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  「影の少女 rewrite」

 

 

  <目次>

 

第1話 ナビゲートテキスト

第2話 影子について

第3話 全ては「かかし」から始まった

第4話 我々はいかにいじめの撃退に失敗したか?

第5話 子どもの地獄

第6話 それぞれの青春

第7話 おとなしい奴でもやる時はやる

第8話 男の子バンザイ!

第9話 性的虐待のヴァリエーションその他

第10話 いじめっ子にはわかるまい

第11話 恐怖の色彩

第12話 半陰陽

第13話 けだものと接するように(もしくは、キリンの首はなぜ長くなったのか?)

第14話 次の奴ら(ネクスト・シング)

第15話 焼け跡にて

第16話 地球の独裁者〜スペクタクル〜

第17話 本当に悪かったのは誰?

第18話 またいつの日か

 

おまけ1 解説

おまけ2 オリジナル版「影の少女」


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最終更新日 : 2019-12-02 20:29:25

第1話 ナビゲートテキスト

 その子は、まるで、女優かCMモデルじゃないかと思うほどの美少女だった。

 彼女の名は、影子と言った。

 それまで住んでいた研究所が火事で全焼してしまった為、彼女はある日、突然我が家へとやって来る事となったのである。

 彼女が、本当にひさお伯母の血のつながった娘だったのかどうかは、いまだに正しい事は分かってはいない。

 さまざまな人がさまざまな憶測を語り、ひさお伯母が誰かに生ませた子なのだとも、あるいは、彼女がどこかで発見して、連れてきただけなのだとも、実際に彼女自身が自らの体を提供して、執念で生み落とした子なのでは?、と言う意見もあった。

 それはさておき、彼女、影子と僕、正一は、つまりは、いとこ同士なのである。

 にもかかわらず、こんな最近になるまで、彼女とはほとんど会う機会に恵まれなかったのは、そもそもは、彼女の母親、僕にとっては伯母である、間野ひさおにこそ問題があったからと言える。

 ひさお伯母は、家系上では、かろうじて、わが所沢家にと名前がのる位置にと存在してはいたのだが、血筋という点では、ほとんどアカの他人と言ってもいいような人間だった。と言うのも、彼女は僕の母の父、すなわち祖父が前妻に生ませた娘だったからである。

 この祖父は、祖母との間に一人の娘、つまり僕の母をもうけ、それから、間もなくしてから、亡くなった。祖母はその後すぐ再婚した為、結果的には二重の連れ子であるひさお伯母と、血のつながりがわずかでもある親族は、僕の母だけ、と言う風になってしまったのである。

 ともあれ、そんな複雑な理由もあったせいか、ひさお伯母は、母方の親戚の中でも、特にもてあまされた存在であり、冠婚葬祭の時ですら、まず皆の前に姿を現わす事はなかったのだった。

 だが、そんな彼女が、実は学会では、ノーベル賞候補のうわさがたつほどの科学者だったと言う話なのだから、思えばおかしなものである。彼女は、死んだ祖父の前妻方の血筋なのか、非常に頭がよく、祖母の親戚たちに疎んじられながらも、独力でそんな地位を築いたのであった。

 親戚間の話題でも全く話に出てこない為、幼い頃の僕は、そんなすごい伯母がいた事自体全く知らなかった訳なのだが、実は幼稚園ぐらいの時に、一度だけ彼女の、いわゆる研究所へと母と一緒に訪問した、と言う経験がある。

 どうやら、その時は、ひさお伯母の方で何かのトラブルが生じ、その火の粉が親戚全体へと及びかけた為、異母姉妹ゆえに責任を押し付けられた母が、伯母の元へと相談に行かされる事になった、みたいな、子供にはよく分からないようないきさつがあったらしいのだ。と言っても、それがどんな事情だったのかは、恐らく本編とは関係ないものであろうと思われるし、僕もそれに関しては覚えている事は何もない。

 分かっているのは、その時に、自分とおない年だった影子に初めて会ったと言うのを、ぼんやりとながら覚えていると言う点である。

 母と伯母は、相談の為に、気味の悪い研究所の応接間の中へと閉じ篭もってしまい、僕と影子は子供同士で遊べ、と言う事で、部屋の外へと追い払われた。

 正直な話、影子は当時から、ずば抜けた可愛らしさを身につけていたような気がする。

 ひさお伯母が影子の事を猫かわいがりし、きれいなドレスを着せていたせいもあるのだろうと、今では思うのだが、あの時の僕には、とにかく影子の姿は、まるでテレビの中の子役タレントか、アニメに出てくる美少女ヒロインなんかのごとくに見えた。

 そんな訳で、一緒に遊んでいても、何だか現実味が感じられなかったし、その時幼かった僕は、やたらと楽しくなって、まるで夢の中にいるかのごとく、はしゃいでしまったのではないかと言う覚えすらある。

 そして、おない年ながらも、影子の方がはるかにお姉さんだった。その時の遊びは、全て影子の方が主導権を握り、僕は彼女の一挙一動にただただ感心し、つき従うばかりであったような気がする。

 その過去の記憶で思い出せる事と言えば、これで全部である。

 それ以後は、まるで影子と会う事も、ひさお伯母に関する話すらも、僕の周りでは持ち上がる事はなかったのだった。

 しかし、あの事故が原因で、全ては大きく変わって行く事となったのである。

 その事故とは、ある日、突然起こったものだった。

 学校で、友人たちが、昨夜あった火事の話をしていたのである。それは、となり街にあるおばけ屋敷と呼ばれる研究所での火災の話であり、耳にした話によると、ものすごい火事で、またたく間にその研究所は焼け崩れてしまったのだと言う。

 もちろん、その時には、その研究所がひさお伯母のそれの事だったとは、露とも気が付かなかったし、大体、伯母や影子の存在のこと自体、慌ただしい毎日の生活の中で、すっかり忘れてしまっていたのである。

 だから、その日、自宅に帰り、神妙な顔つきの母から、あらためてその話を聞かされた時には、尚さら驚かされてしまったものであった。

 母の話によれば、こうである。

 ひさお伯母の研究所は、昨夜の突然の原因不明(恐らく、伯母の実験が関係していたのだろうと言われている)の火事により、手を付ける間もなく全焼してしまった。そこに運悪くいた伯母は、逃げ損ねて、死亡。焼け跡から発見された死骸も、すでに彼女のものだと確認がとれていた。

 しかし、ここで問題となるのが、実は影子の事なのだった。

 影子は、この時、研究所からだいぶ離れた自宅の方にと住んでいて、全く災難の被害を受けていなかったのである。ただし、困った事に、影子の家族兼保護者と言うのは、ひさお伯母ただ一人しかおらず、まだ未成年(僕とおない年だから、13、4歳というところだろうか)である彼女をほったらかしにしておく訳にもいかないだろう、と言う事になって、今はまたもや親戚たちが大騒ぎをしだしていた、と言うありさまなのであった。

 そして、影子の引き取り先として有力候補視されていたのが、またまた僕の家なのであり、母がひさお伯母と異母姉妹である事、影子の実家のすぐそばに住んでいる、と言う理由から、ほぼこの件は確定であろうと、母は憂鬱そうに語るのであった。

 影子に、他に引き取りのめどがあったと言うのであれば、別に問題はない。

 しかし、ひさお伯母と言うのは、天涯孤独の身として知られていて、大体、影子の男親の存在、いや、彼女の出生の過程自体が謎に包まれていて、伯母亡きあと、どうすればいいかも何も、さっぱりちんぷんかんぷんな状態だったのである。

 さらに、晩年の伯母は、若い頃の目覚ましい栄光も薄れ、学会の中心からも外れてしまって、学者の親しい友も余り無く、自分の研究所に閉じ篭もりっきりの、隠居のような生活を送っていたらしかったのだった。

 これでは、影子の別の行き場なぞ、あるはずもないのである。

 かと言って、影子を施設へ渡してしまうと言う事は、かろうじて、ひさお伯母の身内であると言える僕の親戚たちにしてみれば、世間体が気になり、やはり、したくない選択だったのであろう。

 とにかく、この問題をうやむやにしておく訳にもいくまいと言う事で、ひとまずは、僕の家で、しばらく影子の面倒を見てやる、と言う事で話はまとまり、やがては、正式に僕の家族が、彼女の身柄をあずかる事にとなってしまったのである。

 そして、翌日、母が伯母の家へと影子を連れ出しに向かった。

 日中は、親族会議がなおも続けられたらしく、母の行動は夕方にまで持ち越されたのだった。僕が学校から自宅にと戻った時は、母たちはまだそこには帰ってきてはおらず、家は留守の状態であった。

 その日の事は、今でもはっきりと覚えているのであるが、午後からはじょじょに雨が降り始めていた。夜間には、この季節には珍しい、かなり激しい土砂降りになっていて、母と影子は、そんな一番天気の悪い時分に、家へと戻ってきたのである。

 呼び鈴が鳴ったので、二人の到着を一人待ち続けていた僕は、玄関にまで迎えにいってみた。二人とも、雨具は着けてはいたものの、すっかり雨水のえじきとなっていたようだった。

「正一、こちらが影子さんだよ」と、その時の母は言った。

 母の隣にたたずんでいた影子は、まるでマントのような黒のレインコートで身を包んだ上、大きなふち長の山高帽なぞをかぶっていたものだから、僕なりの感想を言うと、何だかRPGのゲームの中から、ひょっこり飛び出してきた魔法使いのごとくに見えた。

 しかし、帽子の下からのぞかせていた影子の素顔は、僕が過去の記憶から想像していたイメージよりも、はるかに上回る成長ぶりを見せていたし、のちに気が付いた事なのであるが、その時の彼女は、うっすらと香水すら付けており、その甘い香はリンスの残り香みたいで、むしろ、清潔な印象すら醸しだしていたのだった。

 そして、影子は、僕の顔を見ると、はにかんだ表情で小さく笑った。

 


 

     ファイル1  間野ひさお

               (47歳・未婚)

  

 遺伝子研究の世界的権威として、その道ではよく知られている。

 一般に、影子の母とは言われてはいるが、実際に生みの親なのかどうかは、まるで不明である。

 ただ、若い頃の彼女が、男遊びに溺れていた、というのは有名な話であり、それが原因で学会の中心から外されていったのだ、と言ううわさも存在する。特に名のあがった交際相手の中には、野獣と呼ばれる暴力団幹部もいたが、交際時期から割り出してみても、彼らが影子の父だという可能性はまずあるまい。

 何にせよ、娘の影子に、自分の手で、英才教育その他を施した、と言う話だけは明らかな事実であり、影子も、ひさおの事を大変尊敬していたらしい、と言われている。

 しかし、幼少時から連れ子として育てられたひさおは、親戚からものけ者扱いされた結果として、コンプレックスがやたらに強い性格となっていて、感情を制御できないような事もたびたびあったらしいので、極秘の分析によれば、人目から離れた研究所の中では、影子に対して、むやみに甘やかしたりする反面、暴力を振るったり、度の過ぎた折檻をするような習慣も、もしかすると日常化していたが、他人には知られていなかっただけなのではないか、と言う仮説も出されている。

 ちなみに、影子自身は、ひさおの事を、良い人だとは語ってはいるが、折檻の有無に関しては、何もコメントを残してはいない。

 ひさおは、研究所の火災の為、焼け死に、彼女の死骸らしき物も実際に発見されているので、本当に死んだのだろうと見なされている。

 ただ、この火災の発生には、影子が一枚からんでいたのではないか、と考える人達もいると言う事を、最後に付け加えておく。(先のひさお折檻説を主張する人達など)


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最終更新日 : 2019-12-02 20:29:25

第2話 影子について

 新しくわが家の居候となった影子には、兄の使っていた部屋が、丸ごとあてがわれる事となった。当時、兄は地方の大学へと通っていて、その大学の寮にと泊まっていたからである。

 繰り返して書いてきたように、影子は人並み外れて美しい少女だった。小柄でこそあったが、色白で、スタイルも女性として、すでに完成しかけていたかのように見えた。

 そんな彼女が、ささやかな化粧やファッションを好み、よく見ると、薄く口紅を塗っていたり、あるいは、小さな粋なイアリングを耳に付けていたりするような事が、時々あるものだから、僕の目には、尚さら影子が近寄りがたい大人の女性のようにと見えてしまったのだった。

 影子は、基本的には、とてもおとなしい性格であり、良く言えば、非常にませていたような印象もあったが、やや言葉を変えるならば、少しおっとりしすぎていたような感じもしなくはなかった。

 また、影子において、顕著に特徴的だったのは、実はその身のこなしや仕草、表情などだったのであり、おとなしい時の大人っぽいムードの彼女とは裏腹に、笑ったり、はしゃいだりした時の彼女ときたら、まさに無邪気そのものだったと言え、意外なほどに子供っぽく見えて、そのアンバランスさがまた、彼女の不思議さの一面となっていたのであった。

 正直なところ、幼少時の記憶を思い出して、影子との再会をうっすらとながら楽しみにしていた僕なのであったが、ここまで彼女が美しすぎると、嬉しい一方で、変な話だが、なぜか気持ちが暗くなってしまったのだった。

 恐らく、幼い時に見た影子の姿は、僕にとっては憧れだったのであり、その理想が今では全く手が届かない所にまで成長してしまっていた事が、きっと相変わらずうだつのあがらない僕にして見れば、ひどく悔しかったのだと思う。

 さて、影子の容姿について書き始めるときりがない為、ちょっと影子周辺の話をまとめて記しておく事にするが、まず亡くなったひさお伯母の身辺整理は、親戚が少しづつ力を貸しあって、行なう事にとなった。もちろん、葬式や遺産整理などに関してもである。

 ひさお伯母の葬式は、親戚一同の分担で、すぐに行われた。

 喪主を誰がしたかは忘れたが、未成年と言う理由で影子が外された、と言う事だけは確かなはずだった。つまり、身内のはずの影子の意向を無視して、葬式は強引に済まされたと言う訳で、親戚の中には参加しなかった者すらいた。

 皆はなるべく静かに葬式を終えたかったようなのだが、全盛期のひさお伯母は世界的な大人物だったと言う事もあり、弔問客の中には、政府の関係者や、多分その道では名が知れているのであろう外人の科学者の姿なども見かける事ができた。ただし、それでもひさお伯母は、しょせん過去の人物に過ぎなかったようであり、通夜と葬式さえ終わってしまえば、あとは静かなものなのであった。

 ちなみに、影子はと言えば、その一部始終の間、決して涙を見せるような事はなかった。僕は学校の制服で参列したのだが、実は学校には通っていなかった影子(何と、彼女は今まで研究所で伯母からじかに教育を受けていたのである!)は、自分の黒いドレスを着衣していて、さしずめ夫を亡くした未亡人のような雰囲気すら漂わせていた。

 親戚たちの中には気を遣って、彼女に声を掛ける者もいたが、彼女の方は通して静かに振る舞っていた。僕も、母に言われて、影子の付き添いにとまわっていた人間の一人だったのだが、彼女は一度たりとも取り乱すような素振りは見せず、落ち着いて式にと参加していた。しかし、彼女の態度の中に、わずかながらでも寂しさみたいなものを見い出した人間は、恐らくは僕だけではなかったのではないか、とも思っている。

 葬式以上に大荒れとなったのは、財産整理の件だった。

 ひさお伯母は大科学者だったのだから、その残された財産も大したものであろう、と親戚の人々は考えていたようなのだが、それがとんでもない事に、伯母の元には借金の山ばかりが積み重なっていたのである。

 どうやら、全盛期の頃に伯母は、知名度に物を言わせて、かなり無茶な借金を繰り返した揚げ句、こんなありさまにとなってしまっていたらしい。しかし、研究所の火災保険が下りた事と、担保になっていた自宅を差し押さえにする事によって、借金自体はかろうじて始末できるだろう、と言う事が分かってきた。

 ただ、そうなると、影子の元には何の財産も残らなくなる事となる。親戚の叔父が、やむを得ずその事情を影子へと伝えてみると、平静なままの彼女は、一言も逆らわずに、それにと承知してくれたのだった。

 そんな訳だから、ひさお伯母個人への墓を作ってやる事すらができなくなって、彼女の骨はとりあえず祖母の墓にと入れられる事となり、影子はと言えば、彼女の所持品扱いと言う名目で、なんとか差し押さえをまのがれた、わずかな衣服類などを持って、僕の家へと引っ越してきたのである。

 ちなみに、僕の家では、父が単身赴任、兄が地方の大学に通っていた為、その頃、自分の家に住んでいたのは僕と母の二人だけだった。影子は三人めの家族となったのである。

 とは言うものの、影子の扱いに関しては、よその人間の事であるだけに、はじめは家族の間でもいろいろと意見が分かれた。最終的には、一番実権を握っている母の言い分が通る事となり、せめて成人するまでは、彼女の世話は見てあげる事にしよう、と言う風になったのだった。

 恐らくは、母にして見れば、ひさお伯母は異母姉妹とは言え、共に遊んだ姉妹には変わらなかった訳なのだから、そんな思いから、影子の事も邪険にはしたくない、と言う気持ちが少なからずもあったのであろう。

 影子は、単に綺麗なばかりではなく、いろいろな点で変わっていたような気がする。

 我が家に来たばかりの影子は、無一文同様のありさまであり、どうにか差し押さえから救い出して持ってきたものは、衣服類と蔵書の数々、小物の類だけだった。その為、家財道具などは兄の使っていたものをそのまま借りる事となり、まるで下宿人のような扱いであった。そんな粗末な待遇でも、彼女はグチ一つこぼさず、むしろ何度も何度も母や僕へと感謝の言葉を繰り返していた。

 今まで伯母の元で、お嬢様みたいな生活を続けていたのだ。当然、こんな庶民の生活は耐えられなくなるのではないかと、僕も母も心配していたのではあるが、影子は懸命に新しい環境に溶け込んでいこうと、気を遣っていてくれたのだった。

 いつの間にか、兄の部屋も彼女のお城として、きれいに整頓されてしまっていた。

 基本的に家具自体は兄のお古なのだが、ハンガーにはいくつもの可愛らしい女性の洋服が並び掛けられ、本棚には聞き慣れぬ書名の本が沢山詰め込まれていた。(その中には、洋書も多数あった。のちに分かった事なのであるが、影子は世界7ヵ国語を操れるバイリンガルで、読むだけなら古代語を含めて30種以上の世界の言葉にと精通していたらしい、と言う話なのである)

 また、意外な事なのであったが、影子は家事に関しても十分な経験を持っていたのだった。母の手伝いを進んでかって出、皿洗いや室内掃除などを自主的に行っていた。居候である事に気が引けての行動と思え、そうした影子の貢献には初めは遠慮がちだった母なのであったが、やがては、娘ができたみたいで助かる、と影子の態度に感謝するようにとなっていったのだった。母もまたパート勤めをしていた為、影子の積極的な家事の代役は、大変重宝する行為だったのである。

 のちに影子が夕食を準備してくれた事もあった。作るのはいつも簡素な庶民料理だったが、母の味とまではいかなかったものの、決してまずい出来だと言う訳でもなかった。

 そんな母に(あるいは、僕にも)気に入られた影子なのではあったが、実際には、必ずしも新しい生活に馴染みきっていた訳でもなかったみたいでもあった。

 ある時、影子の日常品を揃える為、僕と母と影子の3人でデパートへ買い物に行った事がある。その時の影子のはしゃぎぶりと言えば、まるで普段の彼女からは想像ができないほどの羽目の外しぶりであった。実は、彼女はこの時、初めてデパートへと入ったのだった。それまでの彼女は、母のひさおから与えられるものだけで全てが事足りた為、買い物以前に、街を伸び伸びと歩き回った事自体がなかったのであった。

 その日は結局、日常品の他に、影子がおねだりした高い洋服もいくつか、普段の家事のご褒美として、母は彼女にと買ってあげている。その時見せた影子の本当に嬉しそうな表情は、今でも僕の記憶の中には焼き付いている。

 実はこの日の帰り道に僕たち3人はちょっとした事件を目撃する事となった。

 偶然にも目の前で交通事故が起きたのである。交差点で暴走した乗用車が大きなトラックにと衝突した。そして、その乗用車が跳ね飛ばされて、歩道にまで飛ばされたものだから、かなり悲惨な事態にとなったのだった。死傷者もかなり出たらしく、僕だってこんな事故を間近で見たのは初めての事であった。しかし、それ以上に影子も驚いていたらしい。影子は美しい顔を青ざめさせ、怯えた目で事故現場の方を眺めていた。彼女は、まるで信じられないと言った表情をしていた。

 思えば、影子は伯母のモットーで、事故や暴力的なものに関しては、作り物のドラマなどでさえ、ろくに見た事が無かったのかもしれなかった。だから、それをいきなり地で見てしまったものだから、あまりにも刺激が強すぎて(この時の事故は、男の僕が見たって十分凄惨なものであった)、彼女はひどくおののいてしまっていたような気もするのだ。

 彼女の為に良くないと判断した母は、すぐこの場から離れる事を思い立ったのだった。だが、影子は長い時間、ショックから抜けきれなかったらしく、放心した顔つきのまま、しばらくは口を聞こうとはしなかったのであった。

 ところで、影子には、母が知らなかったであろう、ある素行があった。

 ある時、影子を呼びに彼女の部屋へと入ってゆくと、その時、影子は部屋の真ん中でくつろいで、煙草をふかしていたのである。レディーの部屋に入る訳だから、もちろん僕だってノックはしてから部屋へは入った。それだけに、喫煙をしている影子の姿を見た時は、僕としても何と言ってやればいいのかが分からなくなり、ただ立ち尽くしてしまったのだった。それがまた、影子の方も僕が困惑している理由が分からなかったらしく、きょとんとしていたのだった。

 これについては、今になって思うのであるが、恐らくひさお伯母は、影子に喫煙などの行為をする事を禁止してはいなかったのではないのだろうか。だから、彼女はごく自然に煙草を吸っていたのだ。伯母は、独自の教育方針で今までの影子の事を育ててきていた。そして、多分、喫煙なぞは彼女の価値判定では必ずしも悪い事なのではなく、むしろ彼女自らが影子にそれを許可していたのではないかと言う節すら思い当たるのである。

 また、影子がお酒も時々飲んでいた事も僕は知っている。

 飲酒喫煙が悪い事だと知り、彼女もそれらを堂々とたしなむ事はやめたかのようにも見えたのだったが、それでも、実はそれ以後も、影子はたまにそれらの行為を続けていたみたいなのであった。

 一部の不良生徒とかは、一般に、ささいな興味や、大人への反発から、そうした行為にと手を出すものである。しかし、影子の場合はあくまで、それらの行為をちょっぴりでも愉しむ事が好きだったからこそ、やめられなかったように、僕には見受けられた。影子は、とにかく俗世界の常識では図り切れないような部分ばかりを、いくつも持ち合わせていたのだ。

 日曜日の事である。母もパートに出かけていたその日、影子が照れ臭そうに僕の部屋へと入ってきた。

「正一くん、今日は何か予定がある?」と、彼女はためらいがちに僕にと尋ねてきた。

 最初の頃は影子も遠慮しがちで、僕に話しかける時も「所沢くん」とよそよそしかったのだが、僕がその点を指摘してやった事もあり、いつしか下の名前で僕の事を呼んでくれるようにとなっていた。だから、僕もこの頃では、すでに彼女の事を「影子ちゃん」と呼ぶように日常づけていた。(母はその事について、いかにもいとこ同士らしいとほほえましげに笑っていた)

「え、何も」と、僕は返事をした。

 すると、影子は安心した表情になり、

「良かった。実は街に出かけたかったんだけど、一人で外へ出た事がなかったからさ、正一くんに案内してもらえないかな、と思ってたんだ。でも、嫌ならいいのよ。一人で何とかしてみるから」

 彼女の言う事によれば、となり街にある元自宅へ忘れ物を取りにいきたいのだと言う。ちなみに、その彼女の自宅と言うのは、差し押さえになった後、不動産へと売り飛ばされた訳なのだが、建っていた場所が悪かったせいか、いまだに買い手もなく、空き家のままみたいなのだった。

 もちろん、僕は彼女の付き添い役をすぐに引き受けてやる事にした。

 こんな世間知らずを一人きりで歩きまわらすなんて事が心配だった事もあったが、もう一つ、影子に頼りにしてもらえる事がちょっぴり気持ちが良かったからでもある。

 全てにおいて完璧かに見える影子にとって、あまりに一般常識を知らなさすぎる事は唯一の欠点でもあり、その事があるおかげで、僕もとりあえずは影子の事を見上げてばかりもいなくてすみ、対等の立場で接する為の良い器にもなってくれていたのだった。

 そうと決まると、影子は自分の部屋に戻り、着飾ってから、また出て来た。青いベレー帽にポイントを置いた白主体のファッションで、再会した時に身に付けていた香水の匂いもごくわずかだが確認できた。当時の影子は、まるで当然かのように、おでかけの度におしゃれをしていたのだった。今思えば、それは最初の頃の影子の様子をもっともよく表現していた行為でもあった。

「行きましょう」と、彼女は言った。

 僕たちは電車を使い、となり街へと向かった。

 影子と町中を歩いた時は、いつもそうなのであるが、影子の方につい目をやる男たちの姿を、あちこちで見る事ができた。この時にしたってそうであり、それだけ影子がタレント並みに美しかったと言う証拠でもあって、僕もまた一緒に歩いていても、別に自慢じゃなかった、なぞと言ったら、やはり嘘になろう。

 となり街に着くと、自分の家を探す為、影子は路地のど真ん中でいきなり大きな市内地図を広げようとしたが、僕は慌ててその行為を押しとどめた。その華麗なルックスに似合わず、こんな事を平気でやってしまう所が、彼女のおかしな部分でもあり、かわいげな所でもあった。

 結局は交番に聞き、標識を目印にして、影子の家にはようやくたどりつく事となった。

 彼女の住んでいた家は、街の片隅にすらなく、郊外の森の近くにと建っていたのだった。これでは、買い手なぞ現われるはずもない。しかし、家自体は古くて大きな洋館で、見栄えだけはとても立派だった。周りが四方緑に囲まれていると言う環境も何となくそそられる。恐らく、先の持ち主だったひさお伯母も(かなりの変わり者と言われていたので)こんな風情に魅せられて、この洋館を買い取ったのであろうか。

 何にせよ、影子にとっては、ここはかけがえのない過去の思い出が詰まっている場所なのだった。大きな門の前にまでたどりついた時点で、すでに彼女はわくわくしていて、浮かれかけていたのが、手に取るように分かった。

 門の鍵は(不動産で付けたものだと思うのだが)すでに壊されていて、中への出入りは自由だった。恐らく、ここも今では、子供たちの格好の遊び場や、いけない事をしたい学生たちなどのたまり場と化していたのであろう。しかし、それもせいぜい庭までの話であり、館自体には、門などよりもはるかに頑丈な錠前が取り付けられていた。

 庭には大きなプールが設けられており、持ち主のいなくなったそれは、冬からずっと水を抜かれていたらしく、かわりに泥や新しく生えたばかりの雑草などによって、底一面が埋め尽くされていたのが、妙に印象に残っている。

 さて、館の方の鍵は従来から使われていたものであり、影子の隠し持っていたスペアーキーで一発で開ける事ができた。

 二人は土足のまま、どたどたと館の中へと入っていった。

 そこはとても広く、沢山の古い値打ち物そうな家具が置かれていたが、そのどれもが差し押さえの紙が貼られたままになっていた。また、ひさお伯母の好みか、不気味な剥製や、怪しげな骨董品も、館内のあちこちで見かける事ができた。

 影子はと言えば、自分の古巣に戻ってきたものだから、すっかり嬉しくなったのか、僕の事さえほったらかしにして、さっさと走り回っていた。

 どうやら、自分の寝起きしていた部屋へと向かっていたらしく、僕がその部屋を探し当てて、中を覗いてみると、そこでは。しんみりとした表情の影子が目を潤ませて、大きな本を手に取り、眺めていた。すぐそばの床の板が外されていたので、どうやらそれは、その秘密の隠し場所にと仕舞っておいていたものだったらしい。

「正一くん、これ見て」

 僕の姿を目にとめた影子が、その本を開いたまま、僕の方へと差し出した。

 それは、実は彼女の成長アルバムなのだった。厚い皮表紙にはさまれた各ページの中には、沢山の影子が納まっていた。それこそ、生まれたばかりの頃のものから、ごく最近のものまでである。

 僕は息を飲んで、それを眺めた。そう、どの時期の影子もとても可愛いのである。何だか、アイドルスターの写真集のスナップを見ているかのような錯覚にすら襲われた。

 目の前で影子は、アルバムの栞に使っていたらしき、小さなガラスのアクセサリーを手にとって弄んでいた。その今の影子と写真の中の影子を、つい僕は気付かれぬよう、何度も見比べてしまった。

「これは、12の時にお母さまが撮ってくれた写真よ。よく勉強ができたから、卒業式の真似ごとですって」

 影子が言う写真は、卒業証書の筒を持った影子が、アメリカの大学生が着るような黒い大学服で、気取って写っているものだった。確か、頭の良さを認められたひさお伯母は、日本の大学の推薦で、アメリカの大学へも渡ったと聞くが、多分この服は、その時の彼女のおさがりなのであろう。

 その写真に限らず、このアルバムに貼られた写真のどれもが、この館か、研究所とおぼしき場所で、撮られたものばかりであった。きっと、影子にとっては、この限られた空間だけが、本当に唯一の今までの生活の場だったのである。

 写真の中に、1枚だが、意外なものを発見する事となった。何と、僕と影子が並んで写っているのである。僕は記憶に無いのだが、どうやら例の幼少時に研究所に訪れた時、いつの間にか撮られていたものらしい。影子がひときわ光って見える分、僕はと言えば、やたらと野暮ったい鼻たれ小僧に見え、何だか照れ臭いやら、劣等感を感じるやらで、恥ずかしい気持ちにとなってきた。

「その写真、覚えているわ。この時、初めて正一くんと会ったのよね」

 アルバムをのぞきこんだ影子が、笑みを浮かべて言った。

「こっちに来ない?面白いものがいっぱいあるのよ」

 急に影子がそう言い、部屋を駆け出ていったので、僕はその後をついていった。

 次に二人がやって来た部屋は、かってはダンスホールだったらしき部屋で、奥の方には、年代物のグランドピアノも置かれていた。もちろん、差し押さえの紙が貼られた状態で。

 しかし、ピアノの前にまでやって来た影子は、その紙をペリッとはがしてしまった。

 慌てて僕が制止しかけると、

「だって、これはお母さまの持ち物だったのよ。なぜ、今は触っちゃいけないの」と、影子はきょとんとして言うのだった。

 やがて、彼女が静かに鍵盤を叩き出した。初めはゆっくりと、やがては、それは鮮やかな演奏にと変わっていった。全く見事な手腕であり、弾く者の優しい気持ちみたいなものが、聞いた事もない繊細なメロディを伝わって、ひしひしと僕の心の中にまで響いているような感じがした。

「いかが?曲名は『夜光』。作曲・間野影子、奏者・間野影子でした」

 弾き続けながら、影子が言った。

 聞き惚れていた僕は、彼女が拍手をする仕草をしてみせたので、ハッと気が付き、すぐに手を叩いてあげた。影子は嬉しそうに微笑み、ピアノを弾く手を休めた。

「どう?正一くん、踊ってみない?」

 影子が、いたずらっぽい表情で、僕の方へと近寄ってきた。なにぶん、踊りなぞフォークダンスぐらいしかやった事がないし、相手が当然ダンスも名手であろう影子だとなると、なおさら後込みしてしまった僕だが、

「大丈夫。リードしてあげる。楽しいのよ」

 影子が手を差し出してきた。白くて、指の細い、本当にきれいな手だった。誘いを断わりきれずにその手を握った僕は、女の子の手を握るなんて事が、久しぶりである事に気が付き、さらには、その手がとても暖かかった事に、言いようのない感動を覚えた。

「ほら、こうやって、そう、こうやるのよ。ねえ、簡単でしょう」

 影子が笑った。

 思えば、それは夢のようなひとときであり、この時間がいつまでも続いてくれたらよかったのに。今になってから、僕はつくづくとそう思うのである。

 

 その日の帰りは、僕と影子は別々の電車に乗って、帰る事にとした。とは言っても、なんて事はない。単に電車に乗る時間をずらしただけの話である。

 影子が、社会勉強の為にも、ぜひ一人で電車の乗り降りをしてみたい、と言い出したのである。まあ、小さな子供じゃないし、賢い影子なのだから、そのぐらいの事はできて当たり前だろうと思ったから、だから、僕はその頼みに了解した。

 このとなり街の駅でまず別れて、自分たちの街の駅にておち会う。先に影子が電車に乗り、それから数本遅れの電車(電車は十数分に一本程度のペースで走っていた)で僕も帰還する、と言う手順だった。問題なく向こうの駅で再会できるはずだったし、仮に影子が駅を乗り過ごしたにしても、これならばすぐに分かると言う仕掛けだった。

 そして、実際、電車の乗り降りごときなんざは、簡単にできたのである。僕は、自分の街の駅のホームにて、アルバムを抱えて待っていた影子に再会した。

 ちょっとお兄さんぶって、よくできたね、なんて声でも掛けてやろうかとも思ったが、その前に、影子の様子がどうも少しおかしい事にと、気が付いたのだった。

「ねえ、正一くん」と、もじもじしながら、影子が僕にささやきかけてきた。

「あのさ、町の人ってさ、その、皆さ、何て言うのかな、親しげなのかな」

 頬を赤らめた影子はやたらと照れてる様子であり、僕には彼女が何を言いたいのかが、よく分からなかった。

「だからぁ、知らない人の手を握ったりさ、体に触れるとか、そう言う事って、した方がいいのかな」

 相変わらず、僕がとんちんかんでいると、

「いや、いいの。何でもないの」

 影子は、恥ずかしげな表情で目を閉じ、その話題を自分から打ち切ってしまったのだった。

 そう、今思えば、この時彼女は、きっと電車の中で痴漢に遭った事を、言いたかったのだと思うのである。それが、どの程度の行為だったかまでは、分からない。ただ、影子ほどのしとやかな美少女が、一人で電車に乗っていたとすれば、痴漢に目を付けられたとしても、うなずける話かもしれなかった。

 しかし、今まで外界を知らなかった影子には、そんな事をするようなゲス野郎が存在するなんて事が、どうしても信じられなかったのかもしれない。考えてみると、これは研究所を出てから、影子が初めて出会った悪意なのだった。そして、この時点で、すでにこの先起こりうる事を、早々に気が付いているべきだったのかもしれないのである。


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最終更新日 : 2019-12-02 20:29:25

第3話 全ては「かかし」から始まった

 影子の、僕の学校への編入学が決まった。

 ひさお伯母の保護下、不登校児で通してきた影子を、今さら学校へ通わせると言うのは、若干ムダな事であるようにも(僕の家族は、成人前から影子に働かせ、のちにひとり立ちできるようにしようと考えていた)思われていたのだが、学校からの強い要請があって、結局、このような運びにとなったのである。

 実は、僕のクラスの担任である太田先生が、特にこの件については、積極的な働きかけをしていた。

 氏が言うには、影子自身の為にとっても、少女期の大切な時間を、少しでも有意義なものとして過ごせるよう、学校生活と言うものを、短い間でもいいから、経験させてあげた方がいい、と言うのであった。

 氏にしてみれば、それが影子にとって、あくまで社会に出てから役立つ、貴重な体験や楽しい思い出となってくれるであろう事を、信じて疑っていなかったのだと思うし、決して義務教育絶対主義から、影子を学校へひきずりこもうとしたのではなかったのだ、と考えられる。しかし、それゆえに、結果的に、この善意の取り計らいが、思わぬ事態へとつながっていってしまうなどとは、全く予測する事ができなかったのかもしれない。

 ある日の放課後、僕は職員室へと呼び出しを受ける事となった。

 その日の昼間は、影子が編入学の手続きを行う為、母に連れられ、この学校に顔見せに来るとの事を、昨夜から聞かされてはいたので、恐らくは、それに関わる話なのではないか、とはすぐに見当はついたのであるが、実際、案の定であった。

 太田先生他、数人の先生がたに応接間の方へ連れてゆかれた僕は、そこで影子に関する思わぬ話を聞かされ、さらには、いろいろと質問される事となったのだった。

 先生がたが驚いていたのは、まず影子の、意外なまでに優れた学力結果なのであった。

 先生がたは、はじめ、不登校児の影子の事をなめてかかり、年齢相当及びそれ以下の学力テストしか、今日の影子の面接には用意していなかったのだった。それだけに、テストを難無くクリアし、なおも余裕のある影子には大いに困惑させられてしまったらしく、さらには、知能テストに至っては、学生用の簡易テストでは正確な指数をはじきだす事が不可能なようありさまであり、かろうじてIQ140以上ある事だけは確かだが、恐らく200だって軽く越えているのではないか、と先生の一人が声を高ぶらして言っていた。

 僕だって、影子がそこまで頭がよかったとは、今まで知らなかったのだし、その事について先生がたにとやかく聞かれたにしても、影子が、天才学者であるひさお伯母の元で、実は英才教育を受けていたらしい節がある事を、せいぜい説明するのが、やっとなのであった。

 何にせよ、やはり影子が問題児となる事は、学校側にとっても、すでに必至だと考えていたようで、その妥協策として、結局、影子は僕のいる太田先生のクラスへと転入してくる事にとなるのである。

 影子が、正式に僕の学校にと編入する日が、次第に近づいてきた。

 制服(ちなみに、僕の中学は紺のブレザー着用だった。嬉しそうに影子はそれを試し着して、僕や母にも見せてくれたのであるが、その姿はあまりにも愛らしくて、どんな服だって着る人次第だと言う事を、僕はつくづく思い知らされる事となった)も購入したし、教科書類も買い揃えた。準備は順調に進んでいた。影子自身も、やや動揺を隠せなくなっているのが、僕にも見て、分かるようにとなってきた。

 今思えば、影子は、この「学校に行く」と言う展開を、どう考えていたのであろうか。果たして、彼女自身は、編入学する事を望んでいたのだろうか。

 ただ、僕が知っている事は、鞄やら、上靴やら、学校で使用する道具が一つ揃うごとに、影子がとても幸せそうな表情をしていた、と言う事だけである。また、影子は、しきりに学校の生活についてを、僕に(興味と心配が合わさった感じで)尋ねてもいた。恐らく、伯母と共に、研究所と言う閉ざされた世界で生きてきた影子にとって、学校なんてものは、知識でこそ知ってはいるが、実物となると、全く未知の領域みたいなものだったんじゃないか、と思う。

 我々にとって、学校は当たり前のものなのかもしれないが、影子にしてみれば、それは、きっと人生観そのものを揺るがすような、大きな挑戦にと感じられていたのかもしれない。

 実は、学校へと初登校する数日前、影子が一人で町へと出かけていた事がある。

 誰にも知られたくなかったのか、母がパートに出ていた時の外出で、この時は、影子の方が、僕や母より帰宅が遅くなってしまい、帰ってこない影子の事で、母がひどく心配していた事を、とてもよく覚えている。もちろん、影子は間もなく戻ってきて、勝手な外出について丁寧に謝ったのであるが、それよりも母は、影子が無事帰ってきた事の方を、大変喜んでいた、と僕は記憶している。

 後に分かった事なのだが、この時、影子は、電話帳か何かで見つけた、近所のビデオスタジオへと行き、ビデオカメラでの撮影をしてきていたのだった。もっとも、その事については、僕に対してすら内緒の話扱いであり、ただ影子は、一人楽しそうにニコニコと笑みを浮かべていたのだった。

 ところで、本当の事を言えば、僕もまた、影子が自分のクラスへとやって来る事を、照れるので、意識しまいとしつつも、密かに内心では、快く思っていた。

 何しろ、彼女は、これほどまでも、素敵なのだ。ルックスでは、絶対クラスメイトの京子にも劣ってはいなかったはずだし、それどころか、性格もよく、頭もいいのである。そんな女の子が自分のいとこであり、しかも、仲の良い同居人の訳なのだから、ちょっぴり自慢したくなったとしても、当然の話ではなかろうか。

 僕には、早くから、友人の洋平や肇が羨ましがっている顔が目に見えていたし、クラス中の皆が、影子の元に群がり、彼女がチヤホヤされるであろう情景が、脳裏にと浮かび上がっていた。それほどまでにも、当時の僕は、彼女に対して、高貴な印象を抱き、その事を嬉しくすら、思っていたのだった。

 さて、ついに影子が、僕の学校へと初登校する日が訪れた。

 その日は、(影子が出席前に、いろいろ準備をする必要があったので)僕も影子を連れ、早めに家を出た。学校はそれほど遠くではなかったので、通学は徒歩と言う事になった。

 余談だが、僕の家と学校の間には、テレビドラマにでも出てきそうな土手が、途中に広がっていて、これからの暖かい季節ならば、登下校をするには、最高にすがすがしいコースでもあった。その道を今後、影子と一緒に毎日行き来する事になるのだろう、と考えていると、僕はうっすらと胸のときめきみたいなものすら、感じたのだった。

 一つ書き加えておくが、実はこの日も影子は、薄い化粧をしかけていた。さすがに、学校で化粧はまずいので、それを見かけた僕は慌てて制止したのだが、それでも彼女は微妙な量の香水をこっそり身に付けていたらしかった。通学中は、僕もうきうきしていた上、本当に微妙な程度の香水であった為、それをうっかり見落としてしまった訳なのであるが、その事はのちに気が付く事となった。

 学校に着いた僕と影子は、職員室の前で別れた。内心の期待と不安が態度に表われている影子の姿は、本当に、入学式を迎えたばかりの小学一年生のように見えた。僕の方は、あとは教室に入って、影子が先生に連れられて、やって来るのを待つだけとなった。

 今日、転入生が入ってくる事は、すでにクラスの中ではほぼ知れ渡っていた。

 その転入生が、僕のいとこであると言う情報を入手した連中も、わずかながらいて、情報通気取りの肇なぞは、数日も前から、僕から影子の詳しい話を聞き出そうと、奮闘をしていた次第だった。しかし、僕はわざと話をそらしたし、なるべく影子の事は級友たちに知られないようにと、気を配っていた。それと言うのも、影子の事を、出し惜しみしていたからではなく、むしろ、皆にも自分の目で影子の凄さを納得してもらいたい、と思っていたからである。

 朝のホームルームの時間となり、影子の御披露目の時がやって来た。

 太田先生に連れられ、教室の中に、影子が入ってきた時は、まさしく、一瞬クラスメイトたちのざわめきが止まったような気が、僕にはした。教壇の上に立ち、お辞儀をした影子の姿は、あらためて、教室の中に一輪の花が咲いたかのごとくに感じられたのであり、それほどまでも、影子はひときわ抜きんでて見えていたし、きっと、僕以外の連中にもそう見えていたはずに違いない、と思われるのである。

「転校生の間野影子さんだ」と、太田先生が言った。

 さらに、先生は影子の前歴について(もちろん、僕が彼女のいとこである事も)、いくらか紹介した後、それでお決まりの転入生受け入れ儀礼もおしまいとなるはずであった。

 ところが、そこで影子は、急に不満の態度を示したのだった。

 はじめは、何の事なのか、よく分からなかったのだが、どうやら影子は、教室のどこかにビデオデッキが置いてあるかどうか、探していたらしかったのだった。どうしても、それを見つけられない影子は、教壇の上から引き下がろうともせず、まごまごし続け、それを察した太田先生に尋ねられ、ようやく遠慮がちに、ビデオデッキはないのでしょうか、と彼にと話した。

 もちろん、平凡な一学校に過ぎない我が校じゃ、クラスに一台ビデオだなんて、贅沢な施設が整っているはずもなく(放送室からの遠隔操縦専門のテレビだけなら、あったのだが)、今度は先生の方が、戸惑いの態度を見せるはめにとなったのだった。

 結局、この件は、いつか、影子の要望に叶うよう、太田先生の方で、近いうちに視聴覚教室を借りてあげる、と言う話にとなり、とりあえずは今のところは、影子の方が引き下がる形にとなったのであった。(しかし、ついにそれは実現はしなかった)

 影子の席は、余っていた教室の角の席で、前の方に座っていた僕からは、だいぶ離れた場所だった。僕自身としては、影子がそばだと気になって、勉強に身が入らないだろうから、これでよかったのだ、と一人勝手に自分を納得させたりしていた。

 かくて、影子にとっての、学校第一日目が始まった訳である。

 これから、しばらく、影子のその一日についてを、順に記してゆく事にしたい。それは、案の定と言うか、予想した通りの、波乱含みの一日だったのである。

 まず、最初の授業である英語の時間からして、影子は問題行為を起こしてしまったのだった。初めは何事もなく、授業も始まりはしたのである。ところが、じょじょに影子のいる方向で、ざわめきが起こり始めた。

 それに最初に気が付いたのは、どうやら、影子の近くに座っていた大場ユミだったらしい。やがて、ざわめきは教室全体にと広がり、僕もそれにと気が付いた。英語の先生も黒板いっぱいの英文を書き終えると、このざわめきには、当然ながら前から気になっていたらしく、その中心である影子の方へと向かったのだった。

 実は、影子は、先生が黒板に字を書いている最中に、鞄から教科書以外の本を取りだし、それをずっと読み続けていたのだった。

 もちろん、その不謹慎な行為を見つけて、前の席に座っていたゆう子なども、影子に注意はしたらしいのだが、影子はと言えば、訳が分からなそうに、きょとんとしていただけで、その行為をやめようとはしなかったのだった。

 それだけに、影子の隠し読みを見つけた時の英語の先生の様子は、実に不愉快そうであった。先生は、影子からバッと本を取り上げ、嫌味を混ぜた小言をふたことみこと、口にした。

 しかし、その時、影子もまた、負けずに毅然と言い返したのだった。

「でも、今黒板に書かれた事は、すでに十分学習した事なんです。同じ事を再度、学ぶくらいならば、その時間を、より有効に活用した方がよいのではないのでしょうか」

 影子の抗弁は、聞いている僕の方が、顔を赤くしちゃいそうなものだった。

 不機嫌になった先生は、だったら、今、黒板に書いた英語の長文を全部、訳してみろ、と影子に言った。

 席から立ち上がった影子は、黒板にきれいな字ですらすらと訳文を書き並べてしまい、あっさり先生の鼻をあかしてしまった。その上、実際のアメリカでは、こんな回りくどい表現は普段、使われてません、などと原文上の誤りまで指摘して見せたので、英語の先生にしてみれば、全く面目が丸つぶれのありさまとなったのであった。

(ただし、先生の名誉の為に断わっておくが、学校で学ぶ英語の文章例なぞ、しょせんは基本を教える為の超丁寧文にすぎない訳なのだし、それが日常文らしくない、と言われてみても、本当はそれで当たり前だったのであろう)

 とにかく、先生は影子にきつく注意をし、分かっていても、おとなしく授業を聞いているように、との指示を与え、影子の読んでいた本については、問答無用で取り上げてしまったのだった。実は、この影子が、丁度読んでいた本と言うのがまた、洋書の専門書の一種だったらしいのである。(この本を、先生は果たして、1ページでも読めたのであろうか)その事も、この先生の神経を逆なでする一因となってしまったらしく、その後は、この英語の先生と影子の関係は、険悪となってしまったのだった。

 さて、このようなトラブルが起きてしまったせいか、一時間目が終わったあとの休み時間には、影子のそばへ群がろうとする級友たちの姿は、まるで見られなかった。僕は恥ずかしい思いで、影子の元へ行き、授業はつまらなくても聞く振りだけはするように、との忠告を授けてあげた。影子は不思議そうな顔はしていたのだが、僕の言う事だけは、理屈抜きに、いつでも聞いてくれたのであった。

 クラスメイトたちは、この一件で、影子の事を、どうやらアメリカ帰りの二世みたいなものらしい、と勘違いするようになってしまったらしかった。実際、気高い感じの影子には、そんなイメージが充分に漂っていたし、自己紹介の際も、太田先生は、影子の天才ぶりに関しては、それとなく伏せていたからである。

 とにかく、それ以後、影子が授業中、大きく羽目を外した問題を引き起こす事は、かろうじて無くなってくれた。彼女は、僕の警告通り、静かに授業に耳を傾けるようになり、一見、普通の生徒であるかのごとくに、振る舞うようにとなってくれたのである。

 しかし、時々、影子が、真面目な授業の最中に、クスクス笑ったりしている事があった。教室内が静かになっている時なぞには、尚さら、その澄んだ小さな笑いが、よく聞こえる事もあり、気になってしまう事もあった。きっと、そんな時の影子は、黒板上の説明にささいな間違いを発見したり、あまりに授業の内容が初歩的すぎるので、それでつい笑ってしまったのではないか、と思う。気にした先生が、影子に、笑う理由を尋ねたりする事もあったが、そんな時、影子はただ素直に謝り、笑いの原因については、いっさい語らなかったのであった。そんな笑っている時の影子の姿を、横目でチラリと見てみた事があるのだが、それは本当に、無邪気なさまで笑っていたのだった。

 と、まあ、このように書き綴っていると、影子はいかにも、どの先生がたとも折り合いが悪かったようにも聞こえるかもしれないのだが、実際には、影子に好意的な教師も、決して少なかった訳でもなかったのである。

 太田先生はもちろん、影子に気を配り続けてくれていたし、たとえば、音楽の吉川先生が、影子へと、グランドピアノの使用を許可してくれたのも、確か、この第一日目の事だった。

 彼女は、僕が太田先生に話した、影子のピアノの演奏振りの話を、どうも聞かされていたらしく、その日の授業の最後に、影子のピアノの腕を披露する時間を、設けてくれたのである。吉川先生の好意に、影子はもちろん了解し、皆の前で、鮮やかな曲を弾いてみせ、またもや株を一つ上げたのだった。その曲は、洋館で聞かせてもらった曲とも異なり、軽快で、クラシックっぽい旋律のものだった。そして、先生はその結果に満足し、影子に、気が向いたら好きな時に音楽室に来て、ピアノに触ってもよい、と言う許可を与えたのであった。この時も影子は、とても嬉しそうな様子を見せていた。

 昼休み、給食の時間には、また影子は問題行為を起こしかけたが、それでも、じょじょに影子の元へも、級友たちが押しかけるようになり始めた。ゆう子や光子と言ったおとなしい部類の女生徒たちが主であり、意外な事に、あの京子も好意的な様子で影子に話しかけているのを見かけた時には、何だか僕の方がホッとする気持ちにとなったのだった。と言うのも、今まで女生徒内では中心人物だった京子が、影子に焼きもちを抱くのではないかと言う事を、それまで僕は、特に心配していたからである。

 男女が意識しあう歳ごろだった事もあって、男子生徒たちは、もっぱら僕の所へと、影子の話を探りに来た。自慢したい気持ちも、少なからずあったのであるが、僕はほどほどの事しか、皆には影子の事を語りはしなかった。僕にしてみれば、まだ影子を独り占めにしておきたいような複雑な気持ちもあって、この先、彼女がクラス内でどのような位置にとなってゆくかは、成り行きにまかせてみたかったのである。もちろん、この時点では、影子が、やがて、クラスの中心となるであろう事を、僕は、少したりとも疑ってはいなかった。

 そして、掃除当番にまつわる、ちょっとした問題も起こした末、影子にとっての長い第一日目が終わったのである。

 その日は、僕は、妹の保護者さながらのように、影子を連れて、下校した。思った通り、影子はすっかり疲れ果ててしまっていたようだった。でも、帰り道中、学校がこんなに楽しいなんて知らなかった、と息をはずませて、彼女は言い続けていた。目も輝かせていたので、その言葉に嘘偽りは無いようだった。

 僕には、そんな影子の事が、たまらなく可愛らしく見えた。そして、今日の感動が、いつまでも影子の心の中で支えとなってくれる事を、本心から願っていたのだった。

 

 その夜、影子は、母相手に、その日の学校での出来事を、尽きる事なく、無邪気に話し続けた。そのさまは本当に楽しそうであり、母も、彼女の態度には満足げなようだった。僕も母も、この時点では、太田先生の懸命な配慮に、あらためて感謝をしていたのだった。

 就寝前に、僕はちょっと、影子の部屋を覗いてみる事にした。

 すでにパジャマに着替えていた影子は、例によって、煙草を一服している最中だったのだが、学校に通い始めた以上、それはしばらく控えた方がいいと、僕も忠告を与えてやった。影子は、僕の話には何でも素直であった。

 そのあと、二人で明日の予習をする事にしたのだった。もちろん、影子に学習なぞは不要なのであったが、今日のような失敗を繰り返さない為にも、授業の受け方は教えておく必要があったのである。

 澄んだ目で、僕の話に聞きいってくれている影子の顔を見ていると、何だか、僕の方も嬉しい気持ちがこみあげてきた。こんな時間がいつまでも続いてくれればいい、とその時の僕は、正直に思っていた。

 

 翌日、その前の日と同じくらいに早起きした影子は、僕の部屋へと入ってきて、まだ布団の中で夢心地だった僕に対し、早く学校へ行こうと、無邪気に誘いのモーションをかけてきた。彼女は、本当に学校という新生活に、夢中になっていたのかもしれなかった。まだ寝ていたかった僕が、わざとうやむやな返事をしてやると、影子もちょっとすねた表情をしてみせたのだが、すぐに僕の内心を分かってくれたらしくて、静かに部屋から出て行ってくれた。

 その朝は、結局、二人は本来の時間通りに家を出た。影子は、早起きして余った時間を、家事の手伝いに費やすなり、目立たない程度の美容に精を出すなり、朝からすっかり張り切っていたらしかった。

 その日の登校の道すがらでは、影子はしきりに楽しげに喋り続けていた。学校の事やら、家での話やら、彼女の感じた事を、思いつくままに話してくれたのであるが、その話自体よりも、時には、一人だけ先にクスクスと笑い出したり、あるいは、一瞬話すのに躊躇し、頬を赤らめて、目をつぶったりする、そんな表情豊かな影子の愛らしい仕草を見ている方が、僕には楽しかった。

 やがて、学校に到着した。今日も、昨日の延長のような日となるのであろうと、僕は漠然と感じていた。そうして、じょじょに影子も学校生活へと慣れてゆくのであろう。

 二人は、自分たちの教室へと入っていった。そこで、僕たちは思わぬ事にぶち当たり、入り口の所で立ち止まる結果となってしまったのだった。

 教室内の黒板に、大きく、いたずら書きの似顔絵が描かれていたのである。

 それは初めて見たイラストで、最初は僕も、誰が描いたものなのかは、見当も付かなかった。マンガとしては、かなり上手に描けてる方だと言え、少女チックで大きな瞳(悪趣味にデフォルメして、星が沢山ちりばめられていた)のその顔は、一目で影子がモデルなのだと分かった。

 ただ、それ以上に気になったのが、その大きな顔に対して、不釣り合いなぐらいに小さい胴体部分が、制服ではなくドレス、それも継ぎはぎだらけの上、ふちの方が裂けていて、パンツまで見えてるようなひどい代物を着ていた事で、さらには、その似顔絵には、沢山のふだきしのセリフが、取り囲むように書き加えられていたと言う点だった。

 その内容と言うのが、「お嬢様は英語のお勉強なんて、しなくてもいいのよ」とか「お嬢様は、ゆっくり噛んで食べるから、給食を食べるのが、とても遅いのよ」だとか、あるいは「お嬢様は、お掃除なんてした事ないの。掃除当番、大っ嫌い」と言った具合だったのである。この絵の作者は、目ざとく気が付いたらしく、「お嬢様は香水を付けるのが大好き」とまで書かれていた。

 余りのひどさに、僕は声も出なくなった。

 しかし、すぐに影子の方が、はるかにショックは上であろう事に気が付き、とっさに彼女の方を見てみた。影子もまた、立ちすくんでいた。恥ずかしくて真っ赤になると言うよりは、衝撃が強すぎて、青ざめ、硬直しているかのように見えた。先程までの無邪気な表情も消え、起伏の失せたその顔からは、全く内心を読む事は出来なくなっていた。でも、似顔絵同様に大きなその瞳が潤んでいて、大粒の涙が、今にもこぼれそうになっている事だけは、はっきりと僕にも分かった。

「影子ちゃん、気にしない方がいいよ」すかさず僕はそう言った。

 影子は、今にも涙が流れ落ちそうな目を閉じると、本当に優しそうな表情で笑みを作ってみせ、こう言った。

「いいの。全部、本当の事だもん」

 僕にはそれ以上、声を掛ける事もできず、影子も黙って、自分の席の方へとさっさと歩き出してしまった。そんな影子の事がふびんで、たまらなく見えた。

 教室の角の方で、やんちゃな方に入る男子生徒たちが、クスクス笑っているのに気が付いた。一瞬、こいつらが落書きの犯人なのでは、とも僕は思ったのであるが、少女チックな絵である事から考えて、すぐに全然関係ないなと悟った。

 実は、この絵を描いた張本人は女生徒の大場であり、意外な事に、彼女にこんなマンガの才能があった事を、僕だけではなく、クラスのほとんどの人たちが、今までは全く知らなかったのだった。そして、今後は、僕たちは、この影子をモチーフにした彼女の似顔絵を、うんざりするほど、あちこちで見せられるようにとなるのである。

 間もなく、今日の当番だったのか、光子が急いで、この黒板のいたずら書きをかき消してしまった。彼女の表情にも、怒りみたいなものが浮かび上がっていて、消し終わったら、すぐ影子の元へ慰めの声を掛けに向かっていた。それを見て、クラスの中には良い人たちも沢山いるのだと言う事が分かり、僕も少しホッとする気持ちとなったのだった。

 だから、この件については、これっきりのものだとばかり思っていたし、僕もすぐに忘れかけていたのだ。影子は影子で、気の合う女生徒たちの輪の中へと混ざってゆくだろうと考えていたし、僕も今まで通り、自分の友人たちと遊ぶ事にするつもりだった。

 それなのに、何かが狂い始めたのだった。

 二時間目の休み時間の事である。僕は、時々、影子の方を気にしながらも、自分の普段の友人グループ、洋平とか肇とか言った奴らと、ふざけ戯れて、遊んでいた。

 ふと、影子の席の方へ目をやると、そこに彼女の姿は無かった。光子やゆう子など、影子に特に親切だった女生徒たちは、そのすぐ近くの席で雑談を交わしていた、と言うのにである。

 少し見渡して見ると、教室の後ろの方に、影子の姿を確認する事が出来た。一人ではなく、数人の女生徒、桐生とか爪田、大場と言った連中と一緒でである。しかし、それは最初、信じられないような光景でもあった。

 僕は息が止まりそうな気分にもなった。

 それと言うのも、桐生たちは、かわりばんこに、何度も何度も、影子の頬を平手でたたいていたのである。なぜかは分からない。少なくとも、桐生たちの方から影子を誘いこんで、そんな事を始めた、と言う事だけは、間違いないはずであった。

 たたいている側の桐生たちがおかしそうにヘラヘラ笑っていたと言うのは納得できた。だが、やられている側の影子もまた、調子を合わせて、困惑げな表情の笑みを作って、なされるままにとなっていたのだった。どうしてなのか、影子は、逃げようともせず、懸命に桐生たちの仕打ちにこらえていたのである。

 これこそは、実は「かかし」と言う名の遊びだったのであり、おぞましくも、後の忌まわしい出来事の全ての始まりとなったのであった。


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最終更新日 : 2019-12-02 20:29:25

第4話 我々はいかにいじめの撃退に失敗したか?

 さて、学校のいじめなんてものは、その最初の段階において、しっかりと注意しさえすれば、十分防げるものなのだ、なぞと考えている人たちも多いかもしれない。だが、そんな意見は、当事者たる僕なんかから言わせてもらうならば、全く、部外者の都合のいい無責任な感想にすぎないような感じがする。果たして、本当に”最初期のいじめ”なぞと言うものが、見分けたりする事ができるものなのであろうか。

 実際、影子が桐生たちにたたかれていた時、そこへ止めに入ろうとした者は、誰一人としていなかった。影子の保護者気取りだった僕でさえ、どうしたらいいのかが判断できかね、その場でうろたえすくんでしまっていたのだ。なのに、一体、誰が、何をできたと言うのであろうか。

 そもそも、それまでの桐生たちは、確かにきつい感じの女生徒たちではあって、近寄り難いと言う印象も無い訳ではなかった。しかし、それでも、級友に意地悪したりするような悪い連中なんかでは、決してなかったはずなのである。

 大体、我がクラスには、太田先生の熱心な指導と、自主性に富んだ中心的生徒たちの管理によって、かつて、いじめらしいじめは、起きた事自体が無かった次第なのだ。それだけに、今回の桐生たちと影子の戯れは、初めての特異な事態だったのであり、それゆえに、誰もがどう対処すればいいかが分からなくて、困りながらも、とうとう見過ごす事にとなってしまったのではないか、とも思われるのである。

 でも、授業開始のベルにより、この桐生たちの悪ふざけも、何とか中断される形にとなって、ひとまずは、心配の種も納まる事となったのだった。そして、その日はもう、影子と桐生たちが交わる事自体がなくて、どうやら、皆はそれが一過性のものだったのだと、都合よく判断してしまい、ホッとして、わざと忘れる事にとしてしまったのだった。

 それと、それ以後の影子にも、不審な部分は、何も見られなかったので、尚さら、皆はそう言う事だとして、済ましてしまいたかったのかもしれない。全く、その桐生たちとのやりとりさえ無ければ、その日の影子の一日も、本当のところ、実にほのぼのとしたものだったのである。

 影子の主たる遊び相手は、ゆう子や光子と言ったおとなしい女生徒たちが中心で、期末テストが近かった事もあり、一緒に勉強をしたり、音楽室へさっそくピアノを弾きに出かけたりもしていた。一人きりになった時も、影子は静かに読書に浸っていたのである。

 その日の昼休みは、グラウンドが我がクラスの使用可能日にとなっていたので、僕も洋平や肇らと共に、晴れたグラウンドに体を伸ばしに出ていたのだが、同じくグラウンドで遊んでいた影子たちに、バドミントンの対抗試合を持ちかけられる事となってしまった。

 僕たちが女生徒に誘われるなんて事は珍しい話でもあり、恐らくはこれも、男女意識の薄い無邪気な影子の提案だったのであろう。僕たちは照れもしたが、まんざら悪い気もしなかったので、その挑戦にと受けてたった。(ちなみに、普段、女生徒らとの付き合いが少ないだけに、洋平らもこの時は、実に楽しそうだった)

 さて、それで気付いた事なのであるが、影子は意外にも、バドミントン、いや正確には球技自体が不得手らしい、と言う事であった。これは新発見だったのだが、恐らく、影子だって反射神経そのものは、その容姿や頭脳に劣らず、絶対に優れていたはずには違いないとは思うのである。そして、これが真相だと思うのだが、単に影子は、経験不足なだけだったのではなかろうか。何しろ、今までの彼女は研究所の中で母親と二人暮らし、しかも、その母親は忙しい身だから、そんな影子のスポーツの相手までは満足にしてくれた事が無かったはずであろう。だから、影子は、対抗試合の間合いとか、駆け引きと言ったものが、まるで分からず、それゆえに、スポーツが苦手なように見えたのだ。僕は、そのように考えているのである。

 ところで、この日の帰りも、もちろん僕は影子を連れて、帰路にとついたのであるが、実は歩いている途中に、それとなく彼女に、桐生たちの一件についてを尋ねてみた。影子は、はじめ困った表情を浮かべていたのだが、すぐに詳しい事を僕にと話してくれたのであった。

 桐生たちがしていたのが、「かかし」と言う遊びであった事、かかし役だった影子は何をされても決して動いてはいけないというルールだった事、その遊びを持ちかけてきたのが言うまでもなく桐生たちの方からだった事、などである。最後に、影子はかばうような口調で、でも、桐生さんたちはとても良い人たちよ、と言う結びの言葉を、ためらいつつも強調して述べた。

 ただ、事の真相が分かった僕にしてみれば、それでも、あまりいい気分はしなかったのであった。大体、「かかし」なんて遊びがあるものであろうか。影子にかかし役をやらせた、と言う話も気に入らない。明らかに、影子へ対する嫌がらせだとしか、思えないではないか。

 影子は、おろおろした顔つきで、桐生さんたちは本当に良い人たちよ、と再度繰り返して、小さな声で強調した。それは、どうも僕に向けて、これ以上この事に触れないで、と遠回しに言っているみたいなニュアンスなのだった。

 よって、僕もこの話題は終わらす事にとした。一言だけ、もう桐生たちとは遊ばない方がいいよ、とだけ彼女に言っておいた。

 その後の影子は、桐生たちの事に話を戻されたくないかのごとく、その日の学校での出来事を、ひたすら喋り続けていたのだった。それは、家に着いてから、母と話をしていた時も同じであり、影子の心中を気遣ってやった僕は、つい桐生と影子の一件は、母には話さずじまいとなってしまったのだった。

 一体、この時の影子は、何を考えていたのであろうか。なぜ、桐生たちの意地悪を、素直に認めようとしなかったのであろう。あるいは、影子は、悪意ある人間が存在する事自体、信じたくなかったのかもしれない。それも、あれほど楽しいと言っていた学校生活の中に、そんなものが紛れていた事をである。今までの十数年間を温室のような研究所の中で育てられてきた彼女にとっては、外界がこんなにも嫌悪で満ちている事が理解できないか、もしくは、見たままに受け入れたくなかったのかもしれない。

 ともあれ、影子と言う少女はそんな女の子だったのである。

 

 僕たちにとって、もっとも望ましくない方向へと、事態は発展してゆく事となった。

 桐生たちは、影子に対する「かかし」遊びを、一度きりのものとはせず、その後も、毎日のように、し続けるようにとなったのである。回数こそ、一日に一、二回程度ではあったが、それでも、気になる事には変わりがなかった。

 最初の時、誰も止めに入ったりしなかった事に安心したのか、桐生も、堂々と影子を呼びつけて(本当に呼びつけるのである)、「かかし」で遊ぶようにとなったのだった。影子も人が良すぎるものだから、呼ばれると、他の女生徒たちと遊んでいた最中でも、まっすぐ桐生たちの元へと行き、わざわざかかしにと付き合っていたのである。

 そのさまは、見ていて不快ではあったのだが、桐生たちもずる賢く、いかにもそれを、遊んでいるように見せかける小細工を施していたのだった。

 たとえば、初めに皆でじゃんけんをする。負けた子がかかしになると言う決まりらしいのだが、何だかんだで、必ず負けるのは影子なのである。または、大場か爪田が、最初にサクラでかかし役を務める。そして、二番目のかかし役の影子をいじめる時こそが、遊びの本番なのだ。

 やり口はあまりにも見え透いてはいたが、それでも、止めに入る事はなかなかできない状況であった。

 初めこそ「かかし」は、たたくだけのいじめなのであったが、それだけではどうも飽きてしまったのか、やがて、桐生たちはそれ以外の行為も、影子相手にとやり始めるようにとなり出したのだった。

 たとえば、三人がかりでいっせいに、影子の体をくすぐりまくるとか、音楽の時間に習った歌を、大声で唄う事を強制したりである。ブレザーの上着を脱がしてしまったり、スカートをめくりあげようとしていた事もあった。(この範囲の事でやめて喜んでいた訳なのだから、この頃の桐生たちは、まだ可愛げがあったとも思う)ついには、四つ這いにした影子の上に三人で腰掛けて、これじゃ、かかしじゃなくて椅子だよ、なぞと笑いほざいている時すらもあったのだった。

 ここまでいじめがエスカレートしてきたと言うのに、なぜクラスの皆は尚も、それを止めようとはしなかったのかと、叱咤したい人たちも、恐らくはいるのではないかと思う。

 実は、後にホームルームにて、この時の事をクラスの全員で、あらためて話し合ってみた事がある。その時分かったのであったが、皆の誰もが、本当は、止めに入らない理由作りにと、懸命になっていたのだった。

 ある者は、期末テストが近づいていたので、もめ事は起こさない方がいいのではないかと思ったから、と言った。また別の子は、影子も一緒に笑っていたから、本当に遊んでいたのだと思った、と弁解していた。素直に、気性の荒い桐生たちと気まずい関係になりたくなかった、と告白する人とかもいた。誰かが代わりに止めに入ってくれるんじゃないかとか、変な事に首を突っ込んで自分の印象を悪くしたくなかったなど、本音のような意見すら飛び出し始め、つくづく僕はゾッとする思いにとなったものである。

 皆の共通した意思は、要は、いじめなんてむごい事実を肯定したくなかった、と言う事だったのだ。そんな風に皆が善良すぎたがゆえに、現実のいじめに対処できなかったのであって、あまりにひどい話なのではあるが、僕すらも、しょせんはその中の一人には違いなかったのであった。

 とは言え、桐生たちにも、年貢の収め時が近づいていたかにも見えた。数日に渡った期末テストも終了し(呆れた話だが、その期間中さえ、桐生たちは影子相手のかかしをやって遊んでいた)、ぼつぼつ連中のいじめについてが、クラスの中での話題の中心にとなり始めたのである。

 情報通の肇の話によれば、クラス委員の高二郎も動き出すつもりらしくて、太田先生にも全てを話して、ホームルームの時間にでも桐生たちをとっちめる手はずが、ちゃくちゃくと進められているとの事だった。僕はそれを聞き、安心したし、影子のみじめな姿をようやく見ないで済みそうな事を嬉しく思っていた。

 ところで、話はそれるが、影子の期末テストの結果は、予期した如くに凄まじいものだったのであった。

 返ってくるテストが、片っ端から高得点ばかりだったのである。満点こそ取ってはいなかったのだが、恐らくは、影子が手を抜いてテストを受けたのか、あまりにも完璧すぎる回答ゆえに、先生たちがわざと点数を辛く付けた、と言う可能性も考えられるであろう。あの英語の先生でさえ、不本意そうな口調で、高得点者の一人として、影子の名前を答案返却時に紹介していた次第だった。

 クラスの秀才連中は、影子に強いライバル意識を燃やすようになったらしかったし、この調子なら、学年一位の成績を誇る隣クラスの川上だって追い抜かすのではないか、と言ううわさすら、密かにのぼりだしていた。

 とは言え、当の影子は、相変わらずのマイペースだったのであり、いくら最高得点のテスト用紙を受け取っても、うぬぼれる様子も見せず、ただ本当に素直に無邪気に喜んだり、すまして、照れ笑いしてみせたりするだけなのであった。この頃は、桐生たちにいじめられていて、それでも影子は明るく振る舞おうとし続けていた訳なのだから、こうして影子に吉報が続く事は、僕にとっても好ましい話なのであった。

 そして、問題の日がやってきた。その頃から、今日にも、いじめが議題の緊急ホームルームが開かれるのではないかと言う事が、絶えずささやかれるようにとなっていた。

 しかも、影子が教室に居ない時を見計らい、京子が桐生たちへと、もう影子いじめは止めるようにと、ついにきつい忠告をしてくれるような一幕すらあったのである。連中も、そろそろ自分たちがホームルームで吊し上げられそうだ、と言う話はさすがに知っていたらしくて、爪田や大場はすっかりしょげた表情をしていた。その中で、桐生だけが京子にさえひるまない、粗暴な態度をとり続けていたのだった。

 それから、我々は、この後、実に思いもよらなかったような事態にと対峙する事にとなってしまったのである。

 次の授業のテストの返却でも、影子は学年最高得点をキープして、先生からも大いに誉めてもらっていた。影子も照れ笑いしながら、嬉しそうな態度を隠さなかったし、クラス中の誰もが、今期テストの上位得点者の中に、間違いなく影子がいる事に、好意的な感情を抱いて、祝福していたかのようにも見えた。

 だからこそか、続く休み時間での桐生の突然の行動には、全く皆が驚愕させられてしまい、止めになぞ入れるようなありさまでもなかったのではないか、とも思われるのである。

 そう、休み時間になり、先生が出て行くと、桐生はいきなり影子のそばへとつかつかと走り寄り、唐突に影子を無理やり立たせると、力任せに突き飛ばしてしまったのだ。急にそんな事をされた影子は、机に勢いよく体をぶつけ、そのまま、よろけ倒れてしまった。

 突然の出来事であり、皆が唖然としてしまって眺めている中、桐生は尚も乱暴をやめようとはしなかった。

 彼女は、床にへたりと座り込んでいた影子の胸ぐらを掴んで、強引に引き起こすと、さんざん前後に振った後、またもや、その体を力ずくで突き飛ばした。影子はなす術もなく、また床へと叩き倒されてしまい、体を床に強くぶつけた、痛そうな鈍い音が、はっきりと教室内にと響いたのだった。

 全く、何がどうなっているのか、まるで分からなかった。クラスの皆は、注目はしていたが、驚きのあまり、誰も動けそうにはなかった。当然ながら、そんな事をされている影子が一番訳が分からなかったらしく、あっけにとられた表情で、桐生のされるがままにとなっていた。

 桐生が、何を思っていたのかも分からない。ただ彼女は、鬼のような形相の顔を真っ赤にし、ひたすら影子に向かって、お前が悪いんだ、お前のせいだ、とののしり続けていた。何で影子が悪いのかも意味不明だったし、こんなに怖い桐生の姿は皆、初めて見たのではないのだろうか。

 それだけに、教室の中は、かつてない殺伐とした空気に包まれてしまい、普段元気でやんちゃな男子生徒たちさえ怯えきって、身を縮こめていたかのように見えた。

 今でこそ、当時の状況を、冷静になって分析する事ができるのであるが、あるいは、この時の桐生は、かなり追い詰められていたのではなかったのだろうか。

 実は、この数日前から、すでに桐生たちは、かかし遊びをやめていたようにも、僕は記憶しているのである。彼女たちだって、この頃はまだ根っからの不良なんかではなかったので、密かに反省し、自主的にいじめをやめる意思だってあったのではなかろうか。

 しかし、クラスの中では「桐生悪い」の評判がにわかに高まり始めて、その議題でホームルームが開かれると言ううわさすらも聞こえてきた。あげくに、京子にまで強気の態度で叱られたものだから、どうも自尊心の強い桐生は、これで完全に頭にきて、キレてしまったのではないか、とも考えられるのである。

 それと、もう一つ、僕には気付いた事があった。

 桐生は、比較的勉強ができる生徒だったのだが、今回の期末テストでは、なぜかまるで上位の方には名前を連ねていなかったのだ。恐らく、その不調も、影子への嫉妬と憎悪を倍増させる原因にとなっていたのではないか、と言う気もするのである。

 京子やクラスの主要連中たちさえ桐生の乱暴を止めに入れなかった中、意外にも影子を救ってくれたのは、桐生の仲間のはずの爪田と大場の二人であった。

 彼女たちも、はじめは、見た事もない友人の逆上振りにびびってはいたのだが、さすがに本来は仲良しだけあって、桐生自身の事を考えても、これ以上はほおっておいてはよくないと察したのであろう。二人は、興奮する桐生をなだめ、頑張って、何とか抑える事にと成功したのであった。

 本当に、嵐のような出来事であり、桐生は不服そうな目で影子の方を睨み付けながらも、爪田と大場に連れられて、ひとまずは教室から出ていった。

 怯える影子の側も、さんざん体を机や床にぶつけ、きっと打撲傷ぐらいにはなっているのではないかとも思われたのだが、心配して駆けよってきたゆう子たちには、小さな笑みを浮かべて、大丈夫と答えただけで、保健室にも行こうとはしなかったのだった。

 皆は、この先も何かが起こるのではないか、と不安にはなっていたのだが、とりあえず今日は、そして翌日からも問題は生じなかったのだった。

 恐らく、桐生も大場たちに説き伏せられたのではないかと思う。その証拠に、その後の桐生は、始終おびえる影子の方を睨んではいたようだったが、手を出したり、接近したりする事自体はなかったからである。

 この一件は、闇に葬りさられるような形で、ついに太田先生へと報告される事もなかったのだった。それどころか、ホームルームを開く話すらどこかへと吹き飛んでしまい、皆はそれで良かったのだと、本心から考えたかったらしくて、これ以上桐生を挑発するような真似をしたら、もっととんでもない爆発をするのではないかと言う事を、はなはだ恐れていたみたいなのでもあった。

 被害者たる影子でさえ、ぶつけた体が痛むのを気付かれないようにと堪えているくせに、母には今日の桐生の一件については話さないようにと、涙目で僕にお願いしてきた。そのさまがあまりにも哀れっぽかったので、僕もつい彼女の頼みを聞いてしまったのであるが、今となってみると、その判断が正しかったのかどうかは、かなり疑問に思っている。

 こうして、桐生たちのいじめ問題は、うやむやな形で、片付けられてしまう事にとなってしまったのだった。本当は、この時にもっと真剣に考えておくべきだったのだと思う。しかし、あまりにもタイミングが悪すぎた。僕たちは、この後すぐ、クラス全員で話し合う時間もなく、長い夏休みへと入ってしまったのである。

 

 夏休みは影子に思いっきりかまってあげられる、と僕は思っていたのであるが、その願いは、結局は叶えられなかったのであった。

 九州にいる親戚の叔父が、夏休みの間、影子を自分の所の工場で働かせてみないか、と言う話を、いきなりながらも、僕たちのところへと持ちかけてきたのである。実を言えば、母はこの話にはあまり乗る気ではなかったみたいなのであったが、向こうが、とにかく強引であり、言う事も筋が通っていたかのように見えたので、断わる事ができなかったと言うのが、本当のところでもあった。

 どうせ中学が終われば、影子を働きに出す訳なのだし、その予行練習と言う事で、訳の分からぬ外でバイトとかをやらせるぐらいならば、身内の元で働かせて、様子を見た方が心配がない、と言うのが、叔父側の理屈なのだった。もっとも、それは明らかに二の次の理由なのであって、実際には叔父の工場が人手不足で、本来ならば、夏の期間は相当数の学生アルバイトを雇い入れていたみたいだったから、どうもその人件費を浮かす為、影子を利用しようとしていた、と言う事はまざまざと、うかがいしれていたのであった。でも、それでも、この話は決定してしまったのである。

 さて、影子もまた、この話には乗る気ではないようだったのだが、彼女は本当にいい子だったので、嫌がる素振りも見せず、すぐこの件には承諾してしまったのだった。そして、影子は、夏休みが始まって数日目に、迎えにきた叔父に連れられて、我が家から出ていってしまったのである。叔父は、いい働き手が手に入った事で嬉しそうであり、雇用中の影子の面倒は全部こちらで見てやるから心配するな、と繰り返し母にと言っていた。僕には、髪を束ね、ジーンズを履き、わざわざラフな装いにと着替えた影子が(ボーイシュないでたちも影子にはやたらと似合っていた)、不安そうな顔つきで、叔父にと手をひかれ、去っていった光景がひどく印象にと残っている。

 影子のいない我が家は、それが本来の姿であったのにもかかわらず、何だかひどく色あせてしまったかのように見えた。影子の部屋を覗いてみても、持ち主が留守のその場所は、こっそりと探ってみたい強い魅力にも包まれていた反面、ひっそりと眠り静まっていたかのごとくにも感じられた。

 影子と入れ違いに、単身赴任の父や、大学通学中の兄も、短い間ながら、我が家へと帰ってきていた。二人とも影子とはすでに会った事もあり、悪く印象は受けていなかったようなので、今回の帰宅で彼女と顔を合わせられなかった事は、むしろ残念そうな様子も見せていた。

 九州に行っている間中、影子との連絡の取り合いはほとんど無かったのだった。一、二度、電話で話をした位なものである。母は、問題がない証拠なのだから、それでいいんだ、とは言ってはいたが、僕としては、うっすら寂しく感じてもいた。

 ところで、影子のいない間、僕にも嬉しく思わせるような出来事もあった。ゆう子から影子へと、一緒に遊ぼう、と言う電話が掛かってきたのである。あいにく、影子はいなかった訳だから、僕が代わりに、その事情をゆう子にと説明して断わったのだが、しばらくは僕も快く感じていた。学校であんなひどい目に会わされた影子だったが、こうやって休み期間中でも電話をくれるような友達も、クラスにはいてくれた、と言う事が希望の光のようにも感じたのである。

 そう、影子が学校で桐生たちにいじめられていた事で、僕は夏休み中、ずっとくどくどと心を悩まし続けていたのだった。彼女の事が可哀相で仕方なく思っていたのである。それだからこそ、夏休みは彼女が毎日笑顔で過ごせるように、色んな場所に連れてってあげよう、なぞとも一人勝手に考えたりもしていた。影子を喜ばせるのはいとこの僕がしなくてはいけない事なのだし、僕は影子の良い友人であり続けなくてはいけないのだ、なぞとも強く心に言い聞かせたりなんかもしていたのである。実に、当時の僕は純情であり、本心に素直でなかったな、とさえ思う。

 やがて、愛らしい影子がようやく我が家へと帰って来る事となった。夏休みが終わる、ほんの四、五日前の話である。

 叔父に連れられ、僕たち親子の元へ再び姿を見せてくれた彼女は、相変わらず、可愛く、優しい面持ちの影子のままなのであったが、心無しか、このわずかな間に少し太ったのではないかと言う印象も受けた。とは言うものの、目立つようなデブになったと言う事なのではなく、むしろ、きゃしゃで弱々しく見えすぎた以前よりも健康的なイメージに見え、顔も全体のフォルムもやや丸みを帯びて、女の子らしさが、良い意味で強調されていたような感じがしていたのだった。

 影子を送って、ついてきていた叔父は、影子は本当によく働いてくれるいい子だった、と母に嬉しそうに礼を言っていた。それはきっと事実だったのであろうとは思うのだが、日常の生活においても、何のトラブルも無かったのかどうかまでは、多少疑わしくもあった。と言うのは、影子は今までの長いつきあいである叔父とは、まるで口を聞こうとはしなかったからである。

 そして、これは影子の著しい性質なのであるが、楽しかった事は、彼女はしきりに母や僕にと報告してくれるものなのだが、この約一ヵ月の工場生活に関しては、彼女はほとんど話そうともせず、むしろ工場の近くにある牧場で見た家畜たち(影子は、それまで生身の動物をじかに見た事が無かったと言うのである!)の話ばかりを、いきいきとおしえてくれたからである。

 ともあれ、影子が何事もなく帰ってきた。休みはまだ少し残っているし、影子と遊んでやる事もいくらかはできるだろう、と僕は考えていた。どうも、その事を僕の方が楽しみにしていたようでもあった。

 影子が戻ってきたその日は、用事があった訳でもなかったのだが、さっそく風呂上がりの影子の部屋へとお邪魔をしてみる事にとした。

 影子は、以前と同様、開放的な性格のままであり、すぐに僕を部屋の中へと入れてくれた。パジャマに着替えたばかりの彼女は、長い髪をちょうどドライヤーで乾かしている最中であり、また、お風呂での温もりもまだ体にと残っていたらしくて、顔もほんのりとピンク色をしていた。

 ただ、そんな影子以上に僕の目をひいたものがあった。と言うのは、影子は部屋の床一面に沢山のスナック菓子を並べて、間食をしながら髪の手入れをしていたのである。僕は呆れるやら何やらで、彼女が太った理由が何となく分かったような気もした。

 影子の間食癖自体は、九州へ行く以前からも、じょじょに始まっていた事であり、多分煙草を控えた為に生じた後遺症だったのではないかとも思うのだが、ともあれ、彼女は店に氾濫するお菓子類をとても珍しがっていた。

 思えば、研究所では、こんな俗っぽいものは手に入れる機会自体が無かった訳なのだろうし、それだけに影子の目には、色鮮やかな駄菓子類の数々が魅惑的なものにと写っていたらしくて、食べる以前に、欲しいお菓子類をこれほどまでにも買い込んでしまう癖が、すっかりと身に付いてしまっていたみたいなのだった。

「どうぞ。正一くんも召し上がって」

 影子は屈託なく笑って、僕にもお菓子を勧めてくれた。

 僕は多少、苦笑い気味にお菓子の海を眺めまわしたが、ふと目をやると、洋服ダンスの半開きの引き出しの中にさえ、お菓子の袋らしきものが入っている事に気が付いた。

「何だい、影子ちゃん、こんなところにまでお菓子をしまっているのかい」と、僕は笑いながら、その引き出しの中の袋へと手を伸ばそうとした。

「あ、それは、だめ!」

 いきなり影子は声を張り上げて、慌ててタンスの引き出しを僕よりも早く閉めてしまった。彼女は、風呂上がりのせいだけではなく、なぜか本当に顔を赤らめてしまっていた。それはとても恥ずかしげであり、実に影子らしくもない困惑した表情なのだった。

 あまりに急な彼女の態度に、僕の方がきょとんとなってしまっていた。何か言おうかとも思ったのではあるが、気の利いた言葉がなかなか思い浮かんではこなかったのだった。

「何でもないの、何でも。気にしないでね」と、照れ臭げな影子の方が先に口止めするような言葉をささやいた。

 僕は、てっきりお菓子と一緒に下着類も引き出しの中にしまっていたものだから、影子はそれらを見られるのが恥ずかしくて、こんなにも照れたのかな、なぞとこの時は思ったりもしたのであるが、実は真相はそれだけではなかったみたいである。

 今でこそ僕も、本当の事がよく分かっているのではあるが、この時は、全く影子には悪い事をしてしまったと思う。

 幼さゆえの知識不足のせいだったとは言え、影子だって、一人の女の子として、まだ男の人には見られたくないプライバシーはいっぱいあったのである。そんな事さえ気遣わずに、僕は彼女の後見人ぶってしまって、自分の事みたいに彼女の奥の部分にまで平気で踏み込もうとしていたのだった。

 それはやはり許されざる行為だったのだと思うし、僕もまた影子の事をやたらに身近なものとして、自分勝手に扱いすぎていたのかもしれない。なぜ僕がそこまで影子に対して密接な感情を抱いてしまったのか、その理由をたとえ考慮したとしてもだ。

 ともあれ、この時は、影子に隠し事をされて、僕も少し意外な気持ちにとなってしまったのだった。

 目の前にいる影子、この恥ずかしげに頬を赤らめている可憐な少女、実はすでに初潮をむかえていた彼女の姿が、僕にはあらためて何か神秘的なものとして感じられてもいたのだった。どんなに友達ぶってはいても、まだまだ僕は、影子の事を何も分かってはいなかったのである。

 

 それからの僕と影子は、二人で夏休みの宿題を片付けたり、町内の遊びの施設などを訪れたりして、残りの休みの日々を大事に消化していったのだった。

 その毎日が楽しくて、喜ぶ影子の姿を見るのも気分が良かった。

 映画館にせよ、ゲームセンターにせよ、影子にとっては初体験の事ばかりだったらしく、興奮してはしゃぐ影子は、何だか別世界から来た不思議な住民であるかのようにも見えたのだった。

 叔父の元で働き、ちょっぴり小金持ちになった(叔父は、労働費として、わずかながらもきちんと影子にとお小遣いをくれていたのである)彼女は、やたらと僕にとおごりたがり、お金の価値さえ分からないお人好し振りをも発揮していたのだった。

 まるで無邪気な妹のごとくに僕の目には写っていた影子ではあったが、時々、ハッとするほどしっかりした態度や意見を述べたりする事もあって、そんな時は、あらためて彼女の方が僕の姉であるかのような印象を受ける事もあった。そんな子供っぽさと大人のムードが何の違和感もなく同居している、影子とはそんな奇妙な女の子なのであった。

 こんな楽しい日々がずっと終わらなければいいのに、と思っていた。

 しかし、新学期も間近に迫っており、僕も、恐らく影子だって憂鬱になり始めていたみたいだった。再び学校へ行った時、桐生たちといざこざが起きなければいいのだけれど、と心から祈っていた。その事ばかりが気掛かりであり、これほどまでも学校が始まる事に不安が感じた事も今までになかった事であった。

 やがて、新学期の登校日が訪れた。

 僕も影子も、そんな不安を母には気付かれないようにして、新たな学校生活へと望んでいく事にとなったのだが、でも、全ては僕たちの願いを踏みにじる形にしか進んではくれず、桐生たちは一ヶ月の空白期間があったにもかかわらず、執念深くまだ影子への恨み憎しみを捨ててくれてはいなかったし、クラス内も、前学期の最後の桐生の暴力に怯えきった空気を、そのまま引きずった状態から変わっててはいなかったのであった。

 こうして、影子にとっては可哀相なほど残酷な学校生活が、これより始まる事となったのである。


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最終更新日 : 2019-12-02 20:29:25


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