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月を彩るものたち/五十嵐彪太

 雑貨屋で見つけた袋入りの青い硝子のビーズは、店主によると「アンティークだ」そうだ。

 気に入った一袋を求め持ち帰り、金魚鉢に入れ、水を注いだ。

 金魚はいない。ただビーズだけが底にある。

 夜になると、なにやら金魚鉢が騒がしい。

「今夜は満月だ」「満月だ」

 と口々にビーズが言う。ビーズも大勢いると声は大きくなるらしい。

 ベランダに金魚鉢を置くと、ビーズたちがうっとりとするのが手に取るようにわかった。運んできたばかりだというのに、金魚鉢の水はぴたりと波を鎮める。

「なぜそんなに月が好きなんだ?」

 と呟くと

「我々は月の女神セレーネのネックレスである」

 といきなり仰々しく声を揃えて言うので、笑った。ほんとかしらん?

 ともあれ、確かに銀色に輝く満月によく映える青だ。

 そういえば、しばらく月を眺めていなかった。


世界の外/圓眞美

 ねえ、あの月を燃してみせてよ。

 舌の痺れるほど自分の言葉に酔いしれながら、わたしは汗ばんだ男の胸に顔を預け心臓の音を聴く。瞼の裏に映る月は歪み、赤い。けれども窓の外の月はいつであっても鮮やかに黄色いのだろう。

 わたしの魂はあそこにあるの。わたしがそうと決めたときからずっと。

 窓の外の月を指し、男に語ったのはいったいいつのことだったろう。どんなにわたしを征服したつもりでいたところで好きになどならないと言いきるわたしに、男はいくらでも批難と落胆の混じった溜息をついてくれる。それは、あの月を燃してみせてとわたしがせがむたびにもまた同じく。

 世界は閉じている。男に連れてこられる前のことはもう忘れた。窓の外の月と男の心臓の音以外、存在しない。だからわたしは男の胸に顔を預けて心臓の音を聴きながら、月を見上げる。月は歪み、いつだって赤い。あの月が鮮やかに黄色かったことも、本当はもう忘れたけれども。

 燃してみせてよ。ねえ、あの月を。

 男は批難と落胆の混じった溜息をつく。


新しい楽園/白縫いさや

 病んだ月は遠く離れたこの星からも明らかなほどに火照っていた。苦しげに赤らんでいたかと思えば急速に青白くなり、きゅっと身を縮こまらせ嘔吐する。じわじわと黄緑色の染みが濃紺の空を汚す。

「おかあさんを助けてください」

 月の子供を名乗る双子が立っている。

 にやにや、くすくす。

 手には銀色のお盆。どこかで集めてきたであろう錠剤や医学書や破れたぬいぐるみや虫食いの林檎が乗せられている。

「知るもんか」

 そう言って顔を背けると双子は、感じ悪い人だね、感じ悪ーい、と私に聞こえるように囁き合ってフッと消えた。

 

 おやすみなさい。

 丘の一本杉の下で寝袋に包まる。誰に言うわけでもない。さめざめとした月光が降り注ぐ。病んだ月光の下で雑菌が蔓延り、親指大の胞子が飛び交う。ヘドロの川は七色に煌めき、百足のような足を生やした蛇が駆ける。もうみんな、ながくない。菌糸が寝袋をじわじわと絡め取っていくのを感じる。眼前には雛鳥の死体があり、その眼から白い茸が生えている。

 銀色の牛車が月に昇る。月が嘔吐する。月の軌道に沿ってアメーバのような染みができている。

 瞼を閉じる。

 何ものにも侵されない闇が広がり、つかの間の安堵を得る。


Moonshadow Carrot/五十嵐彪太

 次の満月の夜、ニンジンが会合を開くという。

 いかがわしい集まりかと思ったが「お月見だ」そうだ。

 丘の上にはニンジンが巨大な籠に積み上がっている。

 満月に照らされてツヤツヤと輝いている。うまそうだ。

 気付くとよだれを垂らしているのは私だけではなかった。

 すぐ横で馬がうっとりとニンジンの山を見つめている。


月が誘う/圓眞美

 こんなに月の奇麗な夜は、金属バットが現れる。その名のとおりでこぼこの金属バットを引き摺って、アスファルトをからからいわせながら夜の町を徘徊する殺人鬼だ。出遭えば必ず頭を割られて殺される。身を守る方法はただひとつ、持ち物すべてを差し出して、空いた両手で頭を割られないよう庇えばいい。そうして闇に消えるまで、息を潜めて待てばいい。

 だから少年は、金属バットに出遭ったときに取るべき行動を知らなかったわけではなかった。ましてや怯えて震えているのでもなかった。それでもしっかりと両手を胸に引き寄せたまま、動かない。金属バットは血まみれのバットをからからいわせながら少年に歩み寄った。寸の間少年と睨み合う。にいっと笑う。

「今夜だけは見逃してやるよ。今宵はひときわ月の奇麗な夜だからね」歌うように喉を鳴らし、たちまちからからと掻き消えた。

 さやけき月の下、少年の手のなかで仔犬が不安げにくうん、と、鳴いた。



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