目次
第1章 誘い
第1章の主な登場人物
地図
第1話 ことのはじまり *
第2話 残されたノート 
第3話 旅立ちの日 *
第4話 おくれて話す老人 *
第5話 青い猫 *
第6話 お店番
第7話 リブロールの朝 *
第8話 定期船 *
第9話 印刷機
第10話 島便り +
第11話 なくしもの
第12話 別々の名前 * +
第13話 時間のはじまり *
第14話 跳魚釣り
第15話 海の見えるインキ
第16話 乾かない文字
第17話 きまぐれな友達 *
第18話 豚の素性
第19話 時間のカタチ
第20話 ハトの手紙
第21話 ミドリの海 *
第22話 かすむ目
第23話 水の島 +
第24話 雨の夕暮れ
第25話 針のずれ *
第26話 おいしい水
第27話 雨上がり
第28話 小さな楽団
第29話 窓の記憶 +
第30話 食堂の夜 +
第31話 水玉の光 +
第32話 飛行船
第33話 レンズの掃除 *
第34話 名前の由来
第35話 留守
第36話 並ばない頁 * +
第37話 火炎
第38話 新しい朝 +
第39話 楽しいお湯
第40話 残された印
第41話 望郷 *
第42話 呼び声 *
第43話 旅立ちのとき
第44話 手紙
第2章 彷徨
第1章のあらすじ
第2章の登場人物
第1話 反転する海
第2話 遥か天空
第3話 水の悪意
第4話 イルカの歓迎
第5話 旧世界への入港
第6話 新しく古い港
第7話 ウテラス様式のドーム
第8話 サーカス小屋.
第9話 ホテルの夕食
第10話 望郷 *
第11話 同じ川
第12話 守られた村
第13話 湖面の幻影
第14話 中州の文庫
第15話 消えた男
第16話 雲の塔
第17話 水の革命
第18話 来客
第19話 家族の家
第20話 湖水の道
第21話 出島
第22話 赤い灯台 *
第23話 水に映る顔
第24話 海の使者
第25話 覚醒
第26話 なくしたもの
第27話 うさぎの庭
第28話 もうひとつの扉
第29話 水調べ
第30話 水彩
第31話 見送り
第32話 紋章の透かし
第33話 砂浜のスケッチ
第34話 骨董の日
第35話 花瓶の花
第36話 はぐれた子供たち
第37話 トマト色の兆し
第38話 礎石の力
第39話 離脱
第40話 ノイヤールの緑石
第41話 ロマン
第42話 善と悪
第43話 静寂の時
第44話 光る魚
第45話 罪
第46話 汽水の調査
第47話 黒い六角の紋章
第48話 水上の村
第49話 豊漁の予兆
第3章 螺旋
第2章のあらすじ
第1話 再生する記憶
第2話 メビウスの時
第3話 時間の澱み
第4話 変わらない人たち
第5話 見えない鮫
第6話 薬草
第7話 二度目の下船客たち
第8話 入れ替わり
第9話 時間の層 *
第10話 偶然の地の灯台
第11話 島地鶏の卵料理
第12話 もうひとつの出航
第13話 季節のあいだ
第14話 飛行士
第15話 灯台のローソク
第16話 黒服の試飲
第17話 湖の正夢
第18話 魚拓のドット
第19話 幻の釣り
第20話 夕立
第21話 再会
第22話 赤色の宴 *
第23話 消えなれ
第24話 漂流するヨット
第25話 救護に
第26話 もぐらの話
第27話 おいしい世界 **
第28話 自分の手紙
第29話 夜の散歩
第30話 密漁
第31話 海の穴
第32話 ぬめる水 **
第33話 重なる影
第34話 同じ手帳
第35話 キノコステーキの薬味
第36話 かくされたもの **
第37話 摘み取り
第38話 走る光
第39話 時の流れ
第40話 ふたつの影
第4章 失踪
第3章のあらすじ
第1話 男の性
第2話 探さないこと
第3話 変わらないノート *
第4話 夕食の煮物
第5話 光りもの
第6話 白い朝
第7話 ノートの家
第8話 宿帳の名前
第9話 使者
第10話 悲しい空想
第11話 一切れのパン
第12話 タワーの理由
第13話 晩餐
第14話 召された子供たち
第15話 天気計画
第16話 水の約束
第17話 古地図
第19話 雪かき
第20話 期待
第21話 氷上の舟
第22話 生き写し
第23話 島の話
第24話 花と待ち人
第25話 書庫の入口
第26話 地下迷路
第27話 潜水
第28話 石窟
第29話 知らない言葉
第30話 再会
第31話 夜の時間
第32話 洪水の周期
第33話 共生
第34話 二人だけの話
第35話 昏睡
第36話 夢想
第37話 二匹の猫 
第38話 水の声
第39話 時間の重さ
第40話 増えたページ *
第41話 内なること
第42話 戻り道
第43話 図書目録
第44話 旅の途上の小説
第45話 あたらしい船
第46話 つづく
つづく
奥付
奥付

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第7話 ウテラス様式のドーム

 リアヌシティまでのエクスポーラーはすべてが自動化されていて、座席も一席ずつが繭のように分かれていた。車両案内もその座席の中でしか聞こえないので、通路に立つと全くの無音になった。風切り音すら聞こえないほどの静けさに驚く。これほどすばらしい乗り物なのに、いつ廃線になってもおかしくないほど乗客が少ないというのはどういうことだろう。誰がどういう目的でこんなものを作ったのか不思議に思う。
 シートに座った人は何をするわけでもなく、目を閉じるか無表情に車窓から外を見ていた。隣の席のルーラーさんも席に座るなり急に口数が少なくなった。私とはあまり話をしたくなかったのかもしれないけれど、彼との距離の近さと車内の静けさが妙に心をざわつかせた。
 
 線路の周辺には住宅があるわけでもなく何かの管理地のようだった。無機質なグレー一色の景色が車窓を延々と流れていく。そして、繰り返される景色による催眠効果のせいか意識が遠のきはじめたそのときだった。目の前に雲を突き抜けて空に届きそうなほど巨大なドームが出現したのだ。そして、矢のように疾走していたエクスポーラーは、スピードを落とすこともなくドームの小さな穴に吸い込まれるように飛び込んで行った。一瞬、万華鏡のように変化する閃光が走り、その強烈な照明に目が眩んだ。それは照明というよりも全身にカメラのフラッシュを浴びたようだった。船で島を出た後に体験したものよりも鋭角的な光の線を感じた。そして、そこを抜けたと思った瞬間、メタリックな高層建築と水晶のような不思議な構造物が天に向かってそびえ立つ未来都市が現れたのだ。それが夢にも想像しなかったドーム都市リアヌシティの姿そのものだった。姿と言うのがふさわしい、人間を飲み込んだ生命体のような印象を受けた。
 
 リアヌシティまではルーラーさんが言ったとおり30分弱の時間だった。ただし、距離のほうは船長の船に乗っていたのとさほど変わらないぐらいあったと思う。とにかくエクスポーラーの移動スピードは船とは比較にならないほど早かったのだ。
 リアヌシティの中央駅は冷たささえ感じるほどに整然としていた。行き交う人もどこに立ち寄るわけでもなく、ただ黙々と目的に向かって歩いているだけのように見えた。港にいたときにはまだ行き交う人の会話が耳に入ったけれど、リアヌシティに来ると人の声そのものをほとんど耳にしなくなくなった。聞こえるのはスピーカーから流れる自然の風を模したような音だけ。それにあわせるように大型の送風機から緩急のつけられた風が吐き出されていた。注意して聞くと地面の下のほうから心音のように重く繰り返す音が聞こえてきた。
 
「オルターさん、こういう都会はね、あっしのような無駄口をきくやつには暮らしにくいところなんでさ。そもそも必要とされてないわけでして。話すときは場所を選ばないとだめってことですな。まあ、よっぽどの用でもない限りは喜んで来るようなところじゃないですぜ。こんなところで待ち合わせなんて、お友達も変わった方ですな」周りの目を気にするように小声で言った。
 
 地下の音のことを聞くと、「あー、これね。えっと、その、あれですわ。大きい声では言えませんけどね。アトムパワーとかなんとかいう……このドームはウテラス様式ってやつで、あれはなんでも胎音だとかなんとか」口ごもるように耳元で言った。
 
 おしゃべりなルーラーさんが無口になるほどにリアヌシティは合理性と効率一辺倒で管理されているところなのだろうか。その後は、ルーラーさんは何かを恐れるように押し黙ったまま、サーカス小屋までの道を案内してくれました。そして、オレンジと黄色の縞模様の大きなテントでつくられたサーカス会場に着くと、すぐに戻らないといけないと言って足早にサーカスを去った。
 
 周囲はもともと公園になっているところのようで、大道芸の人たちがそれぞれにお客さんを集めて、得意な芸を披露していた。トラピさんたちを探すのにそれほど時間はかからなかったものの、トラピさんの姿をみつけたときは正直ほっとした。出し物は島で見せてもらったのと同じ手品だったこともあって島を出てからの緊張感がすっと消えていくような気持ちになった。ナミナさんたちのトンテケの演奏も風に乗って聞こえてくる。客寄せで公園の周辺を回っているのだろうか。島の友達がこんな都会でがんばっているのを見るとなんだかうれしいものだ。おもわず大きな拍手をしてしまい、周りの人から変な目でみられてしまった。とにかく、島と同じ手品、同じ音楽を聴けたことがうれしくて仕方なかった。
 

 

「オルターさん、お元気でしたか! 観客の中に似た人がいると思って見ていたんですけど、まさかご本人だと思わなかったのでびっくりしました」

 

「急いで来ないといけないと思って、手紙はまだ見てなかったですか?」

 

「すいません。なかなかハトポステルを見に行けなくて。今日は時間ありますか?」

 

 久しぶりに会ったトラピさんは、とても元気そうに見えた。さすがにこれだけのお客さんがいるとやりがいもあるのだろう。

 話す時間のあることを言うと、控え室のほうへ案内してくれた。

 

 

 近くで聞いた覚えのある声がしたので振り返ると、船で一緒に来たうさぎ少女が雑踏の中で誰かと話しているのが見えた。彼女もこのサーカス見物に戻ってきたのかもしれない。相手は黒いスーツ姿のビジネスマンで、手に持つ六角形スーツケースが印象的だった。

 

 

 トラピさんに言われて、テントの入り口と反対のほうに別棟として作られていた控室に入る。華やかな衣装や小道具があちらこちらに置いてあった。顔を白く塗った芸人のような人もときどき出入りしている。

 いよいよノートの始まりの地に足を踏み入れるという期待に身体が震えるほどの興奮を覚えた。ノートのルーツであり島のルーツである場所にすべての答えがあるのだろうか。

 


第8話 サーカス小屋.

 「オルターさん、どうぞこちらに掛けてください。片付いてないですが、リアヌシティにはゆっくり話すようなところもないので」

 

この街ではあまり人が出歩いてなさそうだから、カフェのように語らう場所も必要ないのかもしれない。

 

「それにしても、このタイミングで来られるなんて。ほんとびっくりしましたよ。ノートさんの住んでいたと思う場所をみつけたのは、まだ昨日のことですよ。驚いたな」

 

「え? 昨日ですか? 手紙は2週間ほど前に……

 

「手紙? 僕からのですか? それはどういうことでしょう」

 

……」事態が飲み込めるまで少し時間がかかった。

 

 どうやらあの手紙はトラピさんが私宛に出したものではなかったということのようだ。

 

「でも、サーカス小屋で待つと書いて……あ! あのうさぎ少女だ」あわてて外に飛び出した。

 彼女の姿はすでにそこにはなかった。

 

「どうやら、別の人物が送ったものをてっきりトラピさんから私宛に送られたものだと勘違いしてしまったみたいです。火事の直後で気が動転していたのかもしれない」

 

「火事? 島で火事があったんですか?」

 

「つい先週の話で……」その後しばらくは、島便りを渡して火事の話とおいしい水の話を説明をすることになった。

 

「それは大変でしたね」

 

「みんなで力をあわせれば、自衛消防団でもなんとかなるものですね。お陰でみんなの気持ちが前より強くつながった気がします。それで、あの……ノートの主が住んでいた場所がわかりましたか?」話を本題のほうに戻した。

 

「そうそう、本当に昨日のことですよ。明日、手紙を書こうと思っていたところにオルターさんが現れたんですからほんとうにびっくりですよ」

 

 トラピさんが言うには、たぶん歴史の古い旧市街のほうだろうと目星をつけて歩いているうちに、ノートに書かれていた場所に似たところをみつけたということだった。今は一部しか残ってない水路や町並み、その昔は一番栄えていた場所であることなどから間違いないと。とくにそれを確信したのは、住人の名前だという。その地区のほとんどがヤイハブだというのだ。地元の人に話を聞くとその一帯は数百年前に北方から来た移民が作った町で、ヤイハブという名前自体がメーンランドでもめずらしいとのことだった。

 

「どうです、オルターさん? 間違いなくないですか?」

 

「たしかにぴったりですね。ここからどれぐらいですか?」

 

「バスで15分ぐらいですね。今はオールドリアヌと呼ばれている歴史保存地区の一角です。指定建造物の橋があるんですけど、そのあたりがノートさんが生活していたところに一番近いような気がするんです」

 

 向こうの様子を確認していたところに、ナミナさんが2人の子供といっしょに入ってきた

 

「今日は頑張りすぎて疲れちゃったよ。ほんとこの街は大きいばかりで、歩いていてもあまりおもしろいところがないところだね。明日は……、あれー、オルターさん? ですよね?」

 

「あはは、わかりましたか? おじゃましてます。みんな元気そうですね」

 

「元気というか、この街に染まらないようにしないとですね。あまりおもしろいところじゃないでしょ?」

 

「メタリックな建物のこと?」

 

「一見きれいなんだけど生気がないというか、みんな何が楽しくてこんなところにいるんでしょうね」と言うと、楽器を置いてまとわりついている子供たちに「こらこら、子供はお話が済むまで、外で遊んでて」とやさしく諭した。

 

「みんな働きづめということですか?」

 

「それもあるし、安全な生活を得るためにすべてをドームシステムに依存してるみたいで。ここ、エゴラインという仕組みで何から何まで済ませられるんですよ。そのお陰で生活での不安は何もないようですけどね」なんだか納得がいかないというようにナミナさんはため息をついた。

 

「それはそれでいいような気もしますが。エゴラインというのは何ですか?」

 

「説明しにくいですけど、ほら、社会基盤ってやつですよ。昔なら電気、水道と同じようなものかな。サービスや取引記録はもちろん、気持ちの高揚のようなものまで。うーん、なんて言えばいいんでしょう。意志や感情までがライン内で片付いてしまうらしいですよ」

 

「感情? それはわからないな。大道芸はエゴラインと関係あるの?」

 

「ああ、大道芸はですね、ライン疲れをしてる人たちにとっては古くて新しい娯楽として楽しまれているんです。ここではリアルプレイって言われてますよ」ナミナさんの話を聞いていたトラピさんが説明してくれた。

 

「そうだね、古くて新しいタイプだね」とナミナさんが同意する。

 

「リアルプレイというのは、こういう場所に集まって生の人の会話を聞いてみたり、場所と時間をだれかといっしょに共有する感じですね。まあ、大道芸も一方的なやりとりとも言えなくないですけど、それでも古くて新しい交流として懐かしいみたいですよ」

 

交流がなくなっていると言われてみると、ここに来てずっと感じていたことの説明がつく。みんなそのエゴラインというものでつながっているのだろう。

 

「まあ、みんなドームの中に居さえすれば安全を約束されるし、何不自由なく暮らせますからね。とにかく全部おまかせです。便利さの代償もそれはそれで大きいと思いますけど」

 

「住人さんは意識していないけど、個々人の一挙手一投足がデータ化されているという話だよ。もちろん、私たちも漏れなくね」と言ってナミナさんが諦めたように肩をすくめてみせた。

 

「そんなことがほんとうにできるのかな」と言うと、トラピさんが「あくまで噂ではありますけどねえ」と補足した。

 

 話を聞いていても、さすがに理解しがたいところがある。どうやって住人の気持ちまで調整できるというのだろう。

 

「便利さを集めていったら、たまたまそうなったというだけですね。いさかいもバランスで調整されるし、犯罪からも守られる。冤罪とかはぜったい起こり得ない」トラピさんも仕方ないというように笑った。

 

「冤罪は起きようがないわね。どこを見ても針の穴ほどの隠れ場所もない」ナミナさんもそこは同感のようだ。

 

「無菌室ともいえるな。病気になりたくてもなれないからね」

 

「ああ、それいいかも。防菌・防虫ドームだ」ナミナさんが皮肉っぽく言った。

 

「となると、住民じゃない僕らも虫側か」トラピさんが虫の仕草を真似てみせた。

 

「この場所はどうなの?」と聞くと、「ここは仮設テントだから比較的捕捉されにくいかもしれないですね。比較的だけど。あまり、よろしくない話をしているとドームシステムに入れなくなるか、徹底したデータ分析にあうだけです」と説明をしてくれた。

 

「まあ、ドームはなんでもあるけど、なんにもないようなところよね」

 

「うんうん、それそれ」

 

 二人はお互いに納得したように笑っている。楽しそうなところを見ると、呼ばれて来た人間にとっては、これはこれでおもしろい話なのかもしれないと思う。子供を見ていなくてもぜんぜん心配ないのも、リアヌシティだからこそなのかもしれない。一定の収入のある人だけの閉じられたコミュニティといえるかもしれない。

 それにしても、これだけの施設を管理するエネルギーコストも相当なものだろう。

 

 それをトラピさんに聞くと「アトムパワーが使われているようですよ」と教えてくれた。100%再生する循環エネルギーシステムだという。自然エネルギーを管理してコントロールする仕組みなのだとか。島で隠遁生活をしていると、何から何まで知らないことだらけで驚くことばかりだ。

 

 トラピさんたちと話し込んでいるうちに、気がつくと外は夕暮れになっていた。とは言っても、人工の時間設定なので、時計に合わせた景色ということらしい。人工なのに自然よりもきれいに見えるのをどう理解すればいいのか、ほんものが何かわからなくなってしまう。

 

「オルターさん、よかったらオールドリアヌに行くのは明日にしませんか? 明日なら僕たちも休めるのでご一緒できますし。みんなでいっしょにノートさんのふるさとを散策しにいきませんか?」

 

「ああ、それは助かります。とにかく土地勘がまったくないから、これじゃあ、子供のお使いになってしまいそうだし」

 

「あはは、なるなる」ナミナさんが笑っている。

 

「じゃあ、少し早いですが明日の7時でいいですか? 駅で待ち合わせにしましょう。あそこからバスが出ているので」

 

「わかりました。あまり遅くなると船長たちが夕食を待っているといけないから今日は早めに引き上げることにします。明日は麦わら帽子を忘れないようにしないと」

 

「美しい都オールドリアヌに行くんだよ」ナミナさんが双子に話している。子供たちも旅行と聞いてうれしくてしかたないようだ。

 

 その後、駅まで送ってもらい、一人エクスポーラーの上り列車に乗った。繭に座ると、眼前の透明なディスプレイに今日の行動が文字データとして表示された。最後に確認ボタンが出たので押すと、またのお越しをお待ちしていますという文字が返されてきた。

 そしてしばらくすると、何もなかったかのようにディスプレイは消えた。


第9話 ホテルの夕食

 スレイトン・ケーブに帰ると日はすっかり落ち、行くところもなかったので、ハトポステルだけ確認してまっすぐにララ・ホステールに戻った。
 
 ドアを開けるとエントランスのソファーでマリーさんと船長が話していた。
 
「船長、オルターさんが戻られたわ」
 
「お! 無事でなによりだ。こりゃ生還を祝って祝杯だな」満面の笑みで迎えてくれた。
 
 生還は大げさだけど、実際このホテルに戻ってみると、あらためてさっきまでいた世界との違いに愕然とする。
 
「船長、あそこは私みたいな者には大変なところだね。ずっといたんじゃ身が持たない」
 
「俺は身が持たないというよりもお尋ね者だからな、入れてさえもらえない。入れなくて上等だ。わはは」船長はそれを喜んでいるようにみえた。
 
 スレイトン・ケーブやウォーターランドのようなところに住んでいる人間がリアヌシティに行くと、お尋ね者になってしまうというのもわかる。自由きままにしていると、なにかにつけて目をつけられてしまいそうなところだった。すべての考え方と基準が違うのだからそれはそれで仕方がないだろうけれど田舎者にとっては釈然としないものがある。
 
「お食事はどうされます?」とマリーさんが疲れを気遣ってくれる。
 
「お願いしていいですか? ずっと移動していたのでさすがに」
 
「爺さん遠慮しないでいいからな。俺が案内した客はすべてフリーパスだ。な、マリー?」
 
  船長は、昼間買った葉巻を取り出すと、いつものオイルライターを使って火をつけた。
 
「今度ウォーターランドに来られたときは、しっかりお返しさせてもらいます」と言うと、マリーさんは「気にしないで」とにっこり微笑んで席を立った。
 
 奥の調理場のほうから「食べられないものはあるのかしら?」というマリーさんの声が聞こえたので、なんでもいただきますと答えた。
 
「それで、爺さん、リアヌシティのほうはどうだった? えらいところだろ」
 
「いやあ、想像もできない街だね。あれは街じゃなくて、なんというか……大きな生き物に飲み込まれたようなと言うか」
 
「まったくだな。俺も5年以上行ってない。あれを暮らしやすいというやつらの気がしれないな。年々でかくなってやがるのが信じられない」
 
「ドームが大きくなる?」
 
「メインドームがでかくなるときもあるし、衛星ドームができることもある。今時のやつらはああいうところがいいらしい。まったく情けないやつらだ。事業運営はドームコントラクションという半官半民の会社がやってるんだが、あの水公社ボルトンも同じ系列ってわけだな」
 
「考えようによっては、ああいう生活が一番安全なのかもしれないけどね」
 
「その代わりに、失うものも多いと思わねえのかな。俺にはさっぱり理解できないな」
 
「どうみても、私や船長やマリーさんには合わないだろうけどね」
 
  明日、行ってみないことには何もわからないけど、オールドリアヌはノートの主がいたころの面影を残しているのだろうか。そこがドーム都市の救いになっていることを願わずにはいられない。彼が生まれた地を離れウォーターランドに行ったころに今のようになる兆しがあったとは思えないけど、まったく関係ないことでもなかったような気もする。町が合併するという話もあったことを考えると、大きくなるには大きくなるだけの理由があったのだろう。
 
「リアヌは、もともとあんな街じゃなかったんだが、自然主義経済のネーコノミーにいいようにやられちまったな。エクスポーラーもやつらが権益を得るためにつくっただけだからな」
 
「そういうことなんだね」
 
「線路沿いの小汚いグレーに整地されたところが、利権を得るための既成事実として押さえられたってわけだ」
 
「それで、誰も乗らないと?」
 
「まあ、そんなとこだな。ただ、リアヌはあれに乗らないことには入れなくなってるけどな。そうじゃなければ、あんなもん乗る理由はないだろうな」
 
「なるほど」
 
「ただ、あのドームのなかにノートのやつがいたとなっちゃあ、検閲特急のエクスポーラーで行くしかない。まったく、うまくいかない」
 
「そういえば、ウサギの少女に会ってね。ウォータランドで読んだ手紙はどうも彼女宛のものだったらしくて。トラピさんに会えたのはほんとに運がよかったよ」
 
「なんてこった。あの子、そんなこと何も言ってなかったな。サーカス見物ときたか」
 
「ビジネスマンのような男と話してた。入居手続きでもしてたかな。」
 
「ボーイフレンドとサーカス見物なんじゃねえのか」
 
 船長はうさぎ少女には端から興味はないようだ。
 
「マリーのいるときにはあまり話せないが、あいつの旦那もリアヌの利権主義者と戦った一人だ。あの旦那がいなかったらオールドリアヌさえ残らなかったかもしれないな。ナーシュはこの町のためにがんばってた。そんな男がある日突然町から消えてしまったんだからな。生死さえもわからないままの別れっていうのはきついだろ?」
 
  マリーさんが船の中での言動がひとつひとつつながってきたような気がした。今でも、この大きなホテルを一人で守っている理由もわかる。
 
「明日は、そのオールドリアヌのほうにトラピさん達と行くことになったよ。やはり、そこにノートさんの住んでいたところがあったらしくて」
 
「それはよかったな。まあ、余計なことはしないことだ。おとなしくさえしていれば、奴らも手出しはできない。一応、プライバシーが一番強い権利であることはエリア憲章でもうたわれているし。まあ、ブレイン・センターから外にはデータは出しませんというだけの話で。意味ねぇけどな」
 
「お食事の用意ができたわ」マリーさんの声が聞こえた。
 
  今日は1日歩いていたので、お腹も空いていたこともあるけれど、それ以上にマリーさんの料理がすばらしくおいしかった。ホテルをやっていたときもおもてなし料理をつくるのが楽しみだったという。この料理を忘れられないでここを訪ねる人がいるというのもわかる気がする。港を見下ろせる高台でいただくマリーさんの料理は極上の時間を提供してくれる。
 
「オルターさん、向こうはどう?」しばらく食事をしたところで、マリーさんが聞いてきた。
 
「とにかくあんな巨大な都市になってるとは思ってもみませんでしたよ」
 
「そうなのね」あきらめたような言い方が寂しそうだった。
 
「こっちは、でかいから巻かれるってわけにはいかないからな」船長が大皿の海老料理を取りながら言った。
 
「エクスポーラー周辺はリアヌの権益地区になるのは聞いたと思うけど。もうそこまで近づいてきているの。誰にも止められない」
 
「マリー、止められないというのは諦めがよすぎないか。俺らにだってまだチャンスはある。ドームコンストラクションの大気利権とボルトンの水脈利権が一致してるからめんどうだけどな。このスレイトン港まであいつらの手に落ちると、あとは海を超えて拡張して行くのは時間の問題だぞ。ウォーターランドだってどうなるか。それだけは許せない。ナーシュがオールドリアヌを守ったように俺たちもこの港と海を守るんだろ。そうじゃないか?」
 
「でも、オルターさんはノートのことだけを考えていて」マリーさんがこちらを向いて諭すように言った。
 
「そうだな。そこになにか答えがあるような気もするしな」
 
 3人で食べる夕食はとても楽しい時間だった。ここを船長に紹介してもらってよかったと心から思った。

第10話 望郷 *

 食後はすぐにシャワーを浴びて、ほてった身体を冷ますために窓を開けて風を入れた。しばらく何もする気になれなくて横になって港の夜景を眺めた。
 この凪いだ海を見ていると、昼間見た光景がすべて嘘の世界のように思えてくる。ウォーターランドのようななにもない辺境の地とリアヌシティのようなすべてが揃う未来都市とどちらが理想の世界なのだろうか。何が正しいのかさえもわからなくなってくる。
 
 そろそろ島を出て一週間になる。手紙は明日には届くだろうか。それを見たミリルさんが、みんなに無事到着をしたことを知らせてくれている姿が目に浮かぶ。
 
 島のことを考えているうちに、コピにもらった虹の石を思い出した。袋から取り出してみると、光の加減か島にいるときに見えた虹が見えない。昼間でないとだめなのかもしれないと思う。明日、夜が開けたらもう一度見てみよう。虹を見れば、ふらふらと落ち着かない不安定な気持ちも少し楽になるような気がする。そうすれば、またあのリアヌシティへ行く元気もでるだろう。
 
 寝るにはまだ少し早かったので、明日の準備もかねて、鞄から印刷して来たノートを出した。島を離れてみると、ノーキョさんの漉いた紙の手触りとインキの香りがとても懐かしい気持ちにしてくれる。
 
***** ノート ******
 
 新聞社の校正に疲れると、近くの公書館の庭に休憩にいくことも多かったことを思い出します。今、書いているノートが本にでもなっていつかあそこの書架に入れてもらえるとうれしいだろうと思ったりすることもあります。
 リアヌシティは移民してきた祖先の血の滲むような努力によってつくられた街なので、住む人みんなが自分の生きた証をそこに残そうとします。あの地を離れて思うのは、私の存在したことを証明してくれる唯一の場所だったということです。いずれ、この島がそうなるのかもしれませんが、生まれ育った町への郷愁は簡単には消えそうにはありません。
 
 公書館の庭には移民を記録した年月を記録した石碑があって、その横に昼寝をするのにちょうどいいお気に入りの石のテーブルがありました。
 公書館に行くといつも顔なじみの館長が声をかけてくれました。館長と言っても、事務員と二人で文書管理しているだけなので、結構時間に自由がきく仕事だったのかもしれません。
 仕事を休むことを決めてから出発までの間、毎日のように仕事帰りに立ち寄りましたが、ミドリ鮫漁の話以外にはとくに得られるものもなかったのは前にも書いたとおりです。館長に役に立てなくて申し訳ないと恐縮されたのが昨日のように思い出されます。もちろん館長には何の責任もないわけですが、今思うと、自分たちの町の歴史を残しているという仕事に対する強い思い入れがあったのでしょう。
 館長のそんな気持ちに応えるためにこのノートを書き記したと言っても過言ではないかもしれません。だれも知らない土地の紀行文をまとめて感謝の気持ちとして寄贈したいと思ったのです。あのとき自分のことのように親切に面倒を見てくれた館長のために。それが私たちが生まれ育った町へのお礼にもなるような気がしました。
 
***** ノート ******
 
 彼の思いは、館長に届いたのだろうか。もしかして、失われている残りのページがすでに公書館に届けられていれば、それはそれでうれしいことだ。ノートに託された思いの半分はもう叶っていることになるだろう。もしそうであれば、今回持ってきたノートも寄贈として受け取ってもらえるとうれしい。ノート書いた人の夢を叶えることも自分の役割のような気がするのだ。
 
 港の明かりが少しずつ消えて、街灯が見えるだけになっている。街灯だけになるとしなやかに湾曲した入江の形がとてもきれいだ。それは、外海から訪れる人たちを優しく受け入れるためにもっとも適した形に見える。
 深夜には漁に出る漁師でまたにぎやかになるのだろう。それまでのつかの間の休憩というところか。
 
***** ノート ******
 
 リアヌシティのたくさんの水路は、私たちの生活を支えるものでした。朝夕になるとたくさんの舟が行き交い、各地の産物を市場に運び込んで来ます。南は港と町をつないでいたので、海のものもたくさん入って来ました。いつの日かこの島のピーチプルを市場に届けられればと思うこともあります。
 木立の間を抜けて、山のほうに向かって入っていくと、湧き水でできた大きな湖に出ます。そこは町のみんなの憩いの場所になっているところで、家族や友達とピクニックに行くこともありました。両親の家業を継いで牧羊をしている兄ともよく訪れたものです。
 その湖でもこの島に負けず劣らずきれいな水が湧き出していました。私がこの島に抵抗なく住むことができたのも、生まれ故郷でも水そのものが近い生活だったせいもあったかもしれません。
 祖先たちがリアヌシティの永住の地としたのも、あの湖があったからだと思います。そして同じように、私もこの島の水を飲んだときに二つ目のふるさとになると感じたのです。水との相性はそれほど大切なものなのだと思います。
 
***** ノート ******
 
  明日は彼の生まれ育った本当のリアヌシティに足を踏み入れる。公書館が残っていれば立ち寄ることにしよう。当時の記録が保管されていれば、彼の生きた時代の様子も詳しくわかるだろう。
  ノートを鞄にしまい、カーテンを閉めてベッドに入った。窓を見ると降り注ぐような星空が見えた。

第11話 同じ川

 2度目のエクスポーラーは早朝だったためか、ほかに乗る人もなく、たった一人の乗客になった。マリーさんがみんなで食べるようにとお手製のサンドイッチを用意してくれた。ほんとうに面倒見のいい人だと思う。見聞きしたことを忘れないようにと新しい手帳も渡された。ミドリの表紙にスレイトンの紋章がついたものだった。 その上、ご主人がよく使っていたという万年筆までいただいてしまった。いくら資産があるとは言え、思い出の品までいただくとさすがに恐縮してしまう。この手帳に見聞きしたことをきちんと書くことがマリーさんへのお礼になればと思わずにはいられなかった。
 
 前と同じように車外のグレーの景色を見ていると、時折大きなタンクが置かれていることに気がついた。同じグレーなのでスピードが早いこともあって、この前はわからなかったのだけれど、目が慣れると定間隔で置かれているタンクの多さに気づきさらに驚いた。
 タンク以外に何かないかと思って窓に顔を押し付けるようにして見ていると、赤い制服を着た年老いた車掌が車両に入ってきた。ちょうどいいと思い尋ねてみると、よく聞こえなかったのか、少し間を置いて返事があった。「お客様、あれはドームのエネルギー安定のために使用する大量の水を貯めておくタンクでございます。このエクスポーラーと併走するように地下水脈がありまして、それがドームシステムの安定稼動を支えているのです」と堅苦しいほど丁寧な口調で説明してくれた。どうやら、ドームの飲料水として使われているわけではないようだ。
 
 2回目のせいか、リアヌシティのセントラル・ステーションまではほんの少しの時間にしか感じられなかった。巨大なドームは港から目と鼻にあることをあらためて感じた。
 
 駅につくと、乗り換え口近くにいたトラピさんとナミナさんたちの姿がすぐ目に入った。どうも、外から来た人間は整然としたこの街では特別に目立つようだ。それがちょっとおかしくもあった。
 
「オルターさん、なんだか目立ちすぎー」と手を振って近づいてきたナミナさんが言った。
 
 向こうから見ると私のほうが逆に目立のだろう。一人ふらふら降りてくる挙動不審な乗客なのだからそう見られても仕方ない。いずれにしても、妙に目立つお上りさんのツアーのはじまりというわけだ。
 ナミナさんが、「今日はたのしいピクニックですよ。天気もいいし」と双子の二人に話しかけている。
 
「オルターさん、バスはこっちです。あの階段の下に乗り場が見えますか?」トラピさんが先導してくれて、その後をあひるの行進のようにペタペタとついていく。
 
 しばらくすると、バスがどこからともなくすーっと現れた。水を分解した水素を使っているバスだった。メーンランドで水の価値が高まっているというのは、こういうところとも関係する話なのだろう。  動き出してみるとエクスポーラーと同じようにほとんど動力の音が聞こえない。目を閉じると移動していることさえ忘れてしまうほどだ。この静けさはなれない者にとっては、少し落ち着かないところがある。
 
 町並みには特別見るべきものもなく、前日のメタリックな高層ビルのイメージに変わって、熱帯雨林にでもいるのかと見間違えるほどだ。緑以外に目に入る建物はほとんどない。遠くから見たメタリックな高層建築も、近くにくるとまったく視界から消えてしまう。地面は苔のようなもので覆われ、その下には水が見えている。どうやらドーム全体が水の上に浮かぶ睡蓮のような構造になっているようだ。いずれにしても、信じられないほどの美しい木々の緑に圧倒される。これがよくないこととはとても思えない。
 
 オールドリアヌのあるエリアは、ルーラーさんの言う箱庭のようなものでは決してなく、違和感を感じることもなく自然に石造りの街へと入って行った。境界や入口のようなものが設けられているわけでもなかった。
 
「オルターさん、ここがノートさんの生活していたリアヌシティです。どうです、今のリアヌシティとは大違いでしょ」トラピさんが外の景色を見ながらうれしそうに言った。
 
「ここなら、私も住んでもいいわ」ナミナさんもすっかりお気に入りのようだ。
 
  町の中心部と思われる小さな橋のところに着いたところでバスを下りた。
 
「これはまた、趣のある橋だね。橋脚が眼鏡になっているところも愛嬌があっていいし」
 
「オルターさん、驚かないでくださいよ。この川なんていう名前だと思います?」
 
「あれ、ノートに書いてありました?」
 
「なんと、チャルド川!」
 
「ええー、ほんとうに? 信じられない……」思わず口を開けたまま川に見入ってしまった。
 
 このことを聞いただけで、涙が出そうなほど嬉しかった。それは、300年の時を隔ててノートの主となにかがつながった瞬間だった。ウォーターランドの川と同じ名前の川がオールドリアヌにあった。ノートの主の誰にも話せなかったふるさとへの思いがいやなほど伝わった。そして、その場所に今自分自身がいる喜びは言葉にもならなかった。


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