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 犬は夜の平原を彷徨う。助けを求める手が瓦礫のあちらこちらから突き出されているが犬は見向きもしない。触れるまでもない。しな垂れた指先はとうに冷え切っている。食料も水もいまはどうでもいい。犬はただ頭を撫でてくれる飼い主の手のひらの温もりを求めて夜の平原を彷徨い続ける。

揺れ

「痩せたかい?」私は妻に訊ねる。いつもより細身に見えたのだ。余震が続く中、精神的に参っている妻は何も口にしようとしない。「だからちゃんと食べなきゃだめだと言っただろう」「違うの」妻は冷蔵庫からボウルを取り出す。中には乳白色の液体。「揺れで液状化したの。わたしのおっぱい」

炊き出し

「ヤス。この鍋じゃ炊き出しには小さすぎる。大鍋を二つほど買ってこい。あとは材料だな。米は事務所にあるだろ。じゃ肉と野菜、それにカレールウだ。馬鹿みたいに全部買い占めるんじゃないぞ」」兄貴はベンツのキーを放り投げる。「分かりました」「あとなヤス、ルウは甘口にしろ」

桜の季節

 桜の花びらが風に舞っている。校庭の隅に広げたござの上で写真を手に持つ母親とおにぎりを頬張る小さな兄妹。おいしいね。おいしいね。母親はそれを見て微笑む。写真の中の父親も微笑んでいる。ねぇママも食べようよ。おいしいよ。おいしいよ。促されて母親もおにぎりを頬張る。「おいしいね」

ゴリアテ

 巨人ゴリアテが燃えさかる東の大地に呼ばれた。猛る炎がゴリアテの巨体を真っ赤に照らし出す。ゴリアテが手を上げて合図をすると遠巻きに見ていた民衆たちはみな目を瞑り静かに両手を合わせた。巨人の股間から放たれた黄色い水がアーチを描く。炎は見る見る間に勢いを失っていった。

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