしれない。

 

「とりあえず、一度オールドリアヌに戻ってから先のことは考えることにします。ノートも置いたままですし」

 

「そうしてもらえると、お祖母さんも喜ぶと思います。できれば私のことも伝えてください。もう大丈夫なので。ウサギは元気だったと……」

 

 話を周りで聞いていた子供たちが、もう帰るのかと言いながらまとわりついてくる。いつかこの子達もタワーを登る日が来るのかと思うと複雑な気持ちになる。何が問題かわからず、何をすればいいのか、目的もないままノートの謎にこだわっていていいのかさえもわからなくなってくる。リアヌシティがこうなってしまった今、ノート氏の旅はどこに向かっていったというのだろう。



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