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保険はミカタ?完結編

 

5年前の1月17日交通事故の被害にあった。66才のときだ。リハビリに精を出し、日常の暮らしを取り戻しつつあったその4年後、私は夫と共に地方裁判所の門をくぐった。

(一体どんな服を着ていけばいいのかしら?真っ黒もへんよね。お葬式じゃないんだし)

ちょっと悩んだが、グレーの上着に黒のスカートで、夫の運転する車に乗った。流れる見慣れた風景も目に入らず、4年間のことが次から次へと脳裏に浮かんだ。1月17日の朝であった。

 

退院した私の診断書には『第6・7・10・11肋骨骨折、第1・3・4腰椎圧迫骨折、第2腰椎突起骨折、外傷性血気胸、口腔内挫傷、外傷性総胆管損傷』と、長々と書かれていた。それからの自動車保険会社とのやり取りは、とても気の重いものだった。

最大の問題点は『外傷性総胆管拡張症は私病であり、交通事故とは無関係で、この部分の治療費保険金は支払わない』というのが、保険会社の主張であった。

体調のすぐれない私に代わって夫が奮闘した。行政書士Tさんのアドバイスを受けながら、交通事故紛争処理センターに何度も足を運んだが、調停は拒否された。

「えーなんでえ。あんなに書類揃えて時間かかったのに無駄だったの?」

知らされた私は、ため息をつくしかなかった。

後日、手術などの治療費の支払いを拒否すると、保険会社から『裁判に訴える』との文書が届いた。仕方なくTさんの紹介で弁護士にお願いすることになった。そのとき、夫が会社で、若い頃から加入していた損害保険に『弁護士費用保障特約』がついていると教えてもらった。

「えー、そんなの入ってたの?」

「いや、全然知らんかった」

「でもよかったねー。気分が楽やわ」

そう言って、私たちは手をたたきあった。

 

事故から2年たった4月、二人で弁護士事務所を訪れた。初めてのことでかなり緊張した私の前に現れた弁護士は、40代と思われる男性で、颯爽とした中に穏やかさがにじみでていた。

「相手から訴訟を起こされると、こちらは被告になります」

「えっ、被告って!極悪非道な犯罪者みたいです」

狼狽える私に

「心配はいりませんよ。こちらから訴訟を起こします。だから原告になります。私たち弁護士には、どちらも同じなんですけどね」

そうやさしく微笑んだ。その後、私の話にじっくりと耳を傾けてくれ、入室した時の緊張はすっかりとけていた。

(あーこの方にお任せしよう)

心から安堵して、そう思った。

訴訟を起こすといえば、私自身が裁判所に通って、どんなにか大変だろうと思っていたのに、実際は全く違った。原告と被告のそれぞれの弁護士が文書を提出し、裁判所で口頭弁論というものを行うのだと、教えてもらった。

8月に訴状を提出するまで、M弁護士と何度か打ち合わせをした。そして、その後の1年間で、5回の口頭弁論が行われた。M弁護士を通じて相手側から来る文書は、いつも気が滅入った。終始一貫、論調も厳しく『胆管胆嚢摘出は、原告の先天性の胆管拡張症によるものであり事故とは無関係である』との主張であり、こちらのかかりつけ医の意見も黙殺された。

私が30年来お世話になっているこの先生は、

「ずっと診て来てどうもなかったもんな。きちんと僕が言ったように、検査も受けてるし」

そう言って、私のたくさんのカルテも提出し、文書で『今まで合流異常は認められず、経過観察中である』と回答してくれていた。

私は保険会社の主張に、どうしても納得できなかった。先天性のものに素因はあるとしても、66年何の支障もなく暮らしてきたものが突然起こるだろうか?明らかに事故の衝撃が原因としか考えられなかった。

相手側の根拠は、肝臓の数値(GOT・GTP・r―GTP、注参照)が6日後に異常な数値を示していたことであり、それに基づいて、『6日後に発症したものであり、事故との因果関係はない』と主張していた。

3月、こちらから私の10年、20回にわたる健康診断の血液検査の数値を提出した。ふと、私がその検査票を保存していたことを思い出すと、

「おー、これはすごい!加代子にしてはようきちんと置いとったもんや」

 びっくりして夫は言ったのだった。

M弁護士は文書に書いた。

「事故の外傷による膵炎との因果関係は明白である。肝臓の数値は、10年間基準値の上限から相当余裕ある数値に止まり、しかも安定している。それが事故当日顕著に上昇し、6日後にはそれが基準値をはるかに超える数値であった。66年無症状で膵胆管の合流異常は全くなく、『たまたまその時期に』というのは余りに無理がある」

この対応に追われたのか、相手側から、口頭弁論の延期の申し込みがあった。

7月の打ち合わせで、M弁護士は言った。

「あの論文を提出しましょう。被告側の論点が揺らいでいますから、パンチをひとつ」

その論文というのは、私の手術を行った医師のチームが執刀の半年後に学会で発表したものだった。

『交通事故による多発外傷を契機にした膵炎で発症した先天性胆道拡張症の例』と題した、明らかに私の症例であった。インターネットにかじりついていた夫がこれを探し出して来た時、真っ暗なトンネルの中で、向こうにかすかな灯りが見えた気がして、体が熱くなったのだった。

8月末、相手側から受け取った文書は、私を戸惑わせた。どんな反論があるのかと案じていたが、それは全くなく、論点が完全にぶれていた。

まず、私が骨粗しょう症であると言ってきた。以前の健康診断でも指摘されたこともなく、訳が分からなかった。かかりつけ医に話すと、

「そしたらなにか、骨密度の低いよぼよぼの爺さんは保障がないんか。そしたら筋骨隆々の兄ちゃんやったら保障金が高くなるんか。そんなあほなこと言うてくる相手、がんばって裁判勝ちや」

そう激励された。

 その上、肝臓値異常値のため、アルコール大量飲酒者にもされていた。それを聞いた娘は

「お母さん、一滴もお酒飲まないのに。入院して、絶対安静でいつ飲むの?あんなにじっとしてるお母さんなんて初めて見たよ」

そうあきれ果てていた。

その後の打ち合わせで、M弁護士は苦笑すると、軽やかに言った。

「気にすることはありません。支離滅裂で全く問題になりません。裁判官は正しく判断されますよ」

 (こんなことを言われて、一体どうなるのだろう)

不安だった私は、ほっと胸を撫でおろした。

それからはバタバタと進み、11月には和解案が示された。こちらの主張をほぼ全面的に入れた案だったので、きっと反論があるだろうと覚悟していた。

 

年が明けて1月17日、私は、生まれて初めて裁判所というところに足を踏み入れ、緊張でガチガチになっていた。それなのに「保安検査場」を通ろうとすると、「ピーピー」という音が鳴り響いた。隅に誘導され、女性の職員さんに直接調べてもらっても「ピーピー」は止まらず、緊張は頂点に達した。汗が噴き出て、なんとか通過してやっとM弁護士と出会えた。

(あー、ドキドキする。法廷って、高い段の所で、黒い法服を着た裁判官が木槌を叩くのよね。あー、どうしよう、胸がバクバクする)

 そう思いながら導かれた部屋は、単なる会議室のようだった。拍子抜けした私がつっ立っていると、ツイードジャケットを品よく着こなした若い方が部屋に入って来た。

(事務の方だな)

そう勝手に思って、指定された席に座った。

「では始めます」

(えっ、この方が裁判官!)

そして遅れて入って来た人を見て、またびっくりした。フードのついたウインドブレーカーで、散策に出かけるようないでたちは、相手側の弁護士だった。しかもその格好のままで座った。M弁護士は濃紺のスーツで、目礼して座った。

「ではこれで終わります」

裁判官の静かな声に私はきょとんとした。

「終わりですか?」

ささやくように隣に座るM弁護士に尋ねた。

「和解が成立したようです」

M弁護士の小さな声が耳に入ったとき

(えっ、そうなんだ。うわー、長かった。4年は長かった!)

安堵の波が体中を駆け巡った。

あまりにもあっけなく終わってしまった。フード弁護士は、一言も発することなく目を合わせることもなく、そそくさと部屋を出てしまった。

ポカンと座っている私に、裁判官が

「難しい言葉ばかりでしたね。説明しますね」

そうほほ笑んでおっしゃった。私は、こわばっていた肩の力をぬくと、深く頭を下げた。和解案は、こちらの主張をきちんとくみ取った満足のいくものだった。今まで理不尽な文書を目にすることばかりだったので、その文字が柔らかかった。

夫と二人、帰り道の冷たい空気が気持ちよく包んでくれた。神戸の街は、震災の慰霊に満ちた凛としたものだった。

 

あの日からまた1年が過ぎた。裁判はつらいものだったけれど、きちんと書き留めておきたいと強く思うようになった。夫に話すと

「俺は反対や。あんなしんどいこと、又たどらんでもええやないか」

 そう言ったが、私がどうしてもと言いはると、10cm以上はあるバインダーを5冊、重そうに抱えて来て、私の前に積み上げた。それは、たくさんの赤青のインデックスがつけられた丹念な記録だった。

 

1月17日、震災の慰霊の日。そして、私には事故で生活が覆された日。また偶然にも和解の日だ。その間、お世話になったT行政書士、M弁護士。そして案じてくれた家族や友人たちにお礼が言いたい。そして何よりも、いつも私の前を歩き、厳しい向かい風から守ってくれた夫に、心からの感謝を伝えたいと思う。

ありがとうございました。

 

 

注 GOT・AST

  GPT・ALT

   この2つは肝臓の細胞にある酵素で、肝細胞が壊れると、血液中に漏れ出して高値になる。それゆえそれぞれの数値から肝細胞の障害の程度を知ることができる

   r-GPT

   肝臓の障害や胆汁の流れが悪くなると血液中で上昇する

 

私の場合、GOT・ASTは10年間16~19(基準値は8~38)

  事故当日は66. 6日後に344であった

 


この本の内容は以上です。


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