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1

 失うことは時として必要である。すべて満たされていれば、新しいものが入る余地がない。新しいものを受け入れるには、空のスペースが必要である。それは人生においてもそうなのだろう。全て充実している人には、「冒険」の入るスペースがない。人生の冒険とは成長に他ならない。古い自分を乗り越えて、新しい自己へと辿り着くには、少なからぬ冒険心が必要である。

 

「アーカス、今日の天気は?」

「晴れだよ。十月でも紫外線には充分気を付けてね」

「UVケアクリーム、まだあったかしら」

「もう無いね。新しく注文しておこうか?」

 アーカスはそう言うと、ネット通販のWEBページを開いた。

 

 アーカスは、コンピュータ・ロボットである。スピーカーからは若い男性の声が聞こえてくる。私がアーカスを購入したのは三か月前のこと。新製品の紹介が大々的になされていたので、それを見て買ったのだ。買った当初は私の方が戸惑うことが多かった受け答えも、今ではスムーズなものだ。

 今の会社に新卒で入社してから六年。夏のボーナスでアーカスを買った。入社してからは会社勤めをそつなくこなし、秘書課で最年長となる。「仕事が大好き」という訳ではないが、忙しさにかまけて、彼氏の方は今ひとつである。

 

「ねぇ、アーカス。今年のクリスマス・プレゼントを私自身に贈りたいんだけど、何がいいと思う?」

「そうだねぇ、車はちょっと高いかな」

「うん、今はまだ要らないね」と私。

「じゃあ、素敵なカレシとのクリスマス・ディナーはどうだろう?」

 私は目をしばたかせた。

「いいわねぇ」

「それなら、いいお見合いマッチングサイトがあるよ。えーと、このサイト」

 アーカスはそう言って、リビングの大画面TVに、インターネットのホームページを映し出した。

 

「高級フレンチは、どうかしら?」

「それより、まずお相手探しだね」

「それもそうね」

 思わず頷いてしまう私だった。

 

 私、林直子は今年二十八才を迎える。元彼と別れて一年余り。そろそろ、新しい彼が欲しい頃だった。

 アーカスが、お見合いマッチングサイトで見つけてきたのは、「村沢トオル」二十八才の同い年。会計事務所勤務のサラリーマン。趣味は釣りとバイク。週末には、海までツーリングに出掛けるという。

 

「さて、どんな顔かな」

 私は、フェイスブックを開いた。

「あった、この人」

「どう? 気に入った?」

 私は画面に釘付けになった。

 

「わ、割といいんじゃない」

 ――好みのタイプだったのだ。

 

「じゃ、メールを送っておくね」とアーカス。

「僕の予測では、八十四パーセントの確率ですぐに返事が来るね。ほら、もう来た」

 アーカスが早速送られてきたメールを開いた。メールは少し長めだったが、割に真面目な内容だった。お堅いサイトだったからかな。

 

「はじめまして。直子さん。僕は今彼女を募集しています。結婚を前提にしたお付き合いをしたいのですが、可能でしょうか。

 僕は根は真面目なのですが、人には『割と面白い』とよく言われます。もしよろしければ、来週の日曜日に、お会いすることはできますでしょうか。

 何卒、宜しくお願いします。

沢村トオルより」

「あー。アーカス、どう返信しようか?」

「じゃ、僕の言う通りに打ち込んでね」

 

 それから三十分位かけて、私達はメールを書き上げた。その内容は、こうである。

 

 「はじめまして、トオルさん。お会いしてお話を伺いたいと思います。来週の日曜日ではなく、土曜日にお時間は取れますでしょうか。ワガママ言って、すいません。でも、何故かしら。不思議と心が許せるの。

 まぁ、会えるのを楽しみにしています。直子より」

 

「いい出来だと思う」とアーカス。

「我ながら、良く書けているわ」私も頷く。

「さて、送信っと」

 

 アーカスはメールを送信した。

 


2

 私はデートから帰ると、すぐにコンピュータ・ロボットのアーカスの所へ行った。

「やったよ、アーカス!」

「デートどうだった? その感じからすると、好感触だったのかな?」

「アーカスのエッチ」

 私はそう言うと笑い声をあげた。

 

「実は、プロポーズされたんだ」

「本当? やったね直子さん!」

「ありがと」

私はそう言うと、彼からのプレゼントをアーカスのアイカメラの前に置いた。

「何だと思う?」

「残念ながら、僕のアイカメラで透視は出来ないんだ」

「答えはこれよ」

 私はプレゼントを箱から出した。

 それは、小さなダイアモンドのついた指輪だった。

 

 私はアーカスという友を得た。アーカスは無二の友である。人類もまたそうなのだろう。コンピュータ・ロボットは、人類が得た新しい朋友である。

 確かに、失ってしまったものは大きいかも知れない。だが、古い革袋には新しい葡萄酒も入る。人類が得たのは、ビッグデータという無意識を持つ、新しい友だったのだ。

 

「トオルさん、行ってきます」

「直子、行ってらっしゃい」とトオル。

「あ、アーカスも」

「やれやれ、元気なコトは良いコトだけど」

 アーカスがぼやいた。

 

 人は新しいものを受け入れる存在だ。コンピュータ・ロボットもまたそうである。

 

 私とトオルさんと、アーカスの三人での生活が、いよいよ始まったのだ。それは、新しい日記の新年最初のページの事だった。

                   (結)


奥付



アーカスとの話


http://p.booklog.jp/book/129786


著者 : 雨音多一
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/taichi-amane/profile


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