目次
第1章 誘い
第1章の主な登場人物
地図
第1話 ことのはじまり *
第2話 残されたノート 
第3話 旅立ちの日 *
第4話 おくれて話す老人 *
第5話 青い猫 *
第6話 お店番
第7話 リブロールの朝 *
第8話 定期船 *
第9話 印刷機
第10話 島便り +
第11話 なくしもの
第12話 別々の名前 * +
第13話 時間のはじまり *
第14話 跳魚釣り
第15話 海の見えるインキ
第16話 乾かない文字
第17話 きまぐれな友達 *
第18話 豚の素性
第19話 時間のカタチ
第20話 ハトの手紙
第21話 ミドリの海 *
第22話 かすむ目
第23話 水の島 +
第24話 雨の夕暮れ
第25話 針のずれ *
第26話 おいしい水
第27話 雨上がり
第28話 小さな楽団
第29話 窓の記憶 +
第30話 食堂の夜 +
第31話 水玉の光 +
第32話 飛行船
第33話 レンズの掃除 *
第34話 名前の由来
第35話 留守
第36話 並ばない頁 * +
第37話 火炎
第38話 新しい朝 +
第39話 楽しいお湯
第40話 残された印
第41話 望郷 *
第42話 呼び声 *
第43話 旅立ちのとき
第44話 手紙
第2章 彷徨
第1章のあらすじ
第2章の登場人物
第1話 反転する海
第2話 遥か天空
第3話 水の悪意
第4話 イルカの歓迎
第5話 旧世界への入港
第6話 新しく古い港
第7話 ウテラス様式のドーム
第8話 サーカス小屋.
第9話 ホテルの夕食
第10話 望郷 *
第11話 同じ川
第12話 守られた村
第13話 湖面の幻影
第14話 中州の文庫
第15話 消えた男
第16話 雲の塔
第17話 水の革命
第18話 来客
第19話 家族の家
第20話 湖水の道
第21話 出島
第22話 赤い灯台 *
第23話 水に映る顔
第24話 海の使者
第25話 覚醒
第26話 なくしたもの
第27話 うさぎの庭
第28話 もうひとつの扉
第29話 水調べ
第30話 水彩
第31話 見送り
第32話 紋章の透かし
第33話 砂浜のスケッチ
第34話 骨董の日
第35話 花瓶の花
第36話 はぐれた子供たち
第37話 トマト色の兆し
第38話 礎石の力
第39話 離脱
第40話 ノイヤールの緑石
第41話 ロマン
第42話 善と悪
第43話 静寂の時
第44話 光る魚
第45話 罪
第46話 汽水の調査
第47話 黒い六角の紋章
第48話 水上の村
第49話 豊漁の予兆
第3章 螺旋
第2章のあらすじ
第1話 再生する記憶
第2話 メビウスの時
第3話 時間の澱み
第4話 変わらない人たち
第5話 見えない鮫
第6話 薬草
第7話 二度目の下船客たち
第8話 入れ替わり
第9話 時間の層 *
第10話 偶然の地の灯台
第11話 島地鶏の卵料理
第12話 もうひとつの出航
第13話 季節のあいだ
第14話 飛行士
第15話 灯台のローソク
第16話 黒服の試飲
第17話 湖の正夢
第18話 魚拓のドット
第19話 幻の釣り
第20話 夕立
第21話 再会
第22話 赤色の宴 *
第23話 消えなれ
第24話 漂流するヨット
第25話 救護に
第26話 もぐらの話
第27話 おいしい世界 **
第28話 自分の手紙
第29話 夜の散歩
第30話 密漁
第31話 海の穴
第32話 ぬめる水 **
第33話 重なる影
第34話 同じ手帳
第35話 キノコステーキの薬味
第36話 かくされたもの **
第37話 摘み取り
第38話 走る光
第39話 時の流れ
第40話 ふたつの影
第4章 失踪
第3章のあらすじ
第1話 男の性
第2話 探さないこと
第3話 変わらないノート *
第4話 夕食の煮物
第5話 光りもの
第6話 白い朝
第7話 ノートの家
第8話 宿帳の名前
第9話 使者
第10話 悲しい空想
第11話 一切れのパン
第12話 タワーの理由
第13話 晩餐
第14話 召された子供たち
第15話 天気計画
第16話 水の約束
第17話 古地図
第19話 雪かき
第20話 期待
第21話 氷上の舟
第22話 生き写し
第23話 島の話
第24話 花と待ち人
第25話 書庫の入口
第26話 地下迷路
第27話 潜水
第28話 石窟
第29話 知らない言葉
第30話 再会
第31話 夜の時間
第32話 洪水の周期
第33話 共生
第34話 二人だけの話
第35話 昏睡
第36話 夢想
第37話 二匹の猫 
第38話 水の声
第39話 時間の重さ
第40話 増えたページ *
第41話 内なること
第42話 戻り道
第43話 図書目録
第44話 旅の途上の小説
第45話 あたらしい船
第46話 つづく
つづく
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第31話 海の穴

 ノルシーさんは戻ってシャワーを浴びると言うと、そのままボートで帰って行った。
 
 その後もひとりで、ヒカリモの光と波間にきらめく月明かりの織り成す幻想的な世界に目を奪われたまま時間の経つのも忘れて過ごした。気がつくと東の空が少し明るくなりはじめていた。教えてもらったあたりをよくよく見ていると少し黒くなっているのがわかった。朝焼けの光の加減で見えてくるのかもしれない。あそこが、ノルシーさんの言うところの大きな穴ということなのだろう。大きな穴なのか海溝のようなものなのかはよくわからないけど、見れば見るほどいかにもドットトラウトが潜んでいそうに思える。それどころかこれほどの大きさならばミドリ鮫も隠れているのではないかという期待までしてしまう。彼らがいっしょにいる光景を思い浮かべただけでも、浮き立つ心が抑えられなくなる。深海は彼らにとっては最適の住処になるはずだ。もしかしたら、あのノートの透かし紋章を考えた人もその光景をどこかで目の当たりにしたのではないだろうか。
 コノンさんのお祖父さんと釣りに出たときのことを考えると、夜明け近くが彼らの活動時間のはずだ。あのときは曇り空で星ひとつ見えなかった。昨晩のような月明かりのある日はどうなのだろう。お祖父さんはミドリ鮫漁のことについてはあまりはっきりは言わなかったけれど、もしかしたらノイヤール湖で狙っているのは、今でもミドリ鮫なのかもしれないとさえ思えてくる。
 期待はどんどん膨らんで、とてもその場を立ち去る気にはなれなかった。魚影のようなものが走る線もときどき見えた。ただ、ノイヤール湖のような大量の群れが現れることは夜明けの時間になってもなかった。
 ヒカリモの神秘的な発光は朝方まで続いた。珊瑚の産卵が満月の日にあると聞いたことがあるけど、ヒカリモも月の周期と関係しているのかもしれない。お祖父さんと投網漁に出たのも満月のころだったのだろうかと考えてみたけど、月齢についてははっきりとした記憶がなかった。
 
 ノルシーさんが大きな穴からにゅるっとした水が湧き出ていると言っていたのを思い出して、海水を少し手ですくってみた。ネモネさんの言うおいしい水はこれのことだったのではないかと期待した。にゅるっというほどのぬめりは感じなかったけれど、たしかにさらさらではなくダシのたっぷり溶け出したスープのような感触があった。たくさんの栄養素が含まれているのかもしれないと思い口に含んでみた。もともと汽水なので塩分は少ないとは思っていたけれど、ほんとうに下ごしらえなしでこのまま料理に使えそうなほどの旨味を感じた。カバのミームがいたらどんな色になるだろう。すくった水をよくみると、小さな光の粒が金箔のように舞っているのがわかった。やっぱりノイヤール湖と同じだ。極上の牡蠣の採れるところには極上の水があるということか。水の本に書いてあったようにその昔ここにドットトラウトがいたということもいよいよ真実味を帯びてくる。それどころか今現在もここに生息している可能性すら否定できなくなっているのだ。
 なんだか、探し求めているなにかに近づいているような気がしてくる。ジギ婆さんの話を思い出していると、ノート氏の話と今この時間が重なりはじめているようにさえ感じる。満月のときに早朝の釣りをすれば、すべての答えがわかるのではないだろうか。それが必ずしもいいことだけでないとしても、謎を解くための扉が大きく開かれそうな予感がする。
 
 水辺で朝を迎える、ふしぎなほどに元気が出てきた。ベッドで鬱屈した気分でいたときとは別人になったような晴れやかな気分だ。とても夜通し起きていたとは思えない。まわりを見渡すと、焼け跡の草木がすくすくと育ってきている。ネモネさんもこの成長ぶりを見て驚いたのだろう。自分の気持ちが晴れるのと同じように、草木も元気になる水をたっぷりもらって、健やかに成長しはじめている。
 
 大切な穴牡蠣も預かったので、少し早いと思ったけれどそのままリブロールに立ち寄ることにした。途中見たノーキョさんのところの緑の光は、朝日に紛れて光っているのかどうかさえもわからなくなっていた。ノーキョさんのことだから、きっとあの藻の光をつかってまた何かをつくろうとしているのだろう。
 
 リブロールに着くと、鍋に水を入れ牡蠣をあけた。普通の水にいれるとどうなるのかと見ていると、濃い緑色がはがれ落ちるように薄くなって行った。それと合わせて味も落ちてしまうのではないかと心配になるほどだった。ノルシーさんはヒカリモはおいしいというほどものではなかったと言っていたけど、穴牡蠣にとってはヒカリモとの関係こそが大切なのではないかと思えなくもない。彼らも食べられるだけのために生まれて来たわけでもないだろう。命の交換を大切にしているはず。この世界に無駄な命などひとつとしてないのだから。
 しばらく穴牡蠣の様子を見ているとミリルさんが来て、生ものだから早く料理したほうがいいという話になった。肝心のないないさんはいまだに現れる気配もない。ノルシーさんががんばって獲ってくれたけど、ないないさんの英気を養うことにはならないかもしれない。それなら獲ったところに戻してやった方がいいのかもしれないと思いもしたけど、ノルシーさんの苦労を考えるとそれもできないと思った。
 
 もしかすると、今日の収穫は穴牡蠣ではなくてあの穴そのものだったのかもしれない。そんなことを考えているとないないさんが大きな穴に吸い込まれている映像が突然頭に浮かんだ。ないないさんはいったいどこに行ってしまったのだろう。
 夕方近くになったら、エバンヌに行くことにしよう。お店を開く前にしたほうがいい。もう少し秘密基地の話をしなければいけない。
 
 西の海上には季節外れの積乱雲が見えていた。あの雲が雨を降らす前にノーキョさんは戻ってくるのだろうか。

第32話 ぬめる水 **

「お客さん来たらこの話はなしだからね」
 
 ノルシーさんは相変わらず秘密にこだわっている。それはもうこちらも十分承知している。もちろん穴牡蠣の話ではないけど。
 
「だいじょうぶ、二人だけのときにしか話さないから」
 
「男は秘密基地、女は秘密の花園なんだからね。スイカは切ってみてはじめて当たったかどうかわかるからこそいいわけ。そこにスイカの価値がある。それがわからないんじゃあちょっと困るんだな」
 
「たしかになんでも丸裸じゃあ、面白みはないからね」
 
「わかってくれた? 上質な秘密こそが人生を豊かにし、生きる喜びを与えてくれるのであるってね」

 何を言っているのかよくわからないところもあるけど、秘密がない人間はつまらないということをしきりに力説しているようだ。わからないことがあってこその人生じゃないかということでもあるらしい。とにかく話を合わせないと先に進みそうになかった。
 
「よくわかりました、ノルシー先生」
 
「よろしい。それで話とはなにかね、オルター君」と言うと、こほんと小さく咳払いをした。
 
「実は、大穴のことなんですが……」
 
「結局、君の話というのは例の秘密の話なのだね……」といかにも残念そうな顔をして言うと、ポットのコーヒーを自分のカップに注いだ。
 
「あそこの水なんだけど、穴から湧き出してるようだって言ってたよね」
 
「と、思うけど、それが何か?」ノルシーさんはもったいぶるようにコーヒーをゆっくりと飲んでみせた。
 
「なんでわかるの?」顔を近づけて核心に迫るようにすると、「だって穴に近づこうとすると押し戻されるし、流れに逆らって泳ぐようだからね。でも急流じゃないよ。ゼリーのようなというか、寒天がゆっくり押し出されるような」と言いながら身体をくねらせるようにした。
 
「寒天……」
 
「とにかく、にゅるっと、ぐにゅっと」
 
 寒天の中をのたうつように泳ぐドットトラウトとミドリ鮫をイメージするけど、どうもしっくりこない。
 
「普通の気水じゃないのかな」
 
「神のみぞ知るというやつかな。母なる大地のことは創造主の神に聞けというではないですか」
 
 そんな話は聞いたこともない。だれが言ったのかと聞くと、「ノルシー先生曰く」と言って笑った。
 
「あそこには夜明けまでいたことはないの?」
 
「オルターさん、密猟者に夜明けはまずいでしょ」
 
「それはそうだね」
 
「ヒカリモって持って来られるもの?」
 
「来られるけど、あれ食べてもまずいよ」
 
「食べるんじゃなくて、どんなものか見たくて。夜だけならランプ代わりにならないかとか」
 
「また突飛なことをおっしゃいますね。それはできればおもしろいかもしれないけど。よくそんなこと思いつくもんだね」
 
「じゃあ、明日よろしく」
 
「ちょ、ちょ、また行けと? オルターさん、ちょっと人使い荒くない?」
 
「でも、いっぱい光るのは満月のころだけでしょ?」
 
「おっと、いつのまにそんなことまで。これは侮れないな」
 
「まあ、だてに年をとっているわけではないですからね。年を重ねた人間の神通力とでも言えばいいでしょうか」すべてはお見通しだというような顔で見ると、「高齢術にはかなわないな」と諦めたように言って、しぶしぶ出かけることを承諾してくれた。
 
 そのあともいろいろ聞いては見たものの、結局、ノルシーさんから決定的な情報を得ることはできなかった。特に隠し事をしているようでもないので、ほんとうに穴牡蠣だけが目的で通っていたのだろう。自分のような体験をしてなければ、それ以上のことを考えることもないだろう。
 
 灯台に戻って、今日のことをノートを書き残しておくことにした。
 
***** ノート *****
 
この島の豊かさは水にあることは間違いない。そしてその水は地の底からわき出して、世界に慈愛と滋養を注ぎ込むのだ。ゆるく、ぬめる水が命の営みを支える光りを創造し生きる力を与える。光る鮫と光る魚がその使者として現れるときにその道は現れる。それがどこに続いているのかは誰にもわからない。満月の曇り空の日に光る園に足を運ぶとき、すべての答えが明かされて行く。
 
***** ノート *****
 
 ノートにはあまりはっきりしたことは書かないほうがいいと思っている。日付も書かないことにした。いつだれがどんな目的でこのノートを見るのかわからない。すべてを明かすことが、必ずしもよい方向につながるとは言えない。とくにボルトンのような輩がいることを考えると、どうしても慎重にならざるを得ない。ノート氏のノートの一部の行方がわからないのも、そういうなにかが関係しているのだと思う。
 
 
「こんばんは」
 
 書き終わって机にノートをしまったときにネモネさんが入ってきた。ノートを書いているところを見られたかもしれないと思ったけれど、そのことについては何も聞かれなかった。
 
「お休みされていましたか?」
 
「いや、ちょっと考え事を」
 
 結局、昨日は一睡もしていなかったから眠そうな顔をしていたのかもしれない。
 
「今日、半島に行ったら緑が見違えるよう増えていて」と目を輝かせて言った。
 
「私もね、実は今日見て驚きました」
 
「オルターさん、私思うんですけど、あそこの水のおかげじゃないかと」
 
「あそこの水?」
 
「半島の先の水がとてもいい水っていうあの話なんですけど」
 
「ああ、おいしい水ですね」
 
「それがほんとうに特別の特別なんですよ。もう少し調べてみますけど」
 
「ミーム君の色もですか?」
 
「半島だとそうでもないんですけど、この前船で島を巡っていたら、興奮して海に飛び込んでしまって」
 
「もしかして真っ赤に?」
 
「そうなんです。見たこともない赤色に」
 
「それはヒカリモのあるあたりですか?」
 
「ヒカリモノ?」
 
「あっ、知らなければそれはいいです」

 ノルシーさんと二人の秘密の約束だったことを思い出した。やはりあの半島の先になにかがあるのは間違いない。
 
「ノーキョさんはまだヨットにたどり着いてないですか」ネモネさんは窓から海を眺めながら言った。ノーキョさんのことを心配して来たようだ。
 
「もうそろそろ、向こうに着いてくれないとさすがに心配になりますよね。ヨットの人の状態も心配だし」
 
「なんだかミリルさんも元気ないですし、早く戻って来てくれるといいですね」
 
「そうだ、これノーキョさんが作ったてくれたロウソクなんですよ」引き出しから出して赤い方に火を灯した。
 
「きれいな灯り」
 
「灯りに品質もなにもないかもしれないけど、この光はとてもやさしくて上質ですよね。自分たちでつくったからそう思うだけかな。どう思い……ますか」
 
 ネモネさんに目を向けると、両手を合わせて静かに目を閉じていた。彼女の祈りはきっと伝わるだろう。その願いが聞こえているのか、潮騒が灯台を何度も何度も重ねるようにやさしく包んでは消えていった。
 横になって目を閉じているミームを見ていると、どこからか鐘の響くような音が聞こえてきた。
 
「ああ、インクか」
 
 インクか、という言い方がよくなかったのか、一瞬こちらをみたかと思ったらぷいと横を向いていつもの居場所にごろりと横になった。ミームがいるのに気がついているのかいないのか、気にとめる様子もない。
 
「あら、インクちゃん。元気だった?」
 
 ネモネさんが手を伸ばすとごろごろと喉をならしている。ご機嫌が戻ったようでよかった。この前とちがって今日は首に鐘の形をした鈴をつけている。大きさこそ違うものの、鈴というよりは鐘と言ったほうがいいような形をしている。
 
「きれいな音がしますね」ネモネさんが感心して言った。
 
 それを聞いたインクが「祝宴用の特別の鐘だからね」と言った。自分の耳をちょっと疑いながらもインクの声も聞こえるようになったのだろうかとふつうに思った。そう思うこと自体がふつうではないのだろうけど。
 
「特別の鐘なんだ」とネモネさんがインクに話しかけた。
 
 同じ声が聞こえたのだろうか、それとも同じように感じたということか。不思議に思ってインクの顔に見入っていると、今度は「今夜助かるよ」と言った。
 
「ヨットの人が助かる?」と思わず問い返すと、ネモネさんがこちらを向いて「え? 助かったんですか?」と聞いて来た。
 
「あ、いや、インクがそう言ったかと思って」
 
「そうですか。満月の夜ですしね。今夜はなにか起きてもおかしくないですよね。お祈りが届くかな」
 
 その後インクが何かを話すことはなかった。

第33話 重なる影

「ないないさんに食べてもらわないとですよね」ミリルさんが言うと、コピが恨めしそうな顔をして穴牡蠣を覗き込んで指でつついた。
 
「穴牡蠣を獲るのって大変なんですね」
 
「牡蠣は冬場のものだから、潜るとなると楽じゃないですね」
 
「ノルシーさんにお礼言わないと」
 
 ノルシーさんが一人でほとんど食たからこういうことになったのだからと言うと、ミリルさんはそれもそうですねと言いながら笑った。
 
「それで今夜は、幻の光魚の釣りに出かけることになりました」
 
「釣れそうなんですか?」ミリルさんは気の乗らない顔をしている。女性は釣り自体にあまり興味もないのだろう。
 
「まあ、当てにならないと思うかもしれませんけど、居場所の目星はおおよそついているので少なくとも坊主ということはないでしょう」
 
「ボウズってなあに」コピが面白いことを聞いたというような顔をした。
 
「コピちゃん、一匹も釣れないことを坊主って言うのよ」とミリルさんが言うと、なにかはぐらかされたとでも思ったのか、つまんなさそうな顔をしてまた牡蠣の入った入れ物を覗き込んだ。
 
 机の上には読みかけのロビンソンクルーソーの本がおいてある。この前読みかけにしたまま、持ち帰るのを忘れてしまったのだった。本棚に戻されずにそのままになっているのもリブロールらしい。ちょっとしたミリルさんの気遣いだ。これもここの居心地の良さを醸し出す理由になっている気がする。
 読みかけていたところには栞が挟んである。リブロールにはお客さんそれぞれの色や形の栞が決まっていて、挟み忘れるとミリルさんが入れておいてくれる。それを見ると誰が何を読んでいるかわかって、うたた寝とは別のリブロールに来る楽しみのひとつになっている。植物の本にはノーキョさんとスロウさんのふたつの栞が仲良く挟まっている。こういうのもお互いに気兼ねすることのないこの島ならではのことだろう。
 ロビンソンクルーソーのページをめくりながら、結末はどうなるのだろうかとぼんやり思った。無事に助かりましたというハッピーエンドなのだろうか。もしかしてそれがノート氏その人の体験だったということはないだろうかと想像してみたりした。そうであれば、とんでもなく楽しい1冊になるのだけれど。
 意識世界と思っているこの場所に来て数週間になるけれど、前にいたウォーターランドと何ら変わることのない交流と時間の流れにかえって違和感を感じるときがある。突然違う時空に流れ着いたのに、こんなにのんびりした生活を過ごすのも変な話ではある。どうせならロビンソンクルーソーのように無人島であってくれた方が納得がいくというものだ。現代のロビンソンクルーはなかなか面倒なところに流されてしまったようだ。
 
「オルターさんまで釣りに出かけたまま帰って来ないなんてことにならないでくださいね」ミリルさんが思い出したように言った。
 
「それでもまだ牡蠣獲り名人のノルシーさんもいるから」と言うと、「そんな冗談を言ってる場合じゃないですよ」と真剣な顔になって怒った。ミリルさんが怒るのはめずらしい。次々に人がいなくなるから本当に心配で仕方がないのだろう。ちょっと気遣いのなさを恥ずかしく思った。
 
「コピもいくの?」
 
「だめだめ、コピちゃんは行かないの」と、ミリルさんが語気を強くして言った。
 
 コピがまたつまらなそうな顔をしてこちらの様子をうかがっている。こちらの様子をうかがいながら、何か言ってくれというような顔をした。コピはミリルさんとリブロールで留守番しててと言うと、「実験班長もする」と言って水を撒く格好をして見せた。実験をしていた先生のノーキョさんがいないのだからコピの張り合いもなくなっているのかもしれない。水撒きの動作もあまり気持ちが入っていないように見えてしまう。
 
 秋も深まってくると、何気無い会話をしていてもどこか心寂しい気分になってしまう。これが新緑の季節であれば、もっといろいろ楽しいことも考えられるのだろうけど、秋のかさかさした風と虫の音はそうさせてくれない。それでもロマンだと言ってはしゃいでいる男たちもいるし、ミリルさんには心配ばかりかけているのだろう。
 
 昨日から気になっている空模様のほうはというと徐々に雲が広がりはじめている。今日の天気はどうなるのだろうか。このまま雲が多くなっていくと赤い月も見られないかもしれない。空の天気も気になるところだけど、それ以上に時空の予報でもあるならば知りたいものだと思う。これだけいろいろなことが月齢と合わせるように起きると、もっと細かな事象と関連した何かがあるのではないかと思わずにはいられない。それと人がいなくなることとにもなにかつながりがあるような気がする。
 
「人恋しい季節だね。やっぱり秋は別れの季節なのかな」と思わず言わなくていいことが口をついて出てしまった。
 
 それが聞こえたのかどうか、ミリルさんは机の上に置いてあった常連さんたちが使うカップを並べ直して頬杖をついたかと思うと大きくため息をついた。
 
「みんなどこに行ったの」と独り言のように言うと、机に伏せるようにして頭を乗せた。
 
 コピがそれを見て、何も言わずに船着場のデッキのほうに出て行った。
 
行き先を見ているとヨットのほうを向いて何度も首をかしげている。
 
「どうかした?」ミドリ鮫でもみつけたかと思って尋ねると、「いっしょ」という答が返ってきた。
 
 何がいっしょになったのかと思いコピの横に立ってみた。
 
「いっしょ、いっしょ!」と言いながらぴょんぴょん跳ねだした。コピがうれしいときのいつものサインだ。
 
「どれどれ、なにが見えたかな……」
 
 隣ではコピが海の方に向かって手を振っている。
 
 もしやと思いヨットのほうに単眼鏡を向けるとノーキョさんのボートがヨットと重なって、ヨットの上に見える人がこちらに向かって手を振っている。
 
「ミリルさん、ノーキョさんやりましたよ! ヨットにたどり着いたようです!」思わず大きな声をあげてしまった。
 
 伏せっていたミリルさんが、飛び起きるようにして駆け寄って来ると、単眼鏡を覗いてノーキョさんすごいとひとこと言ったまま次の言葉が詰まって出なくなってしまった。その後はずっとヨットの方を見たまま目を拭っていた。単眼鏡を覗いていても涙ではっきりは見えないだろう。少し落ち着くと、助かってよかったとうわ言のように繰り返した。単眼鏡を持ってないほうの手はコピの肩をしっかり抱きしめていた。
 
「やりましたね、ノルシーさん」と声をかけるとミリルさんは何も言わずにこくりと頷いた。昨日インクが言った通りになった。あれはなにか予兆のようなものを感じたのかもしれない。
 
「こうなれば、あとはこちらに戻ってくるだけだから、もうだいじょうぶですよ」
 
 そう言いながらも、どうやって戻ってくるのだろうかという心配は消えない。それでも、天気が崩れるまでには時間もあるし、もし崩れてもヨットなら安心と自分にいい聞かせた。それよりもヨットに乗っているタークさんの方は大丈夫だろうか。ノーキョさんの持って行った水や食べものを摂って早く元気になってくれればいいのだけれど。
 
 水平線の先に見えるヨットでは、ノーキョさんが何か作業を始めているように見える。ネモネさんの言っていたスクリューを使おうとしているのだろうか。帆をあげる気配はない。
 
 ミリルさんはコピと牡蠣の料理の話を楽しそうにしている。今度の穴牡蠣はノルシーさんとタークさんが食べることになりそうだ。

第34話 同じ手帳

「オルターさん、夕食はどうします?」
 
「牡蠣のスープ?」
 
「残念ですが、これは今いない人たちのために」と言うとにっこり微笑んでコピに同意を求めた。コピもさすがにわがままは言えないと思ったのかだまって聞いている。
 
「コピちゃんが集めてくれたキノコのソテーはどうですか」
 
「それもいいですね。キノコこそ秋の味覚だ」
 
 さっきまでの沈んだ気分が嘘のように明るい空気に満たされていく。ことの成り行きなんていくら心配してもわかるわけでもないし、人の気分なんてちょっとしたことでどうにでもなるものだ。これでないないさんでも現れた日には、キノコのソテーが穴牡蠣のスープになって、匂いを嗅ぎつけたノルシーさんが呼びもしないのにやってきて、ノーキョさんの成功を祝して前祝いということになってしまうかもしれない。
 
「そうだ、ノルシーさんにもヨットが助かったことを伝えないと」
 
「そうですね。みんなに伝えないと。私、ネモネさんを探してきます」
 
 久しぶりに楽しい夜になりそうだ。ノーキョさんが今夜戻ってくれば言うことなしだけど、ヨットはこちらから見えるほど近くはないはずだから、どんなに早くても明日以降の話だろう。
 
「じゃあミリルさん、ネモネさん頼みますね」と言い残してエバンヌに向かった。
 
 店に入ると、ノルシーさんはソファーに横になって寝ていた。穴牡蠣獲りに力を使い果たしましたという顔をしているのがおかしかった。寝ていても起きていても楽しい気分にしてくれるのはノルシーさんならではの才能だと思う。こんな寝顔を見せられると起こすのは忍びない。今夜の夜釣りもあるからゆっくり寝かせてあげよう。その時に話せばいい。
 カウンターの後ろを見ると、ビクと網が用意してあった。長靴やカンテラまで準備万端のようだ。メジャーがあるのは大物がかかったら測ろうということなのだろう。なんだか、こちらよりはるかに気合が入っているようだ。
 
 夕食まで行くところもないから、ないないさんの家の様子を見に行くことにした。
 
 
 家に近づくとドアが開いているのがわかった。よくよく見てみると中に人の気配もある。もしかして、また戻ってきたのかという期待が膨らんだ。今夜はきっと特別の日なのだ。みんなが戻って来る日になるのかもしれない。
 
 戸口まできてみると、中にいたのはミリルさんとネモネさんだった。
 
「ふたり揃ってどうしたんですか?」
 
「もしかして、戻っているかもと思って」ミリルさんが言った。
 
「あはは、みんな同じことを考えたわけだ」と言うと、ネモネさんが「今夜は赤い満月ですから」と言った。そうなのだ、今夜は特別なのだ。
 
「あの、オルターさん、あのあとここに来ました?」
 
「いや、来てないですよ」
 
「そうですよね。おかしいね」とネモネさんと目を合わせて二人で不思議そうな顔をしている。
 
「どうかしましたか?」
 
「食事のあとが……」と言いながらミリルさんがサイドテーブルを見た。そこには確かに誰かが食事をしたあとがあった。
 
「この手帳もなかったですよね」と言いながら小さな手帳を差し出した。
 
 裏表紙にはシナモンと書かれていた。また、知らない人が来たのだろうか。手帳はまだ新しいようで、少しのメモ書きがしてあるだけで、特別気になることも書かれてなかった。
 
「新しい人ですか」ネモネさんが言った。
 
「シナモンというのが名前ならばですね」
 
「ないないさんが戻ったのかもしれないですものね」
 
「うーん、どうなんだろう」
 
「でも、誰かが来たのは間違いないですね。どこかを散歩しているのかもしれませんよ」ネモネさんが言った。
 
 手にした手帳がどこかで見たことがあるような気がしてならない。
 
「気になります?」とミリルさんが聞いてきた。
 
「どこかで見たような」
 
「それも透かし入りの紙なんでしょうか」ミリルさんが言うので見てみると、浮かび上がったのはHAROW'Sという文字だった。思考が一瞬停止して頭が真っ白になった。
 
「オルターさん、どうしました。大丈夫ですか?」
 
「あ、いや、大丈夫。えっと、透かしはあります。ありますね……」
 
 透かしがあることを言ってはいけない気もして、口がうまくまわらなかった。
 
「いい手帳なんですね」
 
「これ皮装ですね。いいものなのかも」ネモネさんが興味深そうに見ている。
 
「あ、そうか、マリーさんのくれた……」
 
「マリーさん? ってどなたですか?」
 
「えっと、あの、あ、そうだ。この前船長の船で来た、あの人ですよ。ほら、髪の長い……」
 
「あの人の忘れ物ですか?」
 
「いや、そうではなくて、同じものというか」
 
「同じものを持ってたということですね」ネモネさんが助け舟を出してくれた。
 
 間違いなくハロウズの手帳だった。マリーさんがくれた緑の手帳と同じだった。同じ製品であることは間違いない。
 
「でも、それをないないさんが?」
 
「いや、同じ製品という意味ですけど、ここにあるというのが……」
 
「有名な手帳なんでしょうね」
 
「ああ、そうなのかな。いや、そうなんだな」
 
 自分でも歯切れ悪いのがわかる。二人もなにかあると思っただろうけど、あえてそこには触れないようにしてくれたようだ。
 
 しばらく3人で話してはみたものの、結局誰が来たのかはわからなかった。知らない誰かがふらりと来て、いつの間にかいなくなるというのがこの島では当たり前と思っていたけど、いろいろなことを知れば知るほどの当たり前ではないという思いのほうが強くなっていくばかりだ。
 
「でも、もしかするとないないさんかもしれないから、牡蠣のスープの出番かも」ネモネさんがミリルさんの顔を見ながら言った。
 
 ミリルさんはすっかり期待疲れでもしてしまったのか、そうだといいですねとあまり気持ちの入ってない返事をした。

第35話 キノコステーキの薬味

 結局、その夜は、だれも戻ってくることはなく、いつもの顔ぶれでの夕食になった。テーブルにはミリルさん特製のキノコ料理が並んだ。
 
「このキノコは肉厚でステーキを食べてるようですね。どうして秋のものってこんなにおいしいんだろうね」
 
「オルターさんは、ステーキを食べたことあるんですか」とネモネさんに聞かれた。
 
「いや、ステーキってこんなものかなと思ってね。昔写真で見たのに似てたので」
 
「お肉だけではなくて、魚にもステーキもあるし、キノコのステーキだってありですよね」ミリルさんが言うと、コピが「ステーキおいしい」とうれしそうに言った。コピは穴牡蠣よりもキノコのほうが好きなのかもしれない。
 
 実際、しっとりして歯ごたえのある肉厚な食感がなかなかめずらしく、肉とは言わないまでも植物とは思えないボリューム感を感じる。みんなでステーキキノコという名前にしようという話でもりあがった。
 
「えっと、このコショウのようなつぶつぶのものはなにかな?」
 
「ユロミ!」コピがステーキを教えてもらったお返しとでもいうように答えてくれた。
 
「ちょっと痺れるような味ですよね。それ、ユイローの実なんですよ」ミリルさんが説明をしてくれた。
 
「あ、これユイローの実なんですか。それでユロミなんだ。コピちゃんは、いろいろ知っててすごいね」ネモネさんが感心したように言った。
 
「これもコピが採ってきたのかい?」と聞くと、コピの顔と同じぐらいのキノコを前に慣れないフォークとナイフで格闘しながら頷いた。
 
「ミリルさん、ユロミって子供が食べて大丈夫なのかな」と聞くと「コピちゃんは甘いトウカの実にしてあるのでだいじょうぶですよ」という答えだった。
 
「あ、そういうこと……でも、大人も食べ過ぎない方がいいかもしれないね」
 
「キノコ中毒とかですか?」ネモネさんが聞いてきた。
 
「このキノコは前からみんな食べてるからだいじょうぶですよ」とミリルさんが説明した。
 
「ああ、キノコじゃなくてユロミのほう。なんというか、ユイローって覚醒作用があるようだから。実も同じかなって、ちょっと思っただけなんですけどね」
 
「島の香辛料でユロミも使う人は多いですけどね」ミリルさんが、不思議そうな顔をしてこちらを見た。
 
「ないないさんも好きでしたか?」気になって聞くと、「ないないさんも大好きでしたよ」と言いながら、ユロミの入っている缶を戸棚から出して見せてくれた。缶にはコピのユロミとミリルさんの手書きで書かれていた。ユロミもコピが集めてくるのだろう。缶の蓋を開けるとさらさらとした小さな黒い粒がいっぱい入っていた。ツヤのある均質な実が野生のものとは思えない。ほんの爪先ほどの大きさなのに完全な球形と確信できるほどに美しい。粒の大きさも寸分の違いもないようだ。
 
「オルターさんはあまり好きじゃないですか?」
 
「いえ、そういうわけではないですよ。おいしくいただいてますから」
 
 そう答えてはみたものの満月の夜にユイローに実を頂くというのは、まったく気にならないわけではなかった。すでにキノコステーキはほとんど食べてしまったあとだし、今更何を考えてみても始まらないのだけど。
 
 窓の外を眺めると雲が垂れ込めていて、夕焼けは見られなかった。結局ノーキョさんはこちらには着かなかったけど、目で見てもわかるほどの早さでどんどん近づいて来ている。帆をあげている様子もないから、もともとついていた発動機でモーターを動かしたのか、持って行ったプロペラがうまくいったのか。いずれにしても順調に帰途につけて良かった。
 
「帰りは早そうですね」ヨットのほうを見ているのに気がついたミリルさんが言った。
 
「行きと大違いだね。これでタークさんも大丈夫だ」
 
「タークさん?」ネモネさんが怪訝な顔をしてこちらを見ると、すぐに「じっじ、ぼけぼけ」と言いながらコピがころころ笑った。笑い茸でも食べたように笑いが止まらない。
 
「だいじょうぶですか? 今夜釣りなんかして、溺れたりしないでくださいね」またミリルさんの心配性が始まってしまった。ただ、溺れるということばは耳が痛い。
 
「私もなんだかお酒を飲んだような気分になってきましたよ」ネモネさんがぽーとした顔をしながら言った。
 
 子供だけじゃなく、おいしい水をこよなく愛するネモネさんのような人にも、ユロミの刺激は強すぎるのかもしれない。ミリルさんが水をすすめたが、ちょっと横になりますと言うとあっという間に眠ってしまった。
 
「キノコのせいじゃないですよねえ。ユロミは刺激が強すぎるのかしら」ミリルさんが気にしている。
 
「やっぱり、ユロミは、あまり使わないほうがいい気がしますねえ」
 
「せっかく、コピちゃんが集めてくれたのに」とミリルさんが残念そうに言うと、コピはまるで聞こえてないように、またステーキを食べはじめた。
 
「ユロミというのはいつごろなるものなんですかね。あまり見たことないですが」
 
「あ、これは、土のなかになるらしいですよ。一年中なっているんだとか」コピから聞いたという話を教えてくれた。コピは聞こえてないような顔をしている。
 
「1年中……」
 
「変ですか」ミリルさんが首を傾げてこちらを見ている。
 
「一年中じゃなくて、月に一度ということでは……」
 
「どうして月に一度なんですか?」
 
 ミリルさんにはなんとなくそう思っただけと答えたけれど、そうだとしたら、ユイローと赤い月の関係はますます強くなるような気がした。
 そのときネモネさんが寝返りをうってこちらを向いた。
 
「ミーム、ここの水……ウォーターランドと……みんなに……伝えないと……」
 
 寝言だった。
 ミリルさんが「ネモネさんは寝ても水のことで頭がいっぱいみたいですね」と言って笑った。


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