目次
第1章 誘い
第1章の主な登場人物
地図
第1話 ことのはじまり *
第2話 残されたノート 
第3話 旅立ちの日 *
第4話 おくれて話す老人 *
第5話 青い猫 *
第6話 お店番
第7話 リブロールの朝 *
第8話 定期船 *
第9話 印刷機
第10話 島便り +
第11話 なくしもの
第12話 別々の名前 * +
第13話 時間のはじまり *
第14話 跳魚釣り
第15話 海の見えるインキ
第16話 乾かない文字
第17話 きまぐれな友達 *
第18話 豚の素性
第19話 時間のカタチ
第20話 ハトの手紙
第21話 ミドリの海 *
第22話 かすむ目
第23話 水の島 +
第24話 雨の夕暮れ
第25話 針のずれ *
第26話 おいしい水
第27話 雨上がり
第28話 小さな楽団
第29話 窓の記憶 +
第30話 食堂の夜 +
第31話 水玉の光 +
第32話 飛行船
第33話 レンズの掃除 *
第34話 名前の由来
第35話 留守
第36話 並ばない頁 * +
第37話 火炎
第38話 新しい朝 +
第39話 楽しいお湯
第40話 残された印
第41話 望郷 *
第42話 呼び声 *
第43話 旅立ちのとき
第44話 手紙
第2章 彷徨
第1章のあらすじ
第2章の登場人物
第1話 反転する海
第2話 遥か天空
第3話 水の悪意
第4話 イルカの歓迎
第5話 旧世界への入港
第6話 新しく古い港
第7話 ウテラス様式のドーム
第8話 サーカス小屋.
第9話 ホテルの夕食
第10話 望郷 *
第11話 同じ川
第12話 守られた村
第13話 湖面の幻影
第14話 中州の文庫
第15話 消えた男
第16話 雲の塔
第17話 水の革命
第18話 来客
第19話 家族の家
第20話 湖水の道
第21話 出島
第22話 赤い灯台 *
第23話 水に映る顔
第24話 海の使者
第25話 覚醒
第26話 なくしたもの
第27話 うさぎの庭
第28話 もうひとつの扉
第29話 水調べ
第30話 水彩
第31話 見送り
第32話 紋章の透かし
第33話 砂浜のスケッチ
第34話 骨董の日
第35話 花瓶の花
第36話 はぐれた子供たち
第37話 トマト色の兆し
第38話 礎石の力
第39話 離脱
第40話 ノイヤールの緑石
第41話 ロマン
第42話 善と悪
第43話 静寂の時
第44話 光る魚
第45話 罪
第46話 汽水の調査
第47話 黒い六角の紋章
第48話 水上の村
第49話 豊漁の予兆
第3章 螺旋
第2章のあらすじ
第1話 再生する記憶
第2話 メビウスの時
第3話 時間の澱み
第4話 変わらない人たち
第5話 見えない鮫
第6話 薬草
第7話 二度目の下船客たち
第8話 入れ替わり
第9話 時間の層 *
第10話 偶然の地の灯台
第11話 島地鶏の卵料理
第12話 もうひとつの出航
第13話 季節のあいだ
第14話 飛行士
第15話 灯台のローソク
第16話 黒服の試飲
第17話 湖の正夢
第18話 魚拓のドット
第19話 幻の釣り
第20話 夕立
第21話 再会
第22話 赤色の宴 *
第23話 消えなれ
第24話 漂流するヨット
第25話 救護に
第26話 もぐらの話
第27話 おいしい世界 **
第28話 自分の手紙
第29話 夜の散歩
第30話 密漁
第31話 海の穴
第32話 ぬめる水 **
第33話 重なる影
第34話 同じ手帳
第35話 キノコステーキの薬味
第36話 かくされたもの **
第37話 摘み取り
第38話 走る光
第39話 時の流れ
第40話 ふたつの影
第4章 失踪
第3章のあらすじ
第1話 男の性
第2話 探さないこと
第3話 変わらないノート *
第4話 夕食の煮物
第5話 光りもの
第6話 白い朝
第7話 ノートの家
第8話 宿帳の名前
第9話 使者
第10話 悲しい空想
第11話 一切れのパン
第12話 タワーの理由
第13話 晩餐
第14話 召された子供たち
第15話 天気計画
第16話 水の約束
第17話 古地図
第19話 雪かき
第20話 期待
第21話 氷上の舟
第22話 生き写し
第23話 島の話
第24話 花と待ち人
第25話 書庫の入口
第26話 地下迷路
第27話 潜水
第28話 石窟
第29話 知らない言葉
第30話 再会
第31話 夜の時間
第32話 洪水の周期
第33話 共生
第34話 二人だけの話
第35話 昏睡
第36話 夢想
第37話 二匹の猫 
第38話 水の声
第39話 時間の重さ
第40話 増えたページ *
第41話 内なること
第42話 戻り道
第43話 図書目録
第44話 旅の途上の小説
第45話 あたらしい船
第46話 つづく
つづく
奥付
奥付

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第11話 島地鶏の卵料理

 草原で虫の音の合唱がはじまったころ、ミリルさんに連れられて村の食堂に出かけた。今回は、オルターの快気祝という名目で開かれるのだと言う。病気になったわけでもないので快気祝というのもおかしな話だと思いはするものの、いつもと変わらないみんなの気持ちがうれしい。急な話だったので特別な案内もされないこじんまりした会になるようだった。船長たちは別の計画もあったので招待はされていないそうだ。あくまで親しいご近所さんだけの夕食会といったところだろうか。
 
 食堂に入る前に、目と鼻の先にある半島のほうをながめて見てみたけれど、草木はまだそれほど伸びていなかった。ネモネさんの言っていた驚くほどの早さというのは一体どれほどのものなのだろうか。
「ノーキョさんが、とりあえず水だけは絶やさないようにしましょうと言ってました」とミリルさんが緑の半島を取り戻すための計画について説明してくれた。今はなにもわからないので、とりあえずは水の力を信じましょうということらしい。悪いものを洗い清めるようなものかもしれない。
「それがいい」とつぶやくと、ミリルさんも真っ黒になって立ち枯れた木々を見ながら「きっともとに戻ります」と祈るように言った。
 
 食堂に入ると、いつもと同じようにノーキョさんが厨房の中で料理の準備をしていた。コピも水を張った桶の前で玉ねぎの皮むきを手伝っている。
 こちらに気づいたノーキョさんが「夜にマフィン料理というのも変ですかね」と笑いながら言った。ノーキョさんにはマフィンは朝食というイメージがあるのだろう。
 
「いやいや、この島の恵みを楽しめればそれだけで幸せです」と言うと、ミリルさんもノーキョさんを応援するように「エモカさんの特製イングリッシュ・マフィンとコピちゃんの卵、それにノーキョさんの自家製の調味料が揃えば島一番の豪華料理ですよ」と言った。
 
「それにおいしい水もありますからね」ノーキョさんもみんながわかってくれたのがうれしそうだった。
 
「素材が一級品で、料理するのが素材を知り尽くした理科の先生だなんて、こんな食堂は世界にふたつとないです」と言うと、ノーキョさんに「オルターさんそれほめてますか?」と笑われてしまった。でも、ほんとうにそう感じたのだから仕方がない。
 
 料理ができるのを待ちながら話しているこの時間が、かけがえのないひとときのように感じる。あまりの幸せに、今この場所にないものはないとさえ思えてくる。それほどにみんなの優しさが身に沁みる。
 
 テーブルの上のカゴには調理を待つ卵が10個ほど入っていた。島に長くいてもこれだけの数を一度に目にすることは珍しい。それほど珍重され、島ではなにものにも勝るご馳走のひとつとなっている。卵はみんなが大切なものと思っているから、 偶然みつけられても乱獲されるようなこともない。口にするのはよほど特別なときだけだ。
 
 しばらくするとマフィンの焼けるいい匂いがしてきた。
 
「パンの焼ける匂いってどうしてこんなに幸せな気分にしてくれるんだろう」
 
「ほんとですよね」というミリルさんの目が元気になって良かったと言っているように見えた。
 
「パンって生きる糧だからじゃないですか」と卵を焼く準備をしていたノーキョさんが言った。
 
「パンを食べないと生きられないということですか?」ミリルさんが聞いた。
 
「食べ物というだけじゃなくて、生きる糧というのは生きることを支えるすべての意味を含めてですね。なにかに例えて言うメタファーというやつです
 
「そうか、パンってすごいんですね」とミリルさんが感心したように言った。
 
「あはは、エモカさんのパンは別の意味でもすごいですけどね。長い時間をかけてこの島の空気をたっぷり取り込んだ特製のパンですからおいしくないわけはない」
 
 ノーキョさんが目玉焼きを慣れた手つきでフライパンからすくい上げて返した。何をするのも器用な人だ。
 
「オルターさんはターンオーバーでだいじょうぶですよね」
 
「ターンオーバー?」
 
「あ、両面焼きのことです。マフィンに挟むならそのほうがいいですよ」
 
「そうか目玉焼きにもいろいろあるんだね」
 
 口に入りさえすればいいと思っているから焼き方なんか考えたこともなかった。
 
「私はお日様のようなサニーサイドアップで」とミリルさんが言うと、「僕は混沌が好物だから、ぐちゃっとなったスクランブル派です」とノーキョさんが言った。
 
「なるほど、目玉焼きにも個性がでるものだな。ターンオーバーだと何でしょうか?」
 
「きっと裏表のない人」ミリルさんが言った。
 
「それならスクランブルもそうだよ。怪しいのはサニーサイドアップじゃない」とノーキョさんが笑った。
 
 そう言われてみると、ターンオーバーには両面がしっかりあるけど裏表はない。自分がふたつの世界を行き来するのもターンオーバーみたいなものだと思った。そこには裏も表もないと考えるのも悪くないかもしれない。
 
「ターンオーバー、いいですね。私はターンオーバーで」とあらためてノーキョさんにお願いした。
 
 久しぶりにいただいたコークの卵は、少し気持ちが晴れたせいもあってか今までになく楽しめた。
 
 食事のあとは、島の特産物の話になった。ノートに出てくるピーチプルは昔のようにふやせないだろうかとか、ナツヨビの卵はどうなんだろうとか、跳魚も島ならではの特産と言えるのだろうかとか、食べ物のことなると話はつきない。ほんとうに自然の幸に恵まれた島だとあらためて思う。
 ノートの主が孤独を感じていたかもしれないと言うのも人の勝手な基準であって、たくさんの命の宿る島にいたと考えると島の生き物たちとの生活を楽しんでいたのかもしれない。
 
 お腹いっぱいになったころにミリルさんが、灯台の命名のことを思い出してくれた。今夜決めないと明日の船に島便りが間に合わない。
 
「そうだ、わすれるところでした。島便りに灯台のことを書いているんですけど、名前のない灯台がないのは寂しいという話していたんです」
 
「たしかにこの島のシンボルだし、名前があってもいいですね。何かいい案は出たんですか?」
 
「ローソク灯台!」と言いながらコピが手を高く上げた。
 
「コピちゃん、ローソクって消えそうじゃない?」ノーキョさんのイメージとも少し違っていたようだ。
 
「グレン語の辞書で調べたら、ローソクはキャドリンって言うらしいんですけど」と言うと、ミリルさんがキャドリンというのはキャンディとか教会を連想しますねと言った。
 
 その後、3人でいろいろな名前を出し合ってみたもののなかなかいいアイデアが出ないままに、なんとなくキャドリン灯台という名前に落ち着いた。ミリルさんの提案で、島に長いノルシーさんにも意見を聞いた上で決めることになった。
 
 今夜は記念すべき命名の日になると思うと自分自身の再出発にもなるような気がした
 この島に来てから自分でつけたオルターという名前も本当の名前ではない。いつか閉ざされた記憶の扉が開いて本当の名前で呼ばれる日が来るのだろうか。夕闇に包まれ始めた白い灯台を見ながら思った。

第12話 もうひとつの出航

 いよいよ定期船の出る日の朝を迎えた。早朝からの突貫工事のような仕事だったけれど、新しい島便りもなんとか間に合わせることができた。灯台の名前も、コピちゃんがローソクっていうのならそれでいいじゃないというノルシーさんのひとことでキャドリン灯台に決まった。ノーキョさんも島名物になるロウをつくるとはりきっている。
 
 ここから前の自分の旅ではないもうひとつの時間がはじまることになる。ふたつの時間に整合性はない。上書きされるように前の旅が幻に帰するのだろうか。スロウさんのことだからたくさんの発見をしてくる気がする。これはこれで心配にはおよばないのかもしれない。できればナーシュさんの行方も探ってもらえたらなどと勝手な期待までしてしまう。それよりも、水に関心のあるスロウさんのことだからノイヤール湖の秘密のほうを明らかにしてくれるかもしれない。必ず行くと言ってくれたあの言葉を信じて待とう。ノイヤール湖へ戻れなくなるとしてもいいのかもしれない。こちらが現実と思えばいいだけのことだ。
 
 コノンさんが来たので出かける前に少しでもと思って声をかけた。とくに臆する様子もなく挨拶を返してくれた。隠し事をしているようには到底思えない、あのやさしいコノンさんそのままだ。
 
「島はどうでしたか」差し障りのなさそうな話からしてみた。
 
「ほんとうにいいところでした」うれしそうに答えてくれた。
 
「気に入ってもらえてよかったです。また遊びに来てもらえそうですね」
 
「それは私の方からお願いしたいぐらいです。きっとまたすぐに戻ってきます。頼まれていたこともできなかったので」
 
「頼まれていたこと?」
 
お世話になっている牧師さんが前に一度ここに興味を持たれたらしくて、子供たちと移り住めないかと考えているらしいんです。島の環境保護のための収集箱を置いてきてほしいと言われていたんです。半島の木の枝にかけておいたのですが、あの火事でだめになってしまいました。環境保護というより、その前の環境調査と言ったほうが正しいのかもしれません」
 
「あ……そうなんですね。この島はだれでも自由に住めますけど……調査を?」
 
「子供たちは特別に管理された環境で暮らしているので免疫力が低くて、下調べしておかないと環境不適合障害を起こしてしまうかもしれないんです。ひどいと命にもかかわってしまうので」話し終えると唇を強く結んだ。何か思うことがあるようだ。
 
「強いアレルギーのようなものなんでしょうね。それで調査箱を?」
 
「そうなんです。でも、戻ったらあやまらないと」と残念そうな表情をした。それは頼まれた人にというよりも子供たちに対して申し訳ないという気持ちのようにも見えた。
 
 黒いパーカーのことも気になっていたので島は寒くなかったかと聞いてみた。この時期はまだパーカーを着るほどの寒さではない。日中ならまだ半袖でも過ごせるぐらいだ。
 
「朝方少し冷え込んだかなと思った時はありましたけど大丈夫でしたよ。親切な方がパーカーも貸してくれましたし」
 
 心当たりを考えてみたけれど貸したという人が思い浮かばなかった。腑に落ちないという顔をしていたせいか、コノンさんがさらに話を続けた。
 
「何だか、船で魚を捕りに来たと言われてましたけど。私は魚のことはよくわからないので」
 
 スロウさんじゃないとしたら、この島で魚を獲りそうな人もいない。だれだったのだろう。
 
「あ、そうだ。パーカーを預けておきますので貸したと言う人がいらしたらお返しいただけると」鞄を開けて黒いパーカーを出した。
 
 創造していたよりも薄手のものだった。防寒というより雨よけに近いようなものだった。
 
「わかりました。リブロールのほうでお預かりしておきますね」
 
 まさか黒いパーカーそのものが手に入るとは思いもしなかった。これがあれば犯人の手がかりが得られるかもしれない。
 
「でもほんとうに牧師さんが言ってたとおりのすばらしいところで、思い切って来てよかったです」島を離れるのが名残惜しそうだった。
 
 あのヨシュアという牧師さんにこの島に行くことを勧められて来たのだろう。彼が以前来たという記憶もなかったので、かなり昔の話だったのかもしれない。その時はどうやって来たのだろう。
 
「野営場でしたよね。火事で怪我はありませんでしたか?」彼女の居場所もちょっと気になったので聞くと、怖くて最後はボートで逃げることまで考えて、北のボート乗り場の方まで走ったということだった。コノンさん自身というよりも、背中の歩けないうさぎピールのほうが怯えていたのかもしれない。
 
「また、すぐ会えますね」と聞くと「はい、戻って相談してみます」と言って半島の方に目をやった。
 
 少なくともコノンさんには罪を犯したという自覚はまったくないようだ。実際のところ、その調査箱が出火元だったかどうかさえもわからない。ただ、彼女にないものがあるとしたら、人の悪意を感じられないことかもしれないと思った。管理されて免疫のない世界に生きると言うのはこういうことなのだろうか。
 
「そろそろ船に乗ります」と言うと慎重に足下を確かめながら船に乗り込んだ。
 
 コノンさんの背中で、ウサギのピールが首を振りながら手をぱたぱた動かしている。
 
「マタクルヨ」とピールが言った。いや、言ったように思えた。
 
 彼ももっと島にいたかったのかもしれない。こちらに向かって手を振っているようだった。
 
 ほどなくして乗客全員が船に乗り込んだ。マリーさんとはどうしても話す気になれなくて、結局ことばも交わさないままに見送ることになった。ここで話しても何かが変わるわけでもないだろうし、話せば話すだけ自分自身が混乱してしまいそうな気がした。向こうに戻ったときに落ちついて話した方がいいだろうと思った。
 
「じゃあな、爺さんまたな。あまり考えすぎない方がいいぞ」と船長が言った。
 
「船長、ミドリ鮫見つけたら教えてくれないかな」唐突だと思ったけど、何を言っていいかわからなかったので思いつきを口にだしてしまった。
 
「わはは、ミドリ鮫だな。爺さんも見たことあるんじゃないのか?」と言うと人の顔を覗き込むようにした。
 
「見たのかな……」当然、答えにはならなかった。
 
「じゃあ、スロウ兄ちゃん行くぞ」と言うと仕事の顔に戻って操舵室に入って行った。
 
「オルターさん、お土産話楽しみにしててよ!」と言いながらスロウさんが船長に続いて乗船すると、船にかかっていた板を手際よく船に取り込んだ。もうすっかり船長の片腕になっているようだ。
 
 出航はみんなで見送った。ノルシーさんは灯台から見送ると言って出て行った。
 
「スロウさん、いい旅になるといいですね」とミリルさんが言うと「スロウは寝座を持たないやつだから、どこに行っても心配ないですよ」とノーキョさんが頼もしそうに答えた。
 
 オフェーリア号は大きな汽笛を鳴らすと、力強いエンジン音を響かせながらメーンランドに向けて出向した。あの時船でずっと見送ってくれたスロウさんが操舵室の窓からこちらに向かって手を振っている。島がすぐに米粒ぐらいになってしまうのを見て驚くことだろう。
 定期船の見送りはいつもと同じであっけないほど簡単に終わった。その先に待ち受けているいろいろなことを考えるとスロウさんにちょっと申し訳ないことをしたような気持にもなる。
 
 
 見送りが終わって椅子に腰を下ろすと、机の上に見かけない本が置いてあることに気づいた
 
「ミリルさん、これは」
 
「あ、船長の今回のお土産ですって」
 
 前に乗った時はメーンランドのことで頭がいっぱいだったけれど、船長はお土産をしっかり持って来ていたのだ。
 
「これはまたずいぶん古い本ですね」一目で骨董価値のある本だということがわかった。
 
「オルターさん、びっくりしますよ。タイトルを見てください」
 
「Travels into Several Remote Nations of the World……なんですかこれは? 」
 
 ノーキョさんがこちらを見て笑っている。もう一冊には、The Life and Strange Surprising Adventures of Robinson Crusoeというタイトルがつけられていた。
 
「え? ロビンソンクルーソー?」
 
「びっくりですよね。もう一冊はガリバー旅行記ですよ」ミリルさんが自分のことのようにうれしそうに話す。
 
 奥付を見るといずれも初版本のようだった。どちらにも初版本があるなんて考えたこともなかった。スゥイフトという作家もいるのだから初版があってもおかしくないわけだけど、ギリシャ神話のような古い伝承のような話とばかり思い込んでいた。
 
「なんでこの本を?」
 
「ノート氏がこの島にきた頃にこの本が出版されていたんじゃないかって言われてましたよ」ミリルさんも理由を詳しく聞いたわけではなかったようだ。
 
「ある意味、この島も似たところがあるかもしれないですよね」と資料の整理をしていたアグリさんが言った。
 
「ガリバーとロビンソンがここに来たとか?」
 
「あはは、さすがにそれはないでしょうけど、船長からすると同じように見えるかもしれないですよ」と船を見ながら言った。
 
 どちらの本も本物に出会えるとも思ってなかったし、詳しくはどんな本かも知らない。この世界にいる間に読んで見るのもいいかもしれない。もしかしたら現実世界ではお目にかかれない希少本という可能性だってありえるだろうから。
 
「オルターさん、これ」ミリルさんから小さな袋を渡された。
 
「ありがとう。大切にしますね」
 
 それは虹の石が入ったあの袋だった。この石があればきっとなんとかなるだろう。なくしても、落としても手元に帰ってくる石に不思議な力を感じ始めていた。

第13話 季節のあいだ

 翌日から前と同じように灯台とリブロールを往復する生活に戻った。変わったことと言えば、スロウさんの船が岸に繋がれたままになってることと、ネモネさんの温泉に行くのが日課になったこと。それに、船長の本が2冊増えたこと。
 
 温泉は石できれいに浴槽がつくられて、更衣用の小さな小屋もできた。湯船は2、3人入ればいっぱいになりそうな大きさだけれど、温泉付きのプライベートアイランドとして一人のんびり時間をつぶすのにちょうどいい。とくに朝日を眺めながら朝霧の中で湯船につかっていると、もやもやした気持のときでもきれいさっぱりと心のわだかまりが洗い流されてしまう。
 海の温泉なのでさすがに苔むす古びた風情というわけにはいかないけど、水平線とひとつになれる温泉などというのもそうそうあるものじゃない。それが楽しくなる水の温泉というのだからなおさらだ。
 半島のほうから聞こえる鳥の声が、のんびりゆっくりやればいいよとさえずってくれる。
 
 本のほうはメーンランドに行かなくてぽっかり空いた心の隙間を埋めるのにちょうどよかった。船長がそこまで考えて持って来たとは思えないけど、船長の持ってきたお土産がいつも先に起る何かとつながっていくような気がする。なんだか船長の思うようにことが運んでいくように思えてしまうのは考えすぎだろうか。もしかすると、船長には自分にはない人並みはずれた洞察力があるんじゃないかと思ったりもする。
 
 それにしても、ロビンソン・クルーソーがこんな分厚い本だとは知らなかった。これを読むとどうしてもノート氏の生活を思い起こしてしまう。自分で選んだとはいえ無人島での一人暮らしは楽ではなかっただろうと思わずにはいられない。当時はこんな温泉があることも知らなかっただろう。自分のとった行動を早まったと後悔することもあっただろうか。
 それとも、ガリバーのように好奇心旺盛な青年で、見たこともない世界を心行くまで楽しんだのか。もしそうであれば、現実を映す鏡のような世界に驚き、今までにないものの見え方に歓喜したかもしれない。それはだれも気づかなかった新しい世界の発見だったのだから。
 2冊の本の出版された年がノート氏の出発したころとそれほど違わないことも旅に出たことと無関係ではなかっただろう、時は大航海時代も終わって、夢や野望を持った人々の関心はさら次の新世界へと向かっていたのだ。ただ、ノート氏がリアヌシティを離れたのが何かをみつける旅だったのか、何かを捨てる旅だったのか、その答えはわからない。
 
 船長自身は船乗りとしてこの本を読んだのだろうか。海に取り残される怖さを思いつつ、新しい世界に向かう勇気と冒険の素晴らしさに共感することもあったかもしれない。そんなことより、ノート氏の時代の本だということがあったから、そちらへの興味の方が強かったのだろうか。
 意識世界のウォーターランドに取り残された自分の方はと言うと、本に書かれている二人とも違って、もとの世界に帰る手だてもきっかけもみつけられないままに、時間だけが無駄に過ぎて行くような気がしてしまう。覚えておかなければいけないことが何なのかもわからなくなりそうだ。メーンランドで体験した記憶すべてが、この世界に取り残されたまま消え去ってしまうかもしれない。ただ、時間が経つにつれて、それはそれで悪い気がしなくなっていく。とくに本の世界に入り込んでしまうと、そんなことはどうでもよくなるから不思議だ。
 
 季節は日毎に秋の気配を感じるようになっていった。
 ウォーターランドの秋から冬への季節変わりはとても早い。秋の紅葉は2週間ぐらいであっという間に冬になってしまう。冬は北から氷のように冷たい海流が流れ込むために、気温も急に下がり、島の景色も大きく変わる。ほんとうに思い切りがいいことだ。
 雪は多くはないものの、島一面に咲く真っ白なユキニ草の花と白く枯れ落ちるシロノキの枯葉のせいで、まるで雪で覆われたような風景になる。はじめて見た人は本物の雪と見紛うかもしれない。その上、上空に寒気が吹き込んだときには実際に粉雪が降ることもある。それほど寒くならないのに降る雪はこの島の豊かな自然を感じる時でもある。
 
 冬が近づいてくると灯台に夏の間取り外していた窓をつける。夏のあいだは建物の必要さえ感じないほど穏やかな日が続くけれど、冬は夏のようなわけにはいかない。風も幾分強くなるのもこの季節の特徴だ。取り付けられた窓が夜風できしむような日もある。
 ノート氏にとっても冬はさすがに心細くなったかもしれない。そんなときにあのきまぐれが彼の寂しさを忘れさせてくれたのだろうか。
 
 島に残ったノーキョさんはスロウさんのあとを引き継いで、植物の育成と水の関係を毎日観察している。そして、もっぱらその手伝いをしているのがコピということのようだ。ネモネさんの言っていたとおり、みんなコピのことを実験班長と呼んでいる。この島に詳しいコピがやれば、みんなの気づかないこともみつけられるかもしれないという期待もあるだろう。コピはノーキョさんのことを先生、先生と呼んで、いいコンビになっているようだ。彼らが大発見をする日も遠くないかもしれない。
 
 半島の焼けた草木のほうも聞いていた通り驚くほど早く成長し、二週間もすると木々の高さこそ前ほどでないにしても、焼け跡とわからないほどにたくさんの草花が焼けた地面を覆った。自然のもつ治癒力にはほんとうに驚かされる。スロウさんが言うように、この周辺の汽水の持つ力に負うところも大きいだろうけど、自分たち人間よりも草木の回復は遥かにスピードが早い。彼らは必然にあわせるだけで、人間のように運命に抗い、偶然を妄信することもない。それだからこそしなやかに回復していけるのだろう。

第14話 飛行士

 船長の船が出て2週間ほどしたころに入れ替わるようにして飛行船がやってきた。
 
 降りたのは黒い服を着た男一人だけだった。
 
 背の高い男は降りるとすぐに半島のほうに向かって急ぎ足で行ってしまった。手にはあの六角のスーツケースを持っていた。
記憶ははっきりしないが、コノンさんがサーカスの広場で話していた男に似ているような気もする。ただ、黒装束が個性を消しているので同じように見えるのかもしれない。彼らはドームにあっては目立ってはいけない黒子のような存在なのだろう。都市のインフラに関わる仕事なんて、なくなってはじめてわかるようなものだから、それまでは身を潜めて目立たないようにするのが一番いいのだ。
 飛行船はその男の帰りを待っているのかプロペラを止めてその場に留まった。いつもと違ってすぐに飛び立つ気配はなかった。
 
 社交的なミリルさんが、飛行士さんもお疲れかもしれないからお茶でも勧めてくると言いながらコピといっしょに出て行った。
 
 見ていると、飛行士に声をかけられたのか、少し話していていたと思ったら船内に入って行こうとしている。なんだかそのままさらわれてしまうのじゃないかと、ありもしないことを想像してしまった。ほんとうにミリルさんとコピがいなくなったら、意識世界のことであったとしても生きる希望もなくなってしまいそうな気がした。こんなことを思うようだからまだ正気じゃないのかもしれない。
 
 15分ほどしても出てくる気配がないのでさすがに心配になって飛行船まで行ってみることにした。タラップのところまで来ると、操舵席にコピがちょこんと座っているのが見えた。慣れないことをさせられて緊張しているようだ。さすがに原っぱを走り回るのとはわけが違うだろう。
 
 こちらに気づいたミリルさんが、オルターさんも乗せてもらいませんかと声をかけてくれた。3人いっしょにさらわれるのであればそれもいいかもしれない。
 
 見ていると、もう一人乗せてもらえないか飛行士に聞いているようだ。あまり多いと飛行船に負担でもかかったりするのだろうか。
 
 こんなに近くまで寄って飛行船を見るのははじめてだった。真下で見る機体は思った以上に大きかった。リブロールを2つ3つ並べたほどの長さがあるだろう。エンジンは暖機運転でもしているのか、ドクンドクンという鼓動のような音が聞こえる。セントラルステーションで聞いた音にも似ていた。横風が気球にぶつかって、ぼおぼおと大きな音を立てている。飛行船にとってはなにもないところにじっとしているのが一番苦手なのかもしれない。
 
 船長は、ボルトンはこの飛行船とも関係あると言っていた。コノンさんから火事の報告を聞いて、島に何かの証拠品が残ってないか見にきたのかもしれない。それでも、もし火事がボルトンの仕業であれば、のこのことこんなところに来るだとうか。火事は別の原因だったのだろうか。
 
「オルターさん、OKですって」船内からミリルさんのうれしそうな声がした。
 
 せっかく交渉してくれたのを断るのもどうかと思って乗り込んだ。
 
「はじめまして。シーゲルです」と飛行士が挨拶をした。悪党の顔を想像していたけど、人相だけで言えば船長の方がよっぽど悪党面をしている。思った以上に若く、その紳士な振る舞いにちょっと拍子抜けしてしまった。
 
「シーゲルさん、もともとは船乗さんだったのに、とってもむずかしい試験を受けられて飛行士になられたんだそうですよ。海も空も自由に行けるなんてすごいですよね」ミリルさんが言うとシーゲルという飛行士は照れたような笑みを見せた。飛行船乗りになるような人だから人間のできもいいのだろうか。だれにでもなれるものでもない。
 
 コピは操縦席に座っているのに退屈したのか、足をぶらぶらさせながらつまらなそうな顔をしてこちらの方を見ている。実際、操縦席の計器を見て見ても何がなんだかさっぱりわからない。
 
「飛行船は風を読まないとだめでして、あの鳥たちの苦労もわかるというものですよ」飛行士が南に向かって飛ぶナツヨビを見て言った。
 
「それにしてもこんな大きなものがガスだけで浮かぶんですねえ」と言うと、「あ、これは熱気球です。ただプロペラは最新の水エネルギーを使っていますけど」と教えてくれた。
 
 なんだか聞けばなんでも答えてくれそうな人だったので、「ここに来るのは大変だって聞いたことがあるんですけど、飛行船もそうなんですか」いきなり核心に迫るような質問をしてみた。その答えでこの島がどこにあるのかわかるかもしれないと思ったのだ。
 
「よくご存知ですね。たぶん飛行船乗りでも知っているのは僕ぐらいだと思います」驚いた様子もなく淡々と説明してくれた。
 
「船長とおんなじですね」ミリルさんがこちらに向かって小さな声で言った。ミリルさんの飛行士を見る目が少し変わったように見えた。
 
「この辺りの潮がおかしいということは前から知っていたので、飛行船乗りになってからも度々調べに来ていたんですが。結局は船のときと同じで、天候の悪い時に気流に流されてて予期せず辿り着いてしまいました」
 
「島には上がらなかった?」
 
 船のときは座礁の可能性もあるということで、島には上がりませんでした。あのときは積み荷もほとんど失うし、船は修理もできないほど壊れてしまって散々な航海でしたよ。港に戻れたのは運が良かったですね。そんなこともあって船乗りをやめて飛行士になることにしたんです。飛行船で何度も飛んでいるうちにここに来るための気流の流れもなんとかわかったのでこの仕事を」
 
「自分で気流を読めるなんてすごい」ミリルさんが目を丸くして聞き入っている。
 
「この仕事というのはボルトンとの契約のことですか」
 
「あ、ボルトンをご存知でしたか。そうではなくて、僕はどこの会社にも属さないでやってるんです。ここだけが航路というわけでもなくて、ここもいくつかの仕事のひとつですね。今回もそうですが、お客さんの依頼があれば来るというだけですよ。儲けだけを考えるとやめたほうがいいんですけどね。気流に流されるリスクも高くてとても割にあいませんから」と言うと飛行計画表のようなものを見ながら苦笑いをした。
 
 シーゲルというこの飛行士はこの島を特別の場所とは思っていないようだ。そこは船長が島を好きで来ているのとは違う。向こうで依頼があったときに来るだけなので、船長が定期的に来るというのとも違う。もちろんこちらから来てもらう連絡をとることもできない。
 
「この領域に入るのにはそれなりに労力はかかるので、仕事じゃなければ好んでは来ないでしょうね。みなさんはどうしてここに?」逆に質問をされてしまった。
 
「みんなここの自然が好きで、街の生活は性に合わないという人ばかりです」
 
「ああ、そいうことですね。そうなんだろうな」と言うと、ちょっと失礼と言いながらキャビネットからカメラを取り出し周りの写真を撮り始めた。シーゲルさんもこの
島の自然をきれいだと思ってくれたのだろうか。
 
 こういう話を聞いていると、船長が定期的に着てくれているのは当たり前のことではないのだとあらためて思った。
 
 少し島の気候などについて話したところで、飛行士は機体の整備があるのでと言ってロープを掴んで気球によじ登り始めた。この作業は灯台のレンズ磨きどころの騒ぎじゃなさそうだ。好きじゃないとやれない仕事かもしれない。
 
 どうやら、水は渡さないと言うべき相手はこの飛行士ではないようだ。

第15話 灯台のローソク

 コピも操縦席にすっかり飽きていたようなので、気球に登ったままのシーゲルさんのほうに向かって戻ることを言って飛行船を降りた。少し歩いたところで飛行船を振り返ってみると、シーゲルさんは気球の一番上に座って島の景色を見ているようだった。
 あそこからすべり落ちでもしたら大けがをするんじゃないかなと言うと、そんなことを考えるようでは飛行船の飛行士なんてなれないですよとミリルさんに笑われた。
 コピのほうは飛行船にすっかり興味をなくしたのか、広場のあちらこちらから聞こえる虫の声を追いかけながら歩いている。いつでもほんとうに興味関心のあるものに対して素直に反応する子だ。自然に生きるというのはこういうことなのだろう。変に知恵のついてしまった大人にはまねができない。
 
 リブロールに戻るとノーキョさんが資料整理に来ていた。熱中しすぎてこちらが戻ったことにも気づかないようだ。
 
「飛行船見てきました」とミリルさんが言うと、ふいをつかれたように顔をあげて、「ああ、おどろいた。ミリルさんですか」と言いながら笑った。
 
「ミリルさんかって。お勉強のじゃまをしてしまいました?」
 
「あはは、だいじょうぶ、だいじょうぶ。ローソクのことで頭いっぱいになっていたので」
 
「すごい、もうローソクづくりの準備ですか。コピちゃん、ノーキョさんがローソクだって」ミリルさんがうれしそうに言うと。コピがなんのことかわからないというような顔をしてノーキョさんを見た。
 
「えっと、まだ調べているところなんだけど。冬が近くなると葉が白くなって落ちるシロノキってあるじゃないですか。あれがハゼの木の仲間じゃないかと思って」
 
「ハゼノキ?」
 
「ローソクの材料ね」
 
「言われてみると、ローソクって何でできているかわからないな」
 
「今はだいたいパラフィンワックスでつくるんですけど、この島だと蜜蝋かハゼや漆などの植物からかなと考えていたところです」
 
「さすがは先生。なんでも知ってるんですね」ミリルさんが本を横から覗き込んでいる。
 
「パラフィンワックスは石油からつくるので、自然なものしかないこの島ではちょっと無理かなと思って」
 
「できれば、自然な素材を使って作れるといいですね」と言うと、「でも、石油も自然のものなんですよね?」ミリルさんが不思議そうな顔をした。
 
「あ、そうですよ、オルターさん。よくよく考えればこの世界にあるもので自然じゃないものってないんですよ。ミリルさんの言うのが正しいな」
 
 言われてみれば、石油も化石からできたものだと聞いたことがある。ビルだって、船だって、みんな自然なものから作られている。本だってそうだ。人為的に手を入れられたものが自然じゃないということだろうか。考えれば考えるほど自然の境目がわからなくなってきた。人工と言うことすら人間のおごりでしかないのかもしれない。人間だってもともと自然の一部だったはずだ。
 
「ミリルさん、自然はやはり奥が深いですね」と言うとノーキョさんは本で一生懸命勉強するような格好をして見せてみんなを笑わせた。
 
「それで、島で適当な材料はみつかりそうですか?」
 
「そのシロノキからローソクをつくるのがいいかなと思っていたんですけど」
 
「あの木からローソクが?」
 
「木と言うか実ですけどね」
 
 ノーキョさんが言うには、背丈はふつうよりあるものの葉っぱの形からして間違いなくハゼノキの仲間だとということらしい。船長に頼んでパラフィンワックスを運んでもらうのもいいのだけど、ロウソクの形だけを島でつくるというのはノーキョさんの自家製魂が許さないのだという。島で取れた材料からロウソクができるのであればそれにこしたことはない。また、ノーキョさんの腕前に頼ってしまうのだけれど、そこはいつものように期待してしまう。
 
「ロウソクは灯台の形にしますか?」ミリルさんも手伝いたいようだ。
 
「そうですね。灯台の型枠はミリルさんにお願いしますね。色もちょうど白だし、ロウソクにぴったりだ」
 
「早くできあがったロウソクの灯台に炎を灯してみたいな。暖かなたくさんの炎に包まれた島を想像するだけでも楽しそうです。クリスマスのころには島をロウソクでいっぱいに飾れますね」
 
「ああ、それいいですね。みんなでキャンドルナイトを楽しみましょう」
 
 白い灯台と聞いたときに、赤もつくれないだろうかと思った。赤と白のセットの化粧箱に入った灯台を島のお土産にしてもらえればこれほどうれしいことはない。みんな赤い灯台のほうはどうしてかと思うだろうけれど、それがみんなの心に残れば自分の知っていることの何かが伝えられるような気がする。この島には白い灯台だけじゃなくて、赤い灯台もあるのだから。
 
「ロウソク一杯で遠くから見える?」コピが聞いた。
 
「そうだな。今より遠くから見えるようになるかな」
 
 炎が島をいつまでも照らしてくれることを祈ろう。


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