閉じる


<<最初から読む

12 / 14ページ

汝に問う

あるよく晴れた朝、布団をしまおうと家の押入れを開けると、
そこには父と母とが座っていました。
父は黒い服を着て、母は白い服を着て、
卓袱台を挟んで茶を飲んでいました。黙って飲んでいました。

その黒縁の眼鏡や丸めた背を見ると、たしかに父母なのですが、
やはりどこかわざとらしくような、不自然なのです。
肌なども青白く、生気がないのです。
たまりかねて薫は聞きました。「あなたがたは何者ですか?」

するとすっくと二人は立ち上がりました。
見ればそれは親でもなんでもなく、人間ですら、ありませんでした。
青い藁で編んだ人形なのです。

二人の人形はその青白い顔だったものを薫に向けて、言いました。
「ではお前は何者なのか?」
「ではお前はなにものなの?」

すると押入れが倒れて-というより押入れのふりをしていた壁が倒れ、崩れ去ってしまい、
建物の骨組みだけが、薫と人形だけを取り残して立っているのみなのです。
 
その骨組みの上に、卓袱台と人形と薫だけが、立ちつくしていました。
そこを風がぴうぴう鳴らし、辺りは日が暮れているのか、あるいは曇天なのか、
すっかり薄暗いのです。そのうす暗がりの中、薫は緑の瞳を思い出しました。
闇の中に翡翠のように、エメラルドのようにつよく煌く、あの瞳を感じたのです。

「あたしは、あたしよ。あたしは、あたしなの」
そう言うと、薫は人形どもを後にして、建物を下りていきました。

その下は藁人形よりもずっと得体にしれない、黒い人形どもが渦を巻いていました。
泣き出しそうになるのを堪えながら、
それでも薫はあの瞳のまま、歩いていこうと思ったのです。

闇の心臓

とある階段を下りていきます。

そのビルは昭和の初めに出来たもののようで、階段などは凝った曲線と象嵌が施されているのです。
でもあまりに長いので、薫は真鍮の手すりに身体をあずけて、滑り降りていくのです。

階段は筒状の瀧のまわりを、くるくると回り降りていました。
瀧といっても本当の瀧でなく、上から垂らした糸に油を垂らし、それを電飾で照らしている「まがいもの」の瀧です。
電飾の光を受けて、油は赤く黄色く輝きながら垂れ落ちて行きます。
それは瀧というより暖かなシャンデリアのようで、薫は時おり手を差しのべて触れてみます。
すると手についた油はあやしく光り、慌ててスカートにこすりつけると、スカートの上でちかちかと光りながら、ゆっくりと消えていくのです。

消えたかと思うと薫が動くとまた光出し、

いつまでもいつまでも光っているようでした。


いつまでもいつまでも降りていくようでした。
時どき踊り場が現れて、薫はそこで小休止します。
そこも踊り場というよりは広間のようで、壁には灰色のタイルが敷き詰められ、壁にはドアがついており、「太陽荘」などという時代はずれな案内板がかかげられていました。
その名前に惹かれて薫はドアに近づいて、思い切ってノブを回してみました。

するとドアは呆気なく開いて、そこは地下のくせに明るい太陽が照っている丘なのです。
どことなく潮の香がするところからすれば、きっと海辺なのです。
不思議に思うはずなのに、なぜだか薫は不思議とも思わず外に出て、道なりに沿って歩き出しました。

道やゆるやかに右に曲がって行き、道端には赤い赤いすぐりの実などが鈍く光っています。

少し向こうにはレモンの実が、海岸特有の妙にけだるい陽射しに漂っているのです。

その後ろでは、恐ろしく明るい色をした家が、ありありと、しかしながら嘘のように巨大な影を落としていました。


そのとき薫の心臓はどきん、と鳴りました。

近寄って出窓から覗いてみると、中はがらん、として誰も、家具さえもありませんでした。ただ硝子ごしに剥がれた床が見えるばかりなのです。

きっとそこは空家なのです。

けれどもあかるい陽射しの下で、家の鼓動が聞こえていました。

流動質を失い去り、形象ばかりとなった家の鼓動が

大きく強く、幽かに近く、薫の心臓を響かせるのです。


やがて薫の胸には、あの油の瀧が見えてきました。


奥付



黒い灯台~薫の冒険~


http://p.booklog.jp/book/38644


著者 : 仲 薫
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/geltish/profile
表紙画像:Andrew Bossi under
Dual-licensed under the GFDL and CC-By-SA-2.5, 2.0, and 1.0


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/38644

ブクログ本棚へ入れる
http://booklog.jp/item/3/38644





この本の内容は以上です。


読者登録

仲 薫(leprechaun)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について