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転 生   原 詩夏至

 

願ったのは極楽浄土だった

だが目覚めてみるとそこは熱帯で

如来は孔雀

菩薩は樹上の豹

飛天の歌声はただ枝間をよぎる

猿の叫びに過ぎないのだった

 

急速に遠ざかる前世

そこは定かにはここより幸福とも

悲惨とも言い得ぬ苦界だった

訪れる者はそこをこの世の極楽と呼び

住まう者はこの世の地獄と呼んだが

いずれにせよ死後選べるのはただ

あの世の極楽かあの世の地獄だった

とはいえいかに転生を願おうとも

あの世の極楽もあの世の地獄も

見たことのない脳裏に浮かぶのは

見たことのある極楽めいた地獄か

地獄めいた極楽だけだった

そしてそれは

男たちの吐息と汗のように

どちらもひどく暑苦しいのだった

 

だから次の世は

出来れば涼しい所がよかった

それなのに

ここはやはり暑苦しいのだった

とすればここはやはり苦界だった

天部は極彩色の甲虫

阿羅漢は奇妙な習性の無数の蟻

澄んだ水上に開く蓮華座は

木下闇の

物憂い肉色のラフレシアなのだ

 

気づけば何者かがこちらを凝視めている

母鳥かも知れないし蛇かも知れなかった

しかし目にした最初の動くものを

母として受け入れる他ない雛鳥に

その差などそもそも何だろう

真っ赤な口腔を開くそのもの

餌をくれるのか餌として食われるのか

次の瞬間が生なのか死なのか

分からなかったし両者に違いが

あるのかどうかもはっきりしなかった

そのものの開いた真っ赤な口腔

いずれにせよそれは暑苦しかった

私はその中に

頭を突っ込んだ


枇杷の実    なべくらますみ

 

日々の買い物への通り道

触れる枇杷の木 地味な色合い 

花が咲いても気づく人は少ない

実がなって気づく人はさらに少ない

それをもいで食べようなんて人は

もっともっと少ない

 

私は道端になる枇杷の味を知っている

短い間八百屋で見かける季節の果物ではない

幼い頃の庭にあった

産毛のような皮に包まれ

艶やかな種を仕舞い込んだあの味

 

懐かしさに誘われ手を伸ばし

皮を剥いた一つを口に入れた

記憶より少し薄味 酸っぱさが強い

こんなものかと種を足元に吐き捨てた

 

この間は歩きながら一個を味わっただけ

数日で実はさらに増え色も濃く

周囲に誰もいなのを幸いに

枝を折り手元の袋へ

 

あの時は

一個だけだったから良かったのか

欲張ったそれに旨さはなかった

残ったのは苦い想いばかり

折った枝ごとをゴミ箱に棄てた


虎の尾     出雲筑三

 

虎の尾を踏んだのは

有能な武士だった

普段から鍛錬を怠らない奴だった

 

虎は圧倒的な力を持っている

武士は頭脳も賢かったので

用意周到な準備をした

 

虎の尾を踏む

いくら自信があっても

誰が好き好んでやるものか

 

礼節を重んじ

信義を尊ぶ

見本のような武士魂であった

 

なぜ危険を冒したのか

もしかして思い込みが仇となり

うっかり踏んじまったのか

 

それを虎の尾とは気づかず

踏んでも未だ

不知だったのではないか

 

渦巻く大衆の中にいた山伏は

初めてみた

虎の尾とは何だったのかを


うす紫色の花     高 裕香

 

梅雨入りが遅く

七月の半ばというのに

梅雨空が続いては夏が恋しい

 

なぜか、三鷹図書館の紫陽花が

やっと咲き出した

それもうす緑にうす紫色

 

雨に打たれては、

顔を向き合い

「色が、薄れるね。」と語る。

 

「忘れないで。」と色濃く咲いた紫陽花も

今では、うす紫色

故郷を忘れた心に雨が降り続く。


空間の謎     長尾雅樹

 

遠く近く夢にさすらう

人体の煙の跡が天空から回遊して

空から空へと手を翳しながら

赤い影法師が足萎えている

二段重ねに立脚して

空洞の塔が逆円錐形に浮上する

ブリキの表面がテカテカと反射を繰返す

 

錯雑に写し取られた星の光が

転回する宇宙塵の彼方から

揺らめきながらトルソーを呼び出している

乳首の赤い胴体の浮遊から

馬の影像が天に向かって躍り上る

 

雲は扁平にいらかを並べて

沈鬱の階層を滑らせながら

二つの乳房の小鳥を追っている

塔の影が黒く縁取りも彩やかに

大地に風の地図を彫り込み

眩暈する大気は幾万の黄砂を運び

明滅する幽明体の魚の骨を埋める

海星は塔の上で赤銅色に輝き

渚は波紋を遠い水平線まで連らねて

傾いたコンパスの針先が草の根を刺す

 

首に旗を掲げたタイツ姿の女は

仕切られた地平の夢から飛び出て

何回も空を仰いで空洞の塔を怪しんでいる

 

浮上する落下傘の花片から

移ろい行く馬首の幻が走り抜け

岬の果てにかぎろう幻影の岩塊

トルソーは夢にさすらう

塔は逆円錐の彫像を大地に錐揉みする


どんづまり    さとうのりお

 

だから日本人は馬鹿だっていわれんだ!脳ミソ腐ってんじゃねぇのか

 

南方から帰還した父は日に日に日本人嫌いになっていった

 

 またあんな事言って

 困った父ちゃんだねぇ

 私を膝に抱いて笑いながら母が言う

 私も下から母の顔を覗きこみながらアハハと笑う

 

でもこんなのはこどもの妄想だ

私は母をしらない

母は私よりも自由を選んだのだ

 

私はそっと外に出て小さな裏庭にまわった

貧乏な家には不釣り合いの大きな犬が飼われていた

近づいて首輪から鎖を外した

 

なぜそんなことをしたのか分からない

犬は少しの間私を見ていたが

やがて小雨の闇夜の中に消えていった

運が良ければ自由に生きていけるだろう

運が悪ければ野犬捕獲人に捕まって殺されるだろう

 

私はまたそっと家の中に入って

買ってもらったばかりの玩具を壊しはじめた


専念すべき証拠    高村昌憲

 

一等賞を勝ち取ることは他人を相手にして

同一の条件に基づき各々を比べることです

各々を比較するには同一の基準を見付けて

誰も明瞭に理解できて便利なのが数字です

 

九五点は九〇点よりも優れているのですが

九五点が何時も自分であることを望みます

九秒〇七で走る人は九秒〇八よりも速いが

同時に走った時に勝てないこともあります

 

賞を貰った作品は優れていると言われるが

賞を貰った人は必ずしも優れてはいません

作品は神様のように何時も作品のままだが

人が変わらずに生きることはあり得ません

 

それでも凡人は他人に勝つために競争して

一時の勝利が永遠の勝利のように感じます

それでも狂人は常に賞や名誉を欲しがって

一生懸命になるのが美しいことと信じます

 

一等賞はあなたではないと平静に思考して

一生懸命にスリや泥棒にならないで下さい

賞や名誉には専念すべき証拠が無いと見て

真に専念できる楽しいものを探して下さい