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キャメル編10

 西ザータの監視塔、オレの十五年間閉じこめられていた『始まりの部屋』にオレはいる。北向きの小さな窓から差し込む白い光が、この薄暗い部屋を、わずかに照らす。

 懐かしいこの部屋で、オヤジは今日、西ザータの村長に消されるのだ。オレは何とかして、その処刑を止めるべく、西ザータの村長と直接会って話をしている。 

 幸い、ジーンもガイも、ついてきてくれている。オレを、信じてくれているようだ。

 

 

 

 警備隊の中年の男は、村長の一歩前に出て、放火事件と同じ頃、変異種の女が誘拐された、とオレたちに語った。 

「えっ、あの女が誘拐? 許せねえな。あの初恋の思い出は、永久に俺のもんなのに!」 

ガイが大声をあげて、話をさえぎった。

「ガイ、黙って聞いてろ」

 オレがぼそっと注意した。ガイは目を細くして、また何か考えている顔になった。  

 

 警備隊の中年の男は、まったく表情を変えない。

「それとほぼ同時期に、西ザータは火の海になりました。犯人はしばらく、見つかりませんでしたが、二、三年経って、東ザータへ偶然行ったある旅人が、不思議な髪色の幼児を見たと、東ザータの女村長へ届け出たんです。その幼児を、近所中に自慢してまわっている男性を見たと」

「そうか」

 そこまでは、オレの知っているところだった。問題は、それからだ。

 

「そしてその男性が、女性を誘拐し、放火殺人を犯した、という事で捕まりました。証拠は、誘拐された女性そっくりの幼児を育てていた、という事、それと、自白でした。女性は、現在でも行方不明ですが、この村にまれに現れる、変異種だったと聞きます」

 

「警備隊でさえ知っている事は、それだけか」

 オレは、腕を組んで冷たく言い放った。オレは、警備隊ならもう少し情報を持っていると確信していたのだが。

 警備隊の中年の男が、表情を少し変えた。彼の頬を、汗が伝った。

「いえ、他にも情報が……、では、もっと語ってよろしいんですね、キャメルさん。『正直に答えろよ』とおっしゃったのは、あなたです。私には、責任がとれません。まず、――」

 

 「わかった!」

 ガイが突然、手をポンとたたいた。警備隊の中年の男の話は、見事にガイの大声にさえぎられた。警備隊の中年の男は一歩退いて、一瞬異議ありげな顔を見せたが、またすぐに表情を隠した。

 ジーンは、何も言わず、ガイの方を見た。

 

「出しゃばるな、この黒い乱入男」

 警備隊の、もう片方の若者が槍で制した。ガイが、物体を指さすのと同じ風に、警備隊の中年の男を指さした。

「あんた、はっきり言って、自信無いだろ。違う? はは」

 

 警備隊の中年の男は、少しうつむいて、視線を下に向けて言った。彼の汗が、唇にまで流れた。

「そこですか。……実は、私も不思議に思っていたところがあったんですよ。なぜ、女性を誘拐したら、放火殺人犯と同一になるのかと。……なぜ、その子を大事に育てていたら、目に見える証拠として捕まるのかと。しかし、当時の私は入隊して間もなく、力不足ゆえ、上司の決定にはさからえませんでした。それに、一応、自白があったと聞きますから――」

 

 村長は、警備隊の中年の男を一瞬、にらみつけた。彼は、うつむいて、顔に汗をにじませたまま、目をぎゅっとつむった。

 ガイの横顔が、いつもと違う。ガイの丸い目は、塔の薄暗がりの中で、彼の異国風の曲刀のような、光を放っている。

「あんたも不思議に思ってんだろ? 俺も不思議に思ってたのさ。ずっと」

 

 警備隊の中年の男は、うつむいたまま、口を開いた。あごから汗が、金属の鎧に滴り落ちる。

「それは、私が不思議に思っているだけですよ。上司や前村長の間では、下っぱだった私に知らされないまま、事件は解決という事になっていました。あなた方こそ……」

 

 今までずっと考えているようだったガイが、石の床を一度蹴って、流れるようにしゃべりだした。

「俺が不思議に思ってたのはそこじゃない。クソ村長さんのやり方さ。――簡単にまとめれば、村長さんよお、あの大火の時、俺たち全員に消えてほしかったんだろ。正直に言えよ」

「なぜそう言えるのじゃ? 証拠も無いくせに」

 

 ガイは俺の前に出た。村長が目の周りのシワをこすった。両手を振りながら喋るガイの、突き刺さるような大声が、監視塔に響く。

「俺の家は門のすぐそばにあった。一番、門に近い家だ。なのに、俺とキャメルが放火殺人犯と門の前で戦ってるとき、なぜ門に誰もいなかったんだよ。不自然だなあ! あれは、あんたの命令で警備隊が隠れていたんじゃねえの? 俺たち全員を、消そうとしたな、あんた。本物の放火殺人犯が見つかって自白されたら、ここの警備隊、つまりあんたの重大なミスが明らかになるわけだ。あれだけの大火を隣村の村長が知らねえとは言わせねえぞ。

 俺たち全員が倒れるまで、警備隊や兵士は近寄れなかったんだろうなあ! 証拠を消すために。悪かったな、俺は倒れていただけさ」

 

 

  湿ったような、懐かしい塔の中の匂いだ。

 オレは、ガイの話の間、積まれたゴミのような、ランプの下のオヤジに、放心状態で視線を合わせていた。

 動いた! オレには、オヤジが少し、動いたように見えたのだ。――オレは、気がつけば、腕を組む事さえも忘れていた。

 

 村長の目の前で、激しい身振り手振りを交え、ガイが続けた。

「はは、西ザータも終わりだな。あんたのやってる事こそ、殺人だろよ。近所中に、証拠を自慢してまわる奴なんかいるかよ。いかにも、あんたはあの泥みてえな男に濡れ衣を着せたな。しかも、なぜ仮に女を誘拐したら、放火殺人までオプションでついてくるんだ!」

 

 ガイの大声に、オレの空っぽな、心が満たされてゆくのだ。――オレには、仲間がいる! 自由は、もうオレにとって、虚しいだけのものじゃない!

 ガイは、つかに手をあてて曲刀を抜いた。村長は、動じもせず、不敵な笑みを浮かべている。

 

「それのどこが証拠なのじゃ。いかにも、ただの想像であろう。そして、私が殺人を犯したとでも言いたいのか? 私は武器さえ没収しないで、お前達に、ここまで寛大に対話に応じたというのに。話のわからぬ、黒い男じゃ」

 ガイは、村長の目の前で、舌打ちをして、曲刀をさやに戻した。

 

 村長は、手を広げて、また演説するように言った。

「お前たちは、まさか、その武器で私を傷付けるつもりか? では、やりなさい。しかし、強大なディザータ王国全体を敵に回しても、私は知らぬぞ。私は、ディザータ南方集落の村長じゃからな!」

 

 村長は、自分が殺されるわけが無いと、確信しているようだ。無理も無い。

 この大陸で一番強いのは、ディザータ。それが、村長の後ろには、ついているのだから。もし村長を傷つければ、オレたちは殺人犯として、捕まるに違いない。――捕まらなくても、少なくとも、ディザータ王国を追われるだろう。

 オレたちの行く末は、処刑か、追放かだ。だから村長は、寛大でいられるのだ。

 

  しかし、オレはもう、後戻りはしない。不器用なオレだ。それでも、こいつに抵抗してみせる。

 オレは、再び腕をしっかりと組んで、言った。この不正から、オヤジを救えるのは、事情をよく知らないガイやジーンでは、やはり無理がある。救うのは、オレだ。

 

「村長――ところで、『刑が行われなかった』とは、何だ」

 オレは冷静を装って言ったが、体はまるで炎のように熱かった。オレをガイははじめ、『炎のような男』と言った。――本当に、ガイはよく、オレを見ている。


この本の内容は以上です。


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