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えらいことになってきた。(株)山北コンビーフでは缶の鋼板が0.4mmの試作品を作り、梱包用の段ボールに入れて焼却炉に放り込んでみた。段ボールは燃 えた。そして燃えたのを見てみんながっかりした。中味のコンビーフもずいぶんと焦げた。もしかしたら鋼板を厚くしたことが幸いするのでは..と思っていた が、ぜんぜん関係なかった。

実際に輸送用車両が爆発炎上したときの状況などが(株)山北コンビーフの従業員にはわかるわけもない。山北春蔵にしても同じ話 である。しかしこのまま出荷するわけにはいかない。「とりあえずコストのことは考えず、絶対燃えないやつを作れ!」と山北春蔵は社員にはっぱをかけた。

試行錯誤が繰り返された後、缶の鋼板の厚さが0.9mm、これは冷蔵庫や清涼飲料の自動販売機の底板や裏板に使われている耐熱製に優れ たニッケルとマグネシウムの混ざった合金で、梱包材にはグラスファイバーを混入させた尿素樹脂製のカートンが考案された。

さらにこのカートンの中にポリ カーボの繊維による断熱材の仕切板が入れられた。最終的な実験では、これを焼却炉に放り込んで30分経過してから取り出したところ、コンビーフ自体は表面 が多少焦げる程度で充分食するに耐えうることが証明された。しかし同時にこれら梱包費用も単価に乗せた1缶あたりのコンビーフのコストは¥135にも達し ていることもわかった。「受けるんじゃなかった。」山北春蔵は悔やんだが、もう後には退けなかった。

とにかくこのままのコストでは宣伝になるどころか大赤字である。何としてもコストダウンの方策を考えなければならない。かといって缶と 梱包は安くすればまた燃えてしまう。考えられるのは中味、つまりコンビーフ自体である。とりあえずコンビーフの「肉」の量を減らし「脂身」の割合を増やし ていった。

かなり「脂身」の多いコンビーフになったときのコストは¥122であった。まだまだである。「脂身」をもっと増やした。だんだん「肉」が見えな くなってきたが、そのわりにコストに貢献しないようであった。

資材担当者より悪い知らせが入ってきた。缶の鋼板の厚さを変更したことで、従来のプレス用金型が使えず、新規に製作しなければならず、 また、プレス機自体も一回り大きな物を購入する必要がある、ということであった。これを単価に乗せた1缶あたりのコストに換算すると¥26になり、この時 点での1缶あたりのコンビーフのコストは¥148ということになった。

「脂身」の部分にカンテンを混ぜた。そしてカンテンの割合は徐々に増えていった。「肉」の量もさらに減らした。ほとんどがカンテンになった。透明なコンビーフである。透明であるがために「肉」の量が少ないのがよくわかる。 この時点でのコスト、¥119。

資材担当者より悪い知らせが入ってきた。缶の鋼板の厚さを変更したことで、従来の定尺の鋼板から取れる数が2/3に減ってしまい、缶単体でのコストが30%アップするというものであった。これを商品単価に乗せたこの時点でのコスト、¥133。

透明なコンビーフを試食した結果、味が薄いということがわかった。しかし「肉」の量はさらに減らさなければならない。「肉」を減らしたぶんヒジキを混ぜた。味は少し濃くなった。キリボシダイコンも混ぜた。だんだん味が濃くなってきた。少し希望が見えてきた。

営業担当者より悪い知らせが入ってきた。コンビーフはコンビーフの味がしなければいけない。と言われたそうである。これを聞いてみんながっかりした。

「犬のガム」をスライスして混ぜた。これがうまくいった。味がヒジキとキリボシダイコンに調和して何となくコンビーフじゃないかと思わせるような風味に なった。このとき山北春蔵を含め(株)山北コンビーフの幹部は「いけるぞ!」という気持ちになった。そしてさらに「肉」の量を減らしていった。「肉」を減 らしても味にはほとんど影響しないことがわかり、「肉」は全部とってしまった。

これは画期的なコストダウンである。残る問題は透明感である。このままでは コンビーフには見えないし、中のヒジキやキリボシダイコンが見えてしまう。石灰を混ぜた。だいぶ濁って透明感が和らいだ。見た目もかなりコンビーフに近 い。このくらい似ていればコンビーフと見間違える人もなかにはいるだろうと思われるくらいだ。

石灰を混ぜてからはだれも試食しなかった。石灰には味がないので、味のないものを混ぜても味は変わらないはずであるからだ。とにかくもう納期も迫っている し、早く生産体制を組まなければいけなかった。この時点でのコストを算出している暇もなかった。

恐らく多少の赤字にはなっていると山北春蔵は思っていた が、宣伝料だと思えば安いものであるが、缶に貼り付けるラベルはコストダウンのために一番最初にとってしまったので、商品自体は広告媒体にはならない。 もっともこんなコンビーフは誰が作ったのかわからない方が良いのでラッキーなのかもしれない。などとわけのわからない葛藤のなかで、一刻も早く船積みし て、自らの手から離したいと思っていた。

(株)山北コンビーフの生産ラインはフル稼働して52000缶のコンビーフをあっという間に量産し終えた。工場の敷地内に待機していた2台のトラックはこ の缶詰を積み終わるやいなや、ものすごい勢いで工場内を貫け、県道へ左折していった。2台めは左折したときに左後輪が30cmほど浮き上がったが、わずか に蛇行しただけですぐに体制を立て直し1台めのトラックの後方にぴたりとつけた。

2台のトラックは前後の20cmの間隔をキープしたまま東名高速を170kmではしりつずけ、あっという間に横浜港に着き、高速を降りてもスピードを緩め ることもなく接岸した貨物船めがけて突進していき、6輪ドリフトしながら、2台相次いで貨物船に平行にぴたりと止まった。

既に貨物船の近くで待ち構えてい た(株)山北コンビーフの幹部は一斉に2台のトラックのハッチに駆け寄り、船積み作業を開始し、あっという間に52000缶のコンビーフは貨物船のコンテ ナの中に納まった。貨物船が出航する瞬間、(株)山北コンビーフの幹部は全員で岸壁から貨物船の船体を押した。

そして貨物船が水平線に消えるまでの1時 間、大きく手を振りつずけた。その後全員でランドマークタワーの展望台からもう一度貨物船を見送った。

貨物船を見送ってから一ヵ月が過ぎた。バンビアからも国連からも日本政府からも何の連絡もなかった。一つ言えることはこの食料援助はバンビアの内戦の沈静 化には何の役にも立っていなかったということである。それどころか戦闘はさらに激化し、戦闘と飢餓による死者の数が増え初めていた。そしてこのコンビーフ がその大きな原因になっていたのである。

後に厚生省がこのコンビーフのカロリー計算をしたところ、栄養価が非常に低く、0.9mmの鋼板を手で巻取りながら缶を開けるために消耗するエネルギーよりも低いということがわかった。つまり食えば食うほど腹の減るコンビーフになってしまったわけだ。

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最終更新日 : 2012-01-08 08:32:59

この本の内容は以上です。


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