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「しょうたー、たのむぞーっ!」
「まかせとけっ。それ!」
「やった、ゴール!3対2。おれたちの勝ちー!」

 ぼくは、にじがおか小学校3年3組の、しょうた。今日も放課後(ほうかご)に、となりのクラスとサッカーをして、勝った。
 ぼくはサッカーがとくいだ。おとなになったらプロのサッカー選手(せんしゅ)になって、ワールドカップに出たいと思っている。だから、放課後(ほうかご)のサッカーもいつも本気だ。みんなが、ぼくにボールを集めて、ぼくがゴールを決める。その作戦(さくせん)で、いつもほかのクラスとの試合(しあい)に勝つんだ。少なくとも3年生男子のあいだで、ぼくはいちもくおかれていると思う。
 
 それに、ぼくのクラスが強いのは、いいなかまたちがいるからだ。とくに、ぼくのしんゆうのヒデとナオ。ヒデは頭がいい。サッカーのときも作戦(さくせん)をたてるのはヒデだ。
「今日は1組と対戦(たいせん)か。じゃあ、こいつとこいつをマークすればだいじょうぶ。あとは、いつもどおり、しょうたにどんどんパスを回そう。」
 ナオは、とにかくぼくのことをしんらいしてくれている。そして、運動しんけいばつぐんだ。
「よし、決まりだね。しょうた、今日もどんどんパスを回すから、よろしくな。」
 こんな感じで、ぼくたち3人を中心に、クラスの男子いちがんとなって、放課後(ほうかご)のサッカーにのぞむんだ。

 あ、でも、ぼくたちと遊ばないクラスメイトが1人いる。けんただ。
 けんたは、2年生のとちゅうから転校してきた。お父さんの仕事のかんけいとかで、もう2回も転校しているそうだ。友だちを作ろうともしないで、いつも下を向いて、だれともしゃべらない。だから、ときどきからかわれたりしている。
「おい、だまりんぼけんた。いっしょに遊んでやるから、今日のそうじ、こうたいしてくれないか。あはは。」
「やい、だんまりけんた。耳が聞こえないの?それじゃあ、学校に来てじゅぎょうを受けても、しょうがないじゃん。」
 1日になんども、こんなことを言われている。でも、けんたは、下を向いて、じっとだまっているんだ。

 ぼくは、からかったりはしないけど、みんながやっていることを止めることもできないでいる。

 

 5月のある日の理科のじゅぎょう。たんにんのまり先生が、小さな紙ぶくろを持って、にこにこしながら教室に入ってきた。
 まり先生は「吉田(よしだ)まり」という、ちゃんとした名前がある。だから、本当は「吉田(よしだ)先生」って言うべきなんだけど、明るくて元気で、みんな先生のことが大すきだから、いつのまにかこうよぶようになったんだ。
 まり先生は、紙ぶくろから何か小さなつぶを取り出して、その絵を黒板に大きくかいた。水のしずくみたいな形で、たてにしましまもようがある。
「さあ、これ、何だか、わかる人!」
「はい!」
 さすが、ヒデだ。まっさきに手をあげた。
「それは、ヒマワリのたねです。」
「そう、せいかい!」
 まり先生は、1人に1つずつ、そのたねをくばり始めた。とたんに、みんなはザワザワとさわぎだした。
「へえ、こんな小さいのが、あんな大きなヒマワリになるの?」
「たねって、ふつうまっ黒なのに、白と黒のしましまなんて、おもしろいなあ。」
「あれ、これ、ハムスターのえさだと思ってた。」
 まり先生は、みんなを見てにこにこしながら言った。
「今日は、このヒマワリのたねを、学級かだんにまきます。夏休みをむかえるころには、きっと大きくてすてきなヒマワリがさくわよ。」
 みんな、大さわぎで学級かだんに行った。
 出席(しゅっせき)番号(ばんごう)(じゅん)にならんで、それぞれ指で土にあなをあけた。その中にたねを入れ、土をかぶせた。そして、自分の名前を書いたプレートをそれぞれたねの前にさして、さいごに水をやった。
「さあ、どんなヒマワリがさくか、楽しみね、みんな。」
「はあい!」
 そして、みんなで教室にもどった。ぼくはなにげなく、かだんのほうをふりかえってみた。すると、けんたが自分のたねの前にしゃがんで、今まいたたねをのぞきこむようにしながら、にこにこわらっていたんだ。ぼくは、びっくりしてしまった。けんたでも、あんなふうにわらうんだなあ。

 

 それからは、朝、登校(とうこう)すると、みんなが学級かだんのところに行って、毎日ヒマワリのようすを見た。かんさつ日記をつけるんだ。めが出るのが早いのもあれば、しんぱいになるくらいおそいのもあった。みんな、ヒマワリを自分のぶんしんみたいに思って、その育ち方に、よろこんだりおちこんだりしていた。
 ぼくは、たねをまいた時のけんたのえがおがわすれられなくて、それからもときどき、けんたのほうをこっそり見てみたけれど、けんたは、いつもとかわらず、だれともしゃべらずに、もくもくとかんさつ日記をつけていた。

 1ヶ月もすると、ヒマワリはずいぶん、くきが太くなって葉もしげってきた。みんな、育ち方はそれぞれだった。
 そんな中で、一番よく育って目立っているヒマワリが1つあった。けんたのヒマワリだった。くきは、がっしりしてまっすぐにのびていて、葉もとても大きくて、あおあおとしげっている。
 でも、けんたに「すごいね」なんて声をかける人はだれもいなかった。けんたは、あいかわらず、1人でもくもくとかんさつ日記をつけていた。

 7月に入った。もうすぐ夏休みだ。ぼくたちはわくわくしていた。
 このころになると、学級かだんのヒマワリは、もうかなり大きく育って、いつ花がさくか、みんな楽しみにしていた。
 ある日の朝、登校(とうこう)すると、学級かだんのまわりにクラスのみんなが集まっていた。「どうしたの?」と聞きながら、ぼくも中にくわわると、大きな大きなヒマワリが、1つ、さいていたんだ。
 いつのまにか、ヒデとナオもそばに来て、その大きな黄色いヒマワリをいっしょにながめていた。
「ついにさいたね!この1番乗りのヒマワリ、だれの?」と聞きながら、名前のプレートを見てみると、けんたのだった。ぼくは、けんたがいるか、きょろきょろと見回してみた。すると、みんなのずいぶん後ろのほうに1人でいて、うれしそうに、にこにこわらっていた。たねをまいたときよりも、もっとうれしそうなえがおだった。
 でも、だれも、けんたに声をかけなかった。ヒデとナオも、ヒマワリについては何も言わずに「しょうた、行こうぜ」と、ぼくのうでを引っぱって、教室に入った。

 

 今日も、学校終わりのチャイムと同時に「よっしゃあ、勝つぞー!」と大さわぎしながら、サッカーボールを持って、いつものなかまとグラウンドにとびだした。
 今日は2組との試合(しあい)だ。グラウンドにあるサッカーゴールは、いつも上級生が使うから、ぼくたちは、いつもどおり、はしっこのほうに足で線をひいて、サッカーコートとゴールを作った。
 ヒデの作戦(さくせん)は、2組はディフェンスが弱いから、とにかくせめること。試合(しあい)がスタートすると、ナオをはじめ、みんながぼくにどんどんボールを回してきた。3本目くらいで、「あ、これはいける!」と思って、思いっきりシュートした。すると、ボールはゴールのぎりぎり横にそれて、水飲み場をとびこえていってしまった。まあ、よくあることだ。
「わるい、わるい。ぼく、取ってくるよ。」
 ぼくは急いでボールを取りに走った。
 
 水飲み場のウラへ行くと、あった、あった。ちょうど、ぼくたちの学級かだんのところにころがっていた。
 ボールをひろって急いでみんなの所にもどろうとすると「しょうたくん」と、小さな声でだれかがぼくをよんだ。ふりかえると、おさななじみのももかが、とびなわを持ったまま青い顔をして立っていた。

ももかはおとなしいんだけど、家がきんじょだったから、ようちえんの時は毎日のようにいっしょに遊んだ。でも、小学生になってから、ももかはなかなか友だちができないでいる。ぼくも男子と遊ぶほうが楽しいから、ももかは昼休みや放課後(ほうかご)もこうやって1人で遊んでいることが多い。
「あ、ももか。どうしたの?」
 ぼくが声をかけると、ももかは何も言わずに、どこかを指さした。その指の先を見ると、ぼくたちの学級かだんのヒマワリがあった。
「ももか、ヒマワリがどうかしたの?」
 ぼくが聞くと、ももかは、やっと聞き取れるくらいの小さな声で言った。
「…けんたくんの…」
「え、けんたのが、どうしたの?」
 今朝(けさ)、大きな花をさかせたけんたのヒマワリに目を向けてみて、ぼくは、思わず、かたまってしまった。けんたのヒマワリは、根元からおれて、たおれていた。
「これって、ぼくのボールのせい…?」
 ぼくは、そのヒマワリから目をはなせないまま、思わず、ももかに聞いたけどへんじがない。
 ああ、ぼくのせいだ。きっと、ボールはいきおいよくころがって、そのままけんたのヒマワリにぶつかったにちがいない。ぼくは、頭がまっ白になった。
 すると「しょうた、まだかよー」という声が聞こえてきた。ぼくはわれにかえった。だれかが来たらまずいと思って、思わず「今行くよー」とへんじをし、けんたのヒマワリを目立たないようにかくして、そのまま、みんなのところにもどってしまった。

 

 2組との試合(しあい)が終わると、みんなが帰るのを待って、ぼくは急いで学級かだんに行った。けんたのヒマワリは、とうぜんだけどたおれたままだった。ぼくは、いっしょうけんめい植えなおしてみた。でも、根元からたおれたヒマワリを、いくら土にうめてみても、すぐにぐらりとたおれてしまって、だめだった。
 たねをまいた時のけんたのえがお、そして、今朝(けさ)、花が一番にさいたときのとってもうれしそうなけんたのえがおを思い出すと、ぼくはたまらない気持ちになった。でも、どうしようもなかった。ぼくは、たおれたヒマワリをながめて、しばらくぼうぜんとしていたけど、土でよごれた手や服をあらいもせずに、そのまま家に帰った。
 
 家に帰ると、どろんこになったぼくを見てお母さんはおどろいていたけど、ぼくはそのまま、ぼくのへやにとじこもった。頭をかかえてすわりこんでいると、けんたの顔が、頭の中をぐるぐる回った。そして、明日ぜったい先生にしょうじきに言おう、けんたにもあやまろうと決めた。

 次の日、学校に行くと、学級かだんのまわりに、クラスのみんなが集まって、ひそひそとさわいでいた。
「おい、だれだよ、こんなことしたの。」
「ひどいなあ。根元からバッタリだ。」
「これ、もう、植えなおしできないんじゃないの。」
 そんな声が聞こてきて、ぼくのしんぞうは、今にもばくはつしそうなほどドキドキし始めた。そして、おなかのおくが、きゅうーっとちぢむような気がした。
 見ると、みんなのずっと後ろのほうで、けんたがぼうぜんと立っていた。

 じゅぎょうが始まった。まり先生は、いつもとかわらないようすで、1時間目から4時間目までじゅぎょうをした。
 そして昼休み。ぼくは、いつものなかまと遊ぶために、教室を出ようとしていた。すると、教室の中では女子がヒマワリの話を始めていた。
「いったい、だれがあんなことしたのかなあ。」
「だれだかわからないけど、けんたくんにあやまるべきよね。」
「そうよね。上級生だかだれだかわかんないけど、だまっておくなんてひきょうよ。」
 ぼくはまた、おなかのおくが、きゅうーっとちぢんだ。
 グラウンドに行こうとしていたぼくのなかまが、その女子たちに言った。
「女子はうるっさいなあ。たおれちゃったものはしかたないじゃん。」
「そうだよ。まあ、たおれたのがおれたちのじゃなくてよかったよ。とりあえず、おれたちがたおしたわけじゃないし。なあ、しょうた。」
 ぼくは、ビクンとした。教室には、けんたがいたのだ。それなのに
「ああ、そうだよな。」
 それは、たしかに、ぼくの声だった。自分で自分がしんじられなかった。ああ、ぼく、しょうじきにあやまるつもりだったのに、どうしてこんなウソをついちゃったんだろう。
 あとはもう、何もおぼえていない。じゅぎょうも耳に入らないし、友だちとのおしゃべりも「うん、うん」と言っていただけだった気がする。
 今さら、先生にしょうじきに言うなんて、できない。けんたにあやまることなんか、もっとできない。ぼくがこんなに大ウソつきだなんて、どうして話せるもんか。

このことを知っているのは、ぼくと、そう、もう1人、ももかだけなんだ。ぼくは思わず、ももかのほうを見た。ももかはあいかわらず1人で、自分のせきにすわって本を読んでいる。いったい、どういうつもりなんだろう。先生やみんなに言おうと思えば、いつでも言えるのに。でも、ももかに話しかける気もおこらなかった。

 

 ぼくは家に帰って、またへやにとじこもった。ベッドの中にうずくまって、おなかのおくのいたさにたえていた。
(「たおれたのがおれたちのじゃなくてよかったよ。」「おれたちがたおしたわけじゃないし。」「ああ、そうだよな。」)
 この会話(かいわ)頭の中をぐるぐる回って、はなれなかった。あのとき、けんたの顔は見えなかったけど、今は頭の中ではっきり見える。なみだが出るのをいっしょうけんめいガマンしている、けんたのかなしそうな顔が。
 ぼくは、思わずなき出していた。ベッドの中でおいおいと。とにかくかなしくて、どうしようもなかったんだ。
 すると、ノックしてへやのドアを開ける音がした。
「しょうた、もうすぐごはんだよ。何かあったのかい。まあ、おちついたら話してごらん。」
 お父さんの声だった。ぼくはその声を聞きながらも、かなしい気持ちが止まらなくて、とにかくなきつづけた。
 しばらくして、おそるおそるリビングに行った。すると、お父さんとお母さんが、ごはんを食べるのを待ってくれていた。
 ぼくはいすにすわると、勇気(ゆうき)を出して、これまでのことをすべて、お父さんとお母さんに話した。きっと、とてもおこられるだろうと思った。
 すると、お父さんがしずかな声で言った。
「そうか、しょうた。ウソをつくのは、苦しいだろう。」
 ぼくは、おこられると思っていたからびっくりしたけど、すなおに答えた。
「うん、お父さん。とっても苦しいよ。」
「そうだな。ウソは、人も、そして自分も、きずつけてしまうんだ。」
 ぼくは、本当にそうだと思った。
「うん。ぼくはもうこんなに苦しみたくないし、けんたやクラスのみんなにも、あやまりたい。」
「そうだね。あやまるのはとても勇気(ゆうき)がいるけど、しょうたの心の中に住んでいる、ウソつき虫をたいじするには、それが一番いい方法(ほうほう)だね。」
「ウソつき虫?」
「そう、ウソつき虫。ウソをついた人の心の中に、住みついてしまうんだよ。そして、ウソをつきつづけなければいけなくなってしまうんだ。」
 ぼくは、そんな虫がいるなんて、初めて知った。
「そうか、お父さん。ぼくの心には、ウソつき虫が住んじゃったんだね!

よおし、こんな虫、ぜったいにたいじしてやる。」
 ぼくは、なんだか勇気(ゆうき)がわいてきた。明日、ウソつき虫をたいじするんだ、と思ったら、急におなかがすいてきた。
 ぼくたちをじっと見ていたお母さんが、ニコニコしながら言った。
「さあさあ、今日は、しょうたのすきなハンバーグよ。いっぱい食べて、明日にそなえなきゃね。」
 ぼくは、もりもり、おなかいっぱいハンバーグを食べた。

 

 次の日、ぼくは、朝一番にしょくいん室に行った。「しつれいします。」と言って、まり先生の所にまっすぐ歩いていった。
「あら、しょうたくん、朝早いわね、どうしたの。」
 まり先生は、いつもと変わらず、やさしく元気に話しかけてくれた。

ぼくは、1回しんこきゅうをして、言った。
「あの、まり先生。けんたくんのヒマワリのことなんです。

…じつは、ぼくが放課後(ほうかご)のサッカーのときに、たおしてしまったんです。なのにぼくは、たおしたのはぼくじゃないって、ウソをついちゃったんです。」
 まり先生は、ぼくの目をじっと見ていた。そして、言った。
「そう、しょうたくん。そうだったのね。ウソをついて、とても苦しかったでしょう。」
 ぼくは、おこられると思っていたので、またびっくりした。先生は、ぼくをいすにすわらせながら話をつづけた。
「先生もね、小学生のころ、ウソをついたことがあってね。」
「え、まり先生が?」
「そうよ。ちょうど、しょうたくんと同じ小学3年生のころだったわ。ぜったいにわすれられない思い出なの。わたしのクラスに、みんなにいじめられている女の子がいてね。あみちゃんっていうんだけど。むしされたり、いっしょに遊んであげなかったり、それはかわいそうだったわ。でもわたしも、みんなからなかまはずれにされたくなかったから、あみちゃんとは遊ばなかったの。」
 ぼくは、まり先生でもそんなことがあったのかとびっくりしながら、どうじにけんたのことが思いうかんだ。先生は話をつづけた。
「でもね、あみちゃんはなぜか、わたしにだけはわらいかけてくるの。いっしょに遊んだこともないし、話したこともないのに。今思えば、1人でもお友だちをつくりたいって、いっしょうけんめいがんばっていたんだと思う。でもわたしは、あみちゃんに話しかけたりすることはなかったわ。
 そしてね、ある日、わたしのつくえの上に、とってもかわいい消しゴムがおいてあったの。いちごのショートケーキの形で、本当のケーキみたいなあまいかおりがする、すてきな消しゴム。だれかが、まちがっておいたのかなって思ったわ。でもね、消しゴムといっしょに、小さなカードがおいてあったの。見てみたらね”まりちゃんへ おたんじょうび おめでとう よかったら つかってね あみより”って、きれいな色のペンで書いてあったの。もう、びっくりしたわ。
 それで、消しゴムがあんまりかわいかったから、ずっとながめていたら、クラスの女の子たちが来て『まりちゃん、かわいい消しゴムだね、いいなあ。』『それ、人気の消しゴムだよ。すぐに売り切れちゃって、お店になかなかないんだよ。』『わあ、いいにおい。ほんとのケーキみたい。』って、大さわぎになっちゃったわ。でもわたし、あみちゃんがプレゼントしてくれた、なんて言えなかったの。みんなにばれちゃったらどうしようって思ってしまったのよ。わたしとあみちゃんがなかよしだってかんちがいされたら、なかまはずれにされちゃうって。それで、次の休み時間に、みんなが消しゴムを見せてって、また集まってきたときには『あ、あの、じゅぎょう中に落として、なくなっちゃった』なんて、ウソをついちゃったの。そして、その日の放課後(ほうかご)、あみちゃんのつくえの中に、そっと消しゴムを返しておいたの。
 今思うと、本当に、なんてことしたのかしらって、思うわ。ありがとう、も言わずに、しかもウソをついてまで、プレゼントを返しちゃうなんて。
 そして、次の日にね、じけんは起こったの。」

「じけん?」
「そう。大じけん。
 朝、あみちゃんが登校(とうこう)して、せきにすわって、ランドセルから教科書をつくえの中に入れようとしたとき、あのケーキの消しゴムが、コロコロって、つくえの中から落ちてしまったの。それを見たわたしの友だちが『あ、それ、まりちゃんの消しゴム!』ってさけんで、みんないっせいに、あみちゃんを見たの。『ちょっと、あみちゃん、どういうこと?』『まりちゃんに返しなさいよ。』って、女の子たちが大さわぎになっちゃったのよ。わたし、ああ、なんてことしちゃったんだろうって思ったんだけど、もうおそかったわ。あみちゃんを見たら、言いわけもせずに、目になみだをいっぱいうかべてた。
 それからは、もう、わたしにわらいかけることもなくなってしまったの。わたしは、あやまろう、あやまろうって、毎日思っていたけれど、どうしてもできなくて、学校に行くのがとてもつらかったわ。
 でもある日、やっときめたの。あみちゃんにあやまろう、みんなにも本当のことを言おうって。

とってもドキドキしたけど、お昼休み、女の子たちと遊んでいるときに、『みんな、聞いてほしいことがあるの。』って消しゴムのことをぜんぶ話したわ。みんなビックリしてた。わたし、みんなにいじめられるだろうと思った。

でもね、ひとりの友だちが『あみちゃんにわるいことしたね。みんなであやまろうよ。』って言ってくれたの。教室でひとりで本を読んでいたあみちゃんのところに、みんなであやまりに行ったら、あみちゃんビックリしてたけど、ニッコリわらって『うん、いいよ。』って、ゆるしてくれたの。

その日から、あみちゃんもみんなといっしょに遊べるようになったのよ。
 しょうたくん、ウソをつくって、相手も、自分も、深くきずつけちゃうことなんだよね。」
 まり先生が、お父さんと同じことを言ったので、ぼくはおどろいた。
「うん、先生。きのうね、お父さんも同じことを言ってたよ。ぼく、ウソをつくのがこんなに苦しくてかなしいことだなんて、知らなかったよ。
 だから、今日は、ぼくの心に住んでいる、ウソつき虫をたいじしたいんです。」
「まあ、ウソつき虫!そうね、たいじしなきゃね。先生もきょうりょくするわ。」
 ぼくと、まり先生は、にこにこしながら、かたくあくしゅした。

 

 1時間目のじゅぎょうが始まった。みんな、算数の教科書をつくえにのせてじゅんびしていたけど、とつぜん、まり先生が言った。
「みんな、今日はまず、学級かだんのヒマワリについて、お話があります。」
 みんな、とつぜんのことでびっくりしていたけど、すぐにザワザワとさわがしくなった。先生は「しずかに!」と言いながら、つづけた。
「けんたくんのヒマワリをたおしてしまった人が、今朝(けさ)、先生のところに、しょうじきに言いに来てくれました。」
 すると、クラスのさわぎは、さらに大きくなった。
「えー!」
「だれ、だれ。」
「このクラスの人?」
「なんで、早く言わなかったんだろうね。」
 ぼくは、けんたのほうをちらっと見た。けんたは、下を向いていた。ぼくは、ももかのほうも見てみた。ももかは、まっすぐ前を向いていた。
 ぼくは、ウソつき虫をたたきつぶす気持ちで、今までで一番大きな声で「はい!」とへんじをして、教室の前の方へ行き、まり先生の横に立った。クラスのみんなは、目をまん丸くして、びっくりしていた。ヒデとナオは、口がぽかんと開いていた。
 けんたの目もまん丸くなって、ぼくをじっと見つめていた。ももかだけは、少しほほえんでいるように見えた。次のしゅんかん、また大さわぎになった。
「えー!しょうたくんだったの?」
「なんで、今までだまってたんだよー。」
「おれたちがたおしたわけじゃないし、なんて言ってたのに。」
 ぼくは、しんこきゅうして、それよりも大きな声で言った。
「けんたくん、きみのヒマワリをたおしてしまって、それに、ずっとだまっていて、本当にごめんなさい。」
 ぼくは、けんたに向かって、深く深く、頭を下げた。ずーっと下げていた。けんたの気持ちを思うと、また、なみだが出そうになった。教室は、そんなぼくを見て、シーンとしずまりかえった。
 すると、しばらくして、けんたの声がした。
「しょうたくん、もういいよ。ヒマワリがたおれたのはかなしかったし、ずっとだまっていたこともざんねんだったけど、今こうして、みんなの前であやまるなんて、とてもすごい勇気(ゆうき)だと思う。」
 けんたが、みんなの前でこんなにはっきりと話すなんて、初めてだった。ぼくは、びっくりして、思わず頭を上げた。みんなは、ぼくとけんたをかわりばんこに見ながら、息をのんでいた。ぼくは言った。
「でも、けんたくん、ぼく知ってるんだ。けんたくんがヒマワリをとってもだいじに育てていて、そして、花がさくのをだれよりも楽しみにしていたこと。それを、ぼくは、いっしゅんでダメにしてしまったんだ。1番乗りで花がさいたばかりだったのに。本当にごめんなさい。」
 ぼくは、もう一度、さっきよりも深く頭を下げた。教室は、ずっとしずまりかえっていた。
 すると、しばらくして、けんたが言った。
「じゃあさ、しょうたくん、ばつゲームとして、ぼくともう一度、ヒマワリを植えてくれる?」
 ぼくは、思いがけない言葉にびっくりして、けんたの顔を見た。けんたは、はずかしそうにわらっていた。ぼくは、うれしくてうれしくて、声にならなくて、何度も大きくうなずいた。
 そして、クラスのみんなにもあやまった。
「みんなにも、だまっていて、ごめんなさい。」
 みんなは、シーンとしていた。ぼくは、頭を下げつづけていた。すると、どこからともなく、はくしゅがおこったんだ。ぼくはびっくりして、立ちつくしていたけれど、思わずももかのほうを見たら、にっこりわらって、いちばんいっしょうけんめいはくしゅしてくれていた。
 まり先生のほうを見たら、にっこりわらって、小さくガッツポーズをしてくれた。
 ぼくは、みごとに、ウソつき虫をたいじすることができたんだ。お父さんやお母さん、まり先生、クラスのみんな、ももか、そして、けんたのおかげで。

 

 その日の放課後(ほうかご)、けんたといっしょに、新しいヒマワリのたねをまいた。まり先生が、とくべつに新しいたねをくれたんだ。けんたといっしょに何かするなんて、初めてのことだった。あなをほり、たねを入れ、ときどき顔を見合わせてわらいながら、土をかぶせて、さいごに水をかけた。
 けんたが言った。
「ねえ、しょうたくん。夏休み、いっしょに遊ぼうよ。このヒマワリを待ち合わせ場所にしよう。」
 ぼくは、びっくりしたけど、とてもうれしかった。
「うん、そうしようよ。ぼくのことは、しょうたってよんでくれよな。サッカーやプールや、虫とり、いっぱい遊ぼうな、けんた。」
「うん、しょうた。」
 けんたは、そう言うと、ニィッとわらって、白い歯を見せた。ぼくも、ニィッとわらい返した。
 まっ青な空に、まっ白なにゅうどう雲が、とってもまぶしかった。

 1週間後、終業式が終わり、いよいよ夏休みが始まった。
 ぼくは、さっそく、けんたと遊ぶやくそくをした。
「明日、朝10時、ヒマワリ集合!近くの広場で、サッカーするぞ。」
 けんたは、ニィッとわらいながら、「オッケー、しょうた。」と言った。

 次の日、やくそくの10時、みんな、けんたのヒマワリの前に集合した。けんたの新しいヒマワリは、さっそくめを出していた。
 でも、かんじんのけんたが来ない。15分くらい待ってみたけど、来るけはいがなかった。
「けんたのやつ、何してんだ?先に行っちゃおうか。」
 ヒデが言ったけど、ぼくは言った。
「いや、きのうやくそくしたんだぜ。ぜったい来るよ。ねぼうでもしてんのかなあ。」

 その時、こうしゃのほうから、まり先生が全力でぼくたちのところに走ってきた。
「みんな、聞いて!」
 まり先生は、息を切らしながら、言った。
「あのね、けんたくんが、ひっこしすることになったの。」
 ぼくたちは、はじめ、意味がわからなかった。
「まり先生、けんた、ひっこしするの?」
 ナオが、先生の言葉をくりかえしたとき、ぼくは、ハッとした。
「先生、ひっこしって、もしかして遠くなの?けんた、転校するってこと?」
「そう、そうなの。2学期からは、けんたくん、遠くの学校へ行くことになったのよ。」
 みんな、やっと意味がわかり始めた。
「え、そんな。やっとなかまになったのに。先生、けんた、いつひっこしするの?」
 ぼくは、ドキドキしながら、まり先生に聞いた。
「それが、急な話でね、今日出発するみたいなの。」

 ぼくは走り出していた。けんたの家に向かって。
 とちゅう、足がもつれて、何度もころびそうになった。けんた、なんでだよ。きのう、やくそくしたじゃないか。今日いっしょに遊ばないと、ウソつき虫が心に住んじゃうんだぞ。ぼくは、1人でさけびながら、とにかく、全力で走った。

 

 けんたの家の前に着いた。黄色い服を着た人たちが、けんたの家から荷物を次つぎと運び出して、トラックにつみこんでいた。
 ぼくは、けんたの家のげんかんから家の中をのぞいてみた。でも黄色い服の人たちばかりで、けんたのすがたは見えなかった。
「しょうた!」
 とつぜん、後ろから声がした。ふりむくと、けんたがいた。
「けんた!」
 ぼくたちは、おたがいにぼうぜんとしていて、言葉がつづかなかった。
 先に口を開いたのは、けんただった。
「しょうた、アイスでもいっしょに食べようよ。」
「うん。」
 ぼくたちは、近くのお店へ行って、カップのカキ氷を買った。
 けんたの家の前にならんですわり、だまってカキ氷を食べた。ひっこし会社の黄色い服の人たちが、あせをかきながら、けんたの家を出たり入ったりしている。
「けんた。」
 今度は、ぼくから声をかけた。
「おまえのヒマワリのところで、みんな、待ってるぞ。きのう、やくそくしただろ。」
「うん。ごめん。」
 けんたは、カキ氷のカップと、プラスチックの小さいスプーンをにぎったまま、答えた。どっちのカキ氷も、半分くらい残ったまま、とけ始めていた。
「サッカー、来いよ。ウソをつくと、ウソつき虫が心に住んじゃうんだぜ。」
「ウソつき虫、か。」
 けんたは、もうほとんど水になってしまったカキ氷を、じっと見ていた。
「さあさあ、みなさん、おつかれさま。冷たいものをじゅんびしましたから、休けいしてくださいね。」
 けんたのお母さんが、ひっこし会社の人たちに、アイスコーヒーをくばり始めた。そして、ぼくたちふたりに気がついた。
「あら、けんた。お友だちが来てくれたのね。」
 けんたのお母さんは、うれしそうに言った。でもけんたは、ぎゃくに下を向いてしまった。
「けんた。」
 けんたのお母さんが、やさしい声で言った。
「お昼には出発する予定だったけど、まだじゅんびが終わらなさそうなのよ。けんたの荷物の整理はもう終わったし、お友だちと遊んでいらっしゃい。」
「え、いいの?」
 けんたは、顔を上げて、大きな声で言った。

そして、ぼくたちは顔を見合わせてニイッとわらい、カキ氷のカップをけんたのお母さんにおしつけて、学校に向かって全速力で走った。

 

 学校に着き、急いでけんたのヒマワリのところへ行くと、みんなと、まり先生が待ってくれていた。
「けんた、おそいぞ。」
 ヒデが言った。
「ごめんごめん。」
 けんたが言った。まるで、いつものふつうの会話だった。
 それから、みんなで近くの広場へ行って、2チームにわかれてサッカーの試合(しあい)をした。ぼくとけんたは、同じチームになった。みんなあせだくになりながら、ボールを追った。けんたは、相手チームのパスをカットするのがとてもじょうずだった。そして、うばったボールを、本当にじょうずに、ぼくに回してきた。けんたのサッカーのうまさに、みんなびっくりした。おかげで、ぼくはゴールをうまく決めることができた。
 試合(しあい)は、4対2で、ぼくのチームが勝ち、みんなでハイタッチをしてよろこんだ。
「よし、ちょっと休けいして、2試合(しあい)目やろうよ。次は負けないぞ。」
 ナオが息を切らしながら言った。それをあいずに、みんな水飲み場へ走って行って、うばいあうようにして、水をゴクゴク飲んだ。
 
 そして木のかげで少し休んでいると、いつの間にか、広場の横に車がとまっていて、けんたのお父さんとお母さんが、こっちのほうをながめて立っていた。
 ぼくは、ドキンとした。
 けんたは、立ち上がって、おしりをパンパンとはたいた。
「けんた」
 ぼくが言うのと同時に、けんたが言った。
「ぼく、もう行かなきゃ。今日は楽しかった。」
 そう言うと、けんたは、車のほうへ走って行ってしまった。
 そして、車にさっさと乗り込んだ。けんたのお父さんとお母さんは、こっちに深く頭を下げて車に乗り込むと、ゆっくり発車し、行ってしまった。

 2学期が始まった。みんな、まっ黒な日やけをじまんし合ったり、宿題の自由研究を見せ合ったりしていた。
 まり先生が教室に入ってきたので、みんな、あわててせきについた。
「みんな、夏休みは楽しくすごしましたか。今日から2学期。また、みんなで楽しく勉強に遊びに、がんばりましょうね。」
 そして、まり先生は、けんたの転校について話した。みんな、すでに知っていた。けんたのつくえは、もう教室にはなかった。
 
 2学期になって、かわったことがもう1つ。ももかが、1人で遊ぶことがなくなったんだ。ももかががんばって、まわりの女子たちにいっしょうけんめい話しかけたみたいだった。
 
 けんたのヒマワリは、今はぼくがせわをしている。夏休みの間にもぐんぐん大きくなって、もうすぐ花がさきそうだ。ヒマワリが少しでも育つたびに、けんたのニイッとわらった顔を思い出す。もうすぐ秋。空を見上げても、あの時、けんたといっしょに見たような、まっ青な空と、まっ白なにゅうどう雲は、もうなかったけれど。
 けんたのヒマワリがさいて、たねができたら、けんたに送ってやろう。もちろん、ウソはつかないよ。ぼくたちは、ウソつき虫をたいじしたんだから。なあ、けんた。


この本の内容は以上です。


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