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七 冬はつとめて(東の京タワーの巻 上)

 

季節は冬を迎えた。時には、雪が降ったり、雪が降らなくても霜が降りたりで、盆地特有の厳しい寒さが京の街を襲った。当然、紅葉の葉が木々から少しずつ落ちていくように、京の街も観光客は減っていった。

 

それでも、新年には多くの参詣客が京の街を訪れる。今のうちが、準備の期間中とばかりに、街は慌ただしくなっていった。神社仏閣では、仏像や建物のすす払いや庭の清掃を始める。すると、それにならうかのように、市民たちも大掃除や、もちつきやおせち料理、門松などの準備など、街を上げて、まさに、誰もかれもが走り回っていた。

 

そんな慌ただしさもようやく落ち着いて、いよいよ明日は新年だ、という大みそかの日となった。それでも、京の人々は「なんか忘れ物はあらしませんか」と家の中や街の中を注意深く歩いていた。

 

「そやそや、おふとんを干すの忘れとったわ」と押し入れからふとんを取り出すと、二階に運び、ベランダの手すりにかけた。

 

「ええ、天気やわあ。来年も、ええお正月を迎えられそうやわ」と小小春日和の太陽に目を向けた。その光の暖かさに、思わずこっくり、こっくりと立ったまま寝てしまいそうだった。

 

その時だ。急に寒気を感じて、体が震えた。周りが暗くなる。さっきまで照らしていた太陽が消えた。巨大な影が太陽を覆ったのだった。

 

それは、ベランダや縁側で日向ぼっこをしている市井の人たちだけでなく、元旦の初詣日に出向くために、前日から京都駅に降り立った人、年末までビジネスの打ち合わせをして、ようやく地元に帰るために、時間を気にしながらバスを待っているサラリーマンたちにも体に震えを与えた。

 

人々が空を見上げる。そこには、巨大な塔が立っていた。京都タワーを見慣れている人も、その巨大さに驚いた。と、同時に、その巨大な影に覆われると、寒さで立っていられなくなり、思わずしゃがみ込んでしまった。まるで、水風呂に入った時、水のあまりの冷たさに皮膚が収縮して、体全体がちじんでいくような感触だった。

 

このまま、寒さの圧力で、究極の氷豆腐にでもなってしまいそうだ。そうなれば、まさに、お正月には、仏壇と一緒に、お供えをされてしまう。それは、御免こうむりたい。それでも、その意に反して、人々は、寒い、寒いと呟きながら、膝を抱え、ダンゴムシのように、寒さという敵に襲われて、自らの体温を守るように丸まっていく。

 

「眠るんじゃない。眠るんじゃない」

 

どこの誰かが巨大なスピーカーのような声で励ましてくれるものの、その声を聞いている人たちは、寒さで、耳を塞いでいるため、その声さえも聞こえない。代わりに聞こえるのは「都は東。都は東」というフレーズだけだった。その声は、耳を塞げば塞ぐほど、指の隙間から侵入してきて、犬は喜び、庭駆け回るのように頭の中に浸透していく。

 

その声を、何回も、何回も聞くうちに、京都生まれで、京都育ちで、三代以上に渡って京都に在住し、京都が都だと信じて疑わない人たちさえも、洗脳されたのか、「都は東」と呟いてしまい、「そんな馬鹿な」と耳を塞いでいた手で、自分の口を塞ごうとするものの、その隙に、耳には大量の、「都は東」の呪文に脳が侵されるのであった。

 

 しばらくすると、座り込んでいた人々は、ゾンビのように立ち上がると、両手を前にならえ、をして、だらんと手を伸ばして、「都は東。都は東」と呟きながら、街中を徘徊し始めた。

 

「きゃあー。ばけものだ」

 

街中で、阿鼻叫喚の声が上がる。「都は東へ」と唱えるゾンビたちは、市民や観光客たちに襲い掛かった。

 

「やめろ。やめてくれ。まだ、死にたくない」

 

ゾンビに出会った市民たちは、恐怖のあまり、逃げ出すことも出来ずに、道路だろうが、店だろうが、神社だろうが、その場で蹲ってしまう。そんな人々をゾンビたちが取り囲む。ゾンビたちは、蹲った人の耳たぶを舐めるかのように、「都は東。都は東」と、やさしく囁くのであった。

 

人々は、その声を聞くと、体中が震えあがり、夢遊病者のように立ち上がると、両手をだらりと前に垂らしたまま、「都は東。都は東」と口から涎のように言葉を垂らしながら、徘徊し始めるのであった。

 

 そんな時、ゴーンという大きな鐘の音が鳴った。

 

「みんな、正気に戻るんだ」

 

そこには、水レンジャーが現れた。だが、鐘の音でもゾンビに侵された人々の脳を正気には戻すことは難しかった。

 

「仕方がない」

 

水レンジャーが印を結ぶと、地面のあちらこちらから、水脈に沿って、水が噴き出した。水は、直流となって、ゾンビ化した人の顔に的確に命中した。ゾンビのつらにしょんべんならぬ、水が浴びせられた。

 

「ひゃあ。冷たい。凍りそうやわ」

 

突然、顔に水がかかったものだから、人々は、無理やりにお風呂に入れられた犬のように、顔を前後に揺らした。水しぶきが飛ぶ。それで、ようやく、我に返り、ゾンビの悪の魔法から脱がれることができたのだった。

 

「おのれ。俺の邪魔をする奴は誰だ」

 

大きな影が水レンジャーに覆いかさぶった。その陰に向って、地面から水が発射された。

 

「ひゃあ。冷たいわ」

 

大きな影が、京都弁をまねたかのように叫び声を上げた。その影の存在は、巨大な東の京タワーだった。とても、水レンジャー一人では太刀打ちできそうにない大きさだった。東の京タワーが上から目線で、光を放射した。

 

「うっ。まぶしいわあ」

 

思わず座り込む水レンジャー。東の京タワーからは、赤や黄色、緑と七色の光線が放射される。それを見ると、眼が、脳が幻惑されて、立ち上がることさえも出来なくなる。

 

「どうだ。東の京の力は。新年からは、この東の都が正真正銘の京となるぞ。おまえたち古京とでも名乗ればいい。はははははは」

 

 東の京タワーの「都は東」宣言が京の街中に響き渡る。その声は、東山、北山、そして、西山と三方の山々の壁にぶち当たると、「都は東。都は東」と、こだまよりも早く、光となって、帰ってきた。その怒声に、耐えきれずに、思わず耳を塞ぎ、しゃがみ込む水レンジャー。その姿を見て、東の京タワーは巨大な足を振り上げると、水レンジャーを踏みつけた。

 

「うぐ」

 

 地面に横たわる水レンジャー。足を跳ねのけようとするものの、重すぎてどかない。かえって、足が体にのめり込んでくる。このままでは、地面にめりこんでしまう。

 

「それこそ、古京の遺物になってしまいそうだ」

 

「漬物になれ。漬物になれ」と東の京タワーが勝ち誇っている。その時、「うわあ」と叫ぶ声が聞こえたかと思うと体が軽くなった。

 

「今だ」

 

聞き慣れた声がした。すぐさま立ち上がる水レンジャー。 目の前には、東の京タワーが水レンジャーを踏みつけていた足を上げ、倒れ掛かっていた。その周りには、風、火、地の三体の塔レンジャーがその姿を睨みつけていた。三体が同時にレンジャーキックをかましため、東の京タワーの巨大な体躯が大きくバランスを崩していたのだった。

 

 

 


この本の内容は以上です。


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