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大迷惑

「大迷惑」

 

 

 

 

鳴海はイライラしていた。社用車を会社へ戻さなくてはならないのに、もう期限を1時間過ぎてしまっている。十分余裕をもって出発したはずなのに、いつも以上の渋滞に捕まってしまった。まだ守衛がいればいいが、もう書類仕事はできないので明日朝いちで取り掛からなくてはならない。今日の実績報告用の書類作成が面倒だった。渋滞に捕まって3時間経つというのに、全く前に進む気配が無い。3時間前に車の横にあった街灯がまだ後ろに見える。高速道路ではなく、一般道路の環状線のため信号にいちいち引っかかりながら、やっとここまでたどり着いた。そして陸橋に上った途端、前がピタリと動かなくなってしまった。陸橋から見える限り前の車群は全く動いていない。これだけでも十分イライラするのに加え、すぐ横の車が音楽を大音量で流し続けている。それがまた、鳴海の苦手なひと昔前のポップスターのアルバムをエンドレスで流しており、聞いててウンザリする。軽薄なのに無理に共感を訴える歌詞、素っ頓狂にスケールが大きくなり繰り返されるサビ。流行していた頃も嫌いだったが、今改めてこんなはた迷惑な車のドライバーが大音量で周りに迷惑をかけていることで、よりこの歌手が嫌いになった。チラチラとその車の運転席を見ると、ストリートスタイルできちんとヒゲをおしゃれ無精ひげにした男がミラーサングラスでハンドルにもたれかかっている。車も、機能的な改造ではなく派手にするためだけにあちこち改造している。ドライバーの方を向いて「うるせえ!」と叫んでやりたいが、その後が怖い。鳴海は前を向いたまま、小さめの声でつぶやくように口に出してみた。
「うるせえ・・・」
あ、口から出た。自分の気持ちが口から外に出た。そう思った。今度は少し大きな声で言ってみよう。
「うるせえよ」
頭の中に重く場所をとっていたモヤモヤが、少し薄く軽くなった気がした。
「うるせえんだよ!」
前を向いたまま強く声に出した。何かに火がついたようだった。
「うっるせえええっ!うるせえんだよ!ふざけんな!バッカじゃねえのか!なんなんだよ!渋滞って!なんでなんとかしねえんだよ!なんで毎日毎日こんな状態なんだよ!なんでなんとかできる奴がなんにもしねえんだ!どいつもこいつもふざけんな!!!」
もはや支離滅裂で何に腹を立ててるのかもわからない。自分の語彙の少なさを恥ずかしくも思ったが、思い付く罵詈雑言を喚き散らして止められなくなった。政治や経済、政治家や有名人、テレビ番組やバラエティタレントの悪口まで言い出したが、最後は同じ言葉を繰り返してた。
「なんでこんなに辛いんだ!なんでこんなに辛いんだ!なんでこんなに辛いんだ!」
頭の中が真っ白になるまで大声を出した。

 

 

 

そこで、世界は真っ赤になった。「ドバン!」とでも表現するしかないような、巨大な音が聞こえた気がした。車の窓ガラスがすべて割れたようにも見えた。鼓膜は破れ、空気の振動で脳は揺れ、目鼻口耳から大量に出血した。何が起こったのかわからないまま彼の意識は薄れ、消えていった。彼の周りの車も同じ状態だった。彼のいる都市も同じ状態だった。彼のいる地域、国、隣りの国もその隣の国もその先の大陸も・・・・。

 

 

その日、地球は半壊した。少なくとも15億人が即死の状態だった。50億人ほどが聴力を失ったり難聴になったり精神に異常をきたしたり、なんらかの後遺症に苦しんだ。地球中の全人類がその影響を受けた。その衝撃波は恐ろしいスピードで空気を伝達し、都市の建物を破壊しすべての窓ガラスを割り、生き物を殺した。その衝撃波が直撃した地球の反対側ではかろうじて生き残った人類が、なんとか文明を保った。皆が皆、宇宙からの攻撃だと確信した。次の攻撃に備えようとするもの、平和を訴えようとするもの、世界はしばらく混乱したままだった。

 

しかし、いくら待っても次の攻撃は来なかった。

 

 

 

十数年後、あの時地球を襲ったのは巨大な「音」だと判明した。そこまで巨大な「音」は測定された事が無いが、「音」だと判断せざるを得なかった。地球人類は、避難用の防音施設を大量に建設した。そして、さらに自分達の居住区全体を防音壁で囲んだ。太陽光を遮らず防音効果のある素材が開発され、衛星軌道にも巨大防音壁を用意した。その結果、地球から出るあらゆる音、電波の類も宇宙に漏れ出る事はなくなった。

 

 

 

地球は静かな星になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

CT8472はイライラしていた。ちんけな惑星だった彼は、精神修行に明け暮れ、苦労してやっと物質世界から抜け出し、高次元の存在になったというのに、さらに高次元の高位の存在から、くだらない雑用を申し付けられる事が多いのだった。一応、時間を遡りながら移動できるので、何千万光年離れた場所へ移動しても移動した時間という物は存在しない。出発した時間と同じ時間に目的地へ到着する。しかし、まだ意識のほうは低レベルなため、一万光年先へ行く時、一万年をしっかり感じるのだった。体感時間は短縮できないため疲労も甚だしく、更なる高次元を目指す気力も無くなってしまう。ただ、なぜか頑張っても頑張っても更なる高次元に移行することはできなかった。

 

CT8472は恒星が嫌いだった。煩いからだ。しかも大抵大柄で引力も強く、近くを通ろうものなら絡んできたりするので厄介だ。なるべく恒星の近くは通りたくない。だが、もっと嫌いなのが以前の自分と同じような惑星で、微生物を体表に住まわせている変わり者の惑星だ。なにしろ自分の身体の表面にたくさんの微生物をうじゃうじゃと住まわせて喜んでいるのだ。気持ちが悪い。あまり多くはないが、仕事で宇宙を長距離移動していると時々見かける。なるべく近寄りたくないが、時々移動コースの近くにそういう惑星が存在することがあり、彼の精神は修行どころじゃなくなるのだった。

 

そして今、彼は最悪の惑星の側を通っていた。うるさい。臭い。眩しい。その表面には微生物達が何十億もいて気持ち悪い。そして微生物共が宇宙空間に向けて好き勝手発信している電波や音声は滅茶苦茶な内容が多くて理解できない。素敵な音も混じっているいるが、彼が気になるのは訳がわからない部分だった。聞いていて気分が悪い。さっき言った事を同じ声が言ってないと言い張っている。さっき嘘をついた声が、嘘をついたつもりはないから嘘はついてないと言っている。滅茶苦茶に汚い海をキレイだと言っている。差別はゆるされないと言ったその口が、すぐ細かな違いでの差別発言を平気で口にする。そのあまりに不健全な精神はCT8472の精神にこたえる。ただでさえ望まぬ移動を強いられ面白くないのに。うるさい。周りから見たら瞬間移動だが、自分自身はしっかり何万年も体感していて疲れ果てるのに。こんなはた迷惑な惑星がのほほんと回っている・・・。うるさい。迷惑だ。他の存在の事も考えろ。うるさい。私はまだ何十億年も修行を続けなければならないのに、高位の者達は平気で雑用を押し付けてくる・・・。頭にくる。うるさい。うるさい。うるさいうるさい。う、うるさい!
ついに彼は我慢できなくなった。すれ違い際、その惑星に向かって思いっきり
「うるさい!!!」
と叫んでしまった。

 

惑星の表面の蒸気に穴が開き、空中を飛んでた小さな物が次々と墜落し、微生物達の建物が壊れ、水があちこちの土部分にかぶさり、あちこちで炎があがり更なる悲鳴悲鳴の大合唱・・・・。

やばい。やってしまった。これはやばい。微生物をかなり殺してしまったに違いない。彼は焦った。
CT8472はスピードを上げて立ち去った。だが逃げても高位の存在には確実にばれる。彼らは知らない事が無いのだ。そうか、と彼は納得した。こんな事を今日する事がわかっていたから更なる高次元に行けなかったのか。
とにかく今の用事を済ませて、それから処分が下るのを待つしかない。仕方がない。また修行のやり直しだ。彼はまたスピードを上げ、できるだけ早くその場から離れた。

 

 

 

 

 


地球は悲しかった。

 

 

 

 

END


この本の内容は以上です。


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