閉じる


<<最初から読む

2 / 40ページ

試し読みできます

馬鹿な指揮官、敵より怖い

 「馬鹿な大将、敵より怖い」という言い方もある。
 調べてみると、この言い方の場合は旧日本陸軍で悪名高い牟田口廉也に対する罵りの言葉らしい。ただ、牟田口は失敗したインパール作戦の時も、終戦時も中将であるから、大将という言い方は当らない。
 ともあれ、兵隊というものは、自分たちの命がその指揮官次第であることを良く分かっていた。
 馬鹿な指揮官についたときは悲惨な死を迎えなければならないし、優秀な指揮官の下では命を全うする確率が高い。であるから、あの大隊長はいいとか、あの連隊長はとんでもないといった兵隊同士の噂話は正確だったという。
 そして、悲しいかな、旧日本陸軍には馬鹿な指揮官が多かったようである。
 

 ノモンハン事件(昭和14年に旧ソ連と日本との間で起こった国境紛争)でのソ連側の指揮官であったゲオルギー・ジューコフ(後にソ連軍最高司令官・国防大臣・元帥)は、
「日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である」

と述べている。

 ビジネスの世界では命まで取られることはないが、やはり、優秀なリーダーの下で働くかそうでないかは、大きな違いになる。
 数十の店舗を持っている会社がある。
 この会社の店舗には、小さいところでも二十名、大きいところでは四十名程度の社員が働いている。何十もの店舗があれば、当然、業績が良いところもあれば悪いところもある。
 この業績が、店長一人が変わるだけで、ガラッと変わる。
 二年も三年も好業績を上げ続けていた店舗が店長交代と同時に急に大不振に陥ったり、赤字を垂れ流していた店舗がまたたく間に黒字転換を果たしたりする。
 業績が良くなることはいいが、店のトップ一人が変わったくらいで、悪くなるのは何事かと思うが、現実にそうなるのだから仕方がない。
 

 以前に教育の仕事でお手伝いをさせて頂いたマルハンでも、同じ話を聞いた。パチンコ店は一種の設備産業で人気台の有無と玉の出し方で業績が決まるのではと筆者は考えていたが、実際は、やはり店長次第らしい。
 司馬遼太郎が、会社というものは凄いことをするという趣旨のことを書いていたことがある。どういうことかといえば、そもそも人の上に立つということは普通の人にできることではない。にもかかわらず、会社は入社して十年も経つと、あなたは課長だよと言ってリーダーシップを要求するというのである。
 これは至言であろう。
 確かに人の上に立って仕事をするということは、千人に一人、万人に一人位しかできないことかもしれない。
 

ビジネスにおいては命までは要求されないと述べたが、これは短期間の目に見える部分だけの話だけで、長い目で考えると、リーダーの影響力は部下の人生を左右している。
 最初に付いたリーダーの良し悪しが、その人のビジネス人生を決めるというのは、昔から言われていることである。
 こういった観点で周囲を見回した時、良いリーダーが少ないなぁと感じるのは、私だけはないだろう。
いつからこうなったのか?前からこうだったのか?
少なくとも、この、どこに向いて進むべきか判然としない時代、課長層(下士官)以下がいかに頑強で狂信的に働いても、経営者が無能であれば、企業の行く末は目に見えている。
「社員が悪くて潰れた会社はない」といわれる所以である。

 

※マルハン:総店舗数二百店舗のパチンコチェーン、2005年にパチンコチェーンとして始めて売上高一兆円を達成した。


試し読みできます

百戦して九十九敗しても最後の一戦に勝てばその人が勝利者である

 何事かで成功を収めることは、本当に難しい。成功を収めるためには、素質と才能が必要である。ここで、素質とは英語でいうギフトであり、まさしく贈り物である。
 体格や筋力が優れていたり、頭脳が明晰であったりと、ほとんどが生まれた段階で決定されている能力である。
 しかし、体格が優れていれば、それだけ優秀なスポーツマンになれるかといえば、決してそんなことはない。頭脳が明晰であれば、立派な学者になれるかといえば、これもそんなに簡単なことではない。
 素質を活かす力が必要であり、それが才能である。
 様々な才能の中で、最も重要なものは、継続する力ではないだろうか。様々な障碍に出会いながらも、挫けずに続けていく意志の力ではないだろうか。
 そもそも、何事をなそうとした時、ことの始めから順調に進むなどということは、稀である。
 偉人や成功者の物語などから、私たちが学ばなければならないことは、似非宗教のような成功法則ではなく、その挫けない心と障碍を解決しようとする工夫である。
 よく「想えば叶う」などといった成功法則を耳にするが、そのようなことを私は信じない。主観的な願望で客観的な事実を変えることは出来ない。大切なことは、地道な工夫と努力の積み重ねだけである。
 この工夫と努力の物語を、一つ紹介したい。

 旅館などに行くと、一人用の鍋料理が出てくることがよくある。鍋の下には、小さな固形燃料が置かれている。
 この固形燃料の開発は、次のようにして成し遂げられた。
一、ある兄弟が温泉宿へ行った。長風呂したため、すっかり料理が冷めてしまったという。温かい料理を食べたかったという思いが、二人の心に残った。
二、後日、釣りに行ったときに、キャンプ用の固形燃料を目にして、その応用を思いつく。
三、実は、兄弟の会社は石鹸を作る工場であり、当時、業績不振に喘いでいた。そして、固形燃料と石鹸は原料が似通っていた。
四、二人は、成分は固形燃料とほぼ同じだが、鍋用の燃料として販売しようと思いつき、有馬温泉に持っていった。この製品は、大きな缶から一回分毎に、適量を取り出すというものであった。
五、無理をいって使って貰ったのはいいが、取り出すときに、仲居さんの手が荒れるとのクレームが発生した。また、一回分の量が均等にならず、燃焼時間にムラがでるというクレームも出た。
六、そこで実験を行った。一人分の鍋料理に要する時間を計ったのである。その結果、約20分間の燃焼が必要だということが分かった。そこで、約20分間燃焼する分だけを、切り分けて販売することにした。
七、しかし、次には火力が強すぎる、また、眼も痛くなるとのクレームが発生した。
八、この解決策はなかなか見つからなかったが、ある時、洋菓子を見て、燃料をアルミ箔で包むことを思いつき、製品に改良を加えた。
九、これで万全と思っていたら、子供がお菓子と思い食べてしまうとのクレームが発生した。
一〇、そこで、全体をビニールで包み、表面に「食べられません」の文字を印刷した。また、過って子供が口に入れてもすぐに吐き出すように、苦い成分を配合した。
一一、しかし、全体をビニールで包んでしまったために、ビニールが燃えてこびり付き、その掃除が大変とのクレームが、今度は出てきた。
一二、そこで、またまた改良を加え、燃料の部分だけビニールで包むことにした。
一三、ところが、クレームとまではいかないが、もっと火の付きをよく出来ればとの要望が上がってきた。燃料の表面のビニールが溶けなければ引火せず、それには時間がかかったからである。
一四、そこで、ビニールの上から燃料に細い切込みを入れるという改善を加えた。このことによって、切り込んだ筋に燃料が溶けて溜まり、火が付きやすくなったのである。

 商品化を思い立った時から、ここまで10年の月日を要したという。
 この兄弟と同じような発想をした人間は数多かったのではないかと、思う。しかし、この兄弟ほどの工夫や挫けない心を持ち続けた人間はいなかったのであろう。この小型燃料の関する特許は16件あるという。
 私も含め、多くの人間は障碍に出会い、失敗した段階でやめてしまう。失敗というものを、やめるべき合図と捉えているのである。
 しかし、冒頭に述べたように、最初から全てが順調にいくのは稀である。一回や二回の失敗で諦めていたのでは、人生には失敗しか残らなくなってしまう。
 人の生き方は難しい。
 人生の初期に栄耀栄華を極めた人間が晩年に悲惨な境遇に陥ることもあれば、苦難の日々が最終的に花開くこともある。
 失敗は恥ではない。そもそも人生はほとんどが失敗で成り立っている。恥ずかしいのは、失敗して「これは駄目だ」と簡単に諦めてしまったり、「私には所詮無理だ」と開き直って何もやらなくなってしまったりすることであろう。


試し読みできます

著者紹介

 

西森憲司

株式会社クエスト 取締役社長
経営コンサルタント&研修講師
e-mai:nishimori@quest-corporation.co.jp

昭和30年12月25日高知県生まれ。

 

 

 

早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、 4年間高知県庁に務めた後、OA機器商社にて営業マン、マネージャーとして活躍。その後研修コンサルタント会社において各種診断、各種研修プログラムの開発、数多くの企業のコンサルティング、セミナーの講師等に従事。
平成2年、株式会社クエストを設立。
平成16年、東日カーライフグループおよび東京日産自動車監査役
平成20年、監査役退任

著書「逆転の交渉術」こう書房、「潜在意識で人を動かす」明日香出版


40
最終更新日 : 2011-01-30 16:48:55

試し読みはここまでです。続きは購入後にお読みいただけます。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格500円(税込)

読者登録

西森憲司さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について