目次
第1章 誘い
第1章の主な登場人物
地図
第1話 ことのはじまり *
第2話 残されたノート 
第3話 旅立ちの日 *
第4話 おくれて話す老人 *
第5話 青い猫 *
第6話 お店番
第7話 リブロールの朝 *
第8話 定期船 *
第9話 印刷機
第10話 島便り +
第11話 なくしもの
第12話 別々の名前 * +
第13話 時間のはじまり *
第14話 跳魚釣り
第15話 海の見えるインキ
第16話 乾かない文字
第17話 きまぐれな友達 *
第18話 豚の素性
第19話 時間のカタチ
第20話 ハトの手紙
第21話 ミドリの海 *
第22話 かすむ目
第23話 水の島 +
第24話 雨の夕暮れ
第25話 針のずれ *
第26話 おいしい水
第27話 雨上がり
第28話 小さな楽団
第29話 窓の記憶 +
第30話 食堂の夜 +
第31話 水玉の光 +
第32話 飛行船
第33話 レンズの掃除 *
第34話 名前の由来
第35話 留守
第36話 並ばない頁 * +
第37話 火炎
第38話 新しい朝 +
第39話 楽しいお湯
第40話 残された印
第41話 望郷 *
第42話 呼び声 *
第43話 旅立ちのとき
第44話 手紙
第2章 彷徨
第1章のあらすじ
第2章の登場人物
第1話 反転する海
第2話 遥か天空
第3話 水の悪意
第4話 イルカの歓迎
第5話 旧世界への入港
第6話 新しく古い港
第7話 ウテラス様式のドーム
第8話 サーカス小屋.
第9話 ホテルの夕食
第10話 望郷 *
第11話 同じ川
第12話 守られた村
第13話 湖面の幻影
第14話 中州の文庫
第15話 消えた男
第16話 雲の塔
第17話 水の革命
第18話 来客
第19話 家族の家
第20話 湖水の道
第21話 出島
第22話 赤い灯台 *
第23話 水に映る顔
第24話 海の使者
第25話 覚醒
第26話 なくしたもの
第27話 うさぎの庭
第28話 もうひとつの扉
第29話 水調べ
第30話 水彩
第31話 見送り
第32話 紋章の透かし
第33話 砂浜のスケッチ
第34話 骨董の日
第35話 花瓶の花
第36話 はぐれた子供たち
第37話 トマト色の兆し
第38話 礎石の力
第39話 離脱
第40話 ノイヤールの緑石
第41話 ロマン
第42話 善と悪
第43話 静寂の時
第44話 光る魚
第45話 罪
第46話 汽水の調査
第47話 黒い六角の紋章
第48話 水上の村
第49話 豊漁の予兆
第3章 螺旋
第2章のあらすじ
第1話 再生する記憶
第2話 メビウスの時
第3話 時間の澱み
第4話 変わらない人たち
第5話 見えない鮫
第6話 薬草
第7話 二度目の下船客たち
第8話 入れ替わり
第9話 時間の層 *
第10話 偶然の地の灯台
第11話 島地鶏の卵料理
第12話 もうひとつの出航
第13話 季節のあいだ
第14話 飛行士
第15話 灯台のローソク
第16話 黒服の試飲
第17話 湖の正夢
第18話 魚拓のドット
第19話 幻の釣り
第20話 夕立
第21話 再会
第22話 赤色の宴 *
第23話 消えなれ
第24話 漂流するヨット
第25話 救護に
第26話 もぐらの話
第27話 おいしい世界 **
第28話 自分の手紙
第29話 夜の散歩
第30話 密漁
第31話 海の穴
第32話 ぬめる水 **
第33話 重なる影
第34話 同じ手帳
第35話 キノコステーキの薬味
第36話 かくされたもの **
第37話 摘み取り
第38話 走る光
第39話 時の流れ
第40話 ふたつの影
第4章 失踪
第3章のあらすじ
第1話 男の性
第2話 探さないこと
第3話 変わらないノート *
第4話 夕食の煮物
第5話 光りもの
第6話 白い朝
第7話 ノートの家
第8話 宿帳の名前
第9話 使者
第10話 悲しい空想
第11話 一切れのパン
第12話 タワーの理由
第13話 晩餐
第14話 召された子供たち
第15話 天気計画
第16話 水の約束
第17話 古地図
第19話 雪かき
第20話 期待
第21話 氷上の舟
第22話 生き写し
第23話 島の話
第24話 花と待ち人
第25話 書庫の入口
第26話 地下迷路
第27話 潜水
第28話 石窟
第29話 知らない言葉
第30話 再会
第31話 夜の時間
第32話 洪水の周期
第33話 共生
第34話 二人だけの話
第35話 昏睡
第36話 夢想
第37話 二匹の猫 
第38話 水の声
第39話 時間の重さ
第40話 増えたページ *
第41話 内なること
第42話 戻り道
第43話 図書目録
第44話 旅の途上の小説
第45話 あたらしい船
第46話 つづく
つづく
奥付
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第16話 雲の塔

 トラピさん、ナミナさんと、また楽器を持ってオールドリアヌを訪ねることを約束して、エクスポーラーに乗った。例のディスプレイにはオールドリアヌにいた時間のところにはカラードエリアとだけ表示されて、その内容には何も触れられていない。生体チェックに異常なしとだけ表示されている。リアヌシティ側から見るとオールドリアヌのほうがなんらかの色のついたエリアということなのだろう。何はともあれ、今回も無事チェックは通過したようだ。
 
 港のホテルに戻ると、おいしそうなスープの匂いがしていた。奥のほうから有名な歌曲の一節が聞こえてくる。若かったころの出会いを懐かしむ歌だ。マリーさんの艶やかな声を聞くだけで、慌しかった1日の疲れを忘れ、心が静まってくる。
 
「おかえりなさい、オルターさん」ドアのベルの音で帰宅に気づいたのか、マリーさんの歌が止まった。
 
 調理場に行って戻った挨拶をすると、窓ごしに歩いている姿が見えたと教えてくれた。調理場にいればだれが訪問してくるか事前にある程度わかるようだ。お客をもてなす準備をするには最高の見晴らしというわけだ。
 
 マリーさんは、シチューを混ぜる手を休めて「何か収穫ありました?」と言った。お土産の新鮮な野菜を渡すと、サラダにするとおいしそうと喜んでくれた。
 
「いやあ、あそこの本はすごかったですよ」緑の手帳を開きながら説明した。
 
  公書舘の地下の話をすると、マリーさんも地下のことは知らないと言った。聞くと、マリーさんはリアヌシティの生まれではなく、ナーシュさんのほうの出身地だった。どうやら、地下の蔵書については誰でもが知っている話ではないようだ。
 
「それで、何かわかったことありました?」
 
「いや、あれはちょっとやそっとで見られる量じゃないですね。なにか方法を考えないと一生かかっても無理かもしれないです。それと、あそこの湖ご存知ですか? ノイアール湖と言ったかな」
 
「ああ、きれいな湖......いいところね」
 
 湖で起きた不思議な話をすると、ジノ婆さんという180歳を超える老婆が湖の北側にある出島に住んでいることを教えてくれた。なんでもオールドリアヌの生き証人と言われているそうで、代々長生きの家系もあって、字は書けないけど本のなかったころの吟遊詩人のようにリアヌシティのことを語り伝えているということだった。彼女なら何か知っているかもしれないということだった。たしかに180歳以上の長生きが3代ぐらい続けば簡単にノートの主の時代に遡ってしまう。住んでいるのが湖のほとりであれば、なおのこと詳しいかもしれない。
 
 いろいろ聞いてみると、マリーさん自身は実際にリアヌシティで暮らしたこともなくて、知っているのは近代化が始まって以降のリアヌシティのことだけだという。
 
  「雲の塔がまだ低かったころは、リアヌシティへの入植者も少なかったし、ドーム・コンストラクションなんて会社もなかった」スープ皿をテーブルに並べながら言った。
 
「雲の塔?」
 
「ドームの中枢になっている一番高いタワーがあるの。そこが町の拡大に合わせるように高くなっていった。それと合わせるようにドームの運営基盤が整備されてされていったわ。ナーシュとは、その雲の塔に行くと言って出て行った日が最後……雲の塔なんて誰も入った人がいないところだったから、危ないことはしないように言ったのに......」
 
 触れないほうがいい話をしてしまったようだ。
 
「オルターさんが行った公書舘に、とにかくたくさんの記録があるらしくて。データ消失でリアヌシティの運営システムが瓦解しそうになったときに、ナーシュが公書舘の記録を提供してドームの消失を救ったの。公書舘の記録でドームの倒壊を免れたということね。そのときの条件がオールドリアヌを歴史地区として残すというものだったらしいわ。もちろん自治権を得るための資金供出もあったのだけど、公書舘の記録の公開で自治を得たというほうが正しいわね。でもそれは諸刃の剣で、身を切って土地を守ったとでも言えばいいのかしら」
 
「というと?」
 
「記録を提供することが、公書舘と自分の身を危険にさらすことになったわ。そこにこのドームの命運を握る鍵があったわけだから。ドーム・コンストラクションとは対峙せざる得ない関係になってしまった。表向きはなんとでも言えるけど」
 
「なるほど、それほどに重要なものがあそこには眠っているというわけですね。それをナーシュさんは知っていたと」
 
「ドーム・コンストラクションにとっても痛し痒しね。自治権を与えざるを得ないわけだから。目障りなものがドーム横に残ってしまった」
 
 リアヌシティを守るために使われたのがオールドリアヌの宝とも言える記録そのものだったのは両方にとってとても皮肉な話だ。
 
 お土産に買ってきたお茶をマリーさんに入れてもらった。ノートに書いてあったほどの苦味は感じなかった。それでもどこか懐かしく感じたのは、以前どこかで飲んだことがあるのかもしれない。マリーさんは珍しい香りだと喜んでくれた。
 
 二人で話し込んでいるところに「準備ができたから明日出港するぞ」という大きな声が聞こえた。船長が帰ってきたようだ。どうやら船長はここを常宿にしているらしい。
 
「お、爺さん、急ぎの荷物が出てな、急遽明日出港だ。ウォーターランドにも立ち寄るから、何か伝えることがあったら書いておいてくれ。みんなを安心させてやらないとな。こんなにうまくいってますって書いてやれ。わははは」
 
 船長にも公書館の話をした。そのあたりの経緯はナーシュさんから直接話を聞いていたマリエールさんのほうが詳しいようだ。
 
「とにかく、まだ何度も行かないと。次はジノ婆さんのところも訪ねてみることにしよう」
 
「ああ、あれはオールドリアヌの道祖神だな。じっと町の様子見ていて、巫女のようなことをしたり伝承のための記憶を唱えている。こちらの質問に答えてくれるかどうかは婆さんの気分次第だな」と船長が言った。
 
 湖の北の端で一人暮らす老婆と話しをする期待がふくらんでいった。

第17話 水の革命

 翌朝は早朝に起きて、船長を見送りに港まで出た。市場でおこぼれをもらおうとカモメが朝早くから忙しそうに飛び回っている。そこに情報屋のルーラーさんが小走りで駆けつけてきた。なんだかカモメと同じように見えておかしかった。
 
「これは、オルターさん。リアヌシティの旅はいかがでした? 百聞は一見にしかずってやつでしょ」愛想笑いをしながら擦り寄って来た。
 
「先日はお世話になりました。おかげさまでいい旅になりました」
 
「いい旅になりました?」怪訝な顔をしてこちらを見た。
 
「想像と違ったところもありましたけど、意外なところも含めて面白い旅でしたよ」
 
「それは、それは……オルターさんはリアヌと相性がいいんでしょうかね。あっしはどうにもだめなもんで、ガイド失格ですわ。 リアヌシティもオールドリアヌもいるだけで背中がむずむずする始末でね」と言いながら背を竦めてよじるような格好をして見せた。
 
「水が合わないってやつですかね。こう見えても、もちもちの敏感肌なもんで」と言って一人で笑っている。
 
「とにかく、こことちがって自由があるんだかないんだかさっぱりわからない。情報屋としてはにっちもさっちもいきませんわ。あそこに行くと息苦しくなるばかりでね。それこそ商売上がったりでさ」へらへら笑いながら頭をかいた。
 
 船長が船から「ルーラー! また、留守中頼むな」とエンジン音に負けないような大声で叫んだ。
 
「あ、旦那、気がつきませんで。あっしにまかせりゃ、心配なんて…」こっちを見て「ないでしょ?」と片目をつぶって見せた。
 
「船長!ウォーターランドのみんなによろしく。航海の無事を祈ってるよ」
 
「ありがとよ 。爺さんもがんばってくれ。マリーのやつのことも頼むぞ」
 
 マリーさんにはこちらがお願いする側だから、これにはどうにも返事をしようがない。
 
 船長が操舵室に入ると、船はいつものように大きく汽笛を鳴らすと、連結した船を従わせるように夜が明けたばかりの海にどっこんどっこんという音を響かせながら出ていった。 
 
 少し沖で船が大きく舵を切るのを見届けると、ルーラーさんが「ちょっとお話ししましょうか」と誘ってきた。向こうの情報も知りたいのかもしれない。急ぐ用事もなかったので、二人で裏道にあるカフェに入った。
 
「オルターさんもいろいろ大変ですな。何もあんなところに好き好んでいくこともないのに 」と気遣うようなことを言いながら、他の客と離れている一番隅の場所を選んで、海の見える側の椅子を勧めてくれた。
 
「もともと、ウォーターランドの歴史に興味があってやってることですから。だれに頼まれたことでもないですし」ルーラーさんが何を考えているのかわからなかったので有体の答えを返した。
 
「オルターさんは、まだわかってないですな、ここのことが」ちょっと呆れたような顔でこちらを見た。
 
「2度行っただけですからねえ。まだ、わからないことだらけですよ」
 
「ふーむ。じゃあ、怪我してしまう前に少しお教えしましょうかね。えっと、また、向こうに行くことがあったら香料とかタバコとかを......いろいろありますからね。そこのところは頼みますよ。大人の関係ということで」
 
「ああ、お土産ですね。昨日、船長からも葉巻を頼まれましたよ。覚えておきましょう」
 
 情報は報酬が伴うものだと言わんばかりだ。情報の押し売りみたいな話にちょっと噴出しそうになった。
 
「早い話がですな、失われた子どもたちの末裔が、水と交流が金に変わるものになると気づいた、それがネーコノミーってことなんですわ。ほら、金本位制とかあったでしょ、その昔。金が唯一価値のあるものとして認められ、その兌換券として何の価値もない紙のお金が動いていた時代。それはご存知ですよね? なんだかんだ言っても金に勝るものはなかったわけですわ。それが、あるころから、金より重要なものがあるってことになりましてね、金以外にも有限で希少価値があって総量をコントロールできるものがあるってわけでさ。わたしらのような素人の人間には思いつきもしませんがね。それが水と交流ってことですな。あっしの言ってることわかりますかね?」
 
「金より水や交流の価値が高いってことを言われてます?」
 
「さすがオルターさん、もの分りがいいですな。水を取り上げられて、一人ぼっちにされたんじゃたまったもんじゃない。そんなことされちまった日には、最後は金や銀なんてどうでもいいし、紙のお金に至ってはなんの役にも立たないですからね。水は飲み物以上の価値もありますしね」
 
「なるほど、水も取り上げられれば困るのは困りますけどね。水はだれのものでもないのでは?」
 
「おしゃるとおり、最初はみんなそう思っていたわけですよ。ところがね、気がつくと飲める水が自分の力だけでは手に入れられなくなって、人との交流も雲の塔を通さないとできないような仕組みになってたんですな、これが」
 
 そんなことが起きると思えないけど、よりいいものを求めているうちに、自分の力ではなにもできなくなっていたということなのかもしれない。あのオールドリアヌと正反対の、進歩に対する代償だったのだろう。
 
「それとですね、ドーム・コンストラクションが水そのものの持つ力にも気づき始めたもんだから、アクア・リボルーションなんて事態になってしまったわけですな。そのおかげででかくなったのが、ボルトンっていう会社。あいつらがまたとんでもないやつらでね」
 
「アクア・レボルーション?」
 
「そうでさ、文字通り水の革命ですな。雲の塔っていうのがその象徴ってことらしいですわ。水が蒸発して天に上ると雲になるでしょ。要するに彼らは水の最上級にあるってことですな。うまいこと言うもんでしょ。あっしに言わせりゃ、太陽のありがたい光を遮るのが雲のやることだと思いますがね」
 
「ボルトンも同じ一味というわけですか?」
 
「向こうで気づきませんでした。大きくbと書かれた黒いスーツケース.....」
 
「あ、あれがボルトン?」うさぎの少女と会っていた男のことを思い出した。
 
「いたでしょ? あいつらがドーム・コンス トラクション配下にあるボルトンの共有員ですな。コネクターと呼ばれていますが、いったい何をつないでいることやら、つないでないのやら。それこそ余計なお世話ってやつですわ」
 
「話は戻りますが、水と交流を基礎にした経済が世界を席捲しはじめたときに、失われた子供たちの最後の末裔が死んじまいましてね、雲の塔のグローブレインのメモリーが唯一社会基盤を支えるものになったんですわ。事故でその一部が消失したときたときには、そりゃあ大変な騒ぎでしたな。この港でもドームが爆発したっていううわさが流れてきて、しばらくは有毒ガスがどうだとか、犯罪者が逃げ出しただ、個人の生活履歴と契約がすべて消失されたとか、大変な騒ぎでしたな。個人の特定さえできなくなったって、意味のわからない話でしょ?」
 
「なるほど、その機会をとらえて、ナーシュさんがオールドリアヌの自治権を獲得するための交渉を思い立ったってことなんですか」
 
「よくおわかりで。ところが、これがまたオールドリアヌの行動派の機嫌を損ねることになったんですわ。公書館のみんなの財産を勝手に使ったてなもんですよ。町の地権はすでにナーシュさんが買い取っていましたから、ナーシュさんもあとは自治権さえ抑えられれば町を永久に守れると考えたんでしょうな。そのために村の宝とも言える歴史記録の一部を提供するという手を使ったわけですわ。まあ、この駆け引きが正しかったのかどうかなんて誰にもわかりませんやな。わかるのはオールドリアヌの町が昔と変わらないままで今もあるってことだけですな」
 
「それは、いいことじゃないですか?」
 
「問題はナーシュさんが、雲の塔の機能修復のためになんの記録を渡したかですな。評価はその内容次第というわけでさ。ただ、あの人ほど公書館の蔵書に詳しい人もいなかったから、他の誰にもできない芸当をやってのけたというのが一般的に言われているところですがね」
 
「でも、どうしてそのあと失踪を?」
 
「それは誰にもわかりませんやな。ドーム・コンストラクションから身を隠すためか、情報を得るか秘密を守るためにやつらに拉致されたか、自戒の念から自ら命を絶ったのか。オルターさんならどう思います?」
 
「うーむ、これはかなりややこしい話ですね」
 
「じゃあ、旦那はオールドリアヌの住人とリアヌシティの住人とどっちが幸せだと思いますかね?」
 
「私なら迷わずオールドリアヌですね」
 
「それは殊勝なことですな。船長とおんなじだ。リアヌシティからオールドリアヌに移住した人なんて聞いたことありませんけどね。はたしてどちらが正しいのか。残念ながらあっしにはわかりませんし、関わりたくもないですわな」
 
 水と交流は生きるものの権利と主張したナーシュさんはドーム側となんらかの利害対立をしたということのようだ。ナーシュさんもあの町の出身だったから失われた子供たちと無縁ではなかっただろうし、今でも、ナーシュ信奉者と批判者がいるということだ。それをよくわかってないと、失敗をするというのもわからなくない。
 
「マリーさんは詳しい事情を知らないから、さぞややりきれないでしょうな。ナーシュさんが戻っても戻らなくてもやっかいな立場になってるのは間違いないですわ」
 
一通りの話が終ると、振り向いて船長の船が出て行ったほうを見た。
 
「そんなことなもんでね、オルターさんにはうまくやってもらいたいと思いましてね。オールドリアヌにはいいものもたくさんありましたでしょ、あっしと手を組めば......」
 
「できるだけ穏便に問題を起こさないように気をつけますよ。いろいろ情報をありがとう」
 
「うまくやれば、こんなおいしい話もないですからね」と意味ありげに言い残してそそくさと席を立って雑踏に消えていった。あとには口をつけていないお茶が残っていた。
 
 情報屋というのは裏表を知り尽くして、その間を綱渡りするような仕事だろうから、ルーラーさんの立場もよくわかる。考えようによってはドーム側からの回し者の可能性だってあるだろうけれど、船長との親しそうな関係を見ると、危なっかしくて仕方がないこちらを心配していろいろ教えてくれたのだろう。そこに商売の話がついてくるのは情報屋という仕事柄仕方ない。
 
 港からの帰りに不思議な湖のことを書いた手紙を出しにハトポステルに寄ると、ミリルさんからの返事が届いていた。
 
ミンナゲンキ、ミドリタクサンハエタ
 
焼け跡にまた緑の草が生えてきたのだろう。植物の再生力が思うより早いのに驚く。もちろんノーキョさんががんばっているおかげもあるだろう。あの緑で覆われたのどかなウォーターランドの日々が懐かしい。リアヌシティを知れば知るほど、いつまでも今のままであってほしいと願わずにはいられない。

第18話 来客

 ホテルに戻って居候らしく掃除の手伝いをしているうちにお昼になった。食事を終えて休憩をしていると、新しい客人が訪ねてきた。どうやらマリーさんの古い友達らしい。ナーシュさんとも面識があったようでナーシュさんの思い出話に花が咲いている。マリーさんにいっしょに話しましょうと呼ばれてヨットの販売をしているというタークさんを紹介される。今は、単独でブレイク海をセーリングしている途中で、マリーさんと会うためだけに寄港したのだそうだそうだ。
 
 航海途中でここに立ち寄る人も多いという。部屋から南青海の美しい海を眺めながら、航海の疲れを癒しつつ次の計画を考えるにはこれほど環境の揃ったところもないだろう。港には有名なヨット工房もあるらしいので、利用する人が多かったというのもわかる。今はホテルとしての事業を営んでいるわけではないから、古くからの知り合いが昔を懐かしみ立ち寄るということのようだ。
 
「途中、ダルビー船長の船を見かけましたよ。頑丈そうで、働き者のあの船でしたね。今も変わらずなんですね。長いのにたいしたもんです。昔の船は作りがしっかりしているから、手入れさえしっかりしていればいつまでも壊れることもないということでしょうね。ダルビー船長のあの船に対する愛情は半端じゃないですし」
 
「譲り受けた人との思いでも詰まってるからっていつも言ってますよ」
 
「そうですよね。当時はダルビー船長も大変だったから、あの船は戦友みたいなものなのかな」
 
 ダルビー船長の船の話でひとしきり盛り上がると、マリーさんがセーリングのことに話を変えた。
 
「タークさん、今回はずいぶん時間がかかりましたね」とねぎらうように言った。
 
「いやあ、今回ばかりはまいりました。セーリングの途中で羅針盤が壊れてしまって、一週間ほど誰もいない海で漂流生活ですよ」
 
「一週間も? それは大変だったわね」
 
「ところが、そのおかげでいいことがありましてね。たまたま流れ着いた島が手付かずの自然がそのまま残っている地上の楽園のようなところで」
 
「あら、それは不幸中の幸いだったわね」
 
「ほんとに、幸いのほうが多かったかもしれないです。助けてもらった島の人に羅針盤まで直してもらって。何日かお世話になってしまってたんですけど、それはもうきれいな島でしたよ。みなさん、最近火事があって大変だったと言われてましたけど」
 
「火事......」マリーさんがこちらを見た。
 
「それ、なんという島でした?」
 
「島の名前はわからないですけど、いい温泉なんかも教えてもらって。楽しくなるお湯や元気になるお湯や、めずらしい温泉がいろいろありましたね。お土産に特性の灯台キャンドルまでもらってしまって。おかげでこうして元気にここまで帰って来られました。あの島の人たちのお陰です。」
 
「そうでしたか」 マリーさんと目をあわせてうなづいた
 
「どこだかご存知ですか? あそこの周辺はどうも羅針盤が効かないようで、場所さえよくわからないんですよ」
 
「 タークさん、ここにいらっしゃるオルターさんはそこの島の方よ」
 
「え! そうなんですか?」
 
「たぶんそうだと思います」ちょっと曖昧な答え方をしてしまったけど、おそらくウォーターランドだろう。 
 
 もう少しはっきりさせたかった「だれかと話をされました?」と聞いてみた。
 
「名前は聞かなかったですが、キノコを集めてた子と、ピンクのカバといっしょのネモニさんと言ったかな? それと灯台を貸してくれたミリルさん。すっかり食事や宿までお世話になってしまいました。島の名物のキノコや牡蠣のおいしかったことといったらなかったですよ」
 
 まちがいなくウォーターランドだ。なんだか自分の住む島の住人がほめられると自分のことのようにうれしい。
 
「失礼ですが、オルターさんは、あそこで何を?」
 
「申し遅れました。ちょっと本屋の真似事をしてまして」
 
「あ、たぶん、そこに伺いましたよ。キノコの子に教えてもらって。そこのミリルさんに灯台の宿まで用意していただきました。親切な方ですね」
 
「あはは、それはよかった。灯台の宿は最高ですからね」
 
「本屋さんのほうでも、あんまり風が心地よくて昼寝している人もいました」
 
「あそこは、別名うたた寝屋とも言われていますから。ははは」
 
「うたた寝屋っていい響きだな。イメージにぴったりだ。また、行きたいなあ……といっても場所がわからないし」と言ってタークさんは一人笑った。
 
「船長は場所をよく知ってますよ。聞いてみるといいかもしれません」
 
 ウォーターランドを訪ねてきた人をみんなでがんばって迎えている様子が目に浮かぶようだ。不在中の島をみんなで守ってくれている話を聞けてほんとによかった。こちらもみんなにいいお土産話ができるようがんばらないといけない。
 
「これ、オルターさんたちが作られている島の新聞なのよ」マリーさんがタークさんに島便りを見せた。
 
「あ、温泉のことが書いてありますね。これはいい。定期刊行されているんですか? 僕もこれほしいな」
 
「港で配布してますからいつでももらえますよ」
 
「誰でももらえるんですか。それはいいことを聞いた。でも、あの島のことはあまり知られたくない気もしますね」
 
「そうですか?」
 
「いや、なんというか、誰でも行けるようになるとどうなるのかなと……でも、独り占めというのはよくないかな」
 
「メーンランドの人はいろいろ大変そうだから、ああいう生活もあることをご紹介したいと思っているんですけどね」
 
「わかります、わかります。そうですよね、隠すようなことではないですもんね」 タークさんは自分に言い聞かせるように言った。
 
   タークさんの話を聞いて、ウォーターランドは誰でもが行けないから、いいところがたくさん残っているということにあらためて思い至った。一人でも多くの人のためになる島であってほしいと思う気持ちはあるものの、たくさんの人が押し寄せるようになるのもちょっと違う気がする。たくさんの人に幸せを感じてもらうために、たくさんの人に島のことを伝えることがいいことなのかどうか。幸せを共有するために開かれた島であることは間違いではないはずだけれど。最近は飛行船も来るようになっているし、メーンランドに来てみるとウォーターランドの将来についていろいろ考えてしまう。船長はそのあたりのバランスをうまく取ろうとしているのだろう。
 
「それにしても、あそこは人がいい。やはり環境が人をつくるんでしょうね。豊かな自然が一番ってことですね」
 
「ほんとうは人がいないほうが自然にはいいのかしら……」マリーさんがぽつりと言った。
 
タークさんが「いやいや、人も自然ですよ。ヨットに乗っていればよくわかります。人のできることなんて自然に学ぶことぐらいですから」と明るい声で言った。
 
   タークさんは、今夜はホテルに宿泊するということだったので、遅くまで南青海や南黄海のいろいろな景勝地の話を聞かせてもらった。美しい景観に心を奪われない人はいない。それが人と自然がひとつであるという意味なのかもしれない。

第19話 家族の家

 タークさんを見送った後、まる1日の休息日をつくった。身体を休めながら計画をつくり直し、再びオールドリアヌの探索に出た。
 
 リアヌシティも三度目になると、最初感じた違和感も少なくなり、こういう街に住むのも悪くないのかもしれないとも思い始める。実際、住んでいる人たちは長い時間をこの街と共にし、その街の変化を日々目の当たりにしながら暮らしてきたわけだから、今さら昔のような生活に戻るというのは考えにくいだろう。ここで生まれて育った子供達もいることを考えると新しい価値観を簡単に否定することもできない。
 
 トラピさんとナミナさんは大道芸の公演日程の関係で今回は調整がつけられなかった。サークルでの大道芸披露は次回ということで、2回目のオールドリアヌは一人旅になった。一度行ったところなのである程度は勝手がわかるし、一人の方が話やすいところもあるだろうと考えることにした。
 
 バスの出発まで時間があったので、少しまわりを歩いてみようと思い駅を出てみると、思った以上にボルトンのコネクターがたくさんいることに気づく。こちらが気にしていても、向こうが意識的に避けているのか目が合うこともない。逆に自分たちの存在を消そうとしているようにさえ思える。 
 街を歩く人はコネクターの存在を気にするでもなく、お互いに声をかけることも、挨拶をすることもなく、何に対しても関心がないかのような顔をして行き交っている。前回は気づかなかったけれど、彼らの目は町ではなく何か別のものを見ているように思える。もしかすると、エクスポーラーのシートのディスプレイのように、目の前に何か見えているものがあるのかもしれない。見ているようで見ていない。そう考えると、不自然な目線や動きも納得がいく。
 
 しばらく歩いていると、ときどき建物の影に子供の姿があることに気づいた。なぜかこの子たちは、コネクターと違ってこちらをしっかりと見ている。そのうち、一人の赤い髪の少年が恐る恐る近づいてきて「お爺ちゃん、大丈夫」と心配そうに声をかけてきた。街に住む彼らからすると、ふらふら頼りなく歩いている見知らぬ年寄りが気になるのも当然だろう。
 
「 ありがとう。このあたりは、はじめて来たから、よくわからなくてね」
 
「そっか。散歩してるの?」
 
「オールドリアヌ行のバスが来るまでね。君はここの子?」
 
「うん、ファストレイヤー」
 
 ファストレイヤーというのがここの場所の地名なのだろう。
 
「ここの人はどうして、みんな話をしないの?」
 
「モビラだよ」
 
「モビラ?」  
 
「モービルラインでみんなつながってる。目の前の人なんて関係ないよ」
 
「やっぱり、そうなんだね」
 
 この子が言ってるのが、この前ナミナさんから聞いたエゴラインというものなのだろう。みんな見えない線でどこか違うところとつながっている。
 
「そうだ、雲の塔はどこにあるか知ってる?」
 
 少年は黙ったまま、歩いてきた道のさらに先の方を指差した。そちらを見ても生い茂った街路樹ばかりで何も見えない。かなり遠いのかもしれない。
 
 そこまで話したところで、赤い髪の少年は急に走り出し建物の間に隠れてしまった。振り返ると、後ろのほうを歩ているボルトンの姿が見えた。子供はボルトンを見て逃げたようだ。彼らの間には何か問題があるのかもしれない。
 
 そのまま少年は戻ってこなかったので、雲の塔を目指して、不規則な形で並ぶくすんだベージュ色の建物の間を歩いた。しばらくすると、途中に一見教会のように見える白い建物が現れた。看板には手書きの文字で、家族の家と書いてある。さらにその下に、家族はいつも繋がっている、という至極当然と思えることが書かれていた。家族というのは本当に血縁のある家族のことをさしているのだろうか。何かの宗教団体のように思えなくもない。こういう旧来の関係を保つための場所もまだ残ってはいるようだ。とても居心地の良さそうな施設に見えるのに、人のいる気配は感じられない。催しがあるときだけに使われるのだろうか。
 
 中に入っていいものかどうか迷っていると、上の方で鳥の鳴くような声がしたので、屋根の上を見上げるとさっき話した少年が自分の後ろを指差している。よくよく見ると、空と同じ色だったのでわからなかっただけで、視界のすべてさえぎるほどの大きな壁が目の前にそびえ立っていることに気がついた。それがまさに雲の塔だったのだ。
 あまりに大きく、あまりに高く、あまりに美しく、すべてが想像をはるかに超えていた。青色というのが正しいかどうかわからない、まるで澄み渡る空そのもののような色だった。塗装ではなく空を鏡のように映しているか、透明に透けているようにさえ思える。家族の家はその真下にあったのだった。
 
 歩いていたレンガの道は、雲の塔を周回するようにつながっているように見えた。雄に一周1キロ以上ありそうだった。入口も窓もない塔は、巨大な六角形の柱をねじるようにして、まるで方向が定まらない蔦のようにくにゃくにゃと空に伸びていた。塔の最上部は、その名のとおり雲の高さまで届いていて、まぶしい太陽の光のせいもあって空に溶け込んでしまっている。
 
 人智を超えたような構造物を呆然として見上げていると、「誰かをお探しですか」と背の高い男が声をかけてきた。黒い牧師のような服を着ている。
 
「すごい塔ですね」
 
「はじめてですか?」
 
「ええ、バスに乗るまで時間があったもので」
 
「そうでしたか。ではごゆっくりお楽しみください」
 
 そう言うと、家族の家に入って行った。
 
 会話になっているような、なっていないような変な気分だった。それを見ていた屋根の上の少年はサヨナラを言うように手を振って、屋根からひょいと飛び降りて走り去った。
 
 あとには雲の塔と自分だけが残された。そしてあらためて塔の威圧するかのような大きさに目を奪われた。この塔の圧倒的な存在感を頼り、そこでのなにも心配しないでいい暮らしを選択するリアヌシティの人たち。リアヌシティを選ぶ理由がまたひとつわかったような気がした。

第20話 湖水の道

 バスの時間が迫っていたので、雲の塔のことは次回にすることにして急いで駅に引き返した。
 
 バスには先に3人の乗客が座っていた。その古風な服装からみんなオールドリアヌの住人だとわかる。その中の一人に話しかけてみると、健診で時々セントラル駅のほうまで出てくるのだという。健康状態の検査に呼び出されるということらしいけれど、そのぐらいの自由さえも許されていない自治なのかと思う。
 
「地元に身体にいい水もあるんだが、生で飲んじゃだめだそうでね」諦めたような顔で言った。
 
「ノイアール湖はご存知かな?」
 
「先日はじめて行きました。すばらしい湖ですね」
 
「昔から命をつくる水と言われててね。わしらはそれを信じていたんだがね。どうもよくないらしくてな」
 
「失礼ですが、お歳を伺っていいですか?」
 
「わしか? 126になったところだったかな。もう忘れたわ。後ろの婆さんは、たしか132だな。違ったか?」確認するように後ろの席を振り向いた。お婆さんは2度ほどうなづいていたけれど、聞こえたのかどうかはわからない。
 
 この人たちは、聞かなければ100歳を過ぎていることもわからないし、その見た目の若さからはどこかに悪いところがあるとはとても思えない。病気などしたことがないとお互いに自慢げに話しているぐらいだ。リアヌシティで検査すれば、もっともっと長生きできると笑っている。
 
「でも、その湖の水のお陰で長生きできているんじゃないんですか?」と問いかけると、「あれは、飲料水にはいけないらしいからな」と同じことを繰り返すだけだった。
 
 あの湖の水は、だれも飲めなくなっているのだろうか。科学の判断がどこまで正しいかはわからないが、あのきらめく光に溢れた湖の一体どこに問題があるのか知りたいものだ。リアヌシティの住人はみんな200歳まで生きられるとでもいうのだろうか。
 
 バスで健康談義をしているうちに、前回と同じ眼鏡橋の停留所に着いた。長老たちはまた会いましょうなと言うと、楽しそうに話をしながら降りていった。そのかくしゃくとした姿からは年齢を感じさせるものはまったくない。
 車内に表示される行く先を見ると、次が湖水入口というバス停になっていたのでそこまで乗ってみることにした。湖の南端に位置する停留所につくまでものの5分ぐらいだった。
 
 降りたところには特別なものは何もなく、知らなければここがバス停とは誰も思わないだろう。折り返し地点になっているようで、バスはもと来た道を無人のまま引き返して行った。よくよく考えると、このバス停に一体いつバスが来るのかがわからない。いつもの成り行きまかせで、来なければ来ないでなんとかなるだろうと考えて先を急ぐことにした。
 
 バス停からは細い畦道が北に向かって湖に沿うように伸びていた。まずはそれを頼りに湖の巫女が住むという出島のほうを目指すことにした。向こうに舟があれば、帰りはそれで公書館まで戻ろう。
 
 湖畔の道は、虫の音がしている。ウォータランドに比べると秋の訪れも早いのだろう。夕暮れ時には少し冷え込むかもしれない。道沿いに咲く草花を眺めながら歩いていくと、一面白い花が咲き乱れるところに出た。この花はウォーターランドでもよく見る綿のようにふわふわしたユキニ草だ。秋の終わりから冬にかけて咲くめずらしい花だ。その花に囲まれるようにして歩いていると、ちょっと島に戻ったような気持ちになった。島に帰る頃には、同じようにこの花が迎えてくれるだろう。よく見るとユイローの花も咲いている。気候が違っていても同じ花が咲くものなんだと感心する。
 
 歩き始めて15分ほどたったところで、湖に浮かぶ出島が見えてきた。それほど大きくもなく、人ひとりが住む家をなんとか立てられるぐらいの広さだろうか。周辺は背の高い水生植物が密集していて、島の内部がどうなっているのかは見えない。知らなければ、それが島だということにも気づかないかもしれない。
 
 さらに5分ほども歩くと”舟”という一文字だけ書かれた看板があった。横をみると湖の方に小さい桟橋が見える。水草がからむのをさけて、帆を使ったとしても出島に直接はいることはできないのだろう。舟で来ると、出島の玄関口はこの桟橋ということか。そこを過ぎると草木も伸び放題で、人の手がまったく入ったことのない原生植物がそのまま残る雑木林へと変わっていった。
 
 その林の入ると、信じられないことにウォーターランドの灯台の横にあるものとまったく同じ六角の石柱が立てられていた。大きさこそ違うものの、石柱の上部は六角の中心を結んだ位置に向けて丸い窪みになっていて、そこに少しの水が溜まり水滴が丸い球のようになって揺れている。ウォーターランドには1つしかない石柱がここではあちらこちらに点在していたのだ。よく見ると、6つの面の上の端にはそれぞれ記号のような文字が同じような配置で刻まれている、それぞれの石碑には名前も彫りこまれているようだ。
 一見墓地のように見えなくもないが、無造作に置かれているところからすると、弔いのためというより何かを記録するための物のようにも思える。そう言えば、あの雲の塔も六角だった。リアヌシティにとって六角は特別の意味があるのかもしれない。そう考えるとウォーターランドのあの六角の石碑もノートの主が何かの目的を持って立てたものと考えるのが自然に思えてくる。
 
 原生植物をかき分けて出島の入口にたどり着くと、ほんとうに小さな木の小屋がひっそりと佇んでいた。こんなとことで一人住む老婆とはどういう人なのだろう。彼女から何を聞くことができるのだろうか。


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