目次
第1章 誘い
第1章の主な登場人物
地図
第1話 ことのはじまり *
第2話 残されたノート 
第3話 旅立ちの日 *
第4話 おくれて話す老人 *
第5話 青い猫 *
第6話 お店番
第7話 リブロールの朝 *
第8話 定期船 *
第9話 印刷機
第10話 島便り +
第11話 なくしもの
第12話 別々の名前 * +
第13話 時間のはじまり *
第14話 跳魚釣り
第15話 海の見えるインキ
第16話 乾かない文字
第17話 きまぐれな友達 *
第18話 豚の素性
第19話 時間のカタチ
第20話 ハトの手紙
第21話 ミドリの海 *
第22話 かすむ目
第23話 水の島 +
第24話 雨の夕暮れ
第25話 針のずれ *
第26話 おいしい水
第27話 雨上がり
第28話 小さな楽団
第29話 窓の記憶 +
第30話 食堂の夜 +
第31話 水玉の光 +
第32話 飛行船
第33話 レンズの掃除 *
第34話 名前の由来
第35話 留守
第36話 並ばない頁 * +
第37話 火炎
第38話 新しい朝 +
第39話 楽しいお湯
第40話 残された印
第41話 望郷 *
第42話 呼び声 *
第43話 旅立ちのとき
第44話 手紙
第2章 彷徨
第1章のあらすじ
第2章の登場人物
第1話 反転する海
第2話 遥か天空
第3話 水の悪意
第4話 イルカの歓迎
第5話 旧世界への入港
第6話 新しく古い港
第7話 ウテラス様式のドーム
第8話 サーカス小屋.
第9話 ホテルの夕食
第10話 望郷 *
第11話 同じ川
第12話 守られた村
第13話 湖面の幻影
第14話 中州の文庫
第15話 消えた男
第16話 雲の塔
第17話 水の革命
第18話 来客
第19話 家族の家
第20話 湖水の道
第21話 出島
第22話 赤い灯台 *
第23話 水に映る顔
第24話 海の使者
第25話 覚醒
第26話 なくしたもの
第27話 うさぎの庭
第28話 もうひとつの扉
第29話 水調べ
第30話 水彩
第31話 見送り
第32話 紋章の透かし
第33話 砂浜のスケッチ
第34話 骨董の日
第35話 花瓶の花
第36話 はぐれた子供たち
第37話 トマト色の兆し
第38話 礎石の力
第39話 離脱
第40話 ノイヤールの緑石
第41話 ロマン
第42話 善と悪
第43話 静寂の時
第44話 光る魚
第45話 罪
第46話 汽水の調査
第47話 黒い六角の紋章
第48話 水上の村
第49話 豊漁の予兆
第3章 螺旋
第2章のあらすじ
第1話 再生する記憶
第2話 メビウスの時
第3話 時間の澱み
第4話 変わらない人たち
第5話 見えない鮫
第6話 薬草
第7話 二度目の下船客たち
第8話 入れ替わり
第9話 時間の層 *
第10話 偶然の地の灯台
第11話 島地鶏の卵料理
第12話 もうひとつの出航
第13話 季節のあいだ
第14話 飛行士
第15話 灯台のローソク
第16話 黒服の試飲
第17話 湖の正夢
第18話 魚拓のドット
第19話 幻の釣り
第20話 夕立
第21話 再会
第22話 赤色の宴 *
第23話 消えなれ
第24話 漂流するヨット
第25話 救護に
第26話 もぐらの話
第27話 おいしい世界 **
第28話 自分の手紙
第29話 夜の散歩
第30話 密漁
第31話 海の穴
第32話 ぬめる水 **
第33話 重なる影
第34話 同じ手帳
第35話 キノコステーキの薬味
第36話 かくされたもの **
第37話 摘み取り
第38話 走る光
第39話 時の流れ
第40話 ふたつの影
第4章 失踪
第3章のあらすじ
第1話 男の性
第2話 探さないこと
第3話 変わらないノート *
第4話 夕食の煮物
第5話 光りもの
第6話 白い朝
第7話 ノートの家
第8話 宿帳の名前
第9話 使者
第10話 悲しい空想
第11話 一切れのパン
第12話 タワーの理由
第13話 晩餐
第14話 召された子供たち
第15話 天気計画
第16話 水の約束
第17話 古地図
第19話 雪かき
第20話 期待
第21話 氷上の舟
第22話 生き写し
第23話 島の話
第24話 花と待ち人
第25話 書庫の入口
第26話 地下迷路
第27話 潜水
第28話 石窟
第29話 知らない言葉
第30話 再会
第31話 夜の時間
第32話 洪水の周期
第33話 共生
第34話 二人だけの話
第35話 昏睡
第36話 夢想
第37話 二匹の猫 
第38話 水の声
第39話 時間の重さ
第40話 増えたページ *
第41話 内なること
第42話 戻り道
第43話 図書目録
第44話 旅の途上の小説
第45話 あたらしい船
第46話 つづく
つづく
奥付
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第13話 湖面の幻影

 食事が終わると、すぐ近くの水路が交差するところにボート乗り場をみつけた。まず最初に大きな案内板の出ていた湖のほうに行ってみることにした。
 船は水路に合わせるように細く、その分長かったけれど、3人も乗ればいっぱいになり、2組に別れて分乗することにした。トラピさんが帆の操作を試してみたけれど前に進むこともままならず、結局オールで漕ぐことになった。
 
「お客さん、どうでしょうか。チャルド川のトラピ・ボートの乗り心地は」と案内人になりきったトラピさんが聞いてきた。
 
「いやいや、トラピさんの船頭さんは最高ですよ。これはもう、ノートさんのいた町に違いないですね。景色がどうのこうのというよりも、水と空気の色が知らない土地とは思えない。彼もウォーターランドに着いたときに同じことを感じたんだと思いますよ、きっと」
 
「そうなんですよね。なので僕も、もうここ以外に考えられないなって」
 
「これがドームの自治区じゃなければどんなにいいところだったか」ナミナさんが残念そうに言った。
 欲を言えばそうだけれど、ナーシュさんによってこの町が守られただけでも神様に感謝しなければいけないだろう。オールのかくゆっくりした水音を聞いていると、それこそ天上の世界にいるような気もちになる。人が自然と共生している世界というのはこういうことなのだろう。
 
「あ、見えますか? あれが、湖ですよ」
 
 言われた方を見ると、木立に囲まれるように流れるチャルド川の上流が少し開けて見えた。そこがノイアール湖だった。
 
「あの湖、湖底まで見えるほど透明度が高くて、それが名前の由来だそうです。ノイというのは透明という意味と吸収という2つの意味があるらしくて……」
 
「吸収?」
 
「吸い込まれるほどきれいっていうことなんでしょうか?」
 
「ああ、無色透明でなんでも受け入れるみたいな感じなのかもね」
 
「あら、それっていいですね。ドームの何も”ない”感じとは違う豊かな感じがするわ。どちらも同じ ”ない” なのに何が違うんだろう?」巧みなオールさばきで並走していたナミナさんが不思議そうに言った。
 
「なにも ”ない” にも、いろいろな ”ない” があるってことだねえ」と言うと、「奪われているのと、無垢の違いじゃない?」とトラピさんが言った。
 
「それだ。それで純真無垢な私はこっちのほうがあってるってことなんだな」
 
 それを聞いてみんなで大笑いになった。ナミナさんもおもしろい人だ。でも、ほんとうに彼女は純粋な人のような気がする。きっと、自分の気持ちに素直に生きているんだろう。
 
 湖は想像もつかないほどたくさんの光にあふれていた。それは、湖面から世界を照らす無数の光の粒が生まれ出ているかのように見えた。なにもないところから世界のすべてのものが生まれる不思議を感じさせる幻想的な光景だった。それほど神聖な輝きに包まれていたのだ。
 
「あれ、オルターさん、シャツの下、胸元が光ってる」と向かい合って座っていたトラピさんが声をあげた。
 
「え、どこどこ?」手探りで探すと、コピからもらった虹の石だった。あわてて首からはずすと、確かに光を発しているように見える。
 
「ずっと光ってた?」
 
「どうでしょう。今気がつきましたけど……光のいたずらなのかな」
 
 それを聞いたナミナさんが船を寄せて不思議そうに石を覗き込む。
 
「あれ、虹が見えますよ」
 
「そうそう、この石ね、虹が見えるんですよ」
 
「すごい、すごい。こんなきれいな石、見たことない。ほんとに虹が出てるよ」
 
  突然輝き出した石を見ていると、今度は揺れる湖面の上にコピが見えた。ウォーターランドの緑の絨毯の上で蝶々を追いかけているように見える。それもその場所はこの前火事になったところだった。信じられない出来事に思わず目を擦った。コピの姿は波間に上る陽炎のようにゆらゆらと揺れている。
 
「トラピさん、見えます? あそこ」湖面を見るように促した。
 
「お、コピちゃん?  え、なんでだ?」
 
「えー。これどういうことなの。なにここ!」ナミナさんが驚いて声をあげた。
 
「わからない。この湖普通じゃない。それとも石のほうが普通じゃないのかな」
 
 みんなで唖然として見ていると、太陽が雲に隠れ、石の虹と水面に見えたコピの姿もゆっくり消えた。
 
「なんていうこと……目の錯覚じゃないよね?」ナミナさんの興奮が収まらない。
 
「ここ、何かがあるんでしょうね。超常現象っていうのかな」
 
「人智の及ばない自然の力か……」一人つぶやいた。
 
 やはり、ここリアヌオールドには何かがあるという思いが一層強くなった。それがノートの主と関係あることなのかどうかはわからないけど、ウォーターランドとオールドリアヌはきっと何かで繋がっているに違いない。
 
 湖面に見えたコピは元気いっぱいだった。あれは今のコピを投影したものか、自分たちの記憶の断片が表出したものか、まるでわからない。そう考えているうちに、この湖そのものがなにかの意識を持っているのではないかとさえ思い始めていた。
 
 雲から太陽が現れて、また石から虹が現れた。あわてて湖面を見たけれど、さっき見えた映像は二度と現れることはなかった。

第14話 中州の文庫

 湖から川を下って船着場のほうに戻る途中に公書館の案内をみつけた。川の中州のような場所に建てられていて、まわりとは水路で切り離されたような場所になっている。木立に囲まれた小さなお城を守る堀のようにも見えなくもない。堀を渡す橋もかかっていないので水路から見える看板があっても誰でもを招き入れる場所というわけでもなさそうだ。船着場のようなものもないので、船から降りるのにも手こずるようなところだった。さっきの女性が言ったとおり、建物の入口の看板には公書館ではなくリアヌシティ歴史文庫と書かれていた。古い石の壁には公書館としっかり彫り込まれていたので、以前はそう呼ばれていたことは間違いない。看板がなければ、石造りの納屋か何かの作業場にしか見えないかもしれない。
 
 重い一枚板の扉を押して入ると、天井に届きそうな書架が隙間もなくびっしりと並んでいた。それぞれの棚は今にもこぼれ落ちそうなほどの本であふれている。部屋は古い本の枯れた匂いで満ちていて、当時の空気がそのまま閉じ込められているようだった。ゆらゆら揺れる蝋燭に照らされる書架を見ていると移ろいゆく時間と、それをひとつ残らず記録しようとした人たちの強い思いを感じる。室内にはとくに受付や案内表示があるわけでもなく、管理する人の姿もない。もしかすると、観光用に開放されているのではなく、住民のためだけの施設なのかもしれない。
 
 棚の上の方を見るための階段がいくつか掛けられている。全部を見ようと思うとどれだけ時間がかかるのか想像もつかない。前にもここに立ち寄ったというトラピさんは勝手を知っているせいか、もう目指す棚の前に立って本を開きはじめている。どういう配列になっているのか説明してくれないところをみるとトラピさんもまだよくわかっていないのだろう。
 
 石で造られた建物の中は冷んやりとして、外の音もまったく聞こえない。人の息遣いが聞こえるほどに静かだ。館内には、年代物のテーブルと椅子がひとつ置かれているだけで他にはなにもない。どの本も数百年の年月を感じさせるのに十分なほど変色し、中には手に取った瞬間にぼろぼろと崩れてしまいそうなものもある。
 
「これ、どういう配列なんだろう?」ぐるぐると見て回っていたナミナさんがまわりを気にするように小さな声で囁いた。
 
「歴史とか、生活とか、人物とかでわかれているみたいですよ。問題はその位置と境目がどこなのかがわからないということ」トラピさんが困った顔をして答えた。
 
「そうか、一応分かれているのね……」
 
 数冊続けて見てみると何を分類した棚なのかわかるのかもしれない。マリーさんにいただいた緑のノートに少しずつ書き留めてみることにした。
 
 しばらくすると、ドアが開いて人が入る気配がして、まっすぐ部屋の奥に向かった。
 
 地元の人に聞くのが早いと思い姿が消えた棚の裏を覗いた。ところがそこには、男の姿はなく、数百年の間なにごともなかったかのように静かに本が並んでいるだけだった。
 
「さっきの男の人、出て行きましたか?」入り口のほうにいたナミナさんに聞くと、知らないという返事だった。一瞬、みんなが合わせたように声を沈めた。そこには永遠とも思える静寂があるだけだった。
 
 ナミナさんと双子は、30分もするとさすがに古書だらけの密室に飽きてしまったようで、本も見ないで手遊びをしている。
 
「しかし、この蔵書はすごい」
 
「ほんとですね。これを見れば、誰でも大切に守ろうと思いますね」
 
「トラピさん、どこかに歴史の棚ってありました?」
 
「僕も探しているんですけど。この蔵書すべてが歴史そのものみたいなものだから、歴史編纂のようなことをあえてする必要がなかったのかなと思ったりもしますね。歴史って権力者のために書かれるって言われるじゃないですか。意図的に歴史をつくる必要がなければ、この蔵書だけで十分かもしれない。えっと、ここに地図の類のものがまとめてあるんですけど、ノートさん書いた記述と一致するものをみつけられれば彼の生まれた時代がわかるんじゃないかと思って」
 
「カフェとか雑貨屋とかを探す?」
 
「それとか、新聞社」
 
「それはいい考えかもしれない」
 
 そのあとは1時間ほど二人で地図の棚を読み漁った。

第15話 消えた男

 その後、公書館に入ってくる人はだれもいなかった。棚を2段ほど見たところで、いつまでも果てることのない作業の先行きがまた気になり出した。そうなると消えた男に話を聞けなかったことがどうにも悔やまれる。
 
「しかし、人が突然いなくなるかな......」思わず口をついて出た。
 
「気がつかないときに出て行ったとか?」自分を納得させるように横にいたナミナさんが言った。
 
 でも、そのナミナさんはずっと入口の横にいた。
 
「もしもし……だれかいませんか?」とどこかにいるかもしれない男に向けて声をかけてみたが、誰からも返事はない。狐につままれたような気分だ。気分を変えるために別の棚を見ることにした。
 
 双子がつまらなそうにしているのを見て、ナミナさんが背中を押すようにしていっしょに出て行った。子供にとってはなかなか退屈な場所なのだろう。
 
「この棚なんかは町の風土や風物詩に関するものを整理しているように思いません?」トラピさんが言った。
 
「なるほど、それで気候や季節行事になるわけですか」
 
 次に、裏側の産業関連をまとめたところを見ていると、『失われた子供の興隆』という本があった。失われた子供のことはノートにも書いてあったと思い目次を見てみると、それはどうも金融関連の仕事をする人々かその職業のことを指しているようだった。お金の貸付を生業とする人がこの町に集っていたようだ。
 今でいう金融業が生まれた頃の町の様子が克明に書かれている。町が大きくなるきっかけを失われた子供たちがつくったのは間違いない。その内容からすると1700年終わりあたりから1800年初頭が浮かんでくる。200年ちょっと前だ。
 さらに見ていると、すべての棚が時代順に並べてあることがわかった。古いものは500年も前の記録もあるようだ。紙が生まれたのはいつだったかと考えてしまった。
 
 なかなか目指すものに出会えないでいたところにナミナさんが戻ってきた。
 
「ちょっと、お二人来られない?」
 
「なにかみつけました?」言われるままに外に出た。
 
 そのままナミナさんのあとについて公書館の裏の草地のほうへ回った。無邪気に双子がころころころがって遊んでいた。
 
 ナミナさんが、「静かにして」と、人差し指で唇を押さえるようして言った。
 
「あれ? 人の気配?」
 
「聞こえるよね? よかった、わたしだけじゃなかった」
 
 どこからか聞こえる小さな音に集中していると、近くで立て膝になっていたトラピさんが叫んだ。
 
「下のほうだ! 地面の下から聞こえる。ここきっと地下があるんですよ」
 
 3人が地面に耳をつけようとしたそのときに、さっきの男がのっそりと現れた。
 
「おまえたち、何しに来た」
 
 それは明らかに疑いを持った眼差しだった。髭を蓄えた大柄な男は、5人を品定めでもするようにじっと見た。そして、忘れないようにしっかり記憶にとどめているようだった。
 
 あわてて飛び起きて、「あの、ノートを書いた人を探しに……」とトラピさんが答えた。
 
「おまえ、何を言ってる。ここで勝手なことをするな」
 
「ナーシュさんの知り合いの人にここのことを聞いて……」事態があまり芳しくないようなので思わず口を挟んだ。
 
「ナーシュさんの名を出せば、出入り自由とでも思っているのか? 」
 
 これはどうも雲行きが怪しい。この男は何かを疑っているようだ。出直したほうがいいかもしれない。
 
「えっと、別に大切な資料を盗ろうとしているわけじゃなくて、ほんとうに……探しものを」
 
「みんなそう言う。それが手口だ。ここは俺たちの場所だということだけはよく肝に命じておけ」
 
 取り付く島もないというのはこのことだ。今日のところはあきらめたほうがよさそうだ。
 
「オルターさん……」とトラピさんがこちらの顔をうかがっている。
 
「私、オルターと言いますが、お名前だけでも」
 
「ホーラー、ホーラー・ヤイハブ」ぶっきらぼうに名前だけ吐き捨てるように言った。ヤイハブというところを特に意識して言っているように聞こえた。
 
 ナミナさんは理不尽なことを言う男の態度に納得がいかないという顔をしているが、とりあえず今日のところは退散したほうが良さそうだ。
 
 意気消沈したままに水路にあったベンチのところに戻って、3人であらためて顔を見合わせてため息をついた。せっかくのオールドリアヌ散策にケチがついてしまったような気分だ。
 
「あいつ、なんなんだろう?」ナミナさんが口惜しそうに言った。
 
「まあ、僕たちは他所者だし、ホーラーという男の気持ちもわからなくはないよね。あそこは彼らにとっては特別な場所だったんだよ、きっと。誰でも入れるところではなかったとはね」トラピさんがなだめる。
 
「それはわかるけど、あの言い方はないでしょ?」
 
「あはは、それだけ大切な場所ってことだね。ノートさんのことを知りたいというのはこっちの勝手な都合だし」
 
「オルターさんは、ほんと人がいいですね。それなら公書館の看板はずすべき」ナミナさんの鉾先はこちらにも向けられた。
 
「でも、地下になにかありそうなことはわかったじゃない。ナミナの大発見だよ」トラピさんがナミナさんのご機嫌をとるように言った。
 
「そうよ。せっかくみつけたというのに、何あの男。失礼だよ」
 
「ナミナさんの好きなオールドリアヌのイメージが壊れるよね」と同調すると、「私はこの町好きなのよ。どうしてそれがわからないかなあ」と男の態度に対する憤懣はおさまらない。
 
「さあ、気分を変えてもう少し歩きましょう」
 
「よし、こうなったらあいつも知らないような大発見するわよ」
 
「あはは、じゃあ宝探しに出発だ!」
 
 水路に沿った径を歩いていくと露天のたくさん出ている円形の広場に出た。ここが村の生活の中心になっているところなのだろう。しばらく見ていると誰もお金のやり取りをしていないことに気づいた。お店と思っていたのは商品を並べてほしい人に配っているだけのようだった。何も並べないで座っている人は何かのサービスを提供するのかもしれない。誰かが近づくと少し話をして、そのままいっしょにどこかに行ってしまう。
 船長へのお土産にちょうどいい葉巻屋もあったし、マリーさんの喜びそうな新鮮な野菜もあった。髪切りをする人や、家の修理を請け負う人や、牛を連れてミルクを配る人など、生活のすべてがここにあった。その生活と仕事の境目がないのんびりした交流がとても自然で、穏やかな陽射しとともに悪くなりかけていた村の印象をもとのように戻してくれた。
 
「オルターさん、このお茶、ほらノートに出てたアシスタントの女性がお土産で買ったあのお茶ですよ」
 
「おー、ほんとだ。このあたりの名産なのかな?」
 
「このお茶いただけますか?」と露天を出している人に聞くと、「好きなだけもっていきな」と言って大きな匙のようなものを渡された。
 
「お代は?」というとゆっくり首を横に振った。
 
 いつかオールドリアヌにお返しすることを心に誓って、ありがたくいただいた。ここには人の気持ちの交流がたくさん残っている。お茶を袋に入れながらナミナさんが老婆と話し込んでいる。彼女のご機嫌もすっかり治ったようだ。
 
 丸い広場はサークルと呼ばれていた。みんなが集い交流する場所として、形のあるものもないものも、日常の全部がまとめて行き交っている。
 
 突然、ナミナさんたちが演奏の身振り手振りをしながらトンテケのリズムを口ずさみだした。それを見たまわりにいる人たちが自然に手拍子をはじめた。リズムに合わせて双子も楽しそうに踊りだす。
 
「いいね。これが本当の交流だよね」とトラピさんもうれしそうに言った。
 
 サークルの人たちの様子を見ていると、その中に公書館で会ったあの男がいるのに気づいた。いつか彼とも話ができる日がくるだろうか。
 
  空を見上げると薄い雲が茜色に染まり始めていた。明日もいい天気になりそうだ。トラピさんたちとの小旅行も終わりに近づいていた。

第16話 雲の塔

 トラピさん、ナミナさんと、また楽器を持ってオールドリアヌを訪ねることを約束して、エクスポーラーに乗った。例のディスプレイにはオールドリアヌにいた時間のところにはカラードエリアとだけ表示されて、その内容には何も触れられていない。生体チェックに異常なしとだけ表示されている。リアヌシティ側から見るとオールドリアヌのほうがなんらかの色のついたエリアということなのだろう。何はともあれ、今回も無事チェックは通過したようだ。
 
 港のホテルに戻ると、おいしそうなスープの匂いがしていた。奥のほうから有名な歌曲の一節が聞こえてくる。若かったころの出会いを懐かしむ歌だ。マリーさんの艶やかな声を聞くだけで、慌しかった1日の疲れを忘れ、心が静まってくる。
 
「おかえりなさい、オルターさん」ドアのベルの音で帰宅に気づいたのか、マリーさんの歌が止まった。
 
 調理場に行って戻った挨拶をすると、窓ごしに歩いている姿が見えたと教えてくれた。調理場にいればだれが訪問してくるか事前にある程度わかるようだ。お客をもてなす準備をするには最高の見晴らしというわけだ。
 
 マリーさんは、シチューを混ぜる手を休めて「何か収穫ありました?」と言った。お土産の新鮮な野菜を渡すと、サラダにするとおいしそうと喜んでくれた。
 
「いやあ、あそこの本はすごかったですよ」緑の手帳を開きながら説明した。
 
  公書舘の地下の話をすると、マリーさんも地下のことは知らないと言った。聞くと、マリーさんはリアヌシティの生まれではなく、ナーシュさんのほうの出身地だった。どうやら、地下の蔵書については誰でもが知っている話ではないようだ。
 
「それで、何かわかったことありました?」
 
「いや、あれはちょっとやそっとで見られる量じゃないですね。なにか方法を考えないと一生かかっても無理かもしれないです。それと、あそこの湖ご存知ですか? ノイアール湖と言ったかな」
 
「ああ、きれいな湖......いいところね」
 
 湖で起きた不思議な話をすると、ジノ婆さんという180歳を超える老婆が湖の北側にある出島に住んでいることを教えてくれた。なんでもオールドリアヌの生き証人と言われているそうで、代々長生きの家系もあって、字は書けないけど本のなかったころの吟遊詩人のようにリアヌシティのことを語り伝えているということだった。彼女なら何か知っているかもしれないということだった。たしかに180歳以上の長生きが3代ぐらい続けば簡単にノートの主の時代に遡ってしまう。住んでいるのが湖のほとりであれば、なおのこと詳しいかもしれない。
 
 いろいろ聞いてみると、マリーさん自身は実際にリアヌシティで暮らしたこともなくて、知っているのは近代化が始まって以降のリアヌシティのことだけだという。
 
  「雲の塔がまだ低かったころは、リアヌシティへの入植者も少なかったし、ドーム・コンストラクションなんて会社もなかった」スープ皿をテーブルに並べながら言った。
 
「雲の塔?」
 
「ドームの中枢になっている一番高いタワーがあるの。そこが町の拡大に合わせるように高くなっていった。それと合わせるようにドームの運営基盤が整備されてされていったわ。ナーシュとは、その雲の塔に行くと言って出て行った日が最後……雲の塔なんて誰も入った人がいないところだったから、危ないことはしないように言ったのに......」
 
 触れないほうがいい話をしてしまったようだ。
 
「オルターさんが行った公書舘に、とにかくたくさんの記録があるらしくて。データ消失でリアヌシティの運営システムが瓦解しそうになったときに、ナーシュが公書舘の記録を提供してドームの消失を救ったの。公書舘の記録でドームの倒壊を免れたということね。そのときの条件がオールドリアヌを歴史地区として残すというものだったらしいわ。もちろん自治権を得るための資金供出もあったのだけど、公書舘の記録の公開で自治を得たというほうが正しいわね。でもそれは諸刃の剣で、身を切って土地を守ったとでも言えばいいのかしら」
 
「というと?」
 
「記録を提供することが、公書舘と自分の身を危険にさらすことになったわ。そこにこのドームの命運を握る鍵があったわけだから。ドーム・コンストラクションとは対峙せざる得ない関係になってしまった。表向きはなんとでも言えるけど」
 
「なるほど、それほどに重要なものがあそこには眠っているというわけですね。それをナーシュさんは知っていたと」
 
「ドーム・コンストラクションにとっても痛し痒しね。自治権を与えざるを得ないわけだから。目障りなものがドーム横に残ってしまった」
 
 リアヌシティを守るために使われたのがオールドリアヌの宝とも言える記録そのものだったのは両方にとってとても皮肉な話だ。
 
 お土産に買ってきたお茶をマリーさんに入れてもらった。ノートに書いてあったほどの苦味は感じなかった。それでもどこか懐かしく感じたのは、以前どこかで飲んだことがあるのかもしれない。マリーさんは珍しい香りだと喜んでくれた。
 
 二人で話し込んでいるところに「準備ができたから明日出港するぞ」という大きな声が聞こえた。船長が帰ってきたようだ。どうやら船長はここを常宿にしているらしい。
 
「お、爺さん、急ぎの荷物が出てな、急遽明日出港だ。ウォーターランドにも立ち寄るから、何か伝えることがあったら書いておいてくれ。みんなを安心させてやらないとな。こんなにうまくいってますって書いてやれ。わははは」
 
 船長にも公書館の話をした。そのあたりの経緯はナーシュさんから直接話を聞いていたマリエールさんのほうが詳しいようだ。
 
「とにかく、まだ何度も行かないと。次はジノ婆さんのところも訪ねてみることにしよう」
 
「ああ、あれはオールドリアヌの道祖神だな。じっと町の様子見ていて、巫女のようなことをしたり伝承のための記憶を唱えている。こちらの質問に答えてくれるかどうかは婆さんの気分次第だな」と船長が言った。
 
 湖の北の端で一人暮らす老婆と話しをする期待がふくらんでいった。

第17話 水の革命

 翌朝は早朝に起きて、船長を見送りに港まで出た。市場でおこぼれをもらおうとカモメが朝早くから忙しそうに飛び回っている。そこに情報屋のルーラーさんが小走りで駆けつけてきた。なんだかカモメと同じように見えておかしかった。
 
「これは、オルターさん。リアヌシティの旅はいかがでした? 百聞は一見にしかずってやつでしょ」愛想笑いをしながら擦り寄って来た。
 
「先日はお世話になりました。おかげさまでいい旅になりました」
 
「いい旅になりました?」怪訝な顔をしてこちらを見た。
 
「想像と違ったところもありましたけど、意外なところも含めて面白い旅でしたよ」
 
「それは、それは……オルターさんはリアヌと相性がいいんでしょうかね。あっしはどうにもだめなもんで、ガイド失格ですわ。 リアヌシティもオールドリアヌもいるだけで背中がむずむずする始末でね」と言いながら背を竦めてよじるような格好をして見せた。
 
「水が合わないってやつですかね。こう見えても、もちもちの敏感肌なもんで」と言って一人で笑っている。
 
「とにかく、こことちがって自由があるんだかないんだかさっぱりわからない。情報屋としてはにっちもさっちもいきませんわ。あそこに行くと息苦しくなるばかりでね。それこそ商売上がったりでさ」へらへら笑いながら頭をかいた。
 
 船長が船から「ルーラー! また、留守中頼むな」とエンジン音に負けないような大声で叫んだ。
 
「あ、旦那、気がつきませんで。あっしにまかせりゃ、心配なんて…」こっちを見て「ないでしょ?」と片目をつぶって見せた。
 
「船長!ウォーターランドのみんなによろしく。航海の無事を祈ってるよ」
 
「ありがとよ 。爺さんもがんばってくれ。マリーのやつのことも頼むぞ」
 
 マリーさんにはこちらがお願いする側だから、これにはどうにも返事をしようがない。
 
 船長が操舵室に入ると、船はいつものように大きく汽笛を鳴らすと、連結した船を従わせるように夜が明けたばかりの海にどっこんどっこんという音を響かせながら出ていった。 
 
 少し沖で船が大きく舵を切るのを見届けると、ルーラーさんが「ちょっとお話ししましょうか」と誘ってきた。向こうの情報も知りたいのかもしれない。急ぐ用事もなかったので、二人で裏道にあるカフェに入った。
 
「オルターさんもいろいろ大変ですな。何もあんなところに好き好んでいくこともないのに 」と気遣うようなことを言いながら、他の客と離れている一番隅の場所を選んで、海の見える側の椅子を勧めてくれた。
 
「もともと、ウォーターランドの歴史に興味があってやってることですから。だれに頼まれたことでもないですし」ルーラーさんが何を考えているのかわからなかったので有体の答えを返した。
 
「オルターさんは、まだわかってないですな、ここのことが」ちょっと呆れたような顔でこちらを見た。
 
「2度行っただけですからねえ。まだ、わからないことだらけですよ」
 
「ふーむ。じゃあ、怪我してしまう前に少しお教えしましょうかね。えっと、また、向こうに行くことがあったら香料とかタバコとかを......いろいろありますからね。そこのところは頼みますよ。大人の関係ということで」
 
「ああ、お土産ですね。昨日、船長からも葉巻を頼まれましたよ。覚えておきましょう」
 
 情報は報酬が伴うものだと言わんばかりだ。情報の押し売りみたいな話にちょっと噴出しそうになった。
 
「早い話がですな、失われた子どもたちの末裔が、水と交流が金に変わるものになると気づいた、それがネーコノミーってことなんですわ。ほら、金本位制とかあったでしょ、その昔。金が唯一価値のあるものとして認められ、その兌換券として何の価値もない紙のお金が動いていた時代。それはご存知ですよね? なんだかんだ言っても金に勝るものはなかったわけですわ。それが、あるころから、金より重要なものがあるってことになりましてね、金以外にも有限で希少価値があって総量をコントロールできるものがあるってわけでさ。わたしらのような素人の人間には思いつきもしませんがね。それが水と交流ってことですな。あっしの言ってることわかりますかね?」
 
「金より水や交流の価値が高いってことを言われてます?」
 
「さすがオルターさん、もの分りがいいですな。水を取り上げられて、一人ぼっちにされたんじゃたまったもんじゃない。そんなことされちまった日には、最後は金や銀なんてどうでもいいし、紙のお金に至ってはなんの役にも立たないですからね。水は飲み物以上の価値もありますしね」
 
「なるほど、水も取り上げられれば困るのは困りますけどね。水はだれのものでもないのでは?」
 
「おしゃるとおり、最初はみんなそう思っていたわけですよ。ところがね、気がつくと飲める水が自分の力だけでは手に入れられなくなって、人との交流も雲の塔を通さないとできないような仕組みになってたんですな、これが」
 
 そんなことが起きると思えないけど、よりいいものを求めているうちに、自分の力ではなにもできなくなっていたということなのかもしれない。あのオールドリアヌと正反対の、進歩に対する代償だったのだろう。
 
「それとですね、ドーム・コンストラクションが水そのものの持つ力にも気づき始めたもんだから、アクア・リボルーションなんて事態になってしまったわけですな。そのおかげででかくなったのが、ボルトンっていう会社。あいつらがまたとんでもないやつらでね」
 
「アクア・レボルーション?」
 
「そうでさ、文字通り水の革命ですな。雲の塔っていうのがその象徴ってことらしいですわ。水が蒸発して天に上ると雲になるでしょ。要するに彼らは水の最上級にあるってことですな。うまいこと言うもんでしょ。あっしに言わせりゃ、太陽のありがたい光を遮るのが雲のやることだと思いますがね」
 
「ボルトンも同じ一味というわけですか?」
 
「向こうで気づきませんでした。大きくbと書かれた黒いスーツケース.....」
 
「あ、あれがボルトン?」うさぎの少女と会っていた男のことを思い出した。
 
「いたでしょ? あいつらがドーム・コンス トラクション配下にあるボルトンの共有員ですな。コネクターと呼ばれていますが、いったい何をつないでいることやら、つないでないのやら。それこそ余計なお世話ってやつですわ」
 
「話は戻りますが、水と交流を基礎にした経済が世界を席捲しはじめたときに、失われた子供たちの最後の末裔が死んじまいましてね、雲の塔のグローブレインのメモリーが唯一社会基盤を支えるものになったんですわ。事故でその一部が消失したときたときには、そりゃあ大変な騒ぎでしたな。この港でもドームが爆発したっていううわさが流れてきて、しばらくは有毒ガスがどうだとか、犯罪者が逃げ出しただ、個人の生活履歴と契約がすべて消失されたとか、大変な騒ぎでしたな。個人の特定さえできなくなったって、意味のわからない話でしょ?」
 
「なるほど、その機会をとらえて、ナーシュさんがオールドリアヌの自治権を獲得するための交渉を思い立ったってことなんですか」
 
「よくおわかりで。ところが、これがまたオールドリアヌの行動派の機嫌を損ねることになったんですわ。公書館のみんなの財産を勝手に使ったてなもんですよ。町の地権はすでにナーシュさんが買い取っていましたから、ナーシュさんもあとは自治権さえ抑えられれば町を永久に守れると考えたんでしょうな。そのために村の宝とも言える歴史記録の一部を提供するという手を使ったわけですわ。まあ、この駆け引きが正しかったのかどうかなんて誰にもわかりませんやな。わかるのはオールドリアヌの町が昔と変わらないままで今もあるってことだけですな」
 
「それは、いいことじゃないですか?」
 
「問題はナーシュさんが、雲の塔の機能修復のためになんの記録を渡したかですな。評価はその内容次第というわけでさ。ただ、あの人ほど公書館の蔵書に詳しい人もいなかったから、他の誰にもできない芸当をやってのけたというのが一般的に言われているところですがね」
 
「でも、どうしてそのあと失踪を?」
 
「それは誰にもわかりませんやな。ドーム・コンストラクションから身を隠すためか、情報を得るか秘密を守るためにやつらに拉致されたか、自戒の念から自ら命を絶ったのか。オルターさんならどう思います?」
 
「うーむ、これはかなりややこしい話ですね」
 
「じゃあ、旦那はオールドリアヌの住人とリアヌシティの住人とどっちが幸せだと思いますかね?」
 
「私なら迷わずオールドリアヌですね」
 
「それは殊勝なことですな。船長とおんなじだ。リアヌシティからオールドリアヌに移住した人なんて聞いたことありませんけどね。はたしてどちらが正しいのか。残念ながらあっしにはわかりませんし、関わりたくもないですわな」
 
 水と交流は生きるものの権利と主張したナーシュさんはドーム側となんらかの利害対立をしたということのようだ。ナーシュさんもあの町の出身だったから失われた子供たちと無縁ではなかっただろうし、今でも、ナーシュ信奉者と批判者がいるということだ。それをよくわかってないと、失敗をするというのもわからなくない。
 
「マリーさんは詳しい事情を知らないから、さぞややりきれないでしょうな。ナーシュさんが戻っても戻らなくてもやっかいな立場になってるのは間違いないですわ」
 
一通りの話が終ると、振り向いて船長の船が出て行ったほうを見た。
 
「そんなことなもんでね、オルターさんにはうまくやってもらいたいと思いましてね。オールドリアヌにはいいものもたくさんありましたでしょ、あっしと手を組めば......」
 
「できるだけ穏便に問題を起こさないように気をつけますよ。いろいろ情報をありがとう」
 
「うまくやれば、こんなおいしい話もないですからね」と意味ありげに言い残してそそくさと席を立って雑踏に消えていった。あとには口をつけていないお茶が残っていた。
 
 情報屋というのは裏表を知り尽くして、その間を綱渡りするような仕事だろうから、ルーラーさんの立場もよくわかる。考えようによってはドーム側からの回し者の可能性だってあるだろうけれど、船長との親しそうな関係を見ると、危なっかしくて仕方がないこちらを心配していろいろ教えてくれたのだろう。そこに商売の話がついてくるのは情報屋という仕事柄仕方ない。
 
 港からの帰りに不思議な湖のことを書いた手紙を出しにハトポステルに寄ると、ミリルさんからの返事が届いていた。
 
ミンナゲンキ、ミドリタクサンハエタ
 
焼け跡にまた緑の草が生えてきたのだろう。植物の再生力が思うより早いのに驚く。もちろんノーキョさんががんばっているおかげもあるだろう。あの緑で覆われたのどかなウォーターランドの日々が懐かしい。リアヌシティを知れば知るほど、いつまでも今のままであってほしいと願わずにはいられない。


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