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穴ぼこ     なべくらますみ

 

道端の植え込み

柘植だの

躑躅だのが

地面の渇きに足元を埃っぽくして立つ

 

その乾いた土の平面に

ぼこぼこ と開けられた穴が

掘ったのは

数年の眠りから覚め 世に出るための蟬

ゴソゴソ とか

ゴリゴリ とか

音に気付いたことはないが

地中から天井に向けて

一思いに突き上げたような

きっちりと丸い穴

円周はどれも同じような色と形

 

カサカサ と

周囲に散らばった

茶色の抜け殻

切開いた様に背中を割って

出てきた様子

今 鳴いているのは

この穴から出てきたばかりの声なのか

 

命絶えて腹を見せ転がる姿も累々と

蟻にたかられ

少しずつ動かされているもの

仰向けのまま

まだ羽をバタつかせるものもいて

 

この地面の奥には

彼等が残した卵(らん)が

ひっそりと

蓄えられているのだろうか


花 粉     出雲筑三

 

開発Aチームです

スギ新型花粉弾の出撃命令

QRコード受理しました

 

明日は偏西風が低い

杉の子よ

風を切り 期待を背負ってくれ

 

来週は木曾Bステーションより

ケヤキカイゼン花粉弾

雨天時は順延して決行する

 

我ら植物は自ら動くことはできない

人類よりも雄渾で長い生存の歴史

先住者として傍観は許されない

 

鳥も昆虫たちも

危険ランクの環境天気図を

翼で身にしみている

 

熱帯雨林化する都市

資本効率化をやめない産業

懐かしき人はどこにもいなくなった

 

山火事にも強い耐火けやき

ヒト型砂漠にも強い耐水杉

なぐり塩分にも強い防風松

 

気力の萎えた生物に明日の大陽はない

年に数日だけ雨が降ることで

命の復活が可能な花粉テストを

 

人間に変わり 完成させるのだ

 


カサブランカの花よ    富永たか子

 

安堵の部屋で

カサブランカの花がつよく匂う

 

オランダの土で

変換させた高貴な花

 

変貌する天使の気色を

音もなく吸い込んで狼狽てる

 

うすら涼しい今年の雨季

それから それからの猛暑

 

わたしが元気だったころ

〈梅雨明け十日〉の言い伝へに

 

梅雨があけるよ!と

カミナリは太鼓を叩いて触れ

 

雲は急ぎ去り

ぴたりとした

燃える夏空のよろこびがあった

 

カサブランカの花よ

まだ見ぬ果てが恐ろしい

 

日ざかり生と死を分ける一瞬が

こともなく過ぎてゆくところが…


ジュン君      高 裕香

 

今年度から始まった「作文ノート」

五年生の夏休みの課題

「もし、魔法が使えたら!」

 

二学期最初の日本語授業

日焼けした顔から

目玉が、ぐいぐい動く。

 

いつもおしゃべりで遊んでいる。

珍しく「やって来ました。」

にこにこと、作文ノートを差し出した。

 

魔法なんてこの世にありえない。

科学的にもありえない。

でも、「もし、魔法が使えたら!」

 

一番目は、「環境問題」

地球温暖化、福島汚染問題など

パット、地球の環境を整えたい。

 

二番目は、「能力」

素晴らしい能力あればいい

パット、何でもできると良い。

 

三番目は、「悪いことに使わない」

自分の利益になることだけでなく、

世界の人が幸せになるように使う。

 

子供は、ゲームばかりでない。

『考えること!』

これを与えるとしっかりできる。

 


喧騒と表現      高村昌憲

 

大声で怒鳴ることは叫び声と同じですから

創造的思考を妨げる単なる肉体の反射です

動揺する肉体は精神と両立できませんから

叫び声は創造的な精神の営みを蹂躙します

 

沢山の人々が集まる集団は目的が優先され

個人の望みも同一化されて精神を失います

抑制して熟考する個性は不都合と見做され

華やかな催しや行事には大声が活躍します

 

沢山の人々が同じ方向を見る様にするには

肉体の反射に酷似した喧騒に働きかけます

沢山の人々が個性を忘却する様にするには

個性を装飾する催しや行事に向かわせます

 

自らを真に表現するには沈黙が必要であり

大声も集まりも催しも行事も相応しくない

静謐な本質に戻って表すことが必要であり

如何なる喧騒にも表現するものは何もない

 

自らが感じているものは大声を出さないで

精神の裡で情熱に高めて表現することです

表現とは思想であるから喧騒に逃れないで

情熱を輪郭と形式と礼儀で整えることです

 


血と孤独の轍・弐     さとうのりお

 

「チッ、俺とした事が、

 老いぼれてしまったもんだ」

子連れの母熊を撃つのはマタギにとっての最大のタブーである。

 

荷車で熊を運ぶ達造の足元から小熊はなかなか離れようとしなかった。

小屋に着いて一服したあと、すばやく見事な手捌きで熊を解体する時も、この老いたマタギの脇に座って、その様子を見ている。

「仇を討つのは、お前がもう少し大きくなってからな」少し笑いながら、小熊の頭を撫でた。

 

さて、どうしたもんか。このまま森に帰したところで、すぐに死んでしまうだろう。

達造は天涯孤独である。

山の麓にある小さな神社に捨てられていたところをアイヌのマタギの親方に拾われたのだ。

 

腕のいい親方に厳しくマタギになる(すべ)を叩き込まれた達造。

親方もなぜだか家族は一人もいなかった。

達造が一人前になりかけた頃、親方は誤って仲間のマタギを撃ち殺してしまい、その銃で自死した。

 

孤独は苦ではなかったが、自分に(なつ)いてしまった小熊に、妙な責任感が芽生えたのも確かであった。

山羊の乳があれば何とかなったし、果実もイモもよく食べた。

寒い夜は一つ布団で寝もした。

 

一年がたち

体長も四尺以上にはなったし

わしももう長くない。

早くこいつを森に帰さねば。

 

朝に腹一杯喰わせて山に入り

熊が沢で遊んでいるうちに遠回りして小屋に帰ったのだが

最初は失敗だった。

小屋でなぜだか泣きながら酒を飲んでいると、

戸をトントン打つ音がする。開けると熊がとび込んできた。思わず熊を抱きしめている自分がそこにいた。

 

これではだめだ。

三日後、朝食は食べさせず、山に入った。

少し大きな沢を渡ってから、好物の果実やトウモロコシを山程ザルに広げた。腹を空かして、むしゃぶり喰っている熊に気づかれないよう、そっとその場を離れた。沢が匂いを消してくれるはずだ。

 

今度はうまくいったようだった。

これでアイツもなんとか山で生きていけてるんだろう。

そんな事を自分に言いきかせながらウトウトしていた嵐の晩、入口の戸に何か大きな物がぶつかった音がした。

まさか!いやもう一ヶ月近くもたっているぞとつぶやきながら突掛い棒をはずし戸を開けると、熊が転がり込んできた。

 

痩せ細っていた、あまりにも。

あちこちに深い傷もある。

やっと熊を布団まで行き上げると

横になって頭を撫でてみる。

小さく眼を開けて「クゥー」と鳴いたきり

身動きしなくなった。

 

野生の眼を抜かれたいきものは山では生きてはいけないのだ。

「すまん、許してくれ!お前の一生を台無しにしたのはこの俺だ!」低く唸った達造は、枕もとにあった、この子の母親をさばいた小刀を持ち出すと、自分の首に当て、一気に引いた。

温かい液体が孤独ではない二つの生きもののからだに降り注いだ。


犬と巨漢と崩壊するアパート ―夢の記憶(4)―   原 詩夏至

 

(これは、かみさんが俺に語った夢――)

 

よく笑う

燃える緑の眼をした

欧米人風の巨漢が

自分が大家をしている

きたない

アパートの入り口に

立っている。

両腕には

服を着せられた

黒い

大型犬のようなものを

抱えている。

 

そいつは

犬のようではあるけれども

顔は

どことなく

猿にも似ており

動きが妙にギクシャクしていて

(実は、ロボットか?)

とも疑われる。

 

或いは

頭を叩かれると歯をむく

シンバル叩きの

チンパンジーなのだろうか?

 

巨漢は

そいつを抱いたまま

鍵をあけ

アパートの奥へと

笑って姿を消す。

 

巨漢は

そいつが

大のお気に入りだ。

だから

人間でもないそいつに

まるまる

一室をあてがっているのだ。

 

(隣家の男が

 その一部始終を

 苦々しく

 横目で追っている。

 男も

 実はそいつが欲しいのだ。

 だから

 巨漢が憎くてならないのだ。)

 

突然

アパートの

その犬みたいなやつの一室が

そこだけ

道路側へとせり出して来る。

(まるで、崩れるコンテナのように……)

どうやら

巨漢が

裏手に回って

押しているらしい。

(だが、一体何のために……?)

 

恐らく

力を入れ過ぎたのだろう

壁が壊れて

こちらに雪崩れかかり

かみさんは

瓦礫の下敷きになる。

それでも

必死で首だけ外に出すと

地上は輝くばかりの快晴で

巨漢が

光の下

ぼーっと立っている。

 

「助けて! 助けて!」

かみさんは叫ぶ。

(こうなったのは、あんたのせいでしょ?)

心の中で

そう付け加えて。

 

「すみませんね……」

巨漢は笑顔で答える。

だが、少しも手は貸さない。

(全く! 何てやつだ!)

 

かみさんは

やむなく

自力で這い出す。

そして

やっとの思いで

巨漢の前に立ち

自分も言葉を返す。

「すみませんね……」

 

(それにしても

どうして、私が、あんたに謝るのさ?)

 

そう

忌々しく

心に呟いて……。

 


西行庵       長尾雅樹

 

吉野の山深く

人里離れた谷間の奥に

風の音を友としただろうか

清々しい山間の空気を吸って

漂泊の生命が庵に住む

山を棲家とした石を枕とするならば

八百年を越える歴史の彼方から

懐かしい風貌の遊行僧が居る

苔清水の水を(のど)に浸して

千載一過の御仏の正覚を願って

旅僧の栖は冷え冷えとして西日を受ける

四季のめぐりの吉野の山々の響きが

杉の木間から流れ落ちる入り日

谷間の細道を経文唱えながら

修業の足跡を深山に残して

桜吹雪の季節をいつも胸に秘めて

吉野の夢を探りながら生死を想う

西行の跡をしたう芭蕉がいた 

日本の伝統の経路を走り抜く 

(わび)(さび)の境地を谷間に木霊させて

桜の花の歌人が一人虚空に眠る

小さな庵の跡を訪ねて

人間の魂の無常を観念しながら

山間の漂よう漂泊の心情を問う

芭蕉は夢は枯野をかけめぐると作句しながら

西行の夢も俗世を離れることだったろうか

庵室の中での生活は 

読経と歌作三昧(ざんまい)の毎日だったのだろうか 

木を草を鳥を花を我が仲間とし

水を生命の糧として

山河峡谷の寂滅の世界が胸中を慰めよう

凡僧の業を悔いながら

御仏の境涯を色心に現し給うとの

吉野の山深く庵の影が時を隠すだろう