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闇の心臓

とある階段を下りていきます。

そのビルは昭和の初めに出来たもののようで、階段などは凝った曲線と象嵌が施されているのです。
でもあまりに長いので、薫は真鍮の手すりに身体をあずけて、滑り降りていくのです。

階段は筒状の瀧のまわりを、くるくると回り降りていました。
瀧といっても本当の瀧でなく、上から垂らした糸に油を垂らし、それを電飾で照らしている「まがいもの」の瀧です。
電飾の光を受けて、油は赤く黄色く輝きながら垂れ落ちて行きます。
それは瀧というより暖かなシャンデリアのようで、薫は時おり手を差しのべて触れてみます。
すると手についた油はあやしく光り、慌ててスカートにこすりつけると、スカートの上でちかちかと光りながら、ゆっくりと消えていくのです。

消えたかと思うと薫が動くとまた光出し、

いつまでもいつまでも光っているようでした。


いつまでもいつまでも降りていくようでした。
時どき踊り場が現れて、薫はそこで小休止します。
そこも踊り場というよりは広間のようで、壁には灰色のタイルが敷き詰められ、壁にはドアがついており、「太陽荘」などという時代はずれな案内板がかかげられていました。
その名前に惹かれて薫はドアに近づいて、思い切ってノブを回してみました。

するとドアは呆気なく開いて、そこは地下のくせに明るい太陽が照っている丘なのです。
どことなく潮の香がするところからすれば、きっと海辺なのです。
不思議に思うはずなのに、なぜだか薫は不思議とも思わず外に出て、道なりに沿って歩き出しました。

道やゆるやかに右に曲がって行き、道端には赤い赤いすぐりの実などが鈍く光っています。

少し向こうにはレモンの実が、海岸特有の妙にけだるい陽射しに漂っているのです。

その後ろでは、恐ろしく明るい色をした家が、ありありと、しかしながら嘘のように巨大な影を落としていました。


そのとき薫の心臓はどきん、と鳴りました。

近寄って出窓から覗いてみると、中はがらん、として誰も、家具さえもありませんでした。ただ硝子ごしに剥がれた床が見えるばかりなのです。

きっとそこは空家なのです。

けれどもあかるい陽射しの下で、家の鼓動が聞こえていました。

流動質を失い去り、形象ばかりとなった家の鼓動が

大きく強く、幽かに近く、薫の心臓を響かせるのです。


やがて薫の胸には、あの油の瀧が見えてきました。


奥付



黒い灯台~薫の冒険~


http://p.booklog.jp/book/38644


著者 : 仲 薫
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/geltish/profile
表紙画像:Andrew Bossi under
Dual-licensed under the GFDL and CC-By-SA-2.5, 2.0, and 1.0


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