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背後につねにゆらめく影。

どこにいても追いかけてくる、逃げ切ることのできない死。

小さなひとつひとつの物語は、死の側面を多面体のように映すだろう。

その奥にある”死”の実像が見えた時、

 

あなたは希望をみるだろうか、絶望をみるだろうか?

 

さぁ、この痛みに満ちた世界へ。しばしの旅を。


case of ”decision” #1

カラオケに行くことになった。

友人の家の近くにあるカラオケ店は、雑居ビルの割合上の階にある。

近い、ということでそこを選んだ。

 

縦に細長いビルだった。

 

階段も組めないのか、特に階段らしいものはなく、エレベーターで4階へ行った。

こんなビルが建築法に違反せずに建てられるのだろうか?

自分の専門分野ではないのでよくわからないが、不安になる。

隣の建物ともたいして離れていない。日照権は大丈夫なのか?

 

エレベーターの中で、こんな話をした。

「もし下の階で火事があったら、これ、死ぬね」

 

4階で受付を済ませ、7階の部屋を指定された。

再びエレベーターに乗る。

 

狭い部屋に男4人集まり、カラオケで盛り上がる。

お酒のつまみにから揚げ、フライドポテトを注文。

時間はあっという間に過ぎ去っていく。

 

 ジリリリリ……

 

昔学校で聞いたことがある音だ。

友人がつぶやいた。「おれ、昔押したことがある。消火栓のところのボタン。あれに似てるな」

 

 ははははは。

 

まさかね。そう思いながらみんなが笑う。

急に部屋の中の電話が鳴った。

「火事が発生したので、すぐに避難して下さい」

 

戦慄が走った。良からぬ想像が、現実になった……。

「ここ、エレベーターしかなかったよな」

「わかんね。もしかしたら非常階段があるかも知れない、探そう」

 

荷物をもち、部屋を出てとりあえずエレベーターの前へ。

エレベーターは異常停止でもしているのか、想像通り動かない。

「階段、探そう」

 

頭の半分が真っ白になっている感覚がある。パニック、というものだろう。

必死で思考しようとするが、嫌な気持ちばかりが胸に湧いて来て、考えがまとまらない。

半分の思考の中、必死で階段を探す。

 

「おい、こっちだ!」

 

友人がフロア地図を左手で指さし、そこから導き出される非常階段の場所を右手で指さした。

そしてみんなでそこへ向かって走った。

嫌なにおいがする。どこで火災が発生したか分からないが、徐々に煙が上がってきているのだろう。

しかし非常階段があるはずの場所に、扉らしきものは見つからなかった。

 

そこにはベニヤ板があり、宣伝のポスターが貼られ、その前には観葉植物が置かれている。

なぜか、古そうな、夜の飲み屋で見かけるようなボックス用の椅子が置いてある。

 

「ちくしょう、この裏だ!」

 

みんなで力を合わせ、その雑多なものをどけ、ベニヤ板を割り、なんとかどけようと頑張った。

ベニヤ板はご丁寧に廊下のサイズにほぼほぼ合わせて張りあわされており、指が隙間に入らず、どけることができない。

「おいおい、これじゃ非常階段使わせない気満々じゃねーかよ! ふざけやがって!」

 

煙の臭いが強くなってきた。まずい。かなり火が回ってきているのだ。

はやく消しとめてくれれば、助かるのだが。

友人の一人が近くの部屋に入り、フロントへ電話をしている。

しかし、電話は通じないようだった。

「避難するって! どうしろってんだ!」

 

友人のひとりが部屋にあったテーブルに目をつけた。

スチールで組まれたテーブルの上にはガラスがのせてある。

そのガラスを取り外せば、一枚のガラス板になる。

結構な重さがある。

「これをぶつけて板を壊そうぜ」

 

ガラスが割れて危険、ということも顧みていられない、異常事態だ。

友人が思い切り勢いをつけてぶつけた。

派手な音がなり、ガラスが割れる。ベニヤ板にヒビが入り、少し曲がりが生じた。

「もう2発ほどお見舞いしたら、端から指をこじ入れてひっぺがせるんじゃないか!」

 

これが最早最上の策ででもあるように、みんなはガラスの板を部屋から持ち出し、ベニヤ板に投げつけた。

奏功し、ベニヤ板をひっぺがすのになんとか成功した。

 

そして唖然となった。

 

 


case of "limit"

人間は生を受けた瞬間から、死に向かって生きている。

無限に生きることはできない体の仕組みを背負っている。

 

かつて人類は不老長寿を夢見て、あらゆる実験や研究がなされてきた。

優れた人物は――それがただ王族であるだけならば、それは傲慢であるが、

永遠に生きて人類の発展の為に帰依してもらいたい。

 

 優れた人物がたかだか100年足らずの生で終わるというのはあまりにも人類にとって酷な話だ。

 

と、自分勝手に思ってしまう。”人間”としての利己的な視点だ。

 

死はリセットする。

しかし、意思は後輩たちに受け継がれていく。

ただ、その意思は決してオリジナルの意思では無く、違う意思が混じったものとなる。

 

 そのため、当初の優れた意思は枯渇し、衰退するか。

 化学反応を起こしてさらなる発展をみるか。

 

恐ろしいことに、すべては偶然に委ねられている。

 

その偶然が奇跡的に繋がり、今の人類が築いた文明があると考えると、

そこには不思議な神の意志を感じずにはいられないだろう。

 

 

”ヘイフリック限界”という言葉がある。

人間は細胞の集まりで出来ているが、その細胞には細胞分裂の限界があるということだ。

細胞分裂を繰り返すたびにテロメアという細胞の尻尾が短くなり、やがて細胞は死滅する。

 

生まれた時から、時限装置を負って生きている、と言えるのだ。

 

しかし生殖細胞に含まれるテロメナーゼによってその限界は一度リセットされる。

それが新たな”子”が生まれる、ということだ。

 

一個体としては長くは生きられないが、子を作ることにより、

一度リセットは成されるとしても、遺伝子と人類という種の寿命を長くすることができる。

 

ではヘイフリック限界で生きられる限界というのは何歳までなのだろうか?

100歳を超え、いまだ元気に活動される人がいる。

120歳くらいだろうか、音に聞こえるのは。

 

一説では140歳まで生きられる、という話を聞いたことがある。

脳を筋肉細胞と考えた時に、しっかりと働かせることで決して痴呆になることなく、

しっかりと意思を持ち生存できるとか。

 

ただそれを聞いてハイポニカトマトを思い出す。

 

科学の力により、細胞の持つ力を十分発揮できる環境を整え、最大限に成長させたなら――。

それは千の実を付ける巨大な木へと変貌した。

それを目にしたものは生物の持つ潜在能力が如何に制限されて生きているかを知った。

 

果たして。人間をハイポニカトマトのように限界まで――仮に140歳までとしよう、

科学の力で生きられるようになったとしたら。

 

もしあなたなら ”幸福な人生” を送ることができるだろうか?

 


case of "duel"

酷く誇りが傷つけられた。

このまま引き下がるわけにはいかない。

 

紳士として厳しく育てられてきた。

また、国に、家に恥じないように勉学に励んできた。

スポーツで体も鍛え、いつでも兵役に耐えうる力もつけてきたし、

軍を率いることになればと統率についても師より学んだ。

酒に溺れず、色に溺れず。

許嫁とはその家族ともよい関係で、相手も私に多大に期待を寄せいている。

 

そんな私が!

公衆の面前で、罵倒された。

理由はいたってくだらない。

酒場で出会った女が、私を見ていた。

俺の女を横取りしたな、という言いがかりだ。

 

相手は貴族ではあるが、悪い噂の絶えない半端な男である。

その場でねじふせても良かったが、暴力に訴えるのは紳士として礼に欠ける。

しかしこの気持ちをうちに秘めてこれからもこの街で生活するのは我慢ならない。

周囲の友も相手のただの被害妄想であると理解してくれているが、

一部では誤解している者もいるという。

 

高貴な未来を歩まねばならぬ自分が、そのような醜聞を負ってはならない。

 

これは正式に堂々と我が潔白を公衆に示さねばならない。

 

そのためには、決闘だ。

 

私は以上の理由を書に認め、使者をもって相手に送った。

そしてその申し出を相手も受けた。

 

―― 万に一つ、もしも私が死ぬことがあっても。私は後悔をしない。

このまま侮辱を晴らせないまま生きるのならば、私は喜んで死を選ぼう。


case of "sacrifice" #1

銃弾が足に当たり、俺はその場に倒れ込んだ。

 

 「大丈夫か!」

 

仲間の声が遠くに聞こえる。

この声は、山下の声だろうか?

 

 「先に、行け! 俺に構うな!」

 

この場に留まることは全滅の危険を伴う。

自分は撃たれた。運が悪かった。

いや、戦争に来ているのだ。覚悟の上だ。

ただ、自分の為に他の仲間がやられるのだけは嫌だ。

 

 「衛生兵もすぐ追いつく、木村が今ゲリラを探している」

 

銃声が聞こえた。

頭がぼーっとしてくる。血が失われていっているのだろう。

不思議なほど痛みは感じない。

ただ、眠気が急に襲ってきた。

 

足に銃弾を受けたくらいで人は死なない。

矢では無い、銃弾には毒は仕込めないのだ。

 

しかしそんな銃弾で倒れ、動けなくなるほど、俺の体は疲弊してしまっていたのだ。

 

 「すまん」

 

足音が遠ざかる。

銃声が聞こえる。

鳥の鳴き声が聞こえる。

 

だんだん何も考えられなくなってきた。

 

 ”いい、これでいいんだ。みんなが助かってくれれば”

 

寒気がした。

そして遠い、はるか遠くの祖国にいる家族に思いを馳せた。

 

それから少しだけ。淋しいと思った。

 



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