閉じる


少々極端をやるメリット

普通に生活する人からみれば私のような生き方は極端な生き方に

みえるようです。

それを証明するように、私の周りの多くの人たちは、私の振舞い

に対して非難ゴウゴウでしょうか。

それでも、私は自由気ままな生き方をやめられなかったというの

が本当のところです。

もっとも、自分なりにいろいろな葛藤はあるのですが。。。

私の生き方についてなかなか理解を得られないというところが、

本当のところでしょうか。

 

損か得かで言えば、金銭的な面は絶対に損でしょう。

しかし、自分の心の充実という点では、相当満足できるものがあ

ったように感じています。

家族は、家族を犠牲にしている生き方といいますが、それでもや

められないのが人間というものかもわかりません。

 

たとえ、離婚されても気ままな生き方をしたでしょう。

そんななかでも極端な生き方(気ままな生き方)では、まだ上に

は上がいるものです。

所詮、それほど極端な生き方ではなかったのかもわかりません。

まわりの人たちに言われるから、自分は極端な生き方をしている

と思っていた節があります。

 

今年は働き方改革など人間生活の基盤を変えていくような法律が

施行されますが、時間の問題も人によって大きく違ってくるもの

です。

私のように自由気ままに転職してきた人間にとって、転職の本質

は仕事が面白いかどうかだけでしたから、時間にとらわれて生き

てきた感覚がありません。

ただただ仕事の面白さだけにはまっていただけです。

残業代も意識してきたことがありませんし、銀行口座に給与が振

り込まれて喜んでくれていたのは妻でしょうか。

そのような生活が(ソニーで)長く続くことを願っていたことで

しょう。

 

そうは問屋が卸しません。

 

 

 

採用してくれた社長(ソニー)が定年退職したら、途端に仕事が

つまらなくなり、早々に転職。

中小企業で業務改革を狙って転職しましたが、仕事が面白かった

ことはありますが、ソニー時代とは比較になりませんでした。

残業も少なくソニー時代よりよい給与をもらっても、つまらない

時間が多く、心躍るようなことも少なく、時間だけが過ぎ去りま

した。

むしろ面白い(目指すべき)仕事がないために精神的にまいって

いたように思います。

お金と時間があるこういうときはお酒を飲むものです。

お酒にまつわる勉強はできますが、仕事で得る充実感とはまった

く違っているのは当然でしょう。

 

少々極端なこと(人と違うこと)をやることのメリットは、ほか

の人がやっていることを客観的にみることができることでしょう

か。

時間や仕事に追われて生きている人をみているとかわいそうにな

りますが、それも自分で選択していることです。

世の中は、自分でリスクを取りさえすればいくらでも変われるの

ですが、行動することができにくいのは、いわゆる世間の常識に

とらわれてしまうからでしょう。

 

少々極端な生き方は、この国ではあまり受け入れられません。

仕事が面白く感じられるかどうかは、給与生活者として自分がや

りたいことができるかどうかにかかっています。

その意味では、その企業における経営者の考え方と行動次第です。

結論としては、経営者に人材が少ない我が国で給与生活者がやり

たいことをやれる環境はなかなかないでしょう。

 

それでも自分の納得感を得るために自分の時間(働き方改革のよ

うな受け身の時間ではなく)でやりぬく仕事をみつけて、実際に

やってみることに意味はあるのではないでしょうか。

世の中を少しだけ違った角度(視野)でみることができるように

なるからです。

 

 

 

 

これといったご褒美はありませんが、愚痴がなく、自分の人生を

自分で歩いたという充実感だけです。

 

 

 


1
最終更新日 : 2019-04-09 09:38:26

この本の内容は以上です。


読者登録

長野修二さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について